国電さんへのコメント一覧(3ページ)全78件
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懐かしい写真ですね。
僕も昔は同じく北海道へは鉄道旅行でした。
お写真を拝見し昔を懐かしんでおりました。
残念ながら寝台が無くなった今ではALL航空機での移動となってしまい複雑なとても気持ちです。
僕もちょうど一年前「道南いさり火鉄道」で道南旅行を計画しておりましたが仕事でお流れとなってしまいました。
コロナが収まったら是非リベンジをしたいものですね。 -
20系「津軽」懐かしい!
国電さん
懐かしい車両の数々
一番のヒットは、人それぞれなんでしょうけど
20系津軽でしょうか。
ほんのわずかな期間しか20系で運用されず、その後は秋田「おが」になった
ように記憶しています。自由席3両で、ハネの座席に4人で座ったとか、当時
話題になったことを懐かしく思います。
座れて空いていれば、自由席はこれまた最高の車両なんでしょうけど、鉄道
がまだ優位にあった奥羽直通時代は、隔世の感ありますね。
tanupamRE: 20系「津軽」懐かしい!
tanupamさん
いつもご訪問ありがとうございます。
私も個人的には、「津軽」は贔屓にしていました(特急ならば「みちのく」、急行ならば「津軽」という感じで)。さくっと青森に向かう「八甲田」とは違って、奥羽線経由でちまちまと駅に停まって行き、青森到着は昼を過ぎるという辺りがポイントでした。小中学生の頃、友人と「架空の旅程」を良く作りましたが、北海道旅行の往復のどちらかは「津軽」でした。あと、「奥羽本線内を途中下車しないで青森に行く場合は東北本線経由の運賃になる」旨の註が、個人的には気に入っていました。私より1世代上の人にとっては、「集団就職」という言葉も頭に浮かぶかもしれません。
あと10年早く生まれていれば、そういう旅行を実際にして、北海道にあった廃止対象路線ももっと乗れたのに、とは思いますが、時代には抗えません。。。
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国電2020年05月03日05時24分 返信する -
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国電 さん はじめまして
私も青函連絡船に乗ったことがあり、とても懐かしく、思い出深く読ませていただきました。
北海道に出かける機会は結構多かったため、おおとりなどの列車に乗った時のことを思い出しながら読んでました。
とても貴重な写真ばかりですね。
これからも続編を期待しています。
アンペルマン -
宇都宮駅
国電さん
こんにちは。
宇都宮駅は、今ではほぼ近郊型の普通電車しか来ない面白みの少ない駅ですが、昔はバラエティーに富んでましたね。
親の出身地が東北地方(花輪線沿線)だったので、子供の頃からなじみのある車両達をいろいろ拝見させていただきました。
東北に向かっていた夜行列車数あれど、「北星」の写真が出てくるとは。
「ゆうづる」や「はくつる」に隠れて、どれだけの人が覚えているでしょう。
実は、私が生まれて初めて乗った寝台特急が上野発の「北星」号でした。
上野発22:34、盛岡着6:17、盛岡で花輪線の急行よねしろ号に接続していて我が家にとっては便利だったんです。
485系と583系を比べると、私も583系の方がいいですね。
583系は座席車としても寝台車としても乗ったことがありますが、実際に乗ってみますとちょっと居住性には無理がありましたねえ。特に、昼間のリクライニングの効かないボックスシートは、今思えば特急としてはどうなんだろうというという気がしますが・・・
でも、なんか贔屓にしてしまいます。
急行津軽。初めて1人で北海道一周旅行に行った時に上野から乗りました。もう普通車しかつないでない時代でしたけどね。
山形ぐらいで夜が明け、青森に着くのが昼すぎで、連絡船に乗って函館に渡ったらもう夜。今思えばかなりのんびりしていましたが、またああいう鉄旅をしてみたいです。
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TagucyanRE: 宇都宮駅
Tagucyanさん
再訪ありがとうございます。
「北星」は確かにマイナーな存在でしたね(冒頭に交通博物館で買ったシールを掲載しましたが、あのラインアップには乗らない程度)。私も写真整理時に「あー、あったあった」と思い出したくらいの存在感ですが、どうやらこの写真を撮影した年の秋に廃止されたようですね。
583系は、北陸地方で「食パン」として運用されている頃は何度も乗り、「各駅停車にしては豪華な座席」でしたが、特急の指定席としては、(特に進行方向と逆の通路側は)かなり格落ちでしたね。寝台も、下段は広いですが上半身を完全には起こせないですし(窓の隙間に頭をねじ込む必要あり。ビールを飲むのに一苦労しました)、中段と上段は潜水艦の寝床状態ですし(よって利用したことはありません)、そういう面では中途半端な部分もあります。
しかし、なんというか「存在感」が今でも好きです(今纏めている旅行記「デジカメ編」でも、583系が出てくる予定です)。
実は写真を整理しているときに、もっと古い10系客車の「津軽」の行先標(サボ)も出てきました(ストロボが光ってなかったので真っ暗であり、掲載は無理でしたが)。この当時は、寝台特急を補完する重要な立ち位置の急行列車でした(存在感もかなりありました)。
「八甲田」もそうですが、だんだん座席化して、編成も短くなって、そして消えてしまいましたね。新幹線は確かに便利ですが、「上野発の夜行列車♪」を、もう一度やりたい衝動に駆られます。
と、昔話をすると長くなります。
では、今後ともよろしくお願いします。
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国電2020年04月29日18時46分 返信する -
これはなつかしいです
国電さま
はじめまして。
私も昭和62年の夏と、平成3年の冬に周遊券使って北海道を回ったことがあるので、それとちょうど1年ずつずれている旅行記を拝見して、フォローされていただきました。
たぶん、同じような列車に乗って、同じような景色を眺めて旅してたのだと思います。
当時の記憶がよみがえってきます。
それと、将軍様の国にも行っているですね。今はなかなか行けないんでしょうね。
実は私ももう20年近く前ですが行ったことがありまして、でも当時はあれほど自由に写真が撮れなかったような気がします。でも、景色というか雰囲気はあんな感じでした。
コロナさんの影響で、家にいる時間が大幅に長くなったので、私も昔の写真を漁って編集してみようかななんて思ったりしております。
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Tagucyan -
外出自粛&自宅待機
はじめまして。
新型コロナにより「外出自粛」「旅行などは論外である」「自宅待機である」・・・
私も全く同感です。いざ自分がやるとなるとなかなか大変なことですけど(でも、やらなきゃいけない)。
最近は、旅というよりは単なる消費活動にしか見えない雑な旅行記がちまたにあふれている中、国電さんの旅行記は旅情豊かで良いですね。
胆振線の件の駅は、新大滝でしょうか?
針葉樹をバックに単行気動車がとても良い雰囲気を醸し出していると思います。
それでは今後ともよろしくお願いします。
Happy Station
RE: 外出自粛&自宅待機
Happy Stationさん
ご訪問ありがとうございました。
自分で書くだけでなく、他の方の旅行記を読むのも好きなのですが、昨今の状況ではどうしても「近所の喫茶店や公園の訪問記」のようなものになりがちです(それを読んでも旅に行った気分になれず)。そこでふと思いついたのが、今回の「回想録形式」でした。
胆振線の駅ですが、喜茂別あたりかと思って画像検索したのですが、まったく違うものでした。ご指摘いただきまして「新大滝」で画像検索しましたところ、引込線の数や背後の森林など、これはもう間違いありません。モヤモヤがスッキリしました、ありがとうございます。
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国電2020年04月12日17時24分 返信する -
懐かしいです!
初めまして!、懐かしくて涙が出ますね!…、初めて北海道に行ったのが今から45年前ですから、全てが懐かしいです。このような旅行記を待っていたんです。
私も鉄っちゃんだったので乗り鉄・撮り鉄で、周遊券片手にY・Hや野宿で貧乏旅をしました。これからの拝見させていただきますので宜しく!!。 -
K3
国電さん
こんばんは
一昨年だったか、計画したけど乗れなかったK3・・
途中(二連)までだったので、その先の風景、なるほど~~
と拝見させていただきました。
当時と微妙に時刻が異なるよう、ただ出発は水曜日は変わって
いないようですね。
中国国内二連までの車両も空調なかったですけど、モスクワまで
の車両も未だに空調なかったんですか。そのわりに、けっこういい
お値段(運賃)取るような気もします。まぁ、窓を開けられる、って
考えれば走り出してしまえさえすればむしろいいかも、ですよね。
tanupam
Re: K3
tanupam 様
再訪ありがとうございます。
台車交換は、「今時こんな方法を残しているのか」という驚きもあり、なかなか興味深く見学しました(もめている長崎新幹線にぜひ…というのは冗談ですが)。
しかし、夜遅いのが難点ですね。2時まで起きているのは、至難の業です。
K3の時刻については、車内に貼ってあるのも少し違いました。旅行社からもらった資料が最新のようです。
当初は8月を狙っていたのですが、K3に空席がなくて9月に変更。しかし、それが幸いしました。空調なしで北京の猛暑は、9月前半でもギリギリ、という感じでしたので(9月後半になるとモンゴルやロシアは寒くなりすぎますし)。
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国電2019年09月20日08時10分 返信する -
軍人。
国電さん、今晩は。
北の「鐵」レポート、興味深く拝見しました。
子供の希望が「軍人」との事ですが、十分有りだと思われます。
何故かというと、戦前の日本も出世コースと言えば、政治家、官僚、軍人でした。(笑)選挙に当選すれば政治家になれますが、世の中、ソー甘くは無い。(笑)
政治家になれても、首相には簡単になれません。
首相は、内務大臣が天皇に奏上した人物しか、天皇から指名されません。
天皇から指名されて、晴れて首相になれます。
高級官僚は、天皇から指名されないと高級官僚になれません。
軍人も同じで、将官クラスは天皇が指名します。
指名する名前が、陸海軍省から挙がってきて、天皇が決済をして決定されます。
「中将」とも為ると、任官には皇居に於いて任官式が執り行われますので、天皇に拝謁と言う事になります。
帝国臣民は、中将までしか為れない。(天皇が大将なので・・・。)
現代の日本は、色々な職業があり、色々な人生が有るので、一概に言えない状態に為ってます。
逆な言い方をすれば、「職業選択の自由が無い国」ですね。
そんな中での「軍人」の選択は、精一杯の選択だと思われます。
墨水。
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湧網線
49年2月雪まつり、納紗布岬、尾岱沼大白鳥、網走流氷と。
厚床から標茶、弟子屈、斜里へ抜けた。SLも貨客混在車両も多く走っていました。
標津線も廃線、
湧網線で中湧別、遠軽経由で旭川へと計画。
乗り込んだ1両は雪をかき分け走るが、常呂駅でこの先積雪で運転休止となる。
急遽代行バスが北見まで出るとのことで乗車。
池北線で帯広へ、、、後のちほく高原鉄道も廃線。
更に広尾線でえりも岬へ。
広尾線も廃線。



