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コタ(Kota)1号さんのトラベラーページ

コタ(Kota)1号さんのクチコミ(44ページ)全1,728件

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  • 天下の「福臨門」、でも有名なのは「ワンチャイ」の方。チムは全然ダメですわ(チムサーチョイ/九龍/香港)

    投稿日 2020年06月07日

    福臨門魚翅海鮮酒家 (尖沙咀店) 香港

    総合評価:2.0

    (....古い情報ですいません。私が香港に駐在していた2006-2011年の頃です。2020年現在、新型コロナの流行、旅行もできず...どころか、家からも出れないので、暇で暇で仕方なく、どうしようもないので、昔の情報を書き起こしています....)

    ----------------------------

    「福臨門」は、香港人や香港に駐在している者にとっては、昔から非常に有名なお店で、値段は高いけど 食材は最高だ!と一世を風靡した事のある店です。

    最近はたくさん店ができて来たので 余り名前が通らなくなって来ましたが、古い時代の香港を知っている方に この店の名前を出すと「おおおっ...」と未だに感嘆されます。

    ただしこの有名な「福臨門はワンチャイ」の方です。

    「チムの福臨門」は、この支店ではありますが、サービス最低、予約を無視する、料理も大衆食堂的といえますので、気をつけてください。

    是非ワンチャイ本店に参りましょう~

    旅行時期
    2011年02月
    利用した際の同行者
    社員・団体旅行
    一人当たり予算
    7,000円未満
    アクセス:
    5.0
    コストパフォーマンス:
    2.0
    サービス:
    3.0
    雰囲気:
    2.0
    料理・味:
    2.0

  • 部屋良し、ちょっと値段が高い時期もあるけど、ファシリティに拘るならば、ここはお勧め~(フロリッパ/サンタカタリーナ州/ブラジル)

    投稿日 2020年06月06日

    ノボテル フロリアノポリス フロリアノポリス

    総合評価:4.5

    ブラジルは、南半球なので、北に行くほど暑く、アフリカ系ブラジル人が増えてきます。南は、ドイツ系、イタリア系の白人が多い場所が増えてきます。どちらがいいか悪いかは言い切れませんが、所得格差は、一般的に、南高北低....この言い方が正しいかどうかわかりませんが....

    で、このフロリアノポリス(通称:フロリッパ)という場所は、サンパウロより南部のサンタカタリーナ州(SC)という白人系が多い場所となります。

    少し裕福な若者やお年寄りが集まる場所です(お金持ちは今やリオデジャネイロなんぞには行きません...)。

    さて、このフロリッパに行った際に、ここに泊まりました。

    世界中どこでも目立たないノボテル(フランス資本ACCORグループの気持ち..上級版)ですが、ここも場所が最高な割りには、こじんまりと静かに佇むホテルです。4~5つ星なんです。

    私が宿泊した時期は値段が16000円前後もしました。落ち着いていて綺麗で品格があり、非常に良いホテルです。窓から海が見えます。

    値段を気にしない方、カップルで宿泊する方、ご夫婦でリッチに休日を過ごしたい方は是非お勧めします。

    旅行時期
    2013年04月
    利用目的
    観光
    利用した際の同行者
    友人
    1人1泊予算
    15,000円 未満
    コストパフォーマンス:
    3.0
    サービス:
    3.0
    バスルーム:
    4.5
    ロケーション:
    4.5
    客室:
    4.5

  • ブラジルで、メキシカン料理でもいかが?意外とブラジルには少ない「メキシコ料理」(フロリッパ/サンタカタリーナ州/ブラジル)

    投稿日 2020年06月06日

    ガカモレ (フロリアノーポリス店) フロリアノポリス

    総合評価:4.0

    ブラジルは、南半球なので、北に行くほど暑く、アフリカ系ブラジル人が増えてきます。南は、ドイツ系、イタリア系の白人が多い場所が増えてきます。どちらがいいか悪いかは言い切れませんが、所得格差は、一般的に、南高北低....この言い方が正しいかどうかわかりませんが....

    で、このフロリアノポリス(通称:フロリッパ)という場所は、サンパウロより南部のサンタカタリーナ州(SC)という白人系が多い場所となります。

    少し裕福な若者やお年寄りが集まる場所です(お金持ちは今やリオデジャネイロなんぞには行きません...)。

    このお店は、フロリアノポリス(フロリッパ)の海岸線沿いにあります。ノボテルホテルの真横に位置します。

    海岸線でも、ず~っとレストランが続いているわけではないので、疲れ果てた我々は宿泊ホテルに一番近いレストランで妥協しました。ただ、中に入ると、店構えは非常に良く素敵なレストランでした。

    ブラジル人は夕食の時間が遅いので、20:30ぐらいから段々人が増えてきて、21:00には超満員です。

    お決まりの楽器を抱えたメキシコ人歌手一行(正式には何というのでしょうか?)が色々な歌を歌ってくれます。

    日本人と見ただけで「スバル」とかを歌われ始めると嫌なので、ジプシーキングスの曲をリクエスト。

    見事に歌いこなしていました。

    お勧めです。

    ※ちなみに、ブラジル人は「辛いもの」が苦手です~

    旅行時期
    2013年05月
    利用した際の同行者
    友人
    一人当たり予算
    3,000円未満 
    利用形態
    ディナー
    アクセス:
    4.0
    コストパフォーマンス:
    3.0
    サービス:
    4.0
    雰囲気:
    4.0
    料理・味:
    4.0

  • ちょっとだけ古いけど、場所は最高!海は前、モールの真ん前!多分、この地で一番いいと言われるホテルでしょうかぁ...(フロリッパ/サンタカタリーナ州/ブラジル)

    投稿日 2020年06月06日

    Majestic Palace Hotel フロリアノポリス

    総合評価:4.5

    ブラジルは、南半球なので、北に行くほど暑く、アフリカ系ブラジル人が増えてきます。南は、ドイツ系、イタリア系の白人が多い場所が増えてきます。どちらがいいか悪いかは言い切れませんが、所得格差は、一般的に、南高北低....この言い方が正しいかどうかわかりませんが....

    で、このフロリアノポリス(通称:フロリッパ)という場所は、サンパウロより南部のサンタカタリーナ州(SC)という白人系が多い場所となります。

    少し裕福な若者やお年寄りが集まる場所です(お金持ちは今やリオデジャネイロなんぞには行きません...)。

    さて、このフロリッパに行った際に、ここに泊まりました。

    世界中に「マジェスティック(「威厳のある・荘厳な・堂々とした・雄大な」という意味」の名を冠したホテルなんぞがありますが、このホテルはここフロリアノポリスのマジェ...でございます。

    多分、この街で一番、有名なホテルなのかもしれません。ビジネスで会社にお願いしたらここを予約してくれました。

    ホールが多いホテルらしく、1階で展示会やイベントが良く開かれている様で人の出入りが多いホテルかと思われます。

    部屋もレストランもロビーも可もなく不可もなく。

    ロケーションは、海のまん前、しかも徒歩3分内で大きなモールやレストランの多い地域に行けますので、便利な場所である事は間違いありません。

    ちょっと高買ったですが....

    旅行時期
    2012年11月
    利用目的
    観光
    利用した際の同行者
    一人旅
    1人1泊予算
    15,000円 未満
    コストパフォーマンス:
    3.0
    サービス:
    3.0
    バスルーム:
    4.0
    ロケーション:
    5.0
    客室:
    4.5

  • 「1989」大変古い話で申し訳ないのですが...私の乗ったビーマンは...なんと!!「==自由席==」でした!!(ビーマン/バングラディッシュ航空)

    投稿日 2020年06月06日

    ビーマンバングラディシュ航空 アジア

    総合評価:1.0

    (....古い情報ですいません。私が1988-1989年にユーレイルパスでヨーロッパを周っていた頃の話です。2020年現在、新型コロナの流行、旅行もできず…どころか、家からも出れないので、暇で暇で仕方なく、どうしようもないので、昔の情報を書き起こしています…)

    ―――――――――――――――――――――――
    1989年2月15日に、ギリシャードバイ(アラブ首長国連邦)ーボンベイ(インド)ーダッカ(バングラディッシュ)ーバンコク(タイ)のヨーロッパからアジアまでのフライトで「ビーマンエア(バングラディシュ航空)」に初めて乗りました。

    バ…バングラディッシュ~!?

    当時から世界最貧国の称号を掲げていたこの国。その国のナショナルフラッグに乗ったんです。

    だって…とても安かったんです~。

    一番印象的なのは、登場したら…男ばっかの白装束の乗客の山…しかも、自分の搭乗券に書いてある座席に行くと、むさっ苦しい白い装束のオヤジが座っているではあ~りませんか…。

    ● 俺:「おい、そこ俺の席やでぇ~」

    ●(俺の席を占領している)オヤジ:「早い者勝ちだ、あっちいけ~」

    ●俺:「お、おい!?、スチュワーデスぅぅぅぅ~(狩野英孝風に)」

    ●スッチー:「あ、この飛行機、自由席だから、空いているところに座ってねぇ~」

    ●俺:「…な、なぬぅ===!?」

    私が(チケットに席番が書いてあるにも関わらず)自由席という国際線の飛行機に乗ったのは、後にも先にも、この時がだけです…。

    あと、私の座った席は、運悪くシートが壊れており、ずぅ~っとフライトの間「リクライニングしたまんま」でした…

    ドバイでは空港ターミナルで下りましたが、ダッカのターミナルでは、蚊に刺されないか、ドキドキした。

    今でこそバングラも日本駐在員がたくさんいる様ですが、デング熱、サイクロン、暴動、テロetc と相変わらず騒がしい様ですが...

    全くもって、ご苦労なことです…

    旅行時期
    1989年02月
    利用した際の同行者
    一人旅
    航空券の価格
    50,000円未満
    直行便
    経由便
    コストパフォーマンス:
    4.0
    接客対応:
    2.0
    機内食・ドリンク:
    1.0
    エンタメ(映画・音楽など)設備:
    1.0
    座席・機内設備:
    1.0

  • 『1989』古い話ですいませんが...敷居が高いこの街ですが...念の為に、ここだけは覗いておきましょう~(ザッハトルテを食べる!/ウィーン/オーストリア)

    投稿日 2020年06月05日

    カフェ ザッハー ウィーン

    総合評価:4.0

    (....古い情報ですいません。私が1988-1989年にユーレイルパスでヨーロッパを周っていた頃の話です。2020年現在、新型コロナの流行、旅行もできず…どころか、家からも出れないので、暇で暇で仕方なく、どうしようもないので、昔の情報を書き起こしています…)

    ―――――――――――――――――――――――
    1989年1月29日に、私はオーストリアのウィーンに足を伸ばしました。

    まあ、当時から、こういう敷居が高い国、街は、本当にささっと通り過ぎるだけなのですが、流石にそんな私でも、あの有名な「ザッハトルテ」は覗きに行きました。

    あのウィーンで有名な「ザッハートルテ」は、(以下、wikiより)「…1832年にフランツ・ザッハーによって作られました…その息子であるエドワード・ザッハーが1876年に同じ名前の高級ホテルをオープンさせた…」。そのホテルは『オペラ座』のすぐ隣と言う事で、名高い音楽家たちや有名歌手や指揮者などがかなり利用したそうです。

    その中にある「ザッハーカフェ」で「ザッハートルテ」を食べることができます。

    俗にいう「ガトーショコラ=チョコレートを生地に混ぜ込んだケーキ=」とは微妙に異なり、「ザッハトルテは、(杏子)ジャム入りチョコレートでコーティング+生クリーム」で食べます。

    まあ、グランドピアノみたいな重厚な見た目とは異なり、意外にさっぱり系だった記憶があります(もう30年前の話ですが...)。

    このザッハトルテは、二ヶ所で食べることができ、オリジナルは「ホテル・ザッハのザッハトルテ」。分家(というか裁判沙汰でこうなった)はウィーン王室ご用達の洋菓子店「デメル」が作る「デメルのザッハトルテ」がある様です。

    オリジナルはジャムを内部にも挟むのに対し、デメルのザッハトルテは表面に塗るのみ、という違いがあるそうです。

    まずは、取り敢えず、このホテルの元祖:ザッハトルテを食べて見ましょう~。

    それ以外では、やっぱり「ウィンナーコーヒー=現地ではそういう呼称はありませんが…笑」と呼ばれるほど有名なこの国のエスプレッソベースの各種コーヒー。

    これは(以下wikiより)「...17世紀にウィーンがオスマントルコ軍の攻囲を受けた際、潰走したトルコ兵の置土産であった(アフリカから渡っていたイスラム教の独自の飲み物であった)コーヒー豆を見つけたことが、ウィーンでのコーヒー文化の発祥...」なんだそう…

    小さな水と共にレトロな小盆にのせられて出てくるコーヒーも忘れずに注文しましょう~!

    旅行時期
    1989年01月
    利用した際の同行者
    一人旅
    一人当たり予算
    2,000円未満
    利用形態
    その他
    アクセス:
    4.0
    コストパフォーマンス:
    4.0
    サービス:
    4.0
    店員によりけり。人数が少なくお疲れ気味。
    雰囲気:
    4.0
    空いている時間ならば。
    料理・味:
    4.0
    意外とさっぱり。

  • 店構えがお城の様でいかにも日本料理屋さんといった感じの息の長~いお寿司屋さんです(すしキヨ/トゥトイア通り/パライゾ地区/サンパウロ/ブラジル)

    投稿日 2020年06月05日

    寿司清 サンパウロ

    総合評価:3.5

    サンパウロの大動脈、「パウリスタ大通り」から「イビラプエラ公園」側に向かって、急勾配の「マヌエル・ダ・ノブレガ通り」の坂を5分も下り切った所の「トトイヤ通り」というフラットな道を左に行ったところにあります。

    この一角は、日本人も含めて、外国人の多い住居となります。

    このレストランは、「はは~ん、日本人がこの辺多いんだなぁ~」と思わせる雰囲気の店構えです。

    日本人学校のバスが泊まる為、家族連れの駐在員が多い場所とも言えます。

    このお店は、完全に日系のご家族によって経営されていますが、店の雰囲気は日本の居酒屋風。料理長も日本のレストランで修行されているのか、しっかりした料理をだしてくれます。

    もう二十年以上も同じ場所で経営されておるようで、嘗て大繁盛した時代もありそうです。

    おかみも日本語ができるので全く問題なく、違和感なく、お食事ができると思います。

    パウリスタから少しだけ離れた事もあり、混雑することはあまりありませんので、人ごみを避けゆっくりと落ち着きたい方はお勧めです。

    旅行時期
    2020年06月
    利用した際の同行者
    一人旅
    一人当たり予算
    3,000円未満 
    利用形態
    ディナー
    アクセス:
    4.0
    コストパフォーマンス:
    3.0
    サービス:
    4.0
    雰囲気:
    4.0
    料理・味:
    4.0

  • 2013年当時は、できたばかりのピカピカのビジネスホテルでした(サルバドール/バイーア州/ブラジル)

    投稿日 2020年06月05日

    Intercity Premium Salvador サルバドール

    総合評価:4.0

    2012年10月にブラジルのアフリカと呼ばれるバイーア州の州都:サルバドールに行った際に、旅行者が予約してくれたホテルです。

    当時は、まだできたばかりで、ピカピカでしたので、タクシーや地元の人も良く知らないホテルですしたが、

    大通りに面していて、5分ほど歩くと、大きなショッピングモールもあります。新興オフィス街にあるホテルと言えるかも。

    海からは遠いのでタクシーに乗る必要はありますが、ホテル自体は悪くはない、という印象です。

    アパート・事務所が入っているので、サービスアパートメント式のホテルですが、古い建物、古いホテルが多い中、ここはできたばかりなので綺麗で気持ちがいいホテルでした。

    値段も十分リーズナブルであると感じました。

    旅行時期
    2013年10月
    利用した際の同行者
    友人
    1人1泊予算
    7,500円 未満
    コストパフォーマンス:
    4.0
    サービス:
    4.0
    バスルーム:
    4.0
    ロケーション:
    2.5
    場所が観光地から少し離れているので移動にはタクシーで。
    客室:
    4.0

  • 『1989』す~っごく大昔のお話ですが... 笑(元々、素敵なユースホテルでした。今はどうだか知らんけど~/ストックホルム/スウェーデン)

    投稿日 2020年06月04日

    ホテル シンケンスダム ストックホルム

    総合評価:4.0

    (....古い情報ですいません。私が1988-1989年にユーレイルパスでヨーロッパを周っていた頃の話です。2020年現在、新型コロナの流行、旅行もできず…どころか、家からも出れないので、暇で暇で仕方なく、どうしようもないので、昔の情報を書き起こしています…)

    ―――――――――――――――――――――――

    今は、コロナに対する独自路線で(良い悪いは未だわかりませんが)世界の注目を集めていますが(人口がそうでなくても少ない国でこんなバタバタ人が死んでいるというのは由々しき問題かもしれませんね)、

    そのニュースを観ていて1989年1月1日に私はスウェーデンの首都ストックホルムにいたのを思い出しました。

    その際に宿泊したホテルです。当時は、「ユースホステル」Zinkenという名称でしたが(今は名前が違っている)、住所が同じなので多分ここなんでしょう。ともかく、綺麗でしっかりした作り、YHというよりも きちっとしたホテルという印象でしたね。

    で、ホテルの印象はここまで…

    さて、スウェーデン、ストックホルムの印象ですが、なんか殆ど記憶に残っていないんです。なんかしっかりした建物が多く、良い国なんだろうな~という程度。

    なぜか…まあ、寒い国の冬に行ってしまった事(寒くて暗い)、ここに着く前に通過した、デンマークやノルウェイでもう北欧がわかってしまった(デンマークで酔っ払いに絡まれ酷い目にあった等)があるのではないかと…

    でも、今やスウェーデンといえば、今や「ボルボ」に「エリクソン」「イケア」「H&M」「スポティファイ」「ボルグ(テニス)」に「アニカソレンスタム(ゴルフ)」に…etc…たった人口が950万人しかいない国で、今でこそ有名な人や物がたくさんありますが...

    私の時代は、『スウェーデンといえば「Free SE●」の国』...もうドキドキしながらスウェーデン人に接したものです…苦笑)。

    今でこそ、その意味は「男女差別なし」という意味である事は一目瞭然ですが、いまほど(日本という国、世の中全体が)外国の情報も知識、英語の精通度もなく、

    その言葉の誤訳(まあ、直訳というか、ど真ん中訳、Free S●X=誰とでもかれとでもHする...グフッ...)に、国中のスケベ親父達が想像力を掻き立てらた時代です 苦笑)。

    まあ、本当にスウェーデンには失礼な話ですが…。

    まあ、「トルコ風呂」なんかと同じレベルの話ですかねぇ…。

    旅行時期
    1989年01月
    利用目的
    観光
    利用した際の同行者
    一人旅
    1人1泊予算
    7,500円 未満
    コストパフォーマンス:
    4.0
    物価の高い北欧ですからこれは破格では
    サービス:
    4.0
    部屋にいた時に感じのええご夫人が掃除にきた記憶が...
    バスルーム:
    4.0
    ロケーション:
    4.0
    客室:
    4.0

  • 『1989』ドイツのノイシュバンシュタイン城からスイスに入る際に利用した列車は...これではないかもね?(ドイツからスイスを抜けてフランスのパリに向かう旅)

    投稿日 2020年06月04日

    ユーロナイト (国際夜行特急) チューリッヒ

    総合評価:3.0

    ....古い情報ですいません。私が1988-1989年にユーレイルパスでヨーロッパを周っていた頃の話です。2020年現在、新型コロナの流行、旅行もできず…どころか、家からも出れないので、暇で暇で仕方なく、どうしようもないので、昔の情報を書き起こしています…)

    ―――――――――――――――――――――――
    1989年1月11日-13日に掛けて、チューリッヒ、ジュネーブを横断しフランスに抜けれる列車旅行です(多分、私の乗った列車はもう廃止されてしまった気がします)。

    ロマンチック街道にフュッセンという場所があります。ここには、あのディズニーランドのお城のモデルになった(のではないか?)と言われている「ノイシュバンシュタイン城」があり、必見の場所なんです。

    ここからスイス(チューリヒ→ジュネーブ)を経て、フランスに抜ける時に列車を利用して、このルートを通り抜けました。



    このスイスを越える列車は3000m級の連峰を眺めながら(アルプスを越えて)走るという素敵な車窓が楽しめます(と言っても、私はもう殆ど覚えていませんが)....。

    スイスといえば、当時は、世界一信用のある国で、いい奴・悪い奴区別せず、蓄財は必ずスイスの個人銀行にと言われたものです。なので、自分のプライベートバンクを管理する為に、世界中の裕福層がこぞってこの国(の銀行)を目指した時代がありました。

    現在は、米国を中心にマネロン管理が厳しくなり、資産の透明化が叫ばれ、その勢いで、スイスという国の特徴が全く薄れてしまい、ほとんど目立たなくなってしまいました(まあ、こっそり大金持ち向けには今も蠢いているのでしょうが)。

    私のこの国のイメージは、ニュージランドで英語学校に行っていた時に知り合ったスイス人。彼は一緒に映画に行っても映画の内容がつまらないと勝手に一人で途中で帰っちゃう様な奴、当時、私がまだ外国人に慣れていない頃、お前なぁ~、ええ加減にせぇよぉ~とか思ったものです。

    さて、両都市(チューリッヒ、ジュネーブ)でも下車して、宿泊しましたが…まあ、山と雪とスキーとかが好きじゃなきゃ、な~んも面白い国じゃねぇな…と今でも思っています…

    今、ブラジルに住んでいる私ですが、(コロナ前は)スイスの飛行機でスイス経由で帰るルートもあったのですが、飛行機は小さくてボロい...という噂だったので、決して乗る気になりませんでした…(あくまで個人的な感想ですので、誤解なき様)


    以上

    旅行時期
    1989年01月
    利用目的
    中・長遠距離
    コストパフォーマンス:
    4.5
    利便性:
    3.0

  • この市場で...なぜか...「プリン」...を食べる 笑)(タンディン市場Cho Tan Dinh/ホーチミン/ベトナム)

    投稿日 2020年06月03日

    タンディン市場 ホーチミン

    総合評価:3.0

    昨年末に22年ぶりに訪問したホーチミンで、XOツアーという「ホンダに乗ったアオザイの可愛いお姐さんとニケツ」するドキドキするツアーにおっさん二人で申し込見ました。

    その際にツアーの行き先に含まれておりました。

    最初は、なんでこんなマイナーな市場に連れて来られたのかさっぱりわかりませんでしたが、彼女たちに連れられたところは、「プリン屋さん」…。

    牛乳で作りたての美味しいプリンを食べさせてくれるお店なんだそうです。

    女の子たちのセレクトのようでカワイイ…みたいな…。

    でも、胡散臭いおじさん二人でプリンを食べるって…。

    なんだか、変な感じぃ…。

    でも、いい思い出にはなりました... 苦笑)。

    旅行時期
    2019年12月
    利用した際の同行者
    友人
    アクセス:
    3.0
    バイクで行きました
    サービス:
    3.0
    観光化されていない感じ
    品揃え:
    4.0
    地元の胃袋という感じ

  • ミナスジェライス州の州都で、市民の台所を覗いて見る~(ベロオリゾンテ/ミナスジェライス州/ブラジル)

    投稿日 2020年06月03日

    中央市場 ベロ・オリゾンチ

    総合評価:4.0

    ベロ・ホリゾンテという街はミナスジェライス州の州都。人口250万人全国第四位の都市であり、ブラジルでは非常に大きな都市のひとつです。

    ミナスジェライスはかつて(17世紀)は金採掘で有名でゴールドラッシュで沸いた州です。山師が全国から集まり、絶頂の時代があったのでしょう。

    ただし、世界中にあるこの手の街は、その後の廃れ方が激しく、ベロ・ホリゾンテも名前が有名な割には 今や静かで落ち着いた街となっています。

    特に何か特徴のある観光都市と言うわけでもなく、オウロプレットという観光古都(1897年までの州都)までの中継点として通過する程度の街です。

    そんな街にあってここは一見しましょう、というスポットがこの「メルカード(中央市場)」です。

    大都市のメルカードに比べますと非常にコンパクトですが、中に入ると山のように詰れた食品・商品・犬・鳥ごっちゃの様相は何かワクワクします。

    市場というと中国にあるような無茶苦茶汚い市場を想像しますが、ここは清潔な感じできれい好きなブラジル人の国民気質を感じさせてくれます。

    まあ、市民の台所と言った感じなので、朝早い時間からOPENしています。

    1時間ほど掛けゆっくり見てくだされ。

    旅行時期
    2013年07月
    利用した際の同行者
    友人
    アクセス:
    4.5
    お買い得度:
    3.0
    サービス:
    4.0
    品揃え:
    4.0

  • ゴールドラッシュに沸いた...宴のあと...ゴールド採掘現場跡(オウロプレト/ミナスジェライス州/ブラジル)

    投稿日 2020年06月03日

    ミナス ダ パサージェン オーロ・プレット

    総合評価:4.0

    ブラジルのゴールドラッシュ時代に、世界中のガリンペイロがこの地に集まり、黄金を掘りまくったというブラジルのエルドラドが、ミナスジェライス州のベロホリゾンテから少し行った場所にある「オウロ・プレット」という街。

    ブラジルに来た観光客やら赴任者たちが、必ずここにやってくると言われるような観光地です。まあ、大昔に栄えたという栄華の後のみなので、実のところ、特にな~んにも無いというのが...その実像なのですが...笑)

    そんな、古都オーロプレット(黒い金)は80年にユネスコの世界遺産に登録されています。約300年前に建てられたこの街は、ミナスジェライス州の州都でもあった街です。

    この場所はそんな街から少し離れた場所にあります。

    ちょっとアクセスが悪く、車で行く必要があります。行った先はただの空き地?....ここが観光地?という雰囲気の寂しい場所でした...苦笑)

    展示してあるものも錆び錆び...なんせ、黄金の採掘現場です。

    ...あんまり見る価値ないなぁぁ...と思いながら進んでいくと、これまたボロボロ...これ乗って本当に大丈夫かよぉぉぉ...というトロッコに乗せられます。

    しかし、このトロッコに乗って地下の奥深く掘られた洞窟に下りていくと.....上にいた時には想像もつかないほど大きな洞穴ワールドが広がっています。地上の外の超うらぶれた、シャビイな雰囲気だっただけに、驚きひとしきり。

    昔ここに黄金を求めて多くの山師達(ガリンペイロ)が集まり、この地下に広がる巨大な穴を掘り続けた欲望のすごさを感じずにはいられません。

    砂を水で流して、どうやって砂金を見つけるのか、の実演もしてもらえます。

    オーロプレットとセットでどうぞ。

    旅行時期
    2013年05月
    利用した際の同行者
    友人
    観光の所要時間
    半日
    アクセス:
    3.0
    コストパフォーマンス:
    3.0
    人混みの少なさ:
    4.0
    展示内容:
    4.0

  • 空港まで、故障、故障の連続で...えらい目に会いました(カイロのボロバス/カイロ/エジプト)

    投稿日 2020年06月02日

    バス カイロ

    総合評価:2.0

    (....古い情報ですいません。私が1988-1989年にユーレイルパスでヨーロッパを周っていた頃の話です。2020年現在、新型コロナの流行、旅行もできず…どころか、家からも出れないので、暇で暇で仕方なく、どうしようもないので、昔の情報を書き起こしています…)

    ―――――――――――――――――――――――

    1989年2月12-14日に掛けて、エジプトのカイロに到着。

    ユーレイルパスでヨーロッパを2ヶ月掛けて周り、最後は、当時ギリシャがヨーロッパでチケットが安いと聞いていたので、アテネからアジアまでのエアチケットを購入しました(アテネードバイーボンベイーダッカーバンコクまでのビーマンエアのチケット買い)。

    少し時間(数日)あったので、エジプトまで足を伸ばす事にしました。

    エジプトは、飛行機に乗るまでのセキュリティーが超厳しい(二回もあった)、飛行機がむちゃくちゃ揺れて、飯が食えなかった、パピルス絵を何枚も買っちまった、スフィンクス、ピラミッドを見た、ピラミッドが意外に街中にある等…色々と驚く事はありましたが、今でも一番印象に残っているのは、「公営バス」ですかねぇ…

    空港からホテルは、やっぱ初めての国で怖かったので、飛行機で知り合った他の日本人と相乗りしたんですが、帰りは、ちょっとだけ慣れたので、バックパックを背負いながら、一人で公営バスで空港へ向かいました。

    その途中、突然道端でバスがガス欠で停止。全く動かなくなり、同乗していた乗客たちがゾロゾロ波を打って降り始めしました。

    雰囲気的に壊れたから他のバスに乗れ!いう事だと理解するものの、どのバスが空港まで行くのか?そもそもここは一体どこ?という状態です。

    勘弁してくれよ~、フライト時間に間に合わねぇじゃんかよぉ~。

    さっぱり右も左もわからないまま人の流れに続くと、またバスがやって来ました。

    それに飛び乗りしばらく行くと…再びそのバスも故障…また乗り換え…その後、気がついたらなんとか空港に辿り着いていました…

    その時は、土地勘も無く、英語もそれほどできる訳でも無く、バスの文字も読めず、近くのエジプト人にシャウトしながら、よく時間通り到着できたものだ…と今考えると...思います(若いって素敵な事ですね...)。

    それ以来でしょうか、私という人間は「まあ、なんとかなるわい」と、安穏で全く根拠のない自信を持つ、本当にいい加減な奴になってしまいましたとさ…


    PS)
    英語で、理解できない事をエジプトに例える表現がありますが、確かに...「エジプト、訳が分かんねぇ..」みたいな...

    旅行時期
    1989年02月
    利用目的
    市内・近距離
    コストパフォーマンス:
    4.0
    利便性:
    1.0

  • で、でかいぞ~!このモニュメント。大航海時代の残影、この小さな国も嘗て世界に名を轟かせた時代がある事を...唯一感じさせる...勢いのある石像(リスボン/ポルトガル)

    投稿日 2020年06月02日

    発見のモニュメント リスボン

    総合評価:4.5

    (....古い情報ですいません。私が1988-1989年にユーレイルパスでヨーロッパを周っていた頃の話です。2020年現在、新型コロナの流行、旅行もできず…どころか、家からも出れないので、暇で暇で仕方なく、どうしようもないので、昔の情報を書き起こしています…)

    ―――――――――――――――――――――――

    私は学生時代、各ヨーロッパ諸国を旅しながら、1989年1月9日にポルトガルはリスボンに到達しました。

    ただ、この時の私のリスボンの印象は、埃に塗れた、ボロボロの街。かなり時間を掛けて歩き回りましたが、なんだかいるのは老人ばかり…この国は終わっている…と思ったものです。

    このテージョ川岬にそびえ立つ非常にでけぇ記念碑は「発見のモニュメント(Padrao dos Descobrimentos)ー大航海時代を記念した記念碑ー」と呼ばれます。

    ポルトガルは、他の国に比べて、比較的温暖で暖かいというイメージでした。

    ここに辿り着いた時、当時は真冬なのに本当に太陽燦々、ポカポカで、寒い寒いヨーロッパの各国を震えながら旅していた我が身には生き返った気がしたもんです。

    さて、この発見のモニュメントにはエンリケ「航海」王子をはじめ、大航海時代に活躍した33名のポルトガルの偉人たちの像が飾られている...そーです。

    まあ、いろいろな人の像がありますが、この中で重要、いや有名なのは....

    ● 「ヴァスコ・ダ・ガマ」 - インド航路発見者(歴史の教科書にいましたね)
    ● 「ペドロ・アルヴァレス・カブラル」 - ブラジル発見者(ブラジルでは超有名人)
    ● 「フランシスコ・ザビエル」 - 日本へ1549年にキリスト教を伝道した宣教師(ご存知、ザビ禿げです)

    ぐらいでしょうか?日本人的には。

    私は学生時代に、バックパッカーをしながらこの地を訪れ、

    その後、仕事を始めてからは、偶然にも香港に赴任している際に、隣の「マカオ」でポルトガルの足跡を実感し(マカオって、ポルトガル語を喋る方は皆無ですが、標識が中国語とポルトガル語だけなんですよぉ)、また、その後 偶然にも現在、元ポルトガルの植民地「ブラジル」に住んでいる為....

    ...有る日突然、私の人生に入り込んで来た、この今やちっぽけで、その存在を殆ど忘れられている「ポルトガル」という国。

    今でも世界中にたくさんの足跡が残っているのに...本国はちょっと...しょんぼり。

    で、このモニュメントだけが、「大航海時代の栄華」を感じさせてくれる唯一の建造物でした....


    PS)
    南米では、スペイン語圏とポルトガル語圏が有る訳ですが...「スペイン人は略奪と殺戮を繰り返し、その土地をぶんどった」、ただ「ポルトガル人は現地の方々にどんどん交わって、まぐわって、一緒になっちゃった」...という方針の違いから、その後の植民地のあり方が全然違ったと言われています...やっぱ、この国いい国かも...笑)

    旅行時期
    1989年01月
    利用した際の同行者
    一人旅
    観光の所要時間
    1-2時間
    アクセス:
    4.0
    人混みの少なさ:
    3.0
    展示内容:
    5.0

  • 1989年元旦、めちゃ寒くて、ホテルに引籠もっていた当時、それでもここだけは脳裏に残っているぐらいのランドマーク..かな(ストックホルム/スウェーデン)

    投稿日 2020年06月01日

    ストックホルム市庁舎 ストックホルム

    総合評価:5.0

    (....古い情報ですいません。私が1988-1989年にユーレイルパスでヨーロッパを周っていた頃の話です。2020年現在、新型コロナの流行、旅行もできず…どころか、家からも出れないので、暇で暇で仕方なく、どうしようもないので、昔の情報を書き起こしています…)

    ―――――――――――――――――――――――

    現在、コロナで独自路線を貫き、世界の注目を集めているスウェーデン。

    さて、私のスウェーデンの思い出ですが、残念ながら、なんだか…殆ど記憶に残っていないんです。

    なんかしっかりした建物が多く、良い国なんだろうな~という程度。

    なぜか…まあ、寒い国の冬に行ってしまった事(寒くて暗い)、ここに着く前に通過したデンマークやノルウェイでもう北欧がわかってしまった(デンマークで酔っ払いに絡まれ酷い目にあった等)があるのではないかと…

    そんな中で、「ストックホルム市庁舎」は相当目立っていました。

    後で知ったのですが、あの毎年、ノーベルさんの命日12月10日に開催されるノーベル賞の受賞祝賀晩餐会が行われる場所なんだそうですね。当時は、知りませんでしたし、興味もありませんでした....

    以下、wikiより
    当国の建築家:ラグナル・オストベリとかいう人によるものだそーです。20世紀初頭に建設された比較的新しい建物なんですと。

    水の都と称される美しいストックホルムのランドマーク的な存在で市議会の議場を見学することができます(でも、ツアーじゃないと否)。

    なんと中に教会もあり、誰でも結婚式をあげる事ができるとか。お土産屋もあって晩餐会に実際に使われている食器を購入することができるとか。ほぉ~

    市庁舎の塔は、宮崎駿「魔女の宅急便」のモデルとなったガムラスタンを一望できる絶景スポット…らしいです。

    まあ、1989年1月1日の私のスウェーデンの思い出は…

    やっぱ、どんな良い国と言われていようと、俺は、寒いところは、ちょっと無理やな…という印象ですた。

    旅行時期
    1989年01月
    利用した際の同行者
    一人旅
    観光の所要時間
    1日
    アクセス:
    5.0
    コストパフォーマンス:
    3.0
    物価はともかく、なんでも高けぇぞ~~!
    人混みの少なさ:
    5.0
    展示内容:
    5.0

  • 場所はかなりディープ(マカオの旧 遊郭通りにあるの)ですが、お店は接待用でしっかりしています(福隆新街/マカオ)

    投稿日 2020年06月01日

    佛笑樓 マカオ

    総合評価:4.0

    (....古い情報ですいません。私が香港に駐在していた2006-2011年の頃です。2020年現在、新型コロナの流行、旅行もできず…どころか、家からも出れないので、暇で暇で仕方なく、どうしようもないので、昔の情報を書き起こしています....)

    香港にいる際に、そのお気軽さから、マカオには、一週間に一度は行っていました。

    香港にいると、香港料理の油にやられてしまうので、マカオ料理(ポルトガル料理)を食べに行っていました。マカオ料理は、素朴で全く香港料理とは違い、胃に優しいんです。

    さてこのお店は、全部でマカオに3店舗あるようですが、福隆新街という元遊郭の通りにある店が最もポピュラーです。セナド広場からすぐの裏手にございます。

    ただ...ここは儲かりすぎたせいなのか、料理が余りにも上品になりすぎていて、マカオ料理というよりも、中華料理とミックスされてしまった感じです...なので、接待用にはすごく良いんです。

    裏手にあるため、また店が3階建てなので、いつ行っても予約なしで入れます。

    実際に、ゆっくり落ち着きたい方やお客様接待に良く使われているようで、ビジネスマンの団体一行さんと思われる方がよく利用していました。

    旅行時期
    2011年01月
    利用した際の同行者
    社員・団体旅行
    一人当たり予算
    10,000円未満
    利用形態
    ディナー
    アクセス:
    3.0
    コストパフォーマンス:
    2.5
    サービス:
    3.0
    雰囲気:
    4.0
    料理・味:
    3.5

  • その昔、ゴールドラッシュに沸いた街、今その面影もないけど...(オウロプレト/ブラジル)

    投稿日 2020年06月01日

    チラデンチス広場 オーロ・プレット

    総合評価:3.0

    ブラジルのゴールドラッシュ時代に、世界中のガリンペイロがこの地に集まり、黄金を掘りまくったというブラジルのエルドラドが、ミナスジェライス州のベロホリゾンテから少し行った場所にある「オウロ・プレット」という街。

    ブラジルに来た観光客やら赴任者たちが、必ずここにやってくると言われるような観光地です。まあ、大昔に栄えたという栄華の後のみなので、実のところ、特にな~んにも無いというのが...その実像なのですが...笑)

    そんな、古都オーロプレット(黒い金)は80年にユネスコの世界遺産に登録されています。約300年前に建てられたこの街は、ミナスジェライス州の州都でもあった街です。

    この広場はそんな街の中心地でもあります。

    ただ本音を申せば、急な坂ばかりな上、削りだしで歩幅の違う石畳、おまけに人・観光客の往来のせいで 表面もツルツルで兎も角歩きづらい事この上ない街です。行かれる方は運動靴を忘れずに(カカトの高い靴とか、革靴じゃツルツルで本当に歩けませんぜ~)。

    こんな街には絶対住めねぇ..笑)と思いながら、街中を徘徊しましたが、狭い街ですので、半日で十分見つくせます。

    旅行時期
    2013年05月
    利用した際の同行者
    友人
    観光の所要時間
    半日
    アクセス:
    2.0

  • すいません。これは1989年当時の状況ですので...気にせんでくだされ... 笑)(ブカレスト/ルーマニア)

    投稿日 2020年06月01日

    インターコンチネンタル アテネ パレス ブカレスト バイ IHG ブカレスト

    総合評価:2.0

    (....古い情報ですいません。私が1988-1989年にユーレイルパスでヨーロッパを周っていた頃の話です。2020年現在、新型コロナの流行、旅行もできず…どころか、家からも出れないので、暇で暇で仕方なく、どうしようもないので、昔の情報を書き起こしています…)

    ―――――――――――――――――――――――

    大昔の思い出話となりますが、どうしても見たかった国の1つに、あの「ナディア・コマネチ」の国に行きたかったんですぅ~。

    当時は、旧ソ連の共産主義の配下、東欧色一派の国でした。

    オーストリアからハンガリーを通じ、ルーマニアに国際列車で入りました。

    ハンガリーの国境では、若い私服の警察官がドヤドヤ入ってきて、電車の中でパスポートを確認、その頃の日本のパスポートはめちゃくちゃ強かったので問題なかったのですが、同じコパーメントにいた(貧しい系)東欧の方のパスポートの確認はとかく厳しかった感じがします。

    さて、その「コマネチの国」の玄関口:ノルド駅は、重々しい重厚な雰囲気とは裏腹に、埃っぽく、乞食の様に汚れたボロを纏った人々や子供がたくさんいました。共産主義国家は、乞食がいないと思っていたので、びっくらしました。

    さて、ここに宿泊する予定も無く、余り時間が無かったので、一番有名なホテルまで足を伸ばしました。

    その当時、一番良いと言われていた「アテネパレスホテル(1937年設立)」まで偵察に。

    そこのバールで一杯飲みに行ったつもりだったのですが…そこに行って、目が点々…ボロボロのロビーに、ボロボロで埃っぽいバール...

    その中でタバコの煙(いや、埃でボワボワ~)でモクモクの中で、最悪の雰囲気でビールを一本飲みました。

    ああ、そんな環境の中で「白い妖精:コマネチ」の国の印象は...そんな最悪な結果で終わりましたとさ…。

    その直後の1989年12月にチャウシェスクが殺される様な政変が起こるとは想像だにしていませんでした。

    今はどうなったのかな…あの国…。

    このホテルは、2007年に改装されヒルトンになって、多少は良いホテルになっている模様です。

    旅行時期
    1989年02月
    利用目的
    観光
    利用した際の同行者
    一人旅
    ロケーション:
    2.0

  • ああ、懐かしい、サリパンパシフィック。ここは昔は日系ホテルでした。私はジャカルタ暴動の際にここに逃げ込みますた...(サリパン/ジャカルタ/インドネシア)

    投稿日 2020年05月30日

    サリ パシフィック ジャカルタ、オートグラフ コレクション ジャカルタ

    総合評価:3.5

    (...古い情報ですいません。私がインドネシアはジャカルタに駐在していた1992-2000年の頃です。2020年現在、新型コロナの流行、旅行もできず...どころか、家からも出れないので、暇で暇で仕方なく、どうしようもないので、昔の情報を書き起こしています...)

    -----------------------------------------

    少し昔 横のビルの名前が「スカイラインビル」と呼ばれていた頃、そのビルの中に日本人倶楽部があった頃(まだある?)、一階に大和プルダニア銀行がありました。

    で、その横にあるこのサリパンパシフィックは日本の資本が入った日本人はご用達のホテルでした。

    なので、中にある日本レストランも非常んいかんじの良いお店でした。

    今も昔も日本人が治安の意味でも、ショッピングとか利便性の意味でも、ここが最果てだと思います。スディルマンがタムリンに名前が変わる場所と言いますか、グランドハイアットや日本大使館を越えた場所と言いますか、(いかがわしい)コタ地区の入口と言いましょうか....

    これより北に行くと、ちと不便な事この上なくなるでしょうねぇ。

    ちなみに、1997年~98年のジャカルタ暴動の時、私はメンテン地区にある会社で働いていたので、このサリパンパシフィックに10日以上逃げ込み、ステイしていました。逃げ遅れてしまい他のホテルは既に満員だったからです。ここはデモや暴動の時は、(人が集まる)モナスが近いのでヤバイと言われていたので、戦車がホテルの目の前に2台留まり、外国人を守ってくれたんです。

    ああ、当時は、メッチャ怖かったけど、今は懐かしいぃぃ~。

    もう20年以上も前かぁぁ.....

    旅行時期
    1998年05月
    利用目的
    ビジネス
    利用した際の同行者
    社員・団体旅行
    1人1泊予算
    15,000円 未満
    コストパフォーマンス:
    3.0
    当時は、設備の割には値段が高かった気がします
    サービス:
    4.0
    バスルーム:
    3.0
    ロケーション:
    3.0
    ちょっと北過ぎかな...
    客室:
    3.0
    当時は古かったかなぁ...

コタ(Kota)1号さん

コタ(Kota)1号さん 写真

58国・地域渡航

20都道府県訪問

コタ(Kota)1号さんにとって旅行とは

海外にいると日本の良さがわかる.....。
でも..日本に長くいると....そんな日本が嫌いになる...。

それならば海外に身を置いてしまえば良いじゃん!と.....簡単に考え、即実行....アジア中心に活動していた筈が、とうとう地球の真裏(南米大陸)まで到達...そんな生活が、既に30年目....最近、ふっと物思いに耽る時間が多くなってきた....。思えば...遠くまで来たもんだ...。

世界を股にかけるなんて...とてもそんな格好の良いものではない....現実の世界では、ドロドロよ...ほんとに..そもそも自分本位な外国人たちは、日本人の言うことなんか聞かねぇし.....

「沈まぬ太陽(山崎豊子著)」の恩地氏は10年で異常な左遷人事といわれる日本社会の中で、一体、俺は何なんだ?!という状態....。

そろそろ「日本人」としての霊が身から幽体離脱中.....もう無理!日本へ戻っても適応できない.....。

自分を客観的にみた第一印象

昔はバックパッカーだったような記憶が....あの時は本当に楽しかったなぁ~。

でも大学を卒業する時、現実的な選択肢を選んだ結果......もう既に何十年も へろへろのサラリーマン.....会社奉公は仮の姿のつもりだったのにぃ....。

企業勤めも悪くないなぁ、という時期もあったが.....もうダメ!......そろそろ勤続疲労が、全身だけでなく、脳味噌にまで及んできた........

あ~っっっ........いつまで働き続けなきゃいけないんだ.....!

...という....『根性も無し、気合も無し』.....今更 ガンバルという言葉が好きではない 糸の切れた凧おやじ。

でも自分の子供には『頑張れ!』という言葉を連発していても自己矛盾を一切感じていない......Zzzzzzzz......。
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...という事で、2022年2月には、ほぼ30年ぶりに日本へ戻り、長年働いた会社人生を終える...

2022年8月からは、早速「タイ」に移住。残り人生は、の~んびり、気ままに生きて行く事にした。


※ちなみに、トラベラーネームの「コタ」は、フィンランドの小屋の事ではなく、インドネシアの首都:ジャカルタにある中華街の呼称。若い頃、ジャカルタに8年間いた時の思い出の地。よく学び、良く遊びました....

大好きな場所

昔、足跡を残してきたニュージーランド(ワーキングホリディしてた)/タイ(沈没してた)../ついでにアメリカのユタ州(遊学してた)....ただ私はモルモン教徒ではない...../あとブラジル(お仕事していた)も悪くは無い.../で、人生の最後は、やっぱ大好きなタイに再沈没…

寒い国と人の悪い国には、もう行きたくない!

大好きな理由

人生が変わってしまう程のディープインパクト...人生は、思っていた程、長くない...好きなら、どんどんやればいい...

行ってみたい場所

私は本当に老いた...疲れる旅(冒険)はもうしない....歳相応の旅の形に修正中。人が良い国がやっぱり一番!

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