nichiさんのクチコミ(38ページ)全2,220件
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投稿日 2021年02月03日
総合評価:2.5
近いのにあまり訪れる機会が無かった三浦半島。
三浦半島に泊るのは初めてです。
観音崎京急ホテルも初めて。
部屋のバルコニーから見える景色は綺麗な東京湾の海が広がっていました。
立地は最高のホテルですね。
ビックリしたのは温浴施設である「SPASSO」へのアプローチ。
これは何とかならないのかな~~?
このホテル、隣接した「SPASSO」と言う温浴施設があります。
そこに行くにはなんとレストランの中を通っていきます。
これがものすごく嫌でした。
で、レストランから一度建物の外に出てから隣の建物「SPASSO」に行くことになります。
私達の食事中、頭を拭きながらレストラン内を宿泊客が歩いている状況でした。
なんでレストランで食事している方々の間を通ってお風呂に行かなきゃいけないの?
レストランの中を通らずにお風呂に行くには、かなり外を遠回りしないといけません。
なんでこんな不便な配棟、設計なんだろう?
宿泊者用の渡り廊下を造ってレストランの中を通らなくて済むようにしてほしいですね。
SPASSOそのものは素敵な温浴施設ですが、残念ながら、宿泊者のことをあまり考えていない施設だと思います。
海側のホテルの外周を歩くことができる遊歩道は素敵でした。
でもリピはないな~~- 旅行時期
- 2020年11月
- 利用目的
- 観光
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 1人1泊予算
- 20,000円未満
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投稿日 2021年02月03日
総合評価:4.0
このお寺は入口が絵になります。
丸い石橋から奥に続く苔のある参道が目に入ります。
絵になるエントランスです。
苔むして高い木々に囲まれた石の階段を登って行くと、山門です。
「寶所在近」と書かれた額が参拝者を迎えてくれます。
「仏を信じ、修行を積めば心の平穏が得られる」と言う意味です。
さらに苔むした素敵な石畳の階段を上がります。
すると個性的な唐門が現われます。
鐘楼門と言う唐門で、2階には、花頭窓という花形の窓と梵鐘が下げられています。
本堂 曇華殿
「どんげでん」と読みます。
本堂の中には、左から「阿弥陀如来・釈迦如来・弥勒如来」。
「過去・現在・ 未来」を表しています。
御庭の奥には書院があります。
大正13年に建てられた茅葺の建物です。
素朴な感じが素敵です。
そのさらに奥には、「やぐら」と言う横穴がいくつかあります。
昔は住まい。
その後は墓所や倉庫として使われました。
大正から昭和は、薪や木炭の置き場でした。- 旅行時期
- 2020年11月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
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投稿日 2021年02月03日
総合評価:4.0
1285年(弘安8年)第9代執権・北条貞時を開基、覚山尼を開山として当寺は建立されたと言われているお寺です。
つまり尼寺でした。
女性から離婚できなかった時代、女人救済の縁切り寺と呼ばれました。
これは明治時代まで600年に渡り引き継がれていました。
井上ひさしの作品に、「東慶寺花だより」と言う小説があります。
江戸時代、女たちが不幸な結婚から逃れるための「駆け込み寺」であったこの東慶寺が舞台になった連作短編集です。
私は井上ひさしの最高傑作だと思っています。
1871年(明治4年)廃仏毀釈の影響により縁切りの寺法は廃止となり、1902年(明治35年)に尼寺の歴史も幕を閉じました。
1905年(明治38年)建長寺と円覚寺によって荒廃していたこの寺は復興しました。- 旅行時期
- 2020年11月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
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ずっと気になっていた古民家レストランですが、期待通りで素晴らしかったです。
投稿日 2021年02月01日
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投稿日 2021年01月29日
総合評価:4.5
鎌倉時代の建長5年(1253年)の創建のお寺です。
拝観料は500円
総門から三門、仏殿、法堂、方丈と奥に向かって一直線に連なって建てられています。
中国の禅宗様式に基づいているようで伽藍配置と言うそうです。
見所満載の建長寺です。
1775年に再建された重要文化財の三門。
樹齢760年のビャクシン。
室町後期の像高が371.5㎝の地蔵菩薩坐像が安置が安置されている仏殿。
雲龍の天井画が見事な法堂。
長い間の改修工事で見事な輝きを取り戻しました唐門。
何度か座禅を組んだことがある方丈。
三門の隣に国宝の鐘があります。
1255年(建長7年)に鋳造されたこの梵鐘です。
「鐘つけば銀杏ちるなり建長寺」
明治28年の秋、夏目漱石がココで詠んだ句です。
正岡子規はこの句を参考に
「柿食へば鐘が鳴るなり法隆寺」
と言う超有名な句を詠んでます。
正岡子規の句の方が有名になってしまいましたね。- 旅行時期
- 2020年11月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
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明月院の歴代の住侍の位牌が祀られている茅葺の小さなお堂です。
投稿日 2021年01月29日
総合評価:3.5
1380年頃に建てられた時は「宗猷堂」と呼ばれていましたが、のちに開山堂と呼ばれるようになりました。
だからは額は「宗猷堂」の表記なんですね。
最明寺の頃からの明月院の歴代の住侍の位牌が祀られているようです- 旅行時期
- 2020年11月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
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「悟りの窓」から奥に見えた庭園に入るために、一人300円 ユニセフに寄付をします。
投稿日 2021年01月29日
総合評価:3.5
後庭園には花菖蒲池があり、6月は花を咲かせ見事な公園になります。
明月院はべつめい「あじさい寺」と言う別名がある通り、アジサイが有名ですが、花菖蒲も見事です。
訪れた時、滝庭は整備中で入ることができませんでしたが、この滝庭は高台になっており、後ろ庭園を広く見下ろすことができます。- 旅行時期
- 2020年11月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
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何度も行ったことがありますが、「悟りの窓」は何度見ても素敵です。
投稿日 2021年01月29日
総合評価:4.5
入館料は一人300円×2名。
アジサイの季節は500円だったかな?
そもそも明月院は、1160年に鎌倉時代の武将・山内首藤 俊通の供養として明月院の前身である明月庵が創建されたところに源があります。
その後、1256年、鎌倉幕府五代執権・北条時頼がこの地に最明寺が建立しました。
この正面の参道は、この最明寺の参道だったわけです。
時頼の子である北条時宗が最明寺を前身に、禅興寺を創建し、その後、関東官領・上杉憲方は寺院を拡大し、塔頭も建てました。
この時、明月庵は明月院となっています。
明治になって、禅興寺は廃寺となり、明月院だけが残りました。
山門に至る坂道はアジサイの時期にはメッチャ混雑するところです。
アジサイ満開の6月下旬に訪れ、入場規制で40分待ったことがあります。
シーズンではないと言え、人がいないのは初めてです。
第二次世界大戦後には物資不足で参道を整備する杭が足らず、代わりにアジサイを植えていったのが有名となって「あじさい寺」とも呼ばれるようになったとのことです。
以前この事実を知った時には夫婦で驚きました。
かなり古くからあったアジサイと思っていたからですね。
何が功を奏するか判りませんね。
方丈にはご本尊である聖観音菩薩坐像が安置されています。
撮影禁止。
方丈の見所は、有名な円窓。
別名「悟りの窓」
悟りや真理、大宇宙などを円形で象徴的に表現しています。
以前はこの円窓があるお座敷に上がることができました。
円窓の奥には庭園が広がっており、季節によって様々な景色を楽しむことができま
す。
この窓は東に向いているので、午前中に訪れるのが光が入ってベスト。
でもこの日は花菖蒲は終わって紅葉はまだと言う中途半端な時期。
雨の日は障子が半分閉まっており、これはこれでまた絵になってカッコいいです。- 旅行時期
- 2020年11月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
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投稿日 2021年01月28日
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投稿日 2021年01月28日
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投稿日 2021年01月28日
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投稿日 2021年01月28日
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投稿日 2021年01月26日
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投稿日 2021年01月26日
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投稿日 2021年01月26日
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投稿日 2021年01月25日
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投稿日 2021年01月25日
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1964年の東京オリンピックでは、カヌー競技の会場になった相模湖
投稿日 2021年01月25日
総合評価:3.5
中央高速を走行中、何度も車窓から見下ろしたことがあった相模湖。
今回はじめて訪れました。
ちょっとひなびた感じで、写真には撮っていませんが、相模湖周辺には、潰れたパチンコ屋やボーリング場、ホテル、喫茶店が廃墟になっていたのが印象的でした。
相模湖公園も昭和のレトロゲームが並んでいるお店か、シャッターが閉まったお店が多く、遊覧船もガラガラで寂しい雰囲気でした。
そんな中、体育会系の学生を中心とした多くの若者が、レガッタの練習中。
多くのボートが湖で練習をしていました。
1964年の東京オリンピックではカヌー競技の会場になった相模湖ですが、
若者たちのカヌーの練習風景を観ると清々しい気持ちになりました。
湖の周囲は約 12km。
山々に囲まれた、自然豊かな人造湖です。
この湖の底にはダム建設によって水没した「旧日連村 勝瀬」が眠っています。
196戸の集落であったとのことです。
この集落の歴史は古く、1501年にはココに村があった記録が残っているそうです。
つまり戦国時代初期ですね。
東京・神奈川方面から甲信越方面への物流の中間点だったため、江戸時代には、荷継問屋、醤油蔵、造酒屋、米殻荒物など、多くの商取引が行われた集落だったようです。
相模湖には遊覧船が運行されています。
その会社の名前が勝瀬観光。
この湖の底に水没した勝瀬村の方々が設立した会社だそうです。
灌漑深いものがあります。
色々な歴史がありますね。。- 旅行時期
- 2020年11月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
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投稿日 2021年01月25日
総合評価:3.5
陣馬山登山の際、1泊しました。
宿に車を停めさせていただき、ココから登山スタート。
約80分で頂上に着きました。
頂上から宿画の下りは約60分でした。
この辺りは「陣馬の湯」と言って、3軒の温泉宿があります。
ココ、陣谷温泉はそのうちの1軒です。
3軒とも陣馬山をはじめとした山歩きの方が宿泊するお宿です。
建物の老朽化は否めず、残念な所もありますが、全体をとして考えると満足できました。
部屋に鍵は無く、トイレは共同です。
部屋は和室に布団を敷いて寝るタイプですが、床の間に冷蔵庫とテレビと言うのが少し残念。
部屋の窓からの景色は自然一杯でなかなか素晴らしい。
温泉は建物の外に出て急階段を下って別棟に行くのですが、檜風呂が御自慢のようで、木の香りをかぎながらゆっくり温泉に浸かることができました。
夕飯は、猪鍋と岩魚が美味しかったです。
日本酒がドンドン進んじゃいます。
朝食はうどんまであってボリューム満点。
1泊2食 13200円×2
はコスパ的にも満足でした。- 旅行時期
- 2020年10月
- 利用目的
- 観光
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 1人1泊予算
- 15,000円未満
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投稿日 2021年01月20日







































































































































































