旅好者さんのクチコミ(28ページ)全6,284件
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投稿日 2022年10月06日
総合評価:4.0
北浦臨海パーク・きたうらら海市場は、東九州道の蒲江ICからは700mくらいのところにありました。ここ北浦には2つの港が隣接していて、東側が北浦港、西側が古江港ですが、きたうらら海市場は古江港の前にありました。(魚市場は北浦港にありました)2016年(平成28年)にオープンしていますが、地元のお客さんも見込んでいるとは思いますが、今現在の集客は高速道路を利用することを見込んでいるのでしょう。訪れた時は、コロナ下にも拘わらず、駐車場が混んでいて、目論み通りなのだろうと思いました。食事処としては魚市場のレストランや出店店舗のほか、牡蠣小屋もありました。農林水産直売所では特に鮮魚売場が充実していて、魚市場直結の売場の様に感じました。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用形態
- その他
- アクセス:
- 3.0
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- サービス:
- 3.0
- 雰囲気:
- 4.0
- 観光客向け度:
- 4.0
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投稿日 2022年10月06日
総合評価:4.0
地下(じげ)の茶山展望所は海岸沿いを走る県道122号線から、山側に逸れて登っていったところにありました。世の中にはいろいろな選定がありますが、2008年(平成20年)に朝日新聞社が行なった「日本の里100選」に北浦が選ばれたそうです。北浦が選ばれたのは、海の里であり、また、茶の里でもあることでした。地下の茶山がその茶の里で、茶山展望所から眺めると、山肌広範に茶畑が拡がっていました。ここには早生品種の「さえみどり」「さきみどり」などが栽培されているそうです。訪れた5月では2番茶、3番茶の摘み取り時期なのかと思いました。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 景観:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
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投稿日 2022年10月06日
総合評価:5.0
波当津美術館は、波当津海岸に出る少し手前にありました、入口には色鉛筆が何本も立ったデザインの看板があるので、見落とすことはないと思います。元は、佐伯市立波当津小学校だった建物で、今も建物には校章と学校名が付いていました。ここは「KOROGI ART MUSEUM」とも書かれている通り、神路祇 隆(コオロギ タカシ)さんのアトリエ兼作品展示館です。神路祇さんは1956年(昭和31年)生まれ、大分市の出身だそうです。2階がメインの展示室となっていました。1階にはアトリエもありました。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 展示内容:
- 5.0
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投稿日 2022年10月06日
総合評価:4.0
かまえインターパークは、東九州道の蒲江ICから真っ直ぐ900m進んできたところにありました。地元のお客さんも見込んでいるとは思いますが、高速道路でもここを目的にやってきて欲しいという願いもありそうです。直売所となる海辺の市(うまべのいち)では海の幸、山の幸、お弁当・お土産などがあり、道の駅・かまえよりも充実していると感じました。また、レストランの方では、岩牡蠣のシーズンになっていたこともあってか焼き小屋に人出がありました。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- お買い得度:
- 3.5
- サービス:
- 3.0
- 品揃え:
- 4.0
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投稿日 2022年10月06日
総合評価:5.0
米水津の色利浦(いろりうら)地区から「豊後くろしおライン」で南側の海岸部の山を登り切ると、空の展望所がありました。標高160mくらいです。展望所には高台が造られて、米水津湾の展望台となっていました。前に訪れた、間越海岸からその先にある横島(群島)が大きく見えます。その後方には鶴御埼が見えます。空の展望所の名に相応しい雄大な眺めでした。
ここには「釣りバカ日誌19 ロケ地記念撮影スポット」の案内板があります。2008年公開の映画でサブタイトルは「ようこそ!鈴木建設御一行様」でした。矢印の方向を見ても撮影場所はありません。実は撮影場所は地黒島と沖黒島の間に浮ぶ釣り船だったのです。もう少し親切な案内だと良いのですが・・・。- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 景観:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
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投稿日 2022年10月05日
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投稿日 2022年10月05日
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投稿日 2022年10月05日
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投稿日 2022年10月05日
総合評価:5.0
籾山八幡社は訪れた経路は違いましたが、1番近い町である長湯温泉からは車で15分くらいの場所にあるとのことです。創建は景行天皇が土蜘蛛討伐を行うに当たって、戦勝を祈願した三柱の神(志我神、直入物部神、直入中臣神)の中の直入物部神を祀った直入物部神社がその始まりなのだそうです。土蜘蛛討伐は紀元82年(景行天皇12年)のころだそうですから、神代の時代だということでしょうね。
神社のお参りは第一義ですが、ここには3つの天然記念物がありますので外せないところです。まずは、大きな杉の木の並木の続く参道です。これは「籾山神社のスギ並木」として市指定です。樹齢は100年~200年、中には400年もあり、迫力のある並木です。奥に進むと、最大の見どころである巨古木のケヤキがあります。これは「籾山八幡社の大ケヤキ」として県指定です。大小の瘤があって、樹齢は800年~1、000年で、圧倒的な迫力です。拝殿をお参りすると、近くに大きなケヤキの木があります。これは「籾山神社の二股ケヤキ」として市指定です。根本近くで二股に分かれ、樹高36m、樹齢は400年以上です。何といっても、ここでは大ケヤキです。現在、九州で2番目に大きいケヤキの木とのことです。その瘤だらけの奇怪な古木には目がテンです。- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- 見ごたえ:
- 5.0
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投稿日 2022年10月05日
総合評価:3.5
納池(のいけ)公園は、標高はまだ高いですが、久住高原と呼ぶところからは下ったと思われるところにありました。奥豊後グリーンロードが訪れる道路ですが、そこから公園までの道が細いので、本当にあるのか心配になるところでした。湧水池を囲む、南北約250m、東西約50mほどの小さな公園です。意外なことに、1、000年近い歴史があり、明治時代初期の1873年(明治6年)に発布された太政官令で、東京の浅草、上野、京都嵐山などとともに、太政官制公園に指定されたそうです。その後は、置いてきぼりになってしまった感がありますね。でも、変な開発はせずに、このままが良いのかも知れませんね。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2022年10月05日
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投稿日 2022年10月05日
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投稿日 2022年10月05日
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投稿日 2022年10月05日
総合評価:5.0
久住山は独立峰ではないので、いつも東側のなだらかな稲星山と一緒に眺めることになります。久住山の標高は1、787mで、稲星山は1、774mですから、見た目では高さの違いは感じません。火山活動が盛んな時に、稲星山の山腹から噴火をして噴火丘を造り上げたのでしょうね。この久住山が形作られた噴火はいつのことだったのでしょか。今のくじゅう連山では硫黄山が噴煙をたなびかせていますが・・・。1995年(平成7年)には星生山から硫黄山にかけた山腹で水蒸気噴火が起きたそうですね。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 景観:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
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投稿日 2022年10月05日
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投稿日 2022年10月05日
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投稿日 2022年10月05日
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投稿日 2022年10月05日
総合評価:4.0
猪鹿狼(いから)寺は国道442号線から少し入ったところにありましたが、この道路は旧道でした。場所は久住町の久住という地区です。狭い入口には地元の名木に登録されていると思われる巨木がありました。本堂は重厚なお寺らしい建物とは対極にありました。この猪鹿狼寺の創建は伝教大師(最澄)で、唐からの帰朝した805年(延暦24年)に、久住山の山麓に慈尊院を建立し、十一面観音を安置したのが始まりと伝えられています。以来、久住山は殺生禁断の地となりましたが、1186年(文治2年)に、鎌倉幕府は軍事訓練を兼ねて狩りを強引に実施します。そこでこれらの動物の霊を供養するため、寺号を猪鹿狼寺としたとされています。天正年間(1573年~1592年)に兵火で全焼、寛永年間(1624年~1644年)に現在地に再建されています。なお、明治以前の神仏習合時代は,隣にある建宮(たてみや)神社の神宮寺だったそうです。そして、山号はで久住山で、天台宗のお寺さんです。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2022年10月05日
総合評価:5.0
久住神社の一の鳥居は、国道442号線から県道30号線に曲がって300mくらいのところにありました。車でそのまま鳥居を潜り、参道を進んだ先の高台に社殿がありました。周囲は大きな杉の木に囲まれていました。久住神社は645年(大化元年)に、彦五瀬命(ひこいつせのみこと)を奉斎して創建と伝わる古社です。彦五瀬命は神武天皇の兄ですが、久住山全体の神だそうです。その後、興隆、衰微がありましたが、1600年(慶長5年)に、肥後藩主となった加藤清正によって再興され,1666年(寛文6年)に現在地に遷され、久住手永一帯の氏神として崇拝されてきたとのことです。(久住手永一帯は現在と違って肥後藩の支配するところでした)現在の主祭神は3柱で、彦五瀬命、健男霜凝彦神(たけおしもごりひこのかみ:農耕神、祖母山の神)、姫神(ひめかみ:久住山の神)となっています。
なお、案内された神社専用駐車場はありませんでしたが、二ノ鳥居近くに、車の駐まった空き地?がありました。- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 5.0
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投稿日 2022年10月05日
総合評価:5.0
黄牛(あめうし)の滝は、稲葉ダムの少し下流となる稲葉川に懸っていました。宮城温泉出会いの湯のところからは200くらい下流です。駐車場はその入口からは50~60m離れたところにありました。入口には滝まで324mと案内されています。入口にある牛の看板ですが、黄牛ではなく黒牛でした。今は黒牛の滝に名称が変わったのかな・・・。この道は村おこしとして1991年(平成3年)に造られたとのことなので、それまではごく限られた人だけの滝だったのですね。滝までの道は前半は坂道、後半は階段で、川岸まで降りました。滝の高さは25mあるとのことですから、入口からは50mくらい下ったことになるのでしょうか。辿り着いた滝ですが、期待する滝らしさがあり、それなりの迫力がありましたが、怖さを感じる様な滝ではありませんでした。本流に懸る滝ですが、少し上流の稲葉ダムで流量が調整されていますから、致し方ないところでしょう。滝の下流を見ると、大きな岩がゴロゴロしていました。元々は、荒れたときは手が付けられない川だったことが想像されます。
余談ですが、上り坂がある様な観光地にはよく杖が置かれていますね。今までは見栄を張って使ったことはありませんでした。ここでは、駐車場の前に黄牛の滝小家があり、自由に使ってといった意味のことが書かれていて杖が何本も置かれていました。幸いなこと?に、空いていて人目もなかったので借りてみました。行きは下りなので邪魔でしたが、帰りは大いに役立ちました。- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 景観:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0



















































