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jijidarumaさんのクチコミ(20ページ)全662件

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  • ツェレ:ボーマン博物館はニーダーザクセン州最大の文化史博物館である。

    投稿日 2020年06月02日

    ボーマン博物館 ツェレ

    総合評価:4.5

    <2019年ドイツの初秋:メルヘン街道と木組み建築街道の旅>
    期間:2019年9月18日(水)~10月03日 (木)
    (14泊+機中1泊=15泊16日間の旅)

    9月26日(木) 0km、(前半609km)、晴れのち曇り、13℃~18℃

    Bomann-Museumボーマン博物館:Schlossplatz 7   
    10:45~13:00
    http://www.bomann-museum.de/
    開館時間:火~日11時から17時。入場券:大人Euro8。

    ツェレ城の向かい側にあるボーマン博物館はニーダーザクセン州の民俗学、
    州とツェレの歴史、そしてかつてのハノーファー王国の歴史などの博物館
    として1892年に開設されたもので、ニーダーザクセン州最大の文化史博物館
    の一つと云われている。
    館内には古代から現代、農業・工業・軍事の歴史、特別展示室のタンジー・
    ミニチュアコレクション、栄誉の間、民族衣装などが展示されている。 

    3階建ての郷土博物館だけに雑多と思える展示が並ぶ。
    いつものように一番上のDachgeschoss屋根裏階から見た。

    多岐にわたる詳細はHPや、関連旅行記をご参照下さい。

    ・・・・・

    旅行時期
    2019年09月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦(シニア)
    観光の所要時間
    1-2時間
    アクセス:
    4.5
    コストパフォーマンス:
    4.5
    人混みの少なさ:
    4.5
    展示内容:
    4.5

  • ツェレ観光のスタートはこの観光案内所から始まる。

    投稿日 2020年06月01日

    観光案内所 (ツェレ) ツェレ

    総合評価:4.0

    2019年ドイツの初秋:メルヘン街道と木組み建築街道の旅
    期間:2019年9月18日(水)~10月03日 (木)
    (14泊+機中1泊=15泊16日間の旅)

    9月25日(水) 124km、 雨上がり曇りのち晴れ、13℃~18℃

    <Celleツェレ>
    ツェレはニーダーザクセン州に属する中都市、人口は約7万人。
    ヴェーザー川の支流Allerアラー川(全長263km)が町を流れる。
    「北ドイツの真珠」と呼ばれ、ルネサンスとバロック様式のツェレ宮殿と、絵のように美しい旧市街に400もの木組みの家並みが残り、その景観は素晴らしい。
    ニーダーザクセン州の州都ハノーファーはツェレから南西に40kmの距離、ヒルデスハイムは南に60 km、ハンブルクは北に120 kmの距離にある。

    Alte Rathaus旧市庁舎と観光案内所: 

    旧市街の中心にあり、木組みの家並みを通っていれば、どの通りを歩いても何となくこの市庁舎建物の前に立つことになるから、便利で目立つのだ。
    ツェレ観光の目玉であるツェレ宮殿やボーマン博物館とはここから数分の距離だ。

    現在は一階正面に観光案内所が入っている。スタッフは皆親切で必要な資料や情報はここで得ることができる。

    尚、観光案内所の入り口左右にPrangersaeule罪人さらし台(支柱)が首輪付きで立っている。かつて庁舎1階に裁判所があり、そこで使用していたものと云う。

    ・・・・・

    旅行時期
    2019年09月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦(シニア)
    観光の所要時間
    1-2時間
    アクセス:
    4.0
    景観:
    4.0
    人混みの少なさ:
    3.0

  • ハン・ミュンデン:旧市街のLangeランゲ(長い)通りには木組みの家並みが続く。

    投稿日 2019年05月12日

    ランゲ通り ハン・ミュンデン

    総合評価:4.0

    “北ドイツ周遊の旅”
    2005年4月21日(木)~5月5日(木)15日間 ;
    1982年から数えて 23年ぶりの北ドイツです。

    4月29 日 (金)  曇り時にシャワー11℃

    Hann. Muendenハン・ミュンデンに10:15到着。
    人口2万6千人の小さな田舎町は3つの川が流れて、周囲を森に囲まれ、赤屋根の町並が織り成す美しさは格別だ。
    旧市街は700以上と言われる木組みの家々の街並みでうまり、なかなかのものだ。

    時々、小雨の降る中、ハン・ミュンデンの旧市街、木組みの家並みのLangeランゲ(長い)通りを通って、ヴェラ橋に行く。
    ランゲ通りを戻ってくると、素敵なテーブルクロス、刺繍品のお店Handarbeiten Rehberg手芸品店レーベルクが目に付く。お土産にと思って、入ってみると、ハンドアルバイトの品々で、気に入った柄の品々も多い。
    娘達へのお土産にしても良いかと思い、テーブルクロス3組、ノレン2組を購入する(Euro 226.9)。

    店には入れかわり、たち代わり、中高年の小母さん達がやってくる。自分達でハンドアルバイトする為、原材料を買いに来ているそうだ。
    むしろ製品を買う観光客は良いお客だったのでしょう。嬉しい事に店の奥さんから、ハープの匂い袋をプレゼントしてもらった。

    ・・・・・

    尚、2019年9月の旅はハン・ミュンデンの旧市街にある
    Fachwerk-Hotel Eisenbart木組みの家ホテル アイゼンバルト(鉄ヒゲ)
    D-34346 Hann. Muenden 、Lange Strasse 6-10
    で1泊する。既に予約済みだ。

    旅行時期
    2005年04月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦(シニア)
    観光の所要時間
    1-2時間

  • バート・ゾーデン・アレンドルフ:お目当てのシューベルトの「泉に添いて、茂る菩提樹」の大木が残る。

    投稿日 2020年05月30日

    観光案内所 (バート ゾーデン アレンドルフ) その他の都市

    総合評価:5.0

    “北ドイツ周遊の旅”
    2005年4月21日(木)~5月5日(木)15日間
    1982年から数えて 23年ぶりの北ドイツです。

    5/02 (月)快晴 26℃ 157km

    アレンドルフ側のマルクト広場に木組み建築の市庁舎があり、木組みの街並みを過ぎると街の外に出る石門に至る。
    この町一番のお目当てと思う、シューベルトの「Linde am Brunnen vor dem Tore泉に添いて、茂る菩提樹(1827年作曲)」を見に行く。

    この曲の一番は中学の音楽の時間に歌った記憶が残っていて、今でも口ずさめる。
    歌で表現されているままに、緑の色濃くなった、見事な菩提樹の大木があり、その側には泉があり、シューベルトの曲を記した記念碑も立っていた。

    わざわざ、これを見に来る人は我々ぐらいで、近くで庭仕事をしているドイツ人も、菩提樹や泉の写真を撮っている我々を物珍しそうに見ていた。

    すでに昔から約 1000 m の木製の水道管が水源から、門前の泉と称される、南の市門前の泉まで設けられていたと云う。1218年にその傍らに菩提樹が植えられた。1827年に馬留めが設けられた。

    菩提樹、泉、馬留めの傍をフランクフルトからリューベックへの通商路が通った。
    デッサウ出身の抒情詩人ヴィルヘルム・ミュラーは、旅の途中でこの情景を見て「菩提樹」のインスピレーションを得たとされている。
    因みにミュラーは1820年に「美しき水車小屋の娘」、1824年に「冬の旅」を連作詩として書いた。
    馬留めは現存し、それ以前に建造されていた泉もオリジナルのままだそうだ。
    菩提樹は1912年に新たに植え直され、石門は1997年に再建されたものである。

    *菩提樹(ぼだいじゅ)はフランツ・シューベルト(1797~1828年)の歌曲集『冬の旅(1827年)』の5曲目で、作詞はヴィルヘルム・ミュラー(1794~1827年)。
    恋に破れた若者が旅立つ時に、以前は町の門の前にある菩提樹の木陰で甘い夢を見ていたことをなつかしむ歌。
    作詞:ヴィルヘルム・ミュラー、作曲:フランツ・シューベルト
    日本語詞:近藤朔風

    1 泉に添いて 茂る菩提樹
      したいゆきては うまし夢見つ
      幹には彫(え)りぬ ゆかし言葉
      うれし悲しに 訪(と)いしその蔭
      訪いしその蔭

    ・・・・・・・・・・・

    旅行時期
    2005年05月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦(シニア)
    観光の所要時間
    1-2時間
    アクセス:
    4.0
    景観:
    5.0
    人混みの少なさ:
    5.0

  • バート・ゾーデン・アレンドルフ:アレンドルフ側のマルクト広場に木組み建築の市庁舎が立つ。

    投稿日 2020年05月30日

    マルクト広場 (バート ゾーデン アレンドルフ) その他の都市

    総合評価:4.0

    “北ドイツ周遊の旅”
    2005年4月21日(木)~5月5日(木)15日間
    1982年から数えて 23年ぶりの北ドイツです。

    5/02 (月)快晴 26℃ 157km

    シフラースグルント国境博物館を出発し、B27に戻って、凡そ3km、Bad Sooden Allendorfバート・ゾーデン・アレンドルフには14:20に着いた。

    テューリンゲン州の高台からやって来たバート・ゾーデン・アレンドルフの町はヘッセン州Werra Meissner Kreisヴェラ・マイスナー郡に属す、人口8700人の市である。
    ヘッセン州に属する市はテューリンゲン州と直接境を接し、ドイツの地理上のほぼ中心に位置している。
    街中を流れるヴェラ川で相対していたバート・ゾーデンとアレンドルフが、1929年に合併してできた。

    ゾーデンは1000年以上も昔から塩泉が湧き出て、製塩の町として栄え、塩の博物館などもあるが、今は塩水での温泉保養地になっている。

    アレンドルフ側のマルクト広場に木組み建築のRathaus市庁舎があり、木組みの街並みを過ぎると街の外に出るSteintor石門に至る。


    ・・・・・

    旅行時期
    2005年05月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦(シニア)
    観光の所要時間
    1-2時間

  • ドレスデン:ブリュールのテラスから見るエルベ川畔、新市街の景観は好ましい。

    投稿日 2020年05月29日

    ブリュールのテラス ドレスデン

    総合評価:4.5

    かつての東ドイツ:ルター諸都市・Berlin・Dresdenなどを巡った旅
    2011年05月13日(金)~05月27日(金)15日間

    <Bruehlsche Terrasseブリュールのテラス>

    Schlossplatz王宮広場のざわめきから逃れ、かつての要塞跡を
    ブリュール伯爵が18世紀に庭園を作った名残であるBruehlsche Terrasse
    ブリュールのテラスの階段に上がり、カトリック旧宮廷教会、王宮、
    ツヴィンガー宮殿方面を眺める。

    ちょっと黒雲が空を覆いだし、ザーッと来そうな雰囲気になってきた。
    ドレスデン音楽祭は5月18日~6月6日の期間、ドレスデンの市内で
    いろいろと催しがあるようだ。今日もブリュールのテラスや、テラス小路で
    ジャズ演奏が行われて、人だかりがすごい。

    こちらは折角の機会なので、テラスからエルベ川畔の景観をゆっくり楽しんだ。
    エルベの向こう岸は新市街、あちらの空は青空が出ている。

    ・・・・・

    旅行時期
    2011年05月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦(シニア)
    観光の所要時間
    1-2時間
    アクセス:
    4.5
    景観:
    5.0
    人混みの少なさ:
    2.5

  • ドレスデン:コーゼルの名前だけが残った宮殿は幽囚された母も、宮殿を建てた息子のコーゼル伯爵も住んでいない。

    投稿日 2020年05月29日

    コーゼルパレー ドレスデン

    総合評価:4.0

    かつての東ドイツ:ルター諸都市・Berlin・Dresdenなどを巡った旅
    2011年05月13日(金)~05月27日(金)15日間

    <Coselpalaisコーゼル・パレス(宮殿)>
    Grand Cafe & Restaurant
    D-01067 Dresden 、An der Frauenkirche 12
    営業時間は毎日 11:00~ 23:00時
    ロゴによると1765年以来とある。

    コーゼル・パレス(宮殿)と言うと、人は息子のコーゼル伯爵ではなく、あの有名なアウグスト強王の愛妾コーゼル伯爵夫人を思い浮かべる。
    が、彼女にとっては無関係の場所だ。コーゼル伯爵夫人が住んだのはかつてのタッシェンベルク宮殿(現ケンピンスキーホテル)であり、ドレスデンの東にある夏の離宮のピルニッツ宮殿でした。

    息子のコーゼル伯爵はシュトルペン城で母の墓石を立てる事は許されなかったが、Coselpalaisコーゼル・パレスと呼ばれた宮殿の建築主にはなれた。

    唯、彼も実質的にコーゼル・パレス(宮殿)に住んだことが無かったと云うから、この宮殿はコーゼル伯爵夫人であれ、息子のコーゼル伯爵であれ、その名前だけが残り、実質が伴わなかったようだ。

    1763年、コーゼル伯爵 はドレスデン市の旧市街で廃墟となっていた場所を取得し、そこにコーゼル・パレス(宮殿)を建てた。

    ドレスデンの中心・ノイマルクトにコーゼル・パレス(宮殿)はある。写真は見た目にはかつてのタッシェンベルク宮殿(現ケンピンスキーホテル)に似ている。
    旧市街の中心にある王宮にも近く、Frauenkircheフラウエン教会(聖母教会)の傍に建てられた。

    コーゼル・パレス(宮殿)はかつて、ドレスデンの宮殿の中でも有数のものであったが、7年戦争(1754年から1763年、プロイセン・イギリスと、ザクセン・オーストリア・フランスなどのヨーロッパ諸国との間で行われた戦争)でプロイセンの軍隊に砲撃され、ドレスデン市内の建物と共に罹災している。
    再建されたが、第二次大戦末期、1945年2月の連合軍の爆撃で旧市街は壊滅し、コーゼル・パレス(宮殿)も灰燼に帰した。

    第二次大戦後、町の復興と共に、この後期バロック様式の宮殿も再建の運びとなり、1977年、宮殿両翼など徐々に再建され、2000年には昔の姿のままのコーゼル・パレス(宮殿)が完成した。
    5階建ての本館、その両翼にゲートハウスを持ち、ファザードには装飾が施され、かつての特徴ある姿を見せている。本館内にはロビー、階段、催し用の大広間が、昔と同じように再建され、一方では現代的な事務所用の各室も備えられている。
    地上階には素晴しいレストラン、中庭にはカフェも用意され、宮殿は生まれ変わった。

    ・・・・・・・・・・・

    旅行時期
    2011年05月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦(シニア)

  • リューデスハイム:ドイツ薬草学の祖とされる聖ヒルデガルト

    投稿日 2017年06月20日

    聖ヒルデガルド修道院 リューデスハイム

    総合評価:3.5

    2016年ドイツの秋:ライン・モーゼル・アール・ミュンスターラントの旅
    2016年10月14日(金)~10月28日(金)15日間

    <懐かしのラインガウ再訪>
    第4日:185km
    アモールバッハから戻り、フランクフルト・ヴィースバーデンを経由、135kmの距離にあるラインガウのSchloss Johannisbergヨハネスベルグ城を再訪し、テラスレストランからかつて眺めたブドウ畑やラインの秋の景観を楽しみたい。

    ・・・

    ここは聖ヒルデガルトの名前を付けた女子修道院である。
    リューデスハイム近くの丘の上に立っている。

    hl. Hildegard von Bingen聖ヒルデガルト・フォン・ビンゲン
    (1098年~1179年)は中世ドイツのベネディクト会系女子修道院長であり神秘家、作曲家。医学・薬草学に強く、ドイツ薬草学の祖とされる。


    聖ヒルデガルトは5歳頃から幻視体験をしたと云う。40歳頃に「生ける光の影」(umbra viventis lucis)の幻視体験(visio)をし、女預言者とみなされた。ヒルデガルトの幻視体験は対外的には40歳代の『道を知れ』(1141年~1151年) (1153出版)で初めて示された。

    1150年にBingenビンゲン近郊のRupertsbergルペルツベルクに新しい女子修道院を建設した。
    1165年にRuedesheimリューデスハイム近くの丘の上、Eibingenアイビンゲンに新しい修道院を建設した。
    アイビンゲンの女子修道院は19世紀まで存在していたが、1803年から、領主に依って、僧院は世俗化し、地所が没収されたために閉鎖された。
    20世紀になって同地に新しく聖ヒルデガルトの名前を付けた女子修道院が建てられている(写真)。
    2012年10月7日、ローマ教皇ベネディクト16世によってヒルデガルト・フォン・ビンゲンは女性としては四人目の教会博士の称号を受けた。

    尚、追記すれば、ドイツの偉大な人々への敬意を示す殿堂であるレーゲンスブルク近くのヴァルハラ神殿に完成時の1842年以来、聖女の一人として、Gedenktafel銘板=記念額が掲げられ、その栄誉を称えられている。
    ドイツ薬草学の祖とされるビンゲンの聖女ヒルデガルトが銘板46番にある。

    XXX

    旅行時期
    2016年10月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦(シニア)
    観光の所要時間
    1-2時間
    アクセス:
    3.0
    コストパフォーマンス:
    3.0
    人混みの少なさ:
    3.5
    展示内容:
    3.0

  • ドレスデン近郊エルベ川畔:アウグスト強王が愛妾のコーゼル伯爵夫人に贈ったピルニッツ宮殿。

    投稿日 2020年05月21日

    ピルニッツ城 ドレスデン

    総合評価:4.0

    <かつての東ドイツ:ルター諸都市・Berlin・Dresdenなどを巡る旅>
    期間 : 2011年05月13日(金)~05月27日(金)15日間の旅
    5月22日(日);快晴、30℃近い暑さ、40km

    Schloss Eckbergを10:00にゆっくりしたスタートした。
    今日もドレスデン観光だが、午前中の予定を変更して、先に近くの
    Schloss Pillnitzピルニッツ宮殿に行くことにした。
    ホテルの門を出てB6を右手に行く。
    途中でL?に入り、狭い道だが洒落た家が多い道を10km行けば、
    ピルニッツ宮殿前の駐車場(Euro3)だ。

    <Schloss Pillnitzピルニッツ宮殿>
    コンビ入場料Euro12、 10:15~12:20
    D-01326 Dresden 、Schloss Pillnitz  、
    August-Boeckstiegel-Strasse 2
    http://www.schloesser-dresden.de/

    1721年にザクセンのアウグスト強王の夏の宮殿として建てられた。
    ドレスデンからエルベ川を10km程上った、かつてのピルニッツ村の川畔に立つ、優美なバロックの宮殿である。
    門を入って右手に「Bergpalais山の宮殿」、左手に「Wasserpalais水の宮殿」があり、どちらも中国風に建てられたのだと云う。そう見えぬでもないが・・・。
    真中には噴水のある池とLustgarten遊園で彩られている。

    アウグスト強王と愛妾コーゼル伯爵夫人が歩いただろう美しい、広大なSchlosspark庭園も宮殿横に見られる。庭園には250年の樹齢と云う日本種のKamellie椿もあるそうだ。

    アウグスト強王は当時の愛人であったコーゼル伯爵夫人にピルニッツ宮殿を贈り、自らも避暑がてら、ドレスデンの宮殿からゴンドラを仕立てて、この宮殿に通ったと云う。
    水の宮殿の裏手に川から上陸する階段が残っており、ここから強王は船を下り、宮殿に上がった。今もドレスデンから外輪蒸気船の便が出ているそうである。

    最初にWasserpalais水の宮殿のKunstgewerbe Museum博物館に入る。
    ザクセン、ポーランドの王であった強王が蒐集した家具・磁器コレクション(16~20世紀)を展示した美術工芸品館になっている。
    次に入ったのはNeues Palais新宮殿の博物館で、水の宮殿を出て右にある建物。
    古典主義様式のKuppelsaal丸天井広間には6本のコリント風円柱が並び優雅な感じだ。
    美しい天井画のKatholische Kapelleカトリック礼拝堂にもコリント風付け柱がみえる。
    広いHofkueche王宮の台所は王と王の家族だけでなく、王の廷臣たちの為にも使用された。毎日70名もの人の為に食事が用意されたそうだ。27人のコックたちが働き、20品の料理も出す事が出たと云う。

    Schlosspark庭園はぬかして、Bergpalais山の宮殿のKunstgewerbe Museum博物館に行く。こちらも美術工芸品館になっているが、数は少ない。
    博物館前に大きなRotbuch赤いブナの木が立っている。高さ21m、直径1.18m、樹形の広がり23mというもので、1870年以来の老樹だが青々として実に元気だ。
    Schlossparkシュロス庭園にもこんな大木が多いのだろうか。
    駐車場に戻ってみると、車内は36.5℃と猛烈に暑い。
    来独したての頃とは様変わりだ。

    旅行時期
    2011年05月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦(シニア)
    観光の所要時間
    1-2時間
    アクセス:
    3.5
    コストパフォーマンス:
    4.0
    人混みの少なさ:
    4.0
    展示内容:
    4.0

  • ドレスデン:アウグスト強王が愛妾コーゼル伯爵夫人の為に建てたタッシェンベルク宮殿は5つ星ホテル。

    投稿日 2020年05月21日

    ホテル タッシェンベルクパレス ケンピンスキー ドレスデン

    総合評価:4.0

    <かつての東ドイツ:ルター諸都市・Berlin・Dresdenなどを巡る旅>
    期間 : 2011年05月13日(金)~05月27日(金)15日間の旅
    5月21日(土);快晴、21℃、 127km
    ザクセンの古城ホテルBurg Gnandsteinグナンドシュタイン城を出て、初日はHotel Schloss Eckberg古城ホテル エックベルク城にチェックインする前に、まずドレスデン旧市街に出かけた。その行程は以下の通り。

    Frauenkircheフラウエン教会(聖母教会)->Der Fuerstenzug君主の行列の壁画->Schlossplatz王宮広場->カトリック旧宮廷教会->ブリュールのテラス(エルベ川畔の景観)->Albertinumアルベルティーヌム;Galerie Neue Meisterノイエ・マイスターギャラリー・Skulpturensammlung彫刻コレクション->Albertiumアルベルティーヌム Cafeで軽食 12:30~50->Residenzschlossレジデンツ・シュロス王宮;Historisches&Neues Gruenes Gewoelbe新旧・緑の丸天井、Ruestkammer武器博物館->Kempinski Hotel Taschenbergpalaisケンピンスキーホテル(かつてのTaschenbergpalaisタッシェンベルク宮殿)->Semperoperゼンパーオペラ劇場->Altmarkt-Galerieショッピングセンター->Altmarkt(青空市場)->Kreuzkirche聖十字架教会。

    <Kempinski Hotel Taschenbergpalaisケンピンスキーホテル>
    かつてのTaschenbergpalaisタッシェンベルク宮殿前で、写真を一枚。
    そう言えば中に入って、この美しいホテル内を見るのを忘れた。

    *Taschenbergpalaisタッシェンベルク宮殿
    D- 01067 Dresden 、Taschenberg 3 

    7年のもの間、アウグスト強王の寵愛を一人占めしたと云われている、コーゼル伯爵夫人の宮殿である。
    1705 ~1708年にかけて、アウグスト強王は彼女の為に新たにTaschenbergpalaisタッシェンベルク宮殿を建造し、これを与えた。王のレジデンツ・シュロス王宮と新宮殿は2階につけられた空中回廊によって結ばれていたと云う。
    ドレスデン・バロック様式の宮殿であったが、1945年、大空襲を受けて罹災している。

    1995年3月、新たにバロック様式のホテルとして再建された。
    現在、ツヴィンガー宮殿前にある、ドレスデンの最高級ホテルであり、総数215室(内32のスイート)の5星のホテルで知られるKempinski Hotelケンピンスキーホテル Taschenbergpalaisタッシェンベルク宮殿である。

    ・・・・・

    旅行時期
    2011年05月
    利用目的
    観光
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦(シニア)
    ロケーション:
    4.0

  • ツェレ:かつて馬上槍試合が行われたシュテッヒバーン(通り)は幅広い通りだ。

    投稿日 2020年05月13日

    シュテッヒバーン ツェレ

    総合評価:4.0

    2019年ドイツの初秋:メルヘン街道と木組み建築街道の旅
    期間:2019年9月18日(水)~10月03日 (木)
    (14泊+機中1泊=15泊16日間の旅)

    9月26日(木) 0km、(前半609km)、晴れのち曇り、13℃~18℃

    ツェレはハノーファーまで40kmの距離だが、ハノーファーはかつて英国と
    君主連合を組んだにもかかわらず、第二次大戦の空襲で旧市街の90%は
    壊滅的な罹災を被った。それに比してツェレは殆ど被害が無かったと云う。

    <ツェレ自慢の木組みの家並みの町めぐり>

    市教会、ボーマン博物館前のStechbahnシュテッヒバーン(通り)は、
    かつては馬上槍試合をした場所であったとある。
    それだけに他の通りに比べて倍以上もある幅広い通りになっている。

    ・・・・・

    旅行時期
    2019年09月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦(シニア)
    観光の所要時間
    1-2時間
    アクセス:
    4.0
    景観:
    4.0
    人混みの少なさ:
    3.5

  • ツェレ旧市街の中心にあり、どの通りを歩いても旧市庁舎の建物の前に立つことになる。

    投稿日 2020年05月12日

    市庁舎 (ツェレ) ツェレ

    総合評価:4.0

    2019年ドイツの初秋:メルヘン街道と木組み建築街道の旅
    期間:2019年9月18日(水)~10月03日 (木)
    (14泊+機中1泊=15泊16日間の旅)

    9月25日(水) 124km、 雨上がり曇りのち晴れ、13℃~18℃

    ②Alte Rathaus旧市庁舎: 10:00~10:10

    ツェレ宮殿と市教会、旧市庁舎には数分の距離だ。旧市街の中心にあり、どの通りを歩いても何となくこの建物の前に立つことになる。
    現在は観光局が入っている。

    旧市庁舎の北側部は1292年、この町が創立された当時のもので、Gotische Gewoelbeゴシック様式の丸天井やRatskellerラーツケラーのあたりもその当時のものです。ウェーザールネサンス様式のNordgiebel北の切妻は1579年のもの。庁舎内には市の模型あり。

    1580年頃、3軒の市民の家が取り壊され、庁舎が拡張されました。
    当初、木組みの家建築で建てられたが、1785年に堅牢なものに改築された。
    1999年まで役所として使用された。

    観光案内所の入り口左右にPrangersaeule罪人さらし台(支柱)が首輪付きで立っている。かつて庁舎1階に裁判所があり、そこで使用していたものと云う。

    ・・・・・

    旅行時期
    2019年09月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦(シニア)
    観光の所要時間
    1-2時間
    アクセス:
    4.0
    コストパフォーマンス:
    4.0
    人混みの少なさ:
    4.0
    展示内容:
    3.0

  • 「北ドイツの真珠」と呼ばれるツェレには2つの宝がある。ツェレ宮殿と絵のように美しい木組み建築の旧市街だ。

    投稿日 2020年05月11日

    ツェレ城 ツェレ

    総合評価:4.5

    2019年ドイツの初秋:メルヘン街道と木組み建築街道の旅
    期間:2019年9月18日(水)~10月03日 (木)
    (14泊+機中1泊=15泊16日間の旅)

    9月25日(水) 124km、 雨上がり曇りのち晴れ、13℃~18℃
    ツェレは「北ドイツの真珠」と呼ばれ、ルネサンスとバロック様式のツェレ宮殿と、絵のように美しい旧市街に400もの木組みの家並みが残り、その景観は素晴らしい。

    ①Schoss Celleツェレ宮殿: Schlossplatz 1  15:00~16:00
    ガイド付き案内:火~金、日は11時、13時、15時、土は11時から15時まで1時間ごと。
    案内時間は約1時間、入館料はEuro9X2=18

    アラー川とその水を引いた掘割に囲まれた旧市街の中心にツェレの大公が建てたルネサンスとバロックの二つの様式が見られるツェレ宮殿(かつては水城)がある。
    ブラウンシュヴァイク・リューネブルク公国の居城であり、その後、1905年まではハノーファー王の夏の宮殿(住居)に使われた。

    近年(2007年から)城の様々な部屋がResidenzmuseum宮殿博物館になっている。
    ヴェルフェン家の絵画、最後のツェレ城主のバロック様式の客室、王家の歴史資料、
    宝物(金メッキの高坏など)、貴重な家具、イタリアの巨匠のスタッコ天井、
    Schlosskapelle宮殿内礼拝堂、城の台所設備など見て回った。
    その他Schlosstheater宮殿劇場、Schlossparkフランス風庭園など見るべきものは多い。

    ・・・・・

    旅行時期
    2019年09月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦(シニア)
    観光の所要時間
    1-2時間
    アクセス:
    4.5
    コストパフォーマンス:
    4.0
    人混みの少なさ:
    4.0
    展示内容:
    5.0

  • ツェレ:美しい木組建築のホテル ボルシャースは観光に便利な場所にある。

    投稿日 2020年05月10日

    ホテル ボルシャース ツェレ

    総合評価:4.0

    2019年ドイツの初秋:メルヘン街道と木組み建築街道の旅
    期間:2019年9月18日(水)~10月03日 (木)
    (14泊+機中1泊=15泊16日間の旅)

    9月25日(水) 124km、 雨上がり曇りのち晴れ、13℃~18℃

    ツェレはニーダーザクセン州に属する中都市、人口は約7万人。ヴェーザー川の支流Allerアラー川(全長263km)が町を流れる。
    「北ドイツの真珠」と呼ばれ、ルネサンスとバロック様式のツェレ宮殿と、絵のように美しい旧市街に400もの木組みの家並みが残り、その景観は素晴らしい。

    *9月25日(水)~9月27日(金)Celleツェレ(2泊3日)
    Hotel Borchersホテル ボルシャース:
    D-29221 Celle  、Schuhstrasse 52
    Tel:+49 (0) 5141 91192-0 、Fax: - 44
    http://www.hotelborchers.com/

    3星(朝食のみ)・全19室。2階の15号室DZ・Euro190(166+朝食込み2x2x6)+駐車料12x2合計214。町の旅行案内所で購入した絵葉書6枚を日本あてに郵送してもらう郵便費Euro5.7込みでEuro219.7=26,580円を支払った。
    Booking.Comで2泊予約した木組建築のホテルですが、特徴のあるものではなく、モダンな部屋で窓を開けると2階に作った中庭が見え、朝食用レストランに最も近い部屋でした。チェックイン15時、チェックアウト11時。

    Hotel Borchersホテル ボルシャースはドイツでも有数の最も美しい中世の町、ツェレの歴史のある中心部にある居心地の良い、美しい木組建築のホテルである。
    ツェレ独特の木組建築が軒を連ね、カラフルな歩行者地区に囲まれ、中心地から150m、駐車場はホテル裏手の地下駐車場(リフト利用、1日Euro12:予約依頼済み)がある。

    徒歩わずか15分先のFuerstenhofフュルステンホフのウェルネスセンターを無料利用できる。又、ホテル フュルステンホフ内のイタリア料理Taverna & Trattoria Palioタベルナ・トラットリア・パリオは北部一のイタリア料理の評判があり、お勧めである。
    ハノーファー通りに面し、17世紀のバロック様式の宮廷であったAlthoff Hotel Fuerstenhofアルトホフ ホテル フュルステンホフ(Hannoversche Strasse 55/56)は5星ホテルで、特にグルメレストランEndtenfangエンテンファンはミシュランの1星付きで知られている。エンテンファンには2005年4月25~27日に2泊して、エンテンファンの名物「鴨料理」を楽しんだことがある。

    Booking.Comへの評価:7.1 、良い
    旧市街の便利な場所にあり、ツェレらしい木組み建築のホテルは好ましい。
    1) 旧市街を徒歩で歩ける便利な場所にある木組み建築のホテルなのが良かった。 2階の朝食用レストランの前に小さな中庭があって、良い感じだった。

    2) 敷地内に有料専用駐車場があるということだったが、確かにあったものの、裏手から入る地下駐車場(Tiefgarageである旨はホテルよりメールで伝達あったが、てっきり簡単に正面から入れるものと思ってしまい、分かりにくく、具体性が無いものだ)と言うべきが、正しいと思う。 それも車ごとリフトで乗降するタイプで初めて使用するには抵抗があった。
    ・・・・・

    旅行時期
    2019年09月
    利用目的
    観光
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦(シニア)
    1人1泊予算
    7,500円 未満
    コストパフォーマンス:
    4.0
    サービス:
    3.5
    バスルーム:
    3.5
    ロケーション:
    5.0
    客室:
    4.0

  • ハノーファー訪問の目的の一つはこのヴィルヘルム様式の宮殿(新市庁舎)

    投稿日 2020年05月09日

    市庁舎 (ハノーファー) ハノーバー

    総合評価:4.0

    2019年ドイツの初秋:メルヘン街道と木組み建築街道の旅
    期間:2019年9月18日(水)~10月03日 (木)
    (14泊+機中1泊=15泊16日間の旅)

    9月25日(水) 124km、 雨上がり曇りのち晴れ、13℃~18℃
    今回はツェレに向かう途中にあるハノーファーを再訪することにした。

    <Neues Rathaus新市庁舎>

    旧市街のLeine Schlossライネ宮殿(城)から徒歩で10分の距離。
    2013年に100周年を迎えた、20世紀の宮殿である。皇帝ヴィルヘルム2世の為に、ヴィルヘルム様式の宮殿のような壮大な建物が建てらた。美しい佇まいの市庁舎は広大なMaschpark マッシュ公園(10ha)と旧市街の間に1901~1913年の間に建てられたものだ。
    巨大なHaupthalleエントランスホールは30mの高さ、横の長さ30m、奥行き幅21mもあり、1689年、1939年、1945年戦争(米軍の空爆)で破壊された後と今日の4つの姿のハノーファーを模型で見ることができる。
    中央の丸屋根は高さ100m(エレベーターで上る。高い所から下の風景を見るのを好む方には最適)、庁舎の横の長さ129m、奥行き幅67mだとか、確かに巨大だが、中身は薄い。
    見学時間:8~18時 (土日は10時から)

    ・・・・・

    旅行時期
    2019年09月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦(シニア)
    観光の所要時間
    1-2時間
    アクセス:
    4.0
    コストパフォーマンス:
    4.5
    人混みの少なさ:
    4.0
    展示内容:
    2.5

  • ハノーファー:煉瓦造りのゴシック様式のマルクト教会と、傍にルターの大きな銅像が立つ。

    投稿日 2020年05月08日

    マルクト教会 (ハノーファー) ハノーバー

    総合評価:4.0

    2019年ドイツの初秋:メルヘン街道と木組み建築街道の旅
    期間:2019年9月18日(水)~10月03日 (木)
    (14泊+機中1泊=15泊16日間の旅)
    それで今回はツェレに向かう途中にあるハノーファーを再訪することにした。
    旧市庁舎から次に、並びにあるマルクト教会を見る。

    <Marktkircheマルクト教会>

    14世紀に建てられた煉瓦造りのゴシック様式の教会は塔の高さは97m、長さ61m、幅26mの大きなもので、遠くからも目印になる。
    内部で目立つ、美しいHochaltar大聖壇は翼が開くと、菩提樹で彫られたイエスのPassion受難(生涯)の21場面が見られる。

    <Lutherdenkmalルターの記念像>

    また、教会南側にLutherdenkmalルターの記念像が立つのに気が付いた。多くの町で見るルターの像はいずれも大きいが、ここのルター像も3mほどの大きさだ。

    1900年当時の古い写真には3つの像が残っている。
    宗教改革者ルター像は3m以上の高さのSockel台座の真ん中に立ち、彼の両側に低い姿勢で、*エリザベート宗教改革公爵夫人が左に、右には*エルンスト1世・告白公が椅子に座っているものだ。いずれもルターの宗教改革に大いに尽くした者だ。

    今の像はどういう経緯か、ルターだけの像になってしまっている。
    調べてみると、第二次大戦中(1939年~1945年)の1941年、3つの銅像は兵器製造の目的で溶かされる予定だったと云う。それを何とかルター像だけはハンブルクに移送し、戦後ハノーファーに戻したそうだ。
    マー、どうせなら3つの銅像を再建しても良かったように思えるが。

    ・・・・・

    旅行時期
    2019年09月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦(シニア)
    観光の所要時間
    1-2時間
    アクセス:
    4.0
    コストパフォーマンス:
    4.0
    人混みの少なさ:
    4.0
    展示内容:
    4.0

  • ハノーファー:旧市街の入口にもなる黒ずんだレンガ色した旧市庁舎

    投稿日 2020年05月07日

    オールドタウンホール ハノーバー

    総合評価:4.0

    2019年ドイツの初秋:メルヘン街道と木組み建築街道の旅
    期間:2019年9月18日(水)~10月03日 (木)
    (14泊+機中1泊=15泊16日間の旅)

    ハノーファーはドイツ駐在時も、定年後の旅でもじっくりと観光に訪れた事が無い。
    近年、訪れたのは2014年5月、「北方二州を巡る旅」でハノーファーを訪れたが、これもGrosser Garten Herrenhausenヘレンハウゼン王宮庭園を主に訪れただけだった。
    それで今回はツェレに向かう途中にあるハノーファーを再訪することにした。
    ハノーファーで最初に訪れたのは、駐車場近くの旧市庁舎です。

    <Altes Rathaus旧市庁舎>
    旧市街の入口にもなる黒ずんだレンガ色した旧市庁舎はマルクト広場1にある。
    1943年空爆で庁舎の一部は罹災し、戦後再建された。最も古い分は1410年、1455年に完成したもので、4階建ての庁舎の上の飾り、切妻作りは他の町でよく見るが、さすがに王家の首都であっただけに大きく、貫禄のある佇まいをしている。

    裏手のケーベリンガー通りに面したファサードは1453~55年に建てられたもので、1490年建築の裁判所が付属した形になった建物で、1964年に再建されている。
    Marktbrunnenマルクトの泉(1881年)が裏手にある。

    ・・・・・・・・・・・・

    旅行時期
    2019年09月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦(シニア)
    観光の所要時間
    1-2時間
    アクセス:
    4.0
    コストパフォーマンス:
    4.0
    人混みの少なさ:
    4.0

  • アルスフェルト:二つの小さな塔が屋根にアクセントを付けた「木組みの市庁舎(1512年)」が有名だ。

    投稿日 2020年04月30日

    市庁舎 (アルスフェルト) アルスフェルト

    総合評価:4.0

    2005年4月21日(木)~5月5日(木)15日間 ;
    1982年から数えて 23年ぶりの北ドイツ周遊です。
    目的地: 1989年の来日以来、16年ぶりに旧交を温めるべく、ブレーメンのSさん御夫妻を訪問し、ドイツの誇る世界遺産の町々(ブレーメン、リューベック、ヴィスマール、ヒルデスハイム、更にクウェートリンブルグ、ゴスラー)や、ハンザ諸都市・エリカ街道(塩の道)・ハルツ山地(魔女伝説)・メルヘン街道を巡る、盛りだくさんの旅。 

    <使用レンタカー>
    Renaut Espace R157-ディーゼル2200cc Automatic、


    5/03 (火)晴れ 14℃ 191km
    Schwalmstadtシュヴァルムシュタットは“赤頭巾ちゃんの故郷”から、B254を25km走ると、Alsfeldアルスフェルトに25分で着く。この町も木組みの家並みで有名である。人口1万7千人はシュヴァルムシュタットと似たようなものだが、旧市街の中心は五月柱も立つMarktplatzマルクト広場にあって、はっきりした町だ。

    二つの小さな塔が屋根にアクセントを付けた「木組みの市庁舎(1512年)」は石作りの1階が独特でアーケードのように空間になっていて、昔は此処で商品が取引されたという。 
    Weinhausワインの家は1538年フランクフルト出身のハンスがワインを商っていた家、Hochzeithausホッホツァイトトハウスはルネサンス様式の結婚式の家(1571年:珍しい石作り)、Walpurgiskircheヴァルプルギス教会、Stumpfhausシュタンプフハウス(1609年築---昔、市長の家であった)など、マルクト広場を囲んだ家々の雰囲気はまさに中世だ。
    木組みの家並みは何度見ても其々が個性的で、飽きることがない。

    ・・・・・

    旅行時期
    2005年05月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦(シニア)
    観光の所要時間
    1-2時間

  • ゲッティンゲン:町のシンボルは「ガチョウ番の娘リーゼルの像」

    投稿日 2020年05月01日

    がちょう姫リーゼル ゲッティンゲン

    総合評価:4.0

    2005年4月21日(木)~5月5日(木)15日間 ;
    1982年から数えて 23年ぶりの北ドイツ周遊です。
    目的地:1989年の来日以来、16年ぶりに旧交を温めるべく、ブレーメンのSさん御夫妻を訪問し、ドイツの誇る世界遺産の町々(ブレーメン、リューベック、ヴィスマール、ヒルデスハイム、更にクウェートリンブルグ、ゴスラー)や、ハンザ諸都市・エリカ街道(塩の道)・ハルツ山地(魔女伝説)・メルヘン街道を巡る、盛りだくさんの旅。 

    <使用レンタカー>
    Renaut Espace R157-ディーゼル2200cc Automatic、

    <メルヘン街道>②
    5/02 (月)快晴 26℃ 157km
    春の訪れと共に、朝から気温が26℃と上がり、暑いくらいだ。ハルツ山地から抜け出て、今日からはメルヘン街道の後半を走る。12日目、実質2日半の旅を残すのみだ。
    ニーダーザクセン州の『風光明媚観光都市9選』には、今まで旅行してきたゴスラー、ブラウンシュヴァイク、ハーメルン、ヒルデスハイム、リューネブルグ、ツェレ、の6都市と、今回の旅の対象ではない2都市ハノーファー、ヴォルフェンビュッテルと、今日これから行くゲッティンゲンが選ばれている。

    Goettigenゲッティンゲンはメルヘン街道のほぼ中央に位置する、古くからのこの町はグリム兄弟が教鞭をとり、この100年の間に40人以上のノーベル賞受賞者が此処で生まれたという、ドイツ屈指の大学町である。Leineライネ川---ハノーファーを経由し、ブレーメンの近くでヴェーザー川に注ぐ---の川畔に出来たレンガ色に彩られた旧市街には、中心にマルクト広場があり、そこにはレンガ色のAltes Rathaus旧市庁舎(13~15世紀)が立ち、内部の大広間にはハンザ同盟都市の紋章の壁画があり、当時の町の繁栄を物語っている。

    町のシンボル“Gaenselieselガチョウ番の娘リーゼルの像”(ドイツ人彫刻家Friedrich Paul Nisseフリードリヒ・パウル・ニッセ(1869~1949年)の1901年制作)が、ガチョウの像と共に、今日も花に囲まれて噴水台に立っている。博士試験に合格した学生が、彼女にキスをして祝うのが、この大学町らしい伝統だそうですが、インフォーメーションで頂いたパンフレットの表紙にも黒い帽子、マントの学生が花束を捧げ、リーゼルにキスをしている写真が載っている。

    緑豊かな、落ち着いた良い町です。ゴシック様式の傑作、聖ヤコブ教会、素晴らしい彩りの木組みの家Junkernschaenkeユンカーシェンケ、近くのWilhelmsplatzヴィルヘルム広場のAulaアウラ大学講堂---最上階に学生牢がある---などを見て周り、リーゼルの像まで戻る。Cafeでコーヒータイムをとる。リーゼルの像の横なので、観光客や学生が噴水際に、のんびりと腰掛けているのが見える。

    ・・・・・

    旅行時期
    2005年05月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦(シニア)
    観光の所要時間
    1-2時間

  • アルスフェルト:この町には“ガチョウ番の娘リーゼル”がいて、「赤頭巾ちゃん」はいない。

    投稿日 2020年04月30日

    観光案内所 (アルスフェルト) アルスフェルト

    総合評価:3.0

    2005年4月21日(木)~5月5日(木)15日間 ;
    1982年から数えて 23年ぶりの北ドイツ周遊です。
    目的地:1989年の来日以来、16年ぶりに旧交を温めるべく、ブレーメンのSさん御夫妻を訪問し、ドイツの誇る世界遺産の町々(ブレーメン、リューベック、ヴィスマール、ヒルデスハイム、更にクウェートリンブルグ、ゴスラー)や、ハンザ諸都市・エリカ街道(塩の道)・ハルツ山地(魔女伝説)・メルヘン街道を巡る、盛りだくさんの旅。 

    <使用レンタカー>
    Renaut Espace R157-ディーゼル2200cc Automatic、

    5/03 (火)晴れ 14℃ 191km

    アルスフェルトの町にもヴァルプルギス教会の裏手に「Schwaelmer Brunnenシュヴァルムの泉」がある。日本の観光書では赤頭巾ちゃんの噴水としていたが、現地のパンフレットでは、なんと“ガチョウ番の娘リーゼルの噴水”となっていた。

    この地方独特の民族衣装で装った女の子の像は「赤頭巾ちゃん」ではなく、ガチョウを世話する少女だ。
    「Schwaelmer-BrunnenーGaenselieselシュヴァルムの泉・ガチョウ番の娘リーゼル」の名が付いている。1958年に建てられたようで、この地方独特の白い(黒い)スカートにエプロンをつけ、頭にケプフェレと呼ばれる赤い円筒状の髪飾りが付いた格好(いわゆる赤頭巾)をしている。

    ちなみに追記すると、≪Rotkaeppchenland赤頭巾ちゃんの故郷≫とは、
    Breitenbach a.H.、Frielendorf、 Gilserberg、 Homberg(Efze)、Kirchheim/Hessen、Knuellwald、Neuenstein、Neukirchen、 Neustadt(Hessen)、 Niederaula、 Oberaula、 Ottrau、 Schrecksbach、 Schwalmstadt シュヴァルムシュタット、Schwarzenborn und Willingshausenといった町々を指すようで、
    Alsfeldアルスフェルトは入っていない。

    ドイツのAral観光書によると、『アルスフェルトはFachwerkstadt木組み建築の町と称し、印象深い木組みの家に囲まれた旧市街が昔のままに残る。』
    また、『Tor zum Rotkaeppchenland赤頭巾ちゃんの故郷への玄関口』とも表現している。
    しかも、『赤頭巾ちゃんの故郷・シュヴァルム地方ではチャーミングな赤頭巾ちゃんに現在も出会う幸運に恵まれるでしょう。』と書かれていて、この町の赤頭巾ちゃんについては何も記載がない。

    アルスフェルトにMaerchenhausメルヘンハウス(メルヘン博物館)もあって、“赤頭巾ちゃんと狼”の物語などの展示があるから、観光面で便乗した形?!をとっているのだろう。

    ・・・・・・・・・・

    旅行時期
    2005年05月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦(シニア)
    観光の所要時間
    1-2時間

jijidarumaさん

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jijidarumaさんにとって旅行とは

傘寿(80歳)を過ぎ82歳になりましたが、ドイツ旅行を回顧しながら、投稿を楽しんでいます。
かつての駐在時代より、古城巡りや古城ホテルに宿泊するのが大好きで、各地を巡りながら、そこに残る伝説・民話を見つけては、訳してきました。
ここではそうした伝説・民話を中心にご紹介しながら、古城巡りや古城ホテル、グルメ体験などについても、掲載してきました。
ご興味あれば、お立ち寄りください。

最近はアジアの香港・マカオ、台湾も時に昔を思い出しつつ、また、日本の小旅行と称した旅も
最近投稿しています。
(2026.02.11.)


プロフィール写真は
シュパンゲンベルクのマルクト広場:相思相愛のクノーとエリゼの二人の像

Spangenbergシュパンゲンベルク:
http://www.spangenberg.de/cms/
ヘッセン州北部のシュヴァルム・エーダー郡に属す人口6千人の町シュパンゲンベルクは今年で都市権710年になる。カッセルの南東に、直線距離で35 km の距離にある。
この町に残る伝説はグリム童話にも掲載されているが、その事から2000年から公式に「Liebenbachstadtリーベンバッハシュタット」と称している。
木組みの家並みが続く旧市街は小さいながらもなかなか良いもので、その中心は庁舎ラートハウス、3階建ての石造りの建物だ。ラーツケラー(レストラン)もあり、マルクト広場を木組みの家が囲んでいた。
その一角に相思相愛のクノーとエリゼの二人の像・・・劇的なシーンを描いているLiebenbachdenkmalリーベンバッハ(恋人たちの小川の意味)記念碑と泉があった。像の裏手には、原野の土を二人が掘り、山の源泉から水を村まで引いた話を示すような鍬が二本、その伝説を語るように置かれていた。
傍には記念碑が建てられた頃の写真や、当時のラートハウスやマルクト広場周辺の家並みを写したものなど、その歴史を説明するように看板が立っていた。

<シュパンゲンベルグ:村に残るクノーとエリゼの相思相愛の伝説 番外編参照。>

https://4travel.jp/travelogue/11528725

(2022.11.16.)

自分を客観的にみた第一印象

大好きな場所

ドイツ

大好きな理由

定年後、かつての駐在を懐かしみ、毎年、ドイツ各地の古城を巡り、様々な古城ホテルの滞在を楽しみながら、レンタカーでドイツの田舎道を31,000km走ってきました。
春が11回、夏1回、秋が4回、クリスマスが1回と、定年後の旅はもう17回となります。
2020年に予定していた18回目は武漢ウイルスの為、延期のままとなり、さらにロシアのウクライナ侵略の勃発もあり、戦時体制の欧州の旅は見送り続けて、2026年を迎えている。

(2026.02.11.)

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