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jijidarumaさんへのコメント一覧全428件

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  • ♪ヨハン大公のヨーデル♪

    jijidarumaさん、今晩は。

    ヨハン大公は立派ですね。庶民の娘との結婚が認められるまでの10年間待ち続けるとは。駄目だから別れるぞ、と言っても誰も非難しなかっただろうに、まさに貴賤を超えた愛であり、気概です。

    指揮者のアーノンクールの名まで出てくるのにはびっくりしましたが、
    嬉しかったのは♪ヨハン大公のヨーデル♪についてお書きになっていることです。

    高校時代にみた映画『野ばら』で知って以来、大好きな歌になりました。
    ウイーン少年合唱団が地方に合宿?に出かけ、山の上で歌っていました。

    エーデルヴァイスは危ない場所に咲くと聞いていましたが、主人公のトーニが世話係のマリアのためにエーデルヴァイスを摘み取るシーンがあって、なるほどと思いました。

    民謡に歌われるくらいなので、ヨハン大公はよほど人々に愛されていたのだろうとは思っていましたが、jijidarumaさんの記述のおかげでその理由というか、背景がよく理解できました。ありがとうございます。
    (しかし、短期間でこれほど詳細にお書きになれますね。あらためて驚いています)
    偏西風
    2026年10月03日00時14分返信する 関連旅行記

    Re: ♪ヨハン大公のヨーデル♪

    偏西風さん、
    今晩は。
    今日は実に気持ちの良い一日でした。近場の道の駅(往復50km)まで
    走りました。ここの酒まんじゅう(地元の小母さんが手づくりした)が
    好物で、月に二度ほど買いに出かけます(笑)。

    帰ってから、ヨハン大公のヨーデルを何曲か梯子しました^^。
    人間の声が、あのように歌えるとは不思議ですが、耳に心地よい
    歌声ですね。(ここで急に中学の音楽の先生に、だるま君、声楽を
    やってみないか、と言われたことを思い出しました)

    1957年にドイツ映画「野ばら」で、歌われて世に知られましたが、
    私はこの年、14歳の野球少年でドイツ映画もさることながら、
    ドイツ音楽、ドイツ語とかには程遠い存在でした。
    偏西風さんは、音楽や文学がお好きな少年(青年)だったのでしょうね。

    今思うと、ヨハン大公の貴賤結婚、そしてヨーデルに興味をもって
    しまいとは人生実に不思議です。

    今回の貴賤結婚は4編目、纏めるのに一番苦労しました。
    ご承知のように、欧州の王家、貴族階級の名前が、時に同じ名前を
    呼称するので、時代を間違えることで、とんだ間違いをしてしまう
    こともありました。
    ともあれ、あと2編、貴賤結婚を書いてみたいと思っています。
    ドイツの帝王に比べ、オーストリアの帝王は、いやに優しいのです。
    読者諸氏も飽きれていることでしょうが、歴史話にのめりこむのも、
    旅の楽しみの一つと思っています。

    今回もコメント頂きありがとうございました。
    ツイ野ばらも見てしまいまいました。
    それではまた。
    jijidaruma
    2026年10月03日20時03分 返信する
  • 貴賤結婚

     jijidarumaさん おはようございます。

     活力全開矢継ぎ早の投稿、pedaruとは真逆をいっています。
     アグネスベルナウワーの実話は心痛むものですね。この世でなにが尊くて、何が卑しいのか?基準がわかりません、労働をする人が卑しくて、不労所得で贅沢三昧な層が
    尊い階層になっているのでしょうか?
     物語は分かりやすく、引き込まれるように読んでしまいました。
     ベルナウワーを偲んで彼女のお祭りを続けているとは人情は洋の東西も関係ありませんね。この祭りを通して、貴族という身分がいかなるものか、考える機会を与えるイベントとなっている気がします。
     
     思いがけず懐かしい洋画のスターたちの写真や話題がありました。青春時代の映画スター、ブリジットバルドーのことは動物を遊びで殺す狩りを批判する運動をしている姿をテレビで見ました。映画の役とは離れた彼女の生き方に感銘を受けました。

     偏西風さんのおっしゃるように、「変わることのない調査・収集力、解説力(?)には驚くばかりですよ。」いつもながら真摯なたいどには尊敬の気持ちが湧いて来ます。
      次は何でしょう?楽しみです。

     pedaru
    2026年09月17日07時25分返信する 関連旅行記

    RE: 貴賤結婚

    Pedaruさん、
    今晩は。いつもありがとうございます。

    思えば、「バート・ゼッキンゲンのトランペット吹き」も貴賤結婚でしたね。
    こちらは女性が<貴>で、アグネス嬢の例とは逆でした。
    この歳になっても、妙に悲恋!や、身分違いの恋といった言葉に反応してしまいます。私もまだまだ若いのかな?!と(笑)。

    若い人はハードルが高いほど、熱量が高くなる様ですが、アグネス嬢が亡くなると、翌年には再婚!公爵家の息子、立場があるとはいえ、ちょっとひどくない!と思いました。
    ドイツ人たちの文章の中では、単に記録的な書き方をしているだけで、批判的文言は見受かられず、あっさりとしたものでした。野外劇の表現はどうなのか?分かりませんけど、この違和感を拭い去れません。
    その分、民衆はアグネス嬢の事を悼んだのでしょう。「人情は洋の東西も関係ありません」とおっしゃるように、捨てたものではないですね。

    突然ですが、日本での貴賤結婚の例はあまり知りません。
    例えば、徳川家康さんは多くの側室がいて、神主さんの娘(と言っても家康の従妹)だった「於万の方」(おまんのかた:院号「長勝院(ちょうしょういん)は双子を生んだ。当時双子は「畜生腹」(ちくしょうばら)と呼ばれ、忌み嫌われていたため、家康は於万の方の産んだ息子のひとりは早々に「永見家(於万の方の実家)」へ養子に出し、もうひとりの息子は後の越前松平家福井藩主「結城秀康」(ゆうきひでやす)になったものの、徳川姓を名乗ることはできませんでした。

    また、千葉県の勝浦城主正木頼忠の子として生まれた「お万の方:院号・養珠院(ようじゅいん)」も家康の側室でした。この方も二子を産んでいます。
    この方の息子たちは、たいへん恵まれたようで、徳川御三家の紀州藩祖・徳川頼宜、水戸藩祖・徳川頼房となっています。(以前、勝浦見物しましたが、この話と結び付きませんでした)
    水戸光圀は孫にあたるわけで、千葉の各地にお万の方、光圀が植えたと云う桜やカエデの木が残っているのを見たことがあります。
    日本的な貴賤結婚も様々ですね。

    それではまた。ありがとうございました。
    jijidaruma
    2026年09月18日01時20分 返信する
  • アグネス・ベルナウアー

    jijidarumaさん、今晩は、お邪魔します。

    なさることが早いですね。参考になる資料を探して、選択して、さらに解説を考える。
    図版の具体的な説明も忘れられていません。変わることのない調査・収集力、解説力(?)には驚くばかりですよ。

    「アグネス・ベルナウアー時代のシュトラウビングとドナウ橋」の図をみると、哀れなアグネスの死を身近に(?)感じられるような気がします。両岸はやじうまでいっぱいだったのでしょうね。

    <シュトラウビングの家壁の画>も説明文がなければすぐに次の図に移ると思いますが、なるほどこの画にはアグネス・ベルナウアーの悲劇のすべてが描き込まれてことが分かりました。

    若い頃は洋画ばかり見ていたのに『素晴らしき恋人たち』は知らなかった。残念なことをしました。
    アグネス・ベルナウアー礼拝堂は中に入れず、こうすれば見えるよ、と教えてくれる人がいたおかげで彼女の像をやっと見ることができました。

    町ではカフェにも寄らずに離れました。アグネス・ベルナウアー・トルテなるものがあるのですね。惜しいことをしました。

    いろいろなこと知ることができました。ありがとうございます。
    偏西風


    2026年09月17日01時02分返信する 関連旅行記

    Re: アグネス・ベルナウアー

    偏西風さん、
    おはようございます。ご覧いただいてすぐに読後感をコメントして頂き、誠にありがとうございました。

    大兄のお陰もあってか、少々、気合が入りました。
    気になる点は、細かすぎるほど調べてみたもので、自分で資料を読んでいると、疑問が次々に浮かびました。何とか纏めてみましたが、その辺が古い挿話を読む面白さなのでしょう。4Traの皆さんが納得する形ではないかもしれませんが、jijidaruma流の番外編としてお楽しみいただけたら、幸いです。

    ともあれ、橋の上に群がる観衆とアグネスの恐怖、こうした絵画が残っているから、見る方は真に迫って、ひきつけられます。
    十字架を持っているシュトラウビングの家壁の画(下部)は後世に付け加えたに思いますが、キリスト教による魔女審判を思うと、少々気の毒に思います。

    あの絵は、旧市街の歩行者天国の地域に見ることができるそうです。

    あの壁絵とトルテで、私なりのアグネス嬢への追悼にしました。

    それではまた。ありがとうございました。
    jijidaruma
    2026年09月17日12時07分 返信する
  • アグネス・ベルナウアー!

    jijidarumaさん、今晩は、おじゃまします。

    私は、ローマ時代に遡るというシュトラウビングの歴史はまったく知らなかったのですが、哀れなアグネス・ベルナウアーのことを何かで知って、ただただ彼女のためにこの町に行ったことがあります。
    聖ペトロ教会の敷地に「アグネス・ベルナウアー礼拝堂」があると聞き、教会に行ってみました。
    礼拝堂の入り口からのぞくと、向かい側の壁面に彼女の像が彫り込まれていました。来訪者が削り取っていったそうで、だいぶ傷ついていました。
    哀れな彼女についての詳しいお話を楽しみにしています。
    偏西風
    2026年09月14日00時22分返信する 関連旅行記

    Re: アグネス・ベルナウアー!

    偏西風さん、
    今晩は。
    イヤー!恐れ入りました。

    本文でも書きましたように、シュトラウビングの町は「ほとんど日本人観光客には無縁の地」と思っていました。
    多分、シュトラウビングの町にとっても、ローマ軍団はもう古すぎるようで、Kastell城砦の復元もせず、軍団の行進(祭り)の様子がありません。
    この町は悲運の女性に優しく、Agnes-Bernauer-Festspieleアグネス・ベルナウアー祭りを行って、思いを共にしているようですね。

    それにしても、アグネスさんの事をお知りになって、町(礼拝堂まで)をお訪ねとはほんとに驚きました。
    ドイツ好きでも、この挿話を知る方はまず、偏西風さんしかいないと思いますよ。

    ともあれ、「アグネス・ベルナウアー礼拝堂」の関連資料、写真など、本日改めて、探り出ししました。さすがにドイツの方には身近な話なのでしょうね。
    現在、投稿用に纏めておりますので、しばしお待ちください(笑)。

    それではまた。ありがとうございました。
    jijidaruma
    2026年09月14日00時59分 返信する
  • 古城ホテルからの「ご案内」

    jijidarumaさん、今晩は、お邪魔します。

    奥様とベルギーにいらっしゃったのですね。
    それに変わらずレンタカーで移動するとは驚きます。
    体力、気力共にお若い。
     
    ずっとコンタクトを保ってこられたのも素晴らしいと思います。
    体調が万全ではなかったそうですが、お元気のご様子、何よりです。
    私はいわゆる古城ホテルに宿泊したことはありませんが、
    拝見した古城ホテル、いかにも由緒ある古城ですね。
    外観ばかりではなく、内部も品位を感じさせます。

    続編も楽しみにしています
    偏西風

    2026年09月08日00時22分返信する 関連旅行記

    Re: 古城ホテルからの「ご案内」

    偏西風さん、
    今晩は。お立ち寄りとコメントありがとうございます。

    <2013年秋・ドイツ・ベネルックスの旅>
    ドイツ・メルヘン街道、ミュンスターラントの水城と、オランダ・マーストリヒト、ベルギー・ルクセンブルクのアルデンヌ地方の古城を巡る旅・・・でしたから、欲張った旅です。もう13年前で、丁度70歳の年ですね。
    総計2,382kmを走破しましたから、確かに若かったといえそうです。
    ドイツを中心に退職後十数回、2019年が最終、コロナ、ロシアの侵攻で
    ドイツの旅は終焉となりました。
    もう今は怖くてドイツのアウトバーンは走れません。

    さて、風邪でダウンした古城 シャトー・ダッソンヴィルでどうなるか
    と思いましたが、ドイツに入るとまた元気が出て、ドイツワイン街道
    をさらに走りました。
    ドイツ最終日には、ワイン街道沿いにあるDeidesheimダイデスハイム
    のホテル ダイデスハイマーホフに泊まり、Restaurant Schwarz Hahn
    グルメレストラン“黒い雄鶏”で、最後の贅沢をしました。
    メイン料理の注文で、給仕に聞かれたのは、“Ueblichイープリッヒ
    通常(メニュー通り)にされますか? それとも“Ueberraschung
    イーバーラッシュング驚き”の料理になさいますか?“と、ちょっと考え、
    面白そうな後者を選んだ。この事があって、12品もの料理を食べる事に。
    この品数は正直なところ、風邪で食べなくなり、胃が小さくなっていた
    (と思うのだが)私共にはもういっぱい、いっぱいでした。

    この旅は風邪やら、食べ過ぎとか、古希の人間として、恥ずかしいですね。

    それはともかく、古城ホテルは欧州、特にドイツではよく親しんだので、
    本編のようなものを書く仕儀になりました。
    欧州(本編はベルギーとドイツの古城ホテルですが)流は、一期一会
    (いちごいちえ)の精神を体現し、何十年も交流する姿勢があり、客の
    立場からすれば、誠に嬉しいものです。
    40周年の祝い、若ければ、きっと喜んで再訪することでしょう。

    偏西風さんも、古城ホテル、機会があれば、是非お楽しみください。

    それではまた。ありがとうございました。
    jijidaruma
    2026年09月08日02時38分 返信する
  • 日本人はほとんど知らない

     jijidarumaさん おはようございます。

     旅行好きということもあって、大分以前から写真を丁寧に撮られて、将来4トラベルに投稿しようと満を持して構想を練っておられたのですね。
     昔の定番として人物の写真が多いのは普通ですが、建物や、景色の写真をしっかり撮って現代の旅行記にマッチしております。
     屋根付き橋は四国で見ました。ドイツの屋根付き橋は寒い地方に多いのでしょうか?
    雪や雨から住民をまもるために造られたのでしょうね。そういえばカナダでもすっかり囲んだ屋根造橋を写真で見ました。(もちろんいったことはありません)
     ロッテルン城の俯瞰図を見ましたが、城の外壁のみ残り廃墟感が漂っております。
    白鷺城ももちろん素敵ですが、幾多の歴史を想像させる廃城はロマンがあります。スコットランドではたくさんの廃墟の城があって、楽しみました。
     水城もすごいですね、徹底した水城です。見た目や、安全のためなど理由は沢山あるでしょうが、不便なことも多いかと思います。
     ゼッキンゲントランペット吹き、はオペラにもなっているのですね、美しい町ですね、そして周りの景色も。歌も聴きました、しばし異国の雰囲気に浸りました。
     トランペット吹きの話の二つとも悲恋にならなくて、気持ちがいいですね。

     jijidarumaさんの旅行記はいつも大作です。労力もたいへんですが、意志の強さ、好奇心の旺盛さも感じます。いつまでもお続けください。

     pedaru
    2026年09月03日07時38分返信する 関連旅行記

    Re: 日本人はほとんど知らない

    pedaruさん、
    おはようございます。いつもありがとうございます。

    <日本人はほとんど知らない>・・・確かに山形県長井市(姉妹都市)の関係者以外はほとんど知られていない町、知られていない伝説、オペラですね。日本人にはもちろん私も含まれるわけで、何やら自分が理解できるように、度々、修正・加筆することに、時間だけは大いにかかるのです。したがって、かつて旅した時期の旅行記に相当の量が加わっていくのです。

    2013年11月に4Traメンバー入りしていますが、最初は大好きな!伝説から始めたから、写真は二の次でしたね。しかもドイツの宣伝係を自認してまして、調べるのも苦にならないから、他人にはどうでも良いような細かなことに拘るようなもので、さらに人名、地名はドイツ語の表記を加えるという面倒なことをする始末です。
    きっと読みにくいことだろうなと、忸怩たる気持ちが残ります。

    屋根付きの橋はスイスの LuzernルツェルンのKapellbrückeカペル橋を見たのが最初だった記憶です。木造橋は趣があって、良いですね。ラインでも下流は川幅も広くて、木造橋をかけるには不適なのでしょう、ラインの上流を探すと多いのではないのでしょうか。(一度、屋根付き橋のリストを見つけたのですが・・・・)

    おっしゃるようにドイツに限らず、城址は写真映えがします。多分ネス湖の城址も気に入られたことでしょう。
    また、古城好きには水城めぐりは楽しみです。周囲が水なので、生活するのは湿気が大変でしょうけど・・・。ドイツ西部のMünsterland ミュンスターラントは沼地が多く、水城めぐりができます。
    あードイツに行きたいな!(苦笑)

    それではまた・ありがとうございました。
    jijidaruma
    2026年09月03日12時04分 返信する
  • 懐かしい町

    jijidarumaさん、こんにちは。
    題名を見て懐かしくなり興味深く拝見しました。ゼッキンゲンは私がスイスで仕事を始めるにあたり、車を買いに行った町です。当時、スイスよりも2割ほど安く買えたので、ドイツフォードのグラナダという車を注文し、スイスで初めて運転するのにちょっと無謀かなと思いましたが、上司もそう思ったのか会社の車で運転手をつけてくれました。大雨のなか恐る恐る運転してチューリッヒまで戻りました。チューリッヒからドイツは近かったので、旅行記の最後に出て来るジンゲンやホーエントヴィールにも何回か行きました。ゼッキンゲンがこれほど魅力的な町だったとは当時全く知らず、もったいないことをしました。jijidarumaさんの旅行記にはいつも勉強させられます。ヘルマン・プライの声も楽しめました。今年は旅行に行けそうもないので、こうして旅行記を拝見して行った気分になっています。
    Rolleiguy
    2026年08月30日10時19分返信する 関連旅行記

    Re: 懐かしい町

    Rolleiguyさん、
    今晩は。
    ゼッキンゲンとチューリッヒは凡そ50kmと近いのですね。
    車を購入にゼッキンゲンまで行かれたと読んで、改めてチェックしたら近いことに気づきました。納得です。スイスは確かに物価は高いから、2割ともなれば、ラインを超えてドイツで購入するのもありだった訳だ!

    それにしても、ゼッキンゲンの町は世界に知られた町だと、この町は誇りに思っているようでしたが、私自身もボーデン湖がなかったら、この町を調べることも無かった事でしょうね。
    伝説好きな私には、いわば「あたり!」の町でした。

    旅行記内には書きませんでしたが、ゼッキンゲンのトランペット吹き(ラッパ手)のオペラが、日本でも聞けるらしいですよ。
    (トランペット吹きで検索すると出てきてビックリ)
    意外ですが、山形県長井市はゼッキンゲンと姉妹都市だそうです。

    【ドイツ語上演・日本語字幕付き】オペラ『Der Trompeter von Säckingen ゼッキンゲンのトランペット吹き(ラッパ手)』を開催します。
    場所:長井市民文化会館ホール
    開催日時:令和8年9月5日(土曜日)・6日(日曜日)

    主催:山形県長井市・長井市教育委員会
    後援:ドイツ連邦共和国 バート・ゼッキンゲン市

    YOUTUBEもお楽しみいただけ幸いでした。
    私もドイツは遠いのです。

    それではまた・ありがとうございました。
    jijidaruma
    2026年08月31日01時06分 返信する
  • グリュエッツィィ!

    わ~ここ長年行ってみたいと思ってた場所なんです。
    スイスでも湖岸を歩いていると、世界遺産に登録されている杭上住居の遺跡の看板が出ているのを見かけるんですが、肝心の遺跡は杭だけが水中にあるらしく、全然それらしいものを見かけないんですよね~

    ヌーシャテル湖畔のラテニウムという博物館に行った時も、展示品は素晴らしかったんですが、湖上に杭上住居が立っている風景というのはなかったんです。
    ↓ラテニウム
    https://4travel.jp/travelogue/11995113

    夏の暑さもいよいよ厳しいころですね、お体ご自愛くださいませ。
    2026年08月10日07時49分返信する 関連旅行記

    【Grüezi! グリュエツィ!】そして「Hoiホイ」!

    kawakoさん、
    残暑お見舞い申し上げます。お立ち寄りありがとうございます。

    スイスもやはり暑いのでしょうね。
    湖の渇水(低水位)も起きているのでしょうかね。

    https://4travel.jp/travelogue/11995113

    さて、上のご紹介の旅行記は以前、興味深く読ませて頂きました。
    実はスイス・ヌーシャテル湖畔のラテニウムについても調べました。スイス地域にしては詳しいものでしたが、kawakoさんの旅行記に勝るものではありません!!ので、他のスイス地域のものでお茶を濁しておきました(苦笑)。
    ただ、杭上住居に興味がある人にはkawakoさんの旅行記を参考に書いておけば良かった。ちょっと反省して、追記しておきましょう。

    私の古い旅の記録はセピア色になり、本来なれば再訪して見たかったのですが、2007年の「黒い森とボーデン湖・シュヴァーベン地方を巡った旅」でチャンスがあり、ウンターウルディンゲン近くを通ったのですが、一度見たからと、山間のSalemザレムを選んでしまった。

    尚、スイスドイツ語のご挨拶【Grüezi! グリュエツィ!】 を書かれていましたが、何だろうと思い、早速検索し、以下を見つけて、勉強させて頂きました。
    <Bireweggeスイスドイツ語講座その1:挨拶>
    ちょっと知りたいスイス Birewegge 2020年8月27日

    Dankä!ありがとうございました。
    jijidaruma

    2026年08月10日17時21分 返信する
  • 湖上生活

     jijidarumaさん おはようございます。

     紀元前3000年頃には人が住み着き、高度な文化生活を営んでいたとは驚きです。
     まず杭をうってその上に家を建てるメリットは何処にあるのだろうと考えました。
     南洋の島々(笑)でも水上生活をしている人たちがいるらしいですが、常夏では水に親しむのは当然に思えます。しかし、ヨーロッパでは常に水泳をしているわけにもいかず、
    とくに寒い冬はどうしていたのだろうと思います。
     メリットとしてイノシシや熊などの侵入を防ぐ、外敵の侵略から防ぐ、病害虫などからも身を守るメリットがあったかもしれない。しかし、家を建てて街を形成するため土地を水上に求めるとは納得いきません。外敵に責められた時には逆に責められやすい弱点を持っています。あの桟橋を敵に壊されれば、孤立無援、水攻めにあったような物ですね。
     案外水上生活は空気の清浄さを保ち、保温の役目も果たしたかもしれません。居ながらにして魚釣りができ、トイレは自然の水洗トイレ、これはいいですね。どちらにしても、意外な事実を知りました。湖の上に紀元前から家があり、それを復元して人気の博物館になっているとは初めて知りました。
     それにしても渇水の浜辺や湖がお祝いの理由になってお祭りをしたというのも不思議です。渇水なんて重大事故だと思いますが、あちらの人の考えは理解できません。水道の水はどうなるのでしょうか?

     pedaru
    2026年08月10日07時10分返信する 関連旅行記

    Re: 湖上生活

    pedaruさん、
    残暑お見舞い申し上げます。雷雨が降っていますか?
    台風15号来襲も雨が降る一点で歓迎です。
    豪雨は困りますけど、ともあれ、コメントありがとうございます。

    さて、昔から、このボーデン湖畔の人々は水中の遺跡に気づいていたのでしょうが、19世紀の半ばに起こった冬季大旱魃で水中の遺跡が浮かび上がって、20世紀になってから漸く、歴史愛好家とか、大学の研究者、学識者の手が入ったようですから、まだ100年の歴史です。
    多くの学識者を含めて、世の人々は皆、pedaruさんのように時代を遡って考える難しさに、いろいろと疑問の声をあげたでしょう。

    ウンターウルディンゲンの杭上住居博物館には23棟のPfahlbauプファールバウ(杭上住居)が復元されているようですから、1棟あたり5人としても約100人が集落を構成していたようです。他の場所の記事でも「ボーデン湖畔で発見された石器時代の集落跡は、湖畔に50人から100人からなる数十の繁栄した共同体が存在したことを示している」と書かれていますので、小さな、小さな集合体であったと思います。生きていく上で、最小の集合体ですね。

    スイスのMorgesモルジュ杭上住居は2000人の規模になったと云われているが、稀なもので大きすぎる感があります。それでも土地の環境次第で生活ができる規模も違ったのでしょう。
    時代の後半には湖での漁撈も行なったが、むしろ湖上に立てた当初の理由は、外敵に対する警戒が主であり、農業に適した湖畔の土地も当時は集合体にあった小さく、狭いものだったと思われ、多分、住宅や村落を作る余裕はなかったと思います。

    杭上住居は湖などに立てた何本もの丸太の上に横木を渡し、その上に板などを敷き、さらにその上を土などで固めた上で住居を建てた。屋内は寝室と居間を兼ねた部屋と台所に分かれ、それぞれ炉や暖炉を備えていたというから、生活上の工夫も見られ、当時の人々には意外に快適な生活だったかもしれません。

    「低水位2.26mのコンスタンツ湾が干上がった際、この出来事を祝うお祭りが開かれ、乾いた地面には屋台が設置されたと云う。(この原文がどこにあったか忘れた!ため)当時の人々は何故このことを祝ったのだろう?」という疑問に対する回答はWikiでは教えてくれません。
    仕方なくAIに聞いた回答は、〖コンスタンツ湾はふだん湖水で満たされていますが、極端な低水位で湖底が現れるのはめったにない出来事です。そうした異変は、不安の対象である一方で、人が歩けるほど水が引いた光景そのものが大きな呼び物になりました。乾いた地面に屋台まで並んだという話は、町の人々がそれを非日常の祝祭空間として楽しんだことを示しています。〗でした。
    なるほど、昔の人は珍しいので祝ったらしい。

    今のニュースを読むと、やはり渇水はお祭りどころではなく、観光客の減少や暑さ対策、飲み水の心配をしているのが実情です。

    今回も頭を悩ませたコメントでした。
    ありがとうございます。それではまた。
    jijidaruma
    2026年08月10日19時15分 返信する
  • ハワイといったら○○さん、パリと言ったら○○さん、ドイツといったらjijidarumaさん

     jijidarumaさん おはようございます。

    セピア色の思い出、いつも楽しみ、そして感心しています。
    ラムザウの教会、嘘じゃないかと思うほど、カレンダーやポスターにピッタリのふうけいですね。日本で言えば富士山と桜と言ったところでしょうか?
     いつも感心しながら読んでいます。丁寧な解説、セピア色なのに昨日のことのように思えます。記憶だけに頼らず、記録が大切なのですね。私と真逆な性格なのでしょうか?私は一度も日記をつけたことがありません。(夏休みの宿題以外は)

     民族衣装のご婦人、貴重な写真ですね。品のよい東洋の紳士に流ちょうなドイツ語でお願いされては断れませんね。jijidarumaさん、25歳以下の女性には話しかけてはいけません(笑)。

     pedau
    2026年07月21日06時53分返信する 関連旅行記

    Re: ハワイといったら○○さん、パリと言ったら○○さん、ドイツといったらjijidarumaさん

    Pedaruさん、
    今晩は。
    酷暑続きの予報にゲンナリしつつ、暑中お見舞い申し上げます。

    朝早くからのコメント、いつもながら驚きつつ、感謝です。
    (お疲れの様で、pedauと書かれていますよ!)

    梅雨が明けて、暑中見舞いの季節になりました。
    怖い先輩から、昨日ご機嫌伺?の1品が届きました。
    このところ暑さにかまけて、ご無沙汰続き故、何やら
    近作?!の送付所望と思われます。

    さて、私、ドイツ党として皆さんに喜んでいただけるように、
    夜遅くまで頑張っております(笑)。
    午前2時半、熱帯夜の中でエアコン、扇風機を動かし、寝ています。
    残念にも午前中の大谷さんの活躍、韓国映画の視聴で遅くも
    8時には起きるので、その結果は毎晩寝不足、昼間はニュースや
    映画を見ながら、つい寝てしまい、家内に叱られる毎日です。

    セピア色の思い出は、一度頭に浮かぶと、完了まで私を
    許してくれません。もうドイツに行くことは無理でしょうから、
    思い出のアルバムと記録は大事に小出しにしましょう。

    25歳以下とはウーン!?セピア色の思い出に浮かぶ方はいないなー。

    それではまた。
    jijidaruma
    2026年07月21日19時41分 返信する

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jijidarumaさんにとって旅行とは

傘寿(80歳)を過ぎ82歳になりましたが、ドイツ旅行を回顧しながら、投稿を楽しんでいます。
かつての駐在時代より、古城巡りや古城ホテルに宿泊するのが大好きで、各地を巡りながら、そこに残る伝説・民話を見つけては、訳してきました。
ここではそうした伝説・民話を中心にご紹介しながら、古城巡りや古城ホテル、グルメ体験などについても、掲載してきました。
ご興味あれば、お立ち寄りください。

最近はアジアの香港・マカオ、台湾も時に昔を思い出しつつ、また、日本の小旅行と称した旅も
最近投稿しています。
(2026.02.11.)


プロフィール写真は
シュパンゲンベルクのマルクト広場:相思相愛のクノーとエリゼの二人の像

Spangenbergシュパンゲンベルク:
http://www.spangenberg.de/cms/
ヘッセン州北部のシュヴァルム・エーダー郡に属す人口6千人の町シュパンゲンベルクは今年で都市権710年になる。カッセルの南東に、直線距離で35 km の距離にある。
この町に残る伝説はグリム童話にも掲載されているが、その事から2000年から公式に「Liebenbachstadtリーベンバッハシュタット」と称している。
木組みの家並みが続く旧市街は小さいながらもなかなか良いもので、その中心は庁舎ラートハウス、3階建ての石造りの建物だ。ラーツケラー(レストラン)もあり、マルクト広場を木組みの家が囲んでいた。
その一角に相思相愛のクノーとエリゼの二人の像・・・劇的なシーンを描いているLiebenbachdenkmalリーベンバッハ(恋人たちの小川の意味)記念碑と泉があった。像の裏手には、原野の土を二人が掘り、山の源泉から水を村まで引いた話を示すような鍬が二本、その伝説を語るように置かれていた。
傍には記念碑が建てられた頃の写真や、当時のラートハウスやマルクト広場周辺の家並みを写したものなど、その歴史を説明するように看板が立っていた。

<シュパンゲンベルグ:村に残るクノーとエリゼの相思相愛の伝説 番外編参照。>

https://4travel.jp/travelogue/11528725

(2022.11.16.)

自分を客観的にみた第一印象

大好きな場所

ドイツ

大好きな理由

定年後、かつての駐在を懐かしみ、毎年、ドイツ各地の古城を巡り、様々な古城ホテルの滞在を楽しみながら、レンタカーでドイツの田舎道を31,000km走ってきました。
春が11回、夏1回、秋が4回、クリスマスが1回と、定年後の旅はもう17回となります。
2020年に予定していた18回目は武漢ウイルスの為、延期のままとなり、さらにロシアのウクライナ侵略の勃発もあり、戦時体制の欧州の旅は見送り続けて、2026年を迎えている。

(2026.02.11.)

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