旅好者さんのクチコミ(25ページ)全6,282件
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投稿日 2022年11月04日
総合評価:4.0
みくにの里農林水産物直売所は、豊後大野市の中心近くの国道326号線沿いにありました。こちらは地元の農家320軒ほどが参加している、地元の野菜を中心に直販しているお店とのことです。午前中に通り掛かった時に、何台かの車が出入りしていて、地元では人気のお店らしいと思いました。午後に通り掛かった時に寄ってみると、車の数は減っていましたが、野菜や野菜の苗、お花を売っていました。それぞれ生産者の名前が付いていて、生産者と消費者が直結しているのを感じました。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- お買い得度:
- 4.0
- サービス:
- 4.0
- 品揃え:
- 3.5
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投稿日 2022年11月04日
総合評価:4.0
丈六寺は、三重町の秋葉という地区にありました。秋葉鬼塚古墳がある丘の少し北になり、後方には秋葉川が流れていました。20段くらいの石段を上がったところの山門を潜ると、大きな本堂がありました。近年、コンクリート造りで築造されたもので、1階を会館、2階が本堂となっているので、より大きく見えるのだ思います。創建は鎌倉時代末期と伝わっていて、当初は極楽寺と称していたのですが、一丈六尺の阿弥陀如来を安置していたことから、後に丈六寺になったのだそうです。天正年間(1573年~1592年)の薩摩軍の豊後侵攻によりすべてを焼失しています。1628年(寛永5年)に再度創建され、1663年(寛文3年)に臼杵の月桂寺から住職を招き、丈六寺第一世となっています。(現在は18世です)なお、山号は紫金山で、臨済宗妙心寺派のお寺さんです。
ところで、一丈六尺は約4.8mですが、仏像の立像の規準となった高さで、釈迦の身長だとされています。随分と背が高いですが、普通のインド人の2倍あったとされています。現代の世界最高身長は2.5mくらいですから、釈迦はずいぶん超人だったのですねぇ。そして、現代のインド人は随分小さくなったということですね。- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 3.5
-
投稿日 2022年11月04日
総合評価:5.0
カワセミ公園の入口から、奥嶽川の下流方向に3kmくらい移動したところに、出会橋・轟橋の駐車場がありました。直前に轟橋を渡りました。ここは2つの石橋が約80mの間隔で並んでいるのが見どころの1つとなっていますが、柱状節理などが滞迫峡ジオサイトの見どころの1つともなっています。
上流側の高いところに架かる轟橋は1934年(昭和9年)に森林鉄道の軌道橋として架けられた2連アーチ橋です。長さは68.5mで、水面からの高さは27mです。右岸側のアーチの径間32.1mは石橋日本一の長さを誇ります。右岸側の橋の袂辺りの柱状節理が2016年(平成28年)の熊本地震で崩壊し、修復されていますが痛々しい感じがしました。なお、現在は当時の橋の両側を若干拡幅して市道として利用されています。
下流側の低いところに架かる出会橋は1925年(大正14年)に架けられた単アーチの人道橋で、1922年(大正11年)に鉄道が開通したので対岸からの通行の便を確保するためでした。長さは33.6mで、水面からの高さは拱矢から推測すると12mくらいですが、明示したものが見付かりませんでした。この橋のアーチの径間29.3mは日本第2位の長さにあります。この橋の下流側の右岸袂に支流の轟川が流れ込んでいました。
轟橋の上流側には杓子岩と名付けられたところがあります。阿蘇山の9万年前の大噴火による溶岩凝結岩が大きく露出しています。下部は柱状節理ですが、その上は細かい岩が重なっている様に見えるエンタブラチャーになっています。なお、案内板に書かれているエンタブラチャーの和名が見付かりません。余計なことですが、柱状節理に対抗して「塊状節理」とでも呼んでおきましょうかね。想像力豊かな人が両方合わせて見ると、貝杓子の様だということから、この岩名が名付けられたそうです。- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 5.0
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投稿日 2022年11月04日
総合評価:4.0
滞迫峡公園から、奥嶽橋を渡って、奥嶽川の下流方向に2kmくらい移動したところに、カワセミ公園への入口がありました。葛折りの道を下っていきますが、駐車場は川岸に近いところにありました。(滞迫峡の駐車場よりも遥かに川辺に近いです)
ここも滞迫峡の一画ですが、滞迫峡公園の辺りに比べると、傾斜がある様で、流れは早く、川幅も広く、水量はだいぶ多い感じでした。水は相変わらずきれいでした。ここは予約なしで、尚且つ、無料でキャンプが出来るところとなっていて、駐車場横には水場とトイレがありました。駐車場から河原の端をちょっと上流に行ったところに河原が広くなっていて、そこにテントが張れます。野趣豊かな、本格的なキャンプが楽しめそうでしたが、素人ではテントも張れないと思いました。訪れた時は、テントを畳んでいる1人とこれからテントを張る1人がいました。駐車場との間は足下が悪いので、荷物を持っての移動は結構大変そうでした。- 旅行時期
- 2022年11月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2022年11月04日
総合評価:4.0
滞迫(たいざこ)峡は、大野川の支流に当たる奥嶽川の上中流域にある渓谷です。その中心となる滞迫峡公園は、県道7号線を高千穂方向へと奥に進んでいったところにありました。県道からは川岸近くの駐車場まで車で下りられます。そこからは階段状に整備された坂道で、石ころに埋まった河原まで降りられました。
滞迫峡公園近くの奥嶽川は、浅く、細い流れで、通常はこんなに大人しい流れなのかと、妙に感心してしまいました。滞迫峡は深さが70mを越えるという、柱状節理が発達した溶結凝灰岩の岩壁を、間近に見ることが出来ました。といっても、意外なほど木々が茂っていました。これらの岩壁は阿蘇火山の9万年前に起きた4回目の大噴火による火砕流に因るものだということです。川底の岩盤は1500万年の噴火のよる凝灰角礫岩が露出しているのだそうです。話が古すぎてピンとは来ませんが、自然の創り出す芸術はスケールが違います。峡谷の上には、2001年(平成13年)に架けられた奥嶽橋が見えます。水面からの高さは70m、橋の長さは170mあります。
余談ですが、この滞迫峡は「日本ジオパーク」の中の「おおいた豊後大野ジオパーク」に登録されている5つの「ジオパーク」の1つです。その他の4つは、原尻の滝、沈堕の滝、岩戸の景観、松尾の埋没木です。豊後大野市はこのジオパークに関してはあまり熱心にはPRしていません?から、観光への活用は今一だと思いました。- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2022年11月04日
総合評価:4.0
緒方三郎惟栄館跡は、国道502号線が軸丸川に架かる三郎橋の袂にありました。ここには1937年(昭和12年)に建立されたという高くて大きな「緒方三郎惟栄館趾之碑」がありました。ここは自然を利用した要塞で、南には緒方川が、東には軸丸川が流れ、西側は堀を築いていたので、周囲をがっちりと固めていたことになります。緒方惟栄は源平の争いの中、時代の変化を読んで、平家から源氏に乗り換え、源氏勝利の貢献大だったのですが、義経に付いた(付けさせられた)ところから、一気に時代から消え去ってしまったのですね。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2022年10月31日
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投稿日 2022年10月31日
総合評価:4.0
稲葉川沿いのこの一帯は藩主中川家関係のお寺などが集まっているところです。三日月岩の少し手前にその1つ高流寺がありました。駐車場もあるのでついでに寄るには便利です。この高流寺は2代藩主の中川久盛が禅の師匠である桐谷禅師のために開基したものです。石段を上がった高台にありました。1622年(元和8年)の創建です。すっきりとした印象の本堂がありました。1796年(寛政8年)に再建されたものだそうです。こちらには、2代藩主の墓塔を覆っていた覆屋を移設した金神堂があるとのことですが、どこにあったのか見損なってしまいました。なお、山号は龍寶山で、臨済宗妙心寺派のお寺さんです。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 景観:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
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投稿日 2022年10月31日
総合評価:3.5
岡藩主おたまや公園の隣に、藩主中川家の菩提寺である碧雲寺がありました。1612年(慶長17年)に初代藩主・中川秀成がお茶屋の建設を進めていましたが、完成を待たずに急逝してしまい、2代藩主・久盛が菩提寺として完成させたそうです。現在は、普通の大きさのお寺さんですが、元はお隣のおたまや公園も、中に包含した大きなお寺さんだったのです。一般の拝観は認めていませんので、山門から覗くと、大きくはない妻入の本堂が見えましたが、横の駐車場に廻ると、奥行きの長~い建物でした。もとは庫裏の建物だったそうです。なお、山号は龍護山で、臨済宗妙心寺派のお寺さんです。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2022年10月17日
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投稿日 2022年10月07日
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投稿日 2022年10月07日
総合評価:4.0
深耶馬温泉館もみじの湯は、深耶馬溪の県道28号線から県道27号線に移って間もないところにありました。脱衣所にはコインロッカーがあってまずは安心です。内湯と露天風呂がありました。(家族風呂はありませんでした)内湯は10人は入れそうな広さがありました。洗い場は5人分くらいありました。露天風呂は八角の東屋風の屋根が付いていました。浴室は日ごとに男女入れ替えだそうで、もう一方の露天風呂は岩風呂とのことです。温泉はモール泉です。先客は数人でしたが、コロナの心配な時期ですので、短時間で出ました。ここには車でないとちょっと不便かなと思うところです。地元の人と観光客がどのくらいの比率で利用するのか分りませんが、周りには民家が見えませんから、ここの来る人は、全員が車で来るのだろうと思わせるほど、駐車場が充実していました。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 泉質:
- 4.0
- 雰囲気:
- 4.0
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投稿日 2022年10月07日
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投稿日 2022年10月07日
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投稿日 2022年10月07日
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投稿日 2022年10月07日
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投稿日 2022年10月07日
総合評価:4.0
鹿鳴館のやっているところでは、美味しいとろろそばが頂ける食事処やおばぁちゃんが1人でやっているそば饅頭を利用したことはありましたが、今回、それら営業活動の中心である?宿屋を始めて利用しました。建屋などは古くなっていましたが、1日1組だけの宿で、食事はご主人が調理をして提供してくれて、尚且つ、細かい説明をしてくれますので、田舎のおじさんの家に泊まった気分になりました。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用目的
- 観光
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- コストパフォーマンス:
- 3.0
- 客室:
- 3.0
- 接客対応:
- 4.0
- 風呂:
- 3.5
- 食事・ドリンク:
- 3.5
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投稿日 2022年10月07日
総合評価:5.0
耶馬日田英彦山国定公園はいかにも耶馬渓、日田盆地、英彦山をくっつけて1つの国定公園にしましたといった感じですね。これが後から追加してこうなったわけではなく、1950年(昭和25年)に日本で最初に国定公園の指定をした3ヶ所の内の1つとして、この名前で指定をされていました。今回の旅では深耶馬溪などに寄りました。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 景観:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
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投稿日 2022年10月07日
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投稿日 2022年10月07日
総合評価:3.0
耶馬溪ダムスポーツ公園は、耶馬溪ダムで造られた耶馬溪湖が終わったその奥のところに、県道28号線沿いにありました。山移川がカーブして流れて広場になったところでした。多目的グラウンドだけがある公園です。県道28号線に並行して公園に向かう坂道にはメタセコイアの並木がありました。和名はアケボノスギですが、たまに見掛ける木ですね。恐竜が跋扈していた中生代から生き続けている化石のような植物なのですね。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 4.0








































