nichiさんのクチコミ(20ページ)全2,189件
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投稿日 2022年11月01日
総合評価:4.5
幕川温泉の水戸屋旅館は130年の歴史がある旅館です。
元々は湯治場で、今のご主人は8代目。
お湯が素敵な秘湯でした。
でもでも、途中、宿に到着するまでの1本道が車がすれ違い不可能な狭い道で、ドンドン山奥に張っていく道なんです。
福島県道30号線から細い道に入ってから暫く不安になりました。
舗装はされているのですが、狭い林道です。
この先に本当に宿があるんだろうか?
と不安になってしまうような道でした。
標高1300mにある秘湯で、ブナの原生林に囲まれています。
冬は雪深い場所なので、除雪できない11月中旬からGWまで休業になる期間限定のお宿です。
到着後、近くの幕滝まで片道30分のハイキングに行く予定でしたが、前週の大雨で途中の木の橋が流れてしまって行けなくなってしまったとのこと。
残念。
まだ、チェックイン時間前でしたが、お部屋に入れてくださいました。
源泉は2つでお風呂は3種。
全部源泉かけ流しで湯量は豊富。
うち2つは白濁で、気持ちのいいお風呂でした。
特に外湯の「さえりの湯」は素敵でした。
やっぱり温泉が最高でした。
ド田舎の自然豊な環境ならではの体験でした。
食事も美味しかったです。
リピありです。
でもでも、
お金はかかりますが、少しリフォームされた方がよろしいかと。。。
それと、もう少しお掃除を徹底された方がよろしいかと。。。
虫の死骸は場所柄仕方ないと思いますしそれも個性です。
でも、埃がたまっているのはガッカリします。
素敵な温泉と素敵なお料理の秘湯ですので、なんとか頑張ってほしいと思いました。- 旅行時期
- 2022年08月
- 利用目的
- 観光
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 1人1泊予算
- 20,000円未満
-
投稿日 2022年11月01日
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投稿日 2022年11月01日
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投稿日 2022年11月01日
総合評価:4.5
いくつもの火山を有する吾妻連邦について、このあたりの自然を環境について、動植物について、色々知ることができました。
吾妻小富士の火口越しに吾妻連邦を見ると、東吾妻山と蓬菜山と一切経山がどのように見えるのか?
色々考えて作られています。- 旅行時期
- 2022年08月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
-
投稿日 2022年11月01日
総合評価:4.0
登るといっても、駐車場から階段を10分ほどで吾妻小富士の山頂です。
綺麗に整備された遊歩道ですね。
ペット連れや小さなお子さんを連れた家族連れが多いです。
頂上の火口を一周することができますが、その際は時計回りがいいようです。
火口の直径は約500mです。
歩いて40分ぐらいのようです。
砂礫に上を歩くので、登ってきた綺麗に整備された遊歩道のように歩きやすくはありません。
火口を見下ろすことができます。高低差は約70mとのこと。
浄土平の駐車場を挟んで反対側で、吾妻山連峰の一切経山の中腹にある大穴火口からは噴煙が上がっています。
数年前、噴火警戒レベルが引き上げられ、このあたり一帯が立ち入り禁止になったことがありましたね。
吾妻山が活火山であることを実感します。- 旅行時期
- 2022年08月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
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投稿日 2022年11月01日
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投稿日 2022年11月01日
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投稿日 2022年11月01日
総合評価:4.0
柳津滝の湯は、奥会津の山里にある明治32年(1899年)創業の風情ある旅館です。
期間営業(3月下旬~12月中旬)で、冬季は雪深いために営業していません。
西山温泉には、
下の湯、滝の湯、中の湯
とありますが、小さな小さな集落です。
外観で歴史を感じるのですが、何といっても滝の湯の看板が「こて絵」であることに驚きでした。
もう、これ作れる職人はなかなかいないんでしょうね~
お部屋は、昔ながらの温泉宿らしい和室です。
滝谷川に面した部屋で、川のせせらぎが心地いい、気持ちいい部屋でした。
部屋の洗面スペースは無理くり作ったようで、ちょっと安普請、、、、、
昔は水回りはすべて共同だったから、後付けで造られたので仕方ないですが、無いよりはいいかな~~
部屋にトイレはなく、共同です。
滝の湯と荒湯の2種類の源泉が楽しめる秘湯でゆったりしました。
私たち以外に一組のお客様がいらしただけでした。
お風呂に浸かっていると、小鳥やヒグラシの声が聞こえ、奥会津の大自然を感じ、ゆったりした気分になります。
夕飯は地のものがほとんどで、野菜は自家製がほとんど。
美味しくてお酒が進んじゃいます。
特に岩魚の骨酒は最高でした。
冬季には雪深く営業していないお宿ですが、
田舎の長閑な秘湯で素敵な体験をしました。- 旅行時期
- 2022年07月
- 利用目的
- 観光
- 利用した際の同行者
- 社員・団体旅行
- 1人1泊予算
- 20,000円未満
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投稿日 2022年10月29日
総合評価:5.0
京都観光の最後にここに一泊しました。
VIALAに宿泊したら、もう部屋から出たくありません。
部屋の温泉露天風呂に何度も入り、広い部屋でひたすらリラックス!
オーダービュッフェの朝食も素敵でした。
一番良かったのはやっぱりスタッフですね。
ゲストとの距離感が素晴らしい。
近すぎることはなく、でも気が付けば近くにいてくれる。
適度な距離感というのでしょうか?
最近の外資系の高級ホテルで多く見られる、やたらと「お客様?」と気遣っていることをアピールする声掛けは苦手です。
ココはそれと違い、素晴らしいと思いました。- 旅行時期
- 2022年07月
- 利用目的
- 観光
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
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投稿日 2022年10月29日
総合評価:4.0
レンタカーで行ったのですが、奥深くてびっくり。
途中で「本当にこの道でいいのかな?」と思うぐらいの道でした。
細川ガラシャが暮らした女城と谷を隔てた尾根に男城があったんですね。
男城は、何かあったときに駆けつけることができるガラシャの警護のためのお城だったんですね。
玉(ガラシャ)はココで2年間を過ごしました。
味土野の子供たちに字を教えていたり、流行り病の際は、厄よけの札を作っていたそうです。
「いかでかは 御裳濯川の 流れくむ 人にたたらむ 疫れいの神」
味土野の人々が流行り病で苦しんでいるとき、玉がこの句を読んだら病気が治ったというお話です。
御裳濯川とは味土野の川ではなく、伊勢神宮の川です。御裳濯川の流れとは、天照大神の子孫を意味し、その子孫にたたる病はないですよね?
と言う意味です。
ココに滞在中、玉は多くの句を詠んでいますが、その中でこれが印象的でした。
「身を隠す 里は吉野の奥ながら 花なき峰に 呼子鳥なく」
親を呼ぶカッコウのヒナの声に、宮津に残してきた我が子を思った歌ですね。
「味土野山 けふ見る君は 夢ならで 手あたたかき もみじ葉の映え」
秀吉の許しが出て、細川忠興のもとに帰る時の句ですね。
「逢うとみて 重ぬる袖の 移り香の 残らぬにこそ 夢と知りぬる」
恋しい人と逢っていると思っていたのは夢の中だったという悲しい句です。
ここで、玉は清原マリアと言う次女と2年間を過ごします。
秀吉から2年間の幽閉を解かれ、細川忠興の妻として戻ることができた玉はキリスト教の洗礼を受け、細川ガラシャとなります。
それはこの清原マリアの影響も強かったようです。
でもでもこの後は秀吉によるキリスト教弾圧時代に突入します。
もう、玉(ガラシャ)の人生は波乱万丈ですね。
細川玉、ここ味土野での生活、何を思い何を感じていたんでしょう?
彼女の話は、当時イエズス会の宣教師から殉教の実話としてヨーロッパに伝えられました。そしてバロック・オペラ「勇敢な婦人-細川ガラシャ」が誕生し、オーストリアのハプスブルグ家に対し17世紀に上演されています。
この周りの景色は、細川玉がココにいた2年間(1588年から1590年)とあまり変わっていないと思います。
玉はこの景色を眺めていたんですね~
細川ガラシャ隠棲の地をあとにしました。- 旅行時期
- 2022年07月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
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投稿日 2022年10月29日
総合評価:4.0
1日8組限定の小さなお宿です。
15時ピッタリにお邪魔しました。
すると外国の方のスタッフが、「いらっしゃいませ。 ようこそ」。
この方、流ちょうな日本語で、このあとチェックアウトまで非常に丁寧な「おもてなし」をしてくださり、感謝でした。
丹後半島の北西に位置するこのお宿。
日本海に面しています。
部屋の窓から遠くに見える半島は兵庫県の城崎あたりのようです。
お風呂は部屋風呂で飲泉ではありませんが展望風呂です。
海を眺めながらの入浴です。
食事は専用会場の半個室で戴きます。
これが地のものが中心で美味しかった~
特に、イサキとハタハタの煮物。
これ、タレが美味しくて。。
朝食も半個室へ。
小鉢のオンパレード!
ちょっとおしゃれですね。
自家製のフレッシュジュースも2種あります。
朝から豪華!!!
大満足でした。
リピありですね~- 旅行時期
- 2022年07月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 1人1泊予算
- 20,000円未満
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投稿日 2022年10月29日
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投稿日 2022年10月29日
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投稿日 2022年10月29日
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投稿日 2022年10月28日
総合評価:3.0
平安時代、淳和天皇が、「浦嶋子が、雄略天皇22年(478年)7月7日美婦に誘われ常世の国へ行き、347年を経て、天長2年(825年)に戻った」との話を聞いて、浦嶋子を筒川大明神と名付けて祀ったのが最初なんですね。
玉手箱とか宝物として保存されているそうです。
マジっすか??
ココは国登録有形文化財に指定されているんですね。- 旅行時期
- 2022年07月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
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投稿日 2022年10月28日
総合評価:4.0
ココからの景色で、伊根湾の入り口にある青島。
奥は若狭湾で、宮津方面。
その地理関係がよくわかりました。
舟屋群はマッチ箱のように見えます。
ミニチュアのセットのようです。
崖と海の間の狭い部分に舟屋が立っているのがよくわかります。
NHKの朝ドラの舞台にもなったため、「ええにょぼ」のモニュメントがありました。- 旅行時期
- 2022年07月
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舟屋に泊まっていると、舟屋から直接過剰タクシーで観光に出れます。
投稿日 2022年10月28日
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投稿日 2022年10月28日
総合評価:5.0
レンタカーで丹後半島をめぐりましたが、伊根の舟屋に一泊しました。
1日1組限定の舟屋でしたが、素敵な1泊でした。
1泊朝食付の宿が多く、夕飯は近くのやはり舟屋を利用した古民家レストランで戴きます。
海の目の前に建物が並び、1階は船を上げるスペースで2階は道具を収納したり寄り合う場所。そして道路を隔てた反対側はその住居になっています。
でも、こんな海の際に建物を建てて、高潮や潮の満ち引きの影響はないのでしょうか?
若狭湾の奥深くの入り組んだところにある伊根湾。
そして伊根湾の入り口には青島があり、天然の防波堤になっています。
また、三方を山に囲まれた町で、風の影響も受けにくいんですね。
それと伊根は、海底の地形と水深の関係から、干満の差が少ないそうです。
それがこのような海面ぎりぎりの住宅が存在する理由なんですね。
「伊根浦伝統的建造物群保存地区」に指定されており、素敵な街でした。- 旅行時期
- 2022年07月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
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ココが、若狭湾の奥深くまで入り組んだリアス式海岸の地形であることが判ります。
投稿日 2022年10月27日
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横浜より多くの赤レンガ倉庫が残ってました。 肉じゃががどうして生まれたのかを知りました。
投稿日 2022年10月27日
総合評価:3.5
舞鶴は、縄文時代から人が住んでいた場所で、今でも奈良時代創建のお寺がいくつも現存しています。
いくつもの荘園がつくられ、豊かなエリアであったことがわかります。
南北朝以降の丹後地方は目まぐるしく守護が変わりますが、一色氏が治めていた時に織田信長の命で明智光秀と細川藤孝が攻め入り治めます。
江戸に入ってからは京極家そして牧野家が治め、明治維新。
廃藩置県で京都府になります。
そして明治22年に日本海軍の基地が造られ、舞鶴は日本有数の軍港になりました。
この赤レンガ倉庫群はその時に造られた建物です。
明治34年には正式に舞鶴鎮守府が発足し、日本海側唯一の軍港である舞鶴は重要な軍事基地となってます。
対ロシア、対中国を意識した軍港だったようです。
今では海上自衛隊の基地になっています。
舞鶴鎮守府の初代司令長官が東郷平八郎なんですね。
鎮守府は明治22年にできた日本海軍の基地であり、艦船の修理や補給の役割を担っており、一緒に鉄道も整備され、街も発展していったようです。
東郷平八郎は、日露戦争の際、当時無敵であったロシアのバルチック艦隊を破った日本海軍の総司令官。
と言う日本史の浅い知識しかありません。
明治4年から7年間イギリスに留学し、その際に食べたビーフシチューの味が忘れられず、帰国後に作らせたものの名残が肉じゃがなんですね。
面白い~
知らなかった~~- 旅行時期
- 2022年07月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)


















































































































































