2009/06/03 - 2009/06/04
72位(同エリア360件中)
さっくんさん
ウズベキスタンの三都市訪問、トリを務めるのはヒヴァです。三都市の中で一番西に位置し、ブハラから車で一日かけてキジルクム砂漠を超えて到着しました。ブハラと共に8世紀初頭にはイスラーム化し16世紀にはヒヴァ・ハーン国の首都として栄えました。ウズベキスタンを訪れるツアーではこの三都市を中心に周遊する事が多いですが、サマルカンド~ブハラ~ヒヴァの順番が望ましいと思いました。サマルカンドはティムール帝国の首都として繁栄し、現在の首都タシュケントから近い事から、ある程度整備が進み、歴史地区と生活区域がある程度分離されています。ブハラはサマルカンドよりは観光スポットと生活区域が溶け込んでいますが、それでも人口が多くそれなりの都市です。一方ヒヴァはロシアの征服時代に開発と言う破壊行為が、近隣のウルゲンチに集中した事で開発が遅れ、結果昔ながらの風景がそのまま残されています。つまり、サマルカンドやブハラでは、観光しつつも現実に戻される事が屡起こるのに対して、ヒヴァではどっぷりと歴史の中に浸れるからです。町は入場料が必要な内城イチャン・カラと外城デシャン・カラに分かれますが、観光スポットは内城に集中するものの、外城も他都市の旧市街に相当する景観で、時間があれば是非デシャン・カラも散策して欲しいと思います。
根源つ中旬から旅する中央アジアでは、ウズベキスタンではタシュケントと此処ヒヴァへ再訪の予定です。今から楽しみです。
旅の事では無いのですが、最近激おこな案件が立て続けに起きまして…。少々毒吐かせてください。
先ず歴史に忠実で旅人にも人気が高かったゲーム・アサシンクリード・シリーズの最新版が大炎上しています。今回の舞台は日本。喜ばしい事なのですが、その主人公が信長に仕えた黒人の弥助。彼は勿論仕えたとは言え決して侍では無いのですが、これをゲームでは侍として描き、しかもLGBTQの設定となっています。つまり昨今ウザ過ぎるポリコレ要素満載なのです。更にこれを史実として売り出しているから大炎上しているのです。興味深い事は当の日本人より欧米人から猛批判を浴びており、先日はイーロン・マスク氏迄参戦した事で注目を浴びました。
勿論私も大激怒。二度とUBI社のゲームを手にしない事でしょう。ただね、この会社はフランスが本社。キリスト教徒って根本から歴史を改竄しているので日本の歴史を改竄する事等朝飯前なのだと思います。キリスト教と言えばイエス・キリストの長髪やせ型のあの姿を連想すると思いますが、イエス・キリストはガリラヤ出身。白人はあり得ません。キリスト教の主戦場がヨーロッパに移ったので白人の顔に変わりましたが、本来はアラブ人顔が正解です。まぁそれを言い出したら仏様もインド人顔なのですがね(笑)結局偶像を許可してしまうとそうなってしまうのですよね。
アサシンクリードは大好きなゲーム・シリーズだったのでとても残念です。ただテレビのいってQもそうですが、たかがゲームだから、バラエティ番組だからとは言え、嘘が一定以上あるとシラケるどころか嫌悪感をかんじてしまうのです。
文化盗用や歴史の改竄はダメ、絶対!です。
続いて京都の某神社で起こった外国人の迷惑行為です。円安で訪日する外国人が多くなっていますが、やはりこうした輩が数多く混じってしまいます。今回の事件を起こした輩は日本在住の外国人で会社のCEOと言うから呆れます。もう顔も名前も見軍も住所も割れていますから、身の安全には注意した方が良いです。出来れば早急の国外脱出をお勧めします。
旅人と言うものは訪れる国にとってウイルスの様な存在です。少なくとも私は自分にそう言い聞かせて旅をしてきました。私の訪れる国は貧しい国が多いです。貨幣価値も思想も常識も異なる国を訪問して、私のとった行動が、自分の想像を超えて現地にとって悪影響を与えてしまう事があるのです。例えばバブル時代の日本人の旅人がバリ島で言い値でジャンジャンタクシーに乗った結果、バリ島のタクシー運賃がインフレを起こし、現地の人がタクシーを使えなくなってしまったり…。訪問国をレスペクト出来なくなったのなら、それは旅人として、いや人としても終わる時だと思います。
迷惑行為、ダメ・絶対!
以上毒を吐かせて頂きました。長文失礼しました。
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ブハラからキジルクム砂漠を疾走してヒヴァを目指します。
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此処では渡河があります。橋の無い場所で渡河は結構大変です。とは言え、海に辿り着く事無く、途中で干上がってしまう尻無し川とは言え、ソ連の愚策によりアラル海が干上がる寸前の現在、この地方では貴重極まりない水源でもあります。
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羊の大群に行く手を阻まれました。
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ヒヴァに到着しました。
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ひねくれ者なので早速城内に入る事無く周囲を散策します。
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ヒヴァは城内も城外も旧市街の様なものです。
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素朴な街並みです。
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早速天使に捕まりました。
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因みに現地では内城内をイ・チャンカラと呼び外城内をデ・チャンカラと呼びます。なので此処はデ・チャンカラです。
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ガキ大将にも捕まりました。
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城門まで戻ってきました。いざ入場です。
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門を潜るとムハンマド・アミン・ハーンのマドラサと未完のミナレット、カルタ・ミナルが旅人を出迎えてくれます。
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マトニヨズ デボンベギ マドラサ。現在はレストランとして利用されています。ヒヴァは歴代ハーンが競い合ってマドラサを建てた結果、人口に不釣り合いな程マドラサが建つので、現在ではホテル、レストラン、伝統舞踏等様々な観光用途に利用されています。
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キョフナ・アルク(旧宮殿)に向かいました。
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クリヌッシュ・ハーンのアイヴァン。謁見台の様な使われ方だったかと思います。
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キョフナ・アルクの玉座。
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キョフナ・アルクからイ・チャンカラを眺めます。
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中央にジュマ・モスクのミナレット。右手にイスラム・ホッジャのミナレット。
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手前右手にカルタ・ミナル。左手奥にイスラム・ホッジャのミナレット。
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パフラヴァン・マフムード廟とイスラム・ホッジャのミナレット。
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イ・チャンカラを囲む城壁を眺めました。
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カルタ・ミナル側の城壁です。
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デ・チャンカラを眺めます。
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ムハンマド・ラヒム・ハーン・マドラサ。
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二瘤駱駝さんが休んでいました。
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ジュマ・モスクに向かいます。
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モスクはドームが一般化する以前の多柱式で建造されています。柱の根本が極端にすぼむデザインが印象的です。
何故イスラーム建築はドームが発達したのは、イスラームの礼拝の仕方に依ります。イスラームは一日に5回集団で礼拝します。つまり一瞬で大勢の信者を収容出来る建築が必要です。なので初期はこうした多くの柱で屋根を支え広い屋内スペースを確保する必要がありました。また一定の時間で信者の出入りが起こるので、正方形の形で各方面に出入口を設ける構造が多いです。そして柱を用いず広大なスペースを確保できる様になると、ドームの大きさがどんどん大きくなりました。
一方キリスト教の教会は、一定の出入りを求めないのでファザードから祭壇がある最深部迄奥行きのある構造のものが多く、ドームも一般的には建築デザインをの一つとしてそれ程大きさは求められませんでした。
現代的なモスクは元々ダマスカスのウマイヤ・モスクが基準となっていますが、それはビザンティンの教会を模したと言う事でもあり、初期はキリスト教の教会の要素も多く引き継いでいます。その後両者の信仰により造詣が変化していきます。その代表として教会に於ける鐘楼です。鐘楼は教会ではファザードの両脇に設けられる事が多いですが、字の如く鐘を設置する建物ですので時代が経てもその太さは変わる事がありません。一方イスラーム建築では鐘を置く代わりにアッザーン(礼拝の呼びかけ)を流す為の塔として発展したので、建築技術が発展すると徐々に細長くなっていき、現在良く見る形になります。ただ北アフリカでは昔ながらの角柱型のミナレットが主流であり、古き時代のミナレットの在り方を窺い知る事が出来ます。 -
ミナレットの頂上から街を見渡せます。
が、この狭く暗い空間は、地元の若者の格好のデート・スポットの様で、螺旋階段に距離を置いて、何組ものカップルが楽しそうな一時を送っています。
此処はモスクじゃぞ!この不届き者メ! -
カルタ・ミナル方面を眺めます。
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もうひとつ建つノッポなミナレットはイスラム・ホッジャのミナレットです。
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イスラム・ホッジャのミナレットとイスラム・ホッジャ・マドラサ。
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ヒヴァで一番高いイスラム・ホッジャのミナレット。
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パフラヴァン・マフムード廟とイスラム・ホッジャのミナレット。
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イ・チャンカラのメイン・ゲート、西門オタ・タルヴァザとカルタ・ミナル。
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カルタ・ミナルは低いミナレットと言う意味。未完で終わったのでこの呼び名ですが、完成していれば109m。当然ヒヴァで一番高いミナレットです。ハーンの死により未完となったと言うのが定説ですが、このミナレットの建設計画を知ったブハラのハーンが建築家を買収し、ブハラにもっと高いミナレットを建てる約束を交わしたものの、結局それを知ったヒヴァのハーンの怒りを買い、建築家は殺されてしまい、結果ミナレットは未完に終わったとの言い伝えも残っています。
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イスラム・ホッジャのミナレットからの眺め。
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パフラヴァン・マフムード廟。パフラヴァン・マフムードは詩人克哲学者であり、屈強のレスラーでもあった事からヒヴァでは大人気の人物でした。
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パフラヴァン・マフムードの霊廟です。
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イスラム・ホッジャのミナレット。
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アラクリ・ハーンのマドラサ。伝統舞踏が行われる会場となっています。
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パフラヴァン・マフムード廟とヒヴァの二大ミナレット。
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アク・マスジティ(ホワイト・モスク)
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可愛らしい子供達に捕まりました。
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今度はお姉さんに捕まりました。
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ガキ大将も参戦です。私の被っていたイスラーム帽を奪われました。
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もう家族総出です。この家族?だけで中央アジアの全ての人種の要素を見る事が出来ます。
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ヒヴァの北門バクチャ・タルヴァザ。
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ヒヴァに夕陽が沈みます。
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ヒヴァの初日が暮れていきます。
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楽しかった一日が終わります。
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晩御飯はラグメンです。
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二日目の朝です。ホテルを出て振り返った風景。左奥手に建つマドラサ風の建物が私の泊まったマリカ・ヒヴァ・ホテルです。
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いざ入場します!
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振り返ればカルタ・ミナル。完成していたらどんな姿だったのでしょう?あ、カルタはウズベク語で低いを意味しますから、名前も変えなければなりませんね。
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パフラヴァン・マフムード廟。此処の湧き水を飲むと男は強くなり、女は美しくなると言います。日本人が飲むと…お腹を壊します…多分。
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シルクロードらしい、のんびりとした脇道も、道を行くイスラーム帽をかぶったおじいちゃんも素敵です。
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一旦イ・チャンカラを出てデ・チャンカラ西側を散策します。
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寂しげな少年に捕まりました。
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デ・チャンカラもイ・チャンカラに負けず素敵な旧市街です。車は走りますが、修復が派手で無い分素朴さがあります。
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デ・チャンカラから眺めても、イスラム・ホッジャのミナレットの存在感は抜群です。
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ソヴィエトによる開発(と言う名の破壊)が近くの街ウルゲンチを優先した為、ヒヴァはまるっと昔のままの姿を今に残せました。本当欧州勢は文化クラッシャーです。
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デ・チャンカラのガイドブックには載らない物件も、イ・チャンカラの物件に全然負けていません。
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オジサン達にも捕まりました。
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中庭に入りました。
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ウズベク・ブルーのドームの上に小鳥が留っています。
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女子大生に捕まりました。
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もう一組。
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女性教師も加わりました。日本に帰国してもこの勢いだと嬉しいのですが、日本ではそんな事は現役時代以降あり得ません(´;ω;`)
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デ・チャンカラ(外城)の城門からイ・チャンカラ(内城)の城門を眺めました。
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イ・チャンカラに戻ってきました。
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ヒヴァ・ハーン国アラクリ・ハーンが築いた新宮殿、タシュ・ハウリ宮殿。これだけ立派な建物を建てておいて、実は前方の円状の台にテントを建てて暮らしていたのだそうです。洋式の家を建てても寝るのは畳の上って感じでしょうか。さすが遊牧民族出身です。
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タシュ・ハウリ宮殿内部。
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城壁沿いにバザールが開かれていました。
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奥右手にクトルグ・ムラド・イナク・マドラサ。
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パフラヴァン・マフムード廟を奥手に手前はなんでしょう?
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先日、この綺麗な店主さんにお店を見て欲しいと話しかけられました。そんな折、彼女のお友達の女性がヒヴァのしっかりとした装丁の写真集を抱えて登場しました。私がその本に興味を示し、お友達から本を買ってしまった為、店主さんは鳶に油揚げをかっさらわれた格好になってしまいました。私はお友達はお店の売り娘さんだと思っていたら、実は同業のライバルさんだったのです。
そんなこんなで私を見つけた彼女は拗ねた様に私に言います。
「私のお店も見ていってよぉ!」
彼女のお店で幾つかイスラーム帽を買いました。よっぽど悔しかったのかな?彼女は早速同じ本を仕入れ、大事そうに腕に抱えていました。 -
小さなドームが沢山!ハンマーム(サウナ)等に多く使われる技法ですが、此処が何に使われていたかは解りませんでした。
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二人の天使に捕まりました。
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彼女達「はい」「いいえ」はロシア語を操りますが数字はウズベク語で話します。「イッキ!」と言うので、一枚だと思ってもう一枚写せば
「イッキは2って意味だから、もう一枚写す約束よ!」
彼女達の方が一枚上手です。 -
カメラマンの仕事はモデルさんを乗らせる事も大切ですが、私は完璧にモデルさんに乗せられてしまっています。主導権は彼女達です。放してくれません。
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冷や汗掻きます。
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カメラマンはモデルさんにポーズを要求しますが、彼女達はどんどんポーズを変えては私に指示を飛ばします。
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髪留めを外してもう本気モードです。
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子供だと思ってかかると大火傷です。女性は恐いです(笑)
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でも最後はやっぱり子供らしいオフザケ顔で満足して頂けました。
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城壁沿いに散歩して上に登れる場所を見つけました。イ・チャンカラを一望しました。
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何処から眺めてもジュマ・モスクとイスラム・ホッジャの二つのミナレットとパフラヴァン・マフムード廟、この三点セットはすぐ解ります。
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カルタ・ミナル方面の眺めです。
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民族舞踏を楽しみました。
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子供のダンサーが良い味を出しています。
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舞台の袖で、不安そうな面持ちで練習している踊り子さんがいました。本日は撮影がある様で、プロのカメラマンが構えていたので、緊張しているのでしょう。
頑張れぇ! -
さて、本番です。練習の成果を見せる時です!頑張って!
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順調、順調!
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乗ってきました!
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クルっと回ってエンディングです。
良く出来ました! -
躍り終えると「どうよ!」って澄ました笑顔を見せながら、彼女は舞台の袖へ戻っていきました。
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二日間、本当に楽しい時を過ごせました。
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夕食はシシャリクです。
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早起きして昨日ヒヴァを一望したポイントへ向いました。
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ヒヴァに朝陽が登ります。さようなら!ヒヴァ。
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この旅行記へのコメント (2)
-
- mei1110さん 2024/06/02 19:17:50
- 当時の空気にどっぷり浸かりたい
- さっくんさんこんにちは♪
相変わらず重厚な旅行記、楽しませていただきました!
ウズベキスタンは15年くらい前に一度だけ行ったことがあるのですが、
タシケント→サマルカンド→ブハラ→ヒヴァと周るはずがサマルカンドで高熱を出して寝込み、
スケジュールが崩れてヒヴァを諦めた経験があります。
比較対象がタシケントとサマルカンドだったためブハラでも十分当時の空気に浸ってたつもりでしたがやはりヒヴァはそれ以上なんですね。
あ~再訪したい!!こんどこそヒヴァ行きたい!
それにしても冒頭のゲーム…
私は義経が大陸に渡ってチンギスハンになった説などを笑ながら楽しめるタイプの人間ですが、あくまでそれはフィクションだから。
ゲーム内なら弥助が侍でもなんなら征夷大将軍になっても構いませんが、
それを史実とされると流石にぽかーん…でしかないです。
どういう感覚で史実ってことにしたんでしょうか、本気で謎です。
侍云々は単なる知識不足なのか(あの時代に武器持ってたら侍みたいな認識?)
批判は覚悟の上だったのでしょうか。
また近いうちにウズベキスタンに旅行されるとのこと、羨ましい限りです。
楽しんでらしてください。
そしてウズベキスタン最新旅行記も楽しみにしております!
mei1110
- さっくんさん からの返信 2024/07/14 21:08:58
- RE: 当時の空気にどっぷり浸かりたい
- こんばんは
またまたコメントを読み逃してしまいました。見送って下さったコメントに帰国をとおに越しての返信、本当に申し訳ございません。同じ頃にウズベキスタンを旅行されていたのですね!あの頃は旅も大変だったと思いますし、当時ではヒヴァからブハラは丸一日かけて車でキジルクム砂漠を踏破してアムダリヤ川の渡河もあり、トイレは青空なので、体調を崩していたら諦めて正解だったと思います。ヒヴァは小さな街ですが、サマルカンドやブハラをギュッと小さな城壁に押し込めた様な街で、それだけ旧市街感を感じやすいですが、リノベーションが進み過ぎて、テーマパーク感が強くなってしまったと今回少し感じました。
再訪して感じた事は、とてもお洒落になったし、旅をしやすくなったと思います。以前はウルゲンチ迄だった鉄道も、現在ヒヴァ迄直通となりました。ヴィザも無くなったので、是非訪れて欲しい旅先です。
アサシンクリードは本当に残念です。ポリコレにやられてしまいました。無理やりでも黒人を主人公にせざる得なかったでしょうが、これまで史実に近い作品造りをしていた分、史実でごり押ししたかったのでしょう。実はその前にまともなシナリオがあった様で、僧侶が主人公だったらしいのです。そちらの方が断然面白そうだったので本当に残念です。
> さっくんさんこんにちは♪
>
> 相変わらず重厚な旅行記、楽しませていただきました!
> ウズベキスタンは15年くらい前に一度だけ行ったことがあるのですが、
> タシケント→サマルカンド→ブハラ→ヒヴァと周るはずがサマルカンドで高熱を出して寝込み、
> スケジュールが崩れてヒヴァを諦めた経験があります。
> 比較対象がタシケントとサマルカンドだったためブハラでも十分当時の空気に浸ってたつもりでしたがやはりヒヴァはそれ以上なんですね。
> あ?再訪したい!!こんどこそヒヴァ行きたい!
>
> それにしても冒頭のゲーム…
> 私は義経が大陸に渡ってチンギスハンになった説などを笑ながら楽しめるタイプの人間ですが、あくまでそれはフィクションだから。
> ゲーム内なら弥助が侍でもなんなら征夷大将軍になっても構いませんが、
> それを史実とされると流石にぽかーん…でしかないです。
> どういう感覚で史実ってことにしたんでしょうか、本気で謎です。
> 侍云々は単なる知識不足なのか(あの時代に武器持ってたら侍みたいな認識?)
> 批判は覚悟の上だったのでしょうか。
>
> また近いうちにウズベキスタンに旅行されるとのこと、羨ましい限りです。
> 楽しんでらしてください。
> そしてウズベキスタン最新旅行記も楽しみにしております!
>
>
> mei1110
>
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