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jijidarumaさんへのコメント一覧全422件

jijidarumaさんの掲示板にコメントを書く

  • 懐かしい町

    jijidarumaさん、こんにちは。
    題名を見て懐かしくなり興味深く拝見しました。ゼッキンゲンは私がスイスで仕事を始めるにあたり、車を買いに行った町です。当時、スイスよりも2割ほど安く買えたので、ドイツフォードのグラナダという車を注文し、スイスで初めて運転するのにちょっと無謀かなと思いましたが、上司もそう思ったのか会社の車で運転手をつけてくれました。大雨のなか恐る恐る運転してチューリッヒまで戻りました。チューリッヒからドイツは近かったので、旅行記の最後に出て来るジンゲンやホーエントヴィールにも何回か行きました。ゼッキンゲンがこれほど魅力的な町だったとは当時全く知らず、もったいないことをしました。jijidarumaさんの旅行記にはいつも勉強させられます。ヘルマン・プライの声も楽しめました。今年は旅行に行けそうもないので、こうして旅行記を拝見して行った気分になっています。
    Rolleiguy
    2026年08月30日10時19分返信する 関連旅行記
  • グリュエッツィィ!

    わ~ここ長年行ってみたいと思ってた場所なんです。
    スイスでも湖岸を歩いていると、世界遺産に登録されている杭上住居の遺跡の看板が出ているのを見かけるんですが、肝心の遺跡は杭だけが水中にあるらしく、全然それらしいものを見かけないんですよね~

    ヌーシャテル湖畔のラテニウムという博物館に行った時も、展示品は素晴らしかったんですが、湖上に杭上住居が立っている風景というのはなかったんです。
    ↓ラテニウム
    https://4travel.jp/travelogue/11995113

    夏の暑さもいよいよ厳しいころですね、お体ご自愛くださいませ。
    2026年08月10日07時49分返信する 関連旅行記

    【Grüezi! グリュエツィ!】そして「Hoiホイ」!

    kawakoさん、
    残暑お見舞い申し上げます。お立ち寄りありがとうございます。

    スイスもやはり暑いのでしょうね。
    湖の渇水(低水位)も起きているのでしょうかね。

    https://4travel.jp/travelogue/11995113

    さて、上のご紹介の旅行記は以前、興味深く読ませて頂きました。
    実はスイス・ヌーシャテル湖畔のラテニウムについても調べました。スイス地域にしては詳しいものでしたが、kawakoさんの旅行記に勝るものではありません!!ので、他のスイス地域のものでお茶を濁しておきました(苦笑)。
    ただ、杭上住居に興味がある人にはkawakoさんの旅行記を参考に書いておけば良かった。ちょっと反省して、追記しておきましょう。

    私の古い旅の記録はセピア色になり、本来なれば再訪して見たかったのですが、2007年の「黒い森とボーデン湖・シュヴァーベン地方を巡った旅」でチャンスがあり、ウンターウルディンゲン近くを通ったのですが、一度見たからと、山間のSalemザレムを選んでしまった。

    尚、スイスドイツ語のご挨拶【Grüezi! グリュエツィ!】 を書かれていましたが、何だろうと思い、早速検索し、以下を見つけて、勉強させて頂きました。
    <Bireweggeスイスドイツ語講座その1:挨拶>
    ちょっと知りたいスイス Birewegge 2020年8月27日

    Dankä!ありがとうございました。
    jijidaruma

    2026年08月10日17時21分 返信する
  • 湖上生活

     jijidarumaさん おはようございます。

     紀元前3000年頃には人が住み着き、高度な文化生活を営んでいたとは驚きです。
     まず杭をうってその上に家を建てるメリットは何処にあるのだろうと考えました。
     南洋の島々(笑)でも水上生活をしている人たちがいるらしいですが、常夏では水に親しむのは当然に思えます。しかし、ヨーロッパでは常に水泳をしているわけにもいかず、
    とくに寒い冬はどうしていたのだろうと思います。
     メリットとしてイノシシや熊などの侵入を防ぐ、外敵の侵略から防ぐ、病害虫などからも身を守るメリットがあったかもしれない。しかし、家を建てて街を形成するため土地を水上に求めるとは納得いきません。外敵に責められた時には逆に責められやすい弱点を持っています。あの桟橋を敵に壊されれば、孤立無援、水攻めにあったような物ですね。
     案外水上生活は空気の清浄さを保ち、保温の役目も果たしたかもしれません。居ながらにして魚釣りができ、トイレは自然の水洗トイレ、これはいいですね。どちらにしても、意外な事実を知りました。湖の上に紀元前から家があり、それを復元して人気の博物館になっているとは初めて知りました。
     それにしても渇水の浜辺や湖がお祝いの理由になってお祭りをしたというのも不思議です。渇水なんて重大事故だと思いますが、あちらの人の考えは理解できません。水道の水はどうなるのでしょうか?

     pedaru
    2026年08月10日07時10分返信する 関連旅行記

    Re: 湖上生活

    pedaruさん、
    残暑お見舞い申し上げます。雷雨が降っていますか?
    台風15号来襲も雨が降る一点で歓迎です。
    豪雨は困りますけど、ともあれ、コメントありがとうございます。

    さて、昔から、このボーデン湖畔の人々は水中の遺跡に気づいていたのでしょうが、19世紀の半ばに起こった冬季大旱魃で水中の遺跡が浮かび上がって、20世紀になってから漸く、歴史愛好家とか、大学の研究者、学識者の手が入ったようですから、まだ100年の歴史です。
    多くの学識者を含めて、世の人々は皆、pedaruさんのように時代を遡って考える難しさに、いろいろと疑問の声をあげたでしょう。

    ウンターウルディンゲンの杭上住居博物館には23棟のPfahlbauプファールバウ(杭上住居)が復元されているようですから、1棟あたり5人としても約100人が集落を構成していたようです。他の場所の記事でも「ボーデン湖畔で発見された石器時代の集落跡は、湖畔に50人から100人からなる数十の繁栄した共同体が存在したことを示している」と書かれていますので、小さな、小さな集合体であったと思います。生きていく上で、最小の集合体ですね。

    スイスのMorgesモルジュ杭上住居は2000人の規模になったと云われているが、稀なもので大きすぎる感があります。それでも土地の環境次第で生活ができる規模も違ったのでしょう。
    時代の後半には湖での漁撈も行なったが、むしろ湖上に立てた当初の理由は、外敵に対する警戒が主であり、農業に適した湖畔の土地も当時は集合体にあった小さく、狭いものだったと思われ、多分、住宅や村落を作る余裕はなかったと思います。

    杭上住居は湖などに立てた何本もの丸太の上に横木を渡し、その上に板などを敷き、さらにその上を土などで固めた上で住居を建てた。屋内は寝室と居間を兼ねた部屋と台所に分かれ、それぞれ炉や暖炉を備えていたというから、生活上の工夫も見られ、当時の人々には意外に快適な生活だったかもしれません。

    「低水位2.26mのコンスタンツ湾が干上がった際、この出来事を祝うお祭りが開かれ、乾いた地面には屋台が設置されたと云う。(この原文がどこにあったか忘れた!ため)当時の人々は何故このことを祝ったのだろう?」という疑問に対する回答はWikiでは教えてくれません。
    仕方なくAIに聞いた回答は、〖コンスタンツ湾はふだん湖水で満たされていますが、極端な低水位で湖底が現れるのはめったにない出来事です。そうした異変は、不安の対象である一方で、人が歩けるほど水が引いた光景そのものが大きな呼び物になりました。乾いた地面に屋台まで並んだという話は、町の人々がそれを非日常の祝祭空間として楽しんだことを示しています。〗でした。
    なるほど、昔の人は珍しいので祝ったらしい。

    今のニュースを読むと、やはり渇水はお祭りどころではなく、観光客の減少や暑さ対策、飲み水の心配をしているのが実情です。

    今回も頭を悩ませたコメントでした。
    ありがとうございます。それではまた。
    jijidaruma
    2026年08月10日19時15分 返信する
  • ハワイといったら○○さん、パリと言ったら○○さん、ドイツといったらjijidarumaさん

     jijidarumaさん おはようございます。

    セピア色の思い出、いつも楽しみ、そして感心しています。
    ラムザウの教会、嘘じゃないかと思うほど、カレンダーやポスターにピッタリのふうけいですね。日本で言えば富士山と桜と言ったところでしょうか?
     いつも感心しながら読んでいます。丁寧な解説、セピア色なのに昨日のことのように思えます。記憶だけに頼らず、記録が大切なのですね。私と真逆な性格なのでしょうか?私は一度も日記をつけたことがありません。(夏休みの宿題以外は)

     民族衣装のご婦人、貴重な写真ですね。品のよい東洋の紳士に流ちょうなドイツ語でお願いされては断れませんね。jijidarumaさん、25歳以下の女性には話しかけてはいけません(笑)。

     pedau
    2026年07月21日06時53分返信する 関連旅行記

    Re: ハワイといったら○○さん、パリと言ったら○○さん、ドイツといったらjijidarumaさん

    Pedaruさん、
    今晩は。
    酷暑続きの予報にゲンナリしつつ、暑中お見舞い申し上げます。

    朝早くからのコメント、いつもながら驚きつつ、感謝です。
    (お疲れの様で、pedauと書かれていますよ!)

    梅雨が明けて、暑中見舞いの季節になりました。
    怖い先輩から、昨日ご機嫌伺?の1品が届きました。
    このところ暑さにかまけて、ご無沙汰続き故、何やら
    近作?!の送付所望と思われます。

    さて、私、ドイツ党として皆さんに喜んでいただけるように、
    夜遅くまで頑張っております(笑)。
    午前2時半、熱帯夜の中でエアコン、扇風機を動かし、寝ています。
    残念にも午前中の大谷さんの活躍、韓国映画の視聴で遅くも
    8時には起きるので、その結果は毎晩寝不足、昼間はニュースや
    映画を見ながら、つい寝てしまい、家内に叱られる毎日です。

    セピア色の思い出は、一度頭に浮かぶと、完了まで私を
    許してくれません。もうドイツに行くことは無理でしょうから、
    思い出のアルバムと記録は大事に小出しにしましょう。

    25歳以下とはウーン!?セピア色の思い出に浮かぶ方はいないなー。

    それではまた。
    jijidaruma
    2026年07月21日19時41分 返信する
  • 騎西城も土浦城も行ったことがありますが・・・

    勉強になりました!
    2026年07月14日16時56分返信する 関連旅行記

    Re: 騎西城も土浦城も行ったことがありますが・・・

    城megrist KAZさん、
    今晩は。
    茨城という水戸が第一に浮かび、次は土浦なのでしょう。
    学生時代水戸一高出身の面白い男がおりました。
    気風の良い好漢でしたが、30代で病に倒れ、急逝してしまいました。
    10数人になった同級会に行くと、彼の話が必ず出ます。
    高田保氏の句碑で見るように、残念にも人情の厚い土浦人、土浦一高
    の友人はおりませんでしたが・・・。
    それではまた。
    jijidaruma
    2026年07月15日01時18分 返信する
  • 趣ある街並み

     jijidarumaさん おはようございます。

     千葉県に住みながら一部の町しか知らないなんて、もったいないですね。
     好きな歌「遠くへ行きたい」の歌詞に知らない街を歩いてみたい、というのがありますが、jijidarumaさんがご紹介くださっている街が正にそうだと思いました。
     観光地としてはあまり知られていない気がしますが、匝瑳と言う名前は、読めない漢字の横綱のようです。こんな町を歩いてみたい、と思わせる旅行記でした。
     車が無いのでいつかはきっと行ってみたいと思いました。

      pedaru
    2026年07月09日07時01分返信する 関連旅行記

    RE: 趣ある街並み

    pedaruさん、
    今晩は。いつもありがとうございます。

    投稿にもだんだん時間がかかるようになりました。
    都内に出るのも、近郊を走るのも少なくなりました。
    歳をとるという事はやはり困ったことです。

    さて、知らない町々、地元の千葉に限っても実に多いですね。
    実は「道の駅」に意外と上手いものがあるので、時々往復100kmぐらい
    のドライブをするのです。(幸い昼間の時間の運転はなんとかこなせ)
    その際に小さな町を訪れると、趣ある街並み、伝説などにあたります。

    先日は多古米で知られる多古町の道の駅で酒まんじゅう(地元の
    ご婦人のお手製の由)を数個購入してきました。
    酒まんじゅうは夫婦そろって大好きで、5月に姉の見舞いで行った、
    故郷青梅にはいまだに酒まんじゅうが販売されていて、いつも予約で
    50個ほど購入して帰ります。アンパンなどよりずっと安く、かつ美味い。
    近くの次女一家に20個おすそ分けし、残りを冷蔵庫に入れて、都度、
    お茶の時間に食べるのです(笑)。

    故郷の味は良いものです。

    それではまた。
    jijidaruma

    2026年07月09日18時57分 返信する
  • 坂井城・・

    jijidaruma さんへ・・
    こちらの旅行記、懐かしいな~・・と、思いながら拝見させていただきました
    「戦国時代にタイムスリップできる公園」・・かなり前になりますが・・子供を連れて行ったことがあります。
    櫓の上部の回廊から、360°の風景に感動致しました・・
    復元された井楼矢倉と呼ばれる方形材を組み合わせた建物に「凄い」と・・
    思った記憶があります・・

    とにかく広い公園敷地で・・全てを制覇せずに終わってしまいました・・
    こちらの旅行記で、歴史に疎い私ですが・・
    また、訪ねて・・ゆっくりと散策してみたい!・・と、思いました

    nomo1215
    2026年06月14日22時37分返信する 関連旅行記

    Re: 坂井城・・>逆井城(さかさいじょう)

    nomo1215さん、
    今晩は。コメントを頂きありがとうございました。

    私も初めはこの城の名を<さかい>と読んでおりました。
    地名や呼称は難しいですね。

    さて、姉の見舞いで埼玉の飯能を訪れ、翌日、直に自宅に帰るのももったいないと、訪れたことのない古河を訪れ、また、古城好きもあって、見つけた逆井城を訪れました。

    中世の城郭を復元したという逆井城、とかく復元すると、模擬天守を作りたがる風潮ですが、幸い、逆井城は良い感じに復元されていて、興味深く見て回りました。
    桜の季節も良さそうですが、城からの帰途、道端に大きな栴檀(せんだん)の花にあえて、より好ましい印象を持ったものでした。

    私は日本でも古城巡りが好きでしたが、4Traでもドイツの古城、古城ホテル好きだと、高言しております(笑)。お暇の節はこちらにもお立ち寄り頂けると、幸いです。

    それではまた。
    jijidaruma

    P/S:4Traは時々、意地悪をします。先ほど書き上げて投稿すると、ログインされていないと表示され、投稿不可になりました。かってにログアウトされては困りますが。
    この返信は思い出しつつ書き上げた、2度目のものです。

    2026年06月15日01時36分 返信する

    Re: 坂井城・・

    おはようございます
    4tra のいたずら まさに、私も何度も経験あります また、逆井城の間違い 失礼いたしました
    2026年06月15日07時06分 返信する
  • 大変勉強になりました


    jijidaruma様 
    お久しぶりです。fmiと申します。
    平将門に関する紀行文、拝読しました。改めて分かったことも多く、大変勉強になりました。我が佐倉にも「将門」という地名があり、千葉氏の居城もあるにもかかわらず、千葉氏と将門の関連など今まで知らなかったことも多く、勉強になりました。
    成田山新勝寺と神田明神の因縁は私も存じておりました。将門を調伏するために時の真言宗の僧、寛朝僧正が護摩を焚いた地が現在の新勝寺であるとも、「成田」の地名も「新勝寺」の名も「勝利が成った」ことが由来(諸説あり)とも言われております。
    ドイツの紀行文も懐かしさを感じながら拝読させて頂いております。今後ともよろしくお願いします。
    2026年06月11日14時26分返信する 関連旅行記

    Re: 大変勉強になりました

    fmi(ふみ)さん 、
    今晩は。
    佐倉の将門町という地名があるのを知りましたが、
    やはり将門に関係した神社がいくつかあるようですね。
    今度調べて、行ってみたいものです。
    大佐倉の千葉氏の城址跡を訪れたことがありますが、将門を祖とする千葉氏、相馬氏など、今更ながら、坂東武者、将門信仰の民心に与えた影響に興味が湧いています。

    ドイツは遠くなりました。ただ、思い出の記は歳をとっても、書けますので、よろしくお願いいたします。

    コメントといいね!ありがとうございました。
    それではまた。
    jijidaruma
    2026年06月12日00時16分 返信する
  • 「ウルムの金は、、、。。。」

    jijidarumaさん、今晩は、お邪魔します。

    「ウルムの金は世界を支配する」と言われたのですか。それほど裕福な都市だったとは意外です。サグラダファミリアに追い越されて2位になったとは知りませんでしたが、ケルンを凌ぐ大聖堂を建てるからにはかなりの財力があったのでしょうね。

    早口言葉「in Ulm......」を実際に聞くのは初めてです。1曲目はウルムの街の紹介、案内にもなっていますね。ガス・バッカスの「恋はスバヤク」は若いころよく聴きました。「in ulm......」の歌をドイツ語で歌っていることにびっくりしましたが、ドイツでも活躍した歌手だったのですね。

    ウルムの「賢人」を何人か紹介するポスターのようなものを見たことがあります。
    その中に、アインシュタインと並んで、ウルムの市民に梁の入れ方を教えてあげた雀も出ていたのがよかったです。
    手製の翼でドナウ川を飛んで渡ろうとして失敗したベルプリンが—という仕立て屋もいました。1曲目でSchneiderと歌われるのはこのベルプリンガーのことだと思いますが、ほかにどんな人がいたか思い出せません。

    シュタイフ社の雀は可愛いですね。
    またよろしくお願いいたします。

    2026年04月26日02時48分返信する 関連旅行記

    Re: 「ウルムの金は、、、。。。」

    偏西風さん、
    今日は。いつもありがとうございます。

    かつて乍ら、本編のなかで、お名前を書かせて頂きました。
    ウルムの町は、ドイツの様々な観光地に比較して、文中にもたびたび書きましたが、「サラッと観光して、次の町に行く」というものでした。
    ウルムの雀伝説のことなど、伝説好きにしてはサラッとし過ぎたようです。観光本で事前に知識があれば、展示物などにも目を向けたのでしょうが、雀の姿は目に入らなかったのです。

    改めてウルムの事を調べてみれば、なんとマー、題材豊富な町でした。
    ウルム大聖堂が世界第二の地位になったのは、私も今回初めて知りました。ウルムっ子には残念でしょうが、それ以上の面白いものがありましたね。
    貴旅行記を拝見すると、いつも何かを気づかせて、あらたに見直したいことがあります。本編もそういう事もあり、本来なれば、貴旅行記にコメントすべきでしたが、こちらに様々な追記をしながら、構成をし直してみました。ありがとうございました。

    さて、最初のYOUTUBEは観光案内としては、良くできていて、良く見つけた、良く選んだと自賛したものです(笑)。
    軽快な曲が耳に残り、早口言葉(これがなかなか耳に理解できませんし、歌えませんけど)、観光名所、歴史的な話を含んで、飽きさせませんね。他のYOUTUBEもまた面白いです。

    「ウルムの「賢人」を何人か紹介するポスターのようなもの」を見ておりませんので、かってにWikiを参考にして、私が幅広くウルムの賢人(雀は外しました!)を選んでみました。

    第一にノーベル物理学賞を受賞されたアインシュタイン博士、
    第二に私がひいきの英雄・ヒトラー暗殺未遂事件の首謀者クラウス・フォン・シュタウフェンベルク 伯爵・参謀大佐、
    第三には「砂漠の狐」の異名で呼ばれる活躍を見せた名将ロンメル将軍・・・その死にあたって、祖国の英雄としてウルムで盛大な国葬が営まれた。
    第四に世界的な自動車部品メーカーBoschボッシュの創立者ロバート・ボッシュ、
    第五は「ウルムの仕立て屋さん」アルプレヒト・ルートヴィヒ・ベルブリンガー(ハンググライダーで空を飛ぼうとした発明家)、

    また、有名な指揮者カラヤン氏はウルム市立歌劇場において、『フィガロの結婚』でオペラ指揮者デビューを果たし、以後5年間専属指揮者として活躍したとのことで、十分賢人の資格があるといえましょう。
    以上です。
    *尚、一度投稿したのですが、なぜか?「4Tra側が目下込み合っているので時間をかけて、再投稿してください」と表示され、先の投稿分は消えてしまいました。
    したがい、今回の分は原文を思い出しつつ、書き直して投稿したものです。
    そんなこともあり、返信が遅くなりました。ご容赦ください。
    jijidaruma

    2026年04月26日17時36分 返信する
  • こんなことまで知っているなんて、チコちゃんに褒められるー

     jijidarumaさん おはようございます。

     ネタのいっぱい詰まった引き出しを、たくさんお持ちなんですねー。
     動画が添えられているので、楽しめました、といっても言葉は分かりません。
     歌詞付きですので、分かったような気がします(笑)。

     この町の大聖堂は戦争中爆撃されなかったのですね。訳があったのでしょうか?
     日本も慈悲深いキリスト教の国から、無抵抗の市民が無差別攻撃をされました。

     動画では楽しそうな歌声を聞いているうち、ああ、この人たちも戦争ばかりしている国に住んで、やっと今は幸せなんだろうな、と言う思いが湧いてきました。
     日本は地震はあるけど、島国ですから外国の侵略をうけなくてよかったですね。

     われわれは生きてもあと30年(笑)、戦争が起きないことを祈るのみです。

      pedaru
    2026年04月25日07時41分返信する 関連旅行記

    RE: こんなことまで知っているなんて、チコちゃんに褒められるー

    pedaruさん、
    今日は。いつもありがとうございます。

    ウルムは古くからのドナウの水運と街道のお陰で豊かな町でした。
    文中にも書いたように、ウルムの富は他国の有名都市にそん色ない
    力があったから、格言まで残したようです。

    そのような偉大な町の観光をさらっと観光した罰を今になって受けて、
    様々なネタを紐解くのに実は苦労したのです。

    最後っ屁のように、雀でなくて鳩なのだよと、書いてしまった所は
    私も性格が悪い。

    動画は珍しく多く掲載しました。聞いていると、気持ち軽やかになるので、
    (内容の理解は別にして)それだけで十分かと(笑)。

    また、ご質問の「この町の大聖堂は戦争中爆撃されなかったのですね。
    訳があったのでしょうか?」
    ドレスデンの大聖堂は粉々に爆撃でやられて、長い復興の時間が必要に
    なりました。文中に、勝手ながら、私好みでウルム大聖堂は「アイン
    シュタイン(米国籍を取得した)の生まれ故郷だったから連合軍も爆撃
    しないように気をつかった」ようだと書きました。

    似たような話があります。
    「バイロイトの次に訪れたのは、距離120kmのCoburgコーブルクの町である。
    ここコーブルク公爵領はドイツの中央部、バイエルン州の北部にあたり、
    フランケン地方と称する。
    英国王室(ハノファー王朝)、つまり英国が最も栄華を極めた Victoria
    ヴィクトリア女王の時代、女王の王配(おうはい:女王の夫のこと)
    Albrecht von Sachsen-Coburg-Gothaアルブレヒト・フォン・ザクセン・
    コーブルク・ゴータ(英語読みはアルバート公、1840年-1861年)は
    Coburgコーブルク公爵家の出身でした。
    コーブルクの町はザクセン・コーブルク・ゴータ公家の宮廷があり、
    上記のように英王室との深い結びつきがあった町でした。その所為か?!
    第二次大戦下、英空軍はこの町を空襲しなかったと云われています。

    戦時下でも、こんな話が伝えられているから、人間の戦いの中にも
    救いがありますね。

    jijidaruma

    2026年04月25日17時45分 返信する

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jijidarumaさんにとって旅行とは

傘寿(80歳)を過ぎ82歳になりましたが、ドイツ旅行を回顧しながら、投稿を楽しんでいます。
かつての駐在時代より、古城巡りや古城ホテルに宿泊するのが大好きで、各地を巡りながら、そこに残る伝説・民話を見つけては、訳してきました。
ここではそうした伝説・民話を中心にご紹介しながら、古城巡りや古城ホテル、グルメ体験などについても、掲載してきました。
ご興味あれば、お立ち寄りください。

最近はアジアの香港・マカオ、台湾も時に昔を思い出しつつ、また、日本の小旅行と称した旅も
最近投稿しています。
(2026.02.11.)


プロフィール写真は
シュパンゲンベルクのマルクト広場:相思相愛のクノーとエリゼの二人の像

Spangenbergシュパンゲンベルク:
http://www.spangenberg.de/cms/
ヘッセン州北部のシュヴァルム・エーダー郡に属す人口6千人の町シュパンゲンベルクは今年で都市権710年になる。カッセルの南東に、直線距離で35 km の距離にある。
この町に残る伝説はグリム童話にも掲載されているが、その事から2000年から公式に「Liebenbachstadtリーベンバッハシュタット」と称している。
木組みの家並みが続く旧市街は小さいながらもなかなか良いもので、その中心は庁舎ラートハウス、3階建ての石造りの建物だ。ラーツケラー(レストラン)もあり、マルクト広場を木組みの家が囲んでいた。
その一角に相思相愛のクノーとエリゼの二人の像・・・劇的なシーンを描いているLiebenbachdenkmalリーベンバッハ(恋人たちの小川の意味)記念碑と泉があった。像の裏手には、原野の土を二人が掘り、山の源泉から水を村まで引いた話を示すような鍬が二本、その伝説を語るように置かれていた。
傍には記念碑が建てられた頃の写真や、当時のラートハウスやマルクト広場周辺の家並みを写したものなど、その歴史を説明するように看板が立っていた。

<シュパンゲンベルグ:村に残るクノーとエリゼの相思相愛の伝説 番外編参照。>

https://4travel.jp/travelogue/11528725

(2022.11.16.)

自分を客観的にみた第一印象

大好きな場所

ドイツ

大好きな理由

定年後、かつての駐在を懐かしみ、毎年、ドイツ各地の古城を巡り、様々な古城ホテルの滞在を楽しみながら、レンタカーでドイツの田舎道を31,000km走ってきました。
春が11回、夏1回、秋が4回、クリスマスが1回と、定年後の旅はもう17回となります。
2020年に予定していた18回目は武漢ウイルスの為、延期のままとなり、さらにロシアのウクライナ侵略の勃発もあり、戦時体制の欧州の旅は見送り続けて、2026年を迎えている。

(2026.02.11.)

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