旅好者さんのクチコミ(5ページ)全6,282件
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- 基本情報
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投稿日 2023年07月07日
総合評価:4.0
サバナ高原を登り切ったところが広場になっていて、大きな2つの珊瑚礁の岩?を背景として、「平和記念碑(Peace Memorial)」が建っていました。1973年に建立されたものです。石碑には「平和の礎」と刻まれていました。横に設置されている案内板には「第二次大戦中にロタ島で戦没したすべての方々の御霊を慰めるとともに、ロタ島の人々及び日本国民との友情と親愛を深め、恒久平和を祈願して建立した」とあり、平和記念碑建立委員会のロタ島政府市長名とロタ島地区行政官名が記されていました。(設置に関わる日本人名はありませんでした。)この記念碑の建っている場所は、日本統治時代には大山祇神社(マニラ神社)の本殿があった跡地なのだそうです。
同じ様に、平和を祈念するものがソンソン村にもありました。サンフランシスコ・デ・ボルハ教会のすぐ近くに、リーダーシップ公園(Leadership Park)というのがあり、平和記念塔という高さ12mの塔が建っていました。ロタの人々だけでなく、近隣の島々や世界の人々の平和への願いを表していて、最上部に乗っているパンダナの果実(Pandana Fruit)は、過去、現在、未来にわたっての、すべての指導者たちの団結の強さを表しているとのことです。- 旅行時期
- 2003年03月
- 利用した際の同行者
- 友人
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 展示内容:
- 4.0
-
投稿日 2023年07月07日
総合評価:4.0
ロタ島のほぼ真ん中を占めてサバナ高原(Mt.Sabana)がありました。空港近くのシナパール村からと南西部のソンソン村から道が通じていました。紛らわしいことに、最高点はマニラ山(Mt.Manila)と呼び、標高495mとのことです。周囲は傾斜地となっていすが、南側だけは切り立った崖になっていました。山頂部と思われるところに「平和記念碑(Peace Memorial)」が建っていました。また、大戦中の日本守備隊の司令部がここに置かれていたということです。コンクリートの建物跡?みたいなものがありましたから、その痕跡なのでしょうか。また、畑跡の様なところもありました。朝顔に似た薄紫色の花がたくさんありましたが、小さな花も彩りを添えていました。
- 旅行時期
- 2003年03月
- 利用した際の同行者
- 友人
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 3.0
- 景観:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
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投稿日 2023年07月07日
総合評価:4.0
千本椰子林の海側のところがトウィックスベリー・ビーチでした。ロタ西港とは珊瑚岩礁島のアンギュ島との間に築かれた土手で仕切られています。通称はパウパウ・ビーチというそうです。(サイパンの有名なパウパウ・ビーチに準えているのでしょうか)およそ1kmにわたり長いビーチが続きますが、砂浜はほとんどありませんでした。50mくらい沖合のサンゴ岩礁によりプールの様に穏やかな海面は海底の白砂によりミルキーブルーの綺麗な色をしていました。海辺の奥にはバーベキュー設備がありましたから、週末には地元の人が多く訪れるのでしょう。
- 旅行時期
- 2003年02月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 景観:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 水の透明度:
- 4.0
-
投稿日 2023年07月07日
総合評価:5.0
タイピンゴット山はロタ島の代表的な景観の山で、その形状からウェディングケーキと讃えられています。ソンソン村展望台からはソンソン村の町並みを蓋するように見えました。町からポーニャ岬のある南方向に移動してソサンハニャ湾越しに眺めると、一段と美しい姿が見られました。曇り空でも、晴天でもそれぞれに趣のある景観でした。なお、昔は中腹というか麓近くにホテルがあったとのことです。ロタ島で最も早くオープンした老舗のロタ・パウパウ・ホテル(日系)ですが、1998年に倒産し、訪れてみると廃墟となった無惨な姿を晒していました。
- 旅行時期
- 2003年02月
- 利用した際の同行者
- 友人
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 3.0
- 景観:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
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投稿日 2023年07月07日
総合評価:3.0
ソンソンの村を北に出はずれて少し進むと、左手の海岸に珊瑚岩礁で出来た小さな小さな小島(岩)がたくさん集まったところ(ロタ松島)がありました。その中で陸地に1番近く、1番大きな島がピナタン・パークとして整備されたところでした。陸からは約20mくらいの橋で渡ります。橋の上から下を眺めると綺麗なミルキーブルーの浅瀬となっています。小さな熱帯魚の姿も多く見られますが、それよりも異常発生したのかと思わせる無数のナマコの姿に目を奪われました。渡った先の小島には屋根付きのバーベキュー施設がありましたが、もう整備されていないみたいです。その隣には子供用の立派なプールがありましたが、水が汚れてしまっていて、小さなウォーター・スロープも壊れ掛かっていました。台風被災後は放置されているということの様です。ちゃんと整備をすれば再び地元の人たちの憩いの場となると思うのですが・・・。
- 旅行時期
- 2003年02月
- 利用した際の同行者
- 友人
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 3.0
- 景観:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
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投稿日 2023年07月07日
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投稿日 2023年07月07日
総合評価:4.0
ソンソン村から南岸沿いに数km進んだところに旧日本軍砲台跡がありました。崖を削って作った狭い道の山側の崖を掘って、かなりしっかりとコンクリートで作られたトーチカです。1つ目には何も残されていませんが、その先のトーチカには砲身が7mの大砲(6インチ砲だそうです)が残されていました。砲身には迷彩色が施されていますが、訪れた近い時期に塗り直した様で、綺麗すぎて現実味がありませんでした。筒先はタイピンゴット山の方向に向けられていますから、珊瑚岩礁のないソサンハニャ湾に入ってくる敵艦を邀撃する任務だったのでしょう。どちらのトーチカも無傷ですから、果たして実際に発射をしたのでしょうかね。
ロタ島では規模の大きな戦闘はなかったそうですが、この砲台跡のほか、ロタ島で戦争の痕跡を感じさせるところが2つありました。1つはこの砲台跡の先にあるポーニャ岬を回り込んで先に進み、オッゴ川という小さな川(でも、ロタでは最大)を渡ったところに「斉藤隊乃墓」と書かれた柱が2本建っていました。遺族の方が建てたものでしょう。もう1つは空港近くのシナパール村からサバナ山に向かう道路沿いに「「日本軍高射砲跡」がありました。横穴(粗堀り)の中に真っ赤にさび付いた高射砲がおかれていました。- 旅行時期
- 2003年03月
- 利用した際の同行者
- 友人
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 展示内容:
- 4.0
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投稿日 2023年07月07日
総合評価:4.0
ソンソン村を西南方向に出外れたところ(ロタ西港の手前)に精糖工場跡がありました。日本統治時代、南洋興発という会社が持っていたものです。現在は壊れ掛かった赤レンガの工場の一部とサトウキビの運搬に使われていた赤い小さな蒸気機関車が残されていました。後に砂糖王と称された松江春次という人が興した南洋興発は、サイパン島を中心としてマリアナ諸島全体に広く事業をしていた会社とのことです。サトウキビ栽培にはその経験のある沖縄より約1万人、その内ここロタ島には千人を集めたのだそうです。今は2世、3世の少数の人がここマリアナ諸島で生活しているのでしょうね。
なお、ロタ・リゾート&カントリークラブの東にもだいぶ朽ちた感じの小さな蒸気機関車が残されていました。もちろん、南洋興発で使用していたものです。往時にはこの周囲は全部サトウキビ畑だったのかなぁと想像しました。- 旅行時期
- 2003年02月
- 利用した際の同行者
- 友人
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 3.0
- 景観:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
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投稿日 2023年07月07日
総合評価:4.0
空港の東方にタガ・ストーン遺跡がありました。タガ・ストーンは古代のチャモロ人が何らかの目的(まだ正確には分かっていない様です)で作ったものです。細長い円錐状(頂点は尖っていませんが)の石の上に円柱を輪切りした形の石を乗せたもので、現代でもいろいろなモチーフにも使われています。空港近くの道路上に掛かる歓迎アーチの上にも「HAFA ADAI」の文字の囲まれてこのタガ・ストーンが描かれていました。最大のものはテニアン島にあるそうですが、何故かロタ島には完成品がないとのことです。
ここはその石切場の遺跡ですが、どういう訳か切り出す途中の状態で、上の部分用に丸く掘られた状態のもの、下の部分用に方形に掘られた状態のものがいくつかあります。掘り出してしまったところは埋めてしまったのかも知れません。遺跡の広場にはモニュメントとして綺麗なブーゲンビリアの花壇に囲まれた、ちょっと稚拙な大きな石切夫の像が建っていました。図抜けた力持ちとしてチャモロ人の伝説の人タガ(Taga)を表しているのでしょう。元々、タガ・ストーンのタガはこの伝説の人の名から名付けられたものですから・・・。- 旅行時期
- 2003年03月
- 利用した際の同行者
- 友人
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 3.0
- 景観:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
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投稿日 2023年07月07日
総合評価:3.0
精糖工場跡の先にロタ西港がありました。ソンソン村集落の南西端といったところです。現在は、ロタ島への物資のメイン水揚げ港とのことですが、今は空輸されることが多いのか、船の姿は見られませんでした。南西部には目の先の珊瑚岩礁島のアンギュ(Angyuta)島との間に堤防(土手)が築かれていました。アンギュ島北側の珊瑚岩礁が除かれて、港への水路が造られていました。日本統治時代は砂糖の積み出し港としても活躍したのかなと思います。水路の外はロター・ブルーと呼ばれる吸い込まれるような群青色の海が拡がっていました。なお、ロタ東港はソサンハニャ(Sosanjaya)湾の最深部、ソンソン村集落の北東端といったところにありましたが、規模はたいへん小さかったです。
- 旅行時期
- 2003年02月
- 利用した際の同行者
- 友人
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 3.0
- 景観:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
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投稿日 2023年07月07日
総合評価:4.0
ソンソン村展望台のちょうど下のところにトンガ・ケーブがありました。小さなトカゲがたくさんいる段差の大きい石段を20段ほど登ると洞口です。横に「神威(かむい)洞」と刻まれた石板がありました。日本統治時代にこの様に呼ばれていた名残りで、戦争中は野戦病院ともなっていたのだそうです。トンガ・ケーブの名は、昔、トンガからカヌーに乗って航海していた人たちがロタ島に漂着し、ここに住み着いたからだそうです。小さな洞窟にもいろいろと歴史があるものですね。入り口から10mくらいの洞窟の奥は、左側は外に大きく口を開け、右側は30mくらいの高さから斜めに低くなっている広い洞窟が拡がっていました。全長は50mくらいか? 天井からは鍾乳洞であることを示す様にたくさんの鍾乳石が垂れ下がっていました。
- 旅行時期
- 2003年03月
- 利用した際の同行者
- 友人
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 3.0
- 景観:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
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投稿日 2023年07月07日
総合評価:4.0
スイミング・ホールから海岸沿いの道をさらに北東方向に進み、タトゥーガ・ビーチ(Tatgua Beach)、さらに東方向に進みマージャ・ビーチ(Magea Beach)を通り過ぎます。なお、この2つのビーチは道路とビーチの間には背の高い草が生えていてビーチは見えません。(良く見ると細い通り道がありました。また、最近は2つを合わせて、モッコン・ビーチ(Mochong Beach)という呼び方がある様です)道路をさらに進み、道が尽きたところがアス・マンモス・クリフでした。ロタ島の最東端に近く、10mはあると思われる荒々しい断崖が続いていて、外海の波がもろに激突していました。(グーグル・マップによると今現在は立ち入れないみたいです)
- 旅行時期
- 2003年03月
- 利用した際の同行者
- 友人
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 3.0
- 景観:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
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投稿日 2023年07月07日
総合評価:3.0
バード・サンクチュアリは、空港近くから南東方向に細い道を右に、左にと辿って行き、海岸の断崖の端に出ました。訪れた時は道路案内がなく、迷いながらたいへん苦労しましたが、今はだいぶ整備されているそうです。断崖に設けられた展望台の下から海岸線近くまで深い森が拡がっていて、そこがバード・サンクチュアリでした。朝が良いとのことで朝日の昇るころに訪れましたが、双眼鏡を持ってなかったので、遠くの森の上に止っているたくさん白い鳥(アジサシ?)が見え、空中にもたくさん飛び交っている様子を眺めました。それでも、展望台の手摺りにショウビン?がやって来ました。
余談ですが、ロタの道路を走っていると、ペアと思われる2羽の山鳩に似た鳥(オオベニバト?)がよく道路にいました。何か餌があるのですかね。特に山道だと100~200mに1ペアといった感じでした。ロタではこれこそがオシドリと呼んであげたいところでした。- 旅行時期
- 2003年03月
- 利用した際の同行者
- 友人
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 3.0
- 景観:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
-
投稿日 2023年07月07日
総合評価:4.0
ソンソン村から北東方向の高台を見ると十字架が見えて気になりました。村外れからその高台に登って行く道がありました。この道路は荒れ放題で、ちょっと間違うと車のお腹を擦るほどのすごい悪路でした。(改良されていると良いのですが・・・)やっとこさ到達した小さな広場には大きな十字架が建っていて、ここからは先端のタイピンゴット山に向かって細く延びたソンソン村の背の低い(一番高くても4階建て?)町並みが一望できました。ソンソンの村は家々が密集している訳ではなく(というより、ガラガラの隙間だらけ)、緑の多い村だということが分かります。町並みの右側に見える海がソサンラグ(Sosanlagh)湾ですが、湾と云うほどには湾曲していなくてほぼ直線です。左側はソサンハニャ(Sosanjaya)湾です。こちらは湾と呼ぶに相応しく大きく湾曲していました。
- 旅行時期
- 2003年03月
- 利用した際の同行者
- 友人
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 3.0
- 景観:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
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投稿日 2023年07月07日
総合評価:4.0
スイミング・ホールはテテト・ビーチと並ぶロタ島の観光名所で、そのテテト・ビーチからは海岸沿いの道を北東方向に5km弱進んだところにありました。なお、途中から主要道路を外れます。道路は海岸から10mくらい高いところを通っていますので、道路から見ると、外に開いた馬蹄形状の綺麗な色の深みが見えました。海が荒れると、外海の大波がもろに押し込んできていました。熱帯魚がいるので、案内本にはシュノーケリングに良い場所とありましたが、長い方でも10mくらいしかありません。下りて行くと、バーベキュー設備と公衆トイレが完備していました。昼食にホテルからの出前バーベキューなんていうのを頼んで、綺麗な海を眺めつつ優雅にワインなど傾けながら、昼食なんていうのはいかがでしょうかね。
- 旅行時期
- 2003年02月
- 利用した際の同行者
- 友人
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 3.0
- 景観:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
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投稿日 2023年07月07日
総合評価:3.5
ロタ西港からそのまま海沿いの道を少し進むと、4列、5列と綺麗に植林された千本椰子林がありました。ここは太平洋戦争後に植林されたもので古い木では、訪れた時で、40年以上の樹齢とのことです。(現在では60年以上))訪れた時は、前々年に襲った巨大台風のお陰で、多くの葉を失い、しょぼしょぼな様子でした。確かに沢山のヤシの木が並んでいますが、名前の通り果たして千本もあるかどうかはちょっと疑問です。なお、ここの椰子の実は自由に取って良いということだそうです。
- 旅行時期
- 2004年02月
- 利用した際の同行者
- 友人
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 3.0
- 景観:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
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投稿日 2023年07月07日
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投稿日 2023年06月29日
総合評価:5.0
ナイロビ動物孤児院は、ナイロビ国立公園のメイン・ゲートを入ったところにありました。ここは孤児となった動物たちを飼育していて、動物園の様に展示されていました。(一般の動物園よりも随分と間近な展示です)国立公園の窓口で入園チケットが購入できました。ここが普通の動物園と違うのは、スタッフに案内されて、バックヤードに入ることが出来たことでした。(スタッフから声が掛けられなければ、スタッフらしく?見える人に希望を言うのが良いと思います。)
飼育担当者用の狭い通路に入っていくと、ライオンの檻が5つくらいありました。一重の金網を隔てただけですから、半分寝ている様でも迫力満点です。「これがチャーリー君、それからこっちがウィンザー君」などと案内してくれます。スタッフが檻の前で名前を呼ぶと、甘える感じで鳴きます。猫ならば「ニャーォ」と鳴くところですが、「ウォゥォゥォ」と鳴きます。低音の割れる様に響く独特の声を近くで聞くと、やはり百獣の王の迫力を感じます。中には熟睡?ふて寝?していて反応しないライオンがいて、スタッフは棒で突いて起こします。怒って飛びかかってきたら・・・と心配になりますが、毎度のことなのか薄めを開けただけでした。ブチ・ハイエナが居ました。最初は警戒して近くまでは来ませんでしたが、しばらくすると、金網に身体を押しつけて、触ってくれという態度をします。金網の隙間から撫でてあげると満足そうに、さらに身体を押しつけてきました。隣の建物には生まれたてのエジプト・マングースが居ました。高さが1mくらいの壺の様な中から見上げていました。面白い飼育をするものです。レイヨウ類の檻の入ると、トムソンガゼルとブッシュバックの子供が居ました。最後に「ちょっと離れた檻に、ヒョウの子供が居るよ」とのこと。是非とも触れ合いたい!と希望しますが、「残念ながら見るだけ。触らせることは出来ない」とのつれない返事。ガックリしていると、たまたま日本人の獣医さんが観察にやって来て檻に入っていて、近くに行くと、獣医さんが写真を撮ってあげるということでカメラを預けたのでした。まぁ、雑菌まみれの我が身ですから致し方ないですね。- 旅行時期
- 2007年01月
- 利用した際の同行者
- 友人
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 3.0
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 展示内容:
- 4.0
-
投稿日 2023年06月29日
総合評価:5.0
シェルドリック動物孤児院は、シェルドリック野生動物保護団体(Sheldrick Wildlife Trust (SWT))が活動の一環として運営しているところです。場所はナイロビの南郊外でマガディ通り沿いにありました。入場料ですが、ずっと以前に訪れた時は寄付方式となっていたので20USドルを納めたのですが、募金箱を覗くとほとんど少額しか入っていませんでした。現在は(2023年)の入場料は今までの15USドルから20USドルに変更したと案内されていました。
それはともかくとして、ここは孤児となったゾウやサイなどを育成し、自然界に戻す活動をしています。毎日11時から1時間の間、スタッフが動物たち(ゾウの数が多く、サイは1頭だけでした)を見学人の待つ広場に連れてきて、ミルクを飲ませたり、泥遊びをさせたりと、普段の飼育活動の様子を見せてくれました。その間、ずっと動物の生態などの説明もされました。1番のハイライトは、中でも小さい子ゾウたちが見学人のところにやって来て、触らしてくれることです。生えている疎らな剛毛を感じられました。見学人の前に細いロープが張られますが、それに身体を擦り付けると気持ちが良いのではないかなと思いました。中にはお尻をグイグイ押しつけてくるのもいました。こちらも片手で押し返しますが、蟻が押し返している程度にしか感じていないのではないかと思うほど、圧倒的なパワーがありました。
この孤児院の歴史ですが、1977年にダフネ・シェルドリック(Daphne Sheldrick)さんによって創設されています。ダフネさんの夫デビッド・シェルドリックさんは1948年にケニアの国立公園局に奉職し、ツァボの国立公園の創設を図り、以降30年近く公園長を務めたそうです。デビッドさんが亡くなると、その功績を追悼し、野生生物の保護を目的に設立されたのがシェルドリック・ワイルドライフ・トラストで、25年間にわたって夫の仕事をともに支えた奥さんのダフネさんとその家族が活動の中心となり、その1つの場所として、この孤児院が設置されたとのことです。ダフネさんは2018年に亡くなられ、今はその娘さんなどが継いでいるそうです。だいぶ前ですが、ダフネさんがツァボ・イースト国立公園へ、野生にかえしたゾウを訪ねるドキュメント番組を見たことがあります。探して再会したゾウは、ちゃんとダフネさんを覚えていて、ダフネさんに甘える姿に感動しました。この番組をご覧になった方もおられるでしょうね。- 旅行時期
- 2006年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 3.0
- コストパフォーマンス:
- 3.0
- 景観:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
-
投稿日 2023年06月29日
総合評価:3.0
ナイロビ国立公園は、ナイロビ市街の南に隣接してありました。標高は1500m前後ですから、市街地中心からは300mくらい下がったところとなります。この公園は1946年にケニアで最初に作られた国立公園で、広さは117k㎡ですから、東京都の大田区と世田谷区を足し合わせたほどの大きさです。ここもナクル湖国立公園と同様に周囲には柵が設けられていました。
肝心の動物たちですが、ライオンなどの肉食系も居るということですが、出会うことはありませんでした。草食系ではゾウはいませんが、マサイ・キリン、ダチョウ、インパラ、ハーテビーストなどが見られ、何と、クロサイも見られました。
とはいっても、短い旅行の日程の中では、わざわざ時間を割いて訪れる必要はないと思います。でも、ナイロビ市街からジョモ・ケニヤッタ国際空港に向かう道路からは、公園の柵越しに何頭ものキリンの姿が見え、見送りを受けている様な気分になりました。- 旅行時期
- 2005年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- 観光の所要時間
- 半日
- アクセス:
- 3.0
- コストパフォーマンス:
- 3.0
- 景観:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0



























































