さっくんさんへのコメント一覧(2ページ)全91件
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素晴らしい旅行記!
さっくんさん
こんにちは!
金沢城と街並みを舞台にした、前田家創立と安泰を確実にした、稀代の人材「まつ」の一大抒情詩の旅行記。金沢城を中心とした写真(私たちも行ったところなので)でたっぷり楽しみました。ありがとうございます。
金沢を歴史上の人物の視点から、見て回るのも、こんなに迫力のある感動の旅になるのですね。日本中にあるお城は、それ自体、歴史物語の宝庫。こんなに、ドラマチックな歴史が詰まっている、お城がいっぱいの日本は、本当に美しい国ですね。
さっくんさんのお陰で、金沢を2度も楽しめました!
ありがとう!
TKRE: 素晴らしい旅行記!
TKさん、暖かいコメントありがとうございます。また、私の気持ちを読み解いて頂きありがとうございます。この旅以来、もう数回各地の城を訪れました。そして改めて痛感する事は、どんな小さなお城でも、其処には大河ドラマを遥かに上回るドラマがあると言う事です。私は建築美が好きですし、それが動機にもなりますが、戦国の世、即ち内戦状態を必死に生き抜こうともがいた人々の想いが城には凝縮されています。そんな彼等の生き様に耳を傾ければ、そこには心動かされる物語が必ずあります。例えは変ですが、イタコになったつもりで、彼等の生き様に耳を澄まし、没入型の旅をしたいと思っています。
> さっくんさん
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> こんにちは!
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> 金沢城と街並みを舞台にした、前田家創立と安泰を確実にした、稀代の人材「まつ」の一大抒情詩の旅行記。金沢城を中心とした写真(私たちも行ったところなので)でたっぷり楽しみました。ありがとうございます。
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> 金沢を歴史上の人物の視点から、見て回るのも、こんなに迫力のある感動の旅になるのですね。日本中にあるお城は、それ自体、歴史物語の宝庫。こんなに、ドラマチックな歴史が詰まっている、お城がいっぱいの日本は、本当に美しい国ですね。
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> さっくんさんのお陰で、金沢を2度も楽しめました!
> ありがとう!
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> TK2025年04月09日20時03分 返信する -
わたくし したこと ありません (笑)
さっくんさん こんにちは
いつもありがとうございます
キリンちゃんと キスは
わたくしも サスがに 無いです
まいりました~ (笑)
また よろしくお願い致します -
お サスが です
さっくん さん いつもありがとうございます
オリエンタル・パレス お泊まりだったのですね、 わたくしも 10月4日に 1泊だけしました
やはり立地がよろしいですね
わたくしはバーレーンは通過しただけですが
さっくん さんの 旅行記で観光出来ました
また よろしくお願い致します
Sting -
中東紀行堪能しました
いつもたいへん興味深い旅行記をありがとうございます。すべて私にとっては憧れの地です。いつか行ってみたい、いや絶対行くと思っているのですが、いつになるやら。
バーレーンやクウェートは何もないところだと思っていたのですが、こうして拝見すると面白そうです。
ところで、最近の世界史は大きく変わっていますよ。昔のような西洋偏重では全くなくなりました。イスラーム圏の研究者の先生方が頑張って、そのあたりの記述がものすごく多くなっています(山川出版などの教科書は簡単に買えます)。例えば私が高校生のときには載っていなかったラシード・アッディーンやアフガーニーなどの人物名すら習うようになっています。その他カリブ海や南米関係も増えていますので、それに反比例して西洋の占める割合が少なくなりました。健全なことだと思います。アラビア語とペルシャ語それにオスマン語を読める若い先生方も増えています。うらやましいです。Re: 中東紀行堪能しました
コメントありがとうございます。
私の頃は世界史と言うと西洋史に過ぎなかったのですが、それは喜ばしい事です。もう一回学校に通いたいですね。現在の航空業界の地政学を見ても解る通り、中東はヨーロッパにもアジアにもアフリカにも近いのでドバイの空港にはあらゆる人種で昼夜に賑わっており、そこに集まる人種の多様性は他の地域の空港では見られない光景です。そんなユーラシアの中心の歴史を捉える事で包括的な世界史が見えてくる気がします。
私は学が無いので旅に出る事で世界史を学んでいますが、現在もう少し学びたいと本を手に入れました。イスラームから見た世界史と言う本で、タミム・アンサーリー氏と言うアフガニスタンの学者さんが執筆した本です。彼が以前に世界史の執筆に加わった時、イスラーム史をルネッサンス以前の章に、南米等と一緒にたった1章のみしか与えられなかった。その悔しさがこの1冊を書く原動力のひとつになったと知り、深く感銘しました。私と同じ想いを、学者さんが抱き、そして学者さんが書き上げてくれた。本当私が望んでいた1冊です。
クゥエートやバーレーンも、これと言ってインスタ映えする様な物件は乏しいものの、中東が好きなら十分楽しめます。歴史的にはイスラーム史以前、メソポタミア文明と同時期にメソポタミヤとインダス文明の中継貿易を行い、両文明を繋いでいたディルムン文明の首都があったのではないかとの事で、その遺跡が残されているのが、興味を引きました。2025年01月19日08時18分 返信するRe: 中東紀行堪能しました
ご返信ありがとうございます。
私もその本読みました。素晴らしい内容でした。
それから、多分このシリーズ(世界史リブレット 人)はご興味持たれるのではないかなと思います。1冊の値段が安いので私は次々買ってしまいます。
https://www.yamakawa.co.jp/product/35046
2025年01月19日20時55分 返信する -
すごく面白かったです♪
さっくんさん、お久ーでございます。
どこぞのブログで(サウジだったかと??)1番やりたかった、行きたかった処に行けて、その達成感、満足感のあと、しばらく虚脱状態に陥った、とおっしゃっていましたよね?
さっくんさんとは比べようもない貧弱な旅歴の私ですが、南伊旅の後、私もそのような状況に陥り、しばらく旅へのモチベも4tr チェックする気も失せていました。ですが、旅立つ時には、すでに次の旅のフライト、をおさえてしまう(安い時期に買っておく)くせがあり、そんな状態のまま訪れたモロッコでした。
さっくんさんがアップされるブログも、その間(去年秋~今年夏)きちんと読めていなかった気がします。でも、インドにイスラム建築多し⁈は、目から鱗(*_*)
俄然、インドに行きたい~、もちろん初心者マークの定番王道廻るだけ、になるけれど。
このブログはパキスタン編なので、ムガール帝国の統治って、今のパキスタンにまで及んでいたって事ですか?
制覇した地を統治するには、武力ではなく寛容の精神をもってせよ! ですよね。北風と太陽、なら、太陽政策こそが賢い正しい戦略ですよね?
今、世界にはびこる独裁者たちに、ちゃんと歴史のお勉強して学んで欲しい、今日この頃^ ^ 良かったら、イスラム圏世界の話、歴史で、さっくんさんが読まれて良かった本とか、教えてもらえたら嬉しいです♪
長くなりましてm(._.)mRE: すごく面白かったです♪
コメントありがとうございます。kummingさんと言えばイタリアのイメージが強いので、イタリアへの熱量はさぞかし強いものがあると思います。見るべきものは見た!とは平知盛の辞世の句ですが、正にそんな想いだったのでは無いでしょうか?
さてムガル帝国の初代バーブルは実はウズベキスタン出身でジンギスハーンの再興を目指したティムールの血統。彼もモンゴル帝国の再興を目指しましたが故郷では夢を達成出来ず、アフガニスタンのカブール迄落ち延び、虎視眈々と時節を待ちました。その頃インドでは弱小勢力が小競り合いを繰り返していました。そんなチャンスを見逃さずバーブルはインド北部を制圧モンゴル帝国を興します。ムガルはモンゴルのインド訛りなのです。つまりムガル帝国とは中国史で言う元や清と同様異民族による支配に相当します。
そんな訳でインド(パキスタン・バングラデシュ含む)では北部ではムガル帝国(イスラーム)その影響力が及ばない南部はヒンズー勢力が支配しました。これは食べ物にも影響を与え、北部のカレーはイスラーム式にナンで食べ、南部はヒンズー式に米で食べます。
この様に北部にはムスリムが多く暮らし、南部はヒンズーが多かったものを、イギリスが勝手に東西に国境を引いてインドとパキスタンに分けてしまいました。当然インドに残されたムスリムはパキスタンを目指し、パキスタン側に取り残されたヒンズーはインドを目指しましたが、当然そんな中で悲惨なぶつかり合いが多発し、印パ紛争を過激なものにしました。イギリスはパレスティナ紛争でも大きな遺恨を残しましたが、インドでも悲惨な紛争の発端を作りました。
そんな訳なのでインド・パキスタンの北部に残るムガル帝国の三大城塞と城下町があった、デリー・アグラー・ラホールには、現在の国境とは関係無く多くのイスラーム史跡とムスリムが暮らしているのです。また~ーバードと言う地名はイスラマーバード同様イスラーム式命名であって、インドのハイダラーバードやアウランガーバード等もムスリムが多く暮らす街となります。
どうやらインドに興味津々の様ですが、インドの自由旅行はちょっと他国の様にはいきません。行く前に他のバックパッカーや私に知らせてください。本当詐欺師ばかりだし、他国と違って詐欺師同士が連携しているので非常に厄介です。これを話し出したら一晩必要だ(笑)
この頃目が弱まったのか本を全然読めて無くて…思い出したら随時紹介したいと思います。この様にインド・イスラーム文化は中央アジアからやって来た人々が、当時の西アジアのイスラーム文化の中心、ペルシャの様式とインドの芸術を掛け合わせて素晴らしいイスラーム建築を想像しました。特にムガル様式の三連のドームや玉葱型のドームは本家アラビア迄逆輸入され、今やモスクのシンボルにさえなっています。
自由旅行を究めし旅人がいずれ必ず訪れる国、インド。
「インドなんて二度と行くか!ボケ!…でも、また行きたいかも?!」
なんて書籍がありましたが、本当そんな国だと思います。
どれでは良い旅を!
> さっくんさん、お久ーでございます。
> どこぞのブログで(サウジだったかと??)1番やりたかった、行きたかった処に行けて、その達成感、満足感のあと、しばらく虚脱状態に陥った、とおっしゃっていましたよね?
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> さっくんさんとは比べようもない貧弱な旅歴の私ですが、南伊旅の後、私もそのような状況に陥り、しばらく旅へのモチベも4tr チェックする気も失せていました。ですが、旅立つ時には、すでに次の旅のフライト、をおさえてしまう(安い時期に買っておく)くせがあり、そんな状態のまま訪れたモロッコでした。
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> さっくんさんがアップされるブログも、その間(去年秋~今年夏)きちんと読めていなかった気がします。でも、インドにイスラム建築多し?は、目から鱗(*_*)
> 俄然、インドに行きたい~、もちろん初心者マークの定番王道廻るだけ、になるけれど。
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> このブログはパキスタン編なので、ムガール帝国の統治って、今のパキスタンにまで及んでいたって事ですか?
> 制覇した地を統治するには、武力ではなく寛容の精神をもってせよ! ですよね。北風と太陽、なら、太陽政策こそが賢い正しい戦略ですよね?
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> 今、世界にはびこる独裁者たちに、ちゃんと歴史のお勉強して学んで欲しい、今日この頃^ ^ 良かったら、イスラム圏世界の話、歴史で、さっくんさんが読まれて良かった本とか、教えてもらえたら嬉しいです♪
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> 長くなりましてm(._.)m2024年11月10日19時48分 返信するRE: RE: すごく面白かったです♪
さっくんさん、丁寧なお返事に感謝ですm(._.)m
ざーっとですが、わりと最近、何もなかった無風地帯、と思い込んでいたユーラシア大陸、中央アジア地域一帯が、歴史上とってもダイナミックな地域で、その動きがアジアはもちろん、中東、西欧世界に大きく影響していたんだなー、という事を知りました。その過程でインドとテイムールの末裔の関係も、ムガールがモンゴルのインド訛りって事も、うっすらと知ったので、いつもさっくんさんの解説はとっても面白くてためになる!
追いかけるほど深みにハマり、私の手に負えない世界、世界は繋がっているんだなー、と今さらながら、しみじみ。
どっちかというと、横の糸(地理的広がり、地政学的繋がり)より、縦の糸(時間的流れ、歴史的繋がり)、に興味の重心があったのですが、最近は横の糸にも興味が湧いてきて、ますます私の頭では追いかけられなくなってます(笑)
実に大英帝国ってロクなことやっていませんね!さっくんさんほどではないけれど、私も西欧世界優性説には疑問を感じる今日。
だいたい私が行ってみたい処は踏破済みのさっくんさん、インド個人旅は一応、旦那の引退記念?という事にして、荷物持ち、兼ボディガード?として帯同予定、旅程作成の際は、アドバイスなど、よろしくお願い致します♪
何を隠そう、私がイスラム世界とキリスト教世界の絡み、への関心をもつようになったきっかけは、塩野七生さんとさっくんさんでした。
遅くに失礼致しましたm(._.)m
コメントありがとうございます。kummingさんと言えばイタリアのイメージが強いので、イタリアへの熱量はさぞかし強いものがあると思います。見るべきものは見た!とは平知盛の辞世の句ですが、正にそんな想いだったのでは無いでしょうか?
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> さてムガル帝国の初代バーブルは実はウズベキスタン出身でジンギスハーンの再興を目指したティムールの血統。彼もモンゴル帝国の再興を目指しましたが故郷では夢を達成出来ず、アフガニスタンのカブール迄落ち延び、虎視眈々と時節を待ちました。その頃インドでは弱小勢力が小競り合いを繰り返していました。そんなチャンスを見逃さずバーブルはインド北部を制圧モンゴル帝国を興します。ムガルはモンゴルのインド訛りなのです。つまりムガル帝国とは中国史で言う元や清と同様異民族による支配に相当します。
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> そんな訳でインド(パキスタン・バングラデシュ含む)では北部ではムガル帝国(イスラーム)その影響力が及ばない南部はヒンズー勢力が支配しました。これは食べ物にも影響を与え、北部のカレーはイスラーム式にナンで食べ、南部はヒンズー式に米で食べます。
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> この様に北部にはムスリムが多く暮らし、南部はヒンズーが多かったものを、イギリスが勝手に東西に国境を引いてインドとパキスタンに分けてしまいました。当然インドに残されたムスリムはパキスタンを目指し、パキスタン側に取り残されたヒンズーはインドを目指しましたが、当然そんな中で悲惨なぶつかり合いが多発し、印パ紛争を過激なものにしました。イギリスはパレスティナ紛争でも大きな遺恨を残しましたが、インドでも悲惨な紛争の発端を作りました。
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> そんな訳なのでインド・パキスタンの北部に残るムガル帝国の三大城塞と城下町があった、デリー・アグラー・ラホールには、現在の国境とは関係無く多くのイスラーム史跡とムスリムが暮らしているのです。また~ーバードと言う地名はイスラマーバード同様イスラーム式命名であって、インドのハイダラーバードやアウランガーバード等もムスリムが多く暮らす街となります。
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> どうやらインドに興味津々の様ですが、インドの自由旅行はちょっと他国の様にはいきません。行く前に他のバックパッカーや私に知らせてください。本当詐欺師ばかりだし、他国と違って詐欺師同士が連携しているので非常に厄介です。これを話し出したら一晩必要だ(笑)
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> この頃目が弱まったのか本を全然読めて無くて…思い出したら随時紹介したいと思います。この様にインド・イスラーム文化は中央アジアからやって来た人々が、当時の西アジアのイスラーム文化の中心、ペルシャの様式とインドの芸術を掛け合わせて素晴らしいイスラーム建築を想像しました。特にムガル様式の三連のドームや玉葱型のドームは本家アラビア迄逆輸入され、今やモスクのシンボルにさえなっています。
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> 自由旅行を究めし旅人がいずれ必ず訪れる国、インド。
> 「インドなんて二度と行くか!ボケ!…でも、また行きたいかも?!」
> なんて書籍がありましたが、本当そんな国だと思います。
>
> どれでは良い旅を!
>
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> > さっくんさん、お久ーでございます。
> > どこぞのブログで(サウジだったかと??)1番やりたかった、行きたかった処に行けて、その達成感、満足感のあと、しばらく虚脱状態に陥った、とおっしゃっていましたよね?
> >
> > さっくんさんとは比べようもない貧弱な旅歴の私ですが、南伊旅の後、私もそのような状況に陥り、しばらく旅へのモチベも4tr チェックする気も失せていました。ですが、旅立つ時には、すでに次の旅のフライト、をおさえてしまう(安い時期に買っておく)くせがあり、そんな状態のまま訪れたモロッコでした。
> >
> > さっくんさんがアップされるブログも、その間(去年秋~今年夏)きちんと読めていなかった気がします。でも、インドにイスラム建築多し?は、目から鱗(*_*)
> > 俄然、インドに行きたい~、もちろん初心者マークの定番王道廻るだけ、になるけれど。
> >
> > このブログはパキスタン編なので、ムガール帝国の統治って、今のパキスタンにまで及んでいたって事ですか?
> > 制覇した地を統治するには、武力ではなく寛容の精神をもってせよ! ですよね。北風と太陽、なら、太陽政策こそが賢い正しい戦略ですよね?
> >
> > 今、世界にはびこる独裁者たちに、ちゃんと歴史のお勉強して学んで欲しい、今日この頃^ ^ 良かったら、イスラム圏世界の話、歴史で、さっくんさんが読まれて良かった本とか、教えてもらえたら嬉しいです♪
> >
> > 長くなりましてm(._.)m2024年11月10日23時24分 返信するRE: RE: RE: すごく面白かったです♪
さすがkummingさん、縦の糸、横の糸、美しくて的確な表現を使いますね!正にその通り。近世の歴史なら兎も角中世の歴史としては欧州の歴史は確かに濃密ですが閉鎖的で極西の辺境史と言うのが私の見解。中世の歴史はイスラームを主眼にすると本当の意味で「世界史」が見えてくると思います。(私がそうでした…)何故ならば欧州の歴史は欧州内でほぼほぼ完結してしまいますが、イスラームを学びだすと隣接する中国は元よりアジア全域、中東、北アフリカ全般、そして欧州、ヴォルガ川を通じてヴァイキング史迄リンク。アメリカ大陸を除く世界全般に知識を広げる必要があります。そしてそこでは今時の白人どもが押し付ける間違いだらけの多様性では無く、本当の意味での多様性に満ちた歴史や文化を学べます。
インドは初心者が訪れる王道を旅するだけと謙遜しますが、実はイスラームの史跡を追いたいのなら、その王道で殆ど網羅出来てしまうのです。初めてインドを訪れる旅人、自由旅行者でもツアーでも、ゴールデントライアングルと呼ばれるデリー、アグラー、ジャイプルの三都市を訪れる事が多いです。デリーとアグラーはムガル帝国の三大都市のうち二つ。ジャイプルはムガル帝国統治時に栄えたマハラジャの街ですが、アクバルの融和政策の影響を色濃く残すムガル帝国とヒンズー文化の融合を示す城塞等が残っています。
その後ルートを東に取りガンジス川で有名なバラナシ、仏教の聖地ブッダガヤを巡ってコルカタに至るのがバックパッカーの王道ルート。南に向かいヒンズー・インドを巡るも良し、西に向かいシーク教の聖地アムリトサルからパキスタンのラホールに越境し、一度にムガル帝国の三大都市を制覇してラホールアウトも良し。コミュ力抜群のkummingさんならインド人もビックリ?!かもしれません。是非楽しんでください!
> さっくんさん、丁寧なお返事に感謝ですm(._.)m
>
> ざーっとですが、わりと最近、何もなかった無風地帯、と思い込んでいたユーラシア大陸、中央アジア地域一帯が、歴史上とってもダイナミックな地域で、その動きがアジアはもちろん、中東、西欧世界に大きく影響していたんだなー、という事を知りました。その過程でインドとテイムールの末裔の関係も、ムガールがモンゴルのインド訛りって事も、うっすらと知ったので、いつもさっくんさんの解説はとっても面白くてためになる!
>
> 追いかけるほど深みにハマり、私の手に負えない世界、世界は繋がっているんだなー、と今さらながら、しみじみ。
> どっちかというと、横の糸(地理的広がり、地政学的繋がり)より、縦の糸(時間的流れ、歴史的繋がり)、に興味の重心があったのですが、最近は横の糸にも興味が湧いてきて、ますます私の頭では追いかけられなくなってます(笑)
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> 実に大英帝国ってロクなことやっていませんね!さっくんさんほどではないけれど、私も西欧世界優性説には疑問を感じる今日。
>
> だいたい私が行ってみたい処は踏破済みのさっくんさん、インド個人旅は一応、旦那の引退記念?という事にして、荷物持ち、兼ボディガード?として帯同予定、旅程作成の際は、アドバイスなど、よろしくお願い致します♪
>
> 何を隠そう、私がイスラム世界とキリスト教世界の絡み、への関心をもつようになったきっかけは、塩野七生さんとさっくんさんでした。
>
> 遅くに失礼致しましたm(._.)m
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> コメントありがとうございます。kummingさんと言えばイタリアのイメージが強いので、イタリアへの熱量はさぞかし強いものがあると思います。見るべきものは見た!とは平知盛の辞世の句ですが、正にそんな想いだったのでは無いでしょうか?
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> > さてムガル帝国の初代バーブルは実はウズベキスタン出身でジンギスハーンの再興を目指したティムールの血統。彼もモンゴル帝国の再興を目指しましたが故郷では夢を達成出来ず、アフガニスタンのカブール迄落ち延び、虎視眈々と時節を待ちました。その頃インドでは弱小勢力が小競り合いを繰り返していました。そんなチャンスを見逃さずバーブルはインド北部を制圧モンゴル帝国を興します。ムガルはモンゴルのインド訛りなのです。つまりムガル帝国とは中国史で言う元や清と同様異民族による支配に相当します。
> >
> > そんな訳でインド(パキスタン・バングラデシュ含む)では北部ではムガル帝国(イスラーム)その影響力が及ばない南部はヒンズー勢力が支配しました。これは食べ物にも影響を与え、北部のカレーはイスラーム式にナンで食べ、南部はヒンズー式に米で食べます。
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> > この様に北部にはムスリムが多く暮らし、南部はヒンズーが多かったものを、イギリスが勝手に東西に国境を引いてインドとパキスタンに分けてしまいました。当然インドに残されたムスリムはパキスタンを目指し、パキスタン側に取り残されたヒンズーはインドを目指しましたが、当然そんな中で悲惨なぶつかり合いが多発し、印パ紛争を過激なものにしました。イギリスはパレスティナ紛争でも大きな遺恨を残しましたが、インドでも悲惨な紛争の発端を作りました。
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> > そんな訳なのでインド・パキスタンの北部に残るムガル帝国の三大城塞と城下町があった、デリー・アグラー・ラホールには、現在の国境とは関係無く多くのイスラーム史跡とムスリムが暮らしているのです。また~ーバードと言う地名はイスラマーバード同様イスラーム式命名であって、インドのハイダラーバードやアウランガーバード等もムスリムが多く暮らす街となります。
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> > どうやらインドに興味津々の様ですが、インドの自由旅行はちょっと他国の様にはいきません。行く前に他のバックパッカーや私に知らせてください。本当詐欺師ばかりだし、他国と違って詐欺師同士が連携しているので非常に厄介です。これを話し出したら一晩必要だ(笑)
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> > この頃目が弱まったのか本を全然読めて無くて…思い出したら随時紹介したいと思います。この様にインド・イスラーム文化は中央アジアからやって来た人々が、当時の西アジアのイスラーム文化の中心、ペルシャの様式とインドの芸術を掛け合わせて素晴らしいイスラーム建築を想像しました。特にムガル様式の三連のドームや玉葱型のドームは本家アラビア迄逆輸入され、今やモスクのシンボルにさえなっています。
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> > 自由旅行を究めし旅人がいずれ必ず訪れる国、インド。
> > 「インドなんて二度と行くか!ボケ!…でも、また行きたいかも?!」
> > なんて書籍がありましたが、本当そんな国だと思います。
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> > どれでは良い旅を!
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> >
> > > さっくんさん、お久ーでございます。
> > > どこぞのブログで(サウジだったかと??)1番やりたかった、行きたかった処に行けて、その達成感、満足感のあと、しばらく虚脱状態に陥った、とおっしゃっていましたよね?
> > >
> > > さっくんさんとは比べようもない貧弱な旅歴の私ですが、南伊旅の後、私もそのような状況に陥り、しばらく旅へのモチベも4tr チェックする気も失せていました。ですが、旅立つ時には、すでに次の旅のフライト、をおさえてしまう(安い時期に買っておく)くせがあり、そんな状態のまま訪れたモロッコでした。
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> > > さっくんさんがアップされるブログも、その間(去年秋~今年夏)きちんと読めていなかった気がします。でも、インドにイスラム建築多し?は、目から鱗(*_*)
> > > 俄然、インドに行きたい~、もちろん初心者マークの定番王道廻るだけ、になるけれど。
> > >
> > > このブログはパキスタン編なので、ムガール帝国の統治って、今のパキスタンにまで及んでいたって事ですか?
> > > 制覇した地を統治するには、武力ではなく寛容の精神をもってせよ! ですよね。北風と太陽、なら、太陽政策こそが賢い正しい戦略ですよね?
> > >
> > > 今、世界にはびこる独裁者たちに、ちゃんと歴史のお勉強して学んで欲しい、今日この頃^ ^ 良かったら、イスラム圏世界の話、歴史で、さっくんさんが読まれて良かった本とか、教えてもらえたら嬉しいです♪
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> > > 長くなりましてm(._.)m2024年11月11日20時31分 返信する -
パキスタンにとても行きたくなりました
こんばんは、いつも大変興味深い旅行記をありがとうございます。
インドに行ってお腹を壊してインド人に負けて帰ってきました。インド人のムスリム版と言われるパキスタンにはそれゆえ及び腰になってまだ行っていません。これほどまでに違うとは、驚きです。俄然行きたくなってきました。
先日Netflix(アメリカ商業主義の見本なので見ておられないでしょう)の海外ドラマで、「ヒーラマンディ」というシリーズもののドラマを見ました。インド独立寸前のラホールが舞台で、花街の芸妓たちが主役です。独立にかけた彼女たちの情熱を主題にしていましたので、インドナショナリズムのドラマなのですが、ヒンドゥーとは異なるムスリムならではの習慣が色々描かれていました。
ムガル芸術と建築がとても好きなので、やはりいつか行きたいと思っております。RE: パキスタンにとても行きたくなりました
コメントありがとうございます。良くお解りで…(笑)今や中国産が必要悪な様に、YouTubeやインスタ等は使っていますが、マック、KFC、スタバ等にはかれこれ20年以上入っていません。いつも部屋の中では相当疲れてでもいない時は、何かと手と頭を動かしていないと落ち着かない為、余り動画を集中して見るのは機内のみとなるので、その動画も見れずじまいです。機内であれば嬉しいのですが…。
私は知っての通りイスラーム贔屓なので、どうしてもイスラーム寄りの投稿になってしまうのでその点は留意してください。とは言っても嫌な思いをしなかったのは間違いなく、書いた事も全て実際の事です。バングラデシュも同様ですが、旅人には是非通しでバングラ~インド~パキスタンと通しで旅をして欲しいと思います。私の書いた事が実感できる筈です。これらはインドの観光地との比較であり、観光地化されているか、されていないかでも大きく異なるとは思います。しかしそれにイスラームのホスピタリティと言うものが付け加わっているのは確かでしょう。
デリー、アグラー、そしてラホールはムガル帝国の三大都市であり、ムガル帝国の歴史を追う旅人にとっては見所の多い都市だと思います。次回記事にしますが、アクセスは悪いですがロータス・フォートも二代フマユーンから一時期ムガル帝国を妥当し政権を握ったシェール・シャーの居城であり、政権を奪還し、当時シェールの人質になっていた三代アクバルが何故あれ程の英傑に成長したかが理解できた貴重な訪問となりました。
これまで二代から六代迄のムガル帝国の墓標を訪れてきましたが、初代はカブールに葬られています。でも絶対自分が葬られる前には訪問しようと思っています。
> こんばんは、いつも大変興味深い旅行記をありがとうございます。
> インドに行ってお腹を壊してインド人に負けて帰ってきました。インド人のムスリム版と言われるパキスタンにはそれゆえ及び腰になってまだ行っていません。これほどまでに違うとは、驚きです。俄然行きたくなってきました。
> 先日Netflix(アメリカ商業主義の見本なので見ておられないでしょう)の海外ドラマで、「ヒーラマンディ」というシリーズもののドラマを見ました。インド独立寸前のラホールが舞台で、花街の芸妓たちが主役です。独立にかけた彼女たちの情熱を主題にしていましたので、インドナショナリズムのドラマなのですが、ヒンドゥーとは異なるムスリムならではの習慣が色々描かれていました。
> ムガル芸術と建築がとても好きなので、やはりいつか行きたいと思っております。2024年11月04日10時29分 返信するRe: パキスタンにとても行きたくなりました
早速のお返事ありがとうございました。
バーブルはアフガンに葬られているのですか。あちら出身だから考えてみればそうですね。為政者としても文筆家としても最高の人物だったそうなので(メロンが好きだったそうです)、ぜひ足跡をたどりたいものですが、アフガンは到底無理です。
この春に、「宝塚アフガニスタン友好協会」という団体の代表である老婦人がチャリティのためにアフガニスタン細密画展を企画されていたので行ってみましたところ、そのご婦人はヘラートによく行っておられたそうで、行動力に感銘を受けました。行けるんですね。脱帽です。2024年11月04日21時00分 返信するRE: Re: パキスタンにとても行きたくなりました
コメントありがとうございます。
バーブルは文筆家としても有名だったのですね!ウズベキスタン出身で中央アジアで覇権を握るのが夢だった彼にとってインドは余り好きでは無かったと聞いています。より故郷に近い、其処から虎視眈々とインド情勢を睨んでいたカブールこそ眠るのに相応しい土地だったのでしょう。
今でもヘラート迄足を延ばし活動している婦人がいらっしゃるのですね。凄い事です。アフガン程東西列強の狭間で悲惨な運命を辿った国は無いと思います。アフガニスタンはヒマラヤ等の山脈に阻まれた中央アジアと南アジアを繋ぐ回廊の様な土地。故にシルクロード交易の重要なルートにあたり、カブールはシルクロード風情を残す素晴らしい街だった事が「深夜特急」を読んでも伝わってきます。あと十年早く生まれていたら…。と思います。でも諦めていません。方法なら幾らでもあります。重要なのは自分の熱量だと思っています。
> 早速のお返事ありがとうございました。
> バーブルはアフガンに葬られているのですか。あちら出身だから考えてみればそうですね。為政者としても文筆家としても最高の人物だったそうなので(メロンが好きだったそうです)、ぜひ足跡をたどりたいものですが、アフガンは到底無理です。
> この春に、「宝塚アフガニスタン友好協会」という団体の代表である老婦人がチャリティのためにアフガニスタン細密画展を企画されていたので行ってみましたところ、そのご婦人はヘラートによく行っておられたそうで、行動力に感銘を受けました。行けるんですね。脱帽です。2024年11月09日16時16分 返信する -
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螺旋ミナレット
さっくん様
貴重なお写真ありがとうございます。
私も螺旋ミナレットに興味があります。
イラクやエジプトにしかないと思っていたので、このようなミナレットがマディーナにあるとは知りませんでした。
来月サウジアラビアに行くので行ってみようと思います。
ホテル選びも大変参考になりました。
ありがとうございました。RE: 螺旋ミナレット
mimi-d様
コメントありがとうございます。
螺旋ミナレットの貴重さを解ってくれる旅人さんがいて本当に嬉しいです。ただウーバーで往復してムスリムさん以外は入場出来ないので、本当に見たい人向けではあります。只、只のモスクでは無くミカートと言って、マッカへの巡礼に出発する施設でもある様で重要なモスクである事は確かでしょう。値段は忘れてしまいましたが、私はクバー・モスクから乗車し、帰りはヒジャーズ鉄道駅(目下リノベーション中なので外観のみ)で下車しました。ヒジャーズ鉄道駅から預言者のモスクは徒歩圏内です。
ホテルに関しては、担当が観光局に問い合わせて下さった様で、解答がザムザム一択だったので(複数あったならどちらにしますか?と言う展開になるはずなので…)現状一番非ムスリムに開放的なのはザムザムなのでしょう。モスクを正面から眺められるので、撮影には最適なホテルですが、横に長い形状故、思っていたのとは違う部屋もある様で、4トラのムスリマさんも同じホテルに泊まったのですが、「見れる事は見れる」様な部屋だった様で、部屋を変えて貰ったそうです。メール等でやりとりするなら、写真を添付する等してこの部屋に泊まりたい旨を申告した方が良いかもしれません。因みに私は確か807号室だったと思います。もしハラム・ビューを取れなくても、朝食込みのプランならレストランからハラム・ビューを楽しむ事も出来ます。
予言者のモスク周囲のホテル以外なら、ホップオン・ホップオフ・バスの停留所に近いホテルを選ぶと良いかもしれません。このバスを利用するなら24時間30分乗り放題なので、移動が格段便利になると思います。
マディーナに限らず、現在サウジアラビアはビジョン2030に向けて急遽リノベーション中で、各アトラクションの入場時間や方法、開館時間等がコロコロ変わっています。(リヤドのディルイーヤ遺跡など)だから1年前に訪れたからこうだった…は通用しない事も多いと思います。ネットで調べる場合は、公式以外なら、その情報の更新日時に注意してください。折角訪問したかったのにいざ行ってみたら…なんて事の無い様にフレキシブルな予定を立てていくと良いでしょう。
来月旅されると言う事で、本当に羨ましい限りですが、来月は未だ暑いと思いますので体には気を付けてください。
それでは、良い旅を!
さっくん
> さっくん様
>
> 貴重なお写真ありがとうございます。
> 私も螺旋ミナレットに興味があります。
> イラクやエジプトにしかないと思っていたので、このようなミナレットがマディーナにあるとは知りませんでした。
> 来月サウジアラビアに行くので行ってみようと思います。
> ホテル選びも大変参考になりました。
> ありがとうございました。2024年08月18日21時21分 返信する -
当時の空気にどっぷり浸かりたい
さっくんさんこんにちは♪
相変わらず重厚な旅行記、楽しませていただきました!
ウズベキスタンは15年くらい前に一度だけ行ったことがあるのですが、
タシケント→サマルカンド→ブハラ→ヒヴァと周るはずがサマルカンドで高熱を出して寝込み、
スケジュールが崩れてヒヴァを諦めた経験があります。
比較対象がタシケントとサマルカンドだったためブハラでも十分当時の空気に浸ってたつもりでしたがやはりヒヴァはそれ以上なんですね。
あ~再訪したい!!こんどこそヒヴァ行きたい!
それにしても冒頭のゲーム…
私は義経が大陸に渡ってチンギスハンになった説などを笑ながら楽しめるタイプの人間ですが、あくまでそれはフィクションだから。
ゲーム内なら弥助が侍でもなんなら征夷大将軍になっても構いませんが、
それを史実とされると流石にぽかーん…でしかないです。
どういう感覚で史実ってことにしたんでしょうか、本気で謎です。
侍云々は単なる知識不足なのか(あの時代に武器持ってたら侍みたいな認識?)
批判は覚悟の上だったのでしょうか。
また近いうちにウズベキスタンに旅行されるとのこと、羨ましい限りです。
楽しんでらしてください。
そしてウズベキスタン最新旅行記も楽しみにしております!
mei1110
RE: 当時の空気にどっぷり浸かりたい
こんばんは
またまたコメントを読み逃してしまいました。見送って下さったコメントに帰国をとおに越しての返信、本当に申し訳ございません。同じ頃にウズベキスタンを旅行されていたのですね!あの頃は旅も大変だったと思いますし、当時ではヒヴァからブハラは丸一日かけて車でキジルクム砂漠を踏破してアムダリヤ川の渡河もあり、トイレは青空なので、体調を崩していたら諦めて正解だったと思います。ヒヴァは小さな街ですが、サマルカンドやブハラをギュッと小さな城壁に押し込めた様な街で、それだけ旧市街感を感じやすいですが、リノベーションが進み過ぎて、テーマパーク感が強くなってしまったと今回少し感じました。
再訪して感じた事は、とてもお洒落になったし、旅をしやすくなったと思います。以前はウルゲンチ迄だった鉄道も、現在ヒヴァ迄直通となりました。ヴィザも無くなったので、是非訪れて欲しい旅先です。
アサシンクリードは本当に残念です。ポリコレにやられてしまいました。無理やりでも黒人を主人公にせざる得なかったでしょうが、これまで史実に近い作品造りをしていた分、史実でごり押ししたかったのでしょう。実はその前にまともなシナリオがあった様で、僧侶が主人公だったらしいのです。そちらの方が断然面白そうだったので本当に残念です。
> さっくんさんこんにちは♪
>
> 相変わらず重厚な旅行記、楽しませていただきました!
> ウズベキスタンは15年くらい前に一度だけ行ったことがあるのですが、
> タシケント→サマルカンド→ブハラ→ヒヴァと周るはずがサマルカンドで高熱を出して寝込み、
> スケジュールが崩れてヒヴァを諦めた経験があります。
> 比較対象がタシケントとサマルカンドだったためブハラでも十分当時の空気に浸ってたつもりでしたがやはりヒヴァはそれ以上なんですね。
> あ?再訪したい!!こんどこそヒヴァ行きたい!
>
> それにしても冒頭のゲーム…
> 私は義経が大陸に渡ってチンギスハンになった説などを笑ながら楽しめるタイプの人間ですが、あくまでそれはフィクションだから。
> ゲーム内なら弥助が侍でもなんなら征夷大将軍になっても構いませんが、
> それを史実とされると流石にぽかーん…でしかないです。
> どういう感覚で史実ってことにしたんでしょうか、本気で謎です。
> 侍云々は単なる知識不足なのか(あの時代に武器持ってたら侍みたいな認識?)
> 批判は覚悟の上だったのでしょうか。
>
> また近いうちにウズベキスタンに旅行されるとのこと、羨ましい限りです。
> 楽しんでらしてください。
> そしてウズベキスタン最新旅行記も楽しみにしております!
>
>
> mei1110
>2024年07月14日21時08分 返信する -
美しい格子窓
アッサラーム・アレイコム。今回も素晴らしい旅行記をありがとうございます。
ジェッダの建築の写真に魅せられました。いつか是非行ってみたいです。しかし男性と女性とでは行動範囲が異なるので、移動がどこまで自由にできるのだろうという心配があるのですが・・インシャッラー。
過去に読んだナギーブ・マフフーズのカイロ三部作の一つ「張り出し窓の街」を思い出しながら拝見しました。今後もイスラーム圏旅行記をよろしくお願いいたします。RE: 美しい格子窓
コメントありがとうございます!
ワレイコム・ッサローム!
御存じかもしれませんが、アッサラームアライクムの返答は単語を逆にして応えます。
サウジアラビアだけではありませんが、アラブでは昔、中国人女性が多く娼婦として働いていた歴史があり、その結果として東洋人女性がセクハラの被害に逢いやすいと言う説が存在して、それが日本人の女性旅行者の旅し難い理由とされていた事もありました。その説が本当かは解りませんが、旅行者の服装によって逆に被害を呼び寄せている可能性も考えられます。アラブでは肌の露出が多い服装は「はしたない服装」と、捉えられるので、そうした女性には「はしたない行動してもOK」的に考える俗物を呼び寄せてしまう結果となるのだと思います。
現在旅人には髪を覆うヒジャブの着用義務は無くなりましたが、やっぱり郷に入れば郷に従えで、肌の露出を無くし、体の線が出ない服装、少なくともスカーフで髪を覆う事を私は強く勧めます。ムスリマに準じた服装に整える事で、自分を守り、そしてそれが快適な旅の秘訣になると思います。
私は男性なので、女性の行動制限と言うとパッと思い出す事は、モスクの出入り口が違う程度(現実的には入場出来るモスクは限られていますが)ですが、移動に関しては、飛行機、高速鉄道、長距離バス等は予約の際に性別を打ち込む筈なので、予約出来れば大丈夫です。UAEの乗り合いバス等ではバスの前方が女性用で後方に男性が乗るので同性の乗客に纏まった位置に席を取れば問題無いです。時折日本人男性がバスの前方に陣取って、女性に囲まれ慌てて後部座席に逃げてくるのを見受けます(笑)エジプトなどでは鉄道に女性用車両が用意されていたので、将来リアドにメトロが開通したら女性用車両が設けられるかもしれません。現状市内の公共交通機関は無いに等しく、ウーバー頼りになってしまいます。
レストラン等での男女の区分けも公式には撤廃されています。サウジアラビアにはアメリカ系のチェーンが数多く出店しているので、それらのチェーンやフードコート。新しめのカフェ等では、日本同様利用できる筈です。サウジアラビア伝統のレストランでは、現地の女性や家族連れの人にとっては、古式の男女別の席の方がプライベートを保てるので、現在も区分けされているレストランがあるかもしれないので、ウエイターの案内で着席した方が無難かもしれません。
ホテルも外資系チェーンを主体に問題無く使える筈ですが、結婚してない男女の同室は絶対に出来ません。只メディナだけは事情が異なり、特に預言者のモスク周辺のホテルは巡礼者御用達の性質が強く、未だ公式に非ムスリム宿泊可と発表しているホテルはありません。これは観光客を公式に受け入れてしまう事によるホテルの環境の変化に伴い、巡礼者達の客離れを憂慮しているのでは無いかと思われます。只、観光客の増加に伴い、周辺のホテルに泊まれた!と言う情報もチラホラ集まりだしているので、今後徐々に非ムスリム受け入れ可のホテルが増えていくと思います。
後考えられるのは、何処の国でも共通する事ですが、夜の一人歩きは控えた方が良いと思います。ショッピング・モールやスーク等は夜も多く賑わっているから大丈夫ですが、そこからホテルへとなると、サウジアラビアは完璧な車社会なので、昼は勿論夜になると歩道には全く人が歩いていないので、寂しい雰囲気になります。そして車道の大通りは片道三車線とかあって車通りも多くスピードを出しているので、夜間は渡るのも命懸けで、私的には治安より交通事故が恐かったです。近い距離でも夜間はウーバーの移動が良いでしょう。
私が男性な事もあり、気づけなかった点、痒いところに手が届いていない返答になってしまったかもしれません。具体的な不明点があれば気軽に教えてください。
サウジアラビアは厳格なワッハーブ派のお国柄ですが、若い皇太子の方針によって変わりつつあります。暮らすなら兎も角、基本的に旅人はドバイと同程度の感覚で旅が
出来る様になりつつあると感じています。是非いつか、サウジアラビアを旅してください。
さっくん
> アッサラーム・アレイコム。今回も素晴らしい旅行記をありがとうございます。
> ジェッダの建築の写真に魅せられました。いつか是非行ってみたいです。しかし男性と女性とでは行動範囲が異なるので、移動がどこまで自由にできるのだろうという心配があるのですが・・インシャッラー。
> 過去に読んだナギーブ・マフフーズのカイロ三部作の一つ「張り出し窓の街」を思い出しながら拝見しました。今後もイスラーム圏旅行記をよろしくお願いいたします。2024年01月23日19時53分 返信するRe: 美しい格子窓
ご丁寧で詳細なお返事ありがとうございます。
もちろん郷に入れば郷に従えで、ムスリマ風の服装を絶対にまとって旅するつもりです。イラン史の先生(女性)がチャドルは移動式カーテンだとおっしゃっていたので、自分を守るためのものだと理解しています。トルコでコートにズボン姿でも痴漢に遭ったことがあるので、外国人には何をしても良いという勘違いな輩はいそうですが・・。
レストランの男女別席はもうないのですか。それは驚きです。想像以上に早い変化が起きているのですね。ということは湾岸地域のように女性運転手による女性専用タクシーが走る日も近いかもと期待します。私はムハンマド皇太子のファンなので、伝統と革新の共存をうまく維持していただきたいものです。いずれは絶対に行きます。
アラビア語を学習しようと何度もチャレンジしては余りの難しさに挫折するということを繰り返しています。こちらもいつかは・・と思っています。2024年01月23日21時41分 返信する



