さすらいおじさんさんへのコメント一覧(55ページ)全1,957件
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私の旅は旅行記ではなく体験記です・・・・???
ヒッチハイクの旅をしますと見知らぬ人との出逢い、そして見知らぬ小さな町も訪れます。昔を思い出す時、ガイドブックに出てくるような名所よりも、名前も思い出せない小さな町で出会った人々とのふれあいがわたしの心の片隅にいつまでも残っています。
ザルツブルグの酒場で地元のおじさんが映画の「サウンド・オブ・ミュージック」のロケがここで有ったんだと誇らしげに語ってくれたことや、近くに本当にきれいな湖が有るから行ってみろと言われて出かけた所がハルスタットの湖でした。
湖畔に建つ小さなホテルに宿を取ったのですが、思いがけない程の歓迎を受けました。当時は日本人の旅行者は珍しかったかも・・・・・???
翌日、宿屋の小さな子が小さな町を案内してくれました。
その子とはデンマーク(オーフス)に戻ってから文通が始まり、翌年に私が帰国する前にお別れの挨拶に行きました。
近年になつて世界遺産に登録されて始めてその地が塩の鉱山の町であることを知りました。
2007年03月18日16時00分返信するRE: 私の旅は旅行記ではなく体験記です・・・・???
鳩摩羅汁さん
旅での出会いは心に残りますね。
ザルツブルクの宿の優しい子と文通され、帰国前に再会されたお話はいいですね。
1971年に訪問できず、見逃した「サウンド・オブ・ミュージック」のロケ地を昨年訪れ、35年間のザルツブルクへの思いをようやく果たしました。
残念ながら鳩摩羅汁さんのように文通ができるような出会いはザルツブルクではありませんでしたがたくさんの人と話しをすることができて、心に残る街でした。
私が書いているのも旅行記というより旅の個人体験日記なのですが、日記を読み直すと、出会った人達を思い出します。
旅での出会いは一生の宝物になりますね。
2007年03月18日19時51分 返信する -
歴史を感じました!
さすらいおじさんさん! こんばんわ。 いつも訪問していただきありがとうございます。
本日、長崎のハウステンポスに姉夫婦と一緒に参りました。
天気がよく、素晴らしい風景にうっとりしました。 風景として見ている分はいいのですが、テーマパークとしては15年ですから、なんとなく物足りない感じがしました。
さすらいおじさんさんの「アムステルダム」の旅行記を本日拝見して歴史の違い、歴史の重み等を感ぜずにはいられませんね。
ハウステンポスを訪問した人が本場のオランダを訪問していただければよいのですが・・・・
tsunetaRE: 歴史を感じました!
tsunetaさん
オランダをご覧いただきありがとうございます。
私もハウステンボスには1993年に行きました。当時はテーマパークブームで満員。オランダらしい風景を見て、本物のオランダを見たいと思っておりましたが、昨年アムステルダムからシーボルトゆかりのライデンやハーグなどを回ることができました。
オランダは日本に西洋医学はじめ西洋文化を教えてくれた国であり、今も学ぶことがたくさんある国でした。
2007年03月18日09時46分 返信する -
来週から東アジア・東南アジアを放浪します。
さすらいおじさん、ご無沙汰しております。
ヨーロッパの長旅はいかがでしたでしょうか。
私事ですが、3月19日の深夜バスで大阪へ向かいます。
翌日、大阪国際フェリーターミナルから新鑑真号に乗船して、上海へ。中国横断2ヶ月の旅はここから始まりです。
中国では、
上海、昆明、元陽、大理、麗江、中甸、稲城、理塔、康定、マルカム、成都を約1ヶ月。
このルートは高度5千?近くの集落間の移動ですが、道路事情も悪くてこれまでになく過酷な旅となりそうです。
成都のGHでしばらく休養した後、
青蔵鉄道でラサ・ネパールを目指します。
ネパールから先は、たぶん東南アジアをしばらく放浪しながら再び中国入りを考えております。
旅行程の殆んどが陸路の旅です。
帰国は8月初旬頃になりそうです。
さすらいおじさんの次回の旅はどちらを予定されていますか?
どこか旅空の下で、お会いできたら幸いに思います。
ではまた、旅先から状況報告させて頂きます。
2007年03月16日18時21分返信するRE: 来週から東アジア・東南アジアを放浪します。
がまだす@熊本さん
いよいよ長旅にご出発ですね。
約5ヶ月ですか、過酷な陸路、どうぞお体にお気をつけて、お楽しみください。
私のほうは、雑務があって、なかなか旅に出られません。
当面、4月になって桜が咲けば、ご無沙汰していた短期の日本の旅をしようかなあ、と思っています。
どうぞいい旅をなさってください。
2007年03月16日21時59分 返信する -
勇気を持って
1年間ヨーロッパをキャンプ旅してきましたが、たいへん楽しかった。
同行の人が帰国するので、私も帰国しようかと考えていましたが、さすらいおじさんの旅行記を発見して、びっくり発奮。
4月にスペインに戻ってきて、さらに旅を続けることを決意しました。
ありがとうございます。とくに北欧は行ったことがないので、北欧を目指して、いざ行かん!!で〜す。^^
とりあえず、キャラバン、車、をスペインの現在のキャンプ場に置いて一度帰りますが。4月の下旬から再スタート♪♪2007年03月16日17時06分返信するRE: 勇気を持って
ひでさんさん
1年間ものキャンプ旅行はすごいです。
さらに、4月下旬からまだまだ旅をお続けになるのですね。
体力、気力、財力ともにたいしたものですね。
どうぞ、お気をつけて楽しいたびをお続けください。
2007年03月16日21時47分 返信する -
すばらしい旅行記ですね
一人旅のさすらいおじさん。
全くカンシンして拝見してます。
暇とお金が大変だろうなどと、余計な心配をしてしまいました。
現在私はスペインのマラガ近くのキャンプ場にいます。
イギリスから始まって約1年、車でキャンピングキャラバンを引っ張りながら、旅をしてきました。
同行者がいても、なんとなく淋しい気がしたりしてますが、とにかくさすらいで113カ国とは恐れ入りました。2007年03月16日01時59分返信するRE: すばらしい旅行記ですね
ひでさんさん
訪問いただきありがとうございます。
車でキャンピングキャラバンを引っ張りながらの旅のご様子、旅行記で拝見しましたが、ひでさんの旅は理想です。
素晴らしいたびをなさっておられますね。
運転と自動車整備に自信がない私には、難しいたびの形ですが、羨ましいです。
また、旅のご様子拝見に伺います。
2007年03月16日11時09分 返信する -
アイスランド!
凄いですね!アイスランド。
とっても興味深い国だなぁと思いました。
地球の裂け目なんかは、その名の通りの場所ですね。
ちょっと怖い感じもしました。
それに、ブルーラグーン温泉、なんて巨大なんでしょう!
温泉とは思えない様な美しい色ですね。
入ったんでしょうか?やはり硫黄の様な臭いはするんですか?
ralphinRE: アイスランド!
ralphinさん
アイスランドでは、地球は生き物なんだなあ、と思いました。
火山も活動していますが私たちが住んでいる陸も変化し続けているのですね。
ブルーラグーン温泉のような大きな露天風呂は日本では見たことがありません。
思い出してみましたが、私が鼻が悪いこともあるのですが、硫黄の様な鼻をつく、強い臭いは感じませんでした。温泉の成分が日本と違うのかも知れませんね。
2007年03月15日00時09分 返信する -
おつかれさまでした!
さすらいおじさん、こんばんは。
この「総集編を見て、まだまだ見たい旅行記が沢山有りました。
スリや置き引き等、大変な目にも遭われていたんですね。
自分も、将来は世界中を旅するぞ!って気になりました。
旅行とは、さすらいおじさんにとって人生そのものの様に感じました。
これからも良い旅を続けて下さい。
ralphinRE: おつかれさまでした!
ralphinさん
ヨーロッパ総集編をご覧いただきありがとうございます。
おっしゃる通り、私にとって旅は人生そのものです。
日本の自宅にいても旅を振り返って頭の中で旅を楽しんでいます。
旅先では、中南米110日間の旅、ヨーロッパ89日間の旅、ともに盗難に遭ってしまいました。
宿泊も移動も一番安い方法を探しているので、ある程度の危険はやむをえないのですが、まだまだ注意不足を反省しています。
私の情報がralphinさんの旅のお役に立てれば嬉しいです。
2007年03月14日23時57分 返信する -
立志
今宵バスにて岡山を旅発ちます、明日の朝には機上の人となっているでしょう。
今回のセブでのライセンス取得は、生来の海好きの私にとって長年の夢でした。
40の坂を越え、もはや夢のまま終わるものと半ば諦めていましたが、昨年末、シミランでお年寄りがボンベを背負って楽しげにダイビングに興じる姿を目の当たりにして、心が揺らぎました。「決して諦めるべき夢ではない」
と、格好いいセリフを並べましたが、先日来の戻り寒のせいで多少風邪気味、セブの海のもずく、否、藻くずとならぬよう精一杯足掻いてみます。
「早春の セブの海にて 夢を追う」
辞世の句とならぬよう、なむなむ。2007年03月14日10時35分返信するRE: 立志
pianoさん
世界の海を体験されておられるpianoさん ですからセブの海でのライセンス取得も大丈夫だろうと思います。
どうぞ気をつけて「大願成就」なさってください。
2007年03月14日12時13分 返信する -
懐かしいキングジョージ島の写真を見せてもらいました。
始めまして、世界113カ国を訪問されたとは驚きです。
私は1990年代にキングジョージ島の冬と夏の二回仕事で訪れました。
飛行場のホテル、チリ空軍基地、中国の観測基地、韓国の南極基地は海を渡った空港の対岸側にあります。
中国基地には、チリ空軍司令官と一緒に招待されて美味しい中国料理と中国茶をご馳走になりました。ロシア基地(当時はソビエト)には行きませんでした。
空港ホテルに飛行待ちで滞在したのは冬でしたので、宿泊客は無く、食事は雪上車で出かけて、空軍機地のカフェテリアで取りました。
さすらいおじさんさんのたくさんの旅行記、少しずつを見させてもらいます。
私、Spaceglowのブログもご覧板だければ幸いです。
ではまたコメントさせていただきます。
RE: 懐かしいキングジョージ島の写真を見せてもらいました。
Spaceglowさん
訪問、書き込みいただきありがとうございます。
キングジョージ島でお仕事をされたかたからお便りをいただけるとは、思っても見ませんでした。
私が行った夏の終わり頃の3月初旬でも風が強くて寒かったです。
Spaceglowさんは冬に雪上車に乗って移動しながら極寒の中でお仕事をされたとは、大変なご苦労であっただろうと想像できます。
キングジョージ島ではチリ空軍基地の体育館見学し中国の観測基地でお茶をごちそうになりましたが、学校、郵便局などがあって南極圏でも町の機能がかなり整備されていたことに驚きました。
滞在時間は5時間ほどでしたが南極圏を見たことは忘れられない思い出になりました。
Spaceglowさんのブログにもお伺いします。
2007年03月14日09時40分 返信する -
放浪者になつてしまいました・・・・・???
始めてお便りします。
余りの懐かしさに、個人情報が漏れるのも覚悟で私のヨーロッパ旅行を紹介します
私も同じ時代(1970年)に横浜からナホトカ号でナホトカに上陸して列車でハバロフスクに出て、ここで2つのルート組に別れてモスクワに出ました。
シベリア鉄道(1週間の旅??)組と飛行機組で、私はこれからの長旅の為、エアーを使いました。当時のソ連邦は自由な個人旅行は皆無でほとんどの人は通過ビザでした。もつとも強制で最低2日間は滞在させられました。
モスクワとレニングラードを見て、残雪残る北欧ヘルシンキの地に着きました。 ここで同じ船の旅人や留学生と別れて一人旅が始まりました。
よもやこれが1年半のヒッチハイクの旅になるとは夢にも思わず・・・・???
本来の目的は北欧の室内デザインの勉強でしたが、若さゆえ勉強もせず、ヒッピー族の仲間入りでデンマークで暮らしました。
所持金1000$も北欧の物価高でアッという間に底をつき、親には10日間の旅行とウソをついて出てきた為、SOSも発信出来ず、あわれ異国の地で野たれ死寸前にヒッピー達に助けてもらつた上に仕事まで世話してくれました。
当時、ヒッピー族の全盛時代でお互いに助け合って生活したり、旅行しましたね。
AMS(アムステルダム)なんかは夏にはヒッピーの聖地となつていました。
それ以来、放浪者人生を送っています・・・・キットこの時の経験が私の人生観を
変えたと思います。??少し大袈裟ですかね・・・・・
2007年03月13日16時06分返信するRE: 放浪者になつてしまいました・・・・・???
鳩摩羅汁さん
1971年の欧州旅行記をご覧いただき、コメントをありがとうございます。
私は往路は羽田―ハバロフスク―シベリア鉄道でモスクワ、レニングラード経由ヘルシンキ。
帰路はウイーンーワルシャワ経由モスクワー飛行機ハバロフスクー列車ナホトカー船で横浜。
のルートをとりました。日ソツーリストのアドバイスでルートを決めたのですが、帰路が鳩摩羅汁さん
のとられたルートとほぼ同じだろうと思います。
1年半もヒッチハイクされ、デンマークでヒッピー族と生活されたとは、経済的に厳しい毎日だったでしょうが、素晴らしい体験をされましたね。若いときは何でもできますね。
私は66日の短いたびでしたが、北欧ではレストランで働いている日本人青年やユースホステルに長期滞在する日本人青年などからずいぶん情報をもらいました。
今思えば1年くらい皿洗いしながら旅しておけばよかったと思っています。
この旅が忘れられず、35年後の今、昨年は中南米110日間、ヨーロッパ89日間、寝袋を持って、駅で寝たりユースホステルで若者と情報交換したりしながら気持ちだけは1971年に戻ってバックパッカーの旅をしました。
1971年の経験で旅中毒になってしまい、ずっと旅を続けています。1971年の旅が私の人生観を変えたのは鳩摩羅汁さん と同じです。
今日は1971年にヨーロッパで出会った若者と日本で再会したようで、とても懐かしく嬉しいお便りです。これからもよろしくお願いします。
2007年03月14日09時31分 返信する



