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jijidarumaさんへのコメント一覧全411件

jijidarumaさんの掲示板にコメントを書く

  • ウィーンで「冬の口づけ」

    jijidarumaさん、今晩は、お邪魔します。

    奇妙な名前のドイツのお菓子シリーズ、たのしく拝見しました。ありがとうございます。
    それにしても、jijidarumaさんの調査力というのか調査意欲といえばいいのか、お若い時からそうなのでしょうが、衰えを知りませんね。驚きます。

    ベルンカステル・クースでのテラス席でのひと時、良い時間が流れているようです。
    「玉ねぎケーキ」をご自宅でおつくりになるとは奥様もすごいです。

    私も何か面白い名前のケーキに出会ったことがないか記憶をたどってみましたら、一つだけありました。
    ウィーンのカフェ ツェントラールで、どれにしようかとケーキを物色していたら「シュヴァルツヴェルダー・キルシュトルテ」があって、ウィーンでもあるのかと感心?していたら、「Winterkuss」というケーキがならんでいたのでこれにしました。
    11月でしたがウィーンで「冬の口づけ」とは粋な名前だと思ったものでした。
    「熱い恋」に負けていませんね。

    初耳ですが、ドゥブルべ ボレロの「アイアーシェッケ」、おもしろそうですね。
    2026年03月10日00時50分返信する 関連旅行記

    Re: ウィーンで「冬の口づけ」

    偏西風さん、
    今晩は。コメントありがとうございました。
    本シリーズにご興味頂き、誠に感謝です。

    返事が遅れて恐縮ですが、「WienのWinterkuss冬の口づけ」、私には初耳で、早速調べにかかりました(笑)。
    ウィーンのカフェ ツェントラールのHPのメニューなどものぞいて見ましたが、残念ながら、見つけることができませんでした。そのほか、いろいろと時間をかけてみてみましたものの、クリムトの接吻が出てくるぐらいで、釣果無しでした。
    大変良いネーミングなので、地元に根を下ろしたケーキでしょうけど。

    さらにしぶとく!調べを続けると、なんと4Tra「教えて!トラベラー」が出てきました。偏西風さんが回答していたものでした。カフェ ツェントラールでは春や夏、そして冬の季節に似たケーキが出されるとか。また、天使の都さんの回答も参考になったです。
    写真があれば、理解しやすかったですが。
    ともあれ、各地に奇妙な、珍しい名前のケーキがあること、面白いですね。

    ハイデルベルクを訪れたことがあると思いますが、この地に「学生のキス」と称するチョコレートがあった事を思い出しました。
    「Der Heidelberger Studentenkussデアー・ハイデルベルガー・シュトゥデンテンクス(ハイデルベルク学生の口づけ)」(この旅行記では口づけと訳していますが)
    ≪ハイデルベルクはロマンチックな話が良く似合う:名物チョコレート・“学生の口づけ”の由来≫ 
    ≪ハイデルベルクはロマンチックな話が良く似合う:名物チョコレート・“学生の口づけ”の由来≫』ハイデルベルク(ドイツ)の旅行記・ブログ by jijidarumaさん【フォートラベル】 (4travel.jp)

    尚、W.Boléro(ドゥブルべ・ボレロ)の「アイアーシェッケ」
    〒524-0012
    滋賀県守山市播磨田町48-4
    077-581-3966(サンキュウロクロク)

    それではまた。
    jijidaruma
    2026年03月11日00時40分 返信する
  • バウムクーヘンのこと

    jijidarumaさん、こんばんは。お邪魔します。

    ドイツではお菓子におもしろい名前をつけるものですね。もっとも、「ドナウのさざなみ」は良い名称で、おいしそうです。
    いつまたドイツに行けるか分かりませんが、カフェに入ることがあれば、メニューによく目を通すことにします。
    「学生のエサ」は本などを読むときのおつまみにいいかもしれませんね。

    だいぶ前になりますが、お土産に本場ドイツのバウムクーヘンを買って帰ろうと、ボンのホテルで、買うことのできるお店を教えてもらおうと訊いたところ、応対してくれた人はバウムクーヘンを知らず、パソコンで検索してくれ、日本がどうのこうの、ということでした。ユーハイムにたどりついたようでした。
    結局分からなかったので、ベートーヴェンの像の背後の建物にあるインフォメーションで訊きましたら、やはり知らないようで、ただ、数店のお店に電話で問い合わせてくれ、ここに行ってごらんと紹介された店で購入できました。形状は予想と違いましたが。
    ザルツヴェーデルという町がバウムクーヘン発祥の地なのですか。名前も知りませんでした。実際にザルツヴェーデルにいらっしゃるところがjijidarumaならではのことですね。
    2026年02月24日00時53分返信する 関連旅行記

    Re: バウムクーヘンのこと

    偏西風さん、
    今晩は。急に暑くなって、体調の管理に困りますね。
    今日は家内がバウムクーヘン、蜂の一刺し(一刺しは地元のJAL夫人の方が、ドイツ駐在時代に習得したお菓子などを自宅で作って、販売しているとか)を3時のお茶用に買ってきたので、久しぶりに賞味しました。
    美味しかったですよ。

    奇妙な名前のシリーズにご興味頂き、またコメントもありがとうございました。私も書いていて、楽しんでおります。
    ドイツのカフェには入られたら、是非じっくりのぞいて見てください。

    やはり、大兄もバウムクーヘンについては体験があった由、こうしたお話をお聞きすると、<我が意を得たり>と思います。ドイツ人の皆さんも良い対応されて下さったようす、思い出、記憶に残った旅になったことでしょう。

    文中にも付記しましたように、ポツダムのHotel Bayrisches Hausホテル バイエルンハウスはヴィルヘルム4世と王妃エリザベートに因んだホテルで、嬉しいことにバウムクーヘン誕生秘話にあたり!ました。
    知ってしまうと、ほっとおけない性分(苦笑)、ザルツヴェーデルも御紹介できて、良かったです。

    それではまた。
    jijidaruma
    2026年02月24日18時10分 返信する
  • 続バウムクーフェン

    jijidarumaさま、こんばんは。


    旅行記を篤と拝見させて頂きました。

    本当に本国ドイツではバウムクーフェンは神聖な珍菓扱で、特に、昭和59年(1984年)に当時の東ベルリン市内の大学留学時に半年間滞在時に、東側でバウムクーフェンなんて見かける機会すら無く、大戦後に共産圏になって東ドイツではバウムクーフェンは絶滅してしまったものなのかと訝しんだほどでした。

    来日されたドイツ人が日本で驚かされるのは、洋菓子店のソコソコにバウムクーフェンが売られている事と、長期滞在などで日本人の結婚式に招待された際に、披露宴でワーグナーの楽劇ローエングリーン第一幕の結婚行進曲が流される事に対し、強い違和感を感じる様子が見て取れます。




    横浜臨海公園



    2026年02月21日19時45分返信する 関連旅行記

    Re: 続バウムクーフェン

    横浜臨海公園さん、
    今日は。いつもありがとうございます。

    本稿に、勝手ながら、以前のやり取りを引用させて頂きました。
    家内も本項の写しを読んでいますが、なるほどと感心しておりました。
    さらに続けてのコメント、誠に恐縮です。
    ドイツ人が逆に日本の様子に違和感を持ったと云うエピソードも、なるほどと思った次第です。

    ドイツの諺<andere Länder, andere Sitten>を御存じかと思いますが、私も旨いことをいう諺だと思います。
    異なる国、異なる風習(好みも含むのでしょう)の訳になるとか!

    バウムクーヘンは良く知られているだけに、ご興味を持って、多くの方がアクセスされたようなので、投稿した甲斐があったようです。
    それではまた。
    jijidaruma
    2026年02月22日15時34分 返信する
  • ケーキ

    jijidarumaさん、こんにちは。
    今回はバウムクーヘンなどの話題で、興味深く、また楽しく拝読しました。
    お菓子にはその国のエッセンス的な要素が込められている気がします。
    和菓子の季節性は、日本人の季節の変化を愛でる国民性を体現しているようですし、
    jijidarumaさんからバウムクーヘンの謂れを聞くと、なるほどで思いました。初めてドイツに行ったときに、マンハイムでお菓子屋さんに入り、ナッツの焼き菓子を食べてみて、これがドイツのお菓子かと感激した覚えがあります。食べ物には自分が歩んで来た道を思い出させるものがありますね。ドナウのさざ波や学生のエサなどのケーキは初めて聞きました。命名は行きすぎると陳腐になりますが、
    このくらいであれば許せますね。
    続きを期待しています。
    Rolleiguy
    2026年02月21日15時30分返信する 関連旅行記

    Re: ケーキ

    Rolleiguyさん、
    今日は。いつもありがとうございます。
    このようなテーマで投稿したものに、ご興味を頂き、感謝です。

    バウムクーヘンは日本でドイツ菓子として、第一人者の地位にあると思っていました。本稿でも書いたように、不思議なほど、ドイツのケーキ屋さんで見かけないので、ずっと奇妙な、違和感がありました。
    本稿のような形で、書いてみたのも、そんな背景があります。

    <お菓子にはその国のエッセンス的な要素が込められている>
    なるほど、確かにそうですね。

    それにしても、ドイツのケーキ、焼菓子は美味しいですから、ドイツの旅の楽しみの一つです。

    あと、御なじみのものになりますが、2回続ける事としています。
    それではまた。
    jijidaruma
    2026年02月22日15時02分 返信する
  • どれも見たことも聞いたこともありませんでした。

    jijidarumaさん、今晩は。お邪魔します。

    「蜂の一刺し」「太いもも」「貧乏騎士」、どれも知りませんでした。おもしろい命名ですね。しかしよく見つけたものだと思います。ドイツで生活していたから、だけではこうはいきません。
    名前を聞いただけでケーキを思い浮かべる人はいませんよね。写真で見る限り、「蜂の一刺し」が一番おいしそうです。
    蜂といえば、蜂は甘いものが好きですね。以前家族でドイツに行ったとき、オレンジジュースを飲んでいたら、蜂が飛んできて、コップのふちにとまり、びっくりしたことがあります。嗅覚が相当発達しているようです。
    別のとき、まだ包んである飴に蜂がやってきて驚きました。

    (フロイデンベルクの町に行ったことがありませんが。おもしろい町ですね)

    場所が違いますが、シェーンブルンのネプチューンの泉のことでご指摘いただきました。
    トリトーンについてのご指摘が気になっていて、画像検索をしてみましたら、海馬を取り押さえているように見える人間、あれは人間ではなく、トリトーンでした。
    泉の群像を別の角度から撮った写真があり、それを見ると、足が足ではなく、魚の尾でした。両足が魚の尾の形をしているようです。
    私には人間が海馬を取り押さえているみえたのですが、人間ではなかったのですね。
    ありがとうございます。
    偏西風
    2026年02月17日01時29分返信する 関連旅行記

    Re: どれも見たことも聞いたこともありませんでした。

    偏西風さん、
    今晩は。お立ち寄りとコメントありがとうございます。

    さて、旅では時に昼を抜いて、パン屋に入って菓子パンを物色したり、好ましいカフェを見つけて、ケーキを食べた事も多いですね。
    そしてそんな旅などで、へー、これってなんだ!と思った名前は、いつまでもその驚きが消えないのでしょう。
    豚の耳にはじまり、ダンプヌーデル、そして今回の稿の枕になる蜂の一刺しもそうです。いずれも当時の記憶が鮮明で、旅行記や口コミの中にも投稿してきました。
    本編は奇妙な名前に拘って纏めた短編ですが、ご興味を持って頂き、嬉しく思います。

    「蜂の一刺し」美味しいです。この地方独特の家並みは特色あって、フロイデンベルクの町も一度お訪ねになるもの楽しいことでしょう。

    ドイツの蜂はなかなか曲者で、手ごわく、おっしゃるようにビールやジュースにたかってきます。自分でコップの中に入っておぼれてしまう事あって、若い給仕さんが気の毒に思って、代金をタダにしてくれたこともありました。
    ある古城ホテルで夜中、布団の中に潜り込んでいた事を知らずに、家内が蜂に刺されました。これはケーキでなくて、本物のスズメ蜂の一刺しでした。
    それで家内は体調を崩して、後半の旅では難儀した体験があります。

    以下はご参考に:
    ≪黒い森とアルザス・シュヴァーベン地方の旅㉖スズメ蜂(Wespeヴェスペ)にタタラレタ!≫
    https://4travel.jp/travelogue/11106882
    https://4travel.jp/travelogue/11109235

    それではまた。
    jijidaruma
    2026年02月17日18時06分 返信する
  • jijidaruma magic

    jijidarumaさん おはようございます。お寒むうございます。

     克明な記憶を頼りに、お菓子一つで書き上げる旅行記、感心いたしました。
     前にも書きましたが、記憶力もすごいですが、記録力もすごいです。
     せっかく旅行に行ったのだから、これだけは覚えておかないと、というのが私の希望ですが、一年でほとんど忘れてしまいます。脳の容量の問題か?意識の問題か?

     2月の下旬に人生最後の海外旅行に行くことになっておりますが、腰の具合が悪くて果たして本当に行けるのか?あのときは腰が痛くて・・・これは記憶に残るかもしれませんね。
      pedaru
    2026年02月10日06時37分返信する 関連旅行記

    Re: jijidaruma magic

    pedaruさん、
    今日も、寒いですね。さすがに雪の7日、8日は堪えました。
    段々、近所も高齢化して道路の雪かきも無し、私共も高齢を理由に、
    怠けまして、午後明るくなって、道が出来た所で投票所に行きました。
    80代になり、明らかに衰えたようです。

    さて、物事は何かをキッカケにして、始まるようです。
    日頃から歯が悪いのに、甘いもの好きでお菓子好き、いまだに
    余分に購入しておいたクリスマスのレープクーヘンを食べたり
    しています。ダンプヌーデルもそこからの連想ですね。
    それにしても、気になって調べれば、ドイツ観光局のフレッケンフェルト
    の伝説まで遭遇してしまったのは実にありがたいもので、まず、家内に
    読ませ、娘や孫たちに残すものが出来ました。

    古い旅行記はたくさん残っていますが、最近は20~30頁くらいの
    短編を書いています。旅行記を投稿するには余ほどの覚悟で
    やりませんと、もう難しくなりました。

    大兄もそろそろ旅の出発に気分ソワソワされておられることでしょう。
    人間の体には不思議と修復力があります。腰の痛みも旅の楽しさで
    どっかに行ってしまう事でしょう。
    海外旅行!羨ましい響きです。
    どうぞ良い旅を!

    jijidaruma
    2026年02月10日14時49分 返信する
  • メーリアン

    jijidarumaさん こんばんは。今頃ですが、お邪魔します。

    私は一度ドナウエッシンゲンからジークマリンゲン、ウルム方面へ列車で行ったことがありました。
    列車は、まだ小川のような(そんなに細くはない)ドナウ川に沿うようにして走りました。お写真にある、緑の沃野と左手に見える白い岩壁の景観が素晴らしかったです。

    ただ、白い岩壁の上に時々建物が垣間見えたりしましたが、風景のごく一部で終わってしまいました。
    お車利用とはいえ、実際にヴィルデンシュタイン城等にいらっしゃったのですね。その辺りがちがいます。
    城の反対側は平地なのでしょうか。それにしても人の手で岩山を切り分けるとは恐ろしいほどの情熱?です。
    ユースホステルとして現役であることまで分かり、知らない城のこととはいえ、うれしかったです。

    レーゲンスブルクの景観図ではじめてメーリアンを知りました。メーリアンの行動範囲と絵への意欲はすごいですね。しっかりヴィルデンシュタイン城まで描いているとは。私が驚くようなことではないのですが。

    2026年01月24日01時02分返信する 関連旅行記

    Re: メーリアン

    偏西風さん、
    今晩は。私はまだ起きております。
    コメント頂いたのに、気付かずに口コミに精を出しておりました。

    ドナウの細流に沿って、列車が走る景観も又良いでしょうね。
    私はドイツで免許を取ったこともあり、年齢制限のないドイツの免許をいまだに利用していました。もう今はアウトバーンは怖くて走れないでしょうが。

    ドナウの流れを想うと、源流から流れ出てドナウエッシンゲンからジークマリンゲンは丁度横に線を描くようです。流れは蛇行していますが。
    やはり俯瞰写真を拝借してお見せしないと、こうした古城群とその背景は分からないですね。古城に登って行く過程で、立派な農村地帯を見ると、城と農地などの関係が分かりますね。
    古城が現役であるのは、ドイツの古城好きとしては嬉しいです。本編でも書いていますが、Burg Bronnenブロネン城は見学不可でした。古城の維持にはお金がかかると聞きますから、何やらもったいないような気もします。

    メーリアンの絵は好きなので、古城をテーマにする際は、必ず彼の絵を探して掲載しています。こちらのヴィルデンシュタイン城を見た時はビックリして、行かねばと思ったものです。それにしても生涯で描いた数はすごいことで、多分、彫刻家のティルマンティルマン・リーメンシュナイダーのように工房のような形でやっていたのでしょうね。

    それではまた。コメントありがとうございました。
    jijidaruma
    2026年01月24日02時06分 返信する
  • 古城Burg Wildensteinビルデンシュタイン城

     jijidarumaさん こんにちは

     お元気にお過ごしのことと思います。ご無沙汰しております。
     過去に旅したお宝の写真、金庫から出して、旅行記に仕上げる、実に楽しい作業です。しかも、昨日のことのように記憶が鮮明です。
     私も歳をとったら(とっくに歳をとりましたが)、何処にも行くことがなくとも
    旅行記を作成し、4トラベルの仲間とつながっていたいと思います。

     ところでビルデンシュタイン城はロッククライミングして入場するのかしらと思えるような要塞ですね。絵を見てびっくりしました。
     それにしても、恐ろしい世の中ですね、ここまで強固に守りを固めなければ安心できないなんて、もっとも、失うものが多くある者ほど、心配が多いのですね。
     そこへいくと、私なんぞは失うものなんて何もないから、安心して熟睡できます(笑)。盗られて困るのは、入れ歯くらいなものです。これはその時から困ります。恥ずかしいから黙っていましたが、彦根へ旅行した時、入れ歯を忘れたために、
    柔らかい物しか食べられず、苦労をしました(笑)。

     では、本年もよろしくお願いします。

     pedaru
    2026年01月17日14時06分返信する 関連旅行記

    Re: 古城Burg Wildensteinビルデンシュタイン城

    pedaruさん、
    今晩は。
    本年も宜しくお願い致します。

    昨日17日は長女宅の孫娘が所属する大学の吹奏楽団のコンサートが府中で
    催されたので、1泊して応援に行ってきました。
    かつて我が家の次女が所属していた大学の管弦楽団とは違って、殆ど孫娘の吹奏楽は殆ど分からないのですが、長女宅の孫娘二人とも吹奏楽なのです。
    帰宅が17時半、家内共々さすがに疲れて、寝てしまいました。
    少し前に起きて、初春最初のコメントを頂いていましたので、ただ今返信しています。

    さて、ビルデンシュタイン城、「記憶に残る独特な城」と書いていますが、旅行記の中では埋没しがちなので、独立させてみました。頭の中にはかつてのドイツ話があって、書き方次第で、いくらでも出てきそうです(苦笑)。
    描かれた絵画はこの古城を見事に表現しています。旅行前に調べていたら、この古城に当たりました。この姿だけでも世界遺産イエ、jijidaruma遺産に十分値します。

    私共の時代、栄養も悪くて、多分それがもとで、歯はガタガタですね。今になって歯磨きに専念しても、上手くいかずに歯医者通いが続きます。
    歯に代わる財産と言えば、我が家はアルバム類と旅行記のファイルでしょうか!?
    昨冬、ドイツ時代の友人夫妻がたて続けて亡くなり、我が家の長女と友人宅の長女が日本人学校の友達だったこともあって、彼らの老人ホーム時代、病気の様子など逐一知らされておりました。先日、亡くなる前のお写真や遺影、ドイツ時代の写真をスキャンしたものが送られてきました。
    残された遺族はドイツの素晴らしい洋食器や大量のアルバムなどの処理に困ったとのことでした。
    この事は<明日の我が家>といっても良いでしょう。

    2025年は1月3日に義兄が88歳で亡くなり、さらに12月3日、弟が貸していた家(かつての生家・実家)が全焼してしまった・・・要は2025年は、新年から年末まで、私共にとってはツイテいない年でした。
    今年は丙午(ひのえうま)の年とあって、いわゆる「勢いとエネルギーに満ちて、活動的になる」年に大いに期待してみたいものです。

    コメントありがとうございました。
    それではまた。
    jijidaruma
    2026年01月19日00時50分 返信する
  • 銚子の篤志家

     jijidaruma様
     いつも紀行文を拝見しております、fmiと申します。
     「濱口梧陵」の名は不勉強ながら初めて知りました。
     北総、銚子の篤志家というと、銚子の港湾整備に尽力した加瀬庫蔵と、江戸時代に銚子をはじめ海上郡の民を天明の大飢饉から救った、上州から派遣された代官、庄川杢左衛門の二名を連想します。加瀬庫蔵は「井戸塀にならない井戸塀政治家になる」と立志し衆議院議員として私財をなげうち銚子の漁民を港口での遭難から救うべく港湾整備に尽くしました。庄川杢左衛門は、当時高崎藩の飛び地だった銚子の民を飢饉から救うべく、蔵を独断で開け、領民を救い、その責めを受け切腹しました。
     私は父祖が高崎出身で、今、北総はいにわの郡に住んでいるので、庄川代官にシンパシーを感じます。
     銚子に藤の美しい場所があることも知りませんでした、大変勉強になりました。有難うございます。
    2026年01月12日22時42分返信する 関連旅行記

    Re: 銚子の篤志家

    fmi(ふみ)さん 、
    今日は。
    お立ち寄りありがとうございました。

    本編は以前から銚子に<臥龍のフジ在り>と知っていましたが、この時初めて訪れました。つまり藤が目当てでして、ヤマサ醤油と濱口 梧陵翁の事績を知ったのは、たまたま顕彰碑が道路際から目に入ったからでした。
    文化や史跡も何やらそうしてことが契機になって、思わぬ<余得>となることがあります。

    大学生の頃、この銚子地区で初めて衆院選の選挙アルバイトをやりました。
    面白い体験でしたが、こうした篤志家たちの事は知らずにやっていたのですから、伝説や謂れ好きな私にしては少々抜けていたようです。
    庄川代官の事は幸い検索して、見つけました。異論もあるようですが、地元の方の顕彰碑がある事は重いですね。たいへん勉強になりました。

    それではまた。
    jijidaruma
    2026年01月13日17時07分 返信する
  • 懐かしいなぁ~

    ヌフ・ブリザックには行ったことがあるのですが、見事な城壁とは裏腹に中の町の寂れっぷりに驚いた記憶が蘇りました。

    https://4travel.jp/travelogue/11483937

    「小さな町を防塁に登る為、街中を歩いてみたが、やはりフランスの地方は貧しい。」
    や~よく分かります。なんというかフランスの地方って観光地以外はホント貧しい感じがしますよね。
    実は、スイスから来ると、ドイツでも場所によってはちょっと貧しさを感じる時もあるのですが、フランスやイタリアはその比じゃないです。
    2025年11月30日18時37分返信する 関連旅行記

    Re: 懐かしいなぁ~

    kawakoさん、
    今晩は。コメントありがとうございました。
    御案内の旅行記は先に拝見しましたよ。

    「やはりフランスの地方は貧しい。」にご賛同頂き有り難うございました。
    フランスは農業国と言うと、意外に思う方も多いですけど、パリの華やかさにごまかされてはいけません^^。

    スイスは多民族国家なのに経済的に恵まれた国故、そこと比較すると、皆貧しいかもしれません。
    ただ、ドイツの地方は歴史的にも地方分権が行き届いていた為、地方は豊かで、教育が行き届き、私は学ぶことも多かったですね。
    メルケル政権が長く続いたこともあり、その政権下で外国人対策が甘くなって、ドイツの経済を貶めたのは残念な事でした。

    それではまた。
    jijidaruma
    2025年12月01日01時55分 返信する

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33国・地域渡航

12都道府県訪問

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jijidarumaさんにとって旅行とは

傘寿(80歳)を過ぎ82歳になりましたが、ドイツ旅行を回顧しながら、投稿を楽しんでいます。
かつての駐在時代より、古城巡りや古城ホテルに宿泊するのが大好きで、各地を巡りながら、そこに残る伝説・民話を見つけては、訳してきました。
ここではそうした伝説・民話を中心にご紹介しながら、古城巡りや古城ホテル、グルメ体験などについても、掲載してきました。
ご興味あれば、お立ち寄りください。

最近はアジアの香港・マカオ、台湾も時に昔を思い出しつつ、また、日本の小旅行と称した旅も
最近投稿しています。
(2026.02.11.)


プロフィール写真は
シュパンゲンベルクのマルクト広場:相思相愛のクノーとエリゼの二人の像

Spangenbergシュパンゲンベルク:
http://www.spangenberg.de/cms/
ヘッセン州北部のシュヴァルム・エーダー郡に属す人口6千人の町シュパンゲンベルクは今年で都市権710年になる。カッセルの南東に、直線距離で35 km の距離にある。
この町に残る伝説はグリム童話にも掲載されているが、その事から2000年から公式に「Liebenbachstadtリーベンバッハシュタット」と称している。
木組みの家並みが続く旧市街は小さいながらもなかなか良いもので、その中心は庁舎ラートハウス、3階建ての石造りの建物だ。ラーツケラー(レストラン)もあり、マルクト広場を木組みの家が囲んでいた。
その一角に相思相愛のクノーとエリゼの二人の像・・・劇的なシーンを描いているLiebenbachdenkmalリーベンバッハ(恋人たちの小川の意味)記念碑と泉があった。像の裏手には、原野の土を二人が掘り、山の源泉から水を村まで引いた話を示すような鍬が二本、その伝説を語るように置かれていた。
傍には記念碑が建てられた頃の写真や、当時のラートハウスやマルクト広場周辺の家並みを写したものなど、その歴史を説明するように看板が立っていた。

<シュパンゲンベルグ:村に残るクノーとエリゼの相思相愛の伝説 番外編参照。>

https://4travel.jp/travelogue/11528725

(2022.11.16.)

自分を客観的にみた第一印象

大好きな場所

ドイツ

大好きな理由

定年後、かつての駐在を懐かしみ、毎年、ドイツ各地の古城を巡り、様々な古城ホテルの滞在を楽しみながら、レンタカーでドイツの田舎道を31,000km走ってきました。
春が11回、夏1回、秋が4回、クリスマスが1回と、定年後の旅はもう17回となります。
2020年に予定していた18回目は武漢ウイルスの為、延期のままとなり、さらにロシアのウクライナ侵略の勃発もあり、戦時体制の欧州の旅は見送り続けて、2026年を迎えている。

(2026.02.11.)

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