さすらいおじさんさんへのコメント一覧(32ページ)全1,957件
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堺東
さすらいおじさんさま、こんにちは。
堺の旅行記を拝見させて頂きました。
堺には南海に堺駅、堺東駅、JRに堺市駅が有り、小生はじめて堺を訪れた時に何も知らなかった為にJR堺市が堺市の中心だとばかり早合点して駅を降り、余りに何も無いので面を食らった体験がございます。
三国ヶ丘高校の横を通り徒歩で堺東に向かいました。
堺東駅周辺は官庁や大手都市銀行が林立し、改めて堺東駅周辺が堺市の中心たる事を知った次第でした。
他所から来た者には紛らわしい限りで、堺東駅は『堺中央駅』とでも改名して欲しいと思いました。
横浜臨海公園RE: 堺東
横浜臨海公園さん
堺の旅行記をごらんいただきありがとうございます。
>堺には南海に堺駅、堺東駅、JRに堺市駅が有り、小生はじめて堺を訪れた時に何も知らなかった為にJR堺市が堺市の中心だとばかり早合点して駅を降り、余りに何も無いので面を食らった体験がございます。
実は私も関西暮らしが長いのに堺の街をゆっくり歩いたのは2度目、しかも1度目は去年です。本当に恥ずかしいですが、「灯台下暗し」です。そんなことで私も南海堺駅しか知らず、堺東駅、JR堺市駅は今回初めてで、堺東駅が街の中心だということも初めて知りました。南海堺駅、堺東駅、JR堺市駅の間のアクセスや市内観光はバスを利用したのですが、ルートが多くて複雑、結構迷いました。なんともお恥ずかしいです。
今回関西の「ミュージアムぐるっとパス」で堺の美術館、博物館を回ってみて堺東駅、JR堺市駅を体験しました。初めての人が堺を電車、バスで回るのはかなり難しいですね。
中心地の堺東駅は『堺中央駅』への改名、賛成です。
2008年12月19日21時04分 返信する -
うれしい
小生は、Trip Adviserに、よく投稿しています。そしたら、ある旅行者の投稿から、この4Travelを知り、読んでいたら、貴殿の旅ブログに出会いました。
小生も、学生の頃、丁度同じ年、6月末に、アルバイトで稼いだお金で、一人旅に出、横浜から、ウラジオストック、列車でハバロフスク、飛んでモスクワ、そして、ストックホルムに着きました。そこからは、ヒッチハイクでスカンジナビアのラップランドから欧州の旅をしました。途中でスイス、イギリスなどでアルバイトしながら次の旅費を稼ぎ、アメリカ、ハワイ経由で日本に帰りましたが、すぐ、アメリカに移住をし、居住しています。小生は、仕事の出張でオーストラリア、日本、アルジェンチンなど家族共引越して住み、時間がある時には、あちこち旅行しました。貴殿の旅日記を読んでは、同じく小生が訪問した所を懐かしく思い出しています。そして、まだ行っていない所を興味深く読ませて貰っています。特に、昔のシルクロード辺りです。友達と旅する案を練っていますがいつになる事やら。小生と同じ頃旅に出られた貴殿を知り、一筆書かせてもらいました。
ありがとうございます
amazingaさん
私の旅ブログをごらんいただき、コメントをありがとうございます。
amazingaさんも1971年にソ連経由で欧米を旅されたのですね。
1971年にはシベリア鉄道、ユースホステルなどで日本の若者にずいぶん出逢いましたね。
私はヨーロッパからソ連経由で帰国後、30年以上国内で仕事をしていましたので長期間の旅行はほとんどできませんでした。
1971年のバックパッカーのたびが忘れられず、アジア1ヶ月、中南米4ヶ月、ヨーロッパ3ヶ月をバックパッカーで歩く夢は2005年、2006年にようやく実現しました。3
0年以上見続けた夢でした。
でも海外生活はいまだに実現していません。
amazingaさんは旅の醍醐味をさらに発展されて、アメリカに移住までされて世界を旅なさったのですね。
若くして海外移住の夢を実現された強い信念と実行力に脱帽です。
どうぞこれからも充実したたびをなさってください。
2008年12月08日21時26分 返信する -
昔むかし、ボホール島に滞在しました
さすらいおじさん こんにちは
はじめまして ですね。
私は1970年頃にボホール島の中央部に10日間ほど滞在しました。
村長さんの家に泊まりましたが 1mくらい高床のトイレが庭の真ん中に竹で作ってありました。誰かがトイレにはいると ドアの音を聞きつけた豚がトイレに集まってきて、下から見上げて 落下物を待っていて食べてしまうという初めてみたトイレでした。
帰りの船の中で 近くの島を指さして**ペソ(約10万円だった)で買わないかと 持ちかけられたのも 面白い思い出です。
チョコレートヒルは ほんのちょっと見学しましたが 写真のようにきれいに整備されておらず、よく見えませんでした。
本当にきれいな写真で すばらしいと思いました。有り難うございました。
一票を入れて 失礼します。
ANZdrifter Nov., 29, '08RE: 昔むかし、ボホール島に滞在しました
ANZdrifterさん
ボホール島旅行記をごらんいただきコメントそしてご評価ありがとうございます。
1970年頃のボホール島の貴重な体験を教えていただきありがとうございます。
私はツアーでしたのでコテージ風のホテルに1日泊まっただけでしたので、地元の人たちと触れ合うこともなく、「観光地化されたリゾート地」のイメージしかありませんでした。
バックパッカーで中南米、ヨーロッパを歩いた2006年には地元の人たちと触れ合うこともありましたが個人旅行はハプニングが体験できることが醍醐味ですね。
どうぞいい旅をなさってください。これからもよろしくお願いします。
2008年11月29日19時09分 返信する -
和歌山城、やっといけました
さすらいおじさん、こんにちは。
先日、和歌山に遊びに行った際に、和歌山城にやっと行けました。
小さな甥・姪に会いに行くのが主目的なのであまり観光はできないのですが、妹一家に少しずついろんなところに案内してもらっています。
和歌山に行く前にはさすらいおじさんの旅行記で予習させてもらっていました。
この旅行記の冒頭に書かれたみどころ、やっと頭に入ってきたこの頃です。
淡島神社、今度行ってみたいです。
高野山は、子連れではまだ無理かな。RE: 和歌山城、やっといけました
まみさん
1995年の和歌山を参考にごらんいただき、ありがとうございます。
和歌山城で小さな甥・姪子さん、妹さんと楽しまれたようですね。
実は私も11月18日に和歌山に行き、和歌山城の紅葉渓庭園を歩いたり、県立美術館、博物館に行きました。奇遇ですね。和歌山には見所がたくさんありますね。近いうちに旅行記をUPしようと思っていますがまだUPできていない所があってなかなか進みません。
高野山も見所は多いですが、寺回りは小さな子供さんにはちょっとたいくつかも知れませんね。
宿坊で精進料理を体験されると楽しいかもしれませんね。
いい旅をなさってください。
2008年11月28日17時42分 返信する -
お久しぶりです!
さすらいおじさんさん! こんばんわ。 お久しぶりです。
このところ、さすらいおじさんさんは海外の方へは以前のようには行かれていないみたいですね。
お元気のことと思われます。
さて、熊谷寺の旅行記拝見しました。 中々、清楚で整った寺ですね。紅葉も見事ですね。
熊谷直美が平敦盛を討った後に出家して・・・という下りは日本的なよさと情緒が感ぜられますね。
tsunetaRE: お久しぶりです!
tsunetaさん
高野山をごらんいただきコメントをありがとうございます。
私も高野山はごく一部を歩いただけなのですが、日本の歴史に名前を残しているたくさんの人たちの墓があり、出家したひとも多く、100以上ある寺それぞれに平家物語のような文学から浪花節的な逸話までたくさんの因縁話が残っているので歴史ファンには興味の尽きないところだなあ、と思います。
>このところ、さすらいおじさんさんは海外の方へは以前のようには行かれていないみたいですね。
おっしゃるとおり、この2年で海外を旅したのははホンコン、マカオだけです。
これまで目を向けていなかった地元関西を中心に歩いていますが知らなかったことが多くて歩けば歩くほど興味が広がってきます。来年も関西をもっと歩きたいと思っています。これからもよろしくお願いします。
2008年11月22日22時28分 返信する -
戊辰戦争
さすらいおじさん、ご無沙汰してます。
今回の旅行記は、戊辰戦争をテーマとして、
今まで行かれたところから写真をピックupして
作成されたのでしょうか。
とても面白く、興味深く拝見しました。
また次号?も楽しみにしています。
追伸)
先日比叡山坂本に行きました。
さすらいおじさんの旅行記を読んだのが
訪れたきっかけでした。
非常に味わいある風情で、良かったです。
ありがとうございました。
トモとアックRE: 戊辰戦争
トモとアックさん
戊辰戦争の旅行記をごらんいただきコメントをありがとうございます。
戊辰戦争は300年近くも権力をほしいままにしてきた徳川幕府を倒したたたかいで、今年は「篤姫」の放映もされていますが、徳川が崩壊するプロセスを追ってみたいと思っていました。
私が思うに、戦力では有利だった徳川敗北の最大の要因はリーダー・慶喜に対する配下の不信感から、ひとつにまとまらなかったことだと思います。野球、サッカーなどチームプレーも同じでしょうが、監督への信頼のもとチームがひとつになることが勝利には必須だと思いました。過去歩いた戊辰戦争に関係したところの写真をピックアップしてみましたが幕府、新政府両軍の動きが身近に感じられました。
比叡山坂本を楽しまれたとのこと、良かったですね。関西には観光地として有名でなくてもすばらしいところがたくさんあると思います。私も知らない関西をこれからも歩いてみたいと思っています。
2008年10月30日11時03分 返信する -
非常に遅い連絡ですが・・・
今もお元気に旅行されておられると思います。
加古川の鶴林寺に来られたのですね。
実は私の名前?からも判るように加古川在住です。
鶴林寺へは自宅から自転車で15分程で着きます。
自宅近くには教信寺等多くのお寺が有ります。
そして台北には龍山寺が有ります。
私が初めて龍山寺を訪れたのはもう31年前になります。
今年はあと2回の台湾旅行のノルマが有ります。
また龍山寺には参拝したいと思います。RE: 非常に遅い連絡ですが・・・
hiroshi_kakogawaさん
かなり古い旅行記ですがごらんいただきコメントをありがとうございます。
鶴林寺の近くにお住まいなのですね。播磨を代表する名刹の一寺ですね。先日揖保郡太子町の太子ゆかりの斑鳩寺を訪問しましたが、やはり太子ゆかりの鶴林寺を思い出しながら聖徳太子の播磨地域への影響力の大きさを実感しました。
加古川には大手企業もあり、仕事で何度も訪問していた時期があり、いろいろな思い出があります。
台湾・台北の龍山寺には私も2000年にツアーで1度お参りしましたが、大変な混雑ぶりで台湾には熱心な仏教徒が多いことを知りました。
また龍山寺に参拝を予定されておられるとのこと、どうぞ良い旅をなさってください。
2008年10月26日10時37分 返信する -
神戸行ってきました。
さすらいおじさんさん、こんにちは。
この連休に、神戸に行ってきました。
北野やモザイクは神戸、神戸と観光気分でいましたが
最終日にはフラワーロードを訪ね、毎年慰霊を行う東遊園に行きました。
ちょうど、慰霊の灯のところを掃除していられる人たちを見たり
きれいに整備されたフラワーロードには、
震災の名残もいくつかありました。
あんみつは震災の1年半前に神戸観光しており、
そこで働いていた方たちがこんなにも怖い思いをされたのかと、
思わざるを得ませんでした。
ちょっと暗いコメントを書いてすみませんでした。
15年前に行った時は、北野異人館は若い方が主流でしたが、
今は40代〜60代が主流なのには驚きました。
(ちゃんとあんみつもその今の主流に入ります)
若い人はモザイク・メリケンパークに移り
南京町の大混雑たるには驚きを超えました。
広場でラーメンを食べるのが流行している?
時代は常に変わり動いているのですねぇ。RE: 神戸行ってきました。
あんみつ姫さん
神戸旅行記をごらんいただき、コメントをありがとうございます。
私の知人にも震災の被災者がたくさんおられますので、毎年慰霊を行う東遊園にある「震災で止まったままの時計」や「街灯が倒れかけ、岸壁が壊れたままのメリケン波止場」を見ると地震の恐ろしさを思いだします。
最近はのどもとすぎれば熱さ忘れるーーではありませんが、地震への備えを忘れないようにしなければ、と反省しています。
>15年前に行った時は、北野異人館は若い方が主流でしたが、
今は40代〜60代が主流なのには驚きました。(ちゃんとあんみつもその今の主流に入ります)
私も主流ですが、確かに北野異人館は年配の方が多かったですね。若者のデートスポットは時代とともに変わっているのでしょうね。
>若い人はモザイク・メリケンパークに移り南京町の大混雑たるには驚きを超えました。
神戸は震災後に新しい若者向けのテーマパークを創りましたね。さすがに流行に敏感な神戸だと思います。震災の痛みが少しずつ癒えてきているのはうれしいことですね。
。2008年10月14日17時50分 返信する -
日吉大社の参道の桜がきれいです。
はじめまして、さすらいおじさんさん。
日吉大社の参道の桜を堪能させていただきました。
あんみつが坂本に行ったときは、
10月だったので
こんなにきれいな桜の参道の景色に
なるとは思いませんでした。
すごく、きれいですね。
比叡山に行く時にバスで見て
車中でしか雰囲気を感じられませんでしたので
帰りにでも、寄ってみればよかったと
今、後悔しています。
数々の石垣は、印象に残っていました。
すごい技術なのですね。
近くでみたかったなー。RE: 日吉大社の参道の桜がきれいです。
あんみつ姫さん
「あんみつ姫」さん、いいお名前ですね。今年の年初に私の好きな井上真央さんが主演されたテレビドラマ「あんみつ姫」を楽しく見たことを思いだしました。
日吉大社の参道の桜をごらんいただきありがとうございます。
今年の4月9日は比叡山の桜はつぼみだったのですが、坂本の桜は期待以上にきれいでしたね。
坂本は里坊が多くて、穴太衆積みの石垣がきれいな街並みを創って、桜も紅葉もきれいで、京都と違った歴史がある、いい街ですね。
これからもよろしくお願いします。
2008年09月23日09時21分 返信する -
枚方とつずり方兄妹
さすらいおじさんさん、こんばんは!
「つづり方兄妹」に反応してしまいました。
懐かしいです。映画の筋書きは忘れてしまっていましたが、
映画の題名と結果を知らず幼くして亡くなった主人公のことは、ぼんやり覚えています。
当時、私の通っていた中学校も作文に力を入れていて、
全国のコンクールで入賞した友もいたこともあり、
「枚方とつずり方兄妹」は、セットで覚えております。
懐かしのお話しに1票を・・。
シベックRE: 枚方とつずり方兄妹
シベックさん
「つづり方兄妹」に1票いただき、コメントをありがとうございます。
「つづり方兄妹」が映画になった1958年頃は文部省の指導だったのか、作文コンクールが多かったように私も思います。
「つづり方兄妹」はたくさんの作文が入賞して作文のお手本のようで、本も出版され、学校の図書室に置かれましたが、作文が上手なのでクラスのみんなで舌を巻いていたことを覚えています。
幼い房雄君がモスクワコンクールは1等だったのに、落選したと思って気落ちしたまま亡くなった気の毒な映画のラストシーンは、子供たちに強い悲しみのショックを与えたと思います。だから50年経っても覚えておられる方が多いのでしょうね。
房雄君の人生は8年と短かったですが、多くの人たちに惜しまれ、きらりと光った命だったと思います。
2008年09月22日09時26分 返信する



