さすらいおじさんさんへのコメント一覧(137ページ)全1,957件
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今日は古代史ですね!o(^o^)o♪
さすらいおじさんへ
今日のお話は「一支国」♪
わあ、ちょっと興味あるんです。円墳と築造年代を拝見すると古墳も末期の頃かも知れませんね? バリバリ渡来系かも知れませんね。(^o^)/
魏のお役人さんがいい加減な事を書いてくれたお陰で(TT)2000文字の謎がまだ解けないとは。
本当にお役人さんは、書いてあるとおりの国に行ったか大ギモンです。(笑)
人づてに聞き、帰国後、記憶がだいぶ薄れた頃記述したりして・・・!?(>,<)「ま、こんな感じ〜ぃ?」って。
さて、「はらほげ地蔵」を海の近くに安置した人々の優しさを感じました。
海女のみならず、鯨の霊を慰霊する気持ちが。
「はらほげ」って面白い発音ですネ!(^^)味わいのある優しい響きです。
ところで、肝心なコトを質問しなくては。(笑)
あの・・・「うにめし」はいかがでしたでしょうか?。( ̄¬ ̄) ジュル・・・RE: 今日は古代史ですね!o(^o^)o♪
ホホデミさん 壱岐をご覧いただきありがとうございます。
>今日のお話は「一支国」♪
わあ、ちょっと興味あるんです。円墳と築造年代を拝見すると古墳も末期の頃かも知れませんね? バリバリ渡来系かも知れませんね。(^o^)/
「一支国」、日本もすごい弥生文化があったんだなあと思います。円墳は韓国・慶州の円墳に似ているし壱岐は渡来人の国だったかもしれませんね。済州島も大和朝廷につくか、新羅につくか、どっちつかずの時代があって、結果、新羅についたそうですが、大和朝廷についていれば済州島は日本だったんですね。対馬も渡来人の国と想像できるし、大和にも百済、新羅からたくさん渡来している。こう考えると日本と朝鮮半島は同じ民族・文化圏といっていいかもしれませんね。
>魏のお役人さんがいい加減な事を書いてくれたお陰で(TT)2000文字の謎がまだ解けないとは。
本当にお役人さんは、書いてあるとおりの国に行ったか大ギモンです。(笑)
人づてに聞き、帰国後、記憶がだいぶ薄れた頃記述したりして・・・!?(>,<)「ま、こんな感じ〜ぃ?」って。
邪馬台国の謎もそうですが、昔の文書は不明な部分が多く、史実か神話か解らないで推測で結論づけているものも多いようです。だから大きな発見があったら古代史は一変する可能性がある。ここが古代史マニアには堪らないところでしょう。
>さて、「はらほげ地蔵」を海の近くに安置した人々の優しさを感じました。
海女のみならず、鯨の霊を慰霊する気持ちが。
「はらほげ」って面白い発音ですネ!(^^)味わいのある優しい響きです。
厳しい海で暮らす人の気持ちが伝わりますね。優しさと同時にいつも死と向かい合わせで海で働く人達の生きるための祈りだと思います。
>ところで、肝心なコトを質問しなくては。(笑)
あの・・・「うにめし」はいかがでしたでしょうか?。( ̄¬ ̄) ジュル・・・
「うにめし」は私にはとてもおいしかったです。評判も良くて、米にまぜて炊く「うにめしの素」を売っていました。買って、うにめしを炊きましたがおいしかったです。
2005年08月19日10時17分 返信する -
ほんとうに、美しい村ですね。
私も、ここには行きたかったのにもかかわらず、
日程と他の訪問地との兼ね合いで、とばしてしまったのですが、
おじさんの旅行記を再度拝見させて戴いて、
ザンネンな事をしてしまったと後悔しています。
こんなにも美しい風景をあたりまえのように毎日見ていられたら、
心から、やさしい美しい人になれるのかなぁ・・・なんて・・・。
特に、温かい人にお会いできる事が多かった旅を続けてきているので、
私も、そういう人でありたいと、強く思うのです。
自然とそういう人でいられたら。RE: ほんとうに、美しい村ですね。
デコさん ポーランドをご覧いただきありがとうございます。
私も、ここには行きたかったのにもかかわらず、
日程と他の訪問地との兼ね合いで、とばしてしまったのですが、
おじさんの旅行記を再度拝見させて戴いて、
ザンネンな事をしてしまったと後悔しています。
こんなにも美しい風景をあたりまえのように毎日見ていられたら、
心から、やさしい美しい人になれるのかなぁ・・・なんて・・・。
特に、温かい人にお会いできる事が多かった旅を続けてきているので、
私も、そういう人でありたいと、強く思うのです。
自然とそういう人でいられたら。
デコさんのポーランド旅行記を拝見しましたが、私がゆけなかったところにも随分行っておられるし、関心が強いところでは充分時間をかけて見ておられ、充実した旅をされておられると思います。
私の場合、ツアーだったので、時間が自由に使えず残念なところもありました。
ごらんいただいた村は、ポーランドでは教会など見ることが多かったので、素朴な田舎の風景が印象に残りました。
村の人達と充分に触れ合う時間は無かったのですが、こんなところに住めば、気持ちも穏やかになるだろうなあ、と思いました。
次の機会に是非訪問ください。2005年08月19日00時04分 返信する -
お元気でしたか?
泰山に行かれたのですね。
一度行ってみたい場所です。
私も先月山東省の威海空港まで行き、観光してきました。
HPご覧くださいね。RE: お元気でしたか?
けこさん 泰山をご覧いただき、書き込みありがとうございます。
泰山は大雨で往生しましたが、いい思い出になりました。
是非、訪問ください。
山東省の威海空港の旅行記、一連を拝見し書き込みました。
農村にお知り合いがおられるのでしょうか?
中国にもホームステイのようなツアーがあるのだろうか?
など私にとっては珍しい旅行記に思えました。2005年08月18日01時50分 返信する -
おはようございまーーす。\(^o^)/
いつもながらの詳しい説明には、ほんと頭が下がります。利尻、礼文には学生時代に行きましたが、ほとんど記憶に残っていなくて残念です。民宿に泊まってそこのおじさんと一緒に晩のおかずを釣りに行ったことと、たぶんあれは利尻富士だったか怪しいのですが、登山をしたことくらいです。これからも楽しみにしています。18日から21日、石垣島に行ってきます。またつたない私の旅行記も頑張っていきたいと思います。RE: おはようございまーーす。\(^o^)/
naniwa ladyさん 礼文・利尻をご覧いただきありがとうございます。
>いつもながらの詳しい説明には、ほんと頭が下がります。
いえいえ、たくさん書いているのは自分が教えてもらったことを整理しているのです。書いておかないとすぐ忘れますので---そんな理由ですので、自分の備忘録なのです。
>利尻、礼文には学生時代に行きましたが、ほとんど記憶に残っていなくて残念です。民宿に泊まってそこのおじさんと一緒に晩のおかずを釣りに行ったことと、たぶんあれは利尻富士だったか怪しいのですが、登山をしたことくらいです。これからも楽しみにしています。18日から21日、石垣島に行ってきます。またつたない私の旅行記も頑張っていきたいと思います。
民宿のおじさんと釣りをされ、登山されたのはいい思い出ですね。私はツアーだったので、島の人との交流はできませんでした。
石垣島、川平湾をグラスボートで海中見学したことがいい思い出です。島唄、石垣料理も良かったです。
どうぞお楽しみください。2005年08月17日14時17分 返信する -
さすらいおじさんさん(#^.^#)青島って、ヨーロッパの雰囲気ですね♪
さすらいおじさんさん(=^・^=)
昨日は励ましのメッセージ本当に有り難う御座いましたm(__)m
暖かいメッセージにとっても元気を貰えました=^∇^*=
先日‘ドイツ風の街並みが残る 青島‘にお邪魔して
楽しませて頂いてたんですが、その後眠ってしまって(^。^)y-.。o○
最初(・・?ここはヨーロッパと感じてしまう
町並みに驚いていました。
コメントを拝見していると
>>ドイツの租借地になり天主教堂などドイツ風の建築物が並びヨーロッパの雰囲気がある<<との事!
なるほどと納得♪でした(゚ー゚)(。_。)ウンウン
さすらいおじさんの南アフリカ行きまで約2週間ですね(^_-)-☆
人種問題で揺れた南アフリカ・・そして微妙に優遇された
日本人の立場・・随分前にケーブルテレビで
<その後のアパルトヘイト>を視聴し
複雑な気持ちになりましたがギリシャオリンピックで
南アフリカの方達が頑張っているのを見て少し嬉しい気分でした。
大自然は人種に関係なく皆のものですものね(*^_^*)
さすらいおじさんさんの南アフリカを今から
楽しみにしています(=・ω・=)
バリ島行きが具体的に決まりましたら一番に
報告に来ますね(*'ー'*)ノ~~
さすらいおじさんさん!
お元気で沢山の国を流離って下さいね♪
お見舞い本当に有り難う御座いましたm(__)m
RE: さすらいおじさんさん(#^.^#)青島って、ヨーロッパの雰囲気ですね♪
チビケイさん
青島をご覧いただきありがとうございます。
中国はどの街も異なった歴史文化を持ち、奥が深いです。
青島、大連、上海、香港など海外統治の歴史を持つ街は異国情緒がありますね。
南アフリカで見たいのはチビケイさんがおっしゃるのと同じでアパルトヘイト後の有色人種の人達の生活がどう変わったのか、です。もちろん、滝、川、動物などの大自然も魅力です。
9月のバリは楽しみですね。チビケイさんにとってバリは一番の保養地であり、栄養であり、薬ですね。私も旅行中毒患者で旅に出るのが一番の薬なのですが、チビケイさんと同じなのかもしれません。2005年08月17日13時05分 返信する -
アツモリソウ
さすらいおじさんへ
北海道の写真楽しく拝見しました。
純白なレブンアツモリ。とってもきれいですね。
若くして散った美少年♪
「ただただ首をとれ」 平敦盛にふさわしい名前です。
それにも増して、他の小さな草花もとっても可愛らしいです!
礼文に魅せられて旅する方々からお土産に頂くのは何故か皆昆布です。(笑)
礼文の海の色は写真の角度によってエメラルドグリーンに見えました。
岩は結構険しそうですね?
そこに生きたアイヌの人々。
アイヌの人々についても興味があります。(=^^=)
ところで、「日本最北端にあるというトイレ」には爆笑でした。
「日本最南端にあるというトイレ」には行かれましたか?(笑)RE: アツモリソウ
ホホデミさん 礼文島、UP早々にご覧いただきコメントありがとうございます。
>北海道の写真楽しく拝見しました。
純白なレブンアツモリ。とってもきれいですね。
若くして散った美少年♪
「ただただ首をとれ」 平敦盛にふさわしい名前です。
それにも増して、他の小さな草花もとっても可愛らしいです!
礼文に魅せられて旅する方々からお土産に頂くのは何故か皆昆布です。(笑)
純白のレブンアツモリソウは悲劇の美少年・平敦盛にピッタリの名前だと思いました。礼文・利尻のみやげは昆布になるでしょうね。生ものは送りにくいし、花は摘めないし---
>礼文の海の色は写真の角度によってエメラルドグリーンに見えました。
岩は結構険しそうですね?
そこに生きたアイヌの人々。
アイヌの人々についても興味があります。(=^^=)
海岸線は険しいところが多かったですね。海水浴には向かない島だと思います。
アイヌの人には強い関心があります。
海外旅行記を一段落して、今日から国内にかかり始めたのですが、阿寒湖畔のアイヌ村の旅行記を作るときは私の所感を書きたいなあと思ってます。
>ところで、「日本最北端にあるというトイレ」には爆笑でした。
「日本最南端にあるというトイレ」には行かれましたか?(笑)
日本最南端の波照間島には行きましたが、日本最南端の碑がある場所にはトイレはありませんでした。トイレに気がつかなかったのかもしてませんが、野生のやぎがいる島で最南端証明書も売っておらず、観光地化されてなかったです。
2005年08月17日01時47分 返信するアイヌの人々
さすらいおじさんへ
>海外旅行記を一段落して、今日から国内にかかり始めたのですが、阿寒湖畔のアイ>ヌ村の旅行記を作るときは私の所感を書きたいなあと思ってます。
うわっ!とても楽しみにしています!
「にしん」の数え方(1、2、3、間、4、5、6、間という風にアコギな数え方でアイヌの人々から多くニシンをせしめた話)
日本人に拉致?されて逃げ帰った部族の女性は足の腱をきられた、とか中学生の頃自称アイヌ研究家の先生から、聞きました。(^o^)
アイヌの素晴らしい生活の知恵や、人情、生活風俗(衣装、食事,信仰等)も楽しみにしています♪
>日本最南端の波照間島には行きましたが、日本最南端の碑がある場所にはトイレは>ありませんでした。
わはは。てっきり与那国島が最南端だと思っていました。(^o^)
ここも海底遺跡があるところで、有名ですよね。o(^^o)(o^^)o
2005年08月17日09時34分 返信するRE: アイヌの人々
ホホデミさん
>アイヌの素晴らしい生活の知恵や、人情、生活風俗(衣装、食事,信仰等)も楽しみにしています♪
アイヌの文化はもっと勉強したいのですが、生活の知恵や、人情、生活風俗まで踏み込む知識はありません。
私が最初にアイヌ民族に興味を持ったのは子供の頃「コタンの口笛」を読んで、アイヌ差別を知ったときからです。
中国では55の少数民族が自分達の文化に誇りを持って暮らしていますが、日本はアイヌ文化を大切にしているだろうか? これが、私の疑問であり、書きたい点です。
>日本最南端の波照間島には行きましたが、日本最南端の碑がある場所にはトイレは>ありませんでした。
わはは。てっきり与那国島が最南端だと思っていました。(^o^)
ここも海底遺跡があるところで、有名ですよね。o(^^o)(o^^)o
与那国島は行ったことが無いのですが、日本の最西端だそうです。海底遺跡は国際的には認知されてないと思いますが、魅力あります。でもダイビングができないのでみれないかなあ、と思ってます。---(((p(≧□≦)q)))
2005年08月17日15時25分 返信するRE: RE: アイヌの人々
さすらいおじさんへ
>私が最初にアイヌ民族に興味を持ったのは子供の頃「コタンの口笛」を読ん
>で、アイヌ差別を知ったときからです。
「コタンの口笛」は童話でしょうか?
アイヌの人々は元々倭の先住民だったかも知れない、というお話を聞いたことがあります。
アップがますます楽しみになってきました。o(^^o)(o^^)o
何故なら、アイヌ民族の差別、って「そういえばあったよね」という認識で、これでは自分的に「まずいんじゃないか?」と思いましたから。
>海底遺跡は国際的には認知されてないと思いますが、魅力あります。でもダ
>イビングができないのでみれないかなあ、と思ってます。
「神々の指紋」という本を読んで興味津々の与那国島です。
>---(((p(≧□≦)q)))
↑ ↑ ↑さすらいおじさん、面白すぎです。私も一緒に---(((p(≧□≦)q)))ダイビングできなーいっ!2005年08月18日00時36分 返信するRE: RE: RE: アイヌの人々
ホホデミさん
>私が最初にアイヌ民族に興味を持ったのは子供の頃「コタンの口笛」を読ん
>で、アイヌ差別を知ったときからです。
「コタンの口笛」は童話でしょうか?
もともと札幌で小学校の教師だった、作家・国語教育学者の石森延男さんの長編童話です。NHKのラジオ放送、映画にもなっています。
>アイヌの人々は元々倭の先住民だったかも知れない、というお話を聞いたことがあります。
アップがますます楽しみになってきました。o(^^o)(o^^)o
何故なら、アイヌ民族の差別、って「そういえばあったよね」という認識で、これでは自分的に「まずいんじゃないか?」と思いましたから。
まだまだ勉強不足ですから、あまり期待しないでください。
アイヌの人達はアボリジニ、マオリ、ネイティブ・アメリカンなどと同様、先住民で虐げられてきた少数民族だと思います。
>「神々の指紋」という本を読んで興味津々の与那国島です。
与那国という名前が魅力ありますね。海底遺跡だと認知されれば琉球地域がすごい古代文明を持っていたということでしょう。与那国島の発掘で証明できるものが出ればいいなあと思っています。
>---(((p(≧□≦)q)))
↑ ↑ ↑さすらいおじさん、面白すぎです。私も一緒に---(((p(≧□≦)q)))ダイビングできなーいっ!
面白く思っていただいてありがとうございます。o(*^▽^*)o
2005年08月18日02時21分 返信する -
一巡しました@
さすらいおじさん、こんにちは。
トルンは、おじさんの写真を見て、そういえば斜塔があるのに見に行かなかったことを思い出しました。残念。
フォルクローレショーをご覧になることができたんですね、うらやましい。
私はワルシャワで現地ツアーで申込みましたが、申込み人数が足らないということで、催行されませんでした。残念。
ドイツ騎士団城跡は丁寧に写真を撮られていますね。
私は疲れてしまったので、ここはあまり歩きませんでした。
しかし、目抜き通りに戻ったら、ショップはまだ開いているし、ストリートミュージックが流れていて、そろそろレストランを探すか、ということになったら、現金にも元気になったことを覚えています。
バイオリン弾きの少年の像の写真は撮りませんでした。撮り損ねたのと、敢えて撮らなかったのと、自分でもどちらか不明。
というのも、思ったより可愛くなかったから……でも、カエルの像は撮ろうかなぁと思ったのですが、小学生か中学生くらいの団体が集まっていて、みんながかわるがわる記念写真を撮ろうと群がっていたので、なんとなく撮る気にならなかったんです。RE: 一巡しました@
まみさん
>トルンは、おじさんの写真を見て、そういえば斜塔があるのに見に行かなかったことを思い出しました。残念。
ピサの斜塔に比べれば規模が小さいし、崩れかけた建物といった感じですから、それほどでもないでしょう。
>フォルクローレショーをご覧になることができたんですね、うらやましい。
私はワルシャワで現地ツアーで申込みましたが、申込み人数が足らないということで、催行されませんでした。残念。
フォルクローレショーは良かったですね。訪問した国の民族歌謡、舞踊は文化を知るうえでも興味があります。
>ドイツ騎士団城跡は丁寧に写真を撮られていますね。
私は疲れてしまったので、ここはあまり歩きませんでした。
しかし、目抜き通りに戻ったら、ショップはまだ開いているし、ストリートミュージックが流れていて、そろそろレストランを探すか、ということになったら、現金にも元気になったことを覚えています。
ドイツ騎士団城跡でも雨に祟られました。目抜き通りの菓子ショップでショパンが褒めたというお菓子をガイドから薦められて買いました。値段も安くて味もまずまずでした。
>バイオリン弾きの少年の像の写真は撮りませんでした。撮り損ねたのと、敢えて撮らなかったのと、自分でもどちらか不明。
というのも、思ったより可愛くなかったから……でも、カエルの像は撮ろうかなぁと思ったのですが、小学生か中学生くらいの団体が集まっていて、みんながかわるがわる記念写真を撮ろうと群がっていたので、なんとなく撮る気にならなかったんです。
バイオリン弾きの少年の像は市庁舎の左側面の奥まったところにこじんまりとありました。由来を聞きたかったのですが、ガイドも良く解らないと言ってました。
まみさん 本当に丁寧なコメントをいただきありがとうございます。
ポーランド旅行から3ヶ月経って、記憶が薄れたところもありましたが、また、思い出しながら旅をしているような気持ちになりました。抑圧の歴史の中でしぶとく行きぬいたポーランドの人達から学ぶことはたくさんありました。
2005年08月16日20時48分 返信する -
ポズナニ市庁舎は一番のお気に入りです
さすらいおじさん、こんにちは。
ブロツワフの市庁舎にも目を見張りましたが、ポズナニの市庁舎もすばらしいですよね。まるでおとぎのお城。ツボにハマったというか、とても気に入り、私も何枚も写真を撮りました。
行った日の一日目はあいにく曇りだったのですが、翌日、トルンへ向けて出発する前に時間があったのでもう一度旧市街広場を散策し、明るい朝陽に照らされた姿ももう一度写真に撮ることができました。
ポズナニ暴動記念碑のところ、おじさんが行かれたときは、花が咲いていたのですねぇ。
この記念碑を建てるまでのいろんなドキュメンタリ写真の展示が、市庁舎内博物館の特別展としてやってました。
デザインコンクールを募り、決定したデザインで制作する過程、大きいのでいくつかに分かれたままで、街中をパレードするように移動させて、組み立て、落成式は、まるでイモの子を洗う海岸のような盛況ぶりでした。RE: ポズナニ市庁舎は一番のお気に入りです
まみさん
>ブロツワフの市庁舎にも目を見張りましたが、ポズナニの市庁舎もすばらしいですよね。まるでおとぎのお城。ツボにハマったというか、とても気に入り、私も何枚も写真を撮りました。
行った日の一日目はあいにく曇りだったのですが、翌日、トルンへ向けて出発する前に時間があったのでもう一度旧市街広場を散策し、明るい朝陽に照らされた姿ももう一度写真に撮ることができました。
ポズナニ暴動記念碑のところ、おじさんが行かれたときは、花が咲いていたのですねぇ。
この記念碑を建てるまでのいろんなドキュメンタリ写真の展示が、市庁舎内博物館の特別展としてやってました。
デザインコンクールを募り、決定したデザインで制作する過程、大きいのでいくつかに分かれたままで、街中をパレードするように移動させて、組み立て、落成式は、まるでイモの子を洗う海岸のような盛況ぶりでした
ポズナニの市庁舎はお城のようですね。ポーランドの街はどこでも戦争で破壊された街を元通り、それ以上に美しくしようとする意欲を感じました。
ポズナニ暴動記念碑はデザインコンクールがあったのですか、2つの十字架を縛り付けたような、身動きできない苦しみを訴えていると思いました。2005年08月16日20時20分 返信する -
ヴロツワフはとてもよかったです@
さすらいおじさん、こんにちは。
ヴロツワフの市庁舎の美しさは、おじさんの写真で予測していましたが、それでも実物を目にしたときは、とても感激しました@
ヴロツワフ観光は、私が好きな博物館等が軒並み休館の月曜日にぶつかる旅程に、どうしてもなってしまいました。
でも、Lonely Planetの地図から、オドラ川とオストラフ・ツムスキー周辺の散策に期待できるかも、と思いました。
そして、行く直前におじさんの写真を見て、期待はいや増しました。
7月のポーランドは雨が多いと聞いて一時、がっかりしたのですが、おじさんのここの写真で、雨上りのドラマチックな空模様の写真も撮れたらいいな、と思いました。
ヴロツワフは幸い、天気がよかったです。
他の都市―――グダンスクでは、雨や曇りに見舞われましたが、残念ながら、ドラマチックな空模様をファィンダーに収めることはかなわず、ただの曇り空になりました。RE: ヴロツワフはとてもよかったです@
まみさん ヴロツワフをご覧いただきありがとうございます。
>ヴロツワフの市庁舎の美しさは、おじさんの写真で予測していましたが、それでも実物を目にしたときは、とても感激しました@
ヴロツワフの市庁舎の写真が参考になって嬉しいです。でもやはり実物のほうがいいし、はっとする建物ですね。
>ヴロツワフ観光は、私が好きな博物館等が軒並み休館の月曜日にぶつかる旅程に、どうしてもなってしまいました。
でも、Lonely Planetの地図から、オドラ川とオストラフ・ツムスキー周辺の散策に期待できるかも、と思いました。
そして、行く直前におじさんの写真を見て、期待はいや増しました。
7月のポーランドは雨が多いと聞いて一時、がっかりしたのですが、おじさんのここの写真で、雨上りのドラマチックな空模様の写真も撮れたらいいな、と思いました。
ヴロツワフは幸い、天気がよかったです。
他の都市―――グダンスクでは、雨や曇りに見舞われましたが、残念ながら、ドラマチックな空模様をファィンダーに収めることはかなわず、ただの曇り空になりました。
ヴロツワフでは雨にがっかりしたのですが、雨上がりに偶然気に入った写真が撮れました。晴れもいいですが、曇りも別の良さがあるなあと思いましたが、これもデジカメの品質が良くなったおかげですね。色も鮮明さも自動コントロールしてくれるし、何よりたくさん写真を撮って気に入ったものを選べるようになったのが嬉しいですね。
2005年08月16日13時12分 返信する -
アウシュヴッツといえばビルケナウも
さすらいおじさん、こんにちは。
私がポーランドを旅行のターゲットに決めたとき、アウシュヴッツがあることは失念していました。
クラクフに行くならアウシュヴッツは避けられないなぁと思ったときに、ホロコーストのことを自分なりに調べたり本を読んだり、映画を見たりしました。
映画のインパクトはすごいですね。
私もビルケナウで、おじさんがこのページで最後に撮った花を思い出していました。
私が行ったときには、花は咲いていませんでしたが、芝生は同じように青々と美しかったです。
収容された人たちにとっても、無邪気な花は、もしかしたら心の慰めになったのかなぁと思ったら、実は、ガイドいわく、当時は芝生など生えていなくて、むき出しの乾いた土だらけだったので、いまよりもっともっと劣悪な環境だったとのことだったのですね。RE: アウシュヴッツといえばビルケナウも
まみさん
>私がポーランドを旅行のターゲットに決めたとき、アウシュヴッツがあることは失念していました。
クラクフに行くならアウシュヴッツは避けられないなぁと思ったときに、ホロコーストのことを自分なりに調べたり本を読んだり、映画を見たりしました。
映画のインパクトはすごいですね。
私がアウシュヴッツを見ようと思ったのは、まみさんと同じで映画アンネ・フランクやシンドラーのリストを見てからです。ホロコーストと同様の大量虐殺は多くの国であります。人間はいつでも殺人者になる危険性を持っていることを自覚しなければならないと思っています。
>私もビルケナウで、おじさんがこのページで最後に撮った花を思い出していました。
私が行ったときには、花は咲いていませんでしたが、芝生は同じように青々と美しかったです。
収容された人たちにとっても、無邪気な花は、もしかしたら心の慰めになったのかなぁと思ったら、実は、ガイドいわく、当時は芝生など生えていなくて、むき出しの乾いた土だらけだったので、いまよりもっともっと劣悪な環境だったとのことだったのですね。
むき出しの乾いた土だらけだったのですか、ひどい環境の中で苦しんで亡くなった犠牲者を思うと心が痛みます。
2005年08月16日20時02分 返信する



