旅好者さんのクチコミ(7ページ)全6,282件
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投稿日 2023年03月11日
総合評価:4.0
ふれあい・学びの杜 豊後大野市資料館は、豊後大野市役所の前を通り越して、秋葉川を渡ったところにありました。まだ新しく、汚れていないと感じました。豊後大野市としての歴史民俗資料館は出来たばかりとのことです。訪れた時は企画展はやっていなかったので、常設展示だけを見ました。今回の旅では、9万年前のの阿蘇火山の巨大噴火の段違いのスケールの大きさを感じましたので、ここの展示の中では総合展示室の豊後大野の大地の成り立ちのところを興味深く観ました。火砕流が豊後大野を覆ったのも驚きですが、北海道にも火山灰が降ったのだそうですね。良いお勉強のきっかけになりました。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2023年03月11日
総合評価:5.0
轟木橋は、稲積水中鍾乳洞から県道45号線を北上してきたところにありました。県道45号線は道幅が狭いのですが、橋から70~80m南のところに駐車エリヤが造られていました。石橋というと、強度を保つために深いアーチを描いているイメージがありますが、この轟木橋はそのイメージを100%覆すものでした。1929年(昭和4年)に架けられた橋長38.5mの2連アーチ橋ですが、中津無礼川を跨ぐ支間25.6mと県道側の河原を跨ぐ支間8.1mで出来ています。そして、長い方の拱矢がわずか4.5mしかないので、拱矢比は5.7となります。平べったく見えるはずですねぇ。なお、橋の半分が新しく見えましたが、2018年(平成30年)の西日本を襲った豪雨により、アーチ石を残して流出して仕舞ったそうで、修復工事が行なわれたものだそうです。アーチ石が流されなかったのは凄いものだと思いました。また、ここ辺りではゲンジボタルの復活に取り組んでいて、一帯は白山川河川公園(案内板の公園の字がなくなっているのはご愛嬌?)として整備をしているのだそうです。駐車場もその一環なのだと思います。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 5.0
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投稿日 2023年02月28日
総合評価:4.0
城原(きばる)神社は、国道442号線からほんのちょっと入ったところにありました。国道の旧道はこの神社前の道だと思います。創建は271年(応神天皇2年)で、景行天皇の西征を称えて行宮跡にお宮を祀ったのが始まりとされているそうです。幾多の変遷の後、1596年(慶長元年)に初代藩主・中川秀成は竹田の総鎮守として市内の八幡山に遷宮しますが、霊験があってこの地を外苑として整備したそうです。その後、いつ八幡山からこちらに遷座したのか分かりませんが、現在の本殿などは1762年(宝暦12年)の建立とのことです。
道路と神門との間は長くはありませんが、横に長い空間があります。境内馬場と書かれた説明がありましたが、流鏑馬の様な神事が行なわれていたのでしょうか。その先に立派な楼門がありましたが、1985年(昭和60年)に放火され、1990年(平成2年)に再建されたとのことです。許しがたいことですね。建立後30年とは思えないほどの風格?がありましたが・・・。- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2023年02月28日
総合評価:5.0
若宮井路 鏡石拱橋(わかみやいろ かがみせっこうきょう)は竹田と長湯温泉を結んでいる県道47号線にありました。この橋は県道と流れる濁渕川(にごりぶちがわ)を1つの橋で渡っていますが、異なる長さのアーチで跨いでいます。橋は同じアーチが連なるものとの固定概念を覆していて、たいへん見栄えがします。実際には径の違う2つの橋を一体化させたものですが・・・。竣工は1909年(明治42年)、全長は29mで、幅は2.9mです。径間は18.5mと7mで、拱矢は4mとなっています。
県道の反対側、すぐ近くに、岡藩の鏡処刑場跡がありました。慰霊の南無阿弥陀仏と南無妙法蓮華経とそれぞれ刻まれた石柱が建っていました。どこでも刑場跡はあまり気持ちの良い場所ではありませんが、ナムナムとお祈りしておきましょう。- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 5.0
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投稿日 2023年02月28日
総合評価:4.0
出雲大社拝殿から左手方向に境内を出たところに、出雲大社の神楽殿がありました。左手には出雲大社教教務本庁の建物です。ここは出雲大社教が100年を迎えた1981年(昭和56年)に、従来の神楽殿を大きく建て直したものだそうです。ここは何と云っても、日本一の注連縄です。長さ約13mで、重さ5.2tだそうですから、見栄えなどという表現を越えています。大きいといえば、前庭には高さが47mという国旗掲揚塔もありました。訪れた時は天候の関係で掲揚されていませんでしたが、これまた、日本一の日の丸だそうです。大きい、イコール、出雲大社ですねぇ。
- 旅行時期
- 2022年11月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2023年02月25日
総合評価:4.0
芹川に築かれた芹川ダムは、長湯温泉からおよそ10mくらい下流にありました。ダム堤は苔むしていて年数を感じさせます。着工は1954年(昭和29年)で、竣工は1956年(昭和31年)の直線重力式コンクリートダムです。水力発電、洪水被害の抑止、農業用水確保を目的として、戦後復興を支えてきたダムです。このダムの底の標高は286mとのことです。長湯温泉のガニ湯の標高は450mですから、約160mくらい下がったところに築かれたことになります。通常の水位の標高は335mあり、上流3.5kmくらいまで大きなダム湖が伸びています。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2023年02月24日
総合評価:4.0
開運ロードを西に向かって進み出した近くに、黒田如水を以ってしても落とせなかった堅牢な城跡がありました。国東町の富来の集落の中にある富来城跡です。時代物の好きな方にはお勧めどころです。ここは、もともとは大友氏の家臣である富来氏の地盤で、13世紀後半にその居城として築かれたそうです。1593年(文禄2年)には垣見氏が城主になっています。今は城の名残りとして小さな丘が城山と名が付けられていますが、戦国時代ははるかに大きく(東西600m、南北250m)堅牢なお城だった様です。1600年(慶長5年)、大友軍との石垣原の戦いを制した黒田如水は、続けて、この城攻めをしますが、留守居役・垣見理右衛門の守るこの城を10日間攻めても落とせなかったとのことです。西軍に参戦していた城主・垣見家純の討死の報を受けて開城し、戦いは終わったそうです。また、足利尊氏が一時、九州に落ちた時にはこの城に滞在したとの説もあるそうです。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2023年02月24日
総合評価:5.0
羽田海岸近くの国道213号線に長木(ちょうぎ)家国東塔の案内板が建っていました。その後は、曲がり角ごとに案内板があり、迷うことはありませんでした。長木家国東塔は1321年(元亨元年)に、紀永貞(きのながさだ)が自己の生前供養のため造立したものとのことです。紀永貞は長木家の祖先だそうです。(豊後紀氏といった系統があるのですね)高さは3.97mあり、在銘では最大のものだそうで、なかなか見応えがありました。時間があったら立ち寄って損がないところだと思います。
その右隣りには大きな板碑がありました。これは紀永貞が父・西実の菩提を弔うため、1322年(元亨2年)に建立したものとのことです。高さは3.38mあり、県の文化財に指定されています。上部に大きく梵字が刻まれていました。文殊菩薩の種子(しゅじ)でマンと読むそうですね。
なお、ここには広い駐車場があり、長木家墓地の入口となる路地からは100m以上先に進んだところでした。- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 景観:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
-
投稿日 2023年02月13日
総合評価:5.0
高台にある棹崎公園から低地に降りたところに、天神多久頭魂(あまつたくずたま、または、てんじんたくずたま)神社がありました。ここは、天道山の麓にあり、佐護湾の最深部で、佐護川の河口部に当たるところです。この神社には本殿や拝殿といった社殿はなく、山そのものがご神体という古い形の神社でした。ここは、ご神体の天道山からも分る様に、天道信仰の中心地とのことです。なお、対馬では南端の豆酘も、天道信仰のもう一つの中心地だったとのことです。なお、社標に天神(あまつ、または、あまつかみ)と冠する神社はたいへん珍しく、全国の式内社の中でたった4つしかないのだそうですね。
- 旅行時期
- 2022年11月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 5.0
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投稿日 2023年02月13日
総合評価:5.0
木坂御前浜園地の先、木坂の海岸近くに藻小屋(もごや)と呼ばれるものがありました。そこそこの大きさの石を積み重ねて造られていました。以前は、対馬の海岸近くの村々では、畑の肥料として海藻類を利用したそうですね。海岸に漂着した寄藻を集めたり、晩春の頃には小舟で海藻採りをして、乾燥させたものを蓄えておいたのが藻小屋とのことです。今はほとんどがなくなっていしまい、ここで見られる藻小屋はたいへん貴重なものとのことです。
また、以前は、対馬の多くのところで「ヤクマ」という天道の祭りが行なわれていたそうですが、そのほとんどが絶えてしまい、ここ木坂と隣の青海の集落にのみ残っているとのことです。その祭礼には石を積み上げ、「ヤクマの塔」を築くとのことでした。祭礼は旧暦の6月に行なわれるそうで、訪れた11月ではもう崩れてしまったのか、あるいは、すでに祭りが絶えてしまったのか、跡形を見ることは出来ませんでした。- 旅行時期
- 2022年11月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 5.0
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投稿日 2023年02月12日
総合評価:3.0
今回は壱岐の郷の浦港から博多ふ頭に着きました。離島と違い、ここから交通のアクセス・ポイントであるJRの博多駅なり地下鉄の天神駅なりにでなければならないことは分りますが、一切の案内がないのですね。九州郵船のジェットフォイル内でも、降りた博多ふ頭内での何もないのが不思議です。後で、ネットで調べても何も案内されていません。これが国際都市の福岡なんですかね?
- 旅行時期
- 2022年11月
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 乗り場へのアクセス:
- 3.0
- 車窓:
- 3.0
-
投稿日 2023年02月12日
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投稿日 2023年02月12日
総合評価:3.0
今回はジェットフォイルの博多行きに乗るために、共用の郷ノ浦港フェリーターミナルを利用しました。見た目はデザインに力を入れたターミナルビルだと思いましたが、中に入って、まずはチケット購入(あるいは予約の発券)と思うと、建物の中程で人が滞留することになりました。動線をまったく考えられていないのですね。コロナ下であるし、観光シーズンでもないのに、この人の動きの悪さは致命的です。オンシーズンはどんなことになっているのでしょうか。
- 旅行時期
- 2022年11月
- コストパフォーマンス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 乗り場へのアクセス:
- 3.0
- 車窓:
- 3.0
-
投稿日 2023年02月12日
総合評価:3.5
年代の近い者としては、春一番と聞いて、キャンディーズの春一番を思い出してしまいました。もちろん、ここは本来の気象用語である春一番のことでした。郷ノ浦港フェリーターミナルの北隣の元居公園に春一番の塔が建っていました。春先に吹く強い南風「春一番」での海難事故が多く、特に、1859年(安政6年)には多くの遭難者を出す大災害となったのだそうです。風の神様である爾自神社がある様に、壱岐は風との戦いだったのでしょうね。自然の怖さの戒めとして、1987年(昭和62年)に建立されたとのことです。
- 旅行時期
- 2022年11月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 3.5
-
投稿日 2023年02月12日
総合評価:4.0
郷ノ浦の繁華街の真ん中に小振りな塞(さい)神社がありました。社殿前に大きな男のシンボルが置かれていました。町のど真ん中ではちょっと大らかすぎる光景ですが、ご丁寧に日が沈むとライトアップされるそうです。こちらは猿女命(サルメノミコト)が祀られていますが、猿女命は天鈿女命(アメノウズメノミコト)と猿田彦命(サルタヒコノミコト)が結ばれて一体神になった神様です。夫婦和合に関することのご利益があるのでしょう。なお、ここは駐車場がありません。また、繁華街なので周辺にも駐車場は見当たりませんでした。
- 旅行時期
- 2022年11月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2023年02月12日
総合評価:4.0
壱岐市役所と道路を挟んだところに國津意加美(くにつおかみ)神社がありました。創建は811年(弘仁2年)と伝わっているそうです。こちらのご祭神は素盞鳴尊(すさのおのみこと)です。壱岐では珍しいと思います。これは、素盞鳴尊は朝鮮に渡って朝鮮国内を巡っていますが、その帰路、郷ノ浦に上陸したのだそうですね。その際、お宮を建立したそうです。なお、こちらは道路脇にすぐ鳥居があり、そこからすぐ石段が始まりますから駐車しておく空きがありません。公的なところをちょっとお借りする?
- 旅行時期
- 2022年11月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2023年02月12日
総合評価:3.5
国道382号線から県道25号線に移り、郷ノ浦の町中に進んだところにお宝地蔵と染め抜かれた幟の立つお宝地蔵(伊藤小左衛門地蔵)がありました。背の高い大きなお地蔵さんでした。伊藤小左衛門といえば、博多の呉服町にある浜口公園の隣に、一緒に処刑された2人の息子を祀る万四郎神社がありますね。このお地蔵さんは、江戸時代の初期、黒田藩の御用商人を務めた豪商・伊藤小左衛門が博多から壱岐に運んで建立したといわれています。小左衛門は禁制品の密貿易を疑われて処刑されてしまいましたが、多くの財宝を壱岐に隠して埋めたという伝説があるそうです。お宝地蔵の呼び方はそんなことからだそうですね。なお、ここは町中ですが、すぐ前に参拝者用の駐車場がありました。
- 旅行時期
- 2022年11月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2023年02月12日
総合評価:3.5
郷ノ浦町から初瀬の岩脈を訪れる際、その道沿いに壱岐オリーブ園がありました。思ってもいなかったので、壱岐にオリーブ園があるのが意外な感じがしました。さらに、オリーブ園が広々としているのにも驚かされました。現在は全部で7、000本のオリーブを育てているのだとか。壱岐でも高齢化で耕作地の荒廃が進んでいるのだそうですね。その1つの対策として、樹齢の長いオリーブに目を付けたそうです。今はここ1軒だけだそうですが、壱岐の特産として拡がれば良いなと思いました。
- 旅行時期
- 2022年11月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 3.5
-
投稿日 2023年02月12日
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投稿日 2023年02月12日






































