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jijidarumaさんへのコメント一覧全418件

jijidarumaさんの掲示板にコメントを書く

  • 騎西城も土浦城も行ったことがありますが・・・

    勉強になりました!
    2026年07月14日16時56分返信する 関連旅行記

    Re: 騎西城も土浦城も行ったことがありますが・・・

    城megrist KAZさん、
    今晩は。
    茨城という水戸が第一に浮かび、次は土浦なのでしょう。
    学生時代水戸一高出身の面白い男がおりました。
    気風の良い好漢でしたが、30代で病に倒れ、急逝してしまいました。
    10数人になった同級会に行くと、彼の話が必ず出ます。
    高田保氏の句碑で見るように、残念にも人情の厚い土浦人、土浦一高
    の友人はおりませんでしたが・・・。
    それではまた。
    jijidaruma
    2026年07月15日01時18分 返信する
  • 趣ある街並み

     jijidarumaさん おはようございます。

     千葉県に住みながら一部の町しか知らないなんて、もったいないですね。
     好きな歌「遠くへ行きたい」の歌詞に知らない街を歩いてみたい、というのがありますが、jijidarumaさんがご紹介くださっている街が正にそうだと思いました。
     観光地としてはあまり知られていない気がしますが、匝瑳と言う名前は、読めない漢字の横綱のようです。こんな町を歩いてみたい、と思わせる旅行記でした。
     車が無いのでいつかはきっと行ってみたいと思いました。

      pedaru
    2026年07月09日07時01分返信する 関連旅行記

    RE: 趣ある街並み

    pedaruさん、
    今晩は。いつもありがとうございます。

    投稿にもだんだん時間がかかるようになりました。
    都内に出るのも、近郊を走るのも少なくなりました。
    歳をとるという事はやはり困ったことです。

    さて、知らない町々、地元の千葉に限っても実に多いですね。
    実は「道の駅」に意外と上手いものがあるので、時々往復100kmぐらい
    のドライブをするのです。(幸い昼間の時間の運転はなんとかこなせ)
    その際に小さな町を訪れると、趣ある街並み、伝説などにあたります。

    先日は多古米で知られる多古町の道の駅で酒まんじゅう(地元の
    ご婦人のお手製の由)を数個購入してきました。
    酒まんじゅうは夫婦そろって大好きで、5月に姉の見舞いで行った、
    故郷青梅にはいまだに酒まんじゅうが販売されていて、いつも予約で
    50個ほど購入して帰ります。アンパンなどよりずっと安く、かつ美味い。
    近くの次女一家に20個おすそ分けし、残りを冷蔵庫に入れて、都度、
    お茶の時間に食べるのです(笑)。

    故郷の味は良いものです。

    それではまた。
    jijidaruma

    2026年07月09日18時57分 返信する
  • 坂井城・・

    jijidaruma さんへ・・
    こちらの旅行記、懐かしいな~・・と、思いながら拝見させていただきました
    「戦国時代にタイムスリップできる公園」・・かなり前になりますが・・子供を連れて行ったことがあります。
    櫓の上部の回廊から、360°の風景に感動致しました・・
    復元された井楼矢倉と呼ばれる方形材を組み合わせた建物に「凄い」と・・
    思った記憶があります・・

    とにかく広い公園敷地で・・全てを制覇せずに終わってしまいました・・
    こちらの旅行記で、歴史に疎い私ですが・・
    また、訪ねて・・ゆっくりと散策してみたい!・・と、思いました

    nomo1215
    2026年06月14日22時37分返信する 関連旅行記

    Re: 坂井城・・>逆井城(さかさいじょう)

    nomo1215さん、
    今晩は。コメントを頂きありがとうございました。

    私も初めはこの城の名を<さかい>と読んでおりました。
    地名や呼称は難しいですね。

    さて、姉の見舞いで埼玉の飯能を訪れ、翌日、直に自宅に帰るのももったいないと、訪れたことのない古河を訪れ、また、古城好きもあって、見つけた逆井城を訪れました。

    中世の城郭を復元したという逆井城、とかく復元すると、模擬天守を作りたがる風潮ですが、幸い、逆井城は良い感じに復元されていて、興味深く見て回りました。
    桜の季節も良さそうですが、城からの帰途、道端に大きな栴檀(せんだん)の花にあえて、より好ましい印象を持ったものでした。

    私は日本でも古城巡りが好きでしたが、4Traでもドイツの古城、古城ホテル好きだと、高言しております(笑)。お暇の節はこちらにもお立ち寄り頂けると、幸いです。

    それではまた。
    jijidaruma

    P/S:4Traは時々、意地悪をします。先ほど書き上げて投稿すると、ログインされていないと表示され、投稿不可になりました。かってにログアウトされては困りますが。
    この返信は思い出しつつ書き上げた、2度目のものです。

    2026年06月15日01時36分 返信する

    Re: 坂井城・・

    おはようございます
    4tra のいたずら まさに、私も何度も経験あります また、逆井城の間違い 失礼いたしました
    2026年06月15日07時06分 返信する
  • 大変勉強になりました


    jijidaruma様 
    お久しぶりです。fmiと申します。
    平将門に関する紀行文、拝読しました。改めて分かったことも多く、大変勉強になりました。我が佐倉にも「将門」という地名があり、千葉氏の居城もあるにもかかわらず、千葉氏と将門の関連など今まで知らなかったことも多く、勉強になりました。
    成田山新勝寺と神田明神の因縁は私も存じておりました。将門を調伏するために時の真言宗の僧、寛朝僧正が護摩を焚いた地が現在の新勝寺であるとも、「成田」の地名も「新勝寺」の名も「勝利が成った」ことが由来(諸説あり)とも言われております。
    ドイツの紀行文も懐かしさを感じながら拝読させて頂いております。今後ともよろしくお願いします。
    2026年06月11日14時26分返信する 関連旅行記

    Re: 大変勉強になりました

    fmi(ふみ)さん 、
    今晩は。
    佐倉の将門町という地名があるのを知りましたが、
    やはり将門に関係した神社がいくつかあるようですね。
    今度調べて、行ってみたいものです。
    大佐倉の千葉氏の城址跡を訪れたことがありますが、将門を祖とする千葉氏、相馬氏など、今更ながら、坂東武者、将門信仰の民心に与えた影響に興味が湧いています。

    ドイツは遠くなりました。ただ、思い出の記は歳をとっても、書けますので、よろしくお願いいたします。

    コメントといいね!ありがとうございました。
    それではまた。
    jijidaruma
    2026年06月12日00時16分 返信する
  • 「ウルムの金は、、、。。。」

    jijidarumaさん、今晩は、お邪魔します。

    「ウルムの金は世界を支配する」と言われたのですか。それほど裕福な都市だったとは意外です。サグラダファミリアに追い越されて2位になったとは知りませんでしたが、ケルンを凌ぐ大聖堂を建てるからにはかなりの財力があったのでしょうね。

    早口言葉「in Ulm......」を実際に聞くのは初めてです。1曲目はウルムの街の紹介、案内にもなっていますね。ガス・バッカスの「恋はスバヤク」は若いころよく聴きました。「in ulm......」の歌をドイツ語で歌っていることにびっくりしましたが、ドイツでも活躍した歌手だったのですね。

    ウルムの「賢人」を何人か紹介するポスターのようなものを見たことがあります。
    その中に、アインシュタインと並んで、ウルムの市民に梁の入れ方を教えてあげた雀も出ていたのがよかったです。
    手製の翼でドナウ川を飛んで渡ろうとして失敗したベルプリンが—という仕立て屋もいました。1曲目でSchneiderと歌われるのはこのベルプリンガーのことだと思いますが、ほかにどんな人がいたか思い出せません。

    シュタイフ社の雀は可愛いですね。
    またよろしくお願いいたします。

    2026年04月26日02時48分返信する 関連旅行記

    Re: 「ウルムの金は、、、。。。」

    偏西風さん、
    今日は。いつもありがとうございます。

    かつて乍ら、本編のなかで、お名前を書かせて頂きました。
    ウルムの町は、ドイツの様々な観光地に比較して、文中にもたびたび書きましたが、「サラッと観光して、次の町に行く」というものでした。
    ウルムの雀伝説のことなど、伝説好きにしてはサラッとし過ぎたようです。観光本で事前に知識があれば、展示物などにも目を向けたのでしょうが、雀の姿は目に入らなかったのです。

    改めてウルムの事を調べてみれば、なんとマー、題材豊富な町でした。
    ウルム大聖堂が世界第二の地位になったのは、私も今回初めて知りました。ウルムっ子には残念でしょうが、それ以上の面白いものがありましたね。
    貴旅行記を拝見すると、いつも何かを気づかせて、あらたに見直したいことがあります。本編もそういう事もあり、本来なれば、貴旅行記にコメントすべきでしたが、こちらに様々な追記をしながら、構成をし直してみました。ありがとうございました。

    さて、最初のYOUTUBEは観光案内としては、良くできていて、良く見つけた、良く選んだと自賛したものです(笑)。
    軽快な曲が耳に残り、早口言葉(これがなかなか耳に理解できませんし、歌えませんけど)、観光名所、歴史的な話を含んで、飽きさせませんね。他のYOUTUBEもまた面白いです。

    「ウルムの「賢人」を何人か紹介するポスターのようなもの」を見ておりませんので、かってにWikiを参考にして、私が幅広くウルムの賢人(雀は外しました!)を選んでみました。

    第一にノーベル物理学賞を受賞されたアインシュタイン博士、
    第二に私がひいきの英雄・ヒトラー暗殺未遂事件の首謀者クラウス・フォン・シュタウフェンベルク 伯爵・参謀大佐、
    第三には「砂漠の狐」の異名で呼ばれる活躍を見せた名将ロンメル将軍・・・その死にあたって、祖国の英雄としてウルムで盛大な国葬が営まれた。
    第四に世界的な自動車部品メーカーBoschボッシュの創立者ロバート・ボッシュ、
    第五は「ウルムの仕立て屋さん」アルプレヒト・ルートヴィヒ・ベルブリンガー(ハンググライダーで空を飛ぼうとした発明家)、

    また、有名な指揮者カラヤン氏はウルム市立歌劇場において、『フィガロの結婚』でオペラ指揮者デビューを果たし、以後5年間専属指揮者として活躍したとのことで、十分賢人の資格があるといえましょう。
    以上です。
    *尚、一度投稿したのですが、なぜか?「4Tra側が目下込み合っているので時間をかけて、再投稿してください」と表示され、先の投稿分は消えてしまいました。
    したがい、今回の分は原文を思い出しつつ、書き直して投稿したものです。
    そんなこともあり、返信が遅くなりました。ご容赦ください。
    jijidaruma

    2026年04月26日17時36分 返信する
  • こんなことまで知っているなんて、チコちゃんに褒められるー

     jijidarumaさん おはようございます。

     ネタのいっぱい詰まった引き出しを、たくさんお持ちなんですねー。
     動画が添えられているので、楽しめました、といっても言葉は分かりません。
     歌詞付きですので、分かったような気がします(笑)。

     この町の大聖堂は戦争中爆撃されなかったのですね。訳があったのでしょうか?
     日本も慈悲深いキリスト教の国から、無抵抗の市民が無差別攻撃をされました。

     動画では楽しそうな歌声を聞いているうち、ああ、この人たちも戦争ばかりしている国に住んで、やっと今は幸せなんだろうな、と言う思いが湧いてきました。
     日本は地震はあるけど、島国ですから外国の侵略をうけなくてよかったですね。

     われわれは生きてもあと30年(笑)、戦争が起きないことを祈るのみです。

      pedaru
    2026年04月25日07時41分返信する 関連旅行記

    RE: こんなことまで知っているなんて、チコちゃんに褒められるー

    pedaruさん、
    今日は。いつもありがとうございます。

    ウルムは古くからのドナウの水運と街道のお陰で豊かな町でした。
    文中にも書いたように、ウルムの富は他国の有名都市にそん色ない
    力があったから、格言まで残したようです。

    そのような偉大な町の観光をさらっと観光した罰を今になって受けて、
    様々なネタを紐解くのに実は苦労したのです。

    最後っ屁のように、雀でなくて鳩なのだよと、書いてしまった所は
    私も性格が悪い。

    動画は珍しく多く掲載しました。聞いていると、気持ち軽やかになるので、
    (内容の理解は別にして)それだけで十分かと(笑)。

    また、ご質問の「この町の大聖堂は戦争中爆撃されなかったのですね。
    訳があったのでしょうか?」
    ドレスデンの大聖堂は粉々に爆撃でやられて、長い復興の時間が必要に
    なりました。文中に、勝手ながら、私好みでウルム大聖堂は「アイン
    シュタイン(米国籍を取得した)の生まれ故郷だったから連合軍も爆撃
    しないように気をつかった」ようだと書きました。

    似たような話があります。
    「バイロイトの次に訪れたのは、距離120kmのCoburgコーブルクの町である。
    ここコーブルク公爵領はドイツの中央部、バイエルン州の北部にあたり、
    フランケン地方と称する。
    英国王室(ハノファー王朝)、つまり英国が最も栄華を極めた Victoria
    ヴィクトリア女王の時代、女王の王配(おうはい:女王の夫のこと)
    Albrecht von Sachsen-Coburg-Gothaアルブレヒト・フォン・ザクセン・
    コーブルク・ゴータ(英語読みはアルバート公、1840年-1861年)は
    Coburgコーブルク公爵家の出身でした。
    コーブルクの町はザクセン・コーブルク・ゴータ公家の宮廷があり、
    上記のように英王室との深い結びつきがあった町でした。その所為か?!
    第二次大戦下、英空軍はこの町を空襲しなかったと云われています。

    戦時下でも、こんな話が伝えられているから、人間の戦いの中にも
    救いがありますね。

    jijidaruma

    2026年04月25日17時45分 返信する
  • 脱帽m(__)m

    jijidarumaさん、おはようございますm(__)m

    ほぼお仕事の内容でありながら、ドイツ愛に満ち溢れた旅行記ですね(#^^#)
    1983年と言えば、(ご存じの通り)私がデュッセルに暮らすより少し前の事ですね。
    その当時にはすでにエリート中のエリートでいらっしゃった様子がうかがえます。

    イトシュタイン、歴史やその背景など全く知ることも無く、ふらっと訪れた町でありました。
    私も、あの時もっと時間があれば、その歴史と照らし合わせながらイトシュタインの街を楽しめたのではないか・・・・(←いや、怪しい( ´艸`))

    さて、庁舎の壁は同時真っ白だったと聞いてびっくり。
    私が訪れた時は、町全体がカラフルな印象でした。
    そしてシーフェスハウスですが、資材不足と言われていますが、その当時傾く設計がトレンディだったのでは?と、怪しんでいます(笑)

    旅行記を仕上げるまでに、いったいどれだけの労力を費やされたのかと、毎回脱帽しています。
    そして私の名前を出してくださり恐縮ですm(__)m
    2026年03月15日08時50分返信する 関連旅行記

    Re: 脱帽m(__)m

    さつまおごじょさん、
    今晩は。コメント、とてもありがたく拝読しました。

    今日は暖かく、ギンギアナムの好ましい香りが室内に満ちています。
    近くの次女宅の受験生二人も良い結果が出たので、3月は気分よく過ごせています。

    さて、頭の中はあれもこれもと、投稿するものが多くて、何やらあっちこっちと、道草ばかりしたような・・・、本来、直進すべきことを避けてきたような思いがしますね。
    おごじょさんたちの旅行記を拝見したのが、本編投稿のきっかけですから、私にとっては三拝九拝!して、感謝すべきことなのですよ。

    旅の資料は結構、整理よく手持ちしているので、イトシュタインも当時のパンフレットを利用して、古い写真を混ぜながら、恥ずかしながら!旅行記の体裁を作りました(苦笑)。ともあれ、人生の宿題の一つを書き終えた感じというと、大袈裟!ですが、これで長きにわたり気になっていた本編思い出の記の投稿もようやく完了し、ちょっと、気分も晴れ晴れです(^^)。

    今も家内と、このフランクフルト事前学習の事を話すと、あの時は大変で、車に同乗していても落ち着かなかったし、娘たちも妙に真剣な父親の姿を見ていて、自分たちも無口な時を過ごしていたと言っています。
    何しろ、フランクフルト市内は一方通行の道が多くて、同じ道を何度もたどり、目的地になかなか着けず、本番に不安を感じました。
    ナビがない時代の旅行では、家内が普通、ナビゲーターをしてくれていたので、二人で標識など確認していたわけですが、本番は私一人・・・。
    まだ若い時期だったから、道の覚えも良く、何とかこなしたのでしょうね。

    (デュッセル時代に機械の営業の先輩がオランダのアウトバーンで事故って、アテンドしていた得意先の社長を死亡させた事があり、先輩は即刻帰国となりました。やはりVIPのアテンドは緊張します。)

    シーフェスハウスの説、ドイツの各地にしばしば見ているので、おっしゃるように流行りだったかも・・・。安く仕上げて、観光客も呼べる、一石二鳥ですから。

    もう、ドイツも遠く、私も老いました。
    それではまた。
    jijidaruma
    2026年03月15日19時58分 返信する
  • ウィーンで「冬の口づけ」

    jijidarumaさん、今晩は、お邪魔します。

    奇妙な名前のドイツのお菓子シリーズ、たのしく拝見しました。ありがとうございます。
    それにしても、jijidarumaさんの調査力というのか調査意欲といえばいいのか、お若い時からそうなのでしょうが、衰えを知りませんね。驚きます。

    ベルンカステル・クースでのテラス席でのひと時、良い時間が流れているようです。
    「玉ねぎケーキ」をご自宅でおつくりになるとは奥様もすごいです。

    私も何か面白い名前のケーキに出会ったことがないか記憶をたどってみましたら、一つだけありました。
    ウィーンのカフェ ツェントラールで、どれにしようかとケーキを物色していたら「シュヴァルツヴェルダー・キルシュトルテ」があって、ウィーンでもあるのかと感心?していたら、「Winterkuss」というケーキがならんでいたのでこれにしました。
    11月でしたがウィーンで「冬の口づけ」とは粋な名前だと思ったものでした。
    「熱い恋」に負けていませんね。

    初耳ですが、ドゥブルべ ボレロの「アイアーシェッケ」、おもしろそうですね。
    2026年03月10日00時50分返信する 関連旅行記

    Re: ウィーンで「冬の口づけ」

    偏西風さん、
    今晩は。コメントありがとうございました。
    本シリーズにご興味頂き、誠に感謝です。

    返事が遅れて恐縮ですが、「WienのWinterkuss冬の口づけ」、私には初耳で、早速調べにかかりました(笑)。
    ウィーンのカフェ ツェントラールのHPのメニューなどものぞいて見ましたが、残念ながら、見つけることができませんでした。そのほか、いろいろと時間をかけてみてみましたものの、クリムトの接吻が出てくるぐらいで、釣果無しでした。
    大変良いネーミングなので、地元に根を下ろしたケーキでしょうけど。

    さらにしぶとく!調べを続けると、なんと4Tra「教えて!トラベラー」が出てきました。偏西風さんが回答していたものでした。カフェ ツェントラールでは春や夏、そして冬の季節に似たケーキが出されるとか。また、天使の都さんの回答も参考になったです。
    写真があれば、理解しやすかったですが。
    ともあれ、各地に奇妙な、珍しい名前のケーキがあること、面白いですね。

    ハイデルベルクを訪れたことがあると思いますが、この地に「学生のキス」と称するチョコレートがあった事を思い出しました。
    「Der Heidelberger Studentenkussデアー・ハイデルベルガー・シュトゥデンテンクス(ハイデルベルク学生の口づけ)」(この旅行記では口づけと訳していますが)
    ≪ハイデルベルクはロマンチックな話が良く似合う:名物チョコレート・“学生の口づけ”の由来≫ 
    ≪ハイデルベルクはロマンチックな話が良く似合う:名物チョコレート・“学生の口づけ”の由来≫』ハイデルベルク(ドイツ)の旅行記・ブログ by jijidarumaさん【フォートラベル】 (4travel.jp)

    尚、W.Boléro(ドゥブルべ・ボレロ)の「アイアーシェッケ」
    〒524-0012
    滋賀県守山市播磨田町48-4
    077-581-3966(サンキュウロクロク)

    それではまた。
    jijidaruma
    2026年03月11日00時40分 返信する
  • バウムクーヘンのこと

    jijidarumaさん、こんばんは。お邪魔します。

    ドイツではお菓子におもしろい名前をつけるものですね。もっとも、「ドナウのさざなみ」は良い名称で、おいしそうです。
    いつまたドイツに行けるか分かりませんが、カフェに入ることがあれば、メニューによく目を通すことにします。
    「学生のエサ」は本などを読むときのおつまみにいいかもしれませんね。

    だいぶ前になりますが、お土産に本場ドイツのバウムクーヘンを買って帰ろうと、ボンのホテルで、買うことのできるお店を教えてもらおうと訊いたところ、応対してくれた人はバウムクーヘンを知らず、パソコンで検索してくれ、日本がどうのこうの、ということでした。ユーハイムにたどりついたようでした。
    結局分からなかったので、ベートーヴェンの像の背後の建物にあるインフォメーションで訊きましたら、やはり知らないようで、ただ、数店のお店に電話で問い合わせてくれ、ここに行ってごらんと紹介された店で購入できました。形状は予想と違いましたが。
    ザルツヴェーデルという町がバウムクーヘン発祥の地なのですか。名前も知りませんでした。実際にザルツヴェーデルにいらっしゃるところがjijidarumaならではのことですね。
    2026年02月24日00時53分返信する 関連旅行記

    Re: バウムクーヘンのこと

    偏西風さん、
    今晩は。急に暑くなって、体調の管理に困りますね。
    今日は家内がバウムクーヘン、蜂の一刺し(一刺しは地元のJAL夫人の方が、ドイツ駐在時代に習得したお菓子などを自宅で作って、販売しているとか)を3時のお茶用に買ってきたので、久しぶりに賞味しました。
    美味しかったですよ。

    奇妙な名前のシリーズにご興味頂き、またコメントもありがとうございました。私も書いていて、楽しんでおります。
    ドイツのカフェには入られたら、是非じっくりのぞいて見てください。

    やはり、大兄もバウムクーヘンについては体験があった由、こうしたお話をお聞きすると、<我が意を得たり>と思います。ドイツ人の皆さんも良い対応されて下さったようす、思い出、記憶に残った旅になったことでしょう。

    文中にも付記しましたように、ポツダムのHotel Bayrisches Hausホテル バイエルンハウスはヴィルヘルム4世と王妃エリザベートに因んだホテルで、嬉しいことにバウムクーヘン誕生秘話にあたり!ました。
    知ってしまうと、ほっとおけない性分(苦笑)、ザルツヴェーデルも御紹介できて、良かったです。

    それではまた。
    jijidaruma
    2026年02月24日18時10分 返信する
  • 続バウムクーフェン

    jijidarumaさま、こんばんは。


    旅行記を篤と拝見させて頂きました。

    本当に本国ドイツではバウムクーフェンは神聖な珍菓扱で、特に、昭和59年(1984年)に当時の東ベルリン市内の大学留学時に半年間滞在時に、東側でバウムクーフェンなんて見かける機会すら無く、大戦後に共産圏になって東ドイツではバウムクーフェンは絶滅してしまったものなのかと訝しんだほどでした。

    来日されたドイツ人が日本で驚かされるのは、洋菓子店のソコソコにバウムクーフェンが売られている事と、長期滞在などで日本人の結婚式に招待された際に、披露宴でワーグナーの楽劇ローエングリーン第一幕の結婚行進曲が流される事に対し、強い違和感を感じる様子が見て取れます。




    横浜臨海公園



    2026年02月21日19時45分返信する 関連旅行記

    Re: 続バウムクーフェン

    横浜臨海公園さん、
    今日は。いつもありがとうございます。

    本稿に、勝手ながら、以前のやり取りを引用させて頂きました。
    家内も本項の写しを読んでいますが、なるほどと感心しておりました。
    さらに続けてのコメント、誠に恐縮です。
    ドイツ人が逆に日本の様子に違和感を持ったと云うエピソードも、なるほどと思った次第です。

    ドイツの諺<andere Länder, andere Sitten>を御存じかと思いますが、私も旨いことをいう諺だと思います。
    異なる国、異なる風習(好みも含むのでしょう)の訳になるとか!

    バウムクーヘンは良く知られているだけに、ご興味を持って、多くの方がアクセスされたようなので、投稿した甲斐があったようです。
    それではまた。
    jijidaruma
    2026年02月22日15時34分 返信する

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jijidarumaさんにとって旅行とは

傘寿(80歳)を過ぎ82歳になりましたが、ドイツ旅行を回顧しながら、投稿を楽しんでいます。
かつての駐在時代より、古城巡りや古城ホテルに宿泊するのが大好きで、各地を巡りながら、そこに残る伝説・民話を見つけては、訳してきました。
ここではそうした伝説・民話を中心にご紹介しながら、古城巡りや古城ホテル、グルメ体験などについても、掲載してきました。
ご興味あれば、お立ち寄りください。

最近はアジアの香港・マカオ、台湾も時に昔を思い出しつつ、また、日本の小旅行と称した旅も
最近投稿しています。
(2026.02.11.)


プロフィール写真は
シュパンゲンベルクのマルクト広場:相思相愛のクノーとエリゼの二人の像

Spangenbergシュパンゲンベルク:
http://www.spangenberg.de/cms/
ヘッセン州北部のシュヴァルム・エーダー郡に属す人口6千人の町シュパンゲンベルクは今年で都市権710年になる。カッセルの南東に、直線距離で35 km の距離にある。
この町に残る伝説はグリム童話にも掲載されているが、その事から2000年から公式に「Liebenbachstadtリーベンバッハシュタット」と称している。
木組みの家並みが続く旧市街は小さいながらもなかなか良いもので、その中心は庁舎ラートハウス、3階建ての石造りの建物だ。ラーツケラー(レストラン)もあり、マルクト広場を木組みの家が囲んでいた。
その一角に相思相愛のクノーとエリゼの二人の像・・・劇的なシーンを描いているLiebenbachdenkmalリーベンバッハ(恋人たちの小川の意味)記念碑と泉があった。像の裏手には、原野の土を二人が掘り、山の源泉から水を村まで引いた話を示すような鍬が二本、その伝説を語るように置かれていた。
傍には記念碑が建てられた頃の写真や、当時のラートハウスやマルクト広場周辺の家並みを写したものなど、その歴史を説明するように看板が立っていた。

<シュパンゲンベルグ:村に残るクノーとエリゼの相思相愛の伝説 番外編参照。>

https://4travel.jp/travelogue/11528725

(2022.11.16.)

自分を客観的にみた第一印象

大好きな場所

ドイツ

大好きな理由

定年後、かつての駐在を懐かしみ、毎年、ドイツ各地の古城を巡り、様々な古城ホテルの滞在を楽しみながら、レンタカーでドイツの田舎道を31,000km走ってきました。
春が11回、夏1回、秋が4回、クリスマスが1回と、定年後の旅はもう17回となります。
2020年に予定していた18回目は武漢ウイルスの為、延期のままとなり、さらにロシアのウクライナ侵略の勃発もあり、戦時体制の欧州の旅は見送り続けて、2026年を迎えている。

(2026.02.11.)

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ドイツ

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