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jijidarumaさんのクチコミ(4ページ)全587件

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  • 青梅:火打屋本店の店構えはパン屋、私共の印象はいまだに団子や酒まんじゅうである。

    投稿日 2023年07月10日

    火打屋本店 青梅

    総合評価:5.0

    2023年5月30日~6月1日、亀の井ホテル青梅(旧かんぽの宿)に2泊して、故郷の青梅に墓参りをした。

    青梅には定評のある「酒まんじゅう」がある。

    <火打屋本店 (ひうちや ほんてん)>
    住所:〒198-0041 東京都青梅市勝沼1-43
    Tel:0428-22-2483
    営業時間: 9:00~18:30 (定休日は日曜日・祝日)

    火打屋本店:店構えはパン屋、私共の印象はいまだに団子や酒まんじゅうである。

    明治10年、火打鍛冶屋として創業。団子や酒まんじゅう屋を経て、戦後からパン屋として生まれ変わった。パン屋としても既に60年以上の歴史がある。
    コッペパンや食パンが定評のある商品だそうで、もう団子や酒まんじゅうは店の商品案内にはないのが寂しい。
    青梅線東青梅駅北口から徒歩3分にあり、高校生の頃から、団子や酒まんじゅうを買い食いした記憶がある。

    予約済みの酒まんじゅうを70個(6,000円)購入した。

    昔ながらの美味い酒まんじゅうはお気に入りなのだ。

    酒まんじゅうは安い(今時のケーキ類と比べると、腹持ちも良く一個100円は実に安い、健康にも良い)、しかも美味い。

    御ババ様が頑張って、名代の酒まんじゅうを作っていると聞いていた。
    パン製品が並ぶ中、辛うじて、御ババ様お手製と思われる、安く美味い酒まんじゅうが写真のようにコーナーに並んでいた。

    家では、お茶の時間に冷凍した酒まんじゅうを解凍後、トースターで3分ほど焼いて食べている。皮はモチモチで食べ心地が良い上に、熱さを冷ましながら食べる餡が実に好ましい味なのだ。
    娘家族も、こちらの酒まんじゅうも気に入っていて、お土産を楽しみにしている。

    旅行時期
    2023年06月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦(シニア)
    一人当たり予算
    3,000円未満 
    利用形態
    その他
    アクセス:
    4.0
    コストパフォーマンス:
    4.5
    サービス:
    4.5
    雰囲気:
    4.0
    料理・味:
    5.0
    観光客向け度:
    4.0

  • 青梅:道味(どうみ)を訪れて、電話で予約済みの最中を40個(5,700円)購入した。

    投稿日 2023年07月09日

    道味 青梅

    総合評価:5.0

    2023年5月30日~6月1日、亀の井ホテル青梅(旧かんぽの宿)に2泊して、故郷の青梅に墓参りをした。

    青梅を代表する和菓子店には大好きな最中がある。実家の亡くなった両親もひいきにしていたので、青梅に来ると、いつも土産にする。

    以前、【青梅の甘味処・昔ながらの銘菓が楽しめる道味】といったものを投稿したが、先代御主人夫妻がたてつづけに亡くなられたので、コロナ禍での家業の将来や、良き味を保てるのか心配していた。
    今年の1月に訪れた時は完全に閉まっていたので、休業したのかと心配したが、法事でもあったのだろう。

    6月1日、千葉へ出発する前に、道味(どうみ)を訪れて、電話で予約済みの最中を40個(5,700円)購入した。

    帰宅して食べてみれば、変わらない味の最中に大いに感心し、今は安心している。


    <道味和菓子店(どうみわがしてん)>
    住所:東京都青梅市住江町68
    電話:0428-22-3201
    和菓子専門店:最中、青梅せんべいなど。9―18時営業(月曜定休)。

    創業弘化3年(1846年)頃、当初は薬種商を営んでいたが、いつからか菓子を造って売るようになり、現在に至っている。
    「道味」と書いて「どうみ」と読ませるが、この店名の由来はご先祖様の俳号だそうだ。

    青梅駅のロータリーの先の大通りを左手に行くと、丘の上に祀られた住吉神社がある。徒歩約4分と近いが、その住吉神社前に創業160年以上という青梅でも老舗の道味和菓子店がある。ここには私共のお気に入りの御菓子がある。
    道味の名前を入れた皮に、甘さを抑え小豆の旨味を出したつぶし餡を入れた香ばしい最中である。娘や孫たちも大好きな味で、お土産には最適なのだ。

    案内によると、最中の賞味期限は7日~10日で、夏季は冷凍しても美味しいとされている。私共にとって、この種の品にしてはよく長持ちがして、味も常温で置いても変わらないのが良い。
    夏場になれば、冷凍しても味が落ちないのがすごい。

    私共老夫婦にはこの日、同じようにお土産を購入した酒まんじゅうと共に故郷の味で、もったいないからと、長く食べるために、一個を半分にして二人で食べることもある(笑)。

    ・・・・・

    旅行時期
    2023年06月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦(シニア)
    一人当たり予算
    3,000円未満 
    利用形態
    その他
    アクセス:
    4.5
    コストパフォーマンス:
    5.0
    サービス:
    5.0
    雰囲気:
    5.0
    料理・味:
    5.0
    観光客向け度:
    4.5

  • 潮来市:二本松寺(にほんまつじ)には水戸光圀公の事績が残る。

    投稿日 2023年06月12日

    二本松寺 潮来

    総合評価:4.0

    地域の情報誌に茨城のアジサイの名所、潮来にある「二本松寺のアジサイの杜」の事が紹介されていた。
    2023年6月7日(水)、
    梅雨に入る前の上天気の一日、ドライブ・散策を兼ねて、茨城のアジサイの名所「二本松寺のアジサイの杜」を訪ねた。
    潮来市の史跡めぐりには欠かせない寺である長勝寺(ちょうしょうじ)のように、二本松寺も歴史も伝統もある名刹だ。

    【天台宗羽黒山覚城院・二本松寺】
    〒311-2433 茨城県潮来市堀之内1230
    Tel:0299-64-2263

    6月のアジサイの季節には40,000㎡の境内にアジサイ祭りが催される。
    駐車場 :無料(120台)

    <その歴史>
    天台宗羽黒山覚城院二本松寺と称する。本尊は秘仏薬師如来。
    400年間、嶋崎氏の寺で。その滅亡後は大大名の佐竹氏、特に光圀公の徳川水戸藩の尊宗を受け、格別の支援を受けた。末寺は25ヶ寺。


    <境内の見所と銘木>

    ①享保の延命地蔵菩薩半跏

    ②嶋崎氏一族の供養塔

    ③板碑

    ④菩提樹
    樹齢約350年、樹高12m。

    ⑤ふたもとの松
    水戸光圀公の歌碑が、ふたもとの松の横に立っている。
    『ふたもとの 松のみとりの 色映えて 紅にほふ 軒のむめが香』

    ⑥天然記念物 二本松寺の槇(まき) 
    樹高13m。(昭和50年潮来市指定文化財指定)

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

    (2023年6月5日Wiki・HP参考、編集・追記)

    旅行時期
    2023年06月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦(シニア)
    アクセス:
    3.5
    人混みの少なさ:
    3.5
    見ごたえ:
    4.0

  • 関宿城博物館から見下すと、けやき茶屋は名前の通り、けやきの大木が目印になっている。

    投稿日 2023年06月28日

    けやき茶屋 野田・関宿

    総合評価:3.5

    今日(2023年5月30日)、故郷の青梅に墓参りをしようと、行程を考えた。

    千葉県民となって50年近くになるが、一度もこの千葉最北端にある関宿(せきじゅく と呼んでしまうが、正しくは「せきやど」である)の地を訪れたことが無かったので、ここ経由で青梅に行く事に決めた。
    この日の気温は26度、快晴である。 

    関宿城博物館の駐車場から見下すと、古びた一軒の茶屋がある。
    名前の通り、けやきの大木が目印になっている。いろいろと、料理の種類が短冊のように壁に掲示されている。同年輩の老夫婦がやっている店だ。そう流行っているようには見えないが、此処しかないのだ。

    お客は私共だけで、何となく落ち着かず。店内の新聞記事などを見て回る。
    家内は最近郊外に出ると、昔ながらのラーメンを食べたがる。なかなか美味いのにあたらないのだが、今日もラーメンにトライした。
    私は無難と思った、こちらのおでんの定食を頼んだ。
    食事だけでは悪いかなと思い、帰り際にお土産に漬物と揚げもちを購入した。
    代金合計3,140円也。

    ・・・・・
    けやき茶屋では思っていた以上の収穫があった。地元紙の*千葉日報の新聞記事である。
    これを貼っていた老夫婦の思いをちょっと察した。

    1996年1月の新聞記事が店内の壁に貼ってあった。
    旧関宿藩の家老や上級武士たちの末裔の親睦団体である関宿藩士会(今も関宿に在住するそうだが)が、関宿城博物館の完成を機に、関宿城主久世氏12代目の殿様!を迎えたという記事であった。
    けやき茶屋の老夫婦には聞かなかったが、古い記事を残していたので、ひょっとして、関宿藩士会のメンバーだったかもしれない。

    それに幾つかの記事、一つはこの町の偉人である終戦時の首相鈴木貫太郎氏の記事である。鈴木貫太郎氏の記念館があるそうだが、訪れていないものの、調べてみると現在は休館中だと云う。その他2つの記事は「房総の駅百景」、「博物館図鑑(関宿城博物館)」といったもので、当地の事を書いている。
    ・・・・・

    食事を終えて、茶屋の横手から城を見上げた。可愛らしい、小さな城だ。

    旅行時期
    2023年06月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦(シニア)
    一人当たり予算
    2,000円未満
    利用形態
    ランチ
    アクセス:
    3.5
    コストパフォーマンス:
    3.5
    サービス:
    3.0
    雰囲気:
    3.0
    料理・味:
    3.5
    観光客向け度:
    3.5

  • 千葉県の最北端にある関宿城(現模擬城)は江戸城防衛もあって、徳川家の譜代大名が代々の関宿藩藩主を務めた。

    投稿日 2023年06月04日

    千葉県立関宿城博物館 野田・関宿

    総合評価:4.0

    野田市:関宿城博物館(せきやどじょう はくぶつかん)
    所在地:〒270-0201 千葉県野田市関宿三軒家143-4
    Tel:04-7196-1400
    http://www2.chiba-muse.or.jp/SEKIYADO/

    千葉県立関宿城博物館(写真参照)は千葉県野田市、かつての関宿城址付近にあり、関宿城、旧関宿町、利根川・江戸川という河川(大がかりな利根川東遷事業=河川改修)に関する県立の総合博物館である。
    関東の富士見百景に選定されていると云う。

    2023年5月30日、故郷の青梅に墓参りをしようと、行程を考えた。
    千葉県民となって50年近くになるが、一度もこの千葉最北端にある関宿(せきじゅくと呼んでしまうが、正しくは「せきやど」である)の地を訪れたことが無かった。

    この日、渋滞で名高い国道16号を経由し、時間がかかったが国道17号に入り、農村地帯に入ると、草原の果てに白亜の天守を望めた。小さいもののなかなか充実した展示で、興味津々で博物館を見学した。
    また四階・最上階の展望室から見る周囲の景観、利根川・江戸川の分岐点が確認できた。

    利根川水運の中継地として栄えた関宿の関宿藩は、北の外様大名に対する備えもあり、徳川家康の異父弟・松平康元が藩祖となっている。松平家の後も幕府の要職を務めた譜代大名(小笠原、牧野、板倉、久世(くせ)家)が配置された。
    (1階展示室、 2階企画展示室、3階多目的室、4階展望室、敷地面積:11,135m2 延床面積:2,172m2 )

    <開館時間・入場料>
    開館時間: 午前9時 - 午後4時30分(ただし入館は午後4時まで)
    定休日: 月曜日(月曜日が祝日または振替休日にあたる場合は開館し、翌日休館) 年末年始(12月26日 - 1月4日) その他、臨時に休館することがある。
    入館料: 一般 200円(団体 160円)

    入場料は大人200円とあったが、65歳以上の高齢者は有りがたいことに無料であった。

    広い駐車場も無料で、10台ほどが停まり、訪問客もアクセスの悪い場所だが、若い城好き思われる女性群など20数名が訪れていた。

    ・・・・・

    旅行時期
    2023年05月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦(シニア)
    アクセス:
    2.5
    コストパフォーマンス:
    4.0
    人混みの少なさ:
    4.0
    展示内容:
    4.5
    バリアフリー:
    4.0

  • 日本遺産に選定されている伊能忠敬記念館は、伝説の男・忠敬(ただたか)が主人公だ。

    投稿日 2023年06月21日

    伊能忠敬記念館 香取・佐原

    総合評価:4.5

    2017年5月30日、香取市佐原の公営駐車場(一日駐車料500円)に車を停め、日本で初めて実測による日本全国地図を作った、江戸期の偉人・伊能忠敬(いのう ただたか)の記念館を訪れた。

    2022年の秋、佐原の古刹・観福寺(日本厄除け三大師の名がある)を訪れ、寺域に伊能忠敬(1745年~1818年、享年73歳)の「参り(まいり)墓(髪と爪を納めた)」があったことを知った。

    【日本遺産(にほんいさん)】
    No.23 2016年4月25日

    「北総四都市江戸紀行・江戸を感じる北総の町並み」 - 佐倉・成田・佐原・銚子:百万都市江戸を支えた江戸近郊の四つの代表的町並み群が選定されてる。

    <佐原重要伝統的建造物群保存地区、佐原の山車行事、伊能忠敬記念館(伊能忠敬関係資料)、伊能忠敬旧宅、香取神宮、観福寺(銅造十一面観音坐像・地蔵菩薩坐像・薬師如来坐像・釈迦如来坐像・伊能忠敬墓)>

    の中にある「伊能忠敬記念館」は伝説の男・伊能忠敬の事績を理解できるように、関係資料が展示されていた。

    この日の館内には中学生が課外学習で訪れ、にぎわっていた。

    もったいないなと私共が思うほど、教師の指導も無く、記念館の人達の案内や説明も無く、彼等は館内をいたずらに右往左往している様子でした。


    ・・・・・

    旅行時期
    2017年05月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦(シニア)
    アクセス:
    4.0
    コストパフォーマンス:
    4.0
    人混みの少なさ:
    3.0
    展示内容:
    4.5

  • 佐原の小野川沿いの散策で、ちょっと面白いのは樋橋(とよはし)、異名が「ジャージャー橋」だ。

    投稿日 2023年06月19日

    樋橋 香取・佐原

    総合評価:4.0

    最近では小江戸・佐原(香取市)を目的地に走ることが多かった。

    今日、2023年5月16日(火)は半年ぶりに小江戸・佐原の小野川沿いの町並みを散策した。

    小野川沿いを巡ると、重要伝統的建造物群保存地域内に昔風の格子が目立つ建物が多いのが魅力である。その地域を流れる小野川(最長5.8km)には、上流から下流に(利根川に合流)かけて20ほどの橋が架かっている。その中でも多めに見て、観福寺近くの牧野橋、佐香江橋(さかえばし)、学校橋、樋橋(ジャージャー橋)、忠敬橋(ちゅうけいばし)、共栄橋、中橋、山田鰻店近くの開運橋までの両岸を散策するのが、適度で良い行程だと思う。

    公営駐車場に車を停め、伊能忠敬記念館横から小野川沿いに出た。
    伊能忠敬旧宅と樋橋(とよはし)の前で、丁度、落水を見る事が出来た。

    <佐原の小野川沿い散策:樋橋>

    香取市のHPを抜粋すると、
    樋橋(とよはし)は小野川にかかる橋の一つで、丁度、伊能忠敬旧宅前に見ることができる。元来は江戸時代前期に作られた佐原村用水を、小野川の東岸から対岸の水田に送るための大樋でした。

    大樋を通る水が、小野川にあふれ落ち「ジャージャー」と音を立てる事から、「ジャージャー橋」の異名で呼ばれる。
    落水は観光用に30分毎に実施され、「残したい日本の音風景100選」に選ばれている。


    ・・・・・・・・・・

    旅行時期
    2023年06月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦(シニア)
    アクセス:
    4.0
    人混みの少なさ:
    4.0
    見ごたえ:
    4.0

  • 香取市・佐原の小野川沿い散策:並木仲之助商店でお土産を購入。

    投稿日 2023年06月18日

    並木仲之助商店 香取・佐原

    総合評価:4.0

    最近では小江戸・佐原を目的地に走ることが多かった。

    2022年11月21日、【小江戸・佐原から潮来、神栖を巡る。①佐原の観福寺の紅葉、鰻のやま川で夕食を楽しむ。】
    2022年11月22日、【小江戸・佐原から潮来、神栖を巡る。③東国三社に数える神栖の息栖(いきす)神社に参詣し、佐原の荘厳寺(しょうごんじ)では国の重要文化財である十一面観音に驚いた。】

    今日、2023年5月16日(火)は半年ぶりに小江戸・佐原の小野川沿いの町並みを散策した。

    小野川沿いを巡ると、重要伝統的建造物群保存地域内に昔風の格子が目立つ建物が多いのが魅力だが、その一つに「並木仲之助商店」がある。
    営業時間:9時~17時
    定休日:不定休
    所在地:〒287-0003 香取市佐原イ502
    TEL:0478-54-2585

    店の案内によると、
    明治34年(1901年)創業(日用品雑貨荒物卸業)、
    平成10年より和紙とお香の商う。
    店内に心地よい香りが漂っている。

    佐原のお土産に、この店で購入したのは誕生月の絵ろうそく、外山康雄氏の作品「折々の花たち」の葉書です。

    愛想のよい女性としばし歓談し、気分良くこの日の小旅行を終えた。

    旅行時期
    2023年06月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦(シニア)
    アクセス:
    4.0
    お買い得度:
    4.0
    サービス:
    4.0
    品揃え:
    4.0

  • 栄町安食(あじき)の大鷲神社は春日局(かすがのつぼね)の崇敬が非常に厚く、出世開運の神として知られている。

    投稿日 2023年06月11日

    大鷲神社 鎌ヶ谷・印西・八千代

    総合評価:4.0

    2022年7月19日、印西市の隣町・栄町安食(さかえまちあじき)にお気に入りの菓子舗「春月堂」があり、名物「大鷲乃宮最中(おおわしのみやもなか)」を求めに出かけた。美味しい最中はご当地の大鷲神社(おおわしじんじゃ)の金色の大鷲を型取って創製したものだ。「酉の市」で近在にも知られた大鷲神社には参詣した事なく、注文品が出来上がる時間を利用して、丘の上の神社に詣でた。

    <大鷲神社(おおわしじんじゃ)>
    〒270-1516 千葉県印旛郡栄町安食3620

    社伝によれば、当神社の鎮座地である安食は、もとは下総国埴生郡安食村と呼ばれ、古言によると下総国(しもうさのくに)の「総」は布(麻)のことを表し、麻の縁の地であったと云う。
    主祭神の天乃日鷲尊(あめのひわしのみこと)は、その子孫代々麻植の神(おえのかみ)として神功があり、麻に係わりのある当地においても祭神になっている。
    文化文政の年代には鷲宮(鷲賀岡神社)と称していたが、明治26年頃より、大鷲神社と言うようになった。

    「大鷲神社」は江戸時代三代将軍家光の乳母春日局(かすがのつぼね)が信仰を寄せた神社である。家光が将軍になった事で、出世開運の神として知られている。

    尚、「大鷲神社」の「酉の市」は毎年12月の初酉の日から3日間開催される。

    また、驚いたことに「大鷲神社」の本殿下に、その末社である山上神社つまり魂生(金精)大明神(こんせいだいみょうじん)が鎮座していた事だ。

    魂生(金精)大明神(こんせいだいみょうじん)は金精様(こんせいさま)などとも呼ばれ、男根の形をした御神体を祀った神の一柱である。
    魂生(金精)神は金勢、金清、金生、根性、根精などさまざまな当て字がされている。
    魂生(金精)神を祀った神社は全国各地にあるが、特に東日本の東北地方から関東地方にかけての地域に多くみられると云う。

    そういえば、かつて印西市の松虫寺(まつむしでら)の門前に道祖神のような格好で石造りの魂生(金精)神がいくつか置かれていた事を思い出した。何年か前に訪れた時にはもう何処かに片付けられていた。

    ・・・・・・・・・・・・

    旅行時期
    2022年07月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦(シニア)
    アクセス:
    4.0
    人混みの少なさ:
    4.0
    見ごたえ:
    4.0

  • 酒々井町の飯沼本家・きのえねまがり家の酒蔵カフェは美味しく、値段もリーズナブルでした。

    投稿日 2023年05月25日

    酒々井まがり家 佐倉・四街道

    総合評価:4.5

    以前、酒々井(しすい)のアウトレットにあるインフォーメーションで甲子(きのえね)酒蔵・飯沼本家の冊子を頂いたことがあり、興味をもったものの、長く旅資料の箱に置きっ放しにしていた。今日4月27日、その長らく忘れていた、酒々井(しすい)町の「甲子(きのえね)酒蔵・飯沼本家」を訪れた。

    【千葉県酒々井町:甲子酒蔵・飯沼本家】
    〒285-0914千葉県印旛郡酒々井町馬橋106
    Tel:043-496-1111
    酒々井町の飯沼本家の創業は江戸・元禄年間(1688年~1703年)で、創業当時から300年の歴史を誇る酒蔵である。
    銘酒「甲子正宗(きのえね まさむね)」の醸造元である飯沼本家は、酒に因んだ縁起の良い町、酒々井の地で酒造りに適した、豊富な水源に恵まれ自然環境、閑静な森に囲まれている。
    飯沼本家 (iinumahonke.co.jp)

    目的の「きのえねまがり家」の酒蔵カフェは、この建物にある。

    <飯沼本家の「きのえねまがり家」:酒蔵カフェ、直売所>
    営業時間:10時00分~17時00分まで
    定休日:毎週月曜日(月曜日が休日の場合翌日が定休日)、年末・年始
    駐車場:普通車台数30台、大型車台数2台が可で、トイレ設備ある。

    「まがりや」とは東北地方の民家に多く、鍵型の曲がった作りが特徴的な建物で、馬屋(まや)の上に「ちし」と呼ばれる中二階があり、小さな明かり取りとなっている。飯沼本家のまがり家は、元々、新潟県東蒲原郡川上村というダムに沈んだ村の民家を瓦屋根に葺き替えて移築したもので、当所にあったものではない。

    平成7年(1995年)10月に接客棟として「酒々井まがり家(現:きのえねまがり家)」の営業を開始し、当初は日本酒の販売のみでしたが、徐々に食品や雑貨などを増やしていったと云う。
    移築以来、もう30年近くになるのだが、私共は初めての訪問だ。
    2階にはギャラリーを併設し、年4回~5回の企画展を開催している。この日は2階への階段は閉じていた。

    まがり家内には酒蔵カフェがあり、酒粕入りのうどんやカレーなどいった軽食や甘味の提供をしている。お酒の試飲コーナーもある。

    まがり家の左手奥にカフェ用スペースがある。
    席数が多いわけではないが、なかなか良いものを提供していた。

    私共は酒粕入りアイスにブルーベリー添え、バニラアイスにキャラメルソースを注文し、ホットコーヒーを飲んだ。お値段は1,540円也。
    いずれも大変美味しく、値段もリーズナブルなものだ。

    (2023年5月8日Wiki・HP参考、編集・追記)


    旅行時期
    2023年04月
    一人当たり予算
    1,000円未満
    利用形態
    その他
    アクセス:
    4.0
    コストパフォーマンス:
    4.0
    サービス:
    4.5
    雰囲気:
    4.5
    料理・味:
    4.5

  • DIC川村記念美術館の美しい庭園を歩いたあとは、静かなベルヴェデーレでお茶を楽しんだ。

    投稿日 2023年05月18日

    ベルヴェデーレ 佐倉・四街道

    総合評価:4.0

    今日は久しぶりにかつて大日本インキ化学と称し、現在名は分かりにくいDICと称しているが、そこの総合研究所と川村記念美術館を訪れた。
    ここには美しい庭園があって、結構花の季節に訪れる方も多い。

    【DIC川村記念美術館】
    〒285-8505 千葉県佐倉市坂戸631
    (旧社名:大日本インキ化学工業株式会社)
    050-5541-8600(ハローダイヤル)、043-498-2131
    9:30~17:00(入館は16:30まで)
    https://kawamura-museum.dic.co.jp/ (外部サイト)

    DIC川村記念美術館は千葉県佐倉市にある私立美術館である。
    川村喜十郎ら川村家3代の収集品を収蔵展示している美術館で、運営は親会社のDIC株式会社(印刷インキ・顔料・ポリマー材などの製造・販売)である。
    この美術館はDICと関連会社が収集した美術品を公開するために、DICの総合研究所敷地内に設立され、1990年(平成2年)5月2日に開館された。
    庭園入口の手前に第一、第二の駐車場(総数300台の無料駐車場)がある。
    DIC川村記念美術館・庭園はいわゆる北総台地と呼ばれる緑豊かな自然環境の中にあり、約3万坪の敷地内には数多くの樹木や草花が育ち、野鳥や昆虫にとっては天国であろう。

    敷地内は文字通り、四季折々の風景を楽しめる散策コースや庭園がある。
    ・・・

    散策に疲れて、出口に向かった。小腹も空いて、いつものように、「ベルヴェデーレ」でお茶をしようという事になった。

    【イタリア料理:レストラン・ベルヴェデーレ】
    千葉県佐倉市坂戸631 DIC川村記念美術館敷地内
    予約専用:050-5325-0782
    営業時間:10:00 ~ 17:00(ラストオーダーの時間16:30)
    ランチタイム:10:00~15:30、 席数:80席(個室1室)
    ※美術館の入館チケットなしで利用ができる。
    https://kawamura-museum.dic.co.jp/restaurant/
    「ベルヴェデーレ」とはイタリア語で「美しい眺め」の意味だ。
    全面ガラス張りのメインルームからは緑豊かな自然の他、池を優雅に泳ぐ白鳥の姿を見ることができる。

    地元、千葉県産の食材をふんだんに使ったイタリアン料理なのだと云う。
    地産地消をモットーに新鮮かつ旬な食材で作る料理を気軽に楽しるセットメニューからフルコースで提供されている。

    もう16時に近かったが、お茶をしていこうと、レストランに行った。
    庭園散策の方はまだまだいたのだが、レストランに入ったのは私共だけでした。

    レストラン入口近くの席で、会社関係者とおぼしき20名ぐらいの方たちが会食していたが、私共はお茶をしたいと、スタッフにお願いすると、前の写真あるレストラン奥に案内された。
    時間的には、もう誰もいないレストランだった。

    私はコーヒーにガトーショコラを注文。
    家内は紅茶に苺のロールケーキを頂いた。
    欲を言えば、もう少し量があると良かったのだが。
    合計2,200円のお茶でした。

    かつて訪れた時はこのレストランはまだ無く、軽食、カフェのようなものがあった。
    新たに、傾斜を利用して今風のレストラン・ベルヴェデーレを建てたようで、全面ガラス張りのレストランから、一段下に美しい庭園や池を眺めるようになっており、気持ち良い環境にあるレストランだ。
    さて次回は、なんの花の季節に訪れたら良いのだろう。
    その時は予約してイタリアン料理を楽しむのも良いかもしれない。

    ・・・・・

    旅行時期
    2023年04月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦(シニア)
    一人当たり予算
    1,500円未満
    利用形態
    その他
    アクセス:
    3.0
    コストパフォーマンス:
    4.0
    サービス:
    4.0
    雰囲気:
    4.0
    料理・味:
    4.0

  • 香港駐在中も『鴻星海鮮酒家』によく通ったものだから、旅行に来ると何となく立ち寄ってしまう。

    投稿日 2023年05月03日

    鴻星海鮮酒家 (海港城店) 香港

    総合評価:4.0

    【12年ぶりの香港訪問記】 

    <香港が英国から中国に返還されてからもう10年>

    2007年11/30(木):
    今日は香港らしい何でも揃っている、九龍半島南端の商業地区である尖沙咀チムサーチョイ(英名: Tsim Sha Tsui)近辺を楽しむ予定だ。

    香港と言えば、この尖沙咀(チムサーチョイ)の地域を歩くべきだろう。
    九龍半島の先端に位置し、目抜き通りである彌敦道(ネーザンロード)の風景は香港らしさがギッシリと詰まった、これぞ香港といってよいでしょう。

    カオルーンの海港城(英名:Harbour Cityハーバーシティ)は香港最大の売り場面積を誇るショッピングセンターである。
    尖沙咀のスターフェリーターミナルから、中国香港フェリーターミナルまでの約1.5kmという距離がつづき、ゲートウェイアーケード、オーシャンセンター、オーシャンターミナル、マルコポーロ香港ホテルアーケード、スターアネックスや3つのホテルなどが、巨大な複合施設になっている。

    ハーバーシティ内を歩き回り、お腹も空いたので、レストランへ。

    【香港・飲茶:鴻星海鮮酒家 (海港城店)】
    英名:Super Star Seafood Restaurant (Harbour City Shop)
    尖沙咀廣東道海港城港威商場2期4樓
    英名:4/F, Gateway Arcade, Harbour City, Canton Road, Tsim Sha Tsui
    【月~金】10:00~23:30 【土・日・祝】9:00~23:30

    お昼に点心を食べるのは香港流ですが、香港人の部下たちとは、毎日でも美味しい店で食べられる機会がありました。
    事務所のあった海港城にも『鴻星海鮮酒家』の支店があり、よく通ったものだから、旅行に来ると、何となくここに立ち寄ってしまう。

    『鴻星海鮮酒家』は香港に店舗数が多いが、中国や日本などにも店がある。
    海港城店は石頭魚(イシモチ)の専門店として知られていたが、近ごろ動物の形をした点心を提供していて、見た目でも楽しませてくれる。

    鴻星海鮮料理(点心)は海鮮料理のチェーンレストランでした。
    昼食時は広東の名物、点心=飲茶を提供している。
    店内は地元の家族ずれや観光客とおぼしき団体などで、いっぱいである。

    かに肉いり玉蜀黍スープ、海老餃子、シューマイ、野菜炒め、肉マン、甘い蒸しパン、ボーレイ茶などで、お腹も満足する。
    (12~14時:250香港ドル・4,000円)


    (2023年3月2日、Wiki・HP参考、編集・追記)

    旅行時期
    2007年11月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦(シニア)
    一人当たり予算
    2,000円未満
    利用形態
    ランチ
    アクセス:
    4.0
    コストパフォーマンス:
    4.0
    サービス:
    4.0
    雰囲気:
    4.0
    料理・味:
    4.0

  • 香港:マンダリン・オリエンタルホテル自慢の広東料理マンワーに満足!

    投稿日 2023年05月01日

    マンダリン オリエンタル ホンコン 香港

    総合評価:5.0

    【12年ぶりの香港訪問記】 

    <香港が英国から中国に返還されてからもう10年:その5 ザ・マンダリン・オリエンタルホテル自慢の広東料理マンワー(文華廰)に満足した。>

    “楽在香港・食在香港”と呼ばれる香港には中国各地の料理があるが、やはり、香港をリスペクトするには、広東料理がふさわしい。

    最終日の夜はThe Mandarin Orientalザ・マンダリン・オリエンタルホテル(文華東方酒店)の広東料理店Man Wahマンワー(文華廰)で食べることにしていました。

    2007年12/01 (土):

    12月に入ると、香港もかつての旧主英国に倣って、クリスマスムードの飾り付けが各所で始まる。
    私共がこの時期の香港訪問が好ましいと思うのは、湿気の無い天気の良い日が続く気候と、このヨーロッパムードのクリスマスモードがあるからだ。

    【The Mandarin Orientalザ・マンダリン・オリエンタルホテル(文華東方酒店)のホテル自慢のケーキ-チョコレート・ショップでお土産の調達】
    5 Connaught Road, Central, Hong Kong 
    香港中環幹諾道5號

    17時半頃、ザ・マンダリン・オリエンタルホテル(1963年の開業)のロビーに行き、予約の18時半まで、まだ1時間もある。
    もう他に行く気もないし、お茶を飲むのも夕食が目前では無理だ。

    このホテルのチョコレートを買って帰ることを思い出して、ケーキ-チョコレート・ショップにまわる。チョコレートなどでできたお菓子の家がショップの前に飾られていて、楽しい雰囲気である。
    美味しそうなチョコレート、ケーキが並んだケースから、土産にGrd Marnier Cake 、4pcs Cho-Box、16Pcs Cho- Boxを選ぶ。

    ただ、日本まで持ち帰るのも結構大変だが、何とかなるだろうと購入した。
    (香港ドル604=8,754円)

    【The Mandarin Orientalザ・マンダリン・オリエンタルホテル(文華東方酒店):Man Wahマンワー文華廰はホテル自慢の広東料理レストラン】

    『食在広州:食は広東にあり』と古くから言われているが、材料も調理法も豊かなのが広東料理で、全体的に新鮮な素材の味を生かした、繊細な味の料理である。
    大部分の香港人は広東省出身者を祖先に持つ人々であり、香港で最もポピュラーな中国料理は広東料理であり、地元・郷土料理といえる。

    ザ・マンダリン・オリエンタルホテル最上階にあるManWahマンワー文華廰は“香港美食探訪”(Yahoo検索の記事)でも、最もお勧めのレストランの一つになっている。
    とりわけ、サービスが丁寧でベストの由だ。店内は上品且つ高級感が漂うとのコメントがあり、夕食が楽しみである。

    営業時間:毎日昼食は12時~15時、夕食は18時半~23時

    18時半ぴったりに最上階のManWahマンワー文華廰に行くと、窓際の良い席が予約されていた。窓越しに見える高層ビル街、ヴィクトリア湾の眺めはまずまずのものでうれしい。

    さて、オーダーは次のようになりました。
    お酒はアルザスの白・辛口をグラスで頂き、

    料理は鶏肉入りフカヒレスープ、
    酔っ払い海老(目の前で調理してくれる。請求書は8匹であったが、なぜか10匹がでてきた!!!)、
    鳩肉のミンチ炒め(レタスで包んで頂くのも楽しい)、
    牛肉のオイスターソース炒め、
    デザートはマンゴープリン。
    お茶はボーレイ茶。
    最後に厨房から中国菓子がサービスされた。

    因みにフカヒレスープ2人分は香港ドル796=11,537円、
    酔っ払い海老は1匹香港ドル38=550円x8の請求であった。
    フカヒレスープが良い値段であることが、他の料理と比較すると良く分かる。

    今夕のお支払いは香港ドル2,096.8=30,391円と、ちょっぴり贅沢をしたことになりました。(18時半~20時半)


    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

    大満足でホテルに21時に帰り、明日の帰国の準備をする。


    旅行時期
    2007年12月
    利用目的
    観光
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦(シニア)
    コストパフォーマンス:
    4.0
    サービス:
    5.0
    ロケーション:
    4.5

  • 北総の大きな山桜、その代表的な3つは「黄門桜」、「三度見の桜」、「吉高の大桜」である。

    投稿日 2023年04月26日

    吉高の大桜 佐倉・四街道

    総合評価:4.0

    【七十二候・雷乃発声(かみなり すなわち こえをはっす):印西市の鳥見(とみ)神社・三度見の桜と吉高(よしたか)の大桜を期待して訪れた。】

    産経新聞に今週は【七十二候・雷乃発声(かみなり すなわち こえをはっす、3月31日~4月4日)】であると小さく載っていた。

    3月下旬以来、千葉の北総(ほくそう:主に千葉県北部地域)を走り、各地の桜見物をしている。

    4月3日に匝瑳市「飯高の黄門桜」を訪ねたので、北総で知られた山桜は「三度見の桜」と「吉高(よしたか)の大桜」の二つが残っている。

    それで、4月4日も同じように日帰りの桜巡りをした。
    そして、これが最後の【桜だより】になった。

    千葉の北総(ほくそう:主に千葉県北部地域)で知られた山桜の大木は、
    匝瑳市「飯高の黄門桜」、
    印西市小林の鳥見(とみ)神社・「三度見の桜」、
    印西市吉高の「吉高(よしたか)の大桜」である。

    その内、「飯高の黄門桜」は4月3日に訪れた。水戸黄門様ゆかりの、由緒ある一本桜として伝わるものだが、黄門桜は盛りにちょっと遅れたようで、葉桜になりつつあったが、花びらを見ると、まだまだ美しかった。

    残る印西市小林の鳥見(とみ)神社・「三度見の桜」、印西市吉高の「吉高(よしたか)の大桜」も盛りを過ぎているかなと思いながらも、気持ちは期待して、4日に二つの山桜を訪れた。

    ・・・・・

    昔々、あまり世に知られていない頃に、印西市の「小林牧場の桜」や「吉高の大桜」を子供たちもつれて見に来た事があった。

    もう私にはセピア色した思い出になってしまったのだが、今はその時と様変わりで、桜の季節になると人々が桜を見に参集する。そして手に手にカメラをもって写真撮影に専念している。
    ただ農道が狭く、車がすれ違うのが困難(この為、道の入口にガードマンを配して通行を制限している)なので、桜見物の方は1.5km離れた「印旛中央公園」の駐車場に車を停めて、20分ほど歩かねばならない。

    小林の鳥見(とみ)神社・「三度見の桜」を見てから、遅めに出たが、予想した通り、既にガードマンは撤収し、番小屋だけが道路わきにある。
    道に入ると、直ぐ大桜が見えるかと思ったが、森蔭に入っているのか、見えない。
    丁度やって来た地元の中学生に聞いてみると、まだ先らしい。
    対向車が来るのを気にしながらそのまま進むと、「吉高の大桜」が右手に見えた。

    そこは農道が少し切り込んでいて、やや道が広めになるので、そこに車を寄せて停めた。少し上がると畑地で、そこから「吉高の大桜」が見えて、3人の方が写真を撮っていた。
    私も畑地に入らぬように手前に立ち、デジカメを少し拡大して、この写真を撮った。

    私が停車した位置の後方100mに、小型車がこちらの様子を見て、私の車が動くのを待っている様子だった。
    写真を1枚撮ってから、車を前に進めると、10mほど右手に小さな数台の駐車場があったが、いっぱいだった。

    尚、*吉高(よしたか)の大桜の由来は、奈良時代和名抄に記されている下総国印波郡吉高郷とあり、古くからこの地は知られている郷の中心である須藤家(屋号 文左衛門)の氏神祠(うじしんし:ほこら)に植えられた「ヤマザクラ」である。
    (文化財保護の会/吉高大桜を守る会)

    *根元周囲は所有者須藤家の祭祀場(氏神うじかみ)として周辺より1mほど小高く塚状に盛土されており、良好な環境条件に恵まれて樹勢を拡大してきた。
    (印西市教育委員会)

    いやはや、やはり大変な場所だと思いつつ、車を前に進め、集落の狭く、曲がりくねった道を抜けて、成田の甚兵衛大橋に至る道路に出た。

    <吉高(よしたか)の大桜>
    印西市吉高930
    所有者:須藤家(屋号 文左衛門)

    「吉高の大桜」は樹齢300年を超える孤高の一本桜(山桜)で、市の天然記念物に指定されている。「小林牧場の桜」と併せて、印西市の2大花見スポットと称されていると云う。
    幹周囲6.85m、樹高10.6m、枝張最大幅25.8mを超える山桜で、満開した姿はピンクの小山のような景観で実に驚かされる。
    例年、ソメイヨシノより1週間程度遅く開花し、満開の状態は2、3日しか続かないという山桜である。

    ・・・・・

    北総の大きな山桜、その代表的な3つは「黄門桜」、「三度見の桜」、「吉高の大桜」であるが、それぞれがちょっと目につかない農地に、その長い寿命を誇っていた。
    3つの山桜は皆、アクセスに困るぐらいの地にあったが、今の時代は丁度良いのだろう。

    旅行時期
    2023年04月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦(シニア)
    アクセス:
    1.5
    景観:
    4.0
    人混みの少なさ:
    2.5

  • 匝瑳の黄門桜を見た帰りに、昔懐かしいレストラン松原に寄った。

    投稿日 2023年04月22日

    レストラン松原 成田

    総合評価:4.0

    2023年4月3日、多古町八田桜通りから、日本寺の桜、匝瑳市飯高の黄門桜を訪ねて日帰りの桜巡りをした。

    17時40分、少し早い夕食だが、以前からこの道路の行き来に目に入るレストラン松原、成田空港建設時から建っていたから、もう年期も入った建物だ。
    丁度信号がある場所なので、信号待ちをする際、眺めてみると、いつも車が数台駐車していて、人気が高いようだ。
    SNSの旅行記でどなたかが、宿泊ホテルの食事をせずに、わざわざホテルから歩いてレストラン松原まで来て、食事をしていたのを見た事がある。
    家内共々気になっていたので、この日、漸く訪れた次第だ(笑)。

    <レストラン松原>
    千葉県成田市大山12-1
    Tel:0476-32-0663

    昔懐かしいレストラン・喫茶店だと云う。

    確かに建物も古びていたが、中も時代物がそこかしこにある。今風と言えば、漫画本が棚にずらっと並んでいた事だ。
    入ってみると、奥の壁に沿った席に、何やら地元の方と思われる十人ぐらいの年配者が食べていた。何かの集まりだろうか。何を注文するのか?と興味あるのか、じろじろと皆さんでこちらの席を見ていた。
    その他に3人の家族連れ、1人の中年男が入って来た。
    私共が食べ終わる頃、奥の席の方々が一斉に立って帰って行った。

    レストランは私共と似た年輩のご夫婦がやっておられた。
    他に従業員の姿は見られなかったから、多分、奥様が料理をし、ご主人は注文取り、料理運び、代金の精算などをしている様子だった。

    夕食:家内はレストラン松原で人気のハンバークを注文した。私はレストラン松原のポークジンジャー。
    夕食の値段は御飯付きで合計2千円。味は確かで、感心した。
    手間をかけない、ざっくりした野菜の調理法が珍しいなと思った。

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

    旅行時期
    2023年04月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦(シニア)
    一人当たり予算
    1,000円未満
    利用形態
    ディナー
    アクセス:
    4.0
    コストパフォーマンス:
    4.0
    サービス:
    3.0
    雰囲気:
    3.0
    料理・味:
    4.0

  • 匝瑳市飯高の黄門桜は山桜、見事な樹形を見せて、長い寿命を誇っていた。

    投稿日 2023年04月19日

    黄門桜 九十九里

    総合評価:5.0

    【七十二候・雷乃発声(かみなり すなわち こえをはっす):匝瑳市飯高の黄門桜を訪ねた。】

    産経新聞に今週は【七十二候・雷乃発声(かみなり すなわち こえをはっす、3月31日~4月4日)】であると小さく載っていた。

    3月下旬以来、千葉の北総(ほくそう:主に千葉県北部地域)を走り、各地の桜見物をしている。
    4月3日は同じように日帰りの桜巡りをした。多古町八田(たこまちはった)桜通り、日本寺(にちほんじ)のソメイヨシノ・枝垂れ桜、匝瑳市飯高(そうさしいいたか)の黄門桜などを訪ね、帰途、香取市の道の駅くりもと(栗源)の枝垂れ桜を見てきた。

    関東三大壇林の一つである飯高檀林(いいだかだんりん:現・匝瑳市飯高寺はんこうじ)近くにも御手植えの桜が「黄門桜」の名で残っている。

    地図によると、飯高寺の北と南に駐車場がある。南の駐車場には観光案内所が置かれ、常時人がつめていた。そこで御聞きすると、ここから黄門桜は歩いても結構距離がある。
    車で行くと、遠回りだが、近くに無料駐車場もあり、今の時間は問題なく停められるとの事だった。

    ≪匝瑳市飯高(そうさし いいたか)の黄門桜≫
    千葉県匝瑳市飯高2088-4
    元禄11年(1698年)に水戸光圀公(黄門さま)が飯高寺へ訪れたことを記念して、佐原から同寺までの街道に松と桜を植樹した。黄門桜は記念して植えられた並木桜のうち、唯一現存する由緒ある一本桜だと云う。
    幹周り5.5m 樹高約7m 葉張り約16m 山桜の一種で、ソメイヨシノより1週間くらい遅く開花する。

    黄門桜の前の道は幅がとても狭いので、黄門桜の保護のため、黄門桜のそばの駐車は禁止されている。

    尚、黄門桜は写真の様に農地の中に咲いているのだが、農道よりちょっと広い道が黄門桜の方に続いている。
    飯高寺の南駐車場にある観光案内所に常勤していた小母さんのアドバイス通り、農道入口の左手にあった無料駐車スペースは、この日(15時40分頃)は駐車している車は無かった。そこは十台ほどの無料駐車スペースがあったので、たいへんありがたかったが、満開時期には車も多くなり、駐車は難しいだろう。
    少し歩くことになるが、飯高寺の北と南に駐車場があるので、それを利用するのが良いかもしれない。

    無料駐車スペースから歩いてすぐに黄門桜がある。さすがに老木ゆえ、添え木の様なものでカバーされていた。
    黄門桜は盛りにちょっと遅れたようで、葉桜になりつつあったが、こうして花びらを見ると、まだまだ美しい。
    家内は黄門桜の上を見上げている。こちらの樹形も良い。手前には誰が置いたのか?花見用なのだろう、石の大きなテーブルがあった。

    北総の大きな山桜、その代表的な3つは「黄門桜」、印西市の「三度見の桜」、「吉高の大桜」であるが、それぞれがちょっと目につかない農地に、その長い寿命を誇っていた。
    3つの山桜は皆、アクセスに困るぐらいの地にあったが、今の時代は丁度良いのだろう。

    ・・・・・

    【飯高檀林(いいだかだんりん)=飯高寺(はんこうじ)】
    千葉県匝瑳市飯高1789
    飯高檀林=飯高寺は天正8年(1580年)に日生(にっしょう)により開基され、山号は妙雲山法輪寺と称する。
    飯高檀林は関東で初めて日蓮宗の檀林(僧侶の学問所)となり、その後、天正19年(1591年)に徳川家より日蓮宗の根本檀林として寺領30石を寄進され、徳川家康、養珠院(ようじゅいん:お万の方と称した家康の側室は紀州徳川家の家祖頼宣、および水戸徳川家の家祖頼房の母でした)、頼房(よりふさ)、光圀(みつくに)、頼宣(よりのぶ)などの信仰も厚く、その庇護を受け、格式の高い檀林へ発展した。
    つまり当時、関東8檀林、関西6檀林あわせて14檀林があった中で、最高位の檀林であったと云う。元禄時代(1700年代)には450~650名の学僧がいたと、パンフレットに書かれていた。
    飯高檀林は明治の学制発布により廃檀となり、294年間の歴史を閉じるが、その名跡を継いだ「立正大学」へと形を変えて発展する。
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
     (2023年4月8日Wiki・HP参考、編集・追記)

    旅行時期
    2023年04月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦(シニア)
    アクセス:
    2.5
    景観:
    4.5
    人混みの少なさ:
    5.0

  • 山武市:またガッカリの長光寺の枝垂れ桜だったが、その樹形が好ましい。

    投稿日 2023年04月17日

    長光寺 九十九里

    総合評価:4.0

    ≪七十二候・桜始開(さくらはじめてひらく):またガッカリの山武・長光寺の枝垂れ桜≫

    産経新聞に今週は【七十二候・桜始開(さくらはじめてひらく:3月26日~30日)】であると小さく載っていた。

    先日、ドライブがてら、八街(やちまた)市の先、山武(さんむ)市の妙宣寺(みょうせんじ)、長光寺にある枝垂れ桜を見に行った。
    3月下旬から4月初旬に開花するとの情報が山武市観光協会の案内にあったから、3月27日は丁度良いかなと思って、車を走らせた。
    山武市の妙宣寺(みょうせんじ)の枝垂れ桜を先に見て、近くの長光寺(ちょうこうじ)の枝垂れ桜を見たのだった。

    妙宣寺(みょうせんじ)の枝垂れ桜、近くの長光寺(ちょうこうじ)の枝垂れ桜は、その美しさは甲乙つけがたいと云う。


    <昌谷山長光寺(しょうこくざん ちょうこうじ)>
    〒289-1223 千葉県 山武市 埴谷1175
    0475-89-1046
    昌谷山長光寺(しょうこくざん ちょうこうじ)は永正11年(1514年)千葉市中田町に創立されたが、江戸時代に入りと、寛文9年(1669年)第9代住職・守玄院日禅上人の時に、埴谷(はにや)領主、*井上筑後守政清(まさきよ)の寄進により現在の地(埴谷)に移された。

    長光寺の枝垂れ桜「ウバヒガンシダレザクラ」は毎年3月下旬から4月上旬にかけて見事な薄紅色の小さな花を咲かせる。この枝垂れ桜は、昭和50年(1975年)6月1日に山武市の天然記念物に指定されている。枝の広がりは約800平方メートルもあり、花見時は多くの花見客が訪れる。
    山門傍の駐車場は広く、普通車が50台は駐車可能。本堂横裏手にトイレ設備あり。

    参道を行き、長光寺本堂前の枝垂れ桜(ウバヒガンシダレザクラ)を直に見た。
    枝垂れ桜は樹齢300年を超えると云われ、高さ約15m、幹の太さ約5mで、枝の広がりは約800平方メートル、大変樹形の美しい枝垂れ桜でしたが、まあ残念なことに、花が・・・。

    長光寺本堂前の枝垂れ桜は2本(右の老木の樹齢は300年以上)、相対するようにある。
    左手にある枝垂れ桜は、右の老樹から昭和40年(1965年)に、接ぎ木によりつくられた第二世の枝垂れ桜だ。

    本堂内からも、境内に咲く枝垂れ桜を撮ってみた。確かに樹形が良く、満開の姿を想像してみた。

    (2023年4月6日Wiki・HP参考、編集・加筆)

    旅行時期
    2023年03月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦(シニア)
    アクセス:
    3.0
    人混みの少なさ:
    4.0
    見ごたえ:
    4.0

  • 山武市の妙宣寺にある枝垂れ桜を見に行ったが、枝垂れ桜は既に散っていた。

    投稿日 2023年04月13日

    妙宣寺 九十九里

    総合評価:4.0

    【七十二候・桜始開(さくらはじめてひらく):遅かりし山武(さんむ)の妙宣寺(みょうせんじ)の枝垂れ桜。】

    産経新聞に今週は【七十二候・桜始開(さくらはじめてひらく:3月26日~30日)】であると小さく載っていた。

    先日、ドライブがてら、八街(やちまた)市の先、山武(さんむ)市の妙宣寺(みょうせんじ)にある枝垂れ桜を見に行った。
    3月下旬から4月初旬に開花するとの情報が山武市観光協会の案内にあったから、丁度良いかなと思って、車を走らせた。
    国道から入口の門を入ると、あまり人気(ひとけ)がない。
    参道をそのまま車で行き、親師堂の横の空き地に停めた。

    千葉県山武市の妙宣寺(みょうせんじ)の枝垂れ桜は、近くの長光寺
    (ちょうこうじ)の枝垂れ桜と、その美しさは甲乙つけがたいと云う。

    <大丞山 妙宣寺(だいじょうさん みょうせんじ)>
    〒289-1223 千葉県 山武市 埴谷(はにや)1396
    無料駐車場は写真の門の反対側に普通車で台数10台OK 。トイレ在り。

    山武市観光協会の案内によると、
    妙宣寺(みょうせんじ)は室町時代、康安元年(1361年)に埴谷城主、埴谷備前守重義公(はにやびぜんのかみしげよし)の建立で、その子、日英上人により開山され、大丞山妙宣寺(だいじょうさんみょうせんじ)と称した。

    また、日親上人は埴谷大丞左近将監重継(はにやだいじょうさこんしょうげんしげつぐ)の次男である。幼少期に父重継の実弟にあたる日英上人の教えを受けた日親上人は、後に「立正治国論(りっしょうちこくろん)」を時の将軍足利義教(あしかが よしのり)に進言したため、怒りにふれて、焼け鍋をかぶらされるという刑罰を受けたと云う。
    それでも信念を貫き通した日親上人(通称「なべかんむり日親」)だったと云う。妙宣寺は日親上人が誕生した寺として、「鍋冠(なべかんむり)日親」の霊跡として知られている。
    日親上人が鉄鍋をかぶせられた模様を描いた絵を見ることができるとか。

    入口脇に日蓮宗宗門史跡の大きな石碑が立っていた。
    石碑傍に枝垂れ桜があり、こちらは少しだがまだ咲いていた。

    さて、ここでガッカリしたのは、境内にある、多くの枝垂れ桜が
    既に散っていたという事だ。
    境内の枝垂れ桜は確かに形良く、満開の枝垂れ桜を想像すると、
    実に悔しく、残念!

    (2023年3月28日Wiki・HP参考、編集・追記)

    旅行時期
    2023年03月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦(シニア)
    アクセス:
    3.0
    人混みの少なさ:
    4.0
    見ごたえ:
    3.5

  • 長南町:笠森観音の観音堂を登るも、あまりの高さに階段途中で固まってしまった。

    投稿日 2023年04月12日

    笠森観音 長南・睦沢

    総合評価:5.0

    【笠森寺(かさもりじ)、通称笠森観音(かさもりかんのん)】

    千葉県長生郡長南町笠森302 、
    Tel:0475-46-0536、
    公式サイト http://kasamori-ji.or.jp/

    笠森寺(かさもりじ)は天台宗別格大本山の寺院で、坂東三十三観音第31番札所になっている。
    笠森寺の寺伝によれば延暦3年(784年)に最澄(伝教大師)が楠の霊木で「十一面観音菩薩」を刻み、山上に安置し開基したと伝えられている。
    古来より巡礼の霊場として知られており、十一面観音像が本尊であることから「笠森観音」と通称される。それを代表するのが観音堂だ。

    駐車場:50台(無料)
    拝観料:大人300円・小人100円・・・御堂や山林の維持のため。
    拝観時間:4月~9月、午前8:00~午後4:30、
         10月~3月、午前8:00~午後4:00

    お正月の初詣で人々が参詣される様子をTVで度々見ていて、一度は行ってみようと思っていた。3月3日桃の節句、勝浦の雛まつりを見に出かけたこともあり、その帰途に長南町(ちょうなんまち)にある古刹、笠森観音に立ち寄った。

    駐車場から直ぐに登りだす参詣道。いわゆる男坂だ。高々とした「三本杉」、「霊木・子授け楠」、【芭蕉の句碑】、二天門、そして観音堂の威容を見る。

    地面から16mの大岩の上にそびえる観音堂は、61本の楠(クスノキ)の柱で支えられた四方懸造(しほうかけづくり)と呼ばれる構造である。
    これは日本唯一の特異な建築様式で、京都の有名な清水寺の「清水の舞台」と同じ建築方式である。重要文化財になっている。

    観音堂下に広がる森林は、4ヘクタールにも及ぶ<天然記念物(国指定)・笠森寺自然林>公園になっている。

    観音堂の 75段の階段を上がった回廊からは、四季それぞれに美しい房総の山々が眼下に眺められ、その景観は一見に価すると云う。

    ともあれ、私自身は75段の階段を上がれず、あまりの高さに途中の踊り場で固まってしまったから、景観は楽しんだわけではない。

    見るからに怖い木造の75段の階段、下の踊り場から上を見ると、急斜している。
    私は(いつもの事だが)高所恐怖症が急に出てきて、前に進めない。
    踊り場の大きな柱につかまって、身体は固まってしまった。

    (2023年3月6日Wiki・HP参考、編集・追記)


    旅行時期
    2023年03月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦(シニア)
    アクセス:
    3.5
    人混みの少なさ:
    4.5
    見ごたえ:
    5.0

  • 創業は江戸時代末期と云う「旅館 松の家」も【かつうらビッグひな祭り】に賛助出演していた。

    投稿日 2023年04月10日

    旅館 松の家 勝浦

    総合評価:4.0

    創業は江戸時代末期と云う「旅館 松の家」も【かつうらビッグひな祭り】に賛助出演していた。

    それで、3月3日、街中を歩きながら、メイン会場の【遠見岬(とみさき)神社】を見学した後、目についた「旅館 松の家」を訪ねた。
    今日は日帰りの旅で、ひな祭り見物が主で、泊まったわけではないが、国の登録有形文化財に登録されている「旅館 松の家」内に展示されていた、江戸期の御内裏様を拝見した。

    それらは、一見の価値があった。


    【旅館松の家(りょかんまつのいえ、又はりょかんまつのや)】
    千葉県勝浦市勝浦30

    勝浦市中心街の旧市役所通りに面して建つ和風旅館である。
    木造2階建、桟瓦葺の入母屋造で、桁行は8間。正面中央にある玄関には唐破風が付されている。
    創業は江戸時代末期で、明治期の観光案内にも松野屋として言及されている。
    現在の建物は昭和初期に建てられたもので、2003年7月1日に国の登録有形文化財に登録されている。

    「かつうらビッグひな祭り」の期間中、「松の家」玄関は開放され、江戸時代からの雛人形などが、展示されている。

    (2023年3月4日Wiki・HP参考、編集・追記)

    旅行時期
    2023年03月
    利用目的
    観光
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦(シニア)
    アクセス:
    4.0
    コストパフォーマンス:
    5.0

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jijidarumaさんにとって旅行とは

傘寿(80歳)を過ぎましたが、ドイツ旅行を回顧しながら、投稿を楽しんでいます。
かつての駐在時代より、古城巡りや古城ホテルに宿泊するのが大好きで、各地を巡りながら、そこに残る伝説・民話を見つけては、訳してきました。
ここではそうした伝説・民話を中心にご紹介しながら、古城巡りや古城ホテル、グルメ体験などについても、掲載してきました。
ご興味あれば、お立ち寄りください。

プロフィール写真は
シュパンゲンベルクのマルクト広場:相思相愛のクノーとエリゼの二人の像

Spangenbergシュパンゲンベルク:
http://www.spangenberg.de/cms/
ヘッセン州北部のシュヴァルム・エーダー郡に属す人口6千人の町シュパンゲンベルクは今年で都市権710年になる。カッセルの南東に、直線距離で35 km の距離にある。
この町に残る伝説はグリム童話にも掲載されているが、その事から2000年から公式に「Liebenbachstadtリーベンバッハシュタット」と称している。
木組みの家並みが続く旧市街は小さいながらもなかなか良いもので、その中心は庁舎ラートハウス、3階建ての石造りの建物だ。ラーツケラー(レストラン)もあり、マルクト広場を木組みの家が囲んでいた。
その一角に相思相愛のクノーとエリゼの二人の像・・・劇的なシーンを描いているLiebenbachdenkmalリーベンバッハ(恋人たちの小川の意味)記念碑と泉があった。像の裏手には、原野の土を二人が掘り、山の源泉から水を村まで引いた話を示すような鍬が二本、その伝説を語るように置かれていた。
傍には記念碑が建てられた頃の写真や、当時のラートハウスやマルクト広場周辺の家並みを写したものなど、その歴史を説明するように看板が立っていた。

<シュパンゲンベルグ:村に残るクノーとエリゼの相思相愛の伝説 番外編参照。>

https://4travel.jp/travelogue/11528725

(2022.11.16.)

自分を客観的にみた第一印象

大好きな場所

ドイツ

大好きな理由

定年後、かつての駐在を懐かしみ、毎年、ドイツ各地の古城を巡り、様々な古城ホテルの滞在を楽しみながら、レンタカーでドイツの田舎道を31,000km走ってきました。
春が11回、夏1回、秋が4回、クリスマスが1回と、定年後の旅はもう17回となります。
2020年に予定していた18回目は武漢ウイルスの為、延期のままとなり、ロシアのウクライナ侵略の勃発もあり、結局2023年もドイツの旅を見送ってきました。2024年はどんな年になるのだろう。
(2023.11.28.変更)

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