likely_koalaさんのクチコミ(22ページ)全3,519件
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憲法広場に面してモンテビデオ最古の教会であるマトリス教会がありこの広場はマトリス広場(Plaza Matriz)の名でも親しまれています。
投稿日 2019年03月08日
総合評価:4.0
ウルグアイの首都モンテビデオを訪れた時に港から徒歩で市内観光をし、その途中で憲法広場に面しているマトリス教会も見学しました。
マトリス教会は憲法広場に面しており、この美しい教会の名から,この広場はマトリス広場(Plaza Matriz)の名でも親しまれています。
憲法広場の中心にある噴水は1871年のモンテビデオの水道の開通を記念して作られたそうです。
憲法広場は並木の美しい公園で、園内にはお店なども出ており地元の人々がのんびりと過ごしており、ベンチやカフェテリアで憩う人々が絶えない美しい場所となっていました。- 旅行時期
- 2019年02月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 4.0
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 展示内容:
- 4.0
-
セーロ要塞は標高僅か142mの小高い丘ですが、平野部の続くウルグアイでは入り江を隔てて、モンテビデオの市街がよく見渡せます。
投稿日 2019年03月08日
総合評価:4.0
南米のウルグアイの首都モンテビデオを訪れた時に船がモンテビデオに近づくころに、前方左手に三角形の小高い丘が見えてきました。
昔マゼランが世界一周中に遠くからこの丘を見て、、「われ山を見たり」( Monte Vide Eu )と言ったことから、モンテビデオという名が付いたといわれているセーロ要塞です。
ここの丘からは入り江を隔てて、モンテビデオの市街がよく見渡せるのでかっこうの見晴台になります。
天気の良い日には,青い空に要塞の白壁が眩しいほど映えて見えるそうです。
そのため、昔ここに都を守る要塞が置かれ現在も大砲が残っています。
セーロというのは丘という意味で要塞の跡は、今は軍事博物館になっており、独立戦争当時の銃等が陳列されています。
65歳以上は入場無料でした。- 旅行時期
- 2019年02月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 4.0
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 展示内容:
- 4.0
-
フォークランド紛争が起きるまでは英国広場と呼ばれていた広場です。
投稿日 2019年03月07日
総合評価:4.0
アルゼンチンの首都ブエノスアイレスを訪れた時に市内観光の途中で利用した公園です。
シャトルバスでサンマルティン広場のプラザホテル前まで行き、そこからタクシーと徒歩で市内観光をしましたが、サンマルティン広場の横にあったのがアルゼンチン空軍広場です。
広場の中には1916年にアルゼンチン独立100周年記念としてイギリスから送られた英国塔が立っており良く目立ちました。- 旅行時期
- 2019年02月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 4.0
- 景観:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
-
7月9日大通りに立つブエノスアイレスの建都400年を記念して1936年に立てられた68mの白い塔です。
投稿日 2019年02月28日
総合評価:4.0
アルゼンチンの首都ブエノスアイレスを訪れた時に最初に通った7月9日大通り沿い立っているのを見学しました。
7月9日大通りとコリエンテス大通りの交わる部分に立っている記念塔で、1936年にブエノスアイレス創設400周年を記念して建てられたブエノスアイレスの視覚的シンボルだそうで、車窓からですが道の中程に建っている白いオベリスクは良く目立っていました。
高さ68m、底辺7m×7mの白い塔で、オベリスクが立つ広場は共和国広場(Plaza de la República)といい、しばしば市民の集会の場となっています。- 旅行時期
- 2019年02月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 4.0
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 展示内容:
- 4.0
-
投稿日 2019年03月06日
-
ブエノスアイレスの最初の港があったと言われているカミニート近くのボカ港です。
投稿日 2019年03月04日
-
チャールズ・ダーウィンが1831年から1836年にかけて行ったビーグル号による地球一周航海の際の経路であり、ビーグル水道の名前は同船に由来するそうです。
投稿日 2019年03月05日
総合評価:4.0
アルゼンチンで最も南極に近い「世界最南端の都市」と言われるウシュアイアを訪れた時にビーグル水道も通りました。
ビーグル水道に面しているウシュアイアでは、風が強くて乗っている船が接岸できずに通船での上陸とないましたが、桟橋には南極クルーズの船が数艘着岸していました。
ビーグル水道は、アルゼンチンとチリが二分するフエゴ島とチリの領土のナバリノ島、オステ島を隔てる海峡で、チャールズ・ダーウィンが1831年から1836年にかけて行ったビーグル号による地球一周航海の際の経路であり、ビーグル水道の名前は同船に由来するそうです。- 旅行時期
- 2019年02月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- 観光の所要時間
- 1日
- アクセス:
- 4.0
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- 景観:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
-
市内最古の大通り(アベニーダ)である5月大通り沿いには歴史的な建物や市内最古のカフェなどがあります。
投稿日 2019年03月04日
-
シャトルバスでサン・マルティン広場前のプラザ ホテル ブエノスアイレスまで行きました。
投稿日 2019年03月01日
サン マルティン将軍像 / サン マルティン将軍広場 ブエノスアイレス
総合評価:4.0
アルゼンチンの首都ブエノスアイレスを訪れた時に市内観光をするためにクルーズターミナルからシャトルバスでサンマルティン広場のプラザホテル前まで行き、そこからタクシーと徒歩で市内観光をしました。
サンマルティン広場から約1kmのフロリダ通りを通って5月広場に向かい、大統領府や大聖堂などを見学しました。
サン・マルティン広場は、樹木が涼しげな影を落とす緑豊かな美しい広場です。
アルゼンチンの独立運動を指揮し、チリ、ペルーまでも独立へと導いた「祖国の父」、サン・マルティン将軍の像が広場の中にあり、広場のリベルタドール通りに面する所にはマルビーナス戦争(フォークランド紛争)で亡くなった兵士たちの名を25枚の黒大理石板に刻んだ戦没者祈念碑があります。- 旅行時期
- 2019年02月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 4.0
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
-
独立の第一歩となった5月革命をはじめ歴史的にも政治的にも常に重要な場所で、市の心臓とも云うべき由緒ある広場です。
投稿日 2019年03月01日
総合評価:4.0
アルゼンチンの首都ブエノスアイレスを訪れた時に市内観光の途中で5月広場も寄りました。
広場のまわりには観光名所の大聖堂や大統領府、カビルドなどがありました。
5月広場は、ブエノスアイレス市の政治、経済の集まるモンセラート地区にある歴史的な広場で、廃墟となっていたブエノスアイレス市を1580年6月11日にこの広場から再建したのをはじめに、1810年5月25日、アルゼンチン独立の宣言をした5月革命もこの広場が舞台になり、以来5月広場の名で呼ばれるようになりました。
広場の中央には、アルゼンチン国旗の創案者マヌエル・ベルグラーノ将軍の騎馬像が立っています。- 旅行時期
- 2019年02月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 4.0
- 景観:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
-
別名「カサ・ロサーダ(Casa Rosada-バラ色の家の意)」と呼ばれるスペイン・ロココ調の建物です。
投稿日 2019年03月01日
総合評価:4.0
アルゼンチンの首都ブエノスアイレスを訪れた時に市内観光の途中に大統領府にも寄りました。
5月広場に面しており、1862年から現在まで歴代大統領の行政の場として役割を果たしてきたバラ色の建物で、建物がバラ色に塗られた理由は、サルミエント大統領が、国のまとまりの象徴として、当時の2大政党、連邦主義派と中央集権主義派のイメージカラー(それぞれ赤と白)を合わせたバラ色を選んだことによるそうです。
しかし当時は非常に塗料の種類が少なかった時代なので苦心の末、石灰と牛の獣脂、血を混ぜて紅茶色ともつかぬバラ色を作り出し、その後塗りかえられて現在の色はオリジナルとは少し違いますが、青いブエノスアイレスの空に映えて立つバラ色の大統領府は独特の華やかさがありました。- 旅行時期
- 2019年02月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 4.0
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 展示内容:
- 4.0
-
南米のパリの美しい書店「エル・アテネオ・グランド・スプレンディット」で、歴史ある芸術と奥深い文学に浸りたかったです。
投稿日 2019年03月01日
エル アテネオ グランド スプレンディッド ブエノスアイレス
総合評価:4.0
アルゼンチンの首都ブエノスアイレスを訪れた時に市内観光をし、その途中でサンタフェ通りにある劇場の後を書店にしたお店を見学しました。
劇場の雰囲気そのままの本屋さんなのが興味深かったです。
2000年にアルゼンチンの大手書籍・書店を保有するグループに賃貸され、建築家のフェルナンド・マゾーン監修のもとで改築され、装飾などは当時のまま残されて新しく書店として新しく生まれ変わりました。
舞台はカフェになっており購入前の書籍を持ち込んで、カフェで吟味することができるそうです。
カフェが混んでいたとしても、書店中のいたるところに椅子やソファがあるので、店内ではじっくりと本と向き合う時間が持てそうです。
残念ながらスペイン語の本ばかりなのでチンプンカンプンです。- 旅行時期
- 2019年02月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 4.0
-
レコレータ墓地内にある元アルゼンチン大統領夫人の黒御影石のお墓です。
投稿日 2019年03月01日
-
レコレータ墓地には、アルゼンチンの歴史上の重要人物や富豪などが眠っており、国内・海外の彫刻家が手掛けた礼拝堂や、ギリシャ風神殿、ピラミッド型など様々な形のお墓がある芸術的な墓地です。
投稿日 2019年03月01日
総合評価:4.0
アルゼンチンの首都ブエノスアイレスを訪れた時に、市内観光の途中で見学しました。
ブエノスアイレスの高級住宅地のレコレータ地区にあり、歴代大統領や有名人のお墓などのお金のかかった高級墓地が並んでいました。
中でも有名なのは、エビータことマリア・エバ・ドゥアルテ・デ・ペロン元大統領夫人の黒御影石の納骨堂です。
他に、埋葬されたのに仮死状態だったために生き返り、棺の中で苦しんで死んでいったという娘のお墓もありました。
ルフィーナ・カンバセレスのお墓で大理石で出来た墓は、上部にはバラが彫られ、若い女性が悲しそうな顔をして自分の墓に触りながら、振り返る姿も大理石で描かれています。- 旅行時期
- 2019年02月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 4.0
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 展示内容:
- 4.0
-
投稿日 2019年03月01日
-
フロリダ通りはブエノスアイレスの繁華街で、ウインドウショッピングをしながら散策する人々で賑わっていました。
投稿日 2019年03月01日
-
アルゼンチンと英国との間で繰り広げられた1982年のフォークランド紛争時にはかなりの部分が壊されたそうです。
投稿日 2019年03月01日
英国塔 (Torre de los Ingleses) ブエノスアイレス
総合評価:4.0
アルゼンチンの首都ブエノスアイレスを訪れた時にサン・マルティン広場の隣にあるアルゼンチン空軍広場(紛争前は英国広場と呼ばれていたそうです)の中に建てられている英国塔も見学しました。
イギリス風の時計台があるこの広場は、フォークランド紛争(マルビーナス戦争)以来改名され、「アルゼンチン空軍広場」となったそうですが、ブエノスアイレスの人々の間にはまだ「イギリス人広場」として定着しているようです。
時計台は1916年に、独立100周年を記念してイギリス系移民の人々によってブエノスアイレス市に寄贈され、塔の高さは59m、時計の直径は4.4mにもなり、重さ7トンの鐘がロンドンのビッグベン風の時を告げます。- 旅行時期
- 2019年02月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 4.0
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
-
世界一幅が広いと言われている大通りの中心には白いオベリスコが立っています。
投稿日 2019年03月01日
総合評価:4.0
アルゼンチンの首都ブエノスアイレスを訪れた時に、ブエノスアイレスの中心街を南北に貫く7月9日大通りを何度も利用しました。
世界一幅が広いと言われている7月9日大通りには、エビータの壁画のあるビルや世界三大劇場といわれるコロン劇場があり、通りの中心には白いオベリスコが立っています。
7月9日大通りの並木には酔っぱらいの木(トックリキワタ)がありました。
酔っぱらいの木は、幹がビヤ樽みたいに膨らむのでそう呼ばれているそうです。- 旅行時期
- 2019年02月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 4.0
- 景観:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
-
7月9日大通り沿いにあるコロン劇場は、世界三大劇場の一つとされている立派な劇場です。
投稿日 2019年03月01日
総合評価:4.0
アルゼンチンの首都ブエノスアイレスを訪れた際に、7月9日大通り沿いにあるコロン劇場も見学しました。
正面玄関から入ると白大理石のモザイクがほどこされた床、紅大理石や黄大理石の荘厳な手すりや柱、色鮮やかな天井のステンドグラスと、玄関ホールの美しさに見とれました。
大ホールは、真紅の垂れ幕に縁取られた舞台を正面に、蹄型に7階建ての観客席が広がり、定員は2450名、立ち見を合わせると約3000名を収容できるようになっています。
天井ドームにはラウル・ソルディによって描かれた歌い手や役者、踊り子、楽器を表現した壁画があり、その中央には直径7mになる巨大なシャンデリアが輝いています。
世界でもっとも音響効果の良い劇場の一つといわれ、ヨーロッパがシーズンオフとなる夏の間には世界的に有名なオーケストラや音楽家が訪れ、公演を行うそうです。
コロン劇場自体も国立オーケストラや国立バレエ団、舞台装置や衣装を作る工房などを有しており、まさにブエノスアイレスの高い文化レベルの象徴的存在だそうです。- 旅行時期
- 2019年02月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 4.0
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
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ブエノスアイレスのモンセラート地区にある5月広場前の12本の柱が目立つネオ・クラシック様式の大聖堂です。
投稿日 2019年02月28日
メトロポリタン大聖堂 (ブエノスアイレス) ブエノスアイレス
総合評価:4.0
ブエノスアイレスを訪れた際に、モンセラート地区にある大統領府もある5月広場に面している大聖堂も見学しました。
1593年に初めて造られ幾度にも渡る立て直しの末に古代ギリシャ神殿を思わせる現在の建物が1827年に完成されたそうです。
ここの大聖堂には、アルゼンチンを独立へと導いたサン・マルティン将軍の眠る霊廟が安置されており、大聖堂内部は厳かな雰囲気が漂っていました。
大聖堂入り口に毅然と並ぶ12本の円柱はイエス・キリストの12使徒を表現し、その上壁にほどこされた彫刻は、エジプトの総督となったヨセフとその父ヤコブの対面という旧約聖書の一場面を表しているそうです。- 旅行時期
- 2019年02月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 4.0
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 展示内容:
- 4.0











































































