マンボウのお城さんの旅行ブログ
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古くから街の中心であり、今もイベントや祝典の開催場所として利用されているマカオを代表する広場です。現在はここから聖ポール天主堂跡まで歩行者天国になっていますが、以前はコンクリート敷きでクルマが通り、バス路線まで敷かれていました。
1960年には、中央の噴水が設置され「噴水池」の名前で親しまれています。
1990年代前半にはポルトガル本国から敷石職人を呼び、ポルトガルの石を使って現在のモザイク模様のカルサーダス(石畳)が敷設されました。
この教会は、1586年にフィリピンからやってきたスペインの聖オーガスティン修道会が、質素な木造の修道院を建てたことにはじまります。
その後、現在位置する丘の上に移動し、1591年に付属教会が建てられましたが、現在の建物は1874年に再建されたものです。
大理石造りの中央祭壇のそばには、十字架を背負った受難のキリスト像が祀られています。この像を毎年一度、男性信者がかついでセナド広場に近い大堂まで移動するのが、マカオで最も有名な宗教行事「パッソス聖体行列」です。
数世紀も続くマカオの代表行事で、キリスト教会暦の四旬節第1日曜日(2月中旬〜3月初旬)に行われます。
何千人ものカトリック信者が巡行に参加し、教会から大堂まで夜通し練り歩く姿はマカオの早春の風物詩となっています。
| エリア: | マカオ |
|---|---|
| 時期: | 2009年09月 |
| 投稿日: | 2012年06月03日 |
| スポット名: | ロバート・ホー・トン図書館 |
ドン・ペドロ劇場の裏手にある檸檬色の建物で、香港の大富豪ロバート・ホー・トン卿が1918年に購入して別荘として使っていたところです。
中は一般公開されています。名前を登録するだけで、誰でも中に入ることができます。
図書館内部はハイデザインかつ空調が効いていますし、外には木陰にベンチが沢山設置されていて、とても気持ちのいい場所です。マンボウおススメの場所です!
もちろん、館内で本も読むことができます。
| エリア: | マカオ |
|---|---|
| 時期: | 2009年09月 |
| 投稿日: | 2012年06月03日 |
| スポット名: | ドン・ペドロ5世劇場 |
1860年、マカオ在住のポルトガル人による東洋初の男性専用社交クラブ「マカオ・クラブ」が開設した娯楽施設で、中国初のオペラハウスです。
建物はネオクラシック様式で、正面から見るとイオニア式の円柱が印象的です。
残念ながら、通常は入場できませんが、この時は内装工事中で、工事をしていたおじさんにお願いして、入れてもらえました!
聖オーガスティン教会、ドン・ペドロ5世劇場、聖ヨセフ修道院及び聖堂、ロバート・ホー・トン図書館が立ち並ぶエリアの中心にある"歴史の交差点"。
セナド広場と同じく、コントラストのはっきりした模様を描く石畳が敷き詰められ、南国らしいガジュマルの木や、可愛らしいレトロな街灯、コロニアルな色彩の建物が広場のまわりに並んでいます。まるでヨーロッパの街の小径に迷い込んだかのような気分にさせてくれます。
木陰のベンチで休憩することもできます。
| エリア: | マカオ |
|---|---|
| 時期: | 2009年09月 |
| 投稿日: | 2012年06月03日 |
| スポット名: | 聖ヨセフ修道院、聖堂 |
1728年に造られたイエズス会の修道院が始まりで、1758年に聖堂が併設され現在に至っています。ユネスコから2001年に発行された「バロック建築世界地図」にも掲載された、聖ポール天主堂跡と並ぶ中国バロック建築の代表的な教会です。
独特のドーム型の屋根が特徴的で、音響効果が素晴らしく、マカオ有数のコンサート会場としても知られています。
1569年頃にイエズス会によって建立された当初は木造でしたが、1846年に石造りで威厳のある現在のものに再建されました。
周囲にはヤシの木が植えられ、中国製タイルを使った屋根と高さ21メートルの左右対称の鐘楼がエクステリアの特徴で教会としては珍しいターコイズブルーの天井、左右のステンドグラス、贅沢なシャンデリア、クリーム色の壁面に赤い絨毯がインテリアの特徴となっています。
マカオで最もお洒落な教会と言われています。
中国近代初期の維新派を代表する資産家で、孫文や毛沢東に影響を与えた19世紀の文豪、鄭観應の父親によって1881年に建てられた屋敷跡です。
港務局から続く通りの媽閣街に沿って東西120メートルの奥行きを持つ堂々たる邸宅です。
母屋のほか使用人部屋や人力車庫などの長屋が中庭を取り囲む伝統的な中国家屋でありながら、インドや西洋のデザインを取り入れた建築や装飾が特徴です。
外壁はヨーロッパ風の灰色レンガですが、インド式の真珠貝の窓枠に中国式の格子窓が取り付けられているという具合です。
マカオの中国建築が西洋の内装手法や装飾を取り入れた極めて初期の住居建築物で、以後マカオをはじめ上海、広東、香港でも、アールデコの装飾が施された同様の建築様式が流行っていきました。
初期にマカオを訪れたポルトガル人たちは、ペンニャの丘から湧き出る貴重な天然の泉があるこの地を定住地に選びました。
現在は整備され、昔の面影はありませんが、広場右奥にある壁の2つの口からは水が流れ続け、かつての水源の存在を今に伝えています。
周囲は坂あり路地あり、中国や南欧風のこじんまりした家ありで、どこか懐かしい雰囲気が漂っています。
1874年、ヨーロッパ列強国が中国の植民地化政策を進めていた時代に、ポルトガルがマカオの治安維持のためインド・ゴアから派遣した、ムーア人兵士約200人の寄宿舎として建てられました。
花崗岩の強固な石組みの基盤にレンガを積み重ね、淡いクリーム色と白を基調とした漆喰壁が美しい大きな建物です。
通りに面した2階部分の広いバルコニーと外壁のアーチが、イスラムのモスクを思わせます。
夜はライトアップされるので、とてもムードがあります。
現在もマカオ港務局事務所と海上警察本部として使われています。