nichiさんのクチコミ(68ページ)全2,189件
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投稿日 2018年06月27日
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投稿日 2018年06月27日
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投稿日 2018年06月27日
総合評価:4.5
山寺は正式名称「宝珠山立石寺」
奥の細道で、松尾芭蕉が訪れた場所です。
諸国行脚の旅に出た松尾芭蕉が元禄2年(1,689年)にここ山寺を訪れています。
その際、
閑さや岩にしみ入 蝉の声
と言うチョー有名な句を詠んでいます。
静寂の中に、蝉の声が響き渡る山寺に感動したんですね。
入山するには一人300円。
1,015段の石段を上ります。
杉木立の静寂に包まれている階段をひたすら上ります。
途中、姥堂があります。。
ここから上が極楽。
ここから下が地獄。
姥堂を越えてから、一つ一つの石段を上ることによって欲望や汚れを消滅させ、明るく正しい人間になろうというものです。- 旅行時期
- 2018年03月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
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投稿日 2018年06月27日
総合評価:4.0
諸国行脚の旅に出た松尾芭蕉が元禄2年(1,689年)にここ山寺を訪れています。
その際、
閑さや岩にしみ入 蝉の声
と言うチョー有名な句を詠んでいます。
静寂の中に、蝉の声が響き渡る山寺に感動したんですね。
松尾芭蕉と芭蕉の弟子である曾良の像もあります。- 旅行時期
- 2018年03月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
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山寺(宝珠山立石寺)に訪れて、最初に現れるのが根本中堂です。
投稿日 2018年06月27日
総合評価:4.0
1,356年初代山形城主斯波兼頼が創建、
17世紀初め最上義光が大修理をして現在の姿に伝えています。
ブナ林の建築物では日本最古です。
外からは見えませんが、中では比叡山延暦寺より移された法灯が燃えています。
千年以上燃え続けているんですね。。
すんげー- 旅行時期
- 2018年03月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
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投稿日 2018年06月27日
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投稿日 2018年06月27日
総合評価:4.5
なぜ、天童に広重美術館があるか?
→幕末、天童藩が財政難の時、広重に依頼して描いてもらった「天童広重」と呼ばれる作品群があります。
肉筆画が200幅以上描かれており、それが22幅までに減っており、貴重な作品を展示しています。
天童広重とは?
→歌川広重は、天童藩士と交友がありました。
藩は、財政がひっ迫する藩財政の為に献金をしてくれる方々に対する褒美にするため、広重に肉筆画を大量に描くことを依頼しました。
大名が町絵師に作画を依頼することは珍しく、明治以降は海外人や愛好家から珍重され、都市や海外に流出してしまいました。
この作品群が「天童もの」とか「天童広重」と呼ばれています。
歌川広重と安藤広重は同一人物です。
歌川広重は、5代まで続いています。
つまり5人います。
肉筆画とは?
→浮世絵師が絹や紙、板などに直接描いた作品のこと。
つまり、版画のように何枚も同じ作品ができるわけではありません。
よって肉筆画は貴重な1枚になります。
中は撮影禁止でした。
正直、訪れて良かったです。
期待は夫婦共に大きかったのですが、その期待を裏切らない、いやさらに大きく上回る感動がありました。
肉筆画は光に弱いため、展示期間は1年のうち1ケ月。
つまり毎月違う展示を行っています。
3月展は、浮世絵をよむ「百人一首と物語の絵世界」
物語や和歌をテーマとした浮世絵の数々を絵画として観るのと同時にお話を読み解きながら、様々な角度から作品を楽しむことができました。
ひとたび物語のなかに身を委ねると、日常とは違う空間や感情を味わえる世界が広がります。
江戸の人々も弥次喜多の珍道中に興じ、武勇伝に勇気をもらい、故事に人の道を習いながら日々を暮らしていたのでしょうね。
一枚一枚丁寧に見て回りました。- 旅行時期
- 2018年03月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
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このお寺の御霊屋には、織田信長の位牌をはじめ、織田家歴代藩主の位牌が納められています。
投稿日 2018年06月27日
総合評価:4.0
出羽高畠にあった織田信長の次男信雄を祖とする織田氏は、国替えにより天保元年(1840)に天童に移りました。
一年半で陣屋を完成させ、藩主織田信美が居を構えました。
天童織田藩の始まりです。
文政13年(1830天保元年)天童織田藩は、織田宗家の菩提寺として三宝寺に織田家御霊屋(御位牌堂)を造りました。
このお寺の御霊屋には、織田信長の位牌をはじめ、織田家歴代藩主の位牌が納められています。
元々あった御廟は戊辰戦争で焼失。
でもご位牌は難を逃れました。
元織田藩士族の会によって昭和6年に建てられ、仰徳殿と称されています。- 旅行時期
- 2018年03月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
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投稿日 2018年06月27日
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投稿日 2018年06月27日
総合評価:4.0
天童駅からまーっすぐ!
天童温泉にあるビジネスホテルです。
天童温泉にあるホテルですが、温泉はありません。
建物、施設が古く、老朽化は否めません。
しかし、値段の割に部屋が広くてびっくり!
コスパ最高です。
スタッフも皆親切で感じがいいです。- 旅行時期
- 2018年03月
- 利用目的
- 観光
- 1人1泊予算
- 2,500円未満
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投稿日 2018年06月27日
天童織田の里歴史館(天童市立旧東村山郡役所資料館) 天童温泉
総合評価:4.0
明治12年、山形県東村山郡役所として建てられました。
昭和60年に復元され、明治時代の洋風建築として、県の有形文化財になっています。
大人 200円 ×2枚
閉館間近でしたが、、
「どうぞゆっくりご覧くださーい。」
残念ながら館内は撮影禁止でした。
明治新政府の郡制の発足により、天童織田藩二万石の城下町であった天童の地に創建されました。
その後、天童市役所、市立図書館にも使われていました。
訪れたのは3月中旬。
館の中は昔のお雛様がたくさん展示されていました。
最上階のお雛様は壮観でした。
天童のお雛様は、最上川を上ってやってきました。
紅花、米、漆、蝋、胡麻などが最上川を下って酒田から北前船で京都や大阪に運ばれました。
京都や大阪からは塩やせともの、小間物、人形などが運ばれたようです。
天童にたくさんの古いお雛様が残っているのは、江戸時代の終わりごろ、天童の町人の間で雛飾りが盛んにおこなわれていたからのようです。- 旅行時期
- 2018年03月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
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老舗の和菓子屋さんで、明治時代の蔵を利用した素敵なお店です。
投稿日 2018年06月27日
総合評価:4.5
お店に入った瞬間、もういい感じ。
いい雰囲気。
吟醸酒と酒粕で作った酒饅頭を購入。
いちごわらび餅もありました。
お店の片隅に懐かしい足ふみオルガン。
現役で音が出るそうです。
喫茶時間は終わっていましたが、お蔵の中を見学できます。
蔵の中がうまく改装されていて、大きな火鉢を囲むように座れます。
訪れたのが3が津であったため、大きな雛飾りが。。。
明治時代?江戸時代?
年代物であることは間違えありません。
お洒落に飾り付けがされている明治時代の階段箪笥を登って二階へ。
二階は倉庫ですが、昆虫博士だった家人のお爺さんの様々な道具、雑貨が展示されています。
懐かしく感じる物ばかりです。- 旅行時期
- 2018年03月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
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奥には天童市街。手前には若松寺の門前街。の絶景が楽しめるお寺です。
投稿日 2018年06月27日
総合評価:4.0
天童駅から車で約10分。
若松寺の参道の入口に着きました。
ここから若松寺まで続く参道です。
全長1.9km 高低差168m
「クアの道」と言って、祈りながら若松寺まで登る道です。
私たちはそのまま車で登りましたが、積雪があるときは4輪駆動車以外は進入不可の表示がありました。
お寺の入口には歌碑がありました。
「めでためでた~の若松さまよ♪」
山形の花笠音頭です。
この歌の若松様とはこのお寺のことだったんですね。
初めて知りました。
そもそもこのお寺は、最上三十三観音霊場の第一番です。
今から約1300年前、奈良時代の和銅元年(西暦708年)に行基菩薩が開山した霊場です。
その後、平安時代の貞観二年(同860年)山寺の立石寺を開山された慈覚大師(円仁和尚)が当山の山頂付近にあった御堂を現在の地に移し、 造営工事をし大規模な伽藍配置をしました。
書写の法華経を奉納する如法堂や、お酒が大好きだったと言われている真っ赤な「おびんずる様」賓頭盧尊者像(びんずるそんじゃぞう)がいらっしゃる観音堂、崖の上に建つ鐘楼堂などの複数の建物が点在しています。
鐘楼道の前からの景色は絶景です。
奥には天童市街。手前には若松寺の門前街。
晴れている日には月山も見えるようです。- 旅行時期
- 2018年03月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
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投稿日 2018年06月27日
総合評価:3.5
入場料は一人300円。
中は撮影禁止。
世界の古代盤上遊戯
海外から伝わって独自の発展を遂げた将棋
昔の様々な将棋
将棋長屋
将棋の駒ができるまで
天童将棋駒の歴史
多くの種類がある将棋駒
などの展示がありました。
将棋の駒には「彫り駒」「押し駒」「書き駒」「彫り埋め駒」「盛り上げ駒」の5種類があることを知りました。
「彫り埋め駒」や「盛り上げ駒」などは高級駒で、見ていて素敵でした。
帰宅後に今は亡き義父の遺品である将棋駒を見たら盛り上げ駒でした。
全国の将棋駒の95パーセントはここ天童産とのこと。
そもそも天童織田藩の藩士による内職が将棋駒つくりの最初だったようです。
財政が厳しかった天童織田藩は、かつて米沢藩から技を学んだ駒づくりで財政を立て直そうと、藩士たちに奨励。幕末には、天童伝統の草書体による書き駒の基礎が築かれたといいます。- 旅行時期
- 2018年03月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
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投稿日 2018年06月26日
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投稿日 2018年06月25日
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春スキーは全山アイスバーンでしたが、それなりに楽しめました。
投稿日 2018年06月25日
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投稿日 2018年06月25日
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投稿日 2018年06月25日
総合評価:4.0
冬、スキーで訪れました。
普段の運賃は
大人800円、往復で1300円
子供400円、往復で650円
ですが、冬は蔵王全山のロープウェイやクワッドリフト全部で
時間別、日数別に料金設定があります。
私たちは4時間券、4,500円を購入。
1年中動いているロープウェイです。- 旅行時期
- 2018年03月
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投稿日 2018年06月25日































































































































