chiaki-kさんへのコメント一覧(6ページ)全544件
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“いいね”ありがとうございます。
早々にお立ち寄りいただき有難うございます。
chiaki-kさんの四国のドライブの旅記も拝見させていただきましたよ。
私も松山は以前行ったことが有っても記憶に残っていませんでしたので、記憶を呼び起こさせていただく良い機会となりました。
又再びコロナ禍が再燃する様な兆しが発表されて驚きですね。
どうぞご自愛ください!
とも2021年11月30日16時25分返信するこちらこそ、ありがとうございます
ともさん、こんにちは。こちらこそ四国旅行記にたくさんの
”いいね”をいただき、ありがとうございます。
私も北海道は大好きで、札幌や小樽は何度か行っています。
ただ、どちらも通過町なので、札幌はラーメン屋さん、小樽
はドーミーインに泊まったので、居酒屋さんに行った位です。
どちらの街も見所はたくさんありますので、いつかゆっくりと
行ってみたいです。
ともさんは今回の旅行ではセントレア空港を利用されましたが、
私もアジア方面の旅では何度か利用しました。日本ではコロナ禍
は落ち着いていますが、世界は真っ只中ですね。
残り少ない人生ですが、まだ海外へも行って見たい気持ちが残って
いますので、世界のコロナ禍が収束するのを願うばかりです。
では、また
chiaki-k2021年12月01日08時57分 返信する -
多くを学ばせていただきました。
chiaki-k さん、こんにちは。
長崎の旅行記、感銘を受けました。 単なる旅行記や食レポではなく、長崎の歴史、とりわけ原爆被害について細かな考察を展開されている内容に敬服しながら拝読しました。
長崎には何度か行っており、この5月にも行ってはいるのですが、chiaki-kさんの旅行記に接して、自分が多くを見落としていることを痛感しました。 また、同じ見聞でも、視点が違えば見えてくるものも違うのだということを感じました。 己の浅く薄っぺらな見聞が悔やまれるばかりです。
かくなる上は、もう一度長崎に行き、自分が見落としていたものをじっくり見てきたいものだと思っています。 歳と経済を考えると実際には難しいのですが、自分の長崎理解があまりにもお粗末だということが分かりましたので、このままでは心残りです。
ある意味では「心残り」があるということは次へのエネルギー源でもありますので、己に活を入れることにもなりました。
貴重な刺激をありがとうございました。
ねんきん老人お褒めの言葉をありがとうございます
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ねんきん老人さん、こんにちは。長崎旅行記に”いいね”と、身に
余るお褒めの言葉をいただき、ありがとうございます。
一般的な旅行記や食レポ中心的な旅行記も、肩に力が入らず読める
ので悪くないと思いますが、生来の歴史好きな性格が災い?して、
私の旅行記は大体こんな感じになってしまいます。
せっかく貴重な時間と大金?を費やして行くわけですから、そこに
あるもの、過去にあったもの、そして未来はどうなるか、など思い
をめぐらせ、可能な限り事前情報を収集するのも、また楽しいもの
です。
ちなみにレンタカーの場合、私はカーナビは使いません。事前に
GooglemapやGoogleストリートビューなどでコースは、ほぼ頭の
中に入っています。Googleでは解らない立体交差や坂道などで迷っ
たときは第六感をフルに活用して行動しています。
家に帰ってからも大変で、1日当たり多い時は500枚近く撮影した写真
の整理から始まり、旅行記の構想、使えそうな記事の選定、そして
プロローグやエピローグの作成など、老化防止に役立つことばかり
です。(^^;;
> ある意味では「心残り」があるということは次へのエネルギー源
でもあります・・・
良い言葉ですね。私も同様に世界中「心残り」だらけです。しかし、
時間には限りがありますので、これからは取捨選択の時代になるの
かな、なんて思っています。
では、また。
chiaki-k2021年10月26日16時07分 返信する -
杉原千畝~アンネの薔薇~八百津~
☆リトワニアの千畝の快挙は学生時代にふと知り、推定6千通ものビザを手書きで発行したと聞いた事があります。(でも2139通の方がリアルですが)~
☆諜報員として赴任した1939年の正装と家族連れと云うだけで素晴らしい人となりも感じます。(隠れ蓑の意味も有るでしょうが、多分クリスチャンであろう奥様の後押しが強力だったのでしょうね)。。日本政府はその行為に関して全く冷ややかだったとか~
☆90年以上経過して、彼が正しいことをしたと認める八百津の記念館は嬉しい存在!
☆世界はこれからも民族紛争が続きますが,「知命」の大事さを今一度。。。2人ともクリスチャンでした
・
salsaladyさん、こんばんは。「2021年 杉原千畝記念館訪問記」に
いいね”を、ありがとうございます。
>推定6千通ものビザを手書きで発行したと聞いた事が・・・
当時の通過ビザは一枚で家族全員に通用するものだったので、平均
3人として、およそ6,000人という計算になったようです。また、
2139枚というのは記録に残っているものだけで、記録の無いものは、
もっとあったと推測されています。
>多分クリスチャンであろう奥様の後押しが強力だったのでしょうね
杉原千畝、そして幸子さんは、ともにキリスト教のひとつである正教
の信徒です。したがって、二人の思想の根底には人間愛があったので
はないかと私は思っています。
>八百津の記念館は嬉しい存在・・・
Wikipediaによると千畝の出身地は岐阜県武儀郡上有知町(現在の美濃
市)で、その後は福井県越前町、三重県四日市市、岐阜県恵那郡中津町
(現・中津川市)と、八百津町の名前が出てこないのです。
記念館のHPには八百津で生まれたとなっているのですが、残念ながら
本当のことは分かりません。まあ、千畝の功績は世界史に残るものな
ので、些細なことは不問とするほうが良さそうですね。
では、また。
chiaki-k2021年10月01日20時57分 返信する -
あれから10年
chiaki-kさん、こんにちは。
岩手へようこそ。
ホテル観洋に来るウミネコ、可愛いですね。
テレビで観たことがあります。
今年は10年なのですが、コロナで式典みたいのも中止。
仕方ないですね。
でも、こうして忘れずに被災地を訪れてくれてありがたいとおもいます。
大船渡の宿、ウニの殻付きって沿岸にすむ私は小さい頃に父と父の友人が密漁してビーチで食べていました(笑)あ、通報しても、父はもう他界してます(;^ω^)
ブラックジョークはおいといて・・・
ウニの殻付きって珍しいでしょ。沿岸出身でも家が漁業ではないので、密漁でもしなければ食べられないですよ。アワビも貝に乗せて・・・美味しそう!
お部屋から見える大船渡の海の養殖棚、カキだべか?ホタテだべか?すごいですね。
fuzz(*^^*)大船渡からUターンしてしまいました。
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fuzzさん、おはようございます。いつもありがとうございます。
> ホテル観洋に来るウミネコ、可愛いですね。
観洋さんの名物になっているようで、売店では餌まで売っている
そうですよ。
> ウニの殻付きって珍しいでしょ。
はい、まいうでございます。学生時代に九州へボンビードライブ
旅行をした時、都井岬の海岸まで降りてウニを採って食べたとき
以来かと思います。
> お部屋から見える大船渡の海の養殖棚、カキだべか?ホタテ
だべか?すごいですね。
翌朝、地元の漁師さん達が漁をされていましたが、透き通った
海がとても綺麗でしたよ。
当初の計画では、このあと釜石、大槌、そして宮古にもう一泊
して盛岡経由で帰ろうか考えていたんですが、ツマが13日に予定
が入ってしまい、残念ながら大船渡からUターンしてしまいました。
そんな訳でfuzzさんの地元へは行かれませんでしたが、また
いつかリベンジしたいと考えています。
今、3日目の旅行記作成中ですが、UPしたら、また見てやって
ください。
では、また。
chiaki-k2021年05月21日09時20分 返信する -
静子さんにお会いになられたのですね
chiaki-kさん、おはようございます。
いまさらのコメント失礼いたします。
なんだか懐かしくなって。
ロイコナ。コスパの良さと立地が気に入って私も何度か泊まりました。
手島食堂の静子さんにお会いになられたのですね。
テレビでも何度も紹介された、ハワイ島の有名人でしたね。
私が訪れた時はもう、お亡くなりになったあとでした。
早くハワイ島に再訪できる日がくることを願っています。
ありがとうございました。
Happin
いつか又、ハワイ島へ
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Happinさん、おはようございます。お返事が遅くなってすみま
せん。それと、いつも沢山の”いいね”をありがとうございます。
2012年に訪れたハワイ島で手島静子さんとお会いできたのは旅行記
に記載したとおりですが、再会を果たせぬまま早9年経ってしまい
ました。
コロナ禍の現状では、まだ海外旅行は出来そうもありませんが、
終息後は絶対ハワイに、もし出来たらハワイ島にも足を伸ばして
静子さんと一緒に撮った写真を、お孫さんに手渡せたらいいな、
なんて空想しています。
では、また。
chiaki-k2021年05月21日09時02分 返信する -
こんばんは、
拙い紀行をお読みいただきありがとうございました。
三才山トンネルは帰省の際に使うのですが無料化されたのは存じませんでした。
これからもよろしくお願い申し上げます。人生そのものが旅
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azumino_kakuさん、おはようございます。
こちらこそ、野辺山・清里旅行記に”いいね”をありがとう
ございます。
”人生そのものが旅なのである”良い言葉ですね。
2009年に、この旅行サイトに旅行記をUPしはじめて、はや12年。
齢も70代となり、あと、どれくらい旅を続けられるのか解りま
せんが、多分この世と別れる日まで、旅は続くものと、私も
思います。
HNから推測すると安曇野のご出身のようですが、私も信州・佐久
の生まれで、現在も佐久市内に暮らしています。
今、家の近くでは佐久バルーンフェスティバルが開催されていま
すが、無観客ということで、少し寂しいイベントになりました。
旅行記にUPするかどうか、考え中です。
同郷のよしみ、という訳ではありませんが、これからもよろしく
お願いいたします。
chiaki-k2021年05月04日05時39分 返信する今後ともどうぞよろしくお願い致します
chiaki-kさま、
こんばんは。ご返信ありがとうございます。
フォートラベルの紀行12年も続けていらっしゃるのですね。素晴らしいです。
私はようやくまだ2年めです。
ご賢察のとおり、安曇野出身で、松本や塩尻にもおりました。いまは都内多摩地区在住です。
COVID19がおさまるまでは各種イベントにどうしても影響がでてきますね。
同郷のよしみ・・ありがとうございます。今後ともどうぞよろしくお願い致します。
azumino_kaku2021年05月06日21時59分 返信する -
chiaki-kさん。今日は。kiju-jiといいます。
我が故郷に来られて有難う。私は3歳の時に長崎市に隣接した長与村(現長与町)で被爆しました。あってはならない悲劇です。
私のブログ・ドイツの魅力13日間旅行記のポツダム篇に少し原爆について書いています。暇な時に読んでいただければ幸いです。ではまた。イイネを有難う。はじめまして
・
kiju-jiさん、はじめまして。長崎旅行記に”いいね”をありがとう
ございます。
ご紹介のあった「ドイツの魅力13日間旅行記?ドレスデンからポツ
ダムのツェツィリーエンホーフ宮殿の観光」編、再度拝見いたしまし
た。
偶然ですが、kiju-jiさんがポツダムに行かれた2014年10月の、およ
そ1年前に私もポツダムを訪れ、ツェツィリーエンホーフ宮殿も見学
いたしました。
https://4travel.jp/travelogue/10829122
kijyu-jiさんも書かれていますが、ニューメキシコ州アラモゴード
のホワイトサンズ射爆場において人類史上初の核実験が実施されまし
たが、この実験は砂漠に設置された地上実験だったので、もっとも
効率の良い地上500m、しかも人間の住む町の上での実験結果がほしか
ったのでは、と私は推測しています。
また、スターリンとの密約によりソ連が日本に参戦した訳ですが、
一日でも早く戦争を終わらせて、新たなる敵、ソ連との競争に勝ちた
い目的もあったかと考えられます。
唯一、救いがあるとすれば、この尊い犠牲で終戦がやっと迎えられ、
これ以上の戦争犠牲者を出さなくてすんだことかと思います。
では、また。
chiaki-k
2021年05月01日22時42分 返信する -
杉原千畝
chiaki-kさん、こんにちは。
杉原千畝、私は随分前にテレビ(「知ってるつもり」だったかな?)で取り上げていて、感動した記憶があります。当時は多くの命を救ったことで。
今、こちらの旅行記を見て思うのは、外交官という立場で(しかも諜報的な活動をしていて)国の条件を満たしていなくてもビザを発給したということは、とてもプレッシャーがかかっていたのだろうということです。組織(特に国)を背負うと、それだけ難しいところがありますから。
あのときビザを発給しなかったら多くの人は助からなかったでしょうし、それは人間として耐えられないことなのだろうと思います。そこには大きな葛藤がありギリギリの判断だったのかなと思いますが、最終的に発給されたことに救いを感じます。彼としてはできるだけのことをしたのでしょうが、それでも発給できなかった人を後にしたのは辛かった…でしょうね。
さて、最後に電気自動車の話が出ましたが、私も同感です。遠出したときに充電のことを考えると、ドライブが楽しめなくなりそうです。行楽シーズンの観光地など、電気自動車が増えたら充電待ちだけで数時間とかありうるかも知れません。現段階ではPHEVの方が現実的かなと思います。でも車のお値段を考えたら、私はやっぱりガソリン車かせいぜいHVになります(^^;
マイルドHV乗りのDecoよりEV軽トラックを妄想中
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マイルドHV乗りのDecoさん、こんにちは。”いいね”及びコメント
ありがとうございます。
TVや映画ではいつも杉原千畝だけがクローズアップされています
が、この奇蹟には多くの人々が関わっています。まず、当時ビザ
無しで入国できるオランダ領キュラソーの情報をくれたオランダ
の領事、ウラジオストックから日本の船に乗る乗船許可証を発行
した日本領事代理の根井三郎、敦賀港での入国に携わった人々、
敦賀から神戸までの列車の手配をした人、神戸で難民の世話をし
た人達、そして海外各地への渡航の手続きをした人々などです。
2000年に河野洋平外務大臣の演説により千畝の名誉は回復されまし
たが、日本政府からは戦争中の勲5等の勲章のみで、戦後、これと
いった表彰は無いはずです(出身大学や関係する自治体を除いて)
海外ではイスラエルからは「諸国民の中の正義の人」に列せられる
ヤド・ヴァシェム賞を受賞、さらにポーランドやアメリカなどから
も受賞したり、賞賛されているのですが、2000年以降の日本政府の
対応は今ひとつのような気がしてなりません。
さて、車の話ですが私の家にはスティングレーともう一台、来月に
車検を迎えた14年目のサンバー・トラックがあります。先日ディー
ラーで見積ってもらったらマフラー交換、フレーム一部腐食・溶接
修理などにより30万円近くかかることが判明、新車に買い換えるこ
とも考えましたが、このまま乗り続けることもエコだと思い、車検
を受けることにしました。そして2年後、あるいは4年後には短距離
専用で150万円程度ののEV軽トラックでも購入しようかと妄想して
います。
では、また。
chiaki-k2021年04月13日14時04分 返信する -
いいね! ありがとうございます。
chiaki-kさん、はじめまして。
帰国後二週間の自己隔離時間を利用して、初めて旅行記を投稿させていただきました。
従来は、多くのトラベラーの方より情報収集の為に閲覧させて頂いておりましたが、このコロナ禍で投稿される方も少なく私の情報が少しでもお役に立てれば・・・と思い投稿いたしました。
見直ししてみますと、誤字・脱字・表現の至らなさ等赤面の至りでしたが、修正もできると知り先輩諸兄を見習いブラッシュアップをいたしました。
この様な稚拙な表現でも「いいね!」を頂戴し、重ねてお礼申し上げます。2021年03月02日11時41分返信するハワイ・いつかまた必ず
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しげさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
昨年11月に、日本からの入国(入州?)を認めるデービッド・
イゲ知事のTVニュースを見て、これでハワイに観光目的でも行
けるようになったかと思いましたが、行きは良いよい帰りは何
とやらで2週間自宅又はホテルでの隔離が必要であり、まだまだ
無理だと考えていましたが、2週間の隔離をはじめ、様々な制約
をクリアしてのハワイ行を実行された、しげさんの決断に拍手、
そして、お疲れ様でした(お疲れ様です。かな?)
*名古屋→関空移動 名古屋からは飛んでいないんですね
*送迎無し やはりですね
*ホテル移動 これもやはりですね。
でも、しげさんのUPされた写真を見る限りでは、お店もそこそこ
開いており、ファーマーズマーケットも開催されていたのにはビ
ックリです。目的のゴルフもプレーできたようで良かったですね。
新婚旅行も併せるとハワイには5回行っていますが、今までに行
った国の中でハワイは一番気に入っています。しげさんのように
2週間の隔離は無理なので、コロナ禍が収束した暁には、必ず
ハワイには、また行こうと考えています。
では、また。
chiaki-k2021年03月02日15時16分 返信する -
八ッ場ダム
10年ほど前、話題になったやんばダム。九州に住んでいる私には、その時は重要な問題という認識はあっても、身近な問題とは感じられませんでした。chiaki-kさんの旅行記で写真を見ながら説明していただいて、実感として感じられるような気がします。
ダム建設は難しい問題ですよね。立ち退きにしても、住んでいた人には昔からの生活の基盤が地域まるごと失われるわけですから。若い人はまだよいにしても、生計を立てて家族を養っている人、ずっとその土地で生きてきたお年寄りの方々には厳しい話だと思います。
その一方、私の住む九州でも熊本の人吉付近は水害にあって、やっぱりダムを作っておけばよかったという話も出ています(計画はあったものの中止になったらしい)。ただ、ダムの利用方法や管理方法、chiaki-kさんのコメントを読んでも難しいですね。私も結論を出すことができません。私が住む福岡南部では、水害に備えて農耕地に巡らされたクリークを活用するとか、水田に誘導するとか議論されています。なんでもクリークが発達した柳川近辺では大雨の前に水位を下げていて、災害を防いだそうです。
昨年7月の豪雨は本当に凄まじく、我が家は目立った被害はありませんでしたが、大雨に慣れているつもりだった私も恐怖心を感じました。雨台風の一番激しいときの状態が、断続的にですが24時間近く続きましたから。
九州に限らず、大雨は日本全国で被害をもたらし、その降り方も過去とは違ったものになってきています。その意味では「やんばダム」の問題、日本全国に通じるものなのでしょうね。東の八ッ場・西の川辺川
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Decoさん、こんにちは。群馬旅行記に”いいね”を
ありがとうございます。
旅行記中にも少し触れておきましたが、2019年10月の19号台風
(長野市で千曲川が氾濫した台風)では、私の住む佐久地域で
も2日以上続いた大雨により数カ所で河川が氾濫し、もともと
災害の少ない地域にしては100年に一度と言われる大きな災害が
発生しました。
幸い私の家は無事でしたが、多くの家が被災し、道路や橋が
流されたりして、2名の方が亡くなっています。2000年7月に
発生した所謂”熊本豪雨”はTVニュースで見ましたが、人吉市
を始め、球磨川流域で大きな被害が発生しました。
”東の八ッ場、西の川辺川”と言われた日本の大きなダム問題
がありますが、八ッ場の方は長い時間をかけて地元の理解を得て
昨年ダムは完成しました。しかし川辺川の方は地元の首長や
県知事まで反対側に回ってしまったので、全く進んでいません。
”熊本豪雨”後、状況が少し変わってきたようですが、治水面
から考えると、ダムが一つ出来た程度では、温暖化による最近
の異常気象とも言える豪雨による災害を完全に防ぐことは出来
ないと思います。しかし、防災は出来なくても減災となる一つ
の手段にはなると思います。
今、千曲川では河床を掘り下げたり、川幅を広げる工事が続いて
いますが、さらには新たな遊水池の計画も上がっています。こ
れは江戸時代からある方法で、普段は水田として耕作する田圃の
川下側を常に開けておき、増水時は川の水を逆行するように引き
入れ、収まった後は自然に水は川へ戻るというものです。
このように治水は様々な方法が考えられますが、ダムもそのうち
の一つの手段としてとらえて、検討に検討を重ねる必要があるか
と思います。
では、また。
chiaki-k2021年03月02日11時12分 返信する



