kasekunさんのクチコミ(4ページ)全196件
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投稿日 2024年08月23日
総合評価:3.0
ウガンダのトロロで1泊し、2度目のケニアに入りました。でも、ルワンダ入国の東アフリカツーリストVISAに問題が!観光VISA、
、ずべての旅程を見せろとケニア入国係官。そんなものあるはずもなく、、、結局50ドル払って入国できました。(賄賂?)東アフリカツーリストビザはケニア入国でなければ、結局50ドルはらわんといけのか?よくわからず。
で、マラバ国境で乗り合いタクシー、、2000ケニアシリング(2000円程)でナイロビへ。で、夜8時到着。さて、どうしようか迷った末、夜行バスでモンバサへ。2000ケニアシリング。朝8時着。
どのバスに乗ればいいか、、、ケニアの人は親切ですね。バス乗り場まで案内してくれました。
前回はたった1泊でナイロビは危険とのことで、警戒してましたが、今回の旅でそれほどでもないように感じました。コロナで変わったのかも?
世界遺産の砦も見たし、あとは今回の旅のメインでもある列車でナイロビに戻ります。
(世界遺産、入場はネットでしか受け付けてません。現金入場不可!現金の方が便利なのに、不思議?地元の方にネット決済してもらい、その方に1250シリング支払い入場!)ここはアフリカなのになんと不便な方法をしているるのか不思議です。
以上、ケニア情報でした。- 旅行時期
- 2024年08月
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投稿日 2024年08月21日
総合評価:2.0
ルワンダのキガリから夜8時発の夜行バスでウガンダのカンパラへ。ルワンダを見てきただけに、ウガンダは、、、。真夜中に国境を越えるとそこはアフリカ。あの洗練された風景はない。朝8時にカンパラに着いたのだが、人人人だらけ。バイクと歩行者が合間をぬって駆け抜ける。交通ルールはあってもないようなもの。なぜ昼間の国際バスが走ってなかったのか納得。きっと12時間以上かかってしまうのだろう。
カンパラの町も人だらけ。ここは本当にアフリカでした。ガーナを思い出してしまいました。
ブガンダ王国博物館や世界遺産の王家の墓を見て、早々にカンパラを離れました。ミニバスでジンジャへ。けっこう近いはずなんだけど、6時間ぐらい、、、。町を出るまでの時間が、、、。ウガンダの課題は、きっと交通インフラですね。
夜22時、ジンジャ到着。近場でホテルを探し、今日はけっこう綺麗なゲストハウスで1泊70000ウガンダシリング(2500円程)
明日はビクトリア湖見て、ケニアへ。
以上、ウガンダ情報でした。- 旅行時期
- 2024年08月
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投稿日 2024年08月18日
総合評価:2.5
タンザニアのキゴマ行きローカル列車に乗車できたものの、機関車がエンジントラブル。代わりの機関車が来るまでずっと待機。結局、キゴマへは2泊3日の列車泊。
※この列車、週2便。火曜と木曜朝8時発。次の日の16時頃の到着予定。
で、朝6時にキゴマ着。キゴマ観光もできず、速攻でブルンジ目指して、、、。
※ブルンジビザは日本でネットでとれる。トランジットビザは3泊無料。
で、ブシュンブラで2泊し、ブルンジ観光、、、どうやら、ブルンジフランもキューバ同様、ブラックマーケットがあるようです。(自分は余ったタンザニアシリングを替えたのでよくレートはわからず、、、1タンザニアシリング=1.6ブルンジフラン)
で、今朝ルワンダに向けて出発したのですが、やはり情報通り、ブルンジとルワンダ国境は閉じてるとのことで、ブルンジからちょっとだけタンザニアを通ってルワンダに抜けるルートで、、、すったもんだあった中、夜10時にルワンダ到着。とっても疲れました。
乗り合いタクシーで、ブルンジのブシュンブラからルワンダのキガリまで40ドル。
※ルワンダ人の方3名と同乗してたので、この回り道の行き方しかないようです。
※タンザニアビザを再度とらないと行けんのか?50ドルも払って!と思ってたけど、トランジット!と言うとビザは再度とらなくてもよかった。ただし、イエローカードが必須。イエローカード紛失してた自分、この国境で再度取得。50ドル。ドクターに「接種は2度目です!」と言ったら、「じゃあ射たないね。」だって。
※ブルンジのホテルはミニバスがついた近くで探し、1泊30000ブルンジフラン(10ドル程)。トイレが流れず困っちゃいましたが、個室水シャワーがあれば十分です。
以上、ブルンジ情報でした。- 旅行時期
- 2024年08月
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投稿日 2024年08月19日
総合評価:2.5
今回見つけたキガリの安宿情報です。メインのバスターミナル近くにあったホープゲストハウス。個室トイレ共有で1泊8000ルワンダフラン(約900円程)でした。トイレ付きの部屋なら12000フランだとか。寝るだけの自分には最適です。
アフリカは物価が安いですね。円安での旅行先に最適かも?- 旅行時期
- 2024年08月
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投稿日 2024年08月18日
総合評価:3.5
ブルンジから乗り合いタクシーでルワンダに来たんですが、ビックリ!何でこんなに隣国と違うんでしょう?道路が全然アフリカじゃないんです。穴だらけのアフリカ諸国の道路が普通なんですが、この国の道路はグッドコンディション、それにごみが落ちてない!ブルンジ→タンザニア→ルワンダと通って来たら、その違いがはっきりわかります。街灯も道沿いにあり、普通は真っ暗道路のはずが、ここは本当にアフリカ?って感じに思ってしまいました。(日本の道路を感じてしまいました)キガリも洗練された綺麗な町。ごみも全然落ちてない。本当にビックリです。
ブルボンカフェで朝飯食ってから、キガリ町歩き開始です。映画ホテルルワンダの舞台、ホテルミルコリン、虐殺メモリアルミュージアム見て来ます。- 旅行時期
- 2024年08月
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投稿日 2024年08月12日
総合評価:2.0
ザンジバル、、、不思議な国?無事朝7時のフェリーでタンザニアから来たけど、アライバルカードを書かされ、入国スタンプが押された。不思議な国?(自治政府)だ。
で、この旅で、初めて雨に遭遇。昼間は小雨が降り続き、今はやんだものの、道路は水溜まり、、、。乾期でも多少なり雨が降るようです。で、ここはヨーロッパからの旅行者が多い世界遺産の町並み、それから物価の安さは旅行者を引き付けるようだ。安宿はマップスミーに表示されたマーケットホステル。すぐそこに大きなマーケットが広がってる。でも見つけるのはかなり難しい。何にも表示がない。地元の方に教えてもらいたどり着いた。1泊50000シリング。(20ドル程、個室Wi-Fiあり)マーケットにも近いし便利かも?- 旅行時期
- 2017年08月
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投稿日 2024年08月10日
総合評価:3.0
せっかくなのでマヨットでは1番か2番に綺麗だという南端のングージャという所にあるビーチリゾートに行ってみました。(歩き方にあったので)
主都のマムズから乗り合いタクシーで11ユーロ。 行きはよかったが、帰りが大変!帰りのタクシーがここにはない!タクシーが頻発する近くのシロンギという町まではけっこう遠いのだ!てくてく歩いてまだかーとバテ始めた頃、車が止まってくれた!おじさん、シロンギまで乗っけてくれた。イヤー助かった!で、乗り合いタクシーでマムズまで。バス停に座ってたご婦人に「マムズに行きたい」と英語で話しかけても、こちらではフランス語のみ。それでも、理解してくれ、どの乗り合いタクシーか教えてくれた。ありがたい、ありがたい、、、。フランス語圏の旅はけっこう日本人には難易度高し、、、。シロンギからマムズまで6ユーロでした。
あまり情報のない仏領マヨット。貧乏旅行者の自分ですが、せっかくですので、1泊15Oユーロ(バンガロー)と奮発し、綺麗なビーチで久しぶりに海に入り、美味しいフランス料理も食べ、贅沢な滞在となりました。
※そうそう、ここのリゾートでなにげにブラブラしてたら、野生のキツネザルがいるじゃないですか!マダガスカルでキリンディ森林保護区までわざわざ見に行ったのに、なんと普通にマヨット島にも、、、。- 旅行時期
- 2024年08月
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投稿日 2024年08月11日
総合評価:1.5
無事、コモロの博物館を見学できました。小さな博物館でなかなかわからず迷いましたが、親切にも道を聞いた人が迷っている自分を追いかけて呼び止めてくれ、案内してくれました。ありがたい、ありがたい。入場料1000コモロフラン。小さな博物館ですが、シーラカンスの剥製を無事見学でき、1つ目的を果たせました。そこから空港まで、タクシードライバーとひと悶着あったものの、13時発のタンザニアエアに無事搭乗。
で、予定ではそのままザンジバルへフェリーで行く予定でしたが、アライバルビザの手続きの複雑さで(アライバルビザを取得する者が大勢いる)、時間がかかり、速攻でタクシーでフェリー乗り場に向かったものの最終便の17時発のフェリーに間に合わず、、、。(あと数分早く来たら間に合ったのに、、、)
教訓、タンザニアビザはめんどくさがらず事前取得が無難ですね。時間がかかります!(50ドル)
明日の朝7時の便でザンジバルに向かいます。世界遺産見てきます!- 旅行時期
- 2024年08月
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投稿日 2024年07月30日
総合評価:3.5
モーリシャスおすすめのホテルは、マエブールという空港近くの町のラ・バンブーホステル。モーリシャスで安く泊まるにはここがいいですね。
空港からはタクシーだと600ルピーだとか。んー、近いのになあ、、、。ローカルバスでの行き方をタクシー運ちゃんに教えてもらい、行ってみたら100円程で行けました。
まず、空港を出て2キロ程歩き、1番近くの村のバス停からマエブール行きのバスに乗車。(バス停は現地の方に教えてもらいました)それが30ルピー。いやー、モーリシャスは物価が安い!マエブールのバスターミナルから500メートル程歩けばこのラ・バンブーホステルに到着です。
バスターミナルにも近いし、首都ポートルイスにも簡単にいけました。
マエプールバスターミナルからキュールピップという町行きのバスに乗車(44ルピー)。そして終点のバスターミナルのすぐそこにメトロ駅が、、、。キュールピップから終点首都ポートルイスまでは55ルピー。トータル350円程で行けます。
モーリシャスはマエプールに宿泊すれば、安く滞在できますね。
※そうそう、忘れてました。マエプールから空港へはバス1本で行けました。ホステルのおじいさんが「9番か10番のバスで空港まで行けるよ」と教えてもらい、マエプールのバスターミナル端っこで10番バスに乗車。なんと直接空港まで行けました。(国内線のターミナルの方)。そうか!バス停は国際線ターミナルの近くにはないけど、国内線ターミナルの方にあったようです。
ということで、国際線でモーリシャスに到着したら、すぐ近くの国内線のターミナルの方に向かい、そこのバス停でマエプール行きに乗るといいようです。- 旅行時期
- 2024年07月
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投稿日 2024年08月10日
総合評価:1.0
仏領マヨットからコモロ連合へ、、、、。朝の10時発のエワ航空、遅延で14時発に。、、うわー、これじゃあ観光できない。シーラカンスを楽しみにしてたのに。というのは、ホテル代が高いのでコモロ滞在を1日だけにしていたのだ。明日の朝観光で、13時発のタンザニア行きにギリギリ間に合うか、、。
コモロ入国後もアライバルビザがコンピューターの不具合?で発給にかなり待たされた。結局復旧できず手書きのビザに。ちなみにビザ代30ユーロでした。
(空港からホテルへはドイツ人旅行者2人とシェアし、1人10ユーロ)
コモロはマヨットと比べるとやはりまだまだ発展途上ですね。街はんーとても綺麗とは言い難く、夜は真っ暗。ホテルだけは別世界。マヨットは仏領に残ることを選択し、コモロは独立を選択した。さてどちらがいいのだろう?
ここは紛れもなくムスリムの国。人々の服装、鳴り響くコーラン、マヨットとは違うイスラム教を感じる。
- 旅行時期
- 2024年08月
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投稿日 2024年08月06日
総合評価:1.0
マダガスカル旅行を終え、8月6日、エアオーストラルで仏領レユニオン島へ。最終目的地はマヨット島なので、1日だけのトランジット。ホテルは空港から歩いて1時間30分ほどのサンドニのホテルドゥセントレ。45ユーロ程。(個室共同トイレ)
ここはやっぱりヨーロッパ。みんなジョギングやらウォーキングやら、、、お仲間だらけです。夜にはジムで体を鍛えるフランス人。アフリカとは違いますね。でも、、、。晩御飯は定番のハンバーガーセット8.9ユーロ。マダガスカルでの何でも気軽に食べれる安い食事が恋しい。
さて朝起きて15時の便までてくてく散策します、、、- 旅行時期
- 2024年08月
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投稿日 2024年07月31日
総合評価:3.0
やっとマダガスカルに到着。夜中やっとモーリシャス航空が3回目のフライト。危なく寝過ごしてしまうところでした。
ビザはアライバルで簡単に取れますね。ホテル予約、次のフライトを見せることなく「こんにちは!」と歓迎の入国審査。visaのブースでアライバルビザ15日で10ドル。良心的ですね。
日本円が両替できました。セイシェル、モーリシャスではできなかったのに、、、。- 旅行時期
- 2024年07月
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投稿日 2024年07月31日
総合評価:1.0
今現在(現地時刻23時19分)、モーリシャス航空MK288便は飛ばず、、、。14時30分に搭乗したのに、機内の放送で何か異常があったらしいとのことで下ろされた。航空会社持ちで夕食にキングバーガーのセットを長蛇の列でやっとゲットしたけど、疲れた!
で、夜8時、やっと再搭乗し、マダガスカルに行けると思ったのに、、、。機内食を食べ終えた頃、レユニオン島を過ぎた辺りで機長からの放送、、、。やっぱり異常があるとのことでモーリシャスに引き返すとのことだった。
こういうのって精神的にも疲れる、、、たばこもずっと吸えないし、ホントに疲れる、、、。このあとの詳細は、フランス語(後に英語あり)主体の放送ではわからず、、、。とにかくみんなと待ちます、、。
モーリシャス航空は避けた方がいいですね。機内食も食べたんですが、なんだこれ?という内容の物でした。新しそうに見えるけど、もう機体が老朽化してるのかも?- 旅行時期
- 2024年07月
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投稿日 2024年07月30日
総合評価:4.0
今回泊まったシャトーブルーホテルがナイスでした。空港からかなり近いのに、タクシーは400ルピーとふっかけてきます。(夜、バスが走ってない時間帯。)「高いなあ!300にしてくれ!」と頼んでも「ここはセイシェル!」、、、。だって。
で、仕方がないのでてくてくてく、、、。まっすぐ南の方に歩いて行けば45分ほどで山側方面に白と青の建物が、、、。このミニホテルです。途中幾度となく人に聞いてたどり着きました。(誰もが知ってるホテルでした。)道沿いにあるから知ってるンでしょうか?
空港へはさらにホテルから100メートル程南に歩けばバスターミナル。ここから空港へバスで10分程で行けます。
セイシェルに安く訪問したい人には、大変便利なホテルだと思います。- 旅行時期
- 2024年07月
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投稿日 2024年01月16日
総合評価:2.5
色塗り投稿です。
ノルウェーには1度だけ訪問。
たまたま千歳空港の本屋に地球の歩き方東欧編が置いてなく、北欧編を購入して、急遽変更し、北欧旅行となった。フランクフルトinモスクワoutの大韓航空のチケット。北欧を通ってモスクワへ向かうこととした。
北欧で思い付くのは、アンデルセン、ムーミン、白夜、フィヨルド、サンタクロース、ノールカップ、、これらを見に行く行程とした。
ノルウェーの思い出は、、、 、
・デンマークからちょっとした船でスウェーデン入国。そこからスカンレイルパスを使ってノルウェーの首都オスロまで。でもオスロは素通り。一泊しようにも若かりし自分には高すぎた。で、そのまま世界遺産のフィヨルドを見に列車で、、、。行程はすっかり忘れてしまったが、フロム鉄道とフェリーに乗りフィヨルド観光したことは覚えている。このフェリー、アジア人は見渡すと自分だけ。なんだか自分、すごくない?と思ってしまった。若かりし頃ですから、そう思うんでしょうね。でも、絶対社会科地理で生徒たちにフィヨルドは教える項目なので、行ってよかったと思う。氷河がつくりだす入りくんだ地形。リアス式海岸とは違う、、、。
・フィヨルドを見た後は、そのまま列車で世界遺産の町ベルゲンへ。ちょこっと見ただけで、すぐにオスロへと戻る。そしてトロンハイムへ。この日の列車移動はここまで。安いホステルに1泊。
・次の日はトロンハイムから列車でファウスケという町まで。ここから北上するバスが発車する。スカンレイルパスはこのバス乗車の割引が利く。全額無料ならいいんだが、たしか半額になったと記憶しているが、、、。
・バスで入りくんだフィヨルドをくねくねと北上し、トロムソへ向かう。風景は地元北海道道北とそんなに変わらないか。何もない、、、。行き交う車はキャンピングカー、あるいはボートを牽引している車が多い。まだ日本ではそんなに見かけない頃だった。川?と海と大自然。その中で人々は暮らしていた。(これに触発され、日本に戻ってからボートを購入。牽引免許も取得。若かりし自分です)
・トロムソでは日本人?と思った親子で旅行しているという韓国系アメリカ人に出会った。彼らもノールカップを目指しているらしい。一緒にノールカップまで行ったが、彼らはまたトロムソへと戻って行った。(パスでバスは半額になるので、、、)
・夜中、たしか0時を過ぎた頃にノールカップ到着。辺りはまだまだ明るい。これが白夜か。多くの方々がこのノールカップ目指して来ていた。辺りを見回してもアジア人は自分と韓国系米国人だけ。またしても、自分、すごくない?と勘違いしてしまった。(若かりし自分です)
・さてそろそろ自分もトロムソへ戻ろうかとバス乗り場に行くと、なんと、直接サンタクロースの町ロバニエミに向かうバスがあった。料金は120ユーロと高く、スカンレイルパスはこのバスには使えないらしい。迷った末、このバスに乗車。バスの中で寝て、朝にはロバニエミに着くならいいんじゃないかと。乗客は4名程だったけど、真夜中でもここノルウェーではバスが走っている。白夜はやっぱりすごい!
という感じのノルウェー訪問でした。心残りと言えば、北欧では、デンマーク、スウェーデンと王宮を見てきたのに、ノルウェーだけは素通りしてしまったこと。次の機会があれば、王宮と、それからスウェーデンからノルウェーのナルヴィクへ向かう列車に乗りたいですね。
以上、色塗り投稿でした。- 旅行時期
- 2003年08月
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投稿日 2024年03月18日
総合評価:5.0
先日、以前の旅行記にあげた、イスラエルからヨルダンへキングフセイン橋(アレンビー橋)越境の為のヨルダンビザについてのYouTube動画を見た。
https://youtu.be/7v9x8c9ZoTI
彼がいう情報では、「このアレンビー橋は正式の国境ではないから、事前にヨルダンビザが必要。でも大丈夫!ネットでヨルダンeビザがあっという間に、しかも無料で取れる、、、」そんな内容だった。
、、事前にヨルダンビザが必要、、、。この情報はきっと
https://conroe215.hatenablog.com/entry/2018/12/17/213807
か、
https://shozzatrip.com/israel_to_jordan/
ここからの情報かと思われる、、、、
どちらの情報でもこのアレンビー橋での越境には事前にヨルダンビザが必要とある、、、。
でも、自分は2023年1月、ヨルダンの事前ビザなしでこのアレンビー橋を越え、ヨルダンに入国した。
きっと情報をあげた3人とも、その情報は本当なのか?ということを試していない。外務省の情報にはそんなことは1つも書いていないのに、、、。
https://www.anzen.mofa.go.jp/info/pcsafetymeasure_054.html
まあ、わざわざ試す人もいないでしょうけど、、わざわざ国境まで行ってヨルダンに入国できなかったら戻って来ないと行けませんからね、、、。
でもこの情報はきっと日本人旅行者に大きな影響を与えた。ヨルダン→イスラエル はビザ取る手間がいらない。が、イスラエル→ヨルダン は事前にヨルダンビザを取らなければならない。面倒くさい!時間もかかる!当然、旅行者はヨルダン→イスラエルの方向で旅行をする、、、。ネットでもヨルダン→イスラエルの旅行記はよく見るけど、イスラエル→ヨルダンはほぼない。
実は自分もアラビア半島縦断計画を考えている時、この情報に惑わされた。当初は遠回りして別のビザ不要の国境を通ろうかとも思ったが、外務省情報にはそんなこと1つも書かれてなかったし、エーイ、やってみよう!通れなかったらまた戻ればいいだけだし、、と試みたわけだ。
ガセ情報だったのか、最近運用が変わったのかはわからない。でも、実際に自分が事前にヨルダンビザを持たずに、このアレンビー橋を越え、ヨルダンに入国したわけなので、日本人はこの国境で無料アライバルビザが取得できることは明らか、、、、。事前にヨルダンeビザを取る必要もない。(まあ、取得して行った方が安心するでしょうけど)
一旦上がった情報は、それがずっと信じられてしまう、、、訂正もしてくれないので、、、いい典型例です、、、。
何度も言いますが、、、
●キングフセイン橋(アレンビー橋)国境でも、日本人は事前にヨルダンビザを取る必要はありません!
、、、このユーチューバーさんも、eビザの確認はなく、あっけなく入国したのですから、、、
※自分、この事で、情報は操作されてるかもしれない、、そう思うようになったわけです。実際、ドミニカ共和国とハイチ共和国との国境は閉鎖されていませんでした。在ハイチ日本大使館は、閉鎖されたという情報は流すけど、再開されたという情報は出さなかった(たぶん、知らなかった?あるいは、日本人をハイチに入国させない為、、?)
本当なのか?と思うことも大切だよなと思う次第です。
親父の独り言でした。
※日本人旅行者をヨルダン→イスラエルに誘導し、得をする者は誰か?こう考えると、もしかしてイスラエル出国の空港を使わせようとする者の仕業かも?、、穿った見方をすればこう考えられなくもない。、、、なんてね、、!
→真相を知りたいものだ。この1番最初の情報元はなんだったのか、、、。地球の歩き方にそんな情報ありましたっけ?
※キューバ入国でのESTA制裁も、、、。情報は錯綜している、2011年以降なのか、2021年以降なのか、、ESTA申請が可能なのか不可なのか?、、、はっきり、過去にキューバ入国者はアメリカビザを取るように!この通達の方がわかりやすいはずなのに、あえて、期間を指定し、さらに2つの情報を流して混乱させる、、、こんな面倒なことになるなら、キューバに行かなければよかった!これは他の旅行者にも広く伝搬する、、、キューバ旅行は絶対やめた方がいい、、、と。ほぼ誰も行かない他のテロ支援指定国家以上に、目の前のキューバの再指定のインパクトは大きい。誰もがそう思ってしまう、、、、A国の経済制裁はこれにて完成!、、、なんてね、、、!
情報の力は思ってる以上にすごい!
こう発信しても影響力はYouTubeの方が大きいので、きっと多くの日本人旅行者は事前にヨルダンeビザを取得してこの国境を越えるんだろうな、、、あるいは検索上位に上がる「事前ビザ必要」情報サイトを見て、ヨルダン→イスラエルにするんだろうな、、、。
まあ、今はあの地域はきな臭いので旅行者も行かないか、、、。
(追記)
→最初の情報は、、、ちょっとだけ手がかりを見つけた!
そこにはこう書かれていた。
「イスラエルからヨルダンへ、陸路で出入りできる国境は3つあります。
国境1:北のShikh Hussein/Jordan Bridge border crossing
→この国境を、本当は私も越えたかったのですが、ガイドブック『Lonely planet』の情報を見てやめました。
ガイドブックの記載には「もっとも行き来の少ない国境」とあったんです。
ってことは、移動手段(ミニバス等)を見つけるのに苦労するのかも・・・と、思いまして。
ネットでここの国境を越えた旅行者の情報を探してみましたが見つからず、ここを越えるのは断念しました。
国境2:エルサレムに最も近いKing Hussein/Allenby Bridge border crossing
エルサレムとヨルダンの首都アンマンを直線で結んでいるこの国境を越えるのが、旅行者には一番便利ですね。
★でも、この国境では『ヨルダンVISAは取れません』と、ガイドブックに書いてありました。
そして、ここで国境を越えた旅行者の情報を見ると『国境を越えるのに5時間かかった』とか
『入国審査がとても厳しくて大変だった』とか、とにかく簡単には通れそうにない雰囲気。
私達、旅行の日程には余裕がありましたので、嫌な思いしたくないしな・・・と、
この国境を通るのも断念。」
「ヨルダンVISAを取らずに、国境2のキング・フセイン橋の国境を越えようとした日本人旅行者が
「ヨルダンVISAがないからヨルダンへは入国できない!!」と言われて酷い目にあった・・・
なんて体験談もネットで読みましたので十分ご注意下さいね。」
そして
「国境2のキング・フセイン橋で国境越えを考えているなら、念の為に(保険だと思って)ヨルダンVISAを
事前に取っておいた方が良いかもしれません。」
→念の為、、、旅行期間が短い日本人旅行者には絶対取らないといけないと思いますね、、、
これか?、、★この情報か?ガイドブックに記載されてる?→このガイドブックというのは、文脈からすると、地球の歩き方ではなく、Lonely planetのことだろうか? 外国人の旅行情報を元にしたのだろうか?外国人と日本人は対応が違うはずなんだけど、、、、。
・審査は厳しい、時間がかかるとの情報から断念、、、。本人が入国拒否されたのではないらしい。
・ひどい目にあったという体験談を読んだらしい。でも、結果的にその旅行者が入国拒否されたのかはわからない、、、
このネットにあげた情報が拡散した模様、、、。
ということから自分なりに考えてみると、、、
→ビザがないから入国拒否される、、、のではなく、その当時はこの国境だけは審査が厳しかったので事前ビザを取るようになった
それがいつの間にか誇張され、この国境では事前ビザを取る必要がある、、、に変わったのではないだろうか?
https://ameblo.jp/makicina-neko/entry-11231747470.html
2010年の情報か、、、でもこの情報のソースを読んでみたいな、、、
※本当に興味深いですよね。卒業論文のテーマにもなりそう、、、。
※今日ニュースを見たらフェイクニュースのことが上がってた。イギリス国王が亡くなったというフェイクニュースが、、、。拡散に荷担しないように、、、とのことだった。衝撃的なことほど普通の人は見るので、その情報があっという間に広まってしまうとのことだった、、、
んー、ホントだよなあ!たぶん、このアレンビー橋国境情報も、日本人の中で20年はきっと信じられている、、、公的な外務省情報にはそんな情報一切ないにもかかわらず、、、
今はユーチューバーさんの通り、全然審査は厳しくないです。あっけなく日本のパスポート見せただけで入国できます!
(さらに追記)
思い出しました!そういえば、エジプトとイスラエルの国境越えの時、、、バスターミナルでたまたま出くわした日本人の方が当初、イスラエルに行くためエジプトから船でヨルダン経由でイスラエルに向かうとのこと。不思議でした。なんでわざわざイスラエルに行くのに、ヨルダン経由なのか?で、尋ねてみたら、エジプトとイスラエル国境は審査が厳しいからとのことでした。体験談を見たとのこと、、、その体験談とはドイツ人旅行者がこの国境で入国拒否されたという、、、
さもアリン!自分はすぐにわかりました。なぜドイツ人は入国拒否にあったか?イスラエルの方々にとってドイツは、、、ヒットラー、、、ユダヤの方をホロコーストで虐殺!不審な点がちょっとでもあれば、入国拒否される可能性は非常に高いはず、、でも日本人は杉原千畝さんがいる、、、。結局、この国境で2人とも入国できました。イスラエルのどこに行くんだ?事前審査は確かに同じ質問を2人にされしつこいなあと感じはしたものの、嫌がらせには感じませんでした。出会った方は知人に会いに行くとかで、少し時間はかかりましたが、、、。入国係官もなんと日本語で、ようこそイスラエルへ、、だって!日本語ペラペラでした。
何が言いたいかといいますと、、情報数は圧倒的に日本人より西洋人の方が多い。そこに惑わされてしまうんです。このエジプトーイスラエルの国境情報も、ほとんど日本人は体験しませんので情報数は少ないんです。すると、必然的に西洋人のガイドブック、ロンリープラネットに頼らざるを得ない。この国境は(ドイツ人には)審査が厳しい、、、となってしまうんです。日本人ならそれほど厳しくもないのに、、、。ロンリープラネットの情報が日本人にも適用されてしまう、そう錯覚してしまったのが、このアレンビー橋国境の誤情報に繋がったのではないかなと思った次第です。(西洋人にはヨルダンビザは有料です。でも、日本人は無料です。なんてったって、このアレンビー橋を作ったのは日本の支援ですから、、、)
※ウィキ 「アレンビー橋」より、、、
「1994年10月のイスラエル・ヨルダン平和条約締結以降、交通量増大による容量不足が深刻化してきた。このため、恒久的な橋が日本のODAによって旧橋の隣に建設された。竣工は2001年3月22日。4車線のPC斜版橋(斜版付箱桁橋)で、長さは120m。ヨルダン側の道路約7.7kmも合わせて整備された[1]。なお、この援助はODAの中でも返済義務の無い「無償資金協力」として行われた。」
(さらに追記)
こんな情報が4トラに上がってた、、、
https://4travel.jp/travelogue/10228820?lid=201702_search_result_os_travelogue
ほー、2007年には本当に行けなかったようですね。
「朝、エルサレムに近いアレンビー橋の国境を越えて、イスラエルを出国。しかし、ヨルダン川を越えた後のチェックポイントでパスポートをチェックされ、「ビザがないのでここから先へは行けない。シェイク・フセイン橋の国境からヨルダンに行くように。」との非情な通達が………!!
最新版の歩き方(2003年だけど…)には、「ヨルダンビザを持っていなくても、アレンビー橋からの国境越えは問題ない」と書かれており、それを信じていたのに…騙された…!!アレンビー橋は、パレスチナ人のための非公式な国境なので、今はきっちりビザが要るようです…。」
でも、やはり歩き方には、問題ないとの記載があったらしい、、、。入国管理官ではなく、途中のパスポートチェックポイントで、、、
んー、ますます謎めいてきた。総合的に考えてみると、、
ここのアレンビー橋国境では、西洋人はアライバルビザが取れない(ロンリープラネットの情報)。 でも、日本人は例外的に取得することができる(地球の歩き方情報)。このあやふやな情報が当時あまり国境係員に周知されていなかったのかもしれない。それがこの悲劇を生んだのかも、、、。- 旅行時期
- 2023年01月
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投稿日 2024年02月28日
総合評価:2.5
色塗り投稿です。
ウルグアイには1度だけ訪問。ブラジルのポルトーアレグレという町からウルグアイ モンテビデオ行きの国際バスにて入国。そして、忘れちゃったけど、唯一の世界遺産の町を訪れ、どこかの町に。ここからアルゼンチンのブエノスアイレス行きのフェリーが出てたから。
思い出は、、、
●モンテビデオの町は南米にしては綺麗な町だったなという印象を持った。
●町の人々を見てたら何か持ってる。n?なんだあれは?と思ってたら、昔で言う魔法瓶だった。ウルグアイの人には欠かせないマテ茶。魔法瓶に入れたお湯を注ぐために、常に携行してる模様。不思議、、、な光景。
●自分もマテ茶セットを購入してみた。スーパーに入って、まずマテ茶を、、、高い物から安い物、種類は豊富。ついで飲むための専用カップ?を。これと専用のストロー?がセットで売ってたので購入。ストローはなかなか便利。金属製で、お茶っ葉が口に入ってこないよう、先端に小さな穴が数ヶ所あり、これで葉っぱの侵入を防ぐ。
フレンチコーヒーも飲めるかも?という優れ物。(コーヒー豆に直接お湯を注ぎ、それをこのストローで飲めばフレンチコーヒーの完成!)
日本でも売れるかも?
●世界遺産のコロニアルの町は小さい。1時間程で回れる。
、、、こんな感じ。ウルグアイと言えば、以前の大統領が有名。名前は忘れちゃったけど、世界1貧しい大統領。清貧潔癖、、こんな人が国のリーダーだったら絶対いい国になるよね。
以上、色塗り投稿でした。これで色塗りも終わりです。- 旅行時期
- 2013年01月
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投稿日 2024年02月28日
総合評価:3.0
色塗り投稿です。
アルゼンチンには1度だけ訪問。(イグアスの滝を観光してから1度出国。ブラジルへ。ウルグアイからフェリーでアルゼンチン ブエノスアイレス入国。)
思い出は、、、
●とにかく、イグアスの滝はすごかった。世界3大瀑布の1つというだけあって、言葉を失う程の迫力!死ぬ前に絶対見ておくべき所だと思った。あと2つ、ナイアガラの滝、ビクトリアフォールも必ず行きたい。
●ウルグアイからアルゼンチン行きのフェリーは当日でもチケットは購入できる。けっこう豪華な船だった。
●ブエノスアイレスでは日程もなく、そんなに観光していない。1日いて帰国。で、知らずに100ドル程アルゼンチンペソに銀行で両替してしまった。アルゼンチンペソが暴落してるなんて知らずに。銀行では低いレートだが、闇では、、、。失敗!けっこう余って持って帰って来たけど、今ではただの紙くず。失敗!
●飯は、、、肉、肉、肉だらけですね。最初はオー!と思ってたけど、後から初めてもういいかなという感じに、、、。
という具合。一応これで南米大陸はペルーリマからアルゼンチン ブエノスアイレスまでは陸路・海路で縦断。今度はパタゴニアの方へ行きたいですね。
以上、色塗り投稿でした。- 旅行時期
- 2013年01月
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投稿日 2024年02月26日
総合評価:2.0
色塗り投稿です。(パラグアイの思い出の続き、、、)
ブラジルには1度だけ訪問(①パラグアイからブラジルへ ②アルゼンチンからブラジルへ)。イグアスの滝、それからウルグアイ訪問のために駆け抜けたという感じのブラジル訪問。
●パラグアイ シウダーデルエステ→バス→ブラジル フォズ・ド・イグアス
●ブラジル フォズ・ド・イグアス→バス→アルゼンチン プエルト・イグアス
●アルゼンチン プエルト・イグアス→ブラジル フォズ・ド・イグアス
(※世界遺産イグアスの滝はアルゼンチン側で観光)
●ブラジル フォズ・ド・イグアス→長距離バス→クリチバ(1泊)
●クリチバ→長距離バス→長距離バス→ポルトアレグレ(1泊)
●ポルトアレグレ→国際バス→ウルグアイ モンテビデオ
思い出は、、、。
・ブラジルVISAは日本で取得。旅行社に頼んで1万円。せっかくなので、VISAは高額だけど、ちょっとだけでもブラジルを訪れてみたかった。この国は日本にとって、大変関係のある地だから、、、。
・初ブラジルは大変困惑した。アフリカのフランス語圏に行ったときのような感じ。英語は通じず、言葉はスペイン語に似ているようで似ていない、なにかフランス語のようにも聞こえるといった感じのブラジルーポルトガル語。(初めてポルトガル語という言語を聞いたので、、、)。はじめは本当に、ウルグアイまで行けるんだろうかと不安になった。
・特に困惑したのが近郊バス。普通ならバスに乗ってお金を払うだけでいいのに、ここはバス乗り場に入る時にお金を払うという感じだった。どうやってバスに乗るんだか、いくら払えばいいんだか、まるっきりちんぷんかんぷんで、困ってしまった。たしか、何とか地元の方に助けてもらってバスに乗り込んだと記憶してる。
・長距離バスの方は普通に乗れた。バスターミナルで、行き先を伝え、お金を払えばok。
・クリチバのターミナルで、バスの発車まで座って待ってたら、挙動不審だったのか現地の方に英語で声をかけられた。日本から来ました!と答えたら、ひどく驚いていた。聞けば、奥さんが日本人のようで、、、。
1人で来たの?ポルトガル語は話せるの?日本のどこに住んでるの?なんでブラジルに来たの?と質問攻め。日本語は話せないようだったけど、彼の英語は聞き取れた。
1番彼が驚いていたことは、ポルトガル語も話せないのに、1人でブラジルに来たことだった。よくよく聞いたら、このクリチバは治安がひどく悪いらしいのだ。よくここに来たね!そんな感じだった。
Facebookを交換し、気をつけて!と彼とは別れたが、後日、彼の奥さんからメールが届いた。本当に日本人だった。(かわいらしい方だった)「主人からあなたのことを聞きました。ホントにビックリしたようです、、、」だって。
たしかに、ポルトガル語もスペイン語さえもままならぬ輩がよく行ったもんです。しかも、サンパウロ、リオデジャネイロならまだ日本人も訪れるでしょうが、たぶんほとんどの日本人が初めて聞くだろうクリチバ、ポルトーアレグレという町です。幸い、無事、ウルグアイまで行けました。
たった2泊3日のブラジル訪問でしたが、ブラジルの怖さはまだわからず仕舞いです。いつかアマゾンには行ってみたいんですが、ブラジルって本当に怖い所なんでしょうか?誰か知ってたら教えてほしいものです。
以上、色塗り投稿でした。- 旅行時期
- 2013年01月
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投稿日 2024年02月20日
総合評価:2.0
色塗り投稿です。
パラグアイには1度だけ訪問。といっても、イグアスの滝に行くために駆け抜けたという感じの訪問。まだ休みがあるといっても、イグアスの滝を見て、ブラジルを通ってウルグアイを見て、アルゼンチンのブエノスアイレスまで行かなければならなかった(帰国便はブエノスアイレス発)。旅程は短いが、それでも、ボリビアからずっとバスでパラグアイを縦断し、シウダーデルエステまでやって来ることができた。
旅程
●ボリビア サンタクルスー国際バスーパラグアイ アスンシオン
●アスンシオンーバスーシウダーデルエス
※シウダーデルエステ宿泊(バスターミナル近くのホテル)
●シウダーデルエステーバスーブラジル側のイグアスの滝の町フォス・ド・イグアス
※ボリビアのサンタクルスバスターミナルはたしか、ブラジルへ行く列車駅と直結していた。サンタクルスから出るブラジル国境キハロ行きの列車に乗る乗客が別れを惜しむかのように抱き合ってる光景が見えた。この列車にもいつかは乗りたいなあと思いつつ、夕方出発するパラグアイ行きのバスを待っていた。
※国際バスと言っても、豪華なバスではなかった。どちらかというとオンボロバスだった。乗客も、観光客ではなく地元民が荷物を大量に持ち込み移動するというと感じのバス。外国人は自分1人だった。
※パラグアイの人は、ペルー人、ボリビア人とはちょっと違い、インディオの血が濃いのかな?それでも見馴れぬ外国人の自分に、にこやかに接してくれた。(特に国境での手続きで、、、、。)
※パラグアイの通貨グアラニは、コインはなく紙幣のみ。お店に入って買い物をしたら、気を使ってくれたのか、綺麗な紙幣を選んで全種類のお札でお釣りを渡してくれた。(記念に取っておいた)
※ブラジルとの国境はザ・国境といった感じ。ガーナとコートジボワールの国境地帯を思い出した。(ブラジルの入国は警察管理?なのかなあ?ポリスチェックの判子が押された。)
※イグアスの滝はアルゼンチン側のプエルトイグアスで観光。ブラジルに入って、アルゼンチンに入って、、、複雑怪奇、、、。ここでは韓国人が羨ましく思えた。彼らはブラジルVISAが必要ない。若者韓国人たちに出会った。(今はやっとブラジルVISAも不要になりましたが、当時は日本人はブラジルVISAが必要だったので、、、。なんと1万円も!自分は日本の旅行社に依頼し取得して、ブラジルに入国)
というと感じのパラグアイ訪問。今度訪れる機会があれば、日系人の村を訪れてみたい。
以上、色塗り投稿でした。- 旅行時期
- 2013年01月



