nichiさんへのコメント一覧全596件
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お元気ですね。
nichiさん
おはようございます。
お母様、タリアセンを完歩なさって、すごいですねえ。
相方さんと読書談義なさるのも素晴らしいわ。
お元気で、お友達のところにお泊まり。
羨ましい限りです。
タリアセンの中に、こんなに移築された建物が建っていたんですね。
お庭に目がいってしまって、建物内、あまり入ったことなかったので興味深く読ませていただきました。
ありがとうございました。
miroRe: お元気ですね。
miroさん
おはようございます。
この度もコメントありがとうございます。
>お母様、タリアセンを完歩なさって、すごいですねえ。
→そうなんですよね~ 91歳の母、杖はついておりますが頑張りました。
ありがとうございます。
若いころからほとんどスポーツをやっていなかった母ですが、足腰は元気なんですよね~
一昨年に父を亡くしてから、私と相方の定年も重なり、母の家に行く頻度が高まりました。月一回の温泉旅行に連れて行っておりますが、いつまで一緒に出掛けられるかな~~?
と思っております。
>タリアセンの中に、こんなに移築された建物が建っていたんですね。
→そうなんですよね~ 軽井沢町が別荘地内の古き別荘をココに移築しているようです。
カフェなんか素敵ですよ。
miroさんも機会がおありになれば、一でいらしてみてくださいませ。2026年06月08日06時44分 返信する -
春スキー(^^)
nichiさん ご無沙汰しています。
どんより→晴れというラッキー、大展望にも恵まれて、楽しい春スキーだったよう(^o^)
もう3月なかばですが、雪は大丈夫でした? 以前は、私も3月はまだスキーシーズンと思ってましたが、最近は……
朝一はまあまあ⛷️でも、昼ごろにはグサグサ雪に「もうやめよう」となることが多くて(゜Д゜)
邪推だったらお許しください🙏 3月の本州のスキー場でそんなに楽しかったの⁉️という単なる嫉妬かもしれません(笑)Re: 春スキー(^^)
ねもさん
こんにちは。
コメントありがとうございます。
>3月なかばですが、雪は大丈夫でした?
→春スキーにしてはなかなか良かったと思います。
ゲレンデ上部は春スキーとは思えないくらい、素敵な雪でしたよ。
これは、午後も同じコンディションでした。
ゲレンデ下部は朝に凍ったせいか、カチカチ。午後は溶けて重いシャリ雪ですね。
綺麗に整地されたコブ斜面は、早朝に水を撒いているようです。
硬く凍っていました。
それにより、均一化したコブがキチンと並んでいる状態が崩れることなく、リズムよく滑ることができました。
前の週に滑った越後湯沢の重い雪とは比べ物にならないぐらい良かったです。
八千穂は標高も高いですからね。2026年06月04日12時01分 返信する -
ユーミン・・
>歌には自信がなかったけど作品には絶大な自信があったのです。
すごいですね。こんなことなかなか言えない。
そして歌は人々の人生によりそい、
ユーミンの歌はなくてはならないものに。
https://www.youtube.com/watch?v=TuN73HTW63k
この当時で二十歳ぐらい。すごい才能と思います。
会場で聞いてる女性たちは何を思ってるのだろう。
ベルベットイースター 生で聞いてみたいです。Re: ユーミン・・
貴重な映像、教えていただきありがとうございます。
昨晩、4回見ちゃった。。。
>この当時で二十歳ぐらい。すごい才能と思います。
会場で聞いてる女性たちは何を思ってるのだろう。
→詩の世界に入り込んでいるのかな?まさか日本を代表するミュージシャンの一人になるとは思ってもいないでしょうね。
この頃、私は高校1年生。フォークソングを卒業して、イギリスのハードロックやアメリカのソウル聴いてました。
相方は小学校6年生。ベイシティローラーズに夢中だったそうです。
キーボードがフェンダーローズにミニムーグ。
そして観客の女性の方々のファッションと髪型。
時代を感じます。
私は当時、この曲の複雑なコード進行に夢中になり、相方は詩にのめり込んだそうです。
>「歌には自信がなかったけど作品には絶大な自信があったのです。」
すごいですね。こんなことなかなか言えない。
→でしょう?? 会場にいたみんながビックリした発言だったと思います。
この後、少し間があってから大きな拍手が沸いたんですよね~
>ベルベットイースター 生で聞いてみたいです。
→ユーミンが一人ピアノの前に座って、弾き語りで始まりました。そして段々バンドのメンバーが演奏に加わってきたのを覚えています。
素敵でしたよ~~
picotabiさんも、一度生でユーミンいらしてください。
舞台演出含めて楽しむならコンサートツアー。
小さなホールでじっくり歌を聞くには苗場が最高です。
今回はわざわざ大阪まで行って良かったです。2026年06月04日11時43分 返信する -
コンサート
nichiさん
おはようございます。
ユーミンのコンサート、行かれたんですね。
私も今週行く予定です。
わくわくしてきました。
電子チケットの発券、それ用のアプリを取らなければならなくて、面倒くさいなぁと思ってしまいましたが…
電子チケット出せない人に教えてくれるのは、親切かも。
私も、出せるようにしていかなくちゃ。
miro
Re: コンサート
おはようございます。
わ~~
東京国際フォーラム、いらっしゃるのですね。
今は、名古屋出張で新幹線の中です。
定年退職後で雇用延長も終わった非常勤の嘱託社員に対し、人使いの新井会社でして・・・・
よって毎年通っている東京公演に行けず、大阪でユーミンを観ることになりました。
>電子チケットの発券、それ用のアプリを取らなければならなくて、面倒くさいなぁと思ってしまいましたが…
電子チケット出せない人に教えてくれるのは、親切かも。
私も、出せるようにしていかなくちゃ。
→転売防止を徹底しているのですね。嵐もかなり厳しかったようです。(相方は配信で観てました。)
ホワイエに、今回のアルバムの世界が広がっており、いくつかの撮影スポットが用意されていると思います。
入場も通常より時間かかりますし、ホワイエやグッズショップをご覧になりたいのであれば、少し早めにいらっしゃることをお勧めします。
これまで色々共感させていただきました。
フォローさせてくださいね。
今後ともよろしくお願い申し上げます。
ユーミン、楽しんでいらしてください。2026年06月01日09時46分 返信する -
大阪で落語
nichiさん こんにちは
落語って江戸のみの文化と思っていました。
この記事を拝見し、関西方面の落語を上方落語というのを
今になって知りました。
しかも二つ目や真打などの階級制がないとか
室内でやる江戸に対して上方は外でやってたとか
しかもしかも江戸より上方のほうが先だったとか!
やっぱりお笑いの文化は関西が昔から最先端なのですね
マッサージは料金の安さにびっくりしました。
マップにマークさせていただきました。
嬉しい情報ありがとうございます♪
ぴこたび
Re: 大阪で落語
picotabiさん
こんばんは。
いつも「いいね」&コメントありがとうございます。
>落語って江戸のみの文化と思っていました。
この記事を拝見し、関西方面の落語を上方落語というのを
今になって知りました。
→そうだったのですね。「いらっしゃ~い!」でおなじみの桂文枝さん(元三枝さん)。ボンカレーのTVCFが有名な笑福亭仁鶴さん。1970年代の深夜放送のオールナイトニッポンで一世を風靡した笑福亭鶴光さん。人間国宝にもなった桂米朝さん。
他にもたくさんいらっしゃいますが、皆さん上方落語ですよ~
関東で見る落語と違って、鳴り物も多いですね~
>マッサージは料金の安さにびっくりしました。
→安いだけじゃなくて、テクもありました。
かなり強引なおばちゃんたちですけど~~♪
あべのハルカスの斜め向かいのpicotabiさんのお店でロールキャベツを戴きました。
↓ ↓ ↓ ↓ ↓
https://4travel.jp/travelogue/120524342026年05月27日19時51分 返信する -
いや~、ここも知りませんでした
nichiさん、こんにちは。
香川県で砂糖が作られていた話も驚きましたが、天王寺駅の近くにこんな趣のある商店街があったことも初めて知りました。
天王寺付近は日本橋の電気街や、じゃんじゃん町など何度も行っているのですが。
しかし、ここも再開発でなくなってしまいそうな雰囲気ですね。次、大阪に行く機会があれば是非寄ってみたいと思います。
くわ -
清津峡
nichiさん、こんにちは。
清津峡は現在、トンネルになってしまいましたね。
私は一度だけトンネルではなかった時代に
清津峡を見たことがありますが、
切り立った柱状節理で、
とてもワクワクしたのを覚えています。
それがほとんど見れなくなってしまったのが、
残念だなと思いました。
今、モダンな観光地に変身しましたね。
nichiさんは、いつも雪道でも運転なさるので、
すごいなと思っています。
我が家では、雪道の運転は不可能です。
昭和の時代の鏡台。
懐かしく拝見しました。
我が家でも祖母が使っていました。
そもそも鏡台という単語が死後かもしれませんね。
最近はドレッサーすら使っていないのではないでしょうか。
極小住宅が多くなり、それらの家具を置く場所が
なくなってしまったんでしょうね。
経済が拡大していた昭和の時代が懐かしいですね。
yamayuriRe: 清津峡
yamayuriさん
こんばんは。
コメントいただきありがとうございます。
>清津峡は現在、トンネルになってしまいましたね。
>私は一度だけトンネルではなかった時代に
>清津峡を見たことがありますが、
>切り立った柱状節理で、
>とてもワクワクしたのを覚えています。
>それがほとんど見れなくなってしまったのが、
>残念だなと思いました。
→そうなんですね~
清津登山道の昭和63年(1988年)の落石事故の前に歩いていらっしゃるのですね。
羨ましいですね~
迫力ある柱状節理をご覧になっていらっしゃるのですね。
写真では拝見しました。
>nichiさんは、いつも雪道でも運転なさるので、
>すごいなと思っています。
→いえいえスキーの為に運転しているだけです。
それも安全の為に、スキーの際は四駆のジムニーを運転してます。
ジムニーなら雪道の安定性が高いですし、最近のスタッドレスタイヤの乗り心地はかなり改善されていて、ほとんどストレスを感じることなく運転できるのです。
>昭和の時代の鏡台。
>懐かしく拝見しました。
→ここに反応してくださり嬉しいです。
祖母はこのような古い鏡台の前にお座布団を敷いて、正座して身だしなみを整えていました。
時代は変わりましたね~~
最近見なくなったのは、おっしゃる通り住宅事情も大きいのでしょうし、正座する機会が減ったのも大きいかと思います。
相方は1ケ月ほどの滞在経験がありますが、私は訪れたことが無い都市であるワシントンDCの続編、楽しみにしております。2026年05月09日22時35分 返信する -
昔の丸亀
nichiさま、おはようございます。
旅行記を篤と拝見させて頂きました。
小生、昭和58年(1983年)に初めて丸亀訪問当時は、駅が現在の駅前広場にあり、駅本屋も駅構内も風情を有し仰せの様に風格があり、また駅前商店街もソレなりに活気を帯びておりましたが、丸亀駅高架化工事着工で旧駅と商店街が事実上分断されてしまい、更に瀬戸大橋開通で、地元の方々は買い物飲食は岡山に出る様になってから、高松市内のライオン通りと共に衰退の一途を辿ってしまい、今や見る影も無くなってしまいました。
名古屋以西で商店街が衰退廃絶一歩手前と化した所として丸亀駅以外では、近鉄四日市駅、山陽本線柳井駅が著しいと考えております。
以前丸亀出身の女子学生を扱った事がございましたが、1人子ながら、卒業後は地元香川に魅力などは無く、帰る意思は無いとはっきり断言し、事実東京の商社に就職しました。
次作旅行記上程を心待ちにしております。
横浜臨海公園Re: 昔の丸亀
横浜臨海公園さん
こんばんは
コメントありがとうございます。
>小生、昭和58年(1983年)に初めて丸亀訪問当時は、駅が現在の駅前広場にあり、駅本屋も駅構内も風情を有し仰せの様に風格があり、また駅前商店街もソレなりに活気を帯びておりましたが、
→再開発前の丸亀駅をご存じなのですね。ネットで写真は拝見しました。
そもそも商店街と駅が離れていて、何か不自然に感じました。
>丸亀駅高架化工事着工で旧駅と商店街が事実上分断されてしまい
→では、この駅前再開発の目的は何だったのでしょう?
やたらと広い、何もない駅前広場ですね。
本四架橋開通の影響で衰退した街は、今治を拝見したことがあります。
しまなみ海道の開通で、港町今治は壊滅的になり、今治発の瀬戸内海航路はほとんど廃止。大丸と高島屋が撤退。見たこともないような、なが~いシャッター商店街を歩きました。
高松の日本一の長いアーケードは一時の危機を乗り越え、三越を中心に活気があって素晴らしかったです。
丸亀も何とか復活してほしいですね。2026年04月29日21時59分 返信する -
いや~、これは知りませんでした
nichiさん、四国村の旅行記拝見しました。
私は以前隣の高知県に住んでいたのですが、香川県が江戸時代砂糖産業が盛んだったことを初めて知りました。(香川県と言えばうどんしか知らない)
以前、九州にも住んでいたのですが、江戸時代、砂糖が貴重品だったのでヨーロッパから輸入し、長崎で水揚げされ、シュガーロードを使って北九州まで運ばれていたそうです。そのおかげでシュガーロート沿いには、長崎のカステラ、佐賀のようかん、福岡の銘菓ひよこなどが誕生したそうです。
船を空荷で戻すとバランスが悪いということで、重し代わりに有田や伊万里の焼き物をヨーロッパに運び、彼の地では焼き物が重宝されたとのこと。
なので日本では砂糖は作られていないと思い込んでいました。
それが香川県で作られていたとは驚きです。灯台下暗しでした。
そこには灯台や退息所もあるのですね。
高知県にはたまに帰っていますので今度立ち寄ってみたいと思います。
↓の最後のほうに足摺岬近くにあった廻り舞台の写真があります。
https://4travel.jp/travelogue/11990382
ありがとうございました。
くわRe: いや~、これは知りませんでした
くわさん。
こんばんは。
コメントありがとうございます。
>香川県が江戸時代砂糖産業が盛んだったことを初めて知りました。(香川県と言えばうどんしか知らない)
→そうそう!そうなんです!
ビックリでした!
「讃岐三白」と言って、江戸時代に讃岐で生産がさかんであった3つ「砂糖・塩・綿」を指すようです。
時代によって綿は米だった頃もあるようですが・・・
徳川吉宗の享保の改革で全国の各藩はそれぞれ独自の経済対策を強いられた訳ですが、高松藩は歴代の松平の殿様に優秀な方が多く、5代藩主松平頼恭は、四国にお遍路に来ていた薩摩藩からサトウキビから砂糖をつくる製法を学び、試行錯誤のすでに白砂糖の生産に成功しています。
幕末には国内の砂糖生産の8割が讃岐産だったそうで、ビックリですよね~
そして9代藩主松平頼恕は、優秀な部下だった讃岐の発明家であった久米通賢に命じて塩田開発に成功しています。
共に、この讃岐ならではの瀬戸内海気候をうまく利用したものだったようです。
明治時代になって、塩は明治政府(後の専売公社)によって保護されましたが、砂糖と綿は政府の保護が無くなって外国産の台頭で衰退していったようです。
>江戸時代、砂糖が貴重品だったのでヨーロッパから輸入し、長崎で水揚げされ、シュガーロードを使って北九州まで運ばれていたそうです。
→シルクロードならぬシュガーロード。
面白いですね。
>最後のほうに足摺岬近くにあった廻り舞台の写真があります。
→はいはい、くわさんの土佐清水の旅行記、覚えていますよ~
高知は行ったこと無いんですよね~
一度伺ってみたいです。2026年04月24日22時00分 返信する



