nichiさんのクチコミ(61ページ)全2,189件
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投稿日 2018年12月05日
総合評価:4.0
この美術館を訪れた一番の目的は、オランダのルネサンス時期の画家であるピーテル・ブリューゲルの名作である「ネーデルランドのことわざ」を鑑賞することです。
1,559年に描かれています。
当時のオランダでは、人の愚かなふるまいや罪深さを表現する格言に人気がありました。この画には80もの格言が描かれています。
この絵1枚にかなりの時間をかけて鑑賞しました。
他にも、ブリューゲルの「十字架を運ぶキリスト」や、ルーベンスの「子供と聖人と一緒に迎えられた聖母マリア」「チャールズVによるチュニスの征服」、レンブラントの「両替商」など、見所満載でした。- 旅行時期
- 2018年07月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
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投稿日 2018年12月05日
壁博物館 (ハウス アム チェックピント チャーリー) ベルリン
総合評価:4.0
この博物館は、東ドイツから脱出に成功した人達の成功事例の展示がメインです。トランクやサーフボードの中に隠れて東ドイツから脱出したり、熱気球、トンネル、ミニ潜水艦などの展示もありました。
失敗して看守兵に射殺された方々の紹介もありました。
この博物館は、最初はアパートの2部屋半から始まりました。
歴史家ライナー・ヒルデブラントが1962年10月19日に開館させまし
た。
博物館が今の場所に作られたのは1963年のことです。
現在博物館は彼の妻、アレクサンドラ・ヒルデブラントの「ワーキンググループ8月13日」によって運営されています。
この1961年8月13日はベルリンの壁着工日なんですね。- 旅行時期
- 2018年07月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
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投稿日 2018年12月05日
総合評価:3.5
西ベルリンをぐるっと囲んだベルリンの壁にはいくつかの出入り口がありました。
ここはその一つであった所でです。
東ドイツ市民にとっては、自由への窓口のように見えていたようです。
国境検問所は、西側ではチェックポイント・チャーリーと呼ばれていました。
チャーリーとは特定の人物がいたわけではなく、チェックポイントCのような呼称です。- 旅行時期
- 2018年07月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
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投稿日 2018年12月04日
総合評価:3.5
馬車鉄道をルーツに持つベルリンのトラム。
歴史があります。
今では旧東側にのみに残っている公共交通です。
西側は、戦後にトラムを全廃にし、地下鉄とバスを充実させる戦略に方針を決めていました。
1,950年代、トラムは時代遅れの交通手段であるとの認識があった時代でした。- 旅行時期
- 2018年07月
- 利用目的
- 市内・近距離
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旧東ドイツの東ベルリンだった地区に1965年から1969年にかけて建設されました。 高さは368mです。
投稿日 2018年12月04日
総合評価:4.0
マリア教会のすぐ奥にあるテレビ塔にやってきました。
外観は上海タワーに似ていますね。
展望台の上にあるレストランも利用できるチケットは売り切れでした。
ベルリンの街を眺めながらビールを飲みたかったのですが、人気のようですね。
で、展望チケットを購入したのですが、(一人14ユーロだったかな?)直ぐには入場できず。
4桁の番号が記されているチケットを受け取ります。
表示を見て自分の番号と照らし合わせます。
私たちは1468と1469です。
今入場できるのは、1335まで。
まだまだ時間があります。
ビールを飲んで時間をつぶし、やっと自分たちの番が来ました。
約40秒で高さ204mの所にある展望台に到着!
旧東ドイツと西側のドイツを一望にすることができます!!- 旅行時期
- 2018年07月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
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そもそもDDRとは、東ドイツの略称です。旧東ドイツの博物館です。
投稿日 2018年12月04日
総合評価:4.0
ベルリンウェルカムカードの提示で一人9.5ユーロが25%オフになりました。
7.2ユーロです。
旧東ドイツの市民の暮らしを展示してます。
2,013年にオープンした小さな博物館です。
入っていきなりベルリンの壁の模型がありました。
自由に車で移動する西ドイツ市民。
壁の先は金網と看守塔。
金網は2重です。
東ドイツが生んだ車(名車とは言いません)
トランバンも展示されていました。
東ドイツの国産車です。
運転席に座ることもできます。
1,964年から壁が崩壊した1,989年まで造られた東ドイツ製の車です。
2気筒エンジン4速で最高速度は100km。
ペラペラのボディです。
元々は繊維強化プラスチック (FRP) のボディでしたが、共産圏の財政悪化のため、製造コスト低減を図って紙パルプと羊毛で代用していたようです。
東ドイツ製のバイクであるシムソンもありました。
50ccで最高速度60kmの日本でいえば原付です。- 旅行時期
- 2018年07月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
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カトリック教会っぽいですが、ルター派のプロテスタントの教会です。
投稿日 2018年12月04日
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投稿日 2018年12月04日
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ベルリンの市内を流れるシュプレー川には、様々な会社による遊覧クルーズが存在します。 そして乗船場所もすべて違います。
投稿日 2018年12月04日
総合評価:4.0
事前にキチンと調べておいた方が良かったのですが、2種のシティカードによって割引が適用になる会社も異なります。
私たちが購入していたベルリンシティカードでは、Anlegestelle Zeughaus の遊覧クルーズの割引は適用されませんでした。
現金で払ってレシートが無かったからいくらだったか忘れました。
確か一人15ユーロだったかな?
ちなみに、以下の4社がベルリンウェルカムカードでの割引対象でした。
25% BWSG ? Berliner Wassersport und Service GmbH & Co. Betriebs KG
28% Exclusiv Yachtcharter +Schiffahrtsgesellschaft
25% Reederei Bruno Winkler
25% Reederei Riedel
25% Stern und Kreisschiffahrt- 旅行時期
- 2018年07月
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投稿日 2018年12月04日
総合評価:4.0
古代ローマ帝国からフランク王国、プロイセン、宗教改革、30年戦争からナポレオン戦争、ドイツ帝国、ワイマール共和国、第3帝国、東西ドイツ、ドイツ統一など、ドイツの歴史を1,500年にわたり展示しています。
私の受験は世界史であったため(家内は日本史)、古い記憶を思い出しながら(ほとんど忘れていますが)興味深く拝見しました。
ワーテルローの戦い、ナポレオンの帽子やペストマスク等の写真を撮った記憶があるのですが、何故かデータが残っていません。
又、撮った写真の一つ一つが何であったか?
イヤフォンガイドを聴いていたときは理解していたのですが、今となると
「???」
ドイツの歴史の中では、宗教改革から30年戦争、ウィーン体制までが好きな時代であるため、今のドイツの基礎が形成される時代を興味深く拝見しました。- 旅行時期
- 2018年07月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
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投稿日 2018年12月04日
総合評価:3.5
フランスドームとドイツドームと言う2つの大聖堂とコンチェルトハウスと言うコンサートホールに囲まれた広場です。
ジェンダルメンマルクト一帯には入れません。
この時、作業をしている方に伺って判りました。
ここジェンダルメンマルクトでサッカーW杯のパブリックビューイングが見れたようです。
数多くの方々がドイツ代表チームを応援していたのでしょうが、優勝候補であったドイツ代表チームはなんと予選で敗退してしまったため、パブリックビューイング会場を解体しているようです。- 旅行時期
- 2018年07月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
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投稿日 2018年12月04日
総合評価:3.5
1963年に建てられたカトリック教会です。
ベルリンでカトリック教会は珍しいですね。
聖堂に入ると正面と地下に祭壇があることが判ります。
この聖堂ではコンサートが開催されます。
パイプオルガンのコンサートだけでなく、オーケストラのコンサートも行われます。
音響効果も良いからでしょう。
数多くのクラシックの録音が行われています。- 旅行時期
- 2018年07月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
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投稿日 2018年12月03日
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投稿日 2018年12月03日
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ユダヤ人犠牲者の鎮魂のために建てらたホロコースト記念碑とも言われている施設です。
投稿日 2018年12月03日
虐殺されたヨーロッパのユダヤ人のための記念碑 (ホロコースト記念碑) ベルリン
総合評価:3.5
2005年5月12日、整然と並ぶコンクリート製の石碑2,711基が公開されました。
ユダヤ人犠牲者の鎮魂のために建てられました。
大都会のど真ん中にあるのですが、ここだけは静寂で特別な雰囲気があります。
足を石碑の載せているアジア系の旅行者の団体がいたのですが、地元のお年寄りたちが注意していました。
鎮魂の場です。- 旅行時期
- 2018年07月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
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投稿日 2018年12月03日
総合評価:3.0
夫婦二人でローカルバスでダウンタウンに出て、プラプラ歩いているときに議事堂にたどり着きました。
国会議事堂は1,894年 年に完成したドイツ帝国時代に使用されていたものです。
建物はネオ・ルネッサンス様式です。
ナチスによって放火されたり、イギリス軍によって空爆されたり、ロシア軍によって襲撃されたり、辛い経験を持った国会議事堂です。
1,990年に東西ドイツが統一されてから、ドイツ議会は再びここで開かれるようになりました。
1,999年に修復工事が行われ、ガラス張りのドーム屋根を持った議事堂として生まれ変わりました。真ん中の上にちらっと見えるのがドームです。- 旅行時期
- 2018年07月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
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投稿日 2018年12月03日
総合評価:3.5
元々ベルリンは城郭都市で、ぐるっと塀に囲まれた街でしたが、争いが減り軍事的要素が必要なくなると、1,734年、14か所に関税門が造られ、通行する物資に税金が課せられました。
門の先にある地域の名前から門の名前が付けられ、ブランデンブルグ門も例外ではありませんでした。
1788年から1791年にかけて、平和の勝利を記念する「平和門」建造されました。
しかし完成直後にナポレオンによりベルリンは征服されブランデンブルク門のヴィクトリア像はフランスへ戦利品として持ち去られました。その後のナポレオン戦争によりプロイセン軍がパリを占領すると、ヴィクトリア像は門の上に戻されました。門は凱旋門となり、門のあるカレ広場はパリ広場に改名され、ヴィクトリアの持つ杖には勝利を記念して鉄十字紋章が取り付けられました。
第二次世界大戦後は旧東西ベルリンの境界に位置し、現在は東西ドイツ統合の象徴とされています。- 旅行時期
- 2018年07月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
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投稿日 2018年12月03日
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投稿日 2018年12月03日
acom-Hotel Berlin Kurfürstendamm ベルリン
総合評価:3.0
入口からいきなり階段!
2階にはロビーとフロントとバーがあります。
フロントのスタッフは皆英語が堪能で親切でした。
丁度、サッカーのワールドカップ開催中で、夜はここのバーで観戦しながら夫婦で飲んでました。
2階からはエレベーターがあります。
朝食はビュッフェ形式で標準的です。- 旅行時期
- 2018年07月
- 利用目的
- 観光
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 1人1泊予算
- 5,000円 未満
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投稿日 2018年12月03日
総合評価:3.5
この駅の近くのホテルを予約していたため利用しました。
国際列車でベルリンに着き。Sバーンでベルリン動物園駅 (ツォー駅) にやってきました。
この駅にはSバーンだけでなく。Uバーンも2路線あります。
帰国時、空港に行くのもここ発のエアポートバスを利用しました。- 旅行時期
- 2018年07月













































































































































