さすらいおじさんさんへのコメント一覧(51ページ)全1,957件
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セブ島旅行記懐かしい思いが蘇ってきました。
セブ島旅行記懐かしく拝見しました。
セブ島へは2回行きましたが庶民的でいい所だと思います。
何と言ってもビーチが美しくマクタン以外のところでも穴場のビーチが多くあります。
物価も安く、人情も厚いと思います。また日本人には親切です。
ロングステイ、永住するには悪くはないという印象です。
神経痛、リュウマチのある人でも気候が温暖ですので、2年も住めば治ると言われています。
いつも宿泊はセブシティーにするのですが、朝はいつも鶏の声で5時頃起こされます。それが玉に瑕ですね。
マゼランクロスでは大勢の子供達に囲まれて、写真撮影も儘ならなかったです。
フィリピンは世界一の出稼ぎの国、早く自国の製造業等が活発になり雇用が多く創出されるようになればいいのになと思っています。
RE: セブ島旅行記懐かしい思いが蘇ってきました。
planetgingaさん
セブ島旅行記をごらんいただきありがとうございます。
私はフィリピンには1回だけですが、セブの気候の良さ、物価の安さ、親日的である点、はロングステイに向いていると思いました。アジアではマレーシアのペナン、タイのチェンマイ、バンコクもロングステイにいいなあと思っています。
すぐにロングステイする予定はありませんが、セブ島は安い住居でも安全なのか、日本人を診断している医師がいる病院はあるか、などネットで調べたり、また訪問して調べてみたいと思っています。
2007年05月16日23時34分 返信する -
ヨーロッパ旅行の総まとめを拝見!
さすらいおじさんさん! こんばんわ。 総まとめを拝見しました。
まとめを読ませていただき感じるところが多々ありました。
長旅は当方もいつかしたいと思っていますが、色々な点で参考になりますね。
一番感じるのは年をとるにつれて荷物の運搬の負担からいかに逃れられるかということでしょう。 これについては非常に参考になりました。
重い荷物はホテルに預けて、必要なものだけを小さなリュックに入れてウォーキングするのが理想でしょう。
さすらいおじさんさんはストックは持参されたのでしょうか。これがあると坂道の登りくだりには腰に対して負担が軽くなります。
カメラと電池、充電器、メモリーについてはどうされたのでしょうか。
また、旅の楽しみ方も参考になりました。世界遺産以外に映画の舞台となったところを回るというのは中々粋ですね。
各国での会話については英語でやられたのでしょうか。 興味ありますね。
いろいろと質問したい点がありますが、とりあえず以上についてお聞かせ願えればと思っています。
tsuneta
RE: ヨーロッパ旅行の総まとめを拝見!
tsunetaさん
ヨーロッパのまとめをごらんいただきありがとうございます。
>一番感じるのは年をとるにつれて荷物の運搬の負担からいかに逃れられるかということでしょう。 これについては非常に参考になりました。
重い荷物はホテルに預けて、必要なものだけを小さなリュックに入れてウォーキングするのが理想でしょう。
私はお金をかけずに、できるだけタクシーを使わずにたくさんの街を見たいという欲張った思いがあるので荷物の運搬は一番の問題でした。コストはあまり考えず、レンタカーでヨーロッパを回るとか、タクシーやポーターを使うならそれほど負担にはならないのでしょうが。拠点のホテルを決めて、そこに大きな荷物を預け、鉄道パスで小さなリュックだけで旅をしたのですが、私には良かったです、というか、これでないとたくさんの街は回れなかったと思います。
>さすらいおじさんさんはストックは持参されたのでしょうか。これがあると坂道の登りくだりには腰に対して負担が軽くなります。
坂道対策、狂犬対策で組み立て式のストックを買ってもってゆこうか、考えましたが、荷物が多くなったのでやめました。ストックは腰の負担を軽くしてくれるのですね。次の長旅では持ってゆきたいと思います。
>カメラと電池、充電器、メモリーについてはどうされたのでしょうか。
カメラは小型一眼レフ、充電器2つ、バッテリー2個、予備のポケットサイズのデジカメ、1GBメモリー6枚をもってゆきました。
>また、旅の楽しみ方も参考になりました。世界遺産以外に映画の舞台となったところを回るというのは中々粋ですね。
映画は趣味のひとつですのでロケ地などを歩くのは楽しいです。
>各国での会話については英語でやられたのでしょうか。 興味ありますね。
ヨーロッパでは中南米と違って下手な英語ですが、なんとかなりました。でもイタリア、フランス、ギリシャ、アルバニア、などでは英語を話す人が少なく、ラテン系言語―フランス語、スペイン語、イタリー語のいずれかの基本単語を勉強していれば、もっと充実した旅になっただろうーーと反省しています。
>いろいろと質問したい点がありますが、とりあえず以上についてお聞かせ願えればと思っています。
私が知っていることはお答えできますので、いつでもお聞きください。
2007年05月16日23時15分 返信する -
想像よりも
こんばんは〜。
エルサレム、想像していたよりも、ずっとすっと綺麗な街並ですね。
写真もどれも綺麗だし、鶏鳴教会からの景色なんて最高ですね!
最後の晩餐はイタリアで見る事が出来なかったので、
絵ではなく本物の部屋が見れて、なんだか感動しました。
マグダラのマリア教会には驚きですね。
タイ風なんですねっ!!!
他の教会の風貌とあまりにも違うので、却って目立ちますね。
あまりのエルサレムの美しさに未だに感動してます。
ralphin
RE: 想像よりも
ralphinさん
エルサレムをごらんいただきありがとうございます。
エルサレムの路地裏は迷路のようでごちゃごちゃしていますが、
オリーブ山周辺はとてもきれいです。
最後の晩餐は私もミラノで予約せずに行って、見ることができませんでした。
エルサレムの最後の晩餐の部屋は思ったより狭くてこじんまりとしていました。
マグダラのマリア教会はロシア正教会ですが、円屋根が金色でほんとにタイの寺院のようですね。
マグダラのマリア教会と岩のドームの金屋根はエルサレムの中で目立っていました。
どの街も行ってみると新鮮な発見がありますね。
2007年05月16日22時32分 返信する -
京で桜三昧!
こんにちは〜。
やっぱり京の桜は風情があって綺麗ですね。
哲学の道の川沿いも、祇園も素晴らしいです。
これだけ周られるのも大変ですが、見る価値ありの場所ばかりですね。
やはり、川沿いとお城周りの桜は日本の風景そのものだなぁと感じます。
ralphinRE: 京で桜三昧!
ralphinさん
京都の桜をごらんいただき、ご評価もいただいて、ありがとうございます。
私も川の景色がすきで、どこの国に行っても
川があれば川沿いを歩いてみるのですが、
京都の鴨川、白川、琵琶湖疏水もどこの国にも負けない美しさですね。
今年、京都を歩いて、京都の川と桜は調和した美しさがあるなあ、と思いました。
日本の春は素晴らしいですね。
2007年05月13日22時05分 返信する -
さすらいおじさま
すばらしいですね、フィリピン。
機会を見つけて同じルートを辿ってみようと思っています。
それにしても、普通の方の人生の10生以上旅をされていて、
うらやましく存じます。
今後ともいろいろな旅先の様子を見せてくださいね。
RE: さすらいおじさま
フィリピンをごらんいただきコメントをありがとうございます。
このときは、ツアーだったのですが、
マニラ、セブ島、
パングラオ島、ボホール島、 いずれも良かったです。
フィリピンは海がきれいですが、山も文化遺産も素晴らしいです。
ぜひ良い旅をなさってください。
2007年05月13日21時46分 返信する -
難民になりかけましたね・・・・IN バルバトス
このケースですと入国拒否になつて折り返し便で追い返されるパターンですね。
当日に便が無いと収容所に隔離されて次の便で追い払われますね。
多分、原則では当日の出発地に戻るケースですね。
もちろん旅費は自腹ですよ・・・・もしも、そのお金が無いとそれこそ強制送還者のリスト入りですね。この場合、大使館に連絡されて館員が面会に来ると思います。その上で善後策の相談になると思います。
ですが、その国の法を犯した場合は裁判となりどのような処分になるかは判りませんね。こんなことを書いていると経験者は語ると思われますが、私は善良なる日本国民で外務大臣から通路故障なく旅行させ、かつ、同人に必要な保護扶助をあたえられる旅行者ですよ・・・・・???
こんな立派な文面があるパスポートを所持していてもイザとなつたら自己責任論が問われる始末で困ったもんです。
2007年05月11日22時24分返信するRE: 難民になりかけましたね・・・・IN バルバトス
鳩摩羅汁さん
バルバドスで一緒の拘束されたガイアナ青年は鳩摩羅汁さんがおっしゃるとおり、 その日の夜の便で自分の費用負担でガイアナに送還されると言っていました。一人の青年は以前ビザ期限をオーバーする罪を犯し、ガイアナに送還されているので良く知っていました。
私は出入国管理事務所の所長が全く聞く耳を持たないので、トリニダードトバコの日本大使館に電話させてほしい、と頼んだのですが、これも拒否されました。トリニダードトバコの日本大使館にあとで行って、日本人を送還するときは、事前に大使館に連絡するようにバルバドスに申し入れをしてもらうことになりましたが。
確かに、航空会社以外とはすべての連絡を遮断されたときは、「旅は自己責任」だなあ、と思いました。
また、事実を訴えても全く信用されない冤罪者の気持ちも少しわかったように思います。
煩雑な調査、eチケットの検索出力、頑固な出入国管理事務所の所長の説得をしてくれた航空会社の女性スタッフには感謝しています。
6時間も拘束した出入国管理事務所の所長には謝罪の気持ちもありませんでした。
「旅は自己責任」を肝に銘じなければならない、と思います。
2007年05月12日15時02分 返信する -
いろんな桜があるんですね
さすらいおじさん、こんばんは〜。
大阪の造幣局のさくら拝見しました。
実は私大阪の造幣局の通り抜け行った事がないんです。
通り抜けの桜っていろんな種類の桜があるんですね。
一葉って桜もあるんですね。
こんないろんな桜があるって知りませんでした。
いや〜、とっても勉強になりましたv
では、またお邪魔させていただきま〜す(^-^/~~
すずかRE: いろんな桜があるんですね
すずかさん
今年は久しぶりに京都、大阪の桜を見て歩きましたが、日本の春の素晴らしさを再認識しました。
通り抜けの八重桜は種類が多く、見ごたえありますね。
でも、東京も桜がきれいなところが多いですね。
さすがに、日本の首都、世界に誇れる観光都市でもあるなあ、と東京の桜の写真を拝見して思いました。
2007年05月09日22時07分 返信する -
スリランカとは「光輝く島」・・・また勉強になりました
さすらいおじさん、こんばんは。
スリランカもまた私の憧れの地であります。
夕日の写真がとてもキレイですね。
こういう写真大好きです。
またお願いします。
私は昨日セブより帰国しました。
海がとってもキレイで最高でした!
ではまた遊びに来ます。RE: スリランカとは「光輝く島」・・・また勉強になりました
ニナさん
スリランカをごらんいただきありがとうございます。
私が訪問したときは、津波の被害から2ヶ月もたたない、復興のとき、観光客が一人もいないホテルやレストラン、どこでも歓迎していただいたのがうれしかったです。
ニナさんもぜひ訪問ください。
フィリピンの旅行記を拝見しました。私が知らないフィリピン、私のほうが勉強になりました。
また拝見させていただきます。
2007年05月08日18時07分 返信する -
スリランカ
さすらいおじさん、こんにちは。
2005年にはスリランカにもいらっしゃったのですね。
スリランカ旅行記たくさん拝見しましたが【1】の旅行記の掲示板に書かせていただきます。
いつものことですが、さすらいおじさんの表紙のコメント興味深く読ませていただきました。ガイドのパリタさんのお話もとても感動しました。
スリランカは行ったことはありませんが、私と縁がありました。
中学時代から大学生の頃までスリランカの年上の少女と文通していました。文通した当時はまだセイロンという国で、途中でスリランカになり、さすらいおじさんのお話の通り、彼女からの手紙に「スリランカとは『光り輝く島』です」と書いてあったのを思い出しました。
彼女の名前はスリマティという名でしたから「光り輝く」という意味があるのでしょうね。
残念ながら何年も前のシンハリ人とタミール人の抗争の時から文通は途絶えました。彼女は20才で結婚し、結婚相手が裕福な商人だったので、抗争の時に的にされたのかと心配です。
さすらいおじさんのスリランカ旅行記【2】の女学生たちの写真を見たら、ペンフレンドを思い出しました。送ってもらった彼女の写真もあんな感じでした。
絵葉書もたくさん送ってもらったのにいつの間にかなくなってしまったので、さすらいおじさんの旅行記の仏像や寺院を見てとても懐かしかったです。
いつも本当に良い旅をされていますね。RE: スリランカ
コクリコさん
スリランカ旅行記をごらんいただきコメントをありがとうございます。
私がスリランカを訪問したのは2004年12月26日に発生したスマトラ島沖地震から2ヶ月も経っておらず、復興を進めている最中でした。
日本からもボランティアの人達が復興支援活動のために訪れており、こんなときに観光していいのだろうか、と悩みましたが、スリランカの人達は観光客が激減しており、一人でも来てくれることが復興支援だと言ってくれ、どこでも歓迎してくれたことがうれしかったです。
コクリコさんは長い期間スリランカの人と文通しておられたのですね。シンハリ人とタミール人の2000年に渡る抗争の歴史についてガイドのパリタさんからずいぶん教えていただきましたが、寺院など人がたくさん訪れるところでは、厳重な警備をしていました。
それでも最近もテロが起こっていますね。スリマティさんことは心配ですね。
スリランカの宗教問題は中東の宗教問題と同様に長年の遺恨があるので本当に難しい問題だと思います。でもテロはやめてほしいと願うばかりです。
震災の悲惨さとテロの危険の中の旅でしたがスリランカの旅は充実していました。
コクリコさんも機会あれば、是非ご訪問ください。
2007年05月06日23時38分 返信する



