さすらいおじさんさんへのコメント一覧(156ページ)全1,957件
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中国 旧満州の旅、見せていただきました。
「ラスト・エンペラー」で有名な清朝最後の皇帝・溥儀の弟で「流転の王妃」愛
新覚羅浩さんの夫、溥傑さんの記事が私のアルバムの中にありました。
溥儀さんの四人兄弟の末弟の溥任さんが岐阜で書画展を開いた時に知り合いになられた須田さんという方が北京で会われた時の記事です。
溥任さんの案内で溥傑さんを訪問し対談の時に
日中戦争の間のご苦労について話されると
「私より兄(溥儀)が大変でした。長い歴史の間には国と国との間でもいろいろなことがあるものです。過去のことよりも、新しい関係を作っていくことが大事です。」と流暢な日本語で静かに語られる溥傑さんのお姿を見て感動を覚えましたとの須田さんの感想が述べられていました。
この時代に「旧満州国」に母と訪ねることの出来た私の感じた一頁が切り抜きとなってアルバムに添付されていたように思います。
アルバムを広げるチャンスを作って
下さったようで嬉しく思います。 -
中国 旧満州の旅、見せていただきました。
しばらくでございます。
NO1〜5までの旧満州の旅「母と訪れた満州」を思い出深く拝見しました。
再びアルバムを広げ懐かしく、母の面影に思い出に浸っています。
ハルピン生まれの自分の出生地を訪ねたく母と中国東北の旅に参加しました。
大連、長春、瀋陽、北京と訪れ、中国の国土の広さ、旧満州国時代の建物の現存。戦争にまつわる悲しい出来事を間の当たりにして考えさせられました。
ガイドの一言が救いにもなりました。「両国の間の戦争は悲しい出来事であるが、隠すことなく正面から見て平和の大切さを感じよう、過去は過去として今を大事にしようそして両国の友好を」と。
旅日記を見せていただき満州国の歴史、悲しい出来事、そしていまだに尾を引いている靖国神社の問題など、国民感情の違い、侵略者ゆえに負わざるをえない現状を感じました。
二度とあってはならない戦争ですね。
時代の中で起きた出来事として語り継がれる日々はまだ遠そうです。
不勉強で行きました中国、写真の中から旧満州国時代の歴史を勉強させていただきました。
そして今は亡き母との「12日間の中国の旅」の思い出をアルバムの中から偲んでおります。有難うございました。
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’川島芳子‘の哀しい生き方、孤独が哀しいです(ーー;)
さすらいおじさん2さん、‘悲運の女スパイ・川島芳子’
拝見させて頂きました。
中国と日本の便利な道具として生きなくてはならなかった
女性のあまりに悲しい運命に切なくなります。
大筋は映画や本で知っていましたが
さすらいおじさんさんの、ご説明に当時の川島芳子の無念さ
人間不信が痛いほどに伝わってきます。
王女として何もなく生きて行ければ、戦争がなければ、
日本人の養女にならなければなど色々考えてしまいますが
生まれ持った宿命だったのでしょうか。。
自分が平和に恵まれた中で育つことが出来た事を
本当に感謝すべきですね(*^_^*)
そして、日本と中国の在り方、今後の日中関係も
色々考えさせられますね。
今回も<(_ _*)> アリガトォゴザイマシタ
RE: ’川島芳子‘の哀しい生き方、孤独が哀しいです(ーー;)
チビケイさん ‘悲運の女スパイ・川島芳子’ お読みいただきありがとうございます。
>中国と日本の便利な道具として生きなくてはならなかった
女性のあまりに悲しい運命に切なくなります。
大筋は映画や本で知っていましたが
さすらいおじさんさんの、ご説明に当時の川島芳子の無念さ
人間不信が痛いほどに伝わってきます。
私も動物は嘘をつかないので好きですが、信じられる人が一人もいない人生は悲しいですね。気持ちが重くなります。
>王女として何もなく生きて行ければ、戦争がなければ、
日本人の養女にならなければなど色々考えてしまいますが
生まれ持った宿命だったのでしょうか。。
戦争になれば皆、川島芳子のように不幸から逃れられないのですから、戦争の悲惨さを日本人一人ひとりが自覚しなければ---と思います。
>自分が平和に恵まれた中で育つことが出来た事を
本当に感謝すべきですね(*^_^*)
そして、日本と中国の在り方、今後の日中関係も
色々考えさせられますね。
平和は有難いです。満州の旅では、特に2人のヨシコの生き様を私が感じたまま伝えたいと思いました。
日中関係も9.18事変で私の考えを書きました。ほんとに難しい問題です。これも戦争が残した不幸だと思います。ていねいなコメントをありがとうございます。
2005年06月12日02時29分 返信する -
数奇な運命を生き抜いた李香蘭に感動です(#^.^#)
さすらいおじさん2さん(* ^-^)ノこんばんわぁ♪
このお話には女性として、とても興味を持っていました!
‘李香蘭’‘川島芳子’にも同じ女性として
以前からとても気になり映画や本などで知っていましたが
こうして、さすらいおじさんさんの旅行記を拝見させて
頂き一層興味が沸いてきます。
二人の女性、やはり戦争の陰の部分になるのでしょうね。
普通に生きていたなら有得なかった数奇な運命に翻弄される
すさまじい生き方だと思いました。
お写真見せていただいてて「意志の強そうな、美貌の女性」と
感じます。昔って本当に凄い女性がいたんですね( ̄ヘ ̄;)
もしも、戦争がなかったなら彼女達の生き方も
また違っていたのだろうとシミジミ思います。
今回も楽しくお勉強させて貰えて感謝です<(_ _*)>
勉強って無理やりすると頭に入ってこないけれど
興味を引くようなものだとグングン頭に入ってきますし
心にも残りますね(*^。^*)
これからも宜しくお願い致しますm(__)mRE: 数奇な運命を生き抜いた李香蘭に感動です(#^.^#)
チビケイさん 李香蘭、お読みいただきありがとうございます。
>二人の女性、やはり戦争の陰の部分になるのでしょうね。
普通に生きていたなら有得なかった数奇な運命に翻弄される
すさまじい生き方だと思いました。
2人は日本の軍隊に利用され、命令のまま動かされたと言ってもいいと思います。でも命令に逆らえば生きていけなかったと思います。
戦争は残酷です。
>お写真見せていただいてて「意志の強そうな、美貌の女性」と
感じます。昔って本当に凄い女性がいたんですね( ̄ヘ ̄;)
もしも、戦争がなかったなら彼女達の生き方も
また違っていたのだろうとシミジミ思います。
死に直面した生活をしている人は強いですね。今も戦争をしている国はすさまじい生き方をしています。戦争の悲惨さが解っていてもやめられない人間は愚かですね。
>今回も楽しくお勉強させて貰えて感謝です<(_ _*)>
勉強って無理やりすると頭に入ってこないけれど
興味を引くようなものだとグングン頭に入ってきますし
心にも残りますね(*^。^*)
私も教科書の歴史は好きでありませんが自分で見て、感じたものは体にしみこみますね。旅は素晴らしいです。いつもていねいなコメントをありがとうございます。
2005年06月12日02時10分 返信する -
メコンの国からネパールへ、行ってきます〜す。
さすらいおじさん、ご無沙汰しております。
がまだす@熊本です。
いよいよ念願であったメコンの国からネパールへ向けて旅立ちます。
東南アジアでは雨期で熱気という過酷な状況ですが、少し欲張って約6ヶ月
間という超長期計画を、下記の通り組み立てみました。
6月28日 福岡→バンコク
7月 2日 バンコク→チェンマイ
7月10日 チェンライ→フェイサイ(ルアンパーバン、ワンウェイ、
ビエンチャン、サワンナート、パクセ)
7月25日 ラオス→カンボジア(シェムリアップ、バッタンバン、
プノンペン)
8月 5日 プノンペン→ベトナム(ホーチミン、ロンスエン、ダラット、
ニャチャン、ドンハ、ハノイ、サパ)
8月25日 ベトナム→ラオス(サパ、ムアンクア、フェイサイ)
8月30日 ラオス→チェンマイ
9月10日 バンコク→ネパール(カトマンズ、ポカラ)
11月初旬 ネパール→バンコク→チェンマイ
12月末 バンコク→福岡
以上の通りなが〜い旅となります。がしかし、あくまでも予定は未定に近く、
「思いきって、風の吹くまま・気が向くまま。無理せずに」を念頭に、放
浪したいと考えております。
なお、今回の目的は観光もそうですが、ネパールではネワール料理を。
チェンマイではタイ式マッサージを習おうかと考えております。
旅の様子は、ネット環境の良いところを見つけてからアップするつもりで
おります。
そこで、さすらいおじさんにお願いです。
「ここだけは、これだけは外すなよ!!」という名所、集落、乗り物、レス
トラン・屋台、ホテル・GH、食べ物・飲み物、お土産、ガイド、教習所、
等などおありでしたら、是非ともお教えください。
お願いいたします。
ご都合がよろしければ、ネパールで是非お会いしませんか?
2005年06月11日09時47分返信するRE: メコンの国からネパールへ、行ってきます〜す。
がまだす@熊本さん いよいよ実行ですね。
>ネパールではネワール料理を。
チェンマイではタイ式マッサージを習おうかと考えております。
観光だけでなく技術習得の目的をお持ちなのはいいですね。
素晴らしい計画だと思います。
>旅の様子は、ネット環境の良いところを見つけてからアップするつもりで
おります。
私はモバイルPCを持っていないので、勉強しなければ---と思っています。
>そこで、さすらいおじさんにお願いです。
「ここだけは、これだけは外すなよ!!」という名所、集落、乗り物、レス
トラン・屋台、ホテル・GH、食べ物・飲み物、お土産、ガイド、教習所、
等などおありでしたら、是非ともお教えください。
お願いいたします。
私が行ったアジアの国はすべてツアーなので、観光も食事もホテルもすべてお任せでした。ですから、自分で苦労していないもので、これというお勧めは思いつかないのですが、カンボジアのアンコールワット、アンコールトム観光ははずせないでしょう。朝日、夕日もきれいでした。ベトナムは生春巻きや麺類が良かったですね。屋台のほうがおいしいかもしれません。
タイは1回しか行ってませんが次回はムエタイを見たいし、チェンマイから少数民族を訪ねたいし、プーケットもどうなったか見たいし、カンチャナブリでクワイ川鉄橋も見たい。タイは見たいところがたくさんあります。私の意見はこの程度です。あまりお役にたててないと思いますが参考いただければ幸いです。
>ご都合がよろしければ、ネパールで是非お会いしませんか?
私も10-11月にタイ、ミャンマー、ラオス、ブータン、チベット、ネパール、バングラデシュ、パキスタン、ラオス を回れたらいいなあとぼんやり考えています。ネパールの政情が安定すれば実行したいです。がまだす@熊本さん の現地情報を参考にさせていただければと思います。旅行記を期待しています。お気をつけて楽しい旅になりますように!
2005年06月12日01時32分 返信するRE: RE: メコンの国からネパールへ、行ってきます〜す。
さっそくのご返事ありがとうございます。
シェムリアップ、アンコールトムは外せませんね♪
で、最後に観光したいと考えております。
と申しますのは、ここを最初に見ますと、その外の遺跡などが萎んで見えそうなので・・・・。
>私も10-11月にタイ、ミャンマー、ラオス、ブータン、チベット、ネパール、バングラデシュ、パキスタン、ラオス を回れたらいいなあとぼんやり考えています。
2ヵ月で9カ国ですか?凄いですね(^0^)
時期的に最高のコンディションですが、1カ国を平均6日間くらいしかありませんので、少しハードな旅となりそうですけど、体調を整えて楽しい旅でありますように。
それからモバイルの件ですけど、モバイルを持参しないと旅行記をアップが出来ないのでしょうか?
あちゃ〜(爆)私は、マイページをコピーしてそこから書き込もうと考えておりました。これって、無理かもですね。
モバイルは持っておりますけど、重いしかさ張るし・・・。
やはり旅先からのアップは断念しなければならないみたいですね。
う〜ん、残念ですっ(涙)2005年06月12日07時37分 返信するRE: RE: RE: メコンの国からネパールへ、行ってきます〜す。
がまだす@熊本さん
>それからモバイルの件ですけど、モバイルを持参しないと旅行記をアップが出来ないのでしょうか?
あちゃ〜(爆)私は、マイページをコピーしてそこから書き込もうと考えておりました。これって、無理かもですね。
モバイルは持っておりますけど、重いしかさ張るし・・・。
やはり旅先からのアップは断念しなければならないみたいですね。
でも、日本語の書き込みと写真を取り込めるPCがあれば旅先から旅行記をUPできるはずですよね。がまだす@熊本さんは1箇所にかなり長期で滞在されるので、探して見られたら見つかる可能性があるのではないですか?海外で旅行記をUPされておられるトラベラーさんに問い合わせされたらいかがですか?私も心がけてみます。
2005年06月12日15時08分 返信する -
ポルトとポルトガル
さすらいおじさん,
相変わらずいい説明です。感心します。
私はポルトガル人とポルトガルが大好きなのです。
が,行ったことはないです。
ポルトガルに支配されてその影響を大きく受けたブラジルも
大好きです。 ブラジルには親戚がいて30数年前に
二ヶ月放浪したことがあります。
南北5000キロをバス旅行したのは大冒険の連続でした。
その時にポルトガル人一世にもたくさん出会い話しましたが,
彼らの素朴な性格と人の良さに驚いたものです。
ブラジルは人種のるつぼ。他の移住国にはみられないないほど
人種が混合したというのに感心するのです。
その平和さとでも言うべき人種の交わりに私は拍手するのです。
ポルトガル人の人種差別のないところが大好きです。
さすらいおじさんはポルトガル人をどう思いましたか?
RE: ポルトとポルトガル
fkさん
>ポルトガルに支配されてその影響を大きく受けたブラジルも
大好きです。 ブラジルには親戚がいて30数年前に
二ヶ月放浪したことがあります。
南北5000キロをバス旅行したのは大冒険の連続でした。
南北5000キロとはすごい旅をされたのですね。私も30数年前の学生時代から南北アメリカ縦断を夢見ていたのですが果たせず、今になってレンタカー、バス、列車、船で南、中、北米を旅したいと思っています。
>その時にポルトガル人一世にもたくさん出会い話しましたが,
彼らの素朴な性格と人の良さに驚いたものです。
ブラジルは人種のるつぼ。他の移住国にはみられないないほど
人種が混合したというのに感心するのです。
その平和さとでも言うべき人種の交わりに私は拍手するのです。ポルトガル人の人種差別のないところが大好きです。
さすらいおじさんはポルトガル人をどう思いましたか?
私はブラジルにまだ行ったことがなくポルトガル人一世は知りませんが、ポルトガルの人達は好きです。ブラジルなどを植民地にした栄光の大航海時代を懐かしんでいますが、過去を自慢すること無く、日本人にも謙虚に接してくれました。壇一雄がポルトガルにほれ込んだのは、皆彼の偉大さを理解しプロフェッサー・ダンと呼び尊敬してくれたからで、壇の記述ではポルトガルには東欧などからの亡命者も多く住み、ポルトガル人はその人達にも差別なく接しているそうです。
私もポルトガルを永住したい国の一つに考えています。
2005年06月10日22時21分 返信する



