万歩計さんのクチコミ(31ページ)全1,036件
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投稿日 2021年12月05日
総合評価:4.5
渋谷道玄坂の近く、雑居ビルや飲食店がひしめく「しぶや百軒店(ひゃっけんだな)」の狭い通りにある歴史的名曲喫茶。昭和元年創業で太平洋戦争で一時中断したものの、現在も100年近い歴史を経て営業している。
建物は外観内装とも古色蒼然とし、ヨーロッパの古いサロンを思わせる。前面の壁一面を占めるスピーカーから流れてくる曲は全てクラシックでリクエストも可能。また店独自のプログラムによるレコードコンサートもある。こんな店なので純粋に音楽鑑賞をしたい人が集う。間違ってもおしゃべり目的に訪れないように。
同様な名曲喫茶は京都出町柳に「柳月堂」がある。- 旅行時期
- 2000年11月
- 一人当たり予算
- 1,000円未満
- 利用形態
- その他
- アクセス:
- 5.0
- コストパフォーマンス:
- 4.5
- 雰囲気:
- 4.5
- 観光客向け度:
- 2.0
-
投稿日 2021年11月26日
総合評価:3.5
宇陀松山の重伝建地区から徒歩25分に場所にあるスーパー銭湯。一帯はレジャー施設が集まり家族で楽しめる。温泉は内風呂、露天風呂、檜風呂、ジャグジーとバラエティに富み、薬の里大宇陀らしく薬湯や薬草サウナもある。泉質はアルカリでヌルヌル感があり、「美人の湯」と謳っている
併設された「お食事処あきの」には入浴と食事がセットになったお得な割引がある。- 旅行時期
- 2021年02月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- 泉質:
- 3.5
- 雰囲気:
- 3.5
-
投稿日 2021年11月26日
総合評価:3.5
江戸時代末期に建てられた薬問屋の旧細川家の住宅で、藤沢薬品工業(現アステラス製薬)創業者の母親の実家。玄関を入ると帳場、後ろの壁に薬種箱と鍾馗さんの彫り物があり、看板商品だった人参五臓圓、天寿丸という腹薬が並べられている。家人の生活空間は豪商の家にふさわしく豪壮で重厚感に溢れている。
面白いのは薬関係の資料と並んで展示されている多種多様な看板類。重厚な漆塗りからホーロー、鉄製まであり、書かれた商品名や社名は今はない懐かしいものから現在も続いているものまで。藤沢薬品工業創業者の実家らしく、屋敷蔵の中に藤沢薬品コーナーがある。- 旅行時期
- 2021年02月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- コストパフォーマンス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- 展示内容:
- 3.5
-
投稿日 2021年11月26日
総合評価:4.0
宇陀松山には江戸後期から昭和初期に建てられた平入の町家が200軒以上残っており、平成18年に重伝建に指定された。古い建物の多くは平行に街を東西に延びる松山通と下町通りに並んでいて、町中を流れる宇陀川と周囲の山々と調和した風景は独特の景観を見せる。
町家で特に目立つのは薬草問屋。大宇陀は古代は「阿騎野(あきの)」と呼ばれ、宮廷の薬猟の地であったことから製薬業が盛んで、安政元年年当時、宇陀松山の薬種業者は50を超えていた。大宇陀歴史文化館「薬の館」や森野旧薬草園では製薬の資料が展示されていて興味深い。- 旅行時期
- 2021年02月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2021年11月26日
総合評価:3.5
明治前期に建てられた旧内藤家住宅が、まちづくりセンター「千軒舎」として観光案内所の役目を果たしている。宇陀松山や街歩きに関するパンフレットが揃っているので、重伝建歩きはここからスタートするとよい。但し駐車スペースがないので、近くの宇陀松山会館(旧松山町役場)の駐車場を利用するとよい。
旧内藤家住宅はかっては薬屋・歯科医院で、外観は昔のままに内部は用途に応じて大胆に改造されている。明り取りの窓を持つ高い天井には竹が使われ、座敷の欄間の透かし彫りが施されるなど往時の豊かさが感じられる。
ここの裏門を出ると宇陀松山城跡に行く道がある。片道1km程度なので合わせて訪れるとよい。- 旅行時期
- 2021年02月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 2.5
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2021年11月26日
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投稿日 2021年11月26日
総合評価:3.0
松山通に面した白壁と木材を使った蔵造りの建物が美しい。久保本家酒造で玄関には酒屋を表す杉玉が下がり、母屋と商店が一体になった大きな建物になっている。銘柄は「初霞」で、店頭には酒と一緒に銘柄を染め抜いたTシャツや前掛けも並んでいる。裏に回ると川越しに酒蔵や米を蒸したと思われる大釜が並び、風情ある風景である。
- 旅行時期
- 2021年02月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
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投稿日 2021年11月26日
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投稿日 2021年10月30日
総合評価:4.5
有名なプティット・ヴェニーズの橋から屋内市場にかけて、運河に沿ってカラフルな木組みの家並が続く。魚市場河岸通りと呼ばれ昔は川漁師たちが住んでいたが、今はお洒落なレストランやカフェが並んでいる。プチトランはここで10分停車しするので好きなアングルで写真を撮れる。
春、夏、クリスマスの時期と3度訪れた。春から夏にかけては溢れるような花々、クリスマス時期は華やかなライトアップとプロジェクションマッピングが楽しめる。- 旅行時期
- 2013年06月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 4.5
- 景観:
- 4.5
- 人混みの少なさ:
- 3.0
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投稿日 2021年10月30日
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投稿日 2021年10月30日
総合評価:4.5
門から入ると中庭を取り囲む建物の美しさに先ず驚嘆する。うわぐすりで色付けされたモザイク瓦屋根はもう芸術品。
オテル・デューはブルゴーニュ公国の宰相だたニコラ・ロランと彼の妻が創設した施療院で、貧しい人々に無料で医療を施した。「貧しき者の間」と呼ばれる大病棟にはカーテンで仕切られた白いシーツに紅いカバーの掛かったベッドが並んで、病人の世話をする修道女の像や絵がある。貴族やブルジョワ階級の人も入院する特別室もあり、ここは絵画やタペストリー等が飾られ豪華。
建物外観も内部展示も美術館並みで素晴らしかった。- 旅行時期
- 2013年06月
- 利用した際の同行者
- 友人
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- 展示内容:
- 4.5
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投稿日 2021年09月09日
ポン デュ ガール (ローマの水道橋) ヴェール=ポン=デュ=ガル
総合評価:4.5
ポン・デュ・ガールは2000年前に、ニームに水を供給するために建設され水道の中のガルドン川にかかる石橋である。美しい三重のアーチ構造で、長さ275m、高さ49m、セメントなどの接着剤を用いず、石の重みだけで2000年間壊れることもなく美しい姿を保っている。
最上部に登るとの水路に登ると寸分違わぬ石の構造を見ることが出来る。水源地から街までの高低差はたった17m、1kmあたり34cmという微妙な勾配が付けて、これで1日2万m3の水を供給した古代ローマ人の建築、土木技術に只々驚嘆。- 旅行時期
- 2013年06月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- コストパフォーマンス:
- 5.0
- 展示内容:
- 4.0
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投稿日 2021年09月09日
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投稿日 2021年09月09日
総合評価:4.0
巨大な法王庁宮殿が建つ広場で、アヴィニョンの観光名所はすべてここから400m以内にある。目の前に建つ法王庁宮殿は壁の高さ50m、総面積は15000m2とヨーロッパ最大級のゴシック様式の建物。この宮殿の横の坂を登っていくとロシェ・デ・ドン公園があり、ここからサン・ベネゼ橋を見下ろすことが出来る。また南に行くと市庁舎のある時計台広場に続いている。いずれも徒歩で十分な距離だが、法王庁広場から出発するプチトランに乗ると城壁の外から城壁内の旧市街の路地を巡ることが出来る。
- 旅行時期
- 2013年06月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 4.0
- 景観:
- 4.0
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投稿日 2021年09月05日
総合評価:3.0
レピュブリック広場から南西に少し歩くと、かって精神を病んだゴッホが耳を切り落として入院した精神病院の跡地で、現在は総合文化センターが建っている。この文化センターは中央に噴水を持つ放射状の庭園と黄色いアーチの回廊を持つ建物があり、ゴッホが描いた「アルルの療養所の庭」の風景が再現されている。
- 旅行時期
- 2013年06月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- 展示内容:
- 3.0
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投稿日 2021年09月05日
総合評価:3.5
円形闘技場から市庁舎のあるレピュブリック広場へ行く途中に、ゴッホが「夜のカフェテラス」に描いたカフェが当時のままの姿で営業している。フォーラム広場と呼ばれる小さな広場に面した黄色の建物で、壁に CAFE VAN GOGH の文字が見える。オープンテラスに並ぶテーブルや椅子は絵と同じ赤と白、横にゴッホの絵のレプリカが置かれていている。夜に来たら星が見えるかはともかく、絵の雰囲気をより感じることが出来るかもしれない。
- 旅行時期
- 2013年06月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 利用形態
- その他
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投稿日 2021年09月05日
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投稿日 2021年09月05日
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投稿日 2021年09月05日
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投稿日 2021年08月30日
総合評価:4.0
中世に南フランス最強と言われたボー一族が建てた城塞跡で、1632年にルイ13世の宰相リシュリューにより破壊された後は風雨に曝されたまま廃墟になっている。城塞は岩の多い地形を利用して半穴居式で造られ、最盛期には3つの塔、鳩舎、礼拝堂、慈善病院などがあったという。今は塔の跡や穴倉だけが残り、周囲に咲くラベンダーの花を見ていると有名な芭蕉の句が浮かんでくる。城跡と麓の小さな旧市街、それを取り巻く石灰岩の岩山の風景はとても美しい。
- 旅行時期
- 2013年06月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- 展示内容:
- 4.0





































































































