ケロケロマニアさんへのコメント一覧(9ページ)全302件
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大変でしたね(^_^;)
ケロさん こんにちは~
お久しぶりですが、まさか入院されていたなんて、驚きです
でも、手術せず点滴&薬等で回復し、退院することができて、ホントよかったです
入院中、写真は携帯で撮っていたのですよね
スマホではないのでいろいろ不便だったことでしょう
コロナ禍なのでお見舞いにはだれも来ることができないし、パソコンも使えない状況だったようですが、たくさん本を読まれたようでよかったです
私は、こんな状況なので県外とかに旅行はできなかったのですが、県内には様子を見ながら出かけました
でも、面倒になって旅行記は作成せず、スマホで人のばかりを見ています
夫は、3月末に完全退職したので、いつでも出かけられる状態にはなったのですが、残念ながら行けない状況は、まだしばらく続きそうです
夫がこの前図書館から、三浦綾子さんの本をいくつか借りてきました
その中に塩狩峠があったので、私も再読しようかと思っています
和寒では今頃、ボタンやツツジが咲くんだなぁと、そちらとの距離を感じました
黄色いツツジの街路樹は珍しいな、見たいなぁ、とも思いました
早くコロナが収束して、大好きな北海道へ行けること願っています
ケロさん、まだまだ体調的に元通りという感じではないはずです
無理をしないで、ちゃんと養生してくださいね(*^_^*)
では、また~
今日も気温30℃だった~さぬきのかずママよりRE: 大変でしたね(^_^;)
かずママさん、こんばんは。
大変長らくご無沙汰しておりました。
お元気でいらっしゃいますでしょうか?
お気遣いのコメント、誠に有難うございます。
お恥ずかしながら、こんなことになってしまいましたが、何とか無事(まだ完治ではないのですが)、お家まで戻って来られて良かったです。
救急搬送のため、取り敢えず携えていたガラホ利用の写真ばかりで、見辛い旅行記だったと思いますが、ご覧下さりどうも有難うございました。
思い返すと、案外、ネットが使えない時間というのも有意義だったなと思いますね。昔はこれが当たり前だったのに、現代人は便利さと引き換えに、色々なものを失ってしまったように感じます。
コロナも大分落ち着いてきましたが、やはりかずママさんも県内を意識して行動されていたんですね。香川県は小さいから、県内移動だけではちょっとストレスだったかもしれませんね。(でも離島が多いので、その意味では楽しそう( ´∀` )。)
三浦綾子の作品、私もかなり読みましたが、塩狩峠や有名な氷点以外では、泥流地帯や天北原野なんかも好きですね。あと、一風変わった作品としては、広き迷路なんてのも氏の別な側面の作風が感じられてお勧めです。
和寒が舞台の塩狩峠は是非再読して下さいね〜。
北海道は寒い冬から解放されて、この時期に一気に色々な花が咲き乱れるので、追いかけるのが大変かもしれませんね。ただ本日は、全国的な猛暑が叫ばれる中で、北海道は異例の寒さに見舞われ、和寒も最高気温が10度位しかありませんでした…。
是非、またゆっくりと北海道に遊びにいらして下さいね。
私もまた、第二の故郷の四国に戻りたいです〜。
今後も養生頑張ります。
色々と有難うございました。
それでは、また〜。
ケロケロマニア
> ケロさん こんにちは?
>
> お久しぶりですが、まさか入院されていたなんて、驚きです
> でも、手術せず点滴&薬等で回復し、退院することができて、ホントよかったです
>
> 入院中、写真は携帯で撮っていたのですよね
> スマホではないのでいろいろ不便だったことでしょう
> コロナ禍なのでお見舞いにはだれも来ることができないし、パソコンも使えない状況だったようですが、たくさん本を読まれたようでよかったです
>
> 私は、こんな状況なので県外とかに旅行はできなかったのですが、県内には様子を見ながら出かけました
> でも、面倒になって旅行記は作成せず、スマホで人のばかりを見ています
>
> 夫は、3月末に完全退職したので、いつでも出かけられる状態にはなったのですが、残念ながら行けない状況は、まだしばらく続きそうです
> 夫がこの前図書館から、三浦綾子さんの本をいくつか借りてきました
> その中に塩狩峠があったので、私も再読しようかと思っています
>
> 和寒では今頃、ボタンやツツジが咲くんだなぁと、そちらとの距離を感じました
> 黄色いツツジの街路樹は珍しいな、見たいなぁ、とも思いました
> 早くコロナが収束して、大好きな北海道へ行けること願っています
>
> ケロさん、まだまだ体調的に元通りという感じではないはずです
> 無理をしないで、ちゃんと養生してくださいね(*^_^*)
> では、また?
>
> 今日も気温30℃だった?さぬきのかずママより2022年05月29日23時06分 返信する -
退院おめでとうございます
長い入院でしたね? 切らないでの回復、おめでとうございます! 穴が空いていて腹膜炎起こしたんでしょうね? 抗生物質だけでの回復は、日頃の摂生のたまものだと思います
ダリルも交通事故で救急車に乗ったコトがありますが、非日常のせいか血圧か162とかになっててびっくりしました? カラダが緊急事態にがんばってたらしいです
車内で寝ダリル姿勢は揺れで気持ち悪いから、、と救急隊員にわがままを言い、上体を起こして搬送されたのですが、ナビでの最短を選んだらしく山道に突っ込まれ、舌を噛みそうでゲンナリ
途中崖崩れの土砂が道に広がってるからと、歩くより遅いスピードでトロトロ進み、軽傷だからイイものの重傷なら死んじゃうやん?と、内心、悪態を突きながら搬送されました! 救急車での寝心地はどうでしたか?痛くて記憶にナイですか?
長期入院はご飯だけが楽しみですよね~? 消化器疾患でもカレーが出るんだぁ~! それだけ回復したのでしょうけど、よかったですね?
強制的にデジタルデトックスになって、また、違う感覚になれたと思います! 読書ざんまいはダリルは嬉々として突進しちゃうなぁ~? それにしてもめでたい! ご回復をお祈りします
入院中、ぜんぜん退屈しなかったダリル
RE: 退院おめでとうございます
ダリルお姉さま、こんにちは。
お気遣いのコメント、誠に有難うございます。
思ったより長い入院となってしまいましたが、何とか手術することなく回復することが出来ました。日頃の摂生かどうかは解りませんが、腹切ってたら、余計に痛い思いをしていたでしょうから、不幸中の幸いだったのかなと今になって思います。
ダリルさんも交通事故に遭われたことがあるんですね。血圧の高値にはびっくりしますよね。私も入院中に一度150を超えたことがあって、もう死ぬのかなと悩んでいたこともありました。
幸い、夏道の路面下でしたので、救急搬送中は揺れはそれ程気になりませんでしたが、冬道だと所要時間も長いし、ガタガタが酷いし、もっと苦痛だったのかもしれませんね。まあ今回に関しては、路面云々よりも腹痛の大変さが上回った感じです。
入院中はやはり食事が一番楽しみな時間でしたね。私も正直、消化器系を患っている人にカレーってどうなのか、心配になりましたが、入院中に二回ほど頂きました。二回目はキノコが沢山入ったカレーで、お出汁も出ていて、とても美味しかったです。
不摂生な食生活からデトックスされて、今はとても快適に感じますが、まだ今回の医療費請求が来ていないので、どの位になるのか、そっちの方がストレスで、また胃が痛くなるかも…。まあ、健康には代えられませんからね〜。
色々とお気遣い下さり、どうも有難うございました。
今後とも何卒宜しくお願い申し上げます。
自分も入院中は全然退屈しませんでした、一人上手なのかも?の
ケロケロマニア
>
> 長い入院でしたね? 切らないでの回復、おめでとうございます! 穴が空いていて腹膜炎起こしたんでしょうね? 抗生物質だけでの回復は、日頃の摂生のたまものだと思います
>
> ダリルも交通事故で救急車に乗ったコトがありますが、非日常のせいか血圧か162とかになっててびっくりしました? カラダが緊急事態にがんばってたらしいです
>
> 車内で寝ダリル姿勢は揺れで気持ち悪いから、、と救急隊員にわがままを言い、上体を起こして搬送されたのですが、ナビでの最短を選んだらしく山道に突っ込まれ、舌を噛みそうでゲンナリ
>
> 途中崖崩れの土砂が道に広がってるからと、歩くより遅いスピードでトロトロ進み、軽傷だからイイものの重傷なら死んじゃうやん?と、内心、悪態を突きながら搬送されました! 救急車での寝心地はどうでしたか?痛くて記憶にナイですか?
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> 長期入院はご飯だけが楽しみですよね?? 消化器疾患でもカレーが出るんだぁ?! それだけ回復したのでしょうけど、よかったですね?
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> 強制的にデジタルデトックスになって、また、違う感覚になれたと思います! 読書ざんまいはダリルは嬉々として突進しちゃうなぁ?? それにしてもめでたい! ご回復をお祈りします
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> 入院中、ぜんぜん退屈しなかったダリル
>2022年05月27日17時29分 返信する -
お見舞い申しあげます。
オーヤシクタンでございます。
入院されていたとは‥
心からお見舞い申しあげます。
色々と大変な思いをされたと思いますが、入院を旅行記にするところにトラベラー魂を感じます。
そういえば私も大腸検査の時、点滴を引きずる画像を旅行記にしました。
とり急ぎ、今回は簡潔なご挨拶で失礼致します。
まだ、油断ならぬと思いますので、お体を大事にお過ごし下さい。
オーヤシクタン。Re: お見舞い申しあげます。
オーヤ師匠、こんにちは。
どうも長らくご無沙汰しておりました。
お気遣いのコメント、誠に有難うございます。
そういえば、本旅行記作成においては、常に師匠の自虐史観(?)の旅行記のことが念頭にありました。個人的には、大腸検査の時もそうでしたが、いつだかの事故を起こされた時にお世話になった教習所(でしたっけ?)でのお話とか、入院中は、どんな旅行記にしようか考えつつ、色々と写真を撮っていたように思います。
点滴コロコロを引き摺る場面の撮影においても、絶対に退院後には、師匠に雄姿(←どこがやねん…)を見せたくて、あれでも2・3回、リテイクしていまして、いつ部屋に看護師さんが入ってこないか、ハラハラしながらの撮影でした(^^;)。
私はタバコは吸わないし、お酒もそれ程は飲まないので、肺や肝臓等には自信があったのですが、そういえば消化器系は雑な食生活も災いして、色々やられていたんだなと、やはりこの歳になると健康状態には細心の注意を払わないといけない、と改めて勉強させて頂きました。
師匠におかれましても、くれぐれも私のような失敗をなさいませぬよう、特にバイキングでの食べ過ぎなどにはご注意下さいね~。
それでは、今後とも何卒宜しくお願い申し上げます。
ケロケロマニア2022年05月27日09時38分 返信する -
驚き(・□・;)
ケロケロマニアさん お久しぶりです。
突然の入院とは大変でした。しかも4週間!? お見舞い申し上げます。
いつものケロケロ節は健在のようで安心しました。復活の旅日記、楽しみにお待ちしています。Re: 驚き(・□・;)
ねもさん、ご無沙汰しております。
お気遣いのメール、誠に有難うございます。
思えば、ねもさん位のご年齢(←失礼っ)で、普通に山歩きが楽しめている、というのも、凄いことなんですよね。50前に一旦健康を失ってしまった身にとっては、只々尊敬するばかりです。
まあ、病院内でもケロケロ節を炸裂させながら(?)、看護師のお姉さん達とキャピキャピやってたので(そのくせ、担当が男性看護師の場合は、死んだような眼になって不貞寝してるし…(;´Д`))、案外楽しい時間でした。
頑張って、途中で滞っている国盗り旅行記を完成させて頂きたく思います。今後もまたお暇な時間にでもお付き合い頂けましたら幸いです。
ケロケロマニア
2022年05月27日09時31分 返信する -
お大事に
ケロケロマニアさま
こんばんは
4週間にもわたる長期の名寄旅行、大変でしたね。
こんな経験はしないに越したことはないでしょうが、貴重な内容でしたので、20分くらいかけて熟読させていただきました。
緊急搬送ということで、取るものも取りあえずという感じだったのでしょう、1ヶ月近くネット環境がないというのは、今となってはなかなかないことです。でも、つい20数年前まではそれが普通だったんですよね。その頃、自分は毎日何をしていたんだろうと思います。
でも、だからこそ本をじっくり読む時間もあったようで、それはそれで贅沢な時間の使い方とも言えますね。あと、野球中継をじっくり見ている時間もあったようで(笑)
1ヶ月も入院していると、退院するときに逆に名残惜しくなるのはなんとなく分かる気がします。とともに、今まで見ていた景色が新鮮に見えてくる様子が、写真を見ていてよく分かりました。
私のページにも25日の夜に来ていただいた記録が残っていました。それが退院した日だったんですね。
徐々に体を慣らしつつ、一方で国盗りの続編を楽しみにしております。
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TagucyanRe: お大事に
Tagucyanさん、こんにちは。
多大なるお気遣いのコメント、只々恐縮するばかりです。どうも有難うございます。(こんなクソ旅行記に20分もの貴重なお時間を費やして下さり、ちょっと恥ずかしいです…(;´Д`)。)
救急車に患者として乗るのは人生二回目のことでしたが、緊張と申し訳なささで一杯の車内時間だったように思います。特に私の場合は、結局20キロ弱の距離を二度に亘って搬送されたことになりますので、それだけ、社会的なご負担をおかけしたことにもなる訳でして…。
そのような状況下での士別・名寄入り、でしたので、着のみ着のままの姿で、取り敢えず手にした財布と携帯以外、何も携えておりませんでしたが、やはり、自分はルーター使用部分のWifiでしか契約していないこともあって、ガラホ経由でのネットが使えなかったのは、この時代下においては、結構大変なことでした。
25日に自宅に帰り、久しぶりにPCでキーボード入力しましたが、体は覚えている一方で、またネットに縛られる生活が始まるのか、等と、読書に明け暮れたこの一ヶ月を振り返りつつ、逆にガッカリしてしまう自分もいます。ホント、20数年前までは、誰もがネット無しでも生活できてたんですけどね。まあ、なければないで何とかなる、ということが判明したので、これからも機会があれば、”ネット断ち”の期間を意識的に作っていきたいものです(入院は嫌だけど…。)。
読書と共に、今回の病院時間で一番の癒しとなっていたのが野球中継でした。普段はテレビのない生活、そして勿論、有料の動画配信とかもほぼ契約していない(ヤフープレミアム資格で観られる動画配信のみ)ので、BSが対応していたこともあり、特にセリーグや大リーグの試合が観られたのは楽しい時間でした。食事と共に、野球が始まる時間を毎日楽しみにしていたので、月曜日が結構辛かったです…。あと、期間中、大相撲夏場所があったので、これも良く観ていましたけどね。(こちらはテレビカードケチって、ワンセグで。)
こう言うのは不謹慎だと思うのですが、今回の私位のレベルだと、初期を除いては基本的に歩き回ることは出来たので、案外楽しい入院生活でしたが、病状次第では、寝たきりの患者さんも多くいらっしゃいましたし、苦痛で悶える同室の患者さんの呻き声などを聴いていると、やはり基本的には、来てはならない所なのだと思いました。やはり、より重症の患者さんに充実した医療が届くよう、相対的に健康な患者は、色々と配慮が必要だろうなと、痛感した日々でもありました。
怪我の功名と申しますが、やはり、こういう経験は自分にはなかったので、色々と勉強することが出来、人生の新たなる一ページを開いた感はあります。退院してからすぐに、4トラさんや他サイトの贔屓にして頂いていた方々には、できるだけ早く、何らかの形で無事なことをアピールしたくて、取り敢えず色々とアクセスさせて頂いた退院初日の夜でした…。
そうですね。早く、国盗り旅行記を完了させないと…。社会復帰の一環として、まずはそこから(←順番違うやろ!)始めたいと思います。
ケロケロマニア
2022年05月27日09時24分 返信する -
島鉄フェリー
ケロケロマニア様
こんばんは、長崎マリーンズです。
今回は熊本市内から天草方面へ移動されたのですね。
松島の遊覧船みたいな観光地は水中水族館ですね(確かシードナツという名称だったような。。。)旅行会社時代天草のコースを引いていた時は組み込んでいました。
前職が発電所へ商材を納入する仕事でしたので、天草にはよく行っていました。鬼池の更に先にある苓北と言う町に九州電力の火力発電所がありまして、口之津からフェリーに乗って行っていました。
口之津港はまだリニューアルして数年ですね、私が利用していた時は古いターミナルでしたので、ケロケロマニア様の画像を拝見して立派になったなぁと噛みしめております笑
口之津鬼池航路はGWや年末年始は増便しているものの昔3~4本見送ってようやく乗れたと言うくらい混雑していた時期がありました。ご周知の通り搭載能力があまりないのも原因の一つでしょうね。。。この航路ですが運が良ければイルカを見ることが出来るんです(私は一度だけ見ました)
鬼池のターミナルは変わりませんね。お土産屋はいつも店員さんが居ませんでした笑
長崎マリーンズRE: 島鉄フェリー
長マリさん、こんにちは。
メッセージを有難うございます。
あれは水族館だったんですね。水中ってことは海の中が覗けるようになっているタイプなんですね。思わず、四国の高知に住んでいた子供の頃に訪問した、足摺海底館(だったかな?)のことを思い出してしまいました。
天草にも色々とご縁がおありだったんですね。今回も結局は慌ただしくしか見られませんでしたが、天草、とてもいい所ですよね。また再訪したいと思っています。
口之津のFTはやはり新しくなったばかりなんですね。私は逆に、昔の姿を知らないので、航路が他にない割には随分と立派なターミナルだなと、多少の違和感を覚えてしまいました。あれだけ立派な建物を造る位ですから、航路の廃止はないのかな、と逆に安堵できそうですね。
あの航路は時期によってはそんなに混雑するんですね。私の訪問時は凄く少なくて、この航路大丈夫か、なんて心配になった位でしたが、余計な心配だったようですね( ´∀` )。まあ、あまり混雑していても居心地は良くないでしょうから、やっぱりできるだけ繁忙期は避けた方が良い航路といえそうです。運が良ければイルカも見られるんですね。なかなか興味深い航路です。
鬼池港の売店、確かに小さすぎて、私の訪問時も最初は人がいなくて???と思ってしまいました。基本的に、お客さんが来ることを想定していないような風情でしたので、今後、なくなってしまうかも、なんて余計な心配をしてしまいました…。
それでは、また!
ケロケロマニア
追伸
いよいよ開幕ですね。
本年の私のパリーグ順位予想は、
1位:楽天、2位:ソフトバンク、3位:ロッテ、4位:オリックス、5位:日本ハム、6位:西武という感じでしょうか。ロッテは日本人でもう少し打てる人が出て来てくれると嬉しいですね。
> ケロケロマニア様
>
> こんばんは、長崎マリーンズです。
> 今回は熊本市内から天草方面へ移動されたのですね。
> 松島の遊覧船みたいな観光地は水中水族館ですね(確かシードナツという名称だったような。。。)旅行会社時代天草のコースを引いていた時は組み込んでいました。
>
> 前職が発電所へ商材を納入する仕事でしたので、天草にはよく行っていました。鬼池の更に先にある苓北と言う町に九州電力の火力発電所がありまして、口之津からフェリーに乗って行っていました。
> 口之津港はまだリニューアルして数年ですね、私が利用していた時は古いターミナルでしたので、ケロケロマニア様の画像を拝見して立派になったなぁと噛みしめております笑
> 口之津鬼池航路はGWや年末年始は増便しているものの昔3?4本見送ってようやく乗れたと言うくらい混雑していた時期がありました。ご周知の通り搭載能力があまりないのも原因の一つでしょうね。。。この航路ですが運が良ければイルカを見ることが出来るんです(私は一度だけ見ました)
> 鬼池のターミナルは変わりませんね。お土産屋はいつも店員さんが居ませんでした笑
>
> 長崎マリーンズ2022年03月24日15時03分 返信する -
船での海外旅行
ケロケロマニア様、こんにちは。
今は日本政府が韓国(勿論中国とも)との国際航路での旅客営業を停止するように要請しているので船での出国は困難ですね。自分は酔うので絶対しませんが。
しかし入国後24時間以内であれば国内交通機関の利用可になったので海外旅行は行きやすくなり...と言った途端のウクライナなので行きにくいですね...
ただし入国時に入力する質問票には船での出国も想定されているみたいですが...
BRT福岡にもあるのですね。意外と都内にも導入しましたが人気なさすぎです。
幕張などの連節バスは大人気ですが。
西鉄電車は車内放送が東日本の声優さんでかつ19年には安室奈美恵さんのHeroを東急と同じ音源で発車メロディーとして採用したので関東にも近い気がします。 まるきゅーRE: 船での海外旅行
まるきゅーさん、こんばんは。
メッセージを有難うございます。
まあ、暫くは船旅での出入国は難しそうですね。平成末期にO師匠とご一緒した旅のことを昨日のことのように思い出すのですが、すっかりと世界は変わってしまいました。
連節バスとしてのBRTは、正直、日本向きではないような気はしますよね。幕張にも連節バスが走っているんですね。あの辺りはレジャー需要で混雑する時とかは、存在価値が高いのかもしれませんね。
西鉄のことは知らないことばかりなんですが、そうなんですね。東日本的風情が感じられるんですね。てか、東日本の風情もそうは知らないので、なかなか体感するのは難しそうです(-_-;)。
間もなく帰国される時期も近づいてきましたね。ウクライナ情勢も心配ばかりですが、取り敢えずは無事にカエルっていらして下さいね。
それでは、また!
ケロケロマニア
> ケロケロマニア様、こんにちは。
> 今は日本政府が韓国(勿論中国とも)との国際航路での旅客営業を停止するように要請しているので船での出国は困難ですね。自分は酔うので絶対しませんが。
> しかし入国後24時間以内であれば国内交通機関の利用可になったので海外旅行は行きやすくなり...と言った途端のウクライナなので行きにくいですね...
> ただし入国時に入力する質問票には船での出国も想定されているみたいですが...
> BRT福岡にもあるのですね。意外と都内にも導入しましたが人気なさすぎです。
> 幕張などの連節バスは大人気ですが。
> 西鉄電車は車内放送が東日本の声優さんでかつ19年には安室奈美恵さんのHeroを東急と同じ音源で発車メロディーとして採用したので関東にも近い気がします。 まるきゅー2022年03月19日19時08分 返信する -
細かい分析と考察ですね
ケロケロマニアさま
こんばんは
最後に残っていた大分県を制覇して、次は四国ですか~ 佐賀県は基山だけ、宮崎県はえびのだけ、いやいや上等です。
それと、500冊目おめでとうございます。まあ、私もそうなんですけど、1回の旅行を何話かに分冊することがほとんどなので、500回目の旅行というわけではないんでしょうけどね。
それにしても、細かい分析をしましたね(笑) こうやって傾向を見てみると、自分がどういう行動をしてきたかがはっきり見えてきますね。私もやってみようかなと思ったりして。
私の場合、最も積極的に行動していたのはどうしても独身時代で、フォートラ登録は所帯持って子供できたあとなので、海外旅行記は昔の回顧ものしかなく(まだ全体の3割ぐらいしか公開できてませんが)、国内も出張のついでや弾丸が多いので、もっと極端な傾向が出てしまうかもしれません^^;
マイレッジも、今はそもそも年に何回も飛行機に乗らないので貯まらないです。マイル換算も今はあんまり良くないですしね。昔は、1回海外に行って貯まったマイルで何回も国内タダ旅行するとか、そんなことやってましたけどねえ。
しげしげとグラフを拝見させていただきました。
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TagucyanRE: 細かい分析と考察ですね
Tagucyanさん、こんにちは。
メッセージを有難うございます。
先日の東日本国盗りと同様、本旅においても、佐賀県や宮崎県は恐ろしくちょっとだけの立ち寄りに終わってしまいましたが、ある意味この方が記憶に残り易くて、再訪の際には思い出しやすくて良いのかもしれませんね( ´∀` )(←言い訳。)。
お祝いメッセージを有難うございます。
2009年から2022年にかけて、実質約13年間で500冊ですから、もっと熱心に旅行記を作成されていらっしゃる方からすると足元にも及ばない冊数ですが、これからも少しずつ積み重ねていけたらなと思っています。不束者ではございますが、今後とも何卒宜しくお願い申し上げます。
今後の旅の方向性を模索するためにも、過去の自身の行動分析は重要なことだと思いますね。Tagucyanさんも是非やってみて下さいね!
まあ普通、家庭を持たれると行動が制約されてしまうのは当然のことだと思いますが、そういう制約がある環境下でされる旅の方が、実は世の中に対してはアピール力があると思います。(私のような風来坊がごちゃごちゃ言っても、結局のところは、”お前は遊んでばかりだから、守るべき家庭もないから、そんなこと言ってられるんじゃ!”って、言われるだけなので…。)
是非、そういうお立場だからこその強み(?)を活かした発信を、今後も続けていって下さいね。
マイルは特に昔の米系は、安い運賃でも100%積算でしたからね。それにキャンペーンが絡んで、更にエリートボーナスなども絡んだりすると、マイアミ行きや東海岸経由の西海岸行きとかの5万円程の航空券の一回の旅で、6万マイル位たまったこともありましたね。当時のレートだと日本国内線は往復で1万5千マイル標準でしたが、JDの場合は短距離で往復1万マイルで発券できたので、1回の米国旅で、日本国内線が4〜6往復乗れる時代でしたよね。当時は日本国内線は高くて、今のようにLCCもありませんでしたので、名古屋に帰る航空券代を節約するためだけに、米国に飛ぶなんてことも多かったです( ´∀` )。同じように、東南アジア方面も殆どマイルで飛んでいたので、あの時代は、日本国内線やアジア方面にはお金を払って乗ったことなんて、殆どありませんでした。今となっては良い思い出ですね( ´∀` )。
それでは、また!
ケロケロマニア
> ケロケロマニアさま
> こんばんは
>
> 最後に残っていた大分県を制覇して、次は四国ですか? 佐賀県は基山だけ、宮崎県はえびのだけ、いやいや上等です。
>
> それと、500冊目おめでとうございます。まあ、私もそうなんですけど、1回の旅行を何話かに分冊することがほとんどなので、500回目の旅行というわけではないんでしょうけどね。
>
> それにしても、細かい分析をしましたね(笑) こうやって傾向を見てみると、自分がどういう行動をしてきたかがはっきり見えてきますね。私もやってみようかなと思ったりして。
>
> 私の場合、最も積極的に行動していたのはどうしても独身時代で、フォートラ登録は所帯持って子供できたあとなので、海外旅行記は昔の回顧ものしかなく(まだ全体の3割ぐらいしか公開できてませんが)、国内も出張のついでや弾丸が多いので、もっと極端な傾向が出てしまうかもしれません^^;
>
> マイレッジも、今はそもそも年に何回も飛行機に乗らないので貯まらないです。マイル換算も今はあんまり良くないですしね。昔は、1回海外に行って貯まったマイルで何回も国内タダ旅行するとか、そんなことやってましたけどねえ。
>
> しげしげとグラフを拝見させていただきました。
>
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> Tagucyan2022年03月14日12時50分 返信する -
この状況他人事にはとても思えません
ケロケロマニア様、こんにちは。
ウクライナ情勢は日に日に厳しくなっていますね。
実は僕の学校は(僕のクラスだけ)海外出身者も多く居てその中に一人だけウクライナから来た人が居ます。
その人もロシアのことを(プーチン大統領のこと)許せないらしくて早く侵攻を止めてプーチンは辞めてほしいと言っていました。(英語が堪能ではないのでこういう訳しか出来なくてすみません)
自分は旭川より北のほうには行ったことはないですし(更に最近だと福島県富岡だし)
今は赤道越えてフィジーで生活していますが他人事のようには思えなくなります。
北方四島(なんか領土という言い方は疑問なのでこっちで)もそうですがロシアの上層部は何の目的でしているのかを知りたいなと思います。少しでも温かいところがほしいのもわからなくはないですがもう少し平和にいってほしいと思います。
中国の香港侵攻もそうですが何も目的がないのにやるわけはないと思いますがこの状況が続いてしまうと世界から孤立してしまいそうですね。
ソ連時代は生まれていないのでわかりませんが(そしてなぜかは知りませんが今若者ではソ連国歌ブームらしいですが)ソ連崩壊のニュース(当時の映像がYoutubeにありました)を見て当時は夢を持っていたのだなあと感じました。
北朝鮮、中国、ロシアの国民には罪はないので幸せになって欲しいと思って筆を置かせていただきます。 まるきゅーRE: この状況他人事にはとても思えません
まるきゅーさん、こんにちは。
メッセージを有難うございます。
まるきゅーさんも、そちらでは勿論外国人のお立場でしょうから、他の外国の方々とのご交流も色々とおありだったことでしょうね。そうですか、ウクライナの方もいらしたんですね。このご時世下では、周囲の方々も接し方が難しいのかもしれないですね。
今回の戦争を見ていて思うのですが、勿論、何の罪もないウクライナの方々に対しては、言葉が見つからない一方で、なにやらどさくさ紛れにウクライナ称賛や援助をする部外者が多いのが、最近では特に気掛りになってきました。
戦争というのは、当事者達は大変なダメージを被る一方で、その周辺では、惨禍に乗じて私腹や国家財政を潤すような”戦争特需”で潤う団体や個人も存在します。
我が国が戦後復興を遂げた大きな一因は、第二次世界大戦後の朝鮮戦争でしたし、その朝鮮(というか韓国)が朝鮮戦争から復興できたのはベトナム戦争の特需に拠るものが大きかった訳でして…。
現状を見ている限りでは、ウクライナ側を批判する立場、ロシア側を称賛する立場の発言が悉く袋叩きにされているのが、逆に心配で危険な時代に入ってきているなとも感じますね。そんな中で、唯一、必ず損をしていると断言できるのが、両国内に住んでいる国民の皆様方、ということでしょうね。
戦争がどのような結果に終わるのか、まだまだ予断は許さない状況下ではありますが、まるきゅーさんのように、若い頃から世界を見る経験を得られた方には、広い視野でこの現実を見つめていって頂けたらな、と願っています。
若い方のソ連称賛(?)も、私にはなんとなくわかります。満ち足りた社会の中でも、閉塞感が続く状況下では、やはり違った世界には憧れてしまうものです。ただ、ソ連に関しては、結局どこも良いところはなかった、という現実は後の歴史が証明してしまいましたけどね…。
今はウクライナばかりが被害者の立場で注目されていますが、某ハリウッド女優さんが重要な発言をされていましたね。紛争は今までにもあったじゃん、その難民達に関しては、今回の時ほど、大国も大騒ぎしてなかったじゃん、みたいな…。
ミャンマー・シリア・アフガニスタン・北朝鮮・エリトリア…、など、世界中にはまだまだ色々な問題を抱えて、その中で日々苦しんでいる国民が、このウクライナ騒ぎの中で、取り残された状態で惨禍のままに置かれている悲しい現実にも、もっと世界は目を向けなくてはならないな、と思います。
それでは、また!
非暴力なカエルさんの偉大さを今だからこそ感じて欲しい(←ダリルお姉さま風)
ケロケロマニア
> ケロケロマニア様、こんにちは。
> ウクライナ情勢は日に日に厳しくなっていますね。
> 実は僕の学校は(僕のクラスだけ)海外出身者も多く居てその中に一人だけウクライナから来た人が居ます。
> その人もロシアのことを(プーチン大統領のこと)許せないらしくて早く侵攻を止めてプーチンは辞めてほしいと言っていました。(英語が堪能ではないのでこういう訳しか出来なくてすみません)
> 自分は旭川より北のほうには行ったことはないですし(更に最近だと福島県富岡だし)
> 今は赤道越えてフィジーで生活していますが他人事のようには思えなくなります。
> 北方四島(なんか領土という言い方は疑問なのでこっちで)もそうですがロシアの上層部は何の目的でしているのかを知りたいなと思います。少しでも温かいところがほしいのもわからなくはないですがもう少し平和にいってほしいと思います。
> 中国の香港侵攻もそうですが何も目的がないのにやるわけはないと思いますがこの状況が続いてしまうと世界から孤立してしまいそうですね。
> ソ連時代は生まれていないのでわかりませんが(そしてなぜかは知りませんが今若者ではソ連国歌ブームらしいですが)ソ連崩壊のニュース(当時の映像がYoutubeにありました)を見て当時は夢を持っていたのだなあと感じました。
> 北朝鮮、中国、ロシアの国民には罪はないので幸せになって欲しいと思って筆を置かせていただきます。 まるきゅー2022年03月08日11時45分 返信する -
なつかしいものを拝見しました
ケロケロマニアさま
こんばんは
この時期にあえてロシアを出してきましたか。あの出来事は、ロシアという国というより、「あの人」とそれを取り巻く上層部の意向だけのような気がしてならないですけどね。
さてさて、なつかしいものをいろいろ拝見しました。私もちょうどその時(かぶってます)同じロシア極東のサハリンに行っていましたので、雰囲気を思い出しました。
青森→ハバロフスクという航路があったんですね。新潟については、当時極東ロシアに行く場合は成田よりも新潟の方が便利だった記憶があります。この3年後、私も新潟からイルクーツクに飛びましたので。
イリューシン、ツポレフの名前も久しぶりに聞きました。もう一つ、アントノフというのもありますね。私はイリューシンはないですけど、ツポレフTu-154とアントノフAn-24は乗ったことあります。あのマイクロバスの補助席のような座席はよく覚えています(笑)
パスポートに押されるスタンプのかすれ具合や、書類などの紙質の悪さなどは私の手元にも残っているのでわかりますが、こういうところを見ても、当時はまだ旧ソ連時代の名残がありましたよね。さすがに今はそうじゃないんでしょうけど。
ビザも現地で取られてしまうタイプでしたねえ。出発前、カラーコピーをとっておいたものです。あと、バウチャー。これがあるので、宿のチェックイン時などは逆に楽でしたが(笑) でも、チェックイン時に「パスポートチェック」とか言ってパスポートを預けなきゃいけなかったんですよね。あれは不安でしたねえ。
すみません、つい昔を思い出して書き込んでしまいました。
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TagucyanRE: なつかしいものを拝見しました
Tagucyanさん、こんにちは。
メッセージを有難うございます。
先月末のウクライナ侵攻以後、色々と悩み多き日々でして、なかなか西日本国盗り(←この表現自体が時節柄使い辛く感じるし…(;´Д`))旅行記の執筆が進まない状況でございます。
仰る通り、今回の戦争は、”大ロシア”思想に心奪われた暴君の独り相撲感が半端ないですが、それに付き合わされる両国民はたまったものではありませんよね。私はこれからも民衆レベルでのウクライナもロシアも応援していきたいと思っています。
そういえば、Tagucyanさんもあの時代のロシアのことをご存じでしたね。極東の中では当時のサハリンはある意味モスクワから目をかけられた”優等生”でしたので、ある意味、その後にイルクーツクに足を運ばれた際には、より違和感を感じられたのでないかな、と察しております(まあ、自分は当時どころか、そもそもサハリンにもイルクーツクにも行ったことがないので、実体験から語ることは出来ないのですが…)。
青森=ハバロフスク線に関しては、当時の青森県の政治家やみちのく銀行が色々とロシアに注目されたご縁で開設されたように記憶していますが、やはり、基本的に自由競争の資本主義経済を知らない国とのやり取りは悉く失敗していて、結局ロシアに投資する事業者も激減して、わずか数年で路線撤退してしまったように記憶しています。
アントノフというのも懐かしい響きですね。ご搭乗経験がおありとは凄いですね。ロシア国内線の思い出としては、当時のロシア人にはあまり座席指定の感覚がなくて、私の指定席に既に別な方が座られていて、番号を示して私がここ、といっても、そこ空いてるよ、みたいな感じで、全く意に介さず、という風情だったことが印象に残っています。
昔はパスポートのスタンプに関しても、旧東側陣営の国の場合は、後ろの方に押されていた印象も残っていて、私にとっての初代パスポートは、あまりスタンプが押されぬまま5年(青い方)が経過してしまったので、ロシアのスタンプはすぐに見つけることが出来ます( ´∀` )。
ビザのコピー。私もどこかにとったのを保存している筈なのですが、旅行記UPまでに見つけることが出来ませんでした。私は白黒でしかコピーしませんでしたが、あの時代にカラーコピーまで取られていたとは、頭が下がります('◇')ゞ。
バウチャーという響きも懐かしいですね。ただ実は私はこれを使ったことがないんです。当時のビザも観光ビザではなく、卒論研究目的、という胡散臭い目的で、カムチャッカのお偉いさんが釧路にいらしたときに、招待状をお願いして(これがあれば、バウチャーに縛られない普通ビザが発給してもらえる時代でした)、これをファックスで送信してもらったのと5000円を携えて、札幌の領事館に足を運びました。ただ、普通ビザ入国の場合は、現地でその都度オビールという機関に出向いて、滞在登録っというのをしなければならない、というルールだったため、このことを知らなかった当時の私は、色々と尋問されたりもしました…(;´Д`)。
カムチャッカで2週間ほど滞在した時も、別の水産系学部の研究グループが間借りしていた施設を、家賃分担でお借りしていたので、ホテルに泊まったこともなかった最初の訪露だったんですね。でもこの共同生活中、私があまりにも勝手に動き回るので、このグループの人々からはかなり迷惑がられていたんですが…(-_-;)。
そんなこんなで、色々な思い出があるロシアなだけに、今回の件は非常に残念でもあり、コロナが収束してもしばらくはロシアに行けない時代が続くのだろうなと思うと、本当に悲しいです。一日も早く、戦争が終わりますように…。
それでは、また。
ケロケロマニア
> ケロケロマニアさま
> こんばんは
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> この時期にあえてロシアを出してきましたか。あの出来事は、ロシアという国というより、「あの人」とそれを取り巻く上層部の意向だけのような気がしてならないですけどね。
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> さてさて、なつかしいものをいろいろ拝見しました。私もちょうどその時(かぶってます)同じロシア極東のサハリンに行っていましたので、雰囲気を思い出しました。
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> 青森→ハバロフスクという航路があったんですね。新潟については、当時極東ロシアに行く場合は成田よりも新潟の方が便利だった記憶があります。この3年後、私も新潟からイルクーツクに飛びましたので。
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> イリューシン、ツポレフの名前も久しぶりに聞きました。もう一つ、アントノフというのもありますね。私はイリューシンはないですけど、ツポレフTu-154とアントノフAn-24は乗ったことあります。あのマイクロバスの補助席のような座席はよく覚えています(笑)
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> パスポートに押されるスタンプのかすれ具合や、書類などの紙質の悪さなどは私の手元にも残っているのでわかりますが、こういうところを見ても、当時はまだ旧ソ連時代の名残がありましたよね。さすがに今はそうじゃないんでしょうけど。
> ビザも現地で取られてしまうタイプでしたねえ。出発前、カラーコピーをとっておいたものです。あと、バウチャー。これがあるので、宿のチェックイン時などは逆に楽でしたが(笑) でも、チェックイン時に「パスポートチェック」とか言ってパスポートを預けなきゃいけなかったんですよね。あれは不安でしたねえ。
>
> すみません、つい昔を思い出して書き込んでしまいました。
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> Tagucyan2022年03月07日15時32分 返信する



