万歩計さんのクチコミ(22ページ)全1,036件
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投稿日 2022年09月14日
総合評価:3.5
国道398号線の湯浜峠近くにある一軒家の秘湯。「ランプの秘湯・三浦旅館」の看板に惹かれて見に行った。駐車場は国道の脇にあり、ここから一迫川の河原まで約7分、急坂を下りていく。途中には山から流れる美しい渓流をあちこちで見ることが出来る。川原近くまで下りていくと小さな露天風呂があり、その先に山小屋風の小さな建物が建っている。部屋数は数室と思われ小さな菜園があった。山に囲まれ聞こえるのは鳥のさえずりと川の音だけ、といったまさに秘湯。
- 旅行時期
- 2021年10月
- 利用目的
- 観光
- アクセス:
- 2.5
-
投稿日 2022年09月14日
総合評価:4.0
皆瀬川最上流の山間にある一軒宿で「日本秘湯を守る会」の会員宿。小安峡や栗駒山の須川高原も近い。
人気の宿で秋の紅葉シーズンは一人宿泊を受け付けていないため立寄り湯で利用した。屋根付きの通路を下りていくと川原近くに雰囲気のある湯小屋が並ぶ。温泉は露天風呂の他に小さな内湯と蒸し風呂がある。山と川に面して開けているので開放的、大自然の中で温泉が楽しめる。源泉は露天風呂のすぐ近くにあり源泉温度は98℃、湧出量は毎分980リットルと豊富。有り余る湯は河原や川中にも湧出しており夏場は川も適温になるらしい。- 旅行時期
- 2021年10月
- 利用目的
- 観光
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- 風呂:
- 4.0
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投稿日 2022年09月14日
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投稿日 2022年09月14日
総合評価:3.5
国道398号線沿いの宮城、秋田の県境近くの山間にある一軒家の秘湯。かっては「日本秘湯を守る会」の宿で、大正から昭和にかけて造られた風情ある木造の旧館を使って営業していた。しかし2008年の「岩手宮城内陸地震」と2011年の「東日本大震災」で大きな被害を受け、復旧のめどが立たず長らく休館していた。しかし2018年から地元の若者を中心に復興プロジェクト「花湯湧人」がスタートし、2020年に再開にこぎつけた。
昔の湯治場然とした面影はないが復旧した旧舘には昔の部材があちこちに使われている。温泉ナトリウムー塩化物泉、源泉温度64.4℃、源泉かけ流し。岩風呂の内湯がほぼ昔の姿で復旧しているが、露天風呂はこの時点では再開されていなかった。料理も品数が多く満足。
運営は若い人が行っており、「薬膳とヨガ行法の宿泊プラン」など新しい取り組みも行っている。- 旅行時期
- 2021年10月
- 利用目的
- 観光
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 1人1泊予算
- 12,500円未満
- アクセス:
- 2.5
- コストパフォーマンス:
- 3.0
- 客室:
- 3.5
- 接客対応:
- 3.5
- 風呂:
- 3.5
- 食事・ドリンク:
- 3.5
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投稿日 2022年09月10日
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投稿日 2022年09月10日
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投稿日 2022年09月10日
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投稿日 2022年09月10日
総合評価:2.5
毛越寺は特別史跡、特別名勝、世界遺産と3つの顔がある。しかし奥州藤原氏滅亡後は度重なる災禍に遭い殆どの建物が焼失し、現在の建物は後世に再建されたもの。浄土庭園も池以外は再建された堂宇や基礎の遺構が残るだけ。入場料700円と有料駐車場を考えるとコスパは今一つ。
山門を入って本堂に向かう途中の少し奥まった場所に、新渡戸稲造が英訳した芭蕉の句碑がある。
「夏草や 兵どもが 夢の跡」
「The summer grass
'Tis all that's left
Of ancient warriors' dreams. 」- 旅行時期
- 2021年10月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 2.5
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投稿日 2022年09月10日
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投稿日 2022年09月10日
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投稿日 2022年09月10日
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投稿日 2022年09月10日
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投稿日 2022年09月02日
総合評価:4.5
夏油温泉・元湯夏油は県道「夏油高原いでゆライン」の最奥にある一軒家の温泉。公共交通機関はないがJR北上駅から1日1便の無料送迎バスがある。車の場合最後の2~3kmは道幅が狭いがさほど心配はない。紅葉の時期はあちこちにフォトスポットがある。
旅館は旅館部、湯治部を合わせて110室、収容人数は400人と規模は大きいが建物は古い。特に湯治部の建物は廃屋然としていているが、昔の湯治場風景がそのまま残り味わい深い。
宿泊した湯治部「夏油館」は古い2階建てで、8畳の和室に布団、冷蔵庫、水屋があるだけ。TVなしで通信圏外。素泊まり料金3190円で自炊が基本だが、別料金で簡単な定食を注文することが出来る。熱心なリピーターが、「湯治のルールを守らない輩が多くなって、昔からの湯治客が逃げてしまった。」と嘆いていた。
旅館部も建物は古いが大手旅行社のツアーが訪れていた。豪華なホテルで美味しい御馳走といった定番旅行に飽きた旅好きには、逆にこのレトロさが新鮮に感じられるのだろう。
その一方で温泉は素晴らしい。夏油川に点在する野趣あふれる4つの温泉は全て100%源泉かけ流し。お湯が足元から湧出して大自然を眺めながら入るお湯は最高に気持ちがよい。2か所の内湯は綺麗でお湯が豊富。これら6つのお湯は成分や温度が少しずつ異なる。
- 旅行時期
- 2021年10月
- 利用目的
- 観光
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 1人1泊予算
- 5,000円未満
- アクセス:
- 2.0
- コストパフォーマンス:
- 4.5
- 客室:
- 3.5
- 風呂:
- 5.0
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投稿日 2022年08月23日
総合評価:5.0
南花巻温泉郷の廃校になった小学校を使った私設博物館。照井正勝氏(自称:校長)が二十数年かけて収集した貴重な文化財ともいえる昭和の品々が展示され、その数は何と20万点。これ程充実した昭和の博物館は他に例を見ない。特に60才台、70才台のシニアには涙もののお宝にお目に掛かれる。場所は大沢温泉と鉛温泉のほぼ中間で、本数は少ないがJR花巻駅からバス便がある。大沢温泉と鉛温泉からは徒歩でも行ける。
展示会場は体育館1階の総合展示場と、奥の特別展示場、2階の小部屋を使った商店街がある。特に商店街は昭和30~40年代の映画館、駄菓子屋、レコード店、床屋など17の店舗が再現され、業種ごとに懐かしい「昭和の品々」が山と並んでいる。特設会場は期間ごとにテーマを決めて展示され、訪れた時は電蓄からラジカセまで懐かしい音響機器が並んでいた。
- 旅行時期
- 2021年09月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 2.5
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- 見ごたえ:
- 5.0
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投稿日 2021年08月07日
総合評価:4.0
旅館部と湯治部があり、湯治部に一泊した。湯治棟は学校のような長い廊下の両側に部屋が並び、昭和そのものの和室に入り窓を開ければ下を豊沢川がながれていた。食事はお膳で出され終われば部屋の外に出す、といった病院食のような感じ。御馳走やサービスを求める人には向かないが、胃袋と体を休め誰にも邪魔されずゆっくりした時間を楽しむには理想的。
温泉は4つの源泉があるそうで、日本一深い立ち湯のある白猿の湯が有名。窓に「覗いたら即刻警察に連絡する」旨の貼り紙があった。川に面した桂の湯もよかった。- 旅行時期
- 2016年02月
- 利用目的
- 観光
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 1人1泊予算
- 7,500円未満
- アクセス:
- 3.0
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- 客室:
- 4.0
- 風呂:
- 4.0
- 食事・ドリンク:
- 3.0
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惜しまれながら宿泊営業を終了、現在は博物館「昔ギャラリー・茅」
投稿日 2022年08月18日
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投稿日 2021年08月07日
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投稿日 2022年08月18日
総合評価:4.5
古い湯治宿がすたれていく中で、ここは現代に合った新しい湯治スタイルを提案し成功した旅館である。また宮沢賢治ゆかりの宿で少年時代の賢治の写真があちこちにある。
部屋は6畳和室の1泊寝具付きで基本料金は4650円。これに希望により炬燵などを積み上げる。食事は自炊か併設のレストランを利用する。自炊に必要な食材は持ち込みか売店で購入できるるし、炊事道具は揃っており無料で利用できる。レストランは品数豊富で価格も良心的。洗濯機も用意されており、この気楽さからここで湯治入門をする人が多い。
温泉は源泉が1つで5か所の風呂に供給されている。豊沢川の真上に造られた露天風呂が名物だが、対岸から丸見えで女性にはハードルが高い。主屋は江戸時代末期のものでどっしりとした風格がある。その後順次増築されているため内部は迷路のようになっている。襖だけで仕切られた昔ながらの湯治部屋があり、長い廊下に手拭が干され湯治場雰囲気満点。対岸に南部藩時代の茅葺屋根の「菊水館」があったが、老朽化で宿泊できなくなった。現在は宿の博物館になっている。- 旅行時期
- 2021年10月
- 利用目的
- 観光
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 1人1泊予算
- 7,500円未満
- アクセス:
- 3.5
- コストパフォーマンス:
- 5.0
- 客室:
- 3.5
- 接客対応:
- 3.5
- 風呂:
- 4.0
- 食事・ドリンク:
- 4.0
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投稿日 2022年08月16日
総合評価:4.0
筑豊炭田の石炭を若松港に運ぶ目的で九州で2番目の鉄道が直方~若松間に敷設されたのは明治24年。以後若松駅の貨物取扱量は長い間日本一を誇っていた。当時の操車場は東西3km、延べ35万m2と広大なものだったが、今は周囲に住宅等が建ちJR若松駅の南側が跡地広場として残っている。
この敷地後の一角にSL9600型(愛称:クンロク)が静態保存されている。大正6年製で昭和48年に引退するまで筑豊炭田の石炭を運び続け、走行距離は月まで3往復した勘定になるそうだ。引退後50年間、雨曝しのままで置かれており、見事に錆び付いた車体には何とも言えないオーラを感じる。数あるSL展示もここまで錆び付いたものは見たことがない。手を加えることなく錆びて朽ちるまでこのまま置いておくのも、一つの展示ポリシーかもしれない。- 旅行時期
- 2021年09月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2022年08月16日
総合評価:4.0
若松出身の作家日野葦平が愛したという古い昭和を凝縮したような商店街。レトロな時計塔のある小さな広場に面して大正町商店街とゑびす市場の看板がある。広場に面した商店街の入口には海産物専門店と八百屋があるがその先は殆どがシャッターで、結局営業していたのへ4店舗のみ。裏口から見ると生きてるのか死んでるのかわからない。
しかしこの4店舗はしっかり生きている。錆びた柱に「大正町商店街 営業中 皆様のお越しをお待ち申し上げております」の貼紙、アーケードの天井には小さな鯉のぼりを下げるなど必死に存在感をアピールしている。これに応えるように地元の固定客も散見された。
この商店街はいろんな人がブログで紹介しており、レトロファンや廃墟ファンには人気らしい。商品も買わずに無遠慮に写真だけ撮ってきた自分が少し後ろめたかった。
- 旅行時期
- 2021年09月
- 利用した際の同行者
- 一人旅

































































































































