たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみはん。さんのクチコミ(10ページ)全1,854件
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- 基本情報
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投稿日 2022年11月09日
総合評価:5.0
国道498号線若木バイパスと旧道の交差点を旧道方向に進むと大きく〝川古の大楠公園〟と書かれた看板がある。そこを道なりに進むとこの〝川古の大楠公園〟に到着する。大楠までは少し歩くが地図上の表記は駐車場が〝大楠公園〟で大楠が植わっている場所は〝川古の大楠〟と記載されている。ややこしいがトイレや飲み物の自販機が備えられている〝駐車場〟になっているので、サラリーマン等の休憩の場所にもなっているようだ。
場所が場所だけにありがたい場所だと思う。- 旅行時期
- 2022年10月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 5.0
- 川古の大楠まではあるいて数分。
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 利用者はそこそこ居たようだ。
- バリアフリー:
- 5.0
- 舗装はされている。
- 見ごたえ:
- 3.0
- 公演からは大楠は見えない。
-
投稿日 2022年11月09日
総合評価:5.0
武雄から伊万里に向かう国道498号線の看板を見つけて立ち寄った武雄市若木町にある川古(かわご)の大楠。国の天然記念物にも指定されている全国で第5位にランクされる巨木は、高さ25m・根回り33m・枝張りは東西・南北に27mもある樹齢3,000年以上とも言われているものである。枝や幹はコケなどで覆われており威厳も感じられる上、幹の空洞にはお稲荷様の石祠が祀られている。
奈良時代に全国行脚をしていた名僧行基がこの地に立ち寄った際にこの大楠を見つけ、幹の一部に2.4m程の観音像を刻んだと風土記に記されているようである。
この大楠本当に大きいことは写真を撮ろうとするとすぐにわかるもので、標準ズームでは広角域を用いてもなかなかファインダーに収まらない。また別角度からすると微妙な姿勢で覗いている〝地元の方〟らしい人影が見える。肖像権もあるからな…と移動するのを待っていたが一向に動く気配がない。こちらから逆に動いて確認すると思わず吹いてしまった。なんと〝藁人形〟であったのだ。
こんな遊び心もあり、公園駐車場にはトイレや飲み物の自動販売機も備えられており、地元の方も散策に来られているようだ。歴史ある大楠と遊び心、思い出すだけでも顔がニヤけてしまう場所であった- 旅行時期
- 2022年10月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 5.0
- 武雄温泉から車で20分。
- 景観:
- 5.0
- 威厳が漂う大きさである。
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 散歩に来ていた近所の方が居たようだ。
- バリアフリー:
- 3.0
- 園内は砂地である。
-
投稿日 2022年11月09日
総合評価:5.0
武雄市北方町に位置する普明山高野寺(ふみょうざんこうやじ)は真言宗大覚寺派の寺院で、大同元(806)年唐の国で密教を学んだ弘法大師が博多港に帰国を果たし、九州行脚をしていた。その折この北方の地が高野山に似ていたことから〝肥前の高野山〟と定め、庵を結んだことが始まりとされている。
その時代は原野だった佐賀平野を開墾するのに人口を増やさねばとの思いから一体の観音菩薩を刻み安置した。その観音さまに祈ると子供が授かり安産で元気に育つと申された弘法大師の言葉に由来して、現在でも子宝観音として〝子授け〟〝安産〟〝子育て〟の祈願が絶えず続いている。
後年佐賀藩多久領主となった多久安順に始まる多久家の祈祷寺として代々帰依を受けている。寺伝によると〝いかなる咎人も高野寺の境内に走りそうらえばその罪を許される〟といった近世に於ける〝駆け込み寺〟の役割を担う罪障消滅の道場でもあったらしい。
樹齢300年を越えるシャクナゲが境内に1,000本以上が植えられており、例年4月初旬の開花時期にもなると大勢の花見客で賑わう場所となっている。平成18(2006)年には開創1,200年記念として焼失後118年ぶりに本堂や会館などを建立して境内を整備し、弘法大師の教えを今に伝えていると書かれてあった。
シャクナゲの時期は凄い人だかりが当たり前であるそうだが、その他の時期には催し物がないときには閑散としている。例年6月1日から10月31日迄行われていると記されていた〝風鈴まつり〟の期間に訪れてはいるが、やはり参拝客はおらず貸切状態で本堂他風鈴回廊も開館させて頂けた。
シャクナゲ・風鈴まつりというタグ付けが多い中〝だきつき観音〟というタグも少なからず付けられている。これは本堂手前の繁忙期の日本庭園入口にされる場所にある〝だきつき観音像〟がその由来である。〝観音様に抱き着いて観音様のお慈悲を頂き、ストレス解消して頂ける〟との看板は、ここだから有されるという気持ちにさせられるから不思議である。花の時期ではなかったが厳か感漂う金属の風鈴の音を聴きながら風鈴回廊を歩き、不動堂迄往復したことは、時期を変えて訪れたいと思わせるには十分の魅力だったと感じられた。- 旅行時期
- 2022年10月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 5.0
- 祐徳稲荷神社から車30分・武雄温泉駅から車で10分。
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 参拝客は私だけであった。
- バリアフリー:
- 3.0
- 段差や階段はある。
- 見ごたえ:
- 5.0
- 新しいものが多いのは確かだが、人の心をキャッチするものばかりに思えた。
-
投稿日 2022年11月03日
総合評価:5.0
現長崎大学医学部の通用門となっている二柱一対の石柱は、〝(左)長崎医科大学〟〝(右)長崎医科大学附属薬学専門部〟と刻まれたもので旧長崎医科大正門の石柱として建てられていた。昭和20(1945)年8月9日11時02分、長崎市浦上の上空約500mでプルトニウム型原子爆弾ファットマンが炸裂する。爆心地から約600m離れた医科大正門の石柱は1.2m四方、高さ1.8mで台座の上にまっすぐに立っていたが、右側の門柱は山のかげとなり影響はなかったものの、左側の門柱は9cmも前にずれ台座との間に最大16cmの隙間が出来た。戦後の調査で門柱の傾きから原子爆弾の〝爆風圧〟が測定されることとなり、門柱の場所つまり爆心地から約500mの地点で1平方センチメートル当たり1kgという強力な圧力がかかったことが証明された。
国指定史跡長崎原爆遺跡として残る石柱の側面には〝わが師わが友、850有余もが死に果てし、長崎医科大学の正門門柱にて、被爆当時のままの状態を生々しくここに見る〟と刻まれた石板がはめ込まれており、原爆の生き証人としてその姿を現在に伝えている。
医大病院で重傷を負い、被爆しつつも患者を診続けた長崎の父とも呼ばれる〝永井隆博士〟の記念館にもその出来ことが書かれており、ぜひとも訪れたいと思っていた場所であり、やっと今回訪問が叶った。通用門でもあるため昼間だと学生が通るために車を停めることは不可能に近い。大学が開いている時間であれば、現在の正門から入場し、警備員に〝門柱を見に行きたい〟と言えば車を構内に停めさせて貰える。
爆心地に近いということで他にも長崎大医学部敷地には被爆遺構が幾つも残っている。しかし聞きながら回れる場所ではないので、事前に調べていくことは必要不可欠だと思われる場所であった。- 旅行時期
- 2022年10月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 5.0
- 山王神社二の鳥居から徒歩10分。
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 昼間はパラパラ、夜は皆無だった。
- バリアフリー:
- 5.0
- 坂道ではあるが舗装はされている。
- 見ごたえ:
- 5.0
- 二の鳥居同様石がこうなるのか…と考えさせられる。
-
投稿日 2022年11月03日
総合評価:5.0
例年6月1日から10月31日迄開催されている〝高野寺風鈴まつり〟。風鈴まつりというと〝ガラス風鈴〟がメインであるが、こちらの風鈴はすべて〝金属製〟である。
交通の便も良く山奥にある訳でもないが、風通しの良い風鈴回廊に吊るされた風鈴たちは、風に吹かれて金属独特の高音を奏でている。数で勝負している訳ではないが、他の施設で行われている風鈴まつりとは違う音色が響き渡り、厳か感すら漂うように思えた。
お寺の建物内に設けられた風鈴回廊が祭り会場になっているため、参拝時間は9:30~16:30と決められている。インターホンで風鈴まつりを見学したいと伝えれば本堂に入らせて貰え、その後は自由拝観となる。風鈴まつりの拝観だけだと無料となっており、行く価値は十分にある寺院であると思う。- 旅行時期
- 2022年10月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 5.0
- 祐徳稲荷神社から車で40分程。
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 訪れた際は私一人であった。
- 催し物の規模:
- 5.0
- 大きくはないが手は込んでいる。
- 雰囲気:
- 5.0
- 心地良い金属製風鈴の音は厳か感すら感じられる。
- バリアフリー:
- 3.0
- 回廊に階段はある。
-
投稿日 2022年10月13日
総合評価:5.0
長崎で最も訪れたい場所である。数十年前に修学旅行で訪れて以来、私の心の中に於いて〝長崎=アンジェラスの鐘〟のイメージが強く残っている。確かに長崎も被曝遺構はたくさんあるが、私にとっては長崎を訪れた際には真っ先に向かう場所となっている位印象深い場所となっている。
- 旅行時期
- 2022年10月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 5.0
- 平和公園から徒歩10分程。
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 観光ルートからは少し離れている。
- バリアフリー:
- 5.0
- 川を挟んだ場所までは舗装されている。
- 見ごたえ:
- 5.0
- 被曝遺構の中では最も訴えかけるものがあると私は思っている。
-
投稿日 2022年10月13日
総合評価:5.0
長崎の父永井隆博士。長崎原爆投下時に自らも負った大怪我を顧みず、被曝患者を診察し続けた。如己堂は永井博士を心配した浦上の人々やカトリック教会の協力によって立てられたもの。ここで亡くなるまでの3年間療養生活を送っている。室内がガラス越しに公開されており質素そのものの部屋であるが、永井博士はこの建物で生活できることを心からありがたく思っていたという。
被曝史跡ではないが永井博士の生き様を感じられる有り難い場所である。- 旅行時期
- 2022年10月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 5.0
- 平和公園より歩いて15分程。
- コストパフォーマンス:
- 5.0
- 永井隆記念館の入館料100円。
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 小学生が遠足で来ていた程度。
- 展示内容:
- 5.0
- 見る人の心に訴えかけるものが感じられる。
- バリアフリー:
- 3.0
- 階段がある。
-
投稿日 2022年09月17日
総合評価:5.0
正寿院からのご案内《追記》
明日9月18日は風鈴まつり最終日。当初撤去作業は16:00を予定していましたが、台風の接近に伴い時間の繰り上げをする可能性があります。
9月19日は安全確保のため終日拝観停止。
9月20日は10:00より拝観となります。
最終日に拝観される方は事前に確認をされて向かわれた方が良いと思われます。- 旅行時期
- 2022年09月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 5.0
- 石山から車で30分程で到着できた。
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 最終日前日てあり、夕方にもかかわらず参拝客は多い。
- バリアフリー:
- 3.0
- 階段や段差があり、通路は舗装されてはいない。
- 見ごたえ:
- 5.0
- インスタ映えすること間違いなし。
-
投稿日 2022年07月25日
総合評価:3.0
6月の土日に行われていたあじさい園のライトアップ。関西エリアでも5本の指に入ると言われる夜景は、確かに噂通りの素晴らしいものであった。
イベントそのものは素晴らしいが、運営側にはかなりの問題があることは違いない。先ず駐車場の案内。三室戸寺の立地から他府県ナンバーの車は間違いなく三室戸寺目当てと思われる中で、先に進めと案内された。先に臨時駐車場が設けられているのかと進んだが目的地は離れるばかりで何もない。結果として時間の無駄であった。
園内散策中でも終了時間が来ると観光客をスタッフ達が出口へと追いやり、奥の方から照明を落として行く迄はあることだが、全員退去する前に全照明が落とされる。三室戸寺の出口は昔の遊園地のような逆走できない金属パイプ製のものであり、そこの照明を落とされると出口付近は真っ暗で手押し棒の位置がわからず手を挟みかけてしまった。
極め付けは有料駐車場の追い出しにかかって来た。2時間まで1,000円で以降1時間あたり500円、上限額なしとありながらこの日は21:00で締めるとのこと。今は注意書きがされているようだが、利用した際には〝言われていない〟〝書かれていない〟等の駐車場に対する不平不満が多く言われていたようだ。
ライトアップは素晴らしいことは認めても、金儲け主義とレッテルを貼られると〝もう一度〟行こうという気になれないのが人の心だろうと思えてならない。私自身もそう感じたひとりであり、その他のイベントを含め訪れることもないだろうと車中で思った次第である。- 旅行時期
- 2022年06月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 5.0
- 三室戸駅から徒歩15分程度。
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 少なくはない。
- バリアフリー:
- 3.0
- 施設側が断っているようだ。
- 見ごたえ:
- 5.0
- あじさい園とライトアップそのものは確かに素晴らしい。
-
投稿日 2022年07月16日
総合評価:5.0
今回はB’zの大阪公演で訪れた。他のアーティストのコンサートでも何回か利用したことはあるが、ホールの規模が広過ぎず狭過ぎずの丁度良い大きさとなっており、いつも公演に対する満足度が高い場所でもある。
人を入れることに徹したドームやスタジアムが抵音響がイマイチに思えることに対し、どちらもバランス良く考えられているホールであり、同じ公演を体験しても臨場感が大きく異なるように思えてしまう場所でもある。
人気アーティストの公演でこの辺りの大きさの会場を期待することは難しいが、できることならリピートして訪れたい場所であった。- 旅行時期
- 2022年07月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 5.0
- 森ノ宮駅から徒歩分10分。
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 少ないと思ったことはない。
- バリアフリー:
- 5.0
- 階段はあるが大抵の公演では車椅子席が設けられている。
- 見ごたえ:
- 5.0
- 広過ぎず狭過ぎず良い塩梅の広さである。
-
投稿日 2022年07月16日
総合評価:5.0
JR大阪環状線大阪城公園駅・森ノ宮駅から歩いてすぐのところにある街中の大きな公園である。中心の大阪城は展望台と歴史博物館を兼ねた観光施設となっている。それ以外には大阪城ホール・大阪市立大阪城音楽堂等のイベントやコンサートが行われる施設の他、多目的グラウンドである太陽の広場や軟式野球場、植樹された梅・桃・桜の名所としても知られており、森林公園となっている大阪城の外濠に集まる野鳥を眺めることが出来るなど大阪市民はもとより他府県や外国人観光客が多く訪れる憩いの場所となっている。
今回ライブ参戦のために大阪城ホールを利用した。大人数が集まるイベントではあったが、その他にも大阪市立音楽堂でもイベントが行われていたようで、人の集まりに釣られて行ってしまったほどである。
花の時期を含めていつも〝人〟が大勢いるイメージがあるが、広さがあるため窮屈感は全くない。都市部にあって散歩できる場所があることをいつも羨ましいと感じられる場所である。- 旅行時期
- 2022年07月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 5.0
- JRの3駅から歩いてすぐの場所にある。
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 少なくはないが窮屈感は感じられない。
- バリアフリー:
- 4.0
- 一部を除けば舗装はされている。
- 見ごたえ:
- 5.0
- 至る所から見える大阪城は見事である。
-
投稿日 2022年06月28日
総合評価:5.0
平成17(2005)年2月11日の平成の大合併によって出来た東近江市宮荘町は、旧神崎郡五個荘町大字の地名である。五個荘は近江商人発祥の地としても知名度が高く、関連の住居跡や史跡が残る場所でもある。
合併により東近江市の構成市町村のひとつになるにあたり、農地・水・環境保全向上対策事業の一環として平成23(2011)年に渡り宮荘川流域に桜と紫陽花が植樹されたことが〝宮荘川の紫陽花〟の始まりである。地元住民の憩いの場となるように考えて作られたようではあるが、昨今では〝滋賀県の紫陽花の名所〟と検索をかけると上位にヒットする〝隠れた名所〟になりつつあるようだ。
用水路のような宮荘川に沿って450mの範囲に1,000本もの紫陽花が植えられており、付近を車で走行すればわかるレベルの規模はあるものである。
手入れ等は地元の方々が行っておられるようで、大袈裟なつくりではなく手作り感が漂うシンプルなものとなっている。
こういった規模の花園に必ずついて回るのが〝駐車場〟の問題ではあるが、桜や紫陽花のシーズンには、近隣のJAグリーン近江五個荘ライスセンターが臨時駐車場となっていることなど観光客を迎える準備も整っている数少ない〝花の名所〟のひとつである。あくまでも〝地形〟を生かせた植樹がされているため、あじさい通りをぐるっと一周できないようになっている。
宮荘川の紫陽花としては24時間見学可能とはなってはいるものの、昼間に見て回るという楽しみに限定されていると思っていたのだが、意外にも不定期で〝ライトアップ〟されることを知り、住民の方々の域込みが伝わってくるように感じた。
あくまで地元志向の〝紫陽花通り〟という風に考えると、十分すぎる位に満足のいくものとなっており、後ずれる価値はあるものと私には感じられた。- 旅行時期
- 2022年06月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 5.0
- 五個荘駅から徒歩10分。
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 混雑はしてはいなかった。
- バリアフリー:
- 3.0
- 足元は舗装はされてはいない。
- 見ごたえ:
- 5.0
- 意外に凝って作られていることが感じられる。
-
投稿日 2022年06月20日
総合評価:5.0
沖縄本島西海岸に米軍が上陸した昭和20(1945)年4月1日、読谷村の住民の多数は二つのガマに避難をしていた。チビチリガマとシムクガマ。双方のガマは僅か800mしか離れてはいない。しかしこの〝距離〟が多くの村民達の運命を分ける要因となったことは、沖縄戦史の中でも触れられている史実である。チビチリガマの避難民は139名、うち自決者を含める犠牲者は82名。実に6割近い住民が落命している。それに対してシムクガマの避難民は約1,000名、うち犠牲者は米軍が上陸時に戦車の砲弾による3名だけである。勿論死者が出ている事実は間違いないが、自ら死を選んだ者達の比率はシムクガマに於いては0である。これにはそれぞれのガマに避難していた住民達のキャリアが大きく影響している。
沖縄戦が始まるにあたり内地の〝皇民化教育〟が沖縄でも行われていた。その影響を目の当たりにしたチビチリガマに対し、シムクガマではハワイ帰りのウチナンチュー2名が、米兵が避難民を〝殺さない〟と説き、交渉の為に米兵の上官の下に出向き、それを保証する旨を無事にガマに戻り避難民を説得して投降した。結果として捕虜にはなったが1,000名の避難民の命は救われることとなった。
この話は〝シムクガマの奇跡〟として後年に2人の功績を讃える碑がガマ内部に建立され、現在でも見ることができるものとなっている。勿論過大解釈されている部分もあり、2人の英語力だけで遣り取りが終わった訳ではない。むしろ〝伝わらなかった〟と言っても過言ではなかったと解釈されている位である。しかし避難民を助けるために必死だった2人は身振り手振りを交えながら、ガマ内部に日本兵はおらず、また避難民も米兵に対し争うつもりはない事を伝え、見事避難民の命を守ることに成功した。これが〝シムクガマの奇跡〟と呼ばれるものとなる。それに対してチビチリガマにはそのような〝リーダー格〟の者は居らず、むしろ中国戦線に於いて最前線の野戦病院に従軍していた元看護師が、自分が見聞きしたことを避難民達に説いたことが災いし、自らが死を選ぶ方向に向いてしまったことが悲劇に繋がった。しかしチビチリガマの悲劇は集団自決だけでは終わらなかった。むしろ戦後になってから多くの犠牲者を出す〝理由〟を作った〝張本人〟として自らも命を絶った元看護師の〝遺族〟までもがあたかも〝殺人鬼〟の家族の如く扱われ、集落から追い出されるということが起こった。チビチリガマに於ける悲劇の〝生き残り〟や惨劇を伝え聞いた遺族が、その様子を公言することを拒んだことから事実は長期に渡って知られることなく、一部の〝悪者〟のせいで起こった悲劇として語り継がれていたこともまた事実である。
〝悪者〟は長きに渡りチビチリガマの犠牲者氏名が刻まれている〝碑〟にすら名前がなかった。そうすることで〝悲劇〟の幕引きを図ろうとしたように思えて仕方がないのである。チビチリガマだけを訪れた時には感じなかった違和感をシムクガマを訪れた時に私は感じた。集団心理として〝生と死の狭間〟をどちらに転んだのかということが結論であり、その結果犠牲者が出たか出なかったかということにしか過ぎないと思われる。
ガマに辿り着く道は整備されたチビチリガマに対し、かなり足場が悪いシムクガマと大きな違いを感じずにはいられなかった。色々なもので比較対象とされているチビチリガマとシムクガマではあるが、やはり自分の目と足で訪れて感じてみるのが答えになると痛感した二つのガマ訪問であった。- 旅行時期
- 2022年06月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- 入口がわかり辛く、ガマへの道も悪路である。
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 訪れた際は誰とも会わなかった。
- バリアフリー:
- 3.0
- 足場は非常に悪いので覚悟が必要。
- 見ごたえ:
- 5.0
- チビチリガマとの違いを肌で感じられる場所であった。
-
投稿日 2022年06月07日
総合評価:5.0
琵琶湖疏水の北国橋の西、現在疏水船大津乗下船場となっている場所付近に大きな鉄の門が存在する。大津閘門(おおつこうもん)と言われるこの門は、琵琶湖疏水と琵琶湖の〝水位差〟をなくすために疏水の竣工に合わせて作られた。
元々琵琶湖と疏水には最大1.5mの水位差があり、水路としても疏水船を通すにしてもその〝高さ〟を調節する必要があった。そのために2つの開閉式閘門を作り、大津方面から京都方面へと船を進ませる際、琵琶湖側の閘門を開けて2つの閘門間に船を入れてから門を閉じ、疏水側の閘門を開けながら水面の高さを揃え、最後に疏水側の閘門を開けて進んで行くというシステムを担っていた。
明治時代に琵琶湖疏水を開通させ、その水路を〝航路〟として活用するために考えられた閘門は、正に時代の最先端を進んでいた物だったと言われている。初代のものは木製であったが数年後に起こった豪雨による疏水水量のコントロールを確実に行うために金属製のものに替えられたそうだ。
現在の閘門は昭和の時代に新しくされたものではあるが、既に30年以上の月日が経ち老朽化が目立つため再建が予定されているようだが、その際に〝全自動化〟することが京都市側から提案されているものを大津市側が渋っているために工事が進まないらしい。
水の確保で疏水を考える京都、それに対し観光資源としての考えが強い大津。実際に観光資源としての恩恵を被っていない地元民にとっては、税金投入を認めたくないのは当たり前のことである。歴史遺産であることはわかるにしても、他府県からの観光客目当ての改善であればそれこそ〝観光税〟でも徴収してすれば良いのではとしか思えないお粗末な話である。- 旅行時期
- 2022年04月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 5.0
- 京阪電鉄石山坂本線三井寺駅より歩いて5分。
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 時期と時間に大きく左右される。
- バリアフリー:
- 5.0
- 閘門周辺は舗装されている。
- 見ごたえ:
- 5.0
- 石とレンガからなる当時の建造物は圧巻である。
-
投稿日 2022年06月06日
総合評価:5.0
新聞記事に載っていた〝ハツミヨザクラ〟が満開という記事に釣られて訪れました。ワクチン接種後の空き時間を利用してきたものの、天気は私自身も泣きたくなる位の雨天。そんなこともありハツミヨザクラが咲いている〝近く〟まで車で向かおうとするも、現在では公園内の道路は通行禁止になっている様子で、ナビに振り回される形であっちこっちと間違って進んでしまった。結局目視確認しつつ進んだところ、皇子が丘公園第2体育館の駐車場を利用して歩くのが一番近いことが判明する。
皇子が丘公園でも西大津バイパス下の標高の高いエリアにハツミヨザクラは咲いており、見頃過ぎの雨ですっかり散る状態にはなってはいなかったものの、愛らしいピンクの色は背景の雲色に打ち消されてはっきりとしない。また高所から下方の木々を狙うといつもなら〝必ず〟広がるMother Lake琵琶湖も眺望が利かない。
公園自体もだいぶ草臥れた感が漂っており、それと共に雨天の中撮ったハツミヨザクラは決して〝瞼に残る〟レベルのものでもない。そう言って点では一言〝残念〟としか言えないが、今年がだめでも来年は!という気持ちの切り替えで再訪を心に刻んだ場所であった。- 旅行時期
- 2022年03月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 5.0
- 京阪電鉄石山坂本線大津京駅から徒歩10分。
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 雨降りだったので誰にも会わなかった。
- バリアフリー:
- 3.0
- 通路は舗装されているが木々の根元は土であった。
- 見ごたえ:
- 4.0
- 雨が降っていたので眺望も利かなかった。
-
投稿日 2022年06月05日
総合評価:5.0
例年春の桜の時期に行われる〝びわ湖大津 春のライトアップ〟は、どこにでもある〝桜〟のライトアップである。本年令和4(2022)年は3月25日金曜日から4月10日日曜日までとなっていた。このイベント自体は琵琶湖疏水の両岸に植えられた200本ものソメイヨシノをライトアップするもので、同時期に合わせて行われる〝三井寺春のライトアップ〟と〝一括り〟のように言われがちだが、実は違うものである。疏水の桜は大津閘門から第一トンネルまでの間に植えられており、それを24基の照明で夜空に浮き上がらせるという。
三井寺駅から歩いて行くと北国橋から大津閘門を眺めることとなるが、ここではそれ程の眺望はなかった。しして疏水沿いに歩き、びわこ疏水船大津乗下船場奥に位置する鹿関橋まで行くと人だかりがしており、まさに写真で見た通りの〝琵琶湖疏水桜のライトアップ〟の景色が目に入ってくる。写真は譲り合ってと書いてはいたが、守らないものもおり幻滅する。ただ多くはスマートフォンを使用しているために、欄干を用いては譲り合っている姿が見え、混雑はしているものの不快感はなかった。私自身も〝欄干撮り〟を試していたが、どうしても一定の場所は占拠されており入れない。そこで考えたのは三脚にiPhoneを取り付けた〝自撮り仕様〟にして、視線を高くして撮影することであった。意外にもこれが上手くいき広角を利用しなければ人が写り込まないことを知る。また第一トンネルの上方には三井寺で行われているライトアップの様子が入ることがわかり、場所を少しずつ変えながらカメラにその景色を収めて行った。
丁度満開の時期であったがために桜の花はバッチリ見ることが出来る上に写真でも再現できた。加えてライトアップに用いられているLED照明が適度な鮮やかさを景色に加えており、ものによっては幻想的にすら見せるものもあった位だ。
撮影ポイントとなる鹿関橋は車両通行があるために車に対し注意が必要だが、どこにでも居る三脚を定点設置している不届きもの以外は譲り合って写真を撮っていたため、危なかしいと感じることまではなかった。平日の夜だったこともあり人数も少なかったのかも知れない。しかし特定のポイント以外の〝風景〟をライトアップするイベントとしては、時期時間に寄るのであろうがこの春最高のものが見られたように思えた。
来年こそはコロナ禍が収束し、観光客も地元民も挙って楽しめるようなイベントになって欲しいと思う琵琶湖疏水春のライトアップであった。- 旅行時期
- 2022年04月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 5.0
- 京阪電鉄石山坂本線三井寺駅より徒歩5分で鹿関橋へ。
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 少なくはなかった。
- 催し物の規模:
- 5.0
- 本格的なものであった。
- 雰囲気:
- 5.0
- 園城寺のライトアップ借景になることもあり素晴らしい。
- バリアフリー:
- 5.0
- 鹿関橋・北国橋と通路は舗装されている。
-
投稿日 2022年06月05日
総合評価:5.0
明治維新150周年を迎えた平成30(2018)年春に始まったびわこ疏水船。観光用船舶の運行は実に67年ぶりのことであった。疏水船運航再開にあたり平成27(2015)年の試験運航には多数の希望者が集まり、その反響により〝営業運航〟の成功が確信された旨の記録が残っているそうだ。
実際に定期的な運航が始まった平成30(2018)年には春・秋シーズンの運航は、予約開始早々売切れとなり地元民にとっては〝身近にある遠いもの〟的な存在となって行った。しかしその後コロナ禍で大手を振って〝旅〟が出来なくなるに従い昨年令和3(2021)年には運航を休止している。その反動もあってか今年の春運航も桜の時期には予約は難しかったようだが、6月に入ると平日は間際でも予約が取れるようになっている。
琵琶湖疏水開通後に何故旅客利用があったかということは〝値段〟だという点以外になにものでもない。当初は〝船の運航費用〟に見合った価格設定が考えられていたようだが、結局先細りの利用減で再度休止となることを避けたいようで、船舶の運航や疏水路の整備費を含めた料金体系があの〝割高な乗船料〟に繋がっている。
他府県からの観光客で〝1回ぽっきり〟の乗船体験ならばあの費用を払っても〝思い出作り〟に繋がればいいのかも知れない。しかし私を含めた乗船経験のある〝地元民〟に言わせるとほぼ間違いなく〝ぼったくり〟の一言で片づけられてしまう。大津から蹴上迄片道乗れば、京都からは乗る必要もなく勧めもしない。どこぞの市長さんが実現させたとは言っているが、回数を乗る必要がないことは一度乗船すれば誰もがわかることである。
琵琶湖疏水といえば大津市民と京都市民の口げんかで〝水止めるぞ!〟という自虐ネタが知られている。また国の史跡と土木学会選奨土木遺産に指定されていることも含めれば、琵琶湖疏水は誰もが知っている〝現在に残る史跡〟と言い切ることが出来る価値がある。それを金銭的な理由から〝限定した人々〟だけが見ることが出来ればそれでいいのかと思われているようにも感じてしまう。
琵琶湖疏水が〝どこからどこまで?〟、びわこ疏水船の運航は〝どこからどこまで?〟という問いに答えられない方が疏水船の乗船者だったことを知りびっくりした。正しくは大津市から京都市山科区を経て東山区までが答えである。ツアー案内の細かい間違いレベルでは済まない話なので、乗るならばやはり琵琶湖疏水が作られた〝背景〟位は分かって楽しんで貰いたいと切に思う。景色は要所要所で眺めた方が絶対に素晴らしいのであるから。- 旅行時期
- 2022年04月
- コストパフォーマンス:
- 1.0
- 桜の時期の乗船料は考えられない程高い。
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 時期や曜日に大きく左右される。
- バリアフリー:
- 3.0
- 普通に段差はある。
- 乗り場へのアクセス:
- 5.0
- 各乗下船場も概ね駅から近い。
- 車窓:
- 3.0
- あくまで〝建造物〟を見るものであり、景色はその場その場に行った方が良い。
-
投稿日 2022年06月05日
総合評価:5.0
びわこ浜大津から坂本方面に向かって次の駅である三井寺駅。廃止された江若鉄道三井寺下駅とは場所が違い、もっと山側を通っていたらしい。京阪電鉄石山坂本線開業当時からあった駅ではあるが、観光客の利用が多く、後は地元の方々の足となっているため、昼間は駅員が派遣されている時間もあるが、基本的には2面2線のホームにそれぞれ改札口がある無人駅となっている。
学校もないため朝の駅前の混雑もない大津市街地にある〝静かな一角〟を醸し出している。浜大津方面から乗車し三井寺駅と出たところで琵琶湖疏水を渡る〝小さな鉄橋〟があることはあまり知られてはいないようだ。
近年人気の〝琵琶湖疎水船〟の大津乗船場は目の前であり、使い勝手は良いが三井寺迄は少し距離がある。とは言っても駅間に新駅を作っても便利になる訳ではないので、車を利用することが致し方ないと思えてしまう残念さはある駅であった。- 旅行時期
- 2022年04月
- 施設の快適度:
- 5.0
- 清掃は行き届いている様に見える。
- バリアフリー:
- 3.0
- ホームには階段があった。
-
投稿日 2022年05月23日
総合評価:5.0
箱館山の麓に位置する平池(だいらいけ)。カキツバタの群生地として有名であり、時期を迎えると花々が水面に反射して幻想的な景色を醸し出す場所となっている。
入村料として300円を施設事務所で払い、駐車場中は車内にレシートを貼り付けておくように指示される。歩いて7分程で平池に到着するが標高が500mということもあり、平地の開花状況は当てにならないことに注意が必要だ。今回も京都の市街地でカキツバタが見頃を迎えたとの情報を元に向かったが、レンゲツツジのオレンジ色の花しか確認できなかった。道端ではヤマフジがまだ咲いていた頃からも時期が早かったことを知る。
ひとつweb上の案内に平池の紹介として24時間行くことができると書かれてい。(野外施設としては確かにそうなるのであるが、入村料を支払う施設事務所の営業時間が8:30~17:00となっている上に夜間の駐車場利用を禁止する旨が書かれている立て看板があったことからも表記時間が誤っているように思える。勿論宿泊施設の利用者は別ではあるが、平池観光だけならば注意が必要である。
自然に囲まれた沼という場所なので足元は決して良くはない。写真を撮ることに夢中になり、足を取られないように気をつけて。- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 5.0
- ビラデスト今津駐車場より徒歩8分。
- 景観:
- 5.0
- カキツバタは早かったが水鏡の様子は目に浮かぶ。
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 時期が早過ぎたので誰もいない。
- バリアフリー:
- 3.0
- 平池周辺の足場は大変悪い。
-
投稿日 2022年05月24日
総合評価:5.0
公益財団法人が運営する多目的広場。高島市民のための施設のようだが勿論部外者も利用できる。キャンプ場やコテージ等の宿泊施設から、合宿等を行えるグラウンドもある多目的広場を有する施設でもあり、学校行事等でも利用されることから、シーズンになるとそれなりに混雑する。
カキツバタの名所として知られている平池(だいらいけ)の管理もこちらで行われているようで、駐車場代兼入村料として300円を〝であいの館総合案内所〟で支払い、遊歩道を歩いて行くこととなる。コロナ禍の背景もあってかすべての宿泊施設が利用できる訳でもないようだが、平池に霞がかかった早朝に向かうには公共交通機関の選択ができないため前泊した方が良いと思われる。
オフシーズンに訪れると〝人の流れ〟がないために頂いた地図では道を間違えてしまうことがある。あくまで平池は〝施設内〟ではなく〝施設外〟の場所ではあるが、地図に従って歩いて行くならば〝施設内〟の道を歩いて行くこととなる。それを勘違いした私はものの見事に施設を一周してしまった。
平池訪問に関することで見学は24時間可能と書かれているものが多いようだが、行くにあたり駐車場を利用することが必須となり、宿泊者以外夜間の駐車場利用は禁止と書かれている立て看板があった。実際に入村料を納めるとレシートを受け取り、それを駐車中にパーキングメーターのように外から見えるように貼っておいて下さいと念を押される。管理事務所の営業時間が8:30~17:00となっているため、その時間外の取扱いを禁止しているように考えられるので、実際に訪れる際には確認が必要だ。
若い子らや家族連れには楽しい施設だと思えるが、それなりの年齢に達すれば好き嫌いが分かれる場所のように感じた。- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用目的
- 観光
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 1人1泊予算
- 7,500円未満
- アクセス:
- 4.0
- 近江今津駅から車で30分・歩いて2時間半。
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- 高くはない。
- 客室:
- 5.0
- 清掃は行き届いており、快適に利用できる。
- 接客対応:
- 5.0
- 悪くはないが事務的かも知れない。
- 風呂:
- 5.0
- 清掃は行き届いており、快適に利用できる。
- 食事・ドリンク:
- 5.0
- アウトドア感満載の食事が楽しめる。
- バリアフリー:
- 3.0
- あまり考えられてはいないようだ。





































































































































