nichiさんのクチコミ(28ページ)全2,189件
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投稿日 2022年08月09日
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投稿日 2022年08月09日
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越中五箇山の相倉地区のど真ん中にある合奏づくりのお茶屋さんです。
投稿日 2022年08月04日
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投稿日 2022年08月04日
総合評価:4.5
入場料は300円。
合掌の暮らしがよくわかります。
入ってすぐの部屋ではモニターで相倉合掌造り集落の紹介映像が流れていました。
これ、分かりやすかったです。
合掌造りの集落は、岐阜、富山県境の秘境といわれた深山の孤村で、江戸時代から相互扶助による自給自足の生活を営んでいました。
しかし、今から約50年前に、離村し消滅した合掌造り集落がありました。
また、ダム建設によって水没した合掌造り集落も。。
この事実に危機感を持った岐阜の白川郷と富山の五箇山は、いかにこの合掌造り集落を守るか?
ココから苦労が始まり、なんと1995年に世界遺産に認定されたわけです。
ざっくりですが、こんな内容の映像でした。
雪深い五箇山ならではの多くの民具が展示されていました。
急階段を上がった2階はココは養蚕が行われたところ。
豪雪の時はココから出入りもしていたようです。
合掌造りの骨組みや内部構造を間近に見ることができます。
角度60度の合掌型で、真ん中に柱がありません。
釘を一本も使っていない合掌建築です。- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
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投稿日 2022年08月04日
総合評価:5.0
越中五箇山相倉地区の真ん中にある民宿です。
合掌造りのお宿に泊まるのは初めてでしたが、貴重な体験をさせていただきました。
ご主人も奥様も素敵な人柄で、和やかに一晩過ごすことができました。
相倉地区は集落内には車で入れませんが、住民と宿泊者は入ることができます。
囲炉裏に案内されます。
ココで手続き。
昔は家族が囲炉裏を囲んでいたんですね。
おおきなケヤキの一枚戸で囲まれているお部屋です。
私たちの部屋は、囲炉裏の隣の隣の部屋。
部屋にカギはありません。
すでにお布団が敷かれています。
ちなみにお風呂は普通のユニットバス。
五右衛門風呂を期待しちゃいましたが、普段の生活では不便ですもんね。
囲炉裏に岩魚の串が4本刺さりました。
これから長時間かけて、じっくり囲炉裏で焼くんですね。
いや~
素敵です!
火の入った囲炉裏に座ったことあるけど、お魚を生から焼くのは初めてです。
ご主人に様々なお話を伺いました。
世界遺産認定に向けての度重なる菅沼集落との話し合い、南砺市の教育委員会や文化庁との話し合い。
そして世界遺産認定後、色々生活も変わったようです。
観光客が増えて、今までなかった問題が発生したり、建物に不都合が生じ、修繕しようにも、申請が必要で許可が下りるまで時間がかかるとか。。。
テーマパークのパビリオンと勘違いして、ガラッとドアを開けて入ってきちゃう外国人もいたとか。。。
屋根の葺き替えは約30年~40年に一度行われます。
昔は結(ゆい)という金銭の授受を伴わない相互扶助の関係の近所の組織で屋根の葺き替えを行っていたそうですが、高齢化によってその結の存在もなくなってしまったそうです。
ご主人は葺き替えの技術をお持ちで、前回は息子さんと共に行ったそうです。
技術の継承も大変ですね。
ご主人のお話を2時間ほど伺っていたら、夕食に。
囲炉裏で長時間じっくり焼いた岩魚。(頭から戴きました。)
山ウド
アサツキ
コシアブラ、筍、タラの芽、コゴミ、カボチャ、茄子の天ぷら
鯉の洗い(全く臭みがなく、美味しかったです!)
行者ニンニク
根曲竹
三笑楽という地酒も戴きました。 美味!
三笑楽の濁酒生も戴きました。 白く濁ってます。甘くてでも辛くて口当たりが良くて、、、
アルコール度数18度。これも美味!
五箇山豆腐(硬くておいしいです!)
最後にご飯とみそ汁。
お米もお味噌も自家製です。
食後に、地方特有の民族楽器であるこきりこ、まあ一種のパーカッションですね。
ご主人はこれを鳴らしながら、こきりこ節を歌ってくださいました。
いろりを囲んでお食事いただいて、お酒飲んで、お話伺って、こきりこ節をお聞きして。。
こうして五箇山相倉合掌造りの宿の夜は更けていきました。
翌朝も時のものの朝食を囲炉裏を囲んでいただきました。
美味しかった~
リピありですね~- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用目的
- 観光
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 1人1泊予算
- 12,500円未満
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江戸時代から明治中期に合掌の建物が建てられており、現在では20棟現存してます。
投稿日 2022年08月01日
総合評価:5.0
「合掌」は、左右の掌を合わせた腕の形。
言われて(読んで)みて気づきました。
三角形の茅葺屋根は他の地域のかやぶき屋根と全く異なります。
60度もの急勾配になっており、正三角形です。
釘は一切使わず組み立てられています。
広い屋根裏での養蚕や、土間での和紙作り、床下での塩硝作りなど、合掌造りの家は、住処であると同時に仕事場でもありました。
人々の生きる知恵が生んだ合理的な建築なんですね。
昭和10年(1935)に白川郷を訪れたドイツ人建築家ブルーノ・タウトは、「建築学上極めて論理的、合理的である」と称賛し、世界からも注目を集めることとなりました。
300年変わらぬ景色がそこにあり、どこから見ても絵になる素敵な集落でした。- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
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投稿日 2022年08月01日
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そもそも塩硝とは何のこと? 知ってびっくり!この地の塩硝づくりは幕府の目の届かない秘境で300年もの長い間、ひっそりと造られ続け、加賀百万石を支えていたんですね。
投稿日 2022年08月01日
総合評価:4.5
そもそも塩硝とは、火薬の原料です。
ココで造られた塩硝は加賀藩に運ばれ、火縄銃の火薬に加工されました。
400年ほど前から加賀藩の支配下にあった五箇山では、火薬の原料である塩硝づくりが盛んにおこなわれていました。
山深い秘境は、幕府の目を逃れる塩硝づくりの立地条件として好都合。
明治初期まで続けられました。
ヨモギ
ウド
サク
など、このあたりの草木と
養蚕から出る蚕の糞
が原料になるんですね。
塩硝の作り方が記してありましたが、
読んでも良く判らない。。。。
理科系の人は読んですぐにわかるのかな?
私たちは夫婦共に化学はさっぱりわからない。。。
非常に細かく手間がかかる作業であることは判ります。
先ほどの元老を混ぜて窯で煮て、結晶させる。。。。
出来上がった塩硝の納品先は加賀藩です。
でも、行く道中、その通過を嫌がる沿線の村もあったのですね。
加賀藩の金沢まで行くのに2日、8日金沢に詰めて帰りに2日、計12日を要していました。
牛で運んでいたようですが、一人で運ぶときは45㎏持って行ったようです。
重いね~~- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
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投稿日 2022年07月31日
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東海北陸自動車道の五箇山ICから車でスグでした。険しい山々に囲まれた谷間で、密やかに、ゆっくりと、時を重ねて暮らしを営んできた越中五箇山の菅沼合掌集落です。
投稿日 2022年07月31日
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車内でググってて、ここから立山連峰を眺めることができることを知り、寄ってみました。
投稿日 2022年07月31日
総合評価:4.0
北陸自動差車道に入り、流杉PAで休憩
助手席でググっていた家内が、「立山連峰が綺麗に見えるPAみたいよ~」
の一言でココでトイレ休憩。
駐車場は半分以上が県外の車。
横浜ナンバーは他に見なかったけど、品川、世田谷、足立、千葉、大宮。相模 関東勢多し!
と思ったら、大阪、なにわ、京都、和泉、神戸 関西系も多し。
PAの中の撮影場所では、
数人の方々がカメラやスマホを構えています。
つつじの花越しに綺麗に雪化粧した立山連峰を眺めることができました。- 旅行時期
- 2022年05月
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ビックリするぐらいの狭い細い急坂を車で延々上った先にありました。
投稿日 2022年07月26日
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ちっちゃくてさりげなくてビックリ! もっと積極的にアピールしてほしい。
投稿日 2022年07月26日
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小学校の敷地内に石碑があるだけですが、昔に思いを馳せることができました。
投稿日 2022年07月26日
総合評価:3.5
北陸道の交通の要所に造られた平城で、元々は上杉のお城です。
織田信長の家来であった柴田勝家や佐々成政、前田利家といった錚々たる武将が攻めますが、なかなか落城しませんでした。
現代の地図と照らし合わせたお城の図がありました。
かなり大きなお城であったことが判ります。
この大町小学校は魚津城の本丸があったあたりなんですね。
江戸時代に廃城になっていますが、加賀藩の米蔵や武器庫が置かれたり、奉行所や寺院が置かれたり、このあたりの政治・経済の中心として栄えたようです。
今でも周りには、魚津市の合同庁舎や裁判所、法務局などがありました。
すべて魚津城だった場所でしょうね。
魚津城とその城下町の想像図
柴田勝家が魚津城を攻めたた時の想像図
この2つの図が面白かったです。- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
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投稿日 2022年07月24日
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投稿日 2022年07月24日
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投稿日 2022年07月24日
総合評価:3.0
ツインもダブルも満室で予約できませんでしたが、シングルのコネクティングルームという珍しいタイプの部屋に宿泊しました。
普通のシングルタイプの部屋が、中でつながっている不思議な部屋でした。
駐車料金は無料。大浴場がありますが温泉ではありません。
このホテルの面白いのは、21時30分から無料で戴けるラーメン。
21時25分にレストランに行ったら長蛇の列。
先着順でしたが、ギリギリ戴くことができました。
美味しかったです。
朝食はビュッフェ形式ですが、取り分けるタイプではなく、すべて小鉢にすでに取り分けられているものを選択するくタイプ。
コロナ禍、工夫が見られますね。
部屋からは魚津の日本海を眺めることができました。- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用目的
- 観光
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 1人1泊予算
- 7,500円未満
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投稿日 2022年07月22日
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投稿日 2022年07月22日
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滑川の旧市街の中にあります。歴史を感じる佇まいが滑川に残っていました。
投稿日 2022年07月22日
総合評価:4.0
外観が特徴的な旧宮崎酒造。
売薬で財を成して酒造業を営んだ小泉屋のものでした。
その小泉家から宮崎家が購入し、酒造会社を設立しました。
建物は国登録有形文化財に指定されています。
夫婦で建物の外観を撮影していたら、
地元の女性に「こんにちは。どちらからお見えになった?」
と声をかけられました。
私「こんにちは。お邪魔してます。 横浜から参りました。」
地元女性「それはそれは遠いところから。」
家内「素敵な街並みですね~」
地元の女性「この酒屋さんの中、見ていく?」
家内「えっ?よろしいのでしょうか?」
地元女性「いま開けるからちょっと待っててね」
私「ありがとうございます。」
外で待っていると、中からごとごとと音がして戸が開きました。
地元の女性「はいどうぞ」
私&家内「ありがとうございます。お邪魔します。」
入ると大きな土間
右側は大きなお座敷。
イベントで使用するらしく、鯉のぼりと多くの5月人形が置いてありました。
この酒造、平成に入るころまで稼働していたとのこと。
奥には大きな2つのお蔵。
昨年、2階をリノベーションしてカレー屋さんがオープンしたとのことですがこの日はお休み。
何時までも残してほしい素敵な建物です。
地元女性に丁寧にお礼を申し上げ、失礼しました。- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)














































































































































