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jijidarumaさんへのコメント一覧全405件

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  • メーリアン

    jijidarumaさん こんばんは。今頃ですが、お邪魔します。

    私は一度ドナウエッシンゲンからジークマリンゲン、ウルム方面へ列車で行ったことがありました。
    列車は、まだ小川のような(そんなに細くはない)ドナウ川に沿うようにして走りました。お写真にある、緑の沃野と左手に見える白い岩壁の景観が素晴らしかったです。

    ただ、白い岩壁の上に時々建物が垣間見えたりしましたが、風景のごく一部で終わってしまいました。
    お車利用とはいえ、実際にヴィルデンシュタイン城等にいらっしゃったのですね。その辺りがちがいます。
    城の反対側は平地なのでしょうか。それにしても人の手で岩山を切り分けるとは恐ろしいほどの情熱?です。
    ユースホステルとして現役であることまで分かり、知らない城のこととはいえ、うれしかったです。

    レーゲンスブルクの景観図ではじめてメーリアンを知りました。メーリアンの行動範囲と絵への意欲はすごいですね。しっかりヴィルデンシュタイン城まで描いているとは。私が驚くようなことではないのですが。

    2026年01月24日01時02分返信する 関連旅行記

    Re: メーリアン

    偏西風さん、
    今晩は。私はまだ起きております。
    コメント頂いたのに、気付かずに口コミに精を出しておりました。

    ドナウの細流に沿って、列車が走る景観も又良いでしょうね。
    私はドイツで免許を取ったこともあり、年齢制限のないドイツの免許をいまだに利用していました。もう今はアウトバーンは怖くて走れないでしょうが。

    ドナウの流れを想うと、源流から流れ出てドナウエッシンゲンからジークマリンゲンは丁度横に線を描くようです。流れは蛇行していますが。
    やはり俯瞰写真を拝借してお見せしないと、こうした古城群とその背景は分からないですね。古城に登って行く過程で、立派な農村地帯を見ると、城と農地などの関係が分かりますね。
    古城が現役であるのは、ドイツの古城好きとしては嬉しいです。本編でも書いていますが、Burg Bronnenブロネン城は見学不可でした。古城の維持にはお金がかかると聞きますから、何やらもったいないような気もします。

    メーリアンの絵は好きなので、古城をテーマにする際は、必ず彼の絵を探して掲載しています。こちらのヴィルデンシュタイン城を見た時はビックリして、行かねばと思ったものです。それにしても生涯で描いた数はすごいことで、多分、彫刻家のティルマンティルマン・リーメンシュナイダーのように工房のような形でやっていたのでしょうね。

    それではまた。コメントありがとうございました。
    jijidaruma
    2026年01月24日02時06分 返信する
  • 古城Burg Wildensteinビルデンシュタイン城

     jijidarumaさん こんにちは

     お元気にお過ごしのことと思います。ご無沙汰しております。
     過去に旅したお宝の写真、金庫から出して、旅行記に仕上げる、実に楽しい作業です。しかも、昨日のことのように記憶が鮮明です。
     私も歳をとったら(とっくに歳をとりましたが)、何処にも行くことがなくとも
    旅行記を作成し、4トラベルの仲間とつながっていたいと思います。

     ところでビルデンシュタイン城はロッククライミングして入場するのかしらと思えるような要塞ですね。絵を見てびっくりしました。
     それにしても、恐ろしい世の中ですね、ここまで強固に守りを固めなければ安心できないなんて、もっとも、失うものが多くある者ほど、心配が多いのですね。
     そこへいくと、私なんぞは失うものなんて何もないから、安心して熟睡できます(笑)。盗られて困るのは、入れ歯くらいなものです。これはその時から困ります。恥ずかしいから黙っていましたが、彦根へ旅行した時、入れ歯を忘れたために、
    柔らかい物しか食べられず、苦労をしました(笑)。

     では、本年もよろしくお願いします。

     pedaru
    2026年01月17日14時06分返信する 関連旅行記

    Re: 古城Burg Wildensteinビルデンシュタイン城

    pedaruさん、
    今晩は。
    本年も宜しくお願い致します。

    昨日17日は長女宅の孫娘が所属する大学の吹奏楽団のコンサートが府中で
    催されたので、1泊して応援に行ってきました。
    かつて我が家の次女が所属していた大学の管弦楽団とは違って、殆ど孫娘の吹奏楽は殆ど分からないのですが、長女宅の孫娘二人とも吹奏楽なのです。
    帰宅が17時半、家内共々さすがに疲れて、寝てしまいました。
    少し前に起きて、初春最初のコメントを頂いていましたので、ただ今返信しています。

    さて、ビルデンシュタイン城、「記憶に残る独特な城」と書いていますが、旅行記の中では埋没しがちなので、独立させてみました。頭の中にはかつてのドイツ話があって、書き方次第で、いくらでも出てきそうです(苦笑)。
    描かれた絵画はこの古城を見事に表現しています。旅行前に調べていたら、この古城に当たりました。この姿だけでも世界遺産イエ、jijidaruma遺産に十分値します。

    私共の時代、栄養も悪くて、多分それがもとで、歯はガタガタですね。今になって歯磨きに専念しても、上手くいかずに歯医者通いが続きます。
    歯に代わる財産と言えば、我が家はアルバム類と旅行記のファイルでしょうか!?
    昨冬、ドイツ時代の友人夫妻がたて続けて亡くなり、我が家の長女と友人宅の長女が日本人学校の友達だったこともあって、彼らの老人ホーム時代、病気の様子など逐一知らされておりました。先日、亡くなる前のお写真や遺影、ドイツ時代の写真をスキャンしたものが送られてきました。
    残された遺族はドイツの素晴らしい洋食器や大量のアルバムなどの処理に困ったとのことでした。
    この事は<明日の我が家>といっても良いでしょう。

    2025年は1月3日に義兄が88歳で亡くなり、さらに12月3日、弟が貸していた家(かつての生家・実家)が全焼してしまった・・・要は2025年は、新年から年末まで、私共にとってはツイテいない年でした。
    今年は丙午(ひのえうま)の年とあって、いわゆる「勢いとエネルギーに満ちて、活動的になる」年に大いに期待してみたいものです。

    コメントありがとうございました。
    それではまた。
    jijidaruma
    2026年01月19日00時50分 返信する
  • 銚子の篤志家

     jijidaruma様
     いつも紀行文を拝見しております、fmiと申します。
     「濱口梧陵」の名は不勉強ながら初めて知りました。
     北総、銚子の篤志家というと、銚子の港湾整備に尽力した加瀬庫蔵と、江戸時代に銚子をはじめ海上郡の民を天明の大飢饉から救った、上州から派遣された代官、庄川杢左衛門の二名を連想します。加瀬庫蔵は「井戸塀にならない井戸塀政治家になる」と立志し衆議院議員として私財をなげうち銚子の漁民を港口での遭難から救うべく港湾整備に尽くしました。庄川杢左衛門は、当時高崎藩の飛び地だった銚子の民を飢饉から救うべく、蔵を独断で開け、領民を救い、その責めを受け切腹しました。
     私は父祖が高崎出身で、今、北総はいにわの郡に住んでいるので、庄川代官にシンパシーを感じます。
     銚子に藤の美しい場所があることも知りませんでした、大変勉強になりました。有難うございます。
    2026年01月12日22時42分返信する 関連旅行記

    Re: 銚子の篤志家

    fmi(ふみ)さん 、
    今日は。
    お立ち寄りありがとうございました。

    本編は以前から銚子に<臥龍のフジ在り>と知っていましたが、この時初めて訪れました。つまり藤が目当てでして、ヤマサ醤油と濱口 梧陵翁の事績を知ったのは、たまたま顕彰碑が道路際から目に入ったからでした。
    文化や史跡も何やらそうしてことが契機になって、思わぬ<余得>となることがあります。

    大学生の頃、この銚子地区で初めて衆院選の選挙アルバイトをやりました。
    面白い体験でしたが、こうした篤志家たちの事は知らずにやっていたのですから、伝説や謂れ好きな私にしては少々抜けていたようです。
    庄川代官の事は幸い検索して、見つけました。異論もあるようですが、地元の方の顕彰碑がある事は重いですね。たいへん勉強になりました。

    それではまた。
    jijidaruma
    2026年01月13日17時07分 返信する
  • 懐かしいなぁ~

    ヌフ・ブリザックには行ったことがあるのですが、見事な城壁とは裏腹に中の町の寂れっぷりに驚いた記憶が蘇りました。

    https://4travel.jp/travelogue/11483937

    「小さな町を防塁に登る為、街中を歩いてみたが、やはりフランスの地方は貧しい。」
    や~よく分かります。なんというかフランスの地方って観光地以外はホント貧しい感じがしますよね。
    実は、スイスから来ると、ドイツでも場所によってはちょっと貧しさを感じる時もあるのですが、フランスやイタリアはその比じゃないです。
    2025年11月30日18時37分返信する 関連旅行記

    Re: 懐かしいなぁ~

    kawakoさん、
    今晩は。コメントありがとうございました。
    御案内の旅行記は先に拝見しましたよ。

    「やはりフランスの地方は貧しい。」にご賛同頂き有り難うございました。
    フランスは農業国と言うと、意外に思う方も多いですけど、パリの華やかさにごまかされてはいけません^^。

    スイスは多民族国家なのに経済的に恵まれた国故、そこと比較すると、皆貧しいかもしれません。
    ただ、ドイツの地方は歴史的にも地方分権が行き届いていた為、地方は豊かで、教育が行き届き、私は学ぶことも多かったですね。
    メルケル政権が長く続いたこともあり、その政権下で外国人対策が甘くなって、ドイツの経済を貶めたのは残念な事でした。

    それではまた。
    jijidaruma
    2025年12月01日01時55分 返信する
  • 双子のブライザッハ!

    jijidarumaさん、こんにちは。
    双子のブライザッハにフォーカスされた新しい記、読み応えたっぷりに拝見しました。特に、私の見ていないヌフ・ブリザックのことが詳細に記されており、目を見張りました。
    よくもあのような強固な城壁を・・・と感嘆しきりです。

    jijidarumaさんは、お写真や資料をきっと山のようにお持ちなのでしょうが、
    そこからすぐに必要な情報を引っ張ってこられており、どのように整理していらっしゃるのか、そこも大変気になるところです。

    ハッピーねこ
    2025年11月30日16時41分返信する 関連旅行記

    Re: 双子のブライザッハ!

    ハッピーねこさん、
    今晩は。コメントありがとうございました。
    先のやり取りで、≪ドイツのブライザッハとフランス領にある新ブライザッハ≫の事をコメントとしましたが、
    これに触発されて、双子のブライザッハ!を纏めてみました。

    時々こうした事をやります。
    勿論手元には基本となる旅行記、写真があって、それぞれ必要に応じて引っ張り出し、更に資料を読むと新たな話しにぶつかります。
    旅行記を書いていた頃は書くことに気が入り、疑問点を掘り下げずに流してしまいますが、こうしたきっかけで、

    今回は双子のブライザッハの要塞都市が、ライン川を挟んで相対している写真を見つけたり、マルティン・ションガウアー(1448年~91年)による大聖堂の壁画の事を知ったことや、twin cities双子都市のこと、グートゲゼレントアー門(牢獄)のこと、ヨハネス23世・対立教皇の事など、付随して知った事は有り難いことでした。
    何しろ歴史好きには、面白かったのですよ(笑)。

    それではまた。
    jijidaruma
    2025年12月01日01時24分 返信する
  • 3つのお城

    jijidarumaさん、おはようございます。
    いつも私の拙い旅行記にお越し下さりありがとうございます。
    なつかしいアルザスの旅にお邪魔しました。

    私もアルザスは大好きで、過去に何度か旅しました。
    フライブルクからライン川を越えてコルマールへ、とてもいいコースですよね。
    私はフライブルクから日帰りで出かけ、帰りはライン川の橋のたもとでバスを降り、ブライザッハへ徒歩で国境越えをしたのがいい思い出です。

    山の上の3つの古城、私はいつも列車から眺めるのみでしたが、ご家族であそこまで行かれたのですね!うらやましいです。
    振り返ってみますと最後にアルザスを訪ねてから丸10年が経っていました。
    また旅できる日を夢みて♪(止まらない円安がどうにかなりませんと難しいですが。)

    寒くなりましたのでご自愛のほど。

    ハッピーねこ拝
    2025年11月25日10時48分返信する 関連旅行記

    Re: 3つのお城

    ハッピーねこさん、
    今晩は。古い古い旅行記にコメント頂き恐縮です。

    アルザスは何となく、私共には身近な地域で、今はなかなかドイツ語も通じなくなっているかもしれませんが、当時は全く問題なかったですね。
    フライブルクからちょっとライン川を渡れば、もうアルザスの地ですからドイツ好きにも行きやすい地方でしたね。
    ブライザッハの名も懐かしい!

    ユスランの山上の古城、もう城址ですけど、アルザスの平原から見ると、絵になります。この時思いきって訪ねて正解でした。

    話は変わりますが、11月後半ともなると、シュトレン、レープクーヘンが懐かしく、昨日、楽天ショッピングで購入しました。
    円安が続き、値段が上っていたのは残念でした。

    それではまた。
    jijidaruma
    2025年11月25日18時14分 返信する
  • レトロの写真とスクーンの石

    jijidarumaさん
    いつもコメントありがとうございます。

    エリザベス女王の崩御は 悲しかったけれど(私たちの時代は エリザベス女王ですものね)
    実は 戴冠式の時 t v見てなかったのです。 なので スクーンの石見てなかったのですよーー 残念。
    戴冠式自体 みるのは 難しいのにね。
    1978年 すごい前ですよね。 その時代って ポンド べらぼうに 高かったのでは。。 202円どころでは ないのでは。。
    すみません 大阪人なのでついつい お金の話になってしまって 笑。

    話は ガラリと変わりますが、 エリザベス女王が ドイツ系とは 知ってましたが、
    そのせいなのかしら? 
    エドワード8世が ナチス ヒットラーに近寄って行ったのは?? 
    とふと 今思ってしまったのでした。。

    英国は 本当に 波乱万丈のある王族だなーーと思ってしまうようなjijidarumaさんの旅行記でした。。

    それでは これからも 面白い旅行記待っておりまーーす。

    cookie
    2025年11月22日22時53分返信する 関連旅行記

    Re: レトロの写真とスクーンの石

    cookieさん、
    今晩は。
    こちらの方にもお立ち寄り、コメントも頂きありがとうございました。

    1978年の英国訪問はドイツ駐在中で、デュッセルドルフからフランスに抜けカーレーの港からホーバークラフトに車ごと乗って、ドーバー海峡を渡り、英国に上陸したのでした!今から思えば、思い切って旅行したものです。
    それでDMと£との関係で、あまり通貨の変動も少なかった記憶があります。
    第一回目のドイツ駐在が翌1979年8月にて帰国する事となりましたから、思い切って行って良かったです。

    古くから、英国は欧州大陸からドイツ系の民族の侵入が度々あって、その血はゲルマンの血と言って良いのではないでしょうか!偉大なヴィクトリア女王と王配アルバート公の頃の歴史を見ると、まさにドイツです。
    第一次大戦で英・独が敵対関係になった際に、わざわざ(ドイツのHannoverの名前)ハノーヴァー王朝を今に至るウインザー王朝に変えたのも、ドイツの影響を恐れたのでしょう。
    有名な退位したエドワード8世も本来の血も関係したのでしょうけど、退位後の英国王室(弟が継いだ)との軋轢もあって、ドイツのヒトラー政権に親和性を感じていて、ヒトラーに利用された感がありますね。

    おっしゃるように、<英国は 本当に 波乱万丈のある王族だな>・・・言い方を変えれば、人間味ありすぎだが、だらしがない!!

    それではまた。コメントありがとうございました。
    jijidaruma
    2025年11月23日00時24分 返信する
  • ドイツのセピア色

    jijidarumaさん

    おはようございまーーす
    いつもいつも コメントありがとうございます。

    ドイツに滞在なさっていたのですね。
    写真を見ると娘さん! 今や 台湾に駐在なさってる方なんでしょうかね??
    ドイツ語大学で 学びましたが あまりにも文法が難しくて いつも教授に叱られてました。

    両親とも連れて ドイツ旅行 そして 仕事でドイツに行っても 全く使えず


    あの頃に もっと 勉強して グリム童話も もっと 理解してればと

    ハーメルンの「結婚式の家」の仕掛け時計知らなかったです。
    知っていれば よかったと 大体 行き当たりばったりの旅行が 多いのと
    今みたいにネットで 調べれず ガイドブックしかなったしね。
    地図で レンタルカーで ヨーロッパ回っていた時代が 今じゃ 信じれないですわ~


    それでは またまた セピア色の旅行 楽しみにしておりまーーす

    cookie


    2025年10月12日10時23分返信する 関連旅行記

    RE: ドイツのセピア色:メルヘン街道とグリム童話

    cookieさん、
    今晩は。

    コメントありがとうございます。
    1970年代(30代)と、1980年代(40代)に家族と2度駐在しました。
    若かったから、何でも見てやるスタイルで、よく走りました。

    長女は婿の海外赴任で台北、後にソウルに駐在しています。
    孫娘2人とも台北生まれで、生まれると同時に私共はお手伝いに
    台北に15日間、次は30日間と同居して世話をしました、その二人が
    もう大学生で、上は台北に、下はソウルを訪ねています。
    思えば懐かしい時代。

    私のドイツ語は他でも書いていますが、大学時代はドイツ駐在など
    思った事も無く、教養科目のドイツ語の成績は可、可で何とか単位を
    取りました。英語も含めて、語学は苦手にしていました。
    ドイツに駐在して初めて、その事を大いに反省したものでした。

    今のように、観光情報をサッと調べられなかったから、結構ドイツ語の
    情報を辞書持参で読むしかなくて、その分ドイツ語に親しんだようです。
    ドイツで自動車免許を取得して、同僚から祝いにもらったAralAutoの
    観光本(650頁、1974年版)は今も見ることが多いのですが、ボロボロ
    に年期が入ったものになりました。

    おっしゃるように、地図を見て車で周った当時は我ながら、すごかった
    と思います。
    定年退職後の旅はレンタカーもナビ付きですから、道を覚えませんね。


    それではまた。
    jijidaruma


    2025年10月13日02時28分 返信する
  • メルヘン街道ガイドブック

    jijidarumaさん、こんにちは。
    メルヘン街道はとても魅力的ですね。私が行ったことがあるのは僅かですが、北ドイツは南とはやはり趣が違いますね。ハンブルクに何度か出張で行った時に、レンタカーで
    幾つかの町を巡りましたが、そのうちゆっくり見たいものだと思っているうちに歳を取り、実現可能性が薄くなって来ました。それにしても、jijidarumaさんの記録は、このままガイドブックになり、通り一遍の市販ガイドブックとはレベルが違いますね。
    これをこの場限りにしておくのはもったいないなといつも思っています。
    プライバシーに関わる部分を削れば記録として長く価値を保つだろうと思います。
    紙ベースでは制約があって難しいかもしれませんが、他の旅行記とともにデータで提供出来れば、多くの旅行好きやドイツの歴史好きに歓迎されると思います。
    老後のひと踏ん張りで頑張ってみては如何でしょうか。
    DDRの切手は楽しいですね。あの時代にあの国でもこのような愛すべきものが世に出ていたのですね。ステレオタイプの思い込みだと見える世界を狭くしてしまいますね。
    まだまだいろいろ出て来そうなのでとても楽しみです。
    楽しく頑張ってください。
    Rolleiguy
    2025年10月09日13時52分返信する 関連旅行記

    Re: メルヘン街道ガイドブック

    Rolleiguyさん、
    今晩は。
    メルヘン街道の魅力にご賛同頂き有り難うございました。
    ドイツ最後の旅が2019年秋で、もう6年経ってしまいましたが、この時も、メルヘン街道を走りましたね。
    歳をとってからも、面白い街道で、いろんな出会いがあるので、旅行記の種になります。

    1982年の旅は後からアルバムを見ると、デジカメの無い時代で、写真が少なくて、ちょっと寂しいですが、ドイツ観光の広報大使たるべく、記述や伝説にも気を配ってみました。ドイツに興味を持って、4Traでもお読み頂く人が多いと嬉しいですね。
    <老後のひと踏ん張り>でガイドブックとのお勧め、畏れ多いですよ。

    先日、私共の中学時代の恩師(後に女子短大の教授)に「宝石の町イーダー・オーバーシュタイン」の旅を38頁に纏めて写しをお送りしたら、95歳になる、お茶の水女子大出の恩師は宝石好きもあって、熟読して頂き、旅の内容についてもいろいろと感想を述べてくださいました。
    宝石は勿論、古城ホテルSchloss Föhrenシュロスフェーレンで伯爵夫人に接遇されている様子に興味を持たれて、つまり、立派な銀器でお茶のサービスを受けた時や、ゲストハウスでの朝食の時に、食卓に置かれた燭台にローソクの灯がともされている様子が大変素晴らしいとおっしゃっていました。
    ドイツの旅で体験する、お客様を歓迎する意味の蝋燭の灯に慣れてしまった私共ですが、恩師はドイツ文化の良さとして、感じ取られたようです。

    こんな形で、ドイツ文化を発信している次第です。

    それではまた。コメントありがとうございました。
    jijidaruma

    P/S:DDR(かつての東独)の切手、なかなか良いですね。
    ある種の文化の発信ですが、あの国が違って見えます。
    切手は今はやりませんが、駐在中は主に記念切手を中心に
    切手収集もしました。
    2025年10月09日23時59分 返信する
  • ネクタイをちょん切る日 なんてあるんですね!

    jijidarumaさん今晩は。
    「女性のカーニバル」初めて知りました。要らなくなったネクタイを処分して貰えるので便利ですね(^^)/ 着物を召されてカーニバルに参加されたお嬢さん、間違いなく一番人気だったでしょう。ドイツで暮らした経験からの旅行記、とても興味深く読ませて戴いています。
    お話したドイツの旅、アルザスは止めて、エルツ城、コッヘム城、ラインフェルス城を加え、ドイツの城巡りに変更して予定組み直しました。ですがカタール航空を使う予定だったので、昨日のドーハ攻撃の報道で怖気づき、ロシアのドローン事件もあり、ドイツ行をキャンセルすることにしました。 jijidarumaさんのブログに触発されて是非にと思っていただけに残念です。暫くは jijidarumaさんのセピア色の思い出を楽しませて戴きます。
    パッピー
    2025年09月11日23時00分返信する 関連旅行記

    Re: ネクタイをちょん切る日 なんてあるんですね!

    パッピーさん、
    今日は。昨日から当地は雨模様、落雷もあって怖いものでした。
    御地はトラブルはありませんでしたか?

    さて、「女性のカーニバル」、表紙の私のちょん切られた写真、
    珍妙で、妙に御機嫌な様子、多分オフィスで女性陣と一杯やってから、
    帰宅した感じです。家内が娘達と面白がって写真を撮りました。

    以前からアルバムを見ていて、ドイツ人の習わし(風習)の一編に
    しようと思っていました。11月になってからでも良かったのですが、
    何やら纏まったので投稿してみました。
    <Andre Länder, andre Sitten>アンドレ レンダー、アンドレ ジッテン 意訳すれば、<所変われば、品(風習)変わる> でしょうか!
    幾つか、シリーズで投稿したうちの一つですが、ご興味をひった様子、
    当方も有りがたいものです。

    娘達の着物姿、泣き虫で幼稚園では手こずらせた次女でしたが、長女の
    友達を引き継いで、この頃は実に楽し気で、ドイツ語も一番うまくなりましたね。もう二人とも50代で次女はまだ孫の受験戦争の最中です。

    ドイツの古城巡り、良いプランでしたね。次が楽しみですよ。
    ドイツ党!に乾杯です。
    そうそう、一度古城ホテルに泊まる企画も良いかもしれません。

    それではまた。コメントありがとうございました。
    jijidaruma
    2025年09月12日14時27分 返信する

jijidarumaさん

jijidarumaさん 写真

33国・地域渡航

12都道府県訪問

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jijidarumaさんにとって旅行とは

傘寿(80歳)を過ぎましたが、ドイツ旅行を回顧しながら、投稿を楽しんでいます。
かつての駐在時代より、古城巡りや古城ホテルに宿泊するのが大好きで、各地を巡りながら、そこに残る伝説・民話を見つけては、訳してきました。
ここではそうした伝説・民話を中心にご紹介しながら、古城巡りや古城ホテル、グルメ体験などについても、掲載してきました。
ご興味あれば、お立ち寄りください。

最近はアジアの香港・マカオ、台湾も時に昔を思い出しつつ、また、日本の小旅行と称した旅も
最近投稿しています。
(2025.06.11.)


プロフィール写真は
シュパンゲンベルクのマルクト広場:相思相愛のクノーとエリゼの二人の像

Spangenbergシュパンゲンベルク:
http://www.spangenberg.de/cms/
ヘッセン州北部のシュヴァルム・エーダー郡に属す人口6千人の町シュパンゲンベルクは今年で都市権710年になる。カッセルの南東に、直線距離で35 km の距離にある。
この町に残る伝説はグリム童話にも掲載されているが、その事から2000年から公式に「Liebenbachstadtリーベンバッハシュタット」と称している。
木組みの家並みが続く旧市街は小さいながらもなかなか良いもので、その中心は庁舎ラートハウス、3階建ての石造りの建物だ。ラーツケラー(レストラン)もあり、マルクト広場を木組みの家が囲んでいた。
その一角に相思相愛のクノーとエリゼの二人の像・・・劇的なシーンを描いているLiebenbachdenkmalリーベンバッハ(恋人たちの小川の意味)記念碑と泉があった。像の裏手には、原野の土を二人が掘り、山の源泉から水を村まで引いた話を示すような鍬が二本、その伝説を語るように置かれていた。
傍には記念碑が建てられた頃の写真や、当時のラートハウスやマルクト広場周辺の家並みを写したものなど、その歴史を説明するように看板が立っていた。

<シュパンゲンベルグ:村に残るクノーとエリゼの相思相愛の伝説 番外編参照。>

https://4travel.jp/travelogue/11528725

(2022.11.16.)

自分を客観的にみた第一印象

大好きな場所

ドイツ

大好きな理由

定年後、かつての駐在を懐かしみ、毎年、ドイツ各地の古城を巡り、様々な古城ホテルの滞在を楽しみながら、レンタカーでドイツの田舎道を31,000km走ってきました。
春が11回、夏1回、秋が4回、クリスマスが1回と、定年後の旅はもう17回となります。
2020年に予定していた18回目は武漢ウイルスの為、延期のままとなり、さらにロシアのウクライナ侵略の勃発もあり、戦時体制の欧州の旅は見送り続けて、2025年を迎えている。

(2025.06.11.)

行ってみたい場所

ドイツ

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