たぬき2号さんへのコメント一覧(98ページ)全1,027件
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暖かい日差しです・・。
たぬき2号さん
こんにちは・・。多分同年代かな????のnomoです・・。
地震のその後はいかがですか?前の職場の同期が3月の異動で
2月末から仙台に赴任し・・とっても心配でした。
本当ならウキウキ春の陽気に誘われて・・どこかへ行きたい
時期ですが・・暫くはお預けになりそうです・・。
今日は、ディープ大阪・・西成地区の旅行記を拝見させて
いただきました。その昔・・まだ学生だった頃、黒岩重吾の
小説を乱読したこと・・懐かしくその小説の背景が
蘇るような思い出に浸りました・・。
また・・たぬき2号さんの続きの旅行記・・楽しみに拝見
させていただきます・・。
nomo1215
2011年04月13日15時44分返信する -
こんにちわ
ご両親が福井新近くとか!
すごく親近感が沸いたので、メールしてしまいました。
私の両親も福井市内の人なので、福井には馴染み深いです。
案外お知り合いだったりして^^
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山田線
たぬき2号sま、こんばんは。
震災被害の方は落ち着きを見せられておりますでしょうか。
小生、国鉄とJR時代の山田線の時代に2度乗車しております。
兎に角、山田線に関してはガラの悪い連中が乗って来て好印象はございません。
廃止されて20年以上経ってしまいました。
横浜臨海公園 -
はじめまして 空と申します。
はじめまして ためき2号様 空と申します。
私の方へも有難うございます。
今回の地震県にてお住まいなのですね。。。
まだまだ、余震もつづいております。
近隣地には、本当に悲惨な状況もあり、
インフラ等は、大丈夫ですか??
日常生活等に御不便はないですか?
私は、九州の果て在にて、なにもできませんけど
桜は芽吹いています。
復活をお待ちしております。
… 空
2011年03月27日17時41分返信するご訪問ありがとうございます。
空さん
お見舞いメッセージ、ありがとうございます。
私は内陸部なので、幸い被害も少なく
仕事も平常通りおこなっています。
ただ、沿岸部の被災地のことを思うと
いたたまれないですし、
私などが軽々しく言うことでも
ないような気がします。
仙台市内でさえ、いまだライフラインが
復旧していなかったり、
ガソリン給油に4〜5時間待つとか、
スーパーは大行列で、時間限定・品薄だとか、
場所によって異なりはしますが、
落ち着くのには、かなりの長期間
を有するように思います。
空さんは、九州の方なのですね。
私も何度も訪れている場所ですが、
もうかなり暖かいのでしょうね。
私も4月になれば、
震災前の旅行記をぼちぼちUPしていく
つもりです。
今後ともよろしくお願いいたします。
たぬき2号
2011年03月28日13時50分 返信する -
被災されたのですね
たぬき2号さま こんにちは!
大震災、被災されたんですね。
お怪我等はありませんでしたか?
被災された方のご冥福をお祈りします。
地震当時私は職場におり全く揺れを感じませんでしたが、
自宅に居た奥さまは長く揺れたせいもありましたが怖かったと言ってました。
沿岸部は津波で壊滅的だし、現在は原発問題が発生して、
本当に大変だと思います。
まっちゃんお勧めのお蕎麦屋さん。
温かいお蕎麦は冷えた体に嬉しいですね。
じぃ〜ありがとうございます。
じぃ〜様
ご訪問、及びお見舞いのお言葉、
ありがとうございます。
うちの方は、内陸部なので、
揺れに揺れはしたものの、
町としても被害は非常に少なかった部類だと
思います。
本当に、沿岸部の被災地の事を考えると
辛い気持ちですね。
仙台市内もまだ、ライフラインが完全に復旧していませんし、
ガソリン不足がまったく解消されていないのが、
問題となっています。
私も4月になれば、
また旅行記を再開したいと思っています。
とはいっても、震災前の分ですが。
それまでは、皆さんの旅行記を読んで、
楽しみたいと思っております。
今後ともよろしくお願いいたします。
たぬき2号
2011年03月27日19時09分 返信する -
お見舞い申し上げます。
そして、訪問ありがとうございます。
ぽんぽこです。
宮城の内陸部という事で被害は少ないとのこと。でもお気持ちを考えると・・・ 言葉がありません。
宮城や岩手の海岸沿いは学生時代に旅して、思い出多き土地です。
今はただ何もできずにTV画面を見ている自分がいます。
情けないことに1日2〜3時間の計画停電だけで焦る自分がいます。
まだまだ寒い日も続き大変な日々だと思いますが、離れた土地から一日も早い復興を祈っております。
2011年03月26日11時14分返信する -
心よりお見舞い申し上げます
こんにちは、みにくまです。
まずはご無事であるとのこと、安心しました。
しかしながら、ご家族・友人など、被災された方も多くいらっしゃるかと思い、心よりお見舞い申し上げます。
私自身、わずかばかりの義援金をお送りするくらいしかできませんが、精一杯応援をしております。
一刻も早く、被災された皆様に笑顔が戻りますように。
2011年03月25日09時48分返信する -
お見舞い申し上げます。
たぬき2号さま、こんばんは。そしてはじめまして。
たまにご訪問させていただいておりますころっつです。
このたびの大震災で宮城県をはじめ、東北から関東にかけて、甚大な被害が発生していますことを心苦しく思い、テレビや新聞報道等を見ております。
たぬき2号さまの住まれている内陸部では、沿岸部と比較して人的被害は少ないようですが、阪神淡路大震災を経験した兵庫県人としては、今回の大災害はとても他人事とは思えません。
幸い普段の生活を送っていける私たちは、今できる支援として寄附などを行い、買い占めなどに走らず、そして過剰な自粛も行わず、節度ある行動で被災地を応援していきたいと思っています。
神戸の時も「これはもうダメかも知れない…」と思いました。しかし、日本は強い国です。いつかまた美しい東北に戻る日が必ず来ると信じています。微力ですが応援しています。
ころっつ
2011年03月23日20時42分返信するご訪問ありがとうございます!
ころっつ様
ありがとうございます。
私が住む内陸部は被害が小さかったものの
食料不足・燃料不足は甚だしく、
やはり「被災地」なのだなあ、
と思うことしばしばです。
とは、いいましても
沿岸部の被害と比べると
微々たるもの。
ほんとに、単に運がよかった
だけなのだと思います。
ころっつさんは、阪神大震災を
経験されているのですね。
当時、私は京都在住でたいした被害はありませんでした。
阪神大震災を経験した方々から
地元の新聞(河北新報)にも
たくさんの励ましのお便りが
掲載されています。
私も被災地の1日も早い復興を
心から願っております。
今後ともよろしくお願いいたします。
たぬき2号
2011年03月24日22時02分 返信する -
昔の旅行記
たぬき2号さん、はじめまして
Halonと申します。
86年に卒業旅行とのことで、僕も同年に卒業しましたので、
たいへん興味深く昔の旅行記を読ませて頂きました。
最近、自分でも20年以上前の旅行記をアップし始めましたので、
他の方の旅行記を読む際も”旅行時期の古い順”にソートすることが
多くなりました。
トルコの紙幣、この頃はゼロが少なかったんですね。
1998年ごろ訪れたときには、確か10万とか100万リラ札が流通していたと記憶しております。
それでは時々お邪魔させてください。よろしくお願いします。



