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jijidarumaさんへのコメント一覧全414件

jijidarumaさんの掲示板にコメントを書く

  • 「ウルムの金は、、、。。。」

    jijidarumaさん、今晩は、お邪魔します。

    「ウルムの金は世界を支配する」と言われたのですか。それほど裕福な都市だったとは意外です。サグラダファミリアに追い越されて2位になったとは知りませんでしたが、ケルンを凌ぐ大聖堂を建てるからにはかなりの財力があったのでしょうね。

    早口言葉「in Ulm......」を実際に聞くのは初めてです。1曲目はウルムの街の紹介、案内にもなっていますね。ガス・バッカスの「恋はスバヤク」は若いころよく聴きました。「in ulm......」の歌をドイツ語で歌っていることにびっくりしましたが、ドイツでも活躍した歌手だったのですね。

    ウルムの「賢人」を何人か紹介するポスターのようなものを見たことがあります。
    その中に、アインシュタインと並んで、ウルムの市民に梁の入れ方を教えてあげた雀も出ていたのがよかったです。
    手製の翼でドナウ川を飛んで渡ろうとして失敗したベルプリンが—という仕立て屋もいました。1曲目でSchneiderと歌われるのはこのベルプリンガーのことだと思いますが、ほかにどんな人がいたか思い出せません。

    シュタイフ社の雀は可愛いですね。
    またよろしくお願いいたします。

    2026年04月26日02時48分返信する 関連旅行記

    Re: 「ウルムの金は、、、。。。」

    偏西風さん、
    今日は。いつもありがとうございます。

    かつて乍ら、本編のなかで、お名前を書かせて頂きました。
    ウルムの町は、ドイツの様々な観光地に比較して、文中にもたびたび書きましたが、「サラッと観光して、次の町に行く」というものでした。
    ウルムの雀伝説のことなど、伝説好きにしてはサラッとし過ぎたようです。観光本で事前に知識があれば、展示物などにも目を向けたのでしょうが、雀の姿は目に入らなかったのです。

    改めてウルムの事を調べてみれば、なんとマー、題材豊富な町でした。
    ウルム大聖堂が世界第二の地位になったのは、私も今回初めて知りました。ウルムっ子には残念でしょうが、それ以上の面白いものがありましたね。
    貴旅行記を拝見すると、いつも何かを気づかせて、あらたに見直したいことがあります。本編もそういう事もあり、本来なれば、貴旅行記にコメントすべきでしたが、こちらに様々な追記をしながら、構成をし直してみました。ありがとうございました。

    さて、最初のYOUTUBEは観光案内としては、良くできていて、良く見つけた、良く選んだと自賛したものです(笑)。
    軽快な曲が耳に残り、早口言葉(これがなかなか耳に理解できませんし、歌えませんけど)、観光名所、歴史的な話を含んで、飽きさせませんね。他のYOUTUBEもまた面白いです。

    「ウルムの「賢人」を何人か紹介するポスターのようなもの」を見ておりませんので、かってにWikiを参考にして、私が幅広くウルムの賢人(雀は外しました!)を選んでみました。

    第一にノーベル物理学賞を受賞されたアインシュタイン博士、
    第二に私がひいきの英雄・ヒトラー暗殺未遂事件の首謀者クラウス・フォン・シュタウフェンベルク 伯爵・参謀大佐、
    第三には「砂漠の狐」の異名で呼ばれる活躍を見せた名将ロンメル将軍・・・その死にあたって、祖国の英雄としてウルムで盛大な国葬が営まれた。
    第四に世界的な自動車部品メーカーBoschボッシュの創立者ロバート・ボッシュ、
    第五は「ウルムの仕立て屋さん」アルプレヒト・ルートヴィヒ・ベルブリンガー(ハンググライダーで空を飛ぼうとした発明家)、

    また、有名な指揮者カラヤン氏はウルム市立歌劇場において、『フィガロの結婚』でオペラ指揮者デビューを果たし、以後5年間専属指揮者として活躍したとのことで、十分賢人の資格があるといえましょう。
    以上です。
    *尚、一度投稿したのですが、なぜか?「4Tra側が目下込み合っているので時間をかけて、再投稿してください」と表示され、先の投稿分は消えてしまいました。
    したがい、今回の分は原文を思い出しつつ、書き直して投稿したものです。
    そんなこともあり、返信が遅くなりました。ご容赦ください。
    jijidaruma

    2026年04月26日17時36分 返信する
  • こんなことまで知っているなんて、チコちゃんに褒められるー

     jijidarumaさん おはようございます。

     ネタのいっぱい詰まった引き出しを、たくさんお持ちなんですねー。
     動画が添えられているので、楽しめました、といっても言葉は分かりません。
     歌詞付きですので、分かったような気がします(笑)。

     この町の大聖堂は戦争中爆撃されなかったのですね。訳があったのでしょうか?
     日本も慈悲深いキリスト教の国から、無抵抗の市民が無差別攻撃をされました。

     動画では楽しそうな歌声を聞いているうち、ああ、この人たちも戦争ばかりしている国に住んで、やっと今は幸せなんだろうな、と言う思いが湧いてきました。
     日本は地震はあるけど、島国ですから外国の侵略をうけなくてよかったですね。

     われわれは生きてもあと30年(笑)、戦争が起きないことを祈るのみです。

      pedaru
    2026年04月25日07時41分返信する 関連旅行記

    RE: こんなことまで知っているなんて、チコちゃんに褒められるー

    pedaruさん、
    今日は。いつもありがとうございます。

    ウルムは古くからのドナウの水運と街道のお陰で豊かな町でした。
    文中にも書いたように、ウルムの富は他国の有名都市にそん色ない
    力があったから、格言まで残したようです。

    そのような偉大な町の観光をさらっと観光した罰を今になって受けて、
    様々なネタを紐解くのに実は苦労したのです。

    最後っ屁のように、雀でなくて鳩なのだよと、書いてしまった所は
    私も性格が悪い。

    動画は珍しく多く掲載しました。聞いていると、気持ち軽やかになるので、
    (内容の理解は別にして)それだけで十分かと(笑)。

    また、ご質問の「この町の大聖堂は戦争中爆撃されなかったのですね。
    訳があったのでしょうか?」
    ドレスデンの大聖堂は粉々に爆撃でやられて、長い復興の時間が必要に
    なりました。文中に、勝手ながら、私好みでウルム大聖堂は「アイン
    シュタイン(米国籍を取得した)の生まれ故郷だったから連合軍も爆撃
    しないように気をつかった」ようだと書きました。

    似たような話があります。
    「バイロイトの次に訪れたのは、距離120kmのCoburgコーブルクの町である。
    ここコーブルク公爵領はドイツの中央部、バイエルン州の北部にあたり、
    フランケン地方と称する。
    英国王室(ハノファー王朝)、つまり英国が最も栄華を極めた Victoria
    ヴィクトリア女王の時代、女王の王配(おうはい:女王の夫のこと)
    Albrecht von Sachsen-Coburg-Gothaアルブレヒト・フォン・ザクセン・
    コーブルク・ゴータ(英語読みはアルバート公、1840年-1861年)は
    Coburgコーブルク公爵家の出身でした。
    コーブルクの町はザクセン・コーブルク・ゴータ公家の宮廷があり、
    上記のように英王室との深い結びつきがあった町でした。その所為か?!
    第二次大戦下、英空軍はこの町を空襲しなかったと云われています。

    戦時下でも、こんな話が伝えられているから、人間の戦いの中にも
    救いがありますね。

    jijidaruma

    2026年04月25日17時45分 返信する
  • 脱帽m(__)m

    jijidarumaさん、おはようございますm(__)m

    ほぼお仕事の内容でありながら、ドイツ愛に満ち溢れた旅行記ですね(#^^#)
    1983年と言えば、(ご存じの通り)私がデュッセルに暮らすより少し前の事ですね。
    その当時にはすでにエリート中のエリートでいらっしゃった様子がうかがえます。

    イトシュタイン、歴史やその背景など全く知ることも無く、ふらっと訪れた町でありました。
    私も、あの時もっと時間があれば、その歴史と照らし合わせながらイトシュタインの街を楽しめたのではないか・・・・(←いや、怪しい( ´艸`))

    さて、庁舎の壁は同時真っ白だったと聞いてびっくり。
    私が訪れた時は、町全体がカラフルな印象でした。
    そしてシーフェスハウスですが、資材不足と言われていますが、その当時傾く設計がトレンディだったのでは?と、怪しんでいます(笑)

    旅行記を仕上げるまでに、いったいどれだけの労力を費やされたのかと、毎回脱帽しています。
    そして私の名前を出してくださり恐縮ですm(__)m
    2026年03月15日08時50分返信する 関連旅行記

    Re: 脱帽m(__)m

    さつまおごじょさん、
    今晩は。コメント、とてもありがたく拝読しました。

    今日は暖かく、ギンギアナムの好ましい香りが室内に満ちています。
    近くの次女宅の受験生二人も良い結果が出たので、3月は気分よく過ごせています。

    さて、頭の中はあれもこれもと、投稿するものが多くて、何やらあっちこっちと、道草ばかりしたような・・・、本来、直進すべきことを避けてきたような思いがしますね。
    おごじょさんたちの旅行記を拝見したのが、本編投稿のきっかけですから、私にとっては三拝九拝!して、感謝すべきことなのですよ。

    旅の資料は結構、整理よく手持ちしているので、イトシュタインも当時のパンフレットを利用して、古い写真を混ぜながら、恥ずかしながら!旅行記の体裁を作りました(苦笑)。ともあれ、人生の宿題の一つを書き終えた感じというと、大袈裟!ですが、これで長きにわたり気になっていた本編思い出の記の投稿もようやく完了し、ちょっと、気分も晴れ晴れです(^^)。

    今も家内と、このフランクフルト事前学習の事を話すと、あの時は大変で、車に同乗していても落ち着かなかったし、娘たちも妙に真剣な父親の姿を見ていて、自分たちも無口な時を過ごしていたと言っています。
    何しろ、フランクフルト市内は一方通行の道が多くて、同じ道を何度もたどり、目的地になかなか着けず、本番に不安を感じました。
    ナビがない時代の旅行では、家内が普通、ナビゲーターをしてくれていたので、二人で標識など確認していたわけですが、本番は私一人・・・。
    まだ若い時期だったから、道の覚えも良く、何とかこなしたのでしょうね。

    (デュッセル時代に機械の営業の先輩がオランダのアウトバーンで事故って、アテンドしていた得意先の社長を死亡させた事があり、先輩は即刻帰国となりました。やはりVIPのアテンドは緊張します。)

    シーフェスハウスの説、ドイツの各地にしばしば見ているので、おっしゃるように流行りだったかも・・・。安く仕上げて、観光客も呼べる、一石二鳥ですから。

    もう、ドイツも遠く、私も老いました。
    それではまた。
    jijidaruma
    2026年03月15日19時58分 返信する
  • ウィーンで「冬の口づけ」

    jijidarumaさん、今晩は、お邪魔します。

    奇妙な名前のドイツのお菓子シリーズ、たのしく拝見しました。ありがとうございます。
    それにしても、jijidarumaさんの調査力というのか調査意欲といえばいいのか、お若い時からそうなのでしょうが、衰えを知りませんね。驚きます。

    ベルンカステル・クースでのテラス席でのひと時、良い時間が流れているようです。
    「玉ねぎケーキ」をご自宅でおつくりになるとは奥様もすごいです。

    私も何か面白い名前のケーキに出会ったことがないか記憶をたどってみましたら、一つだけありました。
    ウィーンのカフェ ツェントラールで、どれにしようかとケーキを物色していたら「シュヴァルツヴェルダー・キルシュトルテ」があって、ウィーンでもあるのかと感心?していたら、「Winterkuss」というケーキがならんでいたのでこれにしました。
    11月でしたがウィーンで「冬の口づけ」とは粋な名前だと思ったものでした。
    「熱い恋」に負けていませんね。

    初耳ですが、ドゥブルべ ボレロの「アイアーシェッケ」、おもしろそうですね。
    2026年03月10日00時50分返信する 関連旅行記

    Re: ウィーンで「冬の口づけ」

    偏西風さん、
    今晩は。コメントありがとうございました。
    本シリーズにご興味頂き、誠に感謝です。

    返事が遅れて恐縮ですが、「WienのWinterkuss冬の口づけ」、私には初耳で、早速調べにかかりました(笑)。
    ウィーンのカフェ ツェントラールのHPのメニューなどものぞいて見ましたが、残念ながら、見つけることができませんでした。そのほか、いろいろと時間をかけてみてみましたものの、クリムトの接吻が出てくるぐらいで、釣果無しでした。
    大変良いネーミングなので、地元に根を下ろしたケーキでしょうけど。

    さらにしぶとく!調べを続けると、なんと4Tra「教えて!トラベラー」が出てきました。偏西風さんが回答していたものでした。カフェ ツェントラールでは春や夏、そして冬の季節に似たケーキが出されるとか。また、天使の都さんの回答も参考になったです。
    写真があれば、理解しやすかったですが。
    ともあれ、各地に奇妙な、珍しい名前のケーキがあること、面白いですね。

    ハイデルベルクを訪れたことがあると思いますが、この地に「学生のキス」と称するチョコレートがあった事を思い出しました。
    「Der Heidelberger Studentenkussデアー・ハイデルベルガー・シュトゥデンテンクス(ハイデルベルク学生の口づけ)」(この旅行記では口づけと訳していますが)
    ≪ハイデルベルクはロマンチックな話が良く似合う:名物チョコレート・“学生の口づけ”の由来≫ 
    ≪ハイデルベルクはロマンチックな話が良く似合う:名物チョコレート・“学生の口づけ”の由来≫』ハイデルベルク(ドイツ)の旅行記・ブログ by jijidarumaさん【フォートラベル】 (4travel.jp)

    尚、W.Boléro(ドゥブルべ・ボレロ)の「アイアーシェッケ」
    〒524-0012
    滋賀県守山市播磨田町48-4
    077-581-3966(サンキュウロクロク)

    それではまた。
    jijidaruma
    2026年03月11日00時40分 返信する
  • バウムクーヘンのこと

    jijidarumaさん、こんばんは。お邪魔します。

    ドイツではお菓子におもしろい名前をつけるものですね。もっとも、「ドナウのさざなみ」は良い名称で、おいしそうです。
    いつまたドイツに行けるか分かりませんが、カフェに入ることがあれば、メニューによく目を通すことにします。
    「学生のエサ」は本などを読むときのおつまみにいいかもしれませんね。

    だいぶ前になりますが、お土産に本場ドイツのバウムクーヘンを買って帰ろうと、ボンのホテルで、買うことのできるお店を教えてもらおうと訊いたところ、応対してくれた人はバウムクーヘンを知らず、パソコンで検索してくれ、日本がどうのこうの、ということでした。ユーハイムにたどりついたようでした。
    結局分からなかったので、ベートーヴェンの像の背後の建物にあるインフォメーションで訊きましたら、やはり知らないようで、ただ、数店のお店に電話で問い合わせてくれ、ここに行ってごらんと紹介された店で購入できました。形状は予想と違いましたが。
    ザルツヴェーデルという町がバウムクーヘン発祥の地なのですか。名前も知りませんでした。実際にザルツヴェーデルにいらっしゃるところがjijidarumaならではのことですね。
    2026年02月24日00時53分返信する 関連旅行記

    Re: バウムクーヘンのこと

    偏西風さん、
    今晩は。急に暑くなって、体調の管理に困りますね。
    今日は家内がバウムクーヘン、蜂の一刺し(一刺しは地元のJAL夫人の方が、ドイツ駐在時代に習得したお菓子などを自宅で作って、販売しているとか)を3時のお茶用に買ってきたので、久しぶりに賞味しました。
    美味しかったですよ。

    奇妙な名前のシリーズにご興味頂き、またコメントもありがとうございました。私も書いていて、楽しんでおります。
    ドイツのカフェには入られたら、是非じっくりのぞいて見てください。

    やはり、大兄もバウムクーヘンについては体験があった由、こうしたお話をお聞きすると、<我が意を得たり>と思います。ドイツ人の皆さんも良い対応されて下さったようす、思い出、記憶に残った旅になったことでしょう。

    文中にも付記しましたように、ポツダムのHotel Bayrisches Hausホテル バイエルンハウスはヴィルヘルム4世と王妃エリザベートに因んだホテルで、嬉しいことにバウムクーヘン誕生秘話にあたり!ました。
    知ってしまうと、ほっとおけない性分(苦笑)、ザルツヴェーデルも御紹介できて、良かったです。

    それではまた。
    jijidaruma
    2026年02月24日18時10分 返信する
  • 続バウムクーフェン

    jijidarumaさま、こんばんは。


    旅行記を篤と拝見させて頂きました。

    本当に本国ドイツではバウムクーフェンは神聖な珍菓扱で、特に、昭和59年(1984年)に当時の東ベルリン市内の大学留学時に半年間滞在時に、東側でバウムクーフェンなんて見かける機会すら無く、大戦後に共産圏になって東ドイツではバウムクーフェンは絶滅してしまったものなのかと訝しんだほどでした。

    来日されたドイツ人が日本で驚かされるのは、洋菓子店のソコソコにバウムクーフェンが売られている事と、長期滞在などで日本人の結婚式に招待された際に、披露宴でワーグナーの楽劇ローエングリーン第一幕の結婚行進曲が流される事に対し、強い違和感を感じる様子が見て取れます。




    横浜臨海公園



    2026年02月21日19時45分返信する 関連旅行記

    Re: 続バウムクーフェン

    横浜臨海公園さん、
    今日は。いつもありがとうございます。

    本稿に、勝手ながら、以前のやり取りを引用させて頂きました。
    家内も本項の写しを読んでいますが、なるほどと感心しておりました。
    さらに続けてのコメント、誠に恐縮です。
    ドイツ人が逆に日本の様子に違和感を持ったと云うエピソードも、なるほどと思った次第です。

    ドイツの諺<andere Länder, andere Sitten>を御存じかと思いますが、私も旨いことをいう諺だと思います。
    異なる国、異なる風習(好みも含むのでしょう)の訳になるとか!

    バウムクーヘンは良く知られているだけに、ご興味を持って、多くの方がアクセスされたようなので、投稿した甲斐があったようです。
    それではまた。
    jijidaruma
    2026年02月22日15時34分 返信する
  • ケーキ

    jijidarumaさん、こんにちは。
    今回はバウムクーヘンなどの話題で、興味深く、また楽しく拝読しました。
    お菓子にはその国のエッセンス的な要素が込められている気がします。
    和菓子の季節性は、日本人の季節の変化を愛でる国民性を体現しているようですし、
    jijidarumaさんからバウムクーヘンの謂れを聞くと、なるほどで思いました。初めてドイツに行ったときに、マンハイムでお菓子屋さんに入り、ナッツの焼き菓子を食べてみて、これがドイツのお菓子かと感激した覚えがあります。食べ物には自分が歩んで来た道を思い出させるものがありますね。ドナウのさざ波や学生のエサなどのケーキは初めて聞きました。命名は行きすぎると陳腐になりますが、
    このくらいであれば許せますね。
    続きを期待しています。
    Rolleiguy
    2026年02月21日15時30分返信する 関連旅行記

    Re: ケーキ

    Rolleiguyさん、
    今日は。いつもありがとうございます。
    このようなテーマで投稿したものに、ご興味を頂き、感謝です。

    バウムクーヘンは日本でドイツ菓子として、第一人者の地位にあると思っていました。本稿でも書いたように、不思議なほど、ドイツのケーキ屋さんで見かけないので、ずっと奇妙な、違和感がありました。
    本稿のような形で、書いてみたのも、そんな背景があります。

    <お菓子にはその国のエッセンス的な要素が込められている>
    なるほど、確かにそうですね。

    それにしても、ドイツのケーキ、焼菓子は美味しいですから、ドイツの旅の楽しみの一つです。

    あと、御なじみのものになりますが、2回続ける事としています。
    それではまた。
    jijidaruma
    2026年02月22日15時02分 返信する
  • どれも見たことも聞いたこともありませんでした。

    jijidarumaさん、今晩は。お邪魔します。

    「蜂の一刺し」「太いもも」「貧乏騎士」、どれも知りませんでした。おもしろい命名ですね。しかしよく見つけたものだと思います。ドイツで生活していたから、だけではこうはいきません。
    名前を聞いただけでケーキを思い浮かべる人はいませんよね。写真で見る限り、「蜂の一刺し」が一番おいしそうです。
    蜂といえば、蜂は甘いものが好きですね。以前家族でドイツに行ったとき、オレンジジュースを飲んでいたら、蜂が飛んできて、コップのふちにとまり、びっくりしたことがあります。嗅覚が相当発達しているようです。
    別のとき、まだ包んである飴に蜂がやってきて驚きました。

    (フロイデンベルクの町に行ったことがありませんが。おもしろい町ですね)

    場所が違いますが、シェーンブルンのネプチューンの泉のことでご指摘いただきました。
    トリトーンについてのご指摘が気になっていて、画像検索をしてみましたら、海馬を取り押さえているように見える人間、あれは人間ではなく、トリトーンでした。
    泉の群像を別の角度から撮った写真があり、それを見ると、足が足ではなく、魚の尾でした。両足が魚の尾の形をしているようです。
    私には人間が海馬を取り押さえているみえたのですが、人間ではなかったのですね。
    ありがとうございます。
    偏西風
    2026年02月17日01時29分返信する 関連旅行記

    Re: どれも見たことも聞いたこともありませんでした。

    偏西風さん、
    今晩は。お立ち寄りとコメントありがとうございます。

    さて、旅では時に昼を抜いて、パン屋に入って菓子パンを物色したり、好ましいカフェを見つけて、ケーキを食べた事も多いですね。
    そしてそんな旅などで、へー、これってなんだ!と思った名前は、いつまでもその驚きが消えないのでしょう。
    豚の耳にはじまり、ダンプヌーデル、そして今回の稿の枕になる蜂の一刺しもそうです。いずれも当時の記憶が鮮明で、旅行記や口コミの中にも投稿してきました。
    本編は奇妙な名前に拘って纏めた短編ですが、ご興味を持って頂き、嬉しく思います。

    「蜂の一刺し」美味しいです。この地方独特の家並みは特色あって、フロイデンベルクの町も一度お訪ねになるもの楽しいことでしょう。

    ドイツの蜂はなかなか曲者で、手ごわく、おっしゃるようにビールやジュースにたかってきます。自分でコップの中に入っておぼれてしまう事あって、若い給仕さんが気の毒に思って、代金をタダにしてくれたこともありました。
    ある古城ホテルで夜中、布団の中に潜り込んでいた事を知らずに、家内が蜂に刺されました。これはケーキでなくて、本物のスズメ蜂の一刺しでした。
    それで家内は体調を崩して、後半の旅では難儀した体験があります。

    以下はご参考に:
    ≪黒い森とアルザス・シュヴァーベン地方の旅㉖スズメ蜂(Wespeヴェスペ)にタタラレタ!≫
    https://4travel.jp/travelogue/11106882
    https://4travel.jp/travelogue/11109235

    それではまた。
    jijidaruma
    2026年02月17日18時06分 返信する
  • jijidaruma magic

    jijidarumaさん おはようございます。お寒むうございます。

     克明な記憶を頼りに、お菓子一つで書き上げる旅行記、感心いたしました。
     前にも書きましたが、記憶力もすごいですが、記録力もすごいです。
     せっかく旅行に行ったのだから、これだけは覚えておかないと、というのが私の希望ですが、一年でほとんど忘れてしまいます。脳の容量の問題か?意識の問題か?

     2月の下旬に人生最後の海外旅行に行くことになっておりますが、腰の具合が悪くて果たして本当に行けるのか?あのときは腰が痛くて・・・これは記憶に残るかもしれませんね。
      pedaru
    2026年02月10日06時37分返信する 関連旅行記

    Re: jijidaruma magic

    pedaruさん、
    今日も、寒いですね。さすがに雪の7日、8日は堪えました。
    段々、近所も高齢化して道路の雪かきも無し、私共も高齢を理由に、
    怠けまして、午後明るくなって、道が出来た所で投票所に行きました。
    80代になり、明らかに衰えたようです。

    さて、物事は何かをキッカケにして、始まるようです。
    日頃から歯が悪いのに、甘いもの好きでお菓子好き、いまだに
    余分に購入しておいたクリスマスのレープクーヘンを食べたり
    しています。ダンプヌーデルもそこからの連想ですね。
    それにしても、気になって調べれば、ドイツ観光局のフレッケンフェルト
    の伝説まで遭遇してしまったのは実にありがたいもので、まず、家内に
    読ませ、娘や孫たちに残すものが出来ました。

    古い旅行記はたくさん残っていますが、最近は20~30頁くらいの
    短編を書いています。旅行記を投稿するには余ほどの覚悟で
    やりませんと、もう難しくなりました。

    大兄もそろそろ旅の出発に気分ソワソワされておられることでしょう。
    人間の体には不思議と修復力があります。腰の痛みも旅の楽しさで
    どっかに行ってしまう事でしょう。
    海外旅行!羨ましい響きです。
    どうぞ良い旅を!

    jijidaruma
    2026年02月10日14時49分 返信する
  • メーリアン

    jijidarumaさん こんばんは。今頃ですが、お邪魔します。

    私は一度ドナウエッシンゲンからジークマリンゲン、ウルム方面へ列車で行ったことがありました。
    列車は、まだ小川のような(そんなに細くはない)ドナウ川に沿うようにして走りました。お写真にある、緑の沃野と左手に見える白い岩壁の景観が素晴らしかったです。

    ただ、白い岩壁の上に時々建物が垣間見えたりしましたが、風景のごく一部で終わってしまいました。
    お車利用とはいえ、実際にヴィルデンシュタイン城等にいらっしゃったのですね。その辺りがちがいます。
    城の反対側は平地なのでしょうか。それにしても人の手で岩山を切り分けるとは恐ろしいほどの情熱?です。
    ユースホステルとして現役であることまで分かり、知らない城のこととはいえ、うれしかったです。

    レーゲンスブルクの景観図ではじめてメーリアンを知りました。メーリアンの行動範囲と絵への意欲はすごいですね。しっかりヴィルデンシュタイン城まで描いているとは。私が驚くようなことではないのですが。

    2026年01月24日01時02分返信する 関連旅行記

    Re: メーリアン

    偏西風さん、
    今晩は。私はまだ起きております。
    コメント頂いたのに、気付かずに口コミに精を出しておりました。

    ドナウの細流に沿って、列車が走る景観も又良いでしょうね。
    私はドイツで免許を取ったこともあり、年齢制限のないドイツの免許をいまだに利用していました。もう今はアウトバーンは怖くて走れないでしょうが。

    ドナウの流れを想うと、源流から流れ出てドナウエッシンゲンからジークマリンゲンは丁度横に線を描くようです。流れは蛇行していますが。
    やはり俯瞰写真を拝借してお見せしないと、こうした古城群とその背景は分からないですね。古城に登って行く過程で、立派な農村地帯を見ると、城と農地などの関係が分かりますね。
    古城が現役であるのは、ドイツの古城好きとしては嬉しいです。本編でも書いていますが、Burg Bronnenブロネン城は見学不可でした。古城の維持にはお金がかかると聞きますから、何やらもったいないような気もします。

    メーリアンの絵は好きなので、古城をテーマにする際は、必ず彼の絵を探して掲載しています。こちらのヴィルデンシュタイン城を見た時はビックリして、行かねばと思ったものです。それにしても生涯で描いた数はすごいことで、多分、彫刻家のティルマンティルマン・リーメンシュナイダーのように工房のような形でやっていたのでしょうね。

    それではまた。コメントありがとうございました。
    jijidaruma
    2026年01月24日02時06分 返信する

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傘寿(80歳)を過ぎ82歳になりましたが、ドイツ旅行を回顧しながら、投稿を楽しんでいます。
かつての駐在時代より、古城巡りや古城ホテルに宿泊するのが大好きで、各地を巡りながら、そこに残る伝説・民話を見つけては、訳してきました。
ここではそうした伝説・民話を中心にご紹介しながら、古城巡りや古城ホテル、グルメ体験などについても、掲載してきました。
ご興味あれば、お立ち寄りください。

最近はアジアの香港・マカオ、台湾も時に昔を思い出しつつ、また、日本の小旅行と称した旅も
最近投稿しています。
(2026.02.11.)


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Spangenbergシュパンゲンベルク:
http://www.spangenberg.de/cms/
ヘッセン州北部のシュヴァルム・エーダー郡に属す人口6千人の町シュパンゲンベルクは今年で都市権710年になる。カッセルの南東に、直線距離で35 km の距離にある。
この町に残る伝説はグリム童話にも掲載されているが、その事から2000年から公式に「Liebenbachstadtリーベンバッハシュタット」と称している。
木組みの家並みが続く旧市街は小さいながらもなかなか良いもので、その中心は庁舎ラートハウス、3階建ての石造りの建物だ。ラーツケラー(レストラン)もあり、マルクト広場を木組みの家が囲んでいた。
その一角に相思相愛のクノーとエリゼの二人の像・・・劇的なシーンを描いているLiebenbachdenkmalリーベンバッハ(恋人たちの小川の意味)記念碑と泉があった。像の裏手には、原野の土を二人が掘り、山の源泉から水を村まで引いた話を示すような鍬が二本、その伝説を語るように置かれていた。
傍には記念碑が建てられた頃の写真や、当時のラートハウスやマルクト広場周辺の家並みを写したものなど、その歴史を説明するように看板が立っていた。

<シュパンゲンベルグ:村に残るクノーとエリゼの相思相愛の伝説 番外編参照。>

https://4travel.jp/travelogue/11528725

(2022.11.16.)

自分を客観的にみた第一印象

大好きな場所

ドイツ

大好きな理由

定年後、かつての駐在を懐かしみ、毎年、ドイツ各地の古城を巡り、様々な古城ホテルの滞在を楽しみながら、レンタカーでドイツの田舎道を31,000km走ってきました。
春が11回、夏1回、秋が4回、クリスマスが1回と、定年後の旅はもう17回となります。
2020年に予定していた18回目は武漢ウイルスの為、延期のままとなり、さらにロシアのウクライナ侵略の勃発もあり、戦時体制の欧州の旅は見送り続けて、2026年を迎えている。

(2026.02.11.)

行ってみたい場所

ドイツ

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