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旅好者さんのトラベラーページ

旅好者さんのクチコミ(32ページ)全6,282件

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  • 観光スポット
  • 基本情報
  • 大分アジア彫刻展の優秀賞の作品が展示されていました。

    投稿日 2022年09月13日

    道の駅 おおの 豊後大野

    総合評価:3.5

    道の駅・おおのは高速の国道57号線を下りたところの県道26号線沿いにありました。ここは道の駅だけではなくスーパーなども同居していました。敷地の北西角のところに真っ赤なモニュメントが置かれていてたいへん目立ちました。豊後大野市は彫刻家・朝倉文夫さんの出身地として、大分アジア彫刻展を開催していて、優秀作は朝倉文夫記念公園に展示されています。このモニュメントは第6回大分アジア彫刻展2002で優秀賞を獲得した中国の楊志強(YANG Zhiqiang)さんの「敞開的門(The Opening Door)」とのことです。

    旅行時期
    2022年05月
    お土産の品数:
    3.0

  • 彫りが浅い様で見えにくかったです。

    投稿日 2022年09月13日

    落水磨崖仏 豊後大野

    総合評価:3.5

    落水(おつるみず)磨崖仏は、高速ではない国道57号線から少し外れた大野町の大原という地区にありました。何となく、磨崖仏は上に上がっていったところにある様に思っていましたが、この磨崖仏は下に下っていったところにありました。ほぼ垂直の岩壁の、下から3mくらいのところから座高2.4mの不動明王像が彫られていました。彫りが浅い様で良く見ないと分りにくい感じでした。右隣の高いところに名号「南無阿弥陀仏」と刻まれていて、明和二乙酉七月二十四日施主宗典の刻銘があるとのことです。明和2年は1765年となりますが、像も同じ時に彫られたと見られるとのことです。入口に戻ってきて、遠くを見ると、少し高台なので、遠くに緩やかな三角形をした祖母山が見えました。

    旅行時期
    2022年05月
    利用した際の同行者
    友人
    アクセス:
    3.0
    人混みの少なさ:
    5.0
    見ごたえ:
    3.5

  • 彫刻芸術にちょっとふれられました。

    投稿日 2022年09月13日

    朝倉文夫記念館 豊後大野

    総合評価:5.0

    朝倉文夫記念館は、朝地の丘陵部にありました。今回は国道442号線から県道657号線を辿って訪れましたが、この間の県道657号線のかなりの部分は昔ながらの未整備の山道でした。整備が終わっている、ほかの経路を選択することをお勧めします。
    敷地全体は「愛の園生 朝倉文夫記念公園」となっていて、中に朝倉文夫記念館や朝倉文夫記念文化ホールがありました。記念館は傾斜地を利用した変則的な2階建てで、学生時代の作品から始まって、人物像や猫などの動物の像がたくさん展示されていました。記念公園の方は豊かな植生とともに彫刻展の受賞作などが展示されていました。現代彫刻はなかなか難しいですね。開園30周年記念事業という大きな猫が展示されていました。これは分りやすいです。

    旅行時期
    2022年05月
    利用した際の同行者
    友人
    アクセス:
    3.0
    コストパフォーマンス:
    3.0
    人混みの少なさ:
    5.0
    展示内容:
    5.0

  • 谷間を挟んだ遠くに見えました。

    投稿日 2022年09月13日

    普光寺磨崖仏 豊後大野

    総合評価:4.0

    普光寺は用作公園の南1km少々といったところにありましたが、道路では大きく回り込むので倍くらいはあるのだと思います。駐車場から少し歩いていくと鐘楼門があり、境内へと続いていました。この普光寺は、583年(敏達天皇12年)の創建と伝わる古刹ですが、その雰囲気はありませんでした。新しい感じの鐘楼門があり、龍が睨みを利かせていました。肝心の磨崖仏ですが、谷間を挟んだ遠くに見えました。元気であれば、近くまで訪れるところですが、無理をせず、ここから眺めることにしました。高さが11.4mの不動明王坐像が、左に合掌した矜羯羅童子(こんがらどうじ)と、右に宝棒を持った制多迦童子(せいたかどうじ)を従えていました。鎌倉時代に彫られたものだそうです。なお、普光寺の山号は筑紫尾(ちくしお)山で、高野山真言宗のお寺さんです。

    旅行時期
    2022年05月
    利用した際の同行者
    友人
    アクセス:
    3.0
    人混みの少なさ:
    4.5
    見ごたえ:
    4.0

  • 田吹繁子さんの歌碑がありました。

    投稿日 2022年09月13日

    用作公園 豊後大野

    総合評価:4.0

    用作(ゆうじゃく)公園は高速ではない国道57号線からは外れたところにありましたが、江戸時代は竹田から犬飼を結んだ街道近くにあったそうですね。江戸時代には岡藩家老の中川平右衛門長伸の別荘地だったそうです。紅葉の名所とのことですが、訪れた5月は溢れんばかりの緑でした。如何にも目が癒やされる感じがしました。ここに田吹繁子さんの歌碑「ふるさとの 用作園に 今日はきて かがやくもみじ 友と愛でつつ」がありました。田吹さんといえば、別府市の日出城址にある滝廉太郎の像を寄贈された方ですね。田吹さんは1902年(明治35年)に朝地町に生まれています。大分県を代表する歌人の1人で、戦後は日出町に住んだとのことです。

    旅行時期
    2022年05月
    利用した際の同行者
    友人
    アクセス:
    3.0
    人混みの少なさ:
    5.0
    見ごたえ:
    4.0

  • デザイン性の高い建物でした。

    投稿日 2022年09月13日

    道の駅 あさじ 豊後大野

    総合評価:4.0

    高速の国道57号線の朝地ICを下りたところにありました。ここはデザイン性の高い建物で、菜花朧月館(さいかろうげっかん)と名前が付いています。名前の由来は菜の花と朧月夜(おぼろづきよ)が合わさっているのだそうです。この建て方はスケルトンログ工法というものだそうで、内部には柱がなく、剥き出しの木の骨組み、その上の屋根も木です。そして、床も木で造られていますから、柔らかい感じがしました。なお、デザインは黒川哲郎さんという方だそうです。また、トイレの建物も変わったデザインでした。メインの建物との共通性はありませんが・・・。

    旅行時期
    2022年05月
    トイレの快適度:
    4.0
    お土産の品数:
    3.0

  • 石芯塑像なのだそうです。

    投稿日 2022年09月13日

    大迫磨崖仏 豊後大野

    総合評価:3.5

    大迫磨崖仏は、高速ではない国道57号線沿いの、千歳町長峰に入口の階段があり、駐車エリヤもありました。近くに特産物販売所の廃墟がありました。数10段の石段を上がったところが少し広場になっていて、奥の岩窟にお堂が建っていましたが、その前を塞ぐ様に休屋?も建っていました。お堂は格子の扉が閉っているので、隙間から覗くと、思わず顔を引っ込める異様なお顔の像が祀られていました。
    約3.2mの高さのある大迫磨崖仏は正式には大迫磨崖大日如来坐像というもので、室町時代の1533年(天保2年)頃の作と伝えられているそうです。ここの岩質が柔らかいので、岩肌に大まかな像を彫り、顔や腕などは麻等の繊維を混ぜた粘土で厚さ15~20cmに造形し、衣は漆喰で整形した石芯塑像なのだそうです。江戸時代に修復があった様ですが、場所として保存条件が悪いのでかなり形が崩れてしまっているのだそうです。境内の一画に稲荷厳島社が祀られていました。ここは内陸ですが、どんな経緯で海の神様が祀られたのでしょうか。お社が再建されていました。今も、信仰を集めているのでしょうね。

    旅行時期
    2022年05月
    利用した際の同行者
    友人
    アクセス:
    3.0
    人混みの少なさ:
    5.0
    見ごたえ:
    3.5

  • BBQ棟もあり、無料でキャンプが楽しめます。

    投稿日 2022年09月13日

    豊後大野市千歳農村公園 豊後大野

    総合評価:3.5

    豊後大野市千歳農村公園は、菅尾石仏近くにある平成大橋で大野川を右岸から左岸に渡ったところにありました。遊具がある小さめな広場と多目的の広い広場がありました。横は大野川が流れていて、簗場(明治から続いているそうです)が設置されていて、水遊びも出来るところでした。多目的広場の方にはBBQ棟もあり、無料でキャンプも可能となっていました。また、堤防沿いには2001年(平成13年)に中学卒業記念に植樹した桜の木が500m続いていましたから、春は花見も楽しめそうです。

    旅行時期
    2022年05月
    利用した際の同行者
    友人
    アクセス:
    3.0
    人混みの少なさ:
    5.0
    見ごたえ:
    3.5

  • 朱色がかなり残った磨崖仏が5体ありました。

    投稿日 2022年09月13日

    菅尾石仏 豊後大野

    総合評価:4.0

    菅尾石仏は大野川沿いの県道636号線から少し山裾に進んだ宇対瀬(うたせ)地区というところにありました。訪れる人も多い様で駐車場がありました。駐車場から小道を進むと、大きな水霊石というのがありました。この石が下に落ちると大洪水に見舞われるといわれているそうです。先に進むと、100段くらいの急な石段が現れます。親切なことに、ご寄進による坂道の迂回路が造られていました。迂回路=楽と思って、坂道を進みました。でも、車椅子を考慮されているのかとも思いますが、緩やかな階段の方が楽だと思える様な道でした。
    覆い屋の中に朱色がかなり残った磨崖仏が5体ありました。左から千手観音、薬師如来、阿弥陀如来、十一面観音、毘沙門天です。高さは180cm~190cmです。毘沙門天は立像ですが、それ以外は坐像で方形の台座に座っています。坐像はみんな火焔光背がありますが、岩窟の反りがそのまま光背の反りになっていました。平安時代後期の作とみられ、この地を治めていた緒方三郎惟栄またはその一族の関与があったとみられるそうです。

    旅行時期
    2022年05月
    利用した際の同行者
    友人
    アクセス:
    3.0
    人混みの少なさ:
    5.0
    見ごたえ:
    4.0

  • 大野川の大きな流れが見えます。

    投稿日 2022年09月13日

    道の駅 みえ 豊後大野

    総合評価:4.0

    道の駅・みえは国道326号線沿いにありました。ここは景色の良い道の駅として売っているところです。建物に入る前に、まずは江内戸の景と呼ばれる大野川の眺めです。ちょうどこちらに向かって流れてくる感じです。奥の左にカーブしている先には川中にたくさんの岩が露出しています。手前に目を移すと、千歳農村公園が見えます。もっと手前の大野川には手取蟹戸という岩場があるはずですが、手前過ぎて見えません。遠くを見ると、久住の山や祖母山などがほんのちょっと頭を覗かせていました。

    旅行時期
    2022年05月
    お土産の品数:
    3.0

  • 堂々としたお姿をしていました。

    投稿日 2022年09月13日

    犬飼石仏 豊後大野

    総合評価:5.0

    犬飼石仏は大野川沿いの道から、如何にも田舎道といった坂道を上がっていったところにありました。半洞窟の様な岩壁の前にお堂が造られていました。中央に右手に剣を持ち、左手に羂索(けんさく)を持った不動明王坐像が、左に合掌した矜羯羅童子(こんがらどうじ)と、右に宝棒を持った制多迦童子(せいたかどうじ)を従えていました。不動明王の高さは3.76mもあるそうで、堂々としたお姿をしていました。平安時代末期から鎌倉時代初期の作だそうですから、13世紀後半といったところでしょうか。境内には与謝野晶子の歌碑「犬飼の山の石佛龕さえも ともに染めたり淡き朱の色」がありました。1931年(昭和6年)に、別府の油屋熊八に夫婦で招かれた折に立ち寄ったのだそうです。

    旅行時期
    2022年05月
    利用した際の同行者
    友人
    アクセス:
    3.0
    人混みの少なさ:
    5.0
    見ごたえ:
    5.0

  • リバーパーク犬飼のカヌー練習場辺りが観光スポット。

    投稿日 2022年09月13日

    犬江釜峡 豊後大野

    総合評価:3.5

    犬江釜峡(けんこうふきょう)は、大野川が支流の野津川と合流する地点付近から上流1km付近までの渓谷を指すとのことです。また、カヌーコースや鮎釣りのポイントとしても知られているとのことです。今回はリバーパーク犬飼のカヌー練習場辺りを訪れました。ここから下流部はカヌーの練習にぴったりと思われる、池の様に穏やかなところでした。また、ちょっと上流はスラロームの練習にぴったりと思われる渓流でした。ここから上流に向かって1km以上川沿いの道を走りましたが、展望所などの休憩場所はありませんでした。

    旅行時期
    2022年05月
    利用した際の同行者
    友人
    アクセス:
    3.0
    景観:
    3.5
    人混みの少なさ:
    5.0

  • カヌー練習場がありました。

    投稿日 2022年09月13日

    リバーパーク犬飼 豊後大野

    総合評価:4.0

    大野川は犬飼町の上流で大きく逆Sの字型に蛇行していますが、その下流側の蛇行に囲まれた先端近くにリバーパーク犬飼がありました。ここにはキャンプ場があり、また、サッカー場が2面あったり、さらにテニスコートもありましたから、普通のスポーツ中心の施設だなと思っていました。でも、中を通り抜けて、大野川に出ると、カヌー艇庫があり、カヌー練習場となっていました。また、犬江釜峡の急流のところにはたくさんのロープなどが張られ、スラームの練習場にもなっていました。2008年(平成20年)開催の第63回国体のスラロームレーシングやワイルドウォーターレーシングの会場になったとのことでした。

    旅行時期
    2022年05月
    利用した際の同行者
    友人
    アクセス:
    3.0
    人混みの少なさ:
    5.0
    見ごたえ:
    4.0

  • 犬飼町に大野川河川公園がありました。

    投稿日 2022年09月13日

    大野川 大分市

    総合評価:4.0

    犬飼町を観光した時に、大野川河川公園も訪れました。正面の大野川は早瀬となって流れていました。公園は舗装などの整備はされていましたが、特に何かの施設がある訳ではありませんでした。犬飼は「あゆ」と「どんこ」の町と紹介されていました。どんこはハゼの仲間でずんぐりとした体型だそうです。ここではどんこ祭が行なわれ、鯉のぼりならぬどんこのぼりが大野川に渡されるとのことです。公園から周囲を見ると、3本の橋が見えました。右から犬飼大橋、犬飼中橋、その陰にトラスが顔を出す犬飼橋です。
    犬飼大橋は国道326号線に架かる橋で、橋長は258mあり、1967年(昭和42年)に架設されたものです。昔は参勤交代にも使われた竹田と犬飼を結ぶ国道57号線に接続します。犬飼中(なか)橋は犬飼橋の交通量の増加により、通学の安全確保のため歩行者専用として1974年(昭和49年)に架設されたものです。橋の名前は犬飼中の生徒の応募が採用されたのだそうです。「なかばし」ではなく「ちゅうばし」でも良かったのにと思います。犬飼橋は県道631号線に架かる橋で、橋長は176.5mあります。完成は1923年(大正12年)ですが、真ん中のトラス部分(37m)は1934年(昭和9年)に架けられています。九州の土木遺産登録されています。北側の袂にはちょっと笑える姿の「どんこ」のモニュメントが置かれていました。
    眺めとしては、大野川河川公園よりも対岸の犬飼町久原交差点からの方が、3本の橋が放射状に拡がる様子が見られて良いと思います。但し、車を駐めておくところがないので、歩いて渡橋しないといけないのですが・・・。

    旅行時期
    2022年05月
    利用した際の同行者
    友人
    アクセス:
    3.0
    景観:
    4.0
    人混みの少なさ:
    5.0

  • 目隠しをするための穴がありました。

    投稿日 2022年09月13日

    石畳蒲鉾石 火の道 豊後大野

    総合評価:4.0

    蒲鉾石は犬飼の町の商店街通りの1本北側にありました。参勤交代道だったとのことです。1656年(明暦2年)に、岡藩の大野川沿岸にあった田原村鶴ノ瀬(犬飼リバーパークのある蛇行の上流部)の船着き場が犬飼に移り、奉行所が置かれたり、御茶屋なども造られたのでしょう。蒲鉾石が残っているのは斜面を削って造った道路の谷側部です。大津留商店の「酢」と書かれたレンガ造りの煙突近くから東へ約40mの間に見られました。高さ約30cm、幅約30cm、長さ約1mの蒲鉾石が並べられています。この蒲鉾石には上部に穴が2つ穿たれていました。ここに棒を立てて幕を張り、参勤交代の様子が目隠しされたのだそうです。大野川の対岸は臼杵藩戸上村ですから、警護のレベルを上げたのでしょうかね。なお、路面は当時は石畳だったのでしょうが、今はコンクリート?が敷かれていました。

    旅行時期
    2022年05月
    利用した際の同行者
    友人
    アクセス:
    3.0
    人混みの少なさ:
    5.0
    見ごたえ:
    4.0

  • 欠けているところもなく、きれいな十字架でした。

    投稿日 2022年09月13日

    磨崖クルス 臼杵・津久見

    総合評価:4.0

    磨崖クルスは国道10号線沿い、野津町の宮原という地区にありました。覆い屋の中に大きな岩(幅1.7m、高さ1.4m、奥行き1m)が納まっていて、岩の右方に十字架が浮き彫りにされていました。十字の最上部に「ノ」があるので千十字架と呼ぶそうです。彫られたのは16世紀後半とみられるとのことですが、十字架は欠けているところもなくきれいな状態でした。1933年(昭和8年)に発見された時は、この十字架の彫られた面が下になっていたとのことです。それが役人に見付かることもなく、また、風雨に晒されることもなかったことが大きな理由かと思います。

    旅行時期
    2022年05月
    利用した際の同行者
    友人
    アクセス:
    3.0
    人混みの少なさ:
    5.0
    見ごたえ:
    4.0

  • 吉四六さんのモデル・初代廣田吉右衛門さんの菩提寺です。

    投稿日 2022年09月13日

    普現寺 臼杵・津久見

    総合評価:5.0

    普現寺は、国道10号線(国道502号線)に入口の案内が立っていて、そこから横の丘に上がったところにありました。ここは紅葉の名所とのことで、参道はもみじの木で埋まっていました。但し、訪れた5月は緑に溢れていましたが・・・。山門前の階段は苔が生えていて厳かな雰囲気が拡がっていました。豊後国主大友氏第2代当主の大友親秀の五男、親直(野津五郎頼宗)が、白象に乗った普賢菩薩の夢を見たことから、1294年(永仁2年)に、野津院筒井村(野津地区の北部?)に妙楽寺を建立したと伝わっているそうです。天正年間(1573年~1593年)の薩摩・島津氏の豊後侵攻によって荒廃しますが、1647年(正保4年)に、現在地(当時は板屋村)に寺号を普現寺と改めて再興されたとのことです。こちらのお寺さんには、豊後の奇人・吉四六さんのモデルである、初代廣田吉右衛門さんの菩提寺として位牌が安置されていて、境内のもみじの林の中にはお墓もありました。なお、山号は峩嵋山(がびさん)で、臨済宗妙心寺派のお寺さんです。
    ここには吉四六の里の民話「やられたな 寄付の丸太は杉の箸」が掲示されていました。

    旅行時期
    2022年05月
    利用した際の同行者
    友人
    アクセス:
    3.0
    人混みの少なさ:
    5.0
    見ごたえ:
    5.0

  • 鍾乳洞らしい鍾乳洞でした。

    投稿日 2022年09月13日

    風連鍾乳洞 臼杵・津久見

    総合評価:5.0

    風連鍾乳洞は国道10号線から取り付き道路を500mくらい進んだところにありました。鍾乳洞というと造形美のイメージがありますが、ここ風連鍾乳洞は鍾乳洞らしい鍾乳洞でした。(今回の旅では造形の少ない鍾乳洞を体験したので、特にその様に思いました)秋芳洞の様な大きな鍾乳洞ではないので、次々と命名された見どころが現れて楽しかったです。駐車場ですが、洞の入り口前に小振りな駐車場と、1段下のところに広い駐車場がありました。訪れた時は空いていたので、入口前まで行けましたが、観光バスは下までとなります。
    ここには吉四六の里の民話「盗み食い見つかり、とっさにネコのまね」と「ついでじゃけん 悪ろうない歯も拔いちきた」が掲示されていました。

    旅行時期
    2022年05月
    利用した際の同行者
    友人
    アクセス:
    3.0
    景観:
    5.0
    人混みの少なさ:
    5.0

  • 規模が大きくてたいへん見応えがありました。

    投稿日 2022年09月13日

    金明孟宗竹 臼杵・津久見

    総合評価:5.0

    金明孟宗竹は、九重塔からもう少し左手奥に進んだところにありました。前に規模の小さいところを見たことがありますが、ここは今現在は何本くらいあるのか、規模が大きくてたいへん見応えがありました。全体に黄色く一節毎に緑色の条線の入るキンメイチク型と、全体に黄色で緑色の条線の入る縦縞型があるとのことですが、ほとんどが縦縞型の様に見えます。見上げると、葉も黄色っぽい様に見えます。ここは1970年(昭和45年)ころに自生しているのが見付かったそうですね。突然変異でこうなるそうですから、竹林の所有者は枯れたか?と思ったのではないでしょうかね。県の特別保護林に指定されていました。

    旅行時期
    2022年05月
    利用した際の同行者
    友人
    アクセス:
    3.0
    景観:
    5.0
    人混みの少なさ:
    5.0

  • 高い、大きいです。

    投稿日 2022年09月13日

    九重塔 臼杵・津久見

    総合評価:4.0

    九重塔は、国道10号線から臼杵市街へ通じる県道633号線に移って2kmくらい進んだところから、脇道を進んで行ったところにありました。それ程の観光スポットと思わずに訪れましたので、駐車場があることに驚きました。この地にあった延萬寺の境内に、1267年(文永4年)に建立されたものだそうです。基礎の高さ43cmを含めて、総高は595cmなので、高い、大きいと感じます。掲示されている臼杵市教育委員会の案内板に、延萬寺は天正年間(1573年~1592年)の薩摩・島津氏の豊後侵攻により焼失したと伝えられるが、現在の小字名に「馬場」という名前が残っているので、広い寺域を持っていたと常識の様に書かれていました。寺院で、馬場と広い寺域の関係がまったく分りませんでした。
    ここに吉四六の里の民話「儲からん 二人で売り買い梅見酒」が掲示されていました。ホッコリしますねぇ。

    旅行時期
    2022年05月
    利用した際の同行者
    友人
    アクセス:
    3.0
    人混みの少なさ:
    5.0
    見ごたえ:
    4.0

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