nichiさんのクチコミ(104ページ)全2,189件
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空港からホテル、ホテルから空港 共に英語が通じるドライバーさんでした。
投稿日 2015年06月20日
総合評価:4.5
深夜空港でタクシー乗車。
ネット情報で、「タクシードライバーはあまり英語が通じない。」と書いてあったので事前にホテル名と住所を書いたメモを渡したら、英語で話しかけてきた。
「仕事か?旅行か?」
「ポルトガルは初めてか?どこに行くつもりか?1日ドライバーとして雇わないか?」
そして途中からはずーっとサッカーの話。
それもポルトガルプロサッカーチームのスポルティング・リスボンの田中順也の話。
彼はフィジカルが強く活躍している話。
容姿端麗でリスボンの女性に人気がある話。
彼が広くリスボン市民に親しまれている話。
を一生懸命説明してくれる。
そして「柏レイソル時代の彼のプレイを見たことがあるか?」との質問。
柏レイソルまで知ってるんだ~!!
日本で私はサッカーはたまにTVで見るが、生で見たことは1回しかない。
それも柏レイソルの試合ではない旨を伝えると、
「信じられない!」
とまで言われました。
私はどちらかと言うと野球観戦の方が好きで、地元横浜ベイスターズファンです。
でもこれを言うと話がややこしくなるので適当にやりすごしました。
でも田中順也がリスボン市民に愛されているなんて、同じ日本人としいて嬉しいですね。
ホテルまで25分 大きな荷物代(2ケ)とチップ含め15ユーロでした。チップは端数切り上げです。帰りもボラれることなく大きな荷物代(3ケ)とチップを含め15ユーロでした。- 旅行時期
- 2015年05月
- 利用目的
- 空港-市内間の移動
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投稿日 2015年06月21日
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投稿日 2015年06月21日
総合評価:4.5
ベレンの塔を見学した後、テージョ川を東に20分歩き到着。
遠くに見えていた「発見のモニュメント」がだんだん近づくにつれ、意外と大きいのにびっくり。事前にガイドブックやネットで見て想像していたものより大きく感じました。
1960年、エンリケ航海王子の没後500年に建てられました。
高さ52メートルの白亜の記念碑で、東側、西側 それぞれに計33人の大航海時代に活躍した偉人像があります。ガイドブックを片手に「これは誰?」なんて一人一人を夫婦で確認してしまいました。
エンリケ航海王子、アフォンソ5世、ヴァスコ・ダ・ガマ、マゼラン、フランシスコ・ザビエル、ルイス・デ・アモインスなど、日本でも有名な方々もいますよ~
展望デッキはエレベーターで上がります。南北に長く狭い展望デッキですが見晴らしはGOODです。- 旅行時期
- 2015年05月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 観光の所要時間
- 1-2時間
-
投稿日 2015年06月20日
総合評価:4.5
リスボンでは何度もお世話になりました。
リスボンカードを購入するまでは、VIVA VIAGEM又は7COLINASを購入して1回乗車分(1.25ユーロ)のみ家内と私で自販機でチャージします。
自販機はポルトガル語ですが、イギリス国旗をタッチすると英語表記に変わります。「ホッ!」
リスボンカードを購入後はバス、トラム、エレベーター全て乗り放題。
勿論ほとんどの施設に入場無料(一部割引)となる便利なカードです。
48時間で31.5ユーロでした。
しかしVIVA VIAGEMや7COLINASもリスボンカードもぺらっぺらの紙なんです。それが東京のパスモのようにキチンと電子マネーの機能を果たしているのです。
購入時は「これで大丈夫?」と思いますが、自動改札の読み取り機にかざすと「ピッ!」と鳴ってゲートが開き、またまた「ホッ!」
時間に正確、そして清潔。
市民の足でありながら、旅行者にとっても非常に便利です。- 旅行時期
- 2015年05月
- 利用目的
- 市内・近距離
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投稿日 2015年06月20日
総合評価:4.0
ポルトから列車で3時間。
サンタ アポローニア駅 に着きました。
国際列車が到着する駅でもあるのに意外と小さな駅です。
建物は古いですが、カフェやコンビニもあります。
ポルトカードはここでは売ってません。
地下には地下鉄の駅もあります。- 旅行時期
- 2015年05月
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投稿日 2015年06月16日
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投稿日 2015年05月23日
ペスターナ パラシオ ド フレイショ ポザーダ&ナショナル モニュメント ポルト
総合評価:5.0
今回の旅行の目的の一つがポルトガルのポウサーダに泊まること。
実現することができました。
ベルギーでもお城に泊まったことがありますが、古き宮殿やお城を保存する為に国営ホテルにして保存するヨーロッパならではのこの手法は素晴らしいと思います。
しかし、ほとんどが街から離れていて不便な場所が多い中、「ポウサダ ド ポルト パラシオ ド フレイショ」はポルトの街中から比較的に近くて良かったです。
それでも歩ける距離ではないので、ポルトカンパニャン駅からタクシーで15分ぐらいでしたが、、、
ここは18世紀に建てられたフレイショ宮殿。
ロビーやレストラン、レセプションホールがあるメイン棟と製粉工場であった場所を改造した宿泊棟に分かれます。
さすが元貴族の館です。
メイン棟と宿泊棟は連絡通路で繋がっており、その連絡通路もお洒落です。
夕食のレストランのドレスコードはTシャツ不可だけ。
でも、欧米の皆さまお洒落してきます。
上下白のスーツを纏ったサングラス姿の中国人には驚きましたが、GパンにTシャツ姿で現れた日本人の10名ぐらいのツアーグループは、同じ日本人として恥ずかしい想いをしました。
ツアー参加者に責任は無く、むしろガイドのミスだと思います。
ネクタイまでの必要はありませんが、ポロシャツぐらいで全く問題ないと思います。
私たちの隣の席のフランス人ご夫婦は日本人の団体を見て嫌な顔をしていました。
そもそも団体客を受け入れていないと聞いていたこのホテルですが、そうでもないようです。団体ツアーで訪れても全く問題ないのですが、マナーだけは守ってほしいと思います。- 旅行時期
- 2015年05月
- 利用目的
- 観光
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 1人1泊予算
- 30,000円 未満
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投稿日 2015年06月17日
総合評価:4.5
中を見学するには受付でツアーに申し込まなくてはいけません。
私たちはポルトガル語もフランス語もスペイン語も判らないので、16時30分の英語ツアーに申し込みました。
予約時間の10分前に戻ってきたら、受付が始まっていました。その後暫く入口で待たされ、いよいよ英語ガイドツアースタート。
事前のネット情報では撮影不可だと認識していましたが、ガイドツアーではノ-フラシュであればOKとのことでした。
ガイドさんに教えてもらいながらの撮影になりました。
同じグループは20人ほど。日本人は私たち2人だけですが、皆さん撮影OKと聞いてあわててバッグからカメラを出しています。
中は見ごたえがありました。
火災で焼失した修道院の跡地に1834年、ポルト商業組合として建てられました。
「ボルサ」とはポルトガル語で「株」という意味だそうです。- 旅行時期
- 2015年05月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 観光の所要時間
- 1-2時間
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投稿日 2015年06月18日
総合評価:1.5
ファドはリスボンで行きたいので、男性ファドのコインブラファドを聞くために伺いました。
電話で予約したらキチンと英語が通じ、礼儀も正しかったです。
21時30分に行きました。
古い教会を改装したコインブラ・ファドが聞けるライブハウスです。
入ったらもう満席。
全部で50人ぐらいかな?
予約しておいて良かったです。
おそらくほとんどが旅行者です。
日本人は、OL風の女性3人組が1組と私たちのようなシニア夫婦らしき方々1組がいらっしゃいました。。
中は撮影はOKだったものの、確認したらブログにアップすることはNG.
2人のギター奏者と1人の歌手。全員男性です。
9時50分演奏スタート。
2ステージでビールとワインを数杯づつ戴きました。
古い教会を改装したライブハウスは雰囲気も良く、感じがいいライブハウスでした。ギターもなかなか雰囲気もあり、いい感じです。
しかし、ボーカルが入ったら「?」
これは好みの問題だと思いますが、私たちには満足できるものではありませんでした。
リスボンで聞いた男女数名のファドの方が数倍良かったです。
23時過ぎにライブハウスを出ましたが、演奏は2時まで続くらしいです。
23時ぐらいからお客さんが入れ替わり始め、地元の方々が入り始めました。
な~るほど。22時ぐらいは観光客。深夜になれば地元の方。という客層なんですね。- 旅行時期
- 2015年05月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人当たり予算
- 2,000円未満
- 利用形態
- その他
- アクセス:
- 2.0
- コストパフォーマンス:
- 1.5
- 雰囲気:
- 4.5
- 料理・味:
- 3.5
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旧校舎の図書館、帽子の間は一見の価値あり。バルコニーから街を見下ろす景色もGOOD!
投稿日 2015年06月18日
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投稿日 2015年06月18日
総合評価:4.0
丘を登っていくと小さな広場に出ました。
その広場の真ん中に旧カテドラルがあります。
1162年にエンリケスによって建てられました。
レコンキスタ終結まで要塞としての役割も担っていたそうです。
流石に外観も頑強な感じですね。- 旅行時期
- 2015年05月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 観光の所要時間
- 1-2時間
-
投稿日 2015年06月17日
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美味しかった~ 早い時間は旅行客、遅い時間は地元客で賑わいます。
投稿日 2015年06月15日
総合評価:4.5
コインブラの伝統料理が食べれる人気店なので、夕方、コインブラ大学を出るときに予約の電話を入れたのですが、全く英語が通じず断念!
だいじょうぶかな~?
19時30分、入ったらまだ半分ぐらいしか席は埋まってませんでした。
入れてよかった。
メニューは英語メニューがあります。
頼みもしないのにオリーブ、パテ、パン、チーズ、蛸のマリネ。
美味しそうな前菜が頼んでもいないのにテーブルに並びます。
これはポルトガルどこでも一緒です。勿論全て有料。
食べたいもの以外は手を付けず、すぐに「ノン オブリガード」と言ってさげてもらいます。事前のフォートラベルにおける知識です。
私たちは、オリーブだけ取って、あとは下げてもらいました。
そしてPLANALTOという辛口の白ワインをハーフボトルで頼みました。
食事は、「バカリャウのオーブン焼き」つまり干しタラのオーブン焼きです。
これは茹でたポテトと戴きます。
そして「カルネ・デ・ポルコ・ア・アレンテ・ジャーナ」です。
豚肉とアサリを白ワインと香草とニンニクで炒めたもの。
何故かフライドポテトが入っているが、意外と合う!
どれもすごく美味しかったです。
ワインももう一本飲んじゃいました。
21時にレストランを出ましたが、地元の方で満席でした。- 旅行時期
- 2015年05月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人当たり予算
- 3,000円未満
- 利用形態
- ディナー
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投稿日 2015年06月14日
総合評価:4.5
夕方にリスボンからハイヤーで様々な街を巡ってもらい、コインブラに着きました。
ここでホテルにチェックイン。
最初に訪れた教会がサンタ・クルス修道院のお御堂です。
ちょうどごミサの真っ最中でした。
お御堂に壁には多数にコインブラが、、、
祭壇の両側にあるアフォンソ王とその息子サンショ1世の墓まではさすがにごミサ中では行くことができず。
ローマ時代の土台の上に建てられた16世紀建造の教会&修道院です。- 旅行時期
- 2015年05月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 観光の所要時間
- 1-2時間
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投稿日 2015年05月23日
総合評価:4.5
旧市街から少々離れており、国鉄の駅からも遠い。かといってタクシーに乗る距離でもないです。
坂の多いコインブラだけど、駅までフラットなのは荷物を引くのに楽で良かったです。
スタッフが皆笑顔で気持ちのいいホテルでした。
朝食は美味!
様々な種類のタルトはお勧め。
チェックアウト時に気づいたのですが、圧倒的にビジネス利用が多いホテルでした。- 旅行時期
- 2015年05月
- 利用目的
- 観光
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 1人1泊予算
- 10,000円 未満
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投稿日 2015年06月14日
総合評価:4.5
ハイヤーを降りて数分歩くと、バジリカ方面と三位一体教会方面が現れます。
ファティマ方面は大きな広場になっており、年に数回30万人のカトリック信者が集まるごミサが行われます。
世界中からカトリック信者が集まるようです。
ファティマの奇跡とは?
1917年5月13日(第一次世界大戦中)、羊の番をしていた7才〜9才の3人の子供たちの前に聖母マリアが現れました。
これから5ケ月間、毎月同じ日時に現れることを告げて消えました。しかし毎月同じ日時に現れた聖母マリアを、3人の子供たちだけにしか見ることができませんでした。5ケ月目の10月13日には7万人もの人々が集まったようです。聖母マリアは3つの予言を告げました。
?第一次世界大戦の終結。しかし罪を悔い改めないと、さらに大きな大戦がおこること。→第二次世界大戦
?地獄は神話ではなく実在し、そこは全ての人が死後行く可能性のあるところで、入ったが最後、二度と出ることはできない。3人の子供たちはその光景を見た。
?1960年になったら公開するようにお告げ内容は明らかにされなかった。予言は教皇暗殺の危機だったとされ、実際にヨハネ・パウロ2世は、1981年5月13日暗殺未遂に合う。- 旅行時期
- 2015年05月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 観光の所要時間
- 1-2時間
-
リスボンからコインブラまでハイヤーをチャーターして、途中いくつかの街に寄りました。
投稿日 2015年06月13日
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投稿日 2015年06月13日
総合評価:4.5
1153年から1222年までかけて建てられた修道院。
最盛期には1000人の修道士がいらしたらしいです。
修道士は自給自足で、周辺の荒れた土地を農地に変えました。
ここにはペドロとイネス悲恋話があります。
カスティーリャ王国の婿養子ペドロ王子は、侍女のイネスに恋をする。義父である王は怒るが、イネスを側室として認める。しかし王と家臣によってイネスは暗殺される。王の死後、ペドロ王子が次の王になり、イネスの暗殺に関わったものを処刑。イネスの遺体を墓から掘り起こし、正妻として教会に承認させたという哀しいお話があります。
この墓はそのペドロ王の墓。
死後に結婚ね~~
かなりの愛の深さです。- 旅行時期
- 2015年05月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 観光の所要時間
- 1-2時間
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投稿日 2015年06月13日
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投稿日 2015年06月13日























































































































































