さすらいおじさんさんのクチコミ(144ページ)全3,789件
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投稿日 2008年11月13日
総合評価:3.0
みずほ銀行京都中央支店ビルの外観は京都文化博物館と同じ、辰野式と呼ばれる赤煉瓦に白い石のラインが走る意匠で渋沢栄一傘下の第一銀行の京都支店として1906年に建てられ2003年に外観を残して再建された。京都市中京区烏丸通三条南西角、京都文化博物館から徒歩5分、地下鉄烏丸線烏丸御池駅から徒歩5分。
関連旅行記:http://4travel.jp/traveler/sasuraiojisan/album/10285885/
(写真はみずほ銀行京都中央支店ビル)- 旅行時期
- 2008年10月
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
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投稿日 2008年11月11日
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投稿日 2008年11月11日
総合評価:3.0
御所八幡宮は、足利尊氏が邸内の守護神として勧請したと伝えられ、尊氏の法名によって等持寺八幡とも、また高倉八幡とも呼ばれている。特に安産と幼児の守り神として有名で、三宅八幡とならんで「むし八幡」と呼ばれ信仰を集めている。京都文化博物館から徒歩1分、地下鉄烏丸線烏丸御池駅から徒歩4分。
関連旅行記:http://4travel.jp/traveler/sasuraiojisan/album/10285885/
(写真は御所八幡宮)- 旅行時期
- 2008年10月
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
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投稿日 2008年11月09日
総合評価:4.0
頂法寺(ちょうほうじ)は、本堂が六角形であることから、「六角堂」の通称で親しまれている。華道の家元・池坊の発祥の地としても知られる。六角堂は寺内塔頭(たっちゅう)で、頂法寺の本坊にあたる池坊(いけのぼう)が執行として代々経営・管理に当たってきた。池坊の名は、聖徳太子が水浴したという池にちなんでなづけられたもの。
関連旅行記:http://4travel.jp/traveler/sasuraiojisan/album/10285362/
(写真は頂法寺前のビルから見る六角堂)- 旅行時期
- 2008年10月
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
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投稿日 2008年11月09日
総合評価:3.0
京都府立堂本印象美術館は、日本画家堂本印象(どうもと いんしょう1891−1975年)の作品を展示するために設立した美術館で、斬新な外観は堂本印象自らのデザインによる。きぬかけの路沿道の立命館大学衣笠キャンパス正門前にあり、美術館と所蔵作品は1991年に京都府に寄贈され2006年から学校法人立命館が指定管理者として美術館の管理・運営を行っている。
堂本印象美術館のホームページ:http://www2.ocn.ne.jp/~domoto/
関連旅行記:http://4travel.jp/traveler/sasuraiojisan/album/10284996/
(写真は堂本印象美術館)- 旅行時期
- 2008年10月
- アクセス:
- 3.0
- コストパフォーマンス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
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投稿日 2008年11月08日
総合評価:4.0
京都国立近代美術館(きょうとこくりつきんだいびじゅつかん)は、岡崎公園内にある美術館で1963年に京都市勧業館別館を改装し、「国立近代美術館京都分館」として開館、1967年に「京都国立近代美術館」、1986年に槇文彦(まき ふみひこ1928年− )による設計で新館が完成している。京都を中心に関西・西日本の美術に比重を置いているがパブロ・ピカソ(1881−1973年)、藤田 嗣治(ふじた つぐはる1886−1968年)などの近代画も展示している。フラッシュを使わなければ写真撮影が許される。
京都国立近代美術館のホームページ:http://www.momak.go.jp/
関連旅行記:http://4travel.jp/traveler/sasuraiojisan/album/10284996/
(写真は京都国立近代美術館)- 旅行時期
- 2008年10月
- アクセス:
- 3.0
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
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投稿日 2008年11月08日
総合評価:4.0
京都市美術館(きょうとしびじゅつかん)は京都国立近代美術館の向かいにあり1933年前田健二郎(まえだけんじろう1892−1975年)の設計で開館。公立美術館としては東京都美術館に次ぎ日本で二番目という伝統ある美術館だ。
京都市美術館のホームページ:http://www.city.kyoto.jp/bunshi/kmma/
関連旅行記:http://4travel.jp/traveler/sasuraiojisan/album/10284996/
(写真は京都市美術館庭園の彫刻)- 旅行時期
- 2008年10月
- アクセス:
- 3.0
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
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投稿日 2008年11月07日
総合評価:4.0
京都国立博物館(きょうとこくりつはくぶつかん)は、1897年に開館した京都の平安時代から江戸時代中心の文化財を、収集・保管・展示している。
本館(特別展示館)は1895年竣工の重要文化財。設計者は奈良国立博物館本館や東京国立博物館表慶館の設計にも携わった、宮廷建築家・片山東熊((かたやま とうくま1854−1917年)。平常展示館 は森田慶一(もりたけいいち1895−1983年)設計で1966年竣工。
所蔵品には京都を中心とした社寺からの寄託品、個人からの寄贈など国宝27件、重要文化財181件(2006年)がある。本館、表門(正門)、同札売場及び袖塀も1969年「旧帝国京都博物館」として国の重要文化財に指定されている。
京都国立博物館ホームページ:http://www.kyohaku.go.jp/
関連旅行記:http://4travel.jp/traveler/sasuraiojisan/album/10284620/
(写真は京都国立博物館)- 旅行時期
- 2008年10月
- アクセス:
- 4.0
- コストパフォーマンス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 2.0
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投稿日 2008年11月06日
総合評価:4.0
藤森神社(ふじのもりじんじゃ)は、京都市伏見区の神社。5月5日に行われる駆馬神事(かけうましんじ)や、菖蒲の節句の発祥地、3500株の紫陽花園などで有名。駈馬神事は早良親王(さわらしんのう750−785年)が781年に陸奥の反乱平定の折、藤森神社に祈願し出陣した故事から馬の横乗り、逆立ち、逆乗り等の技を競う神事になったそうだ。馬の曲乗りのように駆ける神事は江戸時代中期に、大陸系の曲芸的な馬術の影響を受けたものといわれる。馬と武運の神社として信仰を集め、現在は馬と勝負事の神社として競馬関係者や競馬ファンが多く参拝する神社で、競馬関係の絵馬がたくさん奉納されている。
旅行記:http://4travel.jp/traveler/sasuraiojisan/album/10284367/
(写真は藤森神社の競馬関係の絵馬)- 旅行時期
- 2008年10月
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
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大石内蔵助ゆかりの京都・墨染、撞木町の廓跡(2008年10月)
投稿日 2008年11月04日
総合評価:3.0
京街道と大津街道の分岐点に近く、古くから芝居小屋や土産物屋が軒を連ねたと言われる場所には左右に「橦木町廓(しゅもくちょうくるわ)入口」「志ゆもく町廓入口」と彫られ大正7年(1918年)に建てられた石柱が残っている。街並みには廓の面影は残っていないが大正7年(1918年)に建てられた「橦木町廓之碑」には豊臣秀吉が伏見城下町を築いた慶長元年(1596年)に伏見田町に遊郭を設け、伏見城落城後慶長九年(1604年)に撞(橦)木町に遊郭を移したこと、島原の流れを汲む由緒ある遊郭として江戸・元禄時代に全盛期を迎えたこと、京都の公家衆が多数訪れ、忠臣蔵で知られる赤穂浪士大石良雄(内蔵助)が訪れたことなどが記されている。仮名手本忠臣蔵では、大石内蔵助が遊興したのは「祇園一力茶屋」になってるが、実際はこの伏見撞木町萬屋(ふしみしゅもくちょう よろずや)であったと言われている。現在は萬屋の跡を示す石碑が印刷会社の駐車場の片隅にひっそりと建っているだけだった。京阪墨染駅から徒歩10分。
関連旅行記:http://4travel.jp/traveler/sasuraiojisan/album/10284157/
(写真は大石内蔵助が遊興した伏見の遊郭「よろずや」跡の石碑)- 旅行時期
- 2008年10月
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
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投稿日 2008年11月04日
総合評価:4.0
京都の御香宮神社は1868年の鳥羽伏見の戦いでは伏見町内における官軍(薩摩藩)の本営となったことで知られている。境内には伏見の戦跡の碑がある。また、境内には環境省の名水百選に認定され、現在も多くの人が水を求めて訪れている。
関連旅行記:http://4travel.jp/traveler/sasuraiojisan/album/10283755/
http://4travel.jp/traveler/sasuraiojisan/album/10283945/
(写真は御香宮神社の「伏見の戦跡の碑」)- 旅行時期
- 2008年10月
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
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鳥羽・伏見の戦い(とば・ふしみのたたかい)の弾痕(2008年10月)
投稿日 2008年11月03日
総合評価:3.0
倒幕を果たした戊辰戦争(ぼしんせんそう1868−1869年)の緒戦「鳥羽・伏見の戦い」は1868年1月27日に火ぶたが切られた。
薩摩藩兵中心の新政府軍は5000名、旧幕府軍は15000名と数では旧幕府軍が圧倒していたが指揮官の不在・逃亡など統制されない旧幕府軍は混乱し土方歳三(ひじかた としぞう1835−1869年)率いる新選組さえも新政府軍(薩摩小銃隊)に敗れた。京阪伏見桃山駅から徒歩1分の料亭・魚三楼(うおさぶろう)には鳥羽・伏見の戦い(とば・ふしみのたたかい)の弾痕が残っている。
魚三楼のHP:http://www.uosaburo.com/history/index.html
関連旅行記:http://4travel.jp/traveler/sasuraiojisan/album/10283755/
(写真は鳥羽・伏見の戦いの弾痕を残す魚三楼)- 旅行時期
- 2008年10月
- アクセス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
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「造船の街」の面影を残す兵庫県・相生(あいおい)の海岸(2008年9月)
投稿日 2008年11月03日
総合評価:3.0
相生市は1962年から1964年まで石川島播磨重工業相生工場が単一工場として造船建造量世界一を誇り1970年には人口が4万人を上回る造船の街だったが1980年代からは造船不況で人口が減少している。だが現在も相生湾沿いにはクレーンや工場が並んでおり「造船の街」の面影を残している。相生では毎年「ペーロン祭」を開催し海上花火大会、楚の屈原の霊を慰めるために行われたと言われているペーロン競漕、パレード・カーニバルなどで賑わう。
関連旅行記――http://4travel.jp/traveler/sasuraiojisan/album/10278403/
(写真は白龍城周辺の光景)- 旅行時期
- 2008年09月
-
投稿日 2008年11月02日
総合評価:4.0
中世には「室津千軒」と呼ばれる山陽道の遊女町として繁栄し江戸時代には西国大名の参勤交代、朝鮮通信使の中継点として6軒の本陣があり賑わった。室津の隆盛ぶりは民俗館、江戸時代の廻船問屋「嶋屋」を改修した海駅館などで紹介している。
室津は文学者にとっても魅力がある街だったようで井原西鶴(1642−1693年)、谷崎潤一郎(1886−1965年)、竹久夢二(1884−1934年)、司馬遼太郎(1923−1996年)、平岩弓枝(1932年−)などが作品の舞台にしている。
関連旅行記――http://4travel.jp/traveler/sasuraiojisan/album/10278678/
(写真は室津の街並み)- 旅行時期
- 2008年09月
- アクセス:
- 2.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
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投稿日 2008年11月02日
総合評価:4.0
大石神社は1900年に創建され四十七士、討ち入り前に同志との義盟、旧主への忠義と父への孝行との間で板ばさみになって自刃した萱野三平(かやのさんぺい1675―1702年)、浅野家三代などを合祀している。境内には、国指定史跡の大石内蔵助良雄宅跡の長屋門や庭園、義士ゆかりの武具・書画などを展示している義士宝物館、浅野内匠頭と四十七義士の木像を展示している義士木像奉安殿がある。義士の遺品も多く展示されており見所は多い。大石内蔵助良雄宅跡の長屋門と庭園、義士宝物館、義士木像奉安殿、共通券は高校生以上:420円、中学生以下は無料だった。
関連旅行記――http://4travel.jp/traveler/sasuraiojisan/album/10279404/
(写真は大石内蔵助宅跡)- 旅行時期
- 2008年09月
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
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投稿日 2008年11月01日
総合評価:4.0
赤穂城(あこうじょう)は「忠臣蔵」で有名になった城。1645年、常陸国から5万3千石で転封された元禄赤穂事件の浅野長矩(あさの ながのり1667−1701年)の祖父浅野長直(あさの ながなお1610−1672年)が甲州流兵学者・近藤三郎左衛門正純(こんどう まさずみ1604-1662年)の設計と山鹿素行(やまが そこう1622−1685年)の指導で1648年から13年費やして築いた。本丸、二の丸、三の丸が配置された5万石の大名には過分と思われる広大な城で、計画されていた5層天守閣は城建造で財政難に陥った為造営されなかったそうだ。現在も天守閣のない天守台が残っている。
関連旅行記――http://4travel.jp/traveler/sasuraiojisan/album/10278892/
(写真は赤穂城跡)- 旅行時期
- 2008年09月
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
-
投稿日 2008年11月01日
総合評価:4.0
兵庫県・龍野(たつの)は童謡「赤とんぼ」の作詞者、三木露風(1889−1964年)の生誕地として「童謡の里宣言」を行っており1985年から「三木露風賞・新しい童謡コンクール」を毎年開催している。
また国民宿舎「赤とんぼ荘」前から散歩道の童謡の小径、哲学の小径 、文学の小径が続いている。童謡の小径の歌碑の前に立つとメロディがスピーカーから流れてくる。童謡の小径では子供時代に親しんだ「赤とんぼ」をはじめ、「夕焼小焼」「里の秋」「しかられて」「七つの子」「みかんの花咲く丘」「月の砂漠」「ちいさい秋みつけた」などの童謡を口ずさみながら家族で散歩を楽しめる。
関連旅行記――http://4travel.jp/traveler/sasuraiojisan/album/10279719/
(写真は三木露風の 「赤とんぼ」の碑)- 旅行時期
- 2008年09月
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
-
投稿日 2008年10月31日
総合評価:4.0
国民宿舎「赤とんぼ荘」は龍野(たつの)の小高い丘の上、龍野を一望できる見晴らしの良い場所にある。龍野城跡、城下町跡、龍野公園、童謡の小径、哲学の小径 、文学の小径など徒歩で観光できる場所にある。
国民宿舎「赤とんぼ荘」のHP――http://www.akatonboso.com/reservation/index.html
関連旅行記――http://4travel.jp/traveler/sasuraiojisan/album/10279719/
(写真は国民宿舎「赤とんぼ荘」)- 旅行時期
- 2008年09月
- 1人1泊予算
- 10,000円未満
- コストパフォーマンス:
- 3.0
- 客室:
- 3.0
- 接客対応:
- 3.0
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投稿日 2008年10月31日
総合評価:3.0
龍野神社は龍野藩脇坂家の祖で賤ヶ岳の七本槍の一人、脇坂安治(わきざか やすはる1554−1626年)を祀る神社で1862年に龍野藩9代藩主・脇坂安宅(わきさか やすおり1809−1874年)が龍野城の西に建立した。当麻蹴速(たいまのけはや)と角力をとって勝ち相撲の神となった出雲国の勇者・野見宿禰(のみ の すくね)も合祀されている。
関連旅行記――http://4travel.jp/traveler/sasuraiojisan/album/10279935/
(写真は龍野神社)- 旅行時期
- 2008年09月
- アクセス:
- 2.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
-
投稿日 2008年10月30日
総合評価:4.0
龍野(たつの)の鶏籠山(けいろうざん・標高218m)にある庭園・聚遠亭(しゅうえんてい)は、龍野藩主・脇坂氏の上屋敷だった。11代将軍・徳川家斉(とくがわ いえなり1773−1841年)の老中・将軍補佐として寛政の改革(かんせいのかいかく1787−1793年)を行った松平定信(まつだいら さだのぶ1759−1829年)が庭園からの眺望をたたえて「聚遠の門」と呼んだことが名前の由来だそうだ。心字池には数奇屋風の茶室が浮かび隣りには「楽庵」という茶室や「御涼所(おすずみしょ)」があり、庭園は良く手入れされており美しい。
関連旅行記――http://4travel.jp/traveler/sasuraiojisan/album/10279935/
(写真は聚遠亭)- 旅行時期
- 2008年09月
- アクセス:
- 2.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0























