旅好者さんのクチコミ(37ページ)全6,282件
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投稿日 2022年09月09日
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投稿日 2022年09月09日
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投稿日 2022年09月06日
総合評価:4.0
さいき城山桜ホールは、国道217号線の大手前交差点から新道通りに入っていったところにありました。以前から空き地になっていたところを再開発して、2020年にオープンしたとのことです。この辺りはそもそもは商業地の様に、人の集まってくるところではない様で、訪れた時は人影の少ない場所でした。日常的に人が集まる場所にしたいと、食育活動、子育て・子育ち支援、市民協働スペースも取り込んでいるのだそうです。メインとなる大ホールは800名強の収容能力だそうですから、地方都市の標準サイズではありました。なお、外観上部のデザインに特長がありますが、デザインは(株)久米設計だそうです。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2022年09月06日
総合評価:4.0
大日寺は、京町通りの案内板の横にありました。1608年(慶長13年)に佐伯藩初代藩主・毛利高政の発願により創建されています。中興の祖、第13世孤貫僧正の遺徳により、1832年(天保3年)に下馬札、五本筋の灰筋塀、御紋付幕、翠簾三間が下賜されたとのことです。お参りした時は五本筋の灰筋塀だけが目に入りました。それはともかくとして、このお寺さんでは、なんといっても本堂前に立つ、台座を合わせて高さ約7mの大きな修行僧姿の厄除大師像があるはずですが、見当たりません。何と、1月の地震で倒壊してしまったそうです。それなりに日にちは経っていますが、再建の予定はないのでしょうか。なお、山号は東光山で、高野山真言宗のお寺さんです。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2022年09月06日
総合評価:4.0
やよいの湯は、国道10号線沿いの道の駅・やよいの中心施設となっていました。佐伯市では最大級の温浴施設とのことです。なお、ここは温泉ではありませんでした。大浴場のほか家族湯もあったので、コロナの時節柄利用しました。料金が比較的高いと思いましたが、その分、広さもあって、料金相応だと思いました。また、利用時間が90分と長く設定されていましたが、途中で出ました。大浴場の方は洋風の風呂と和風の風呂があり、奇数日、偶数日により男女交代制となっていました。また、洋風の風呂の方には、フィンランド式のサウナもあるとのことです。石に水を掛けるのは自動化されていて、定期的にミストシャワーが掛けられるのだそうです。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 泉質:
- 4.0
- 雰囲気:
- 4.0
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投稿日 2022年09月06日
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投稿日 2022年09月06日
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投稿日 2022年09月06日
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投稿日 2022年09月06日
総合評価:4.0
さしう浜公園は臼杵市の最北部の佐志生にある海水浴場です。臼杵市は海に面してますが、意外と海水浴場が少ないそうで、ここさしう浜公園はきれいな海の海水浴場として名が売れているそうです。沖にある消波ブロックや連なる島影のお陰で、意外なほど波のない砂浜でした。また、目の前の黒島にも海水浴場やキャンプ場があって、人気のスポットだそうです。
余談ですが、この佐志生は、1600年(慶長5年)春に、後の三浦按針となるウイリアム・アダムスらの乗ったオランダ帆船「リーフデ号」がやってきたところです。ほとんどまともな航海は出来ず、漂着した状態だったそうですが・・・。- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2022年09月06日
総合評価:4.0
海上に大小の岩が並んでいると、注連縄を掛けたくなるものなのですね。それだけ二見浦の夫婦岩が全国的な観光スポットだということでしょう。ここ姉妹岩にも注連縄が渡されていました。早吸日女神社のご神体である神剣に纏わ海女の姉妹、黒砂(いさご)・真砂(まさご)の伝説に由来しているそうです。ここは日の出の鑑賞ポイントでもあるそうですが、この岩近くの道路はゆっくりと車を駐めておける様なところはほとんどありませんでした。また、ここを通る県道635号線ですが、ここから南へのしばらくの間は、まだこんなに未整備な道路があったのかと思わせるところでした。のんびりと運転されることをお勧めします。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 景観:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
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投稿日 2022年09月06日
総合評価:4.0
キリシタン殉教記念公園の入口辺りから右を見ると、お寺さんの大きな本堂が見えました。それが常妙寺ですが、入口が変わっているので、気が付くのが遅くなります。鎌倉時代から祀られてきた府内天神(府内城近く)の境内に、1505年(永正2年)にこの地に千葉からやって来た僧侶・円応が庵を結んだことを発端としています。その後、大友宗麟の父である義鑑を開基として常妙寺という寺院となっています。府内天神は逆に常妙寺の境内に祀られることとなったそうです。現在地には1990年(平成2年)に移転をしています。隣はキリシタン殉教記念公園ですが、ともに大友家に深く関わっていますから、縁が結びつけたということでしょうか。なお、山号は本宮山で、日蓮宗のお寺さんです。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2022年09月06日
総合評価:4.0
大分森温泉やまなみの湯(旧まねきの湯)は、県道208号線沿いの森町というところにありました。最近、リニューアルされたそうで(名称も変え)まだ新しいと感じました。一般でいうところのスーパー銭湯といった感じで、利用者が多いと感じました。大分市内の温泉なので、モール泉です。今回はコロナウィルスの心配があるので貸切の出来る家族風呂を利用しましたが、写真を見ると、一般の浴室は、和風で揃えたところと、洋風で揃えたところとがあり、1週間ごと男女入れ替えとなっていました。また、サウナは広く、遠赤外線サウナと塩サウナの2種類がありました。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 泉質:
- 4.0
- 雰囲気:
- 4.0
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投稿日 2022年09月06日
総合評価:4.0
法心寺は、鶴崎の乙津川のすぐ近くにありました。1601年(慶長6年)に、肥後藩主・加藤清正によって建立されたとのことです。清正は大阪との最短の交通路を確保するため、陸路は阿蘇越えの豊後街道を敷き、瀬戸内海の海路を確保するため、ここ鶴崎に港を築いたのです。清正は熱心な法華経信者でしたから、海路安全をも祈念して法心寺を建立したのでしょう。本堂前の逆さイチョウと呼ばれる、イチョウの大木は清正が杖としていたイチョウの枝を突き刺したら、大きく育ったと伝わっているそうです。境内には清正を祀る御堂もありました。なお、山号は雲鶴山で、日蓮宗のお寺さんです。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2022年09月06日
総合評価:3.0
以前、山口の大内氏の復元庭園を見物したことがありますが、地方の国主として力を備えた大名は大きな館を築き、庭園を造り、客人をもてなしたり、自らも風流を楽しんだりした様ですね。大分を訪れると、大友氏館跡の整備・復元工事が行なわれていて、まずは、発掘調査の終わった庭園部分の復元工事が終わって公開されていました。庭園の発掘では池の跡や転がっている景石しか分らないのですが、木や花も巧みに植えられていたでしょうが、想像での復元は致し方ないところだと思います。今現在は浅くしか水が入れられていませんが、もっと深かったのではないかと思いました。少なくとも復元で敷き詰めた丸石は隠れる程度には溜めて欲しいと思いました。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2022年09月06日
総合評価:4.0
高崎山自然動物園を訪れた時は、たまたま雨の日でした。海側のおさる館横の駐車場に車を駐めて、長い歩道橋を渡って入園入口までくると、足下も結構濡れてきます。この先、サル寄場まで坂道を歩くのもちょっとうんざりいったところでしたが、ここにさるっこレールがありました。これを利用しない手はないですね。往復110円はお手頃価格でした。
- 旅行時期
- 2022年05月
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 乗り場へのアクセス:
- 3.0
- 車窓:
- 3.0
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投稿日 2022年08月25日
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投稿日 2022年08月25日
総合評価:4.0
佐伯藩毛利氏の居城が佐伯城、またの名を鶴屋城です。石垣を除くと、三の丸櫓門が唯一の遺構となります。日田から移ってきた毛利家としては、それまで目の前を三隅川が流れる日隈城主でしたから、水運が町の繁栄には必須だと思っていたのでしょうね。佐伯は番匠川の水運もあったでしょうが、メインは海運だと思ったのではないでしょうか。海に近く独立性もある八幡山が、築城の最適地となったのだと思います。(第2候補が認められる慣習?があったそうで、家康への築城申請は、海に近すぎて立地の悪い女島山を第1候補として当て馬にした様です)
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2022年08月25日
総合評価:4.0
城山の直下に、佐伯城の三の丸櫓門がありました。訪れた時は三の丸跡地にあった佐伯文化会館の解体工事が行なわれていて、騒音をまき散らしていましたが、その工事のために、三の丸櫓門は通行禁止になっていました。佐伯城(鶴屋城)の遺構は石垣を除くと、この三の丸櫓門しかないのですね。1637年(寛永14年)に、3代藩主・毛利高尚は、住まいを山上の城から山下の三の丸に移し、その時にこの楼門を設けたとのことです。現在の楼門は1832年(天保3年)に建てられたものとのことです。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2022年08月25日
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投稿日 2022年08月19日
総合評価:4.0
大手前から三の丸櫓門方向に向かって進んでいると、右手に鉄筋コンクリート造り3階建ての大きな佐伯小学校の校舎がありました。その中央辺りに、道路に面して立派な門がありました。8代藩主・毛利高標の時代の、1777年(安永6年)に開校した藩校「四教堂(しこうどう)」の正門です。(四教堂と書かれた大きな額が架かっていました)四教堂の名前は、玄関に孔子の聖像が置かれていたことから、論語にある文、行、忠、信の4つ教えだといわれているそうです。佐伯小学校の生徒さんは毎日、この4つ教えを実践しているのでしょうか。
- 旅行時期
- 2022年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 4.0



































