旅好者さんのクチコミ(19ページ)全6,282件
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- 基本情報
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投稿日 2022年12月29日
総合評価:4.0
神迎の道に面して、乗光寺の山門がありました。本堂が大きく、境内も広いお寺さんですが、両脇のお店に挟まれて窮屈そうな感じの山門でした。創建は1216年(建保4年)とのことです。この年、親鸞聖人の高弟・明光上人が出雲を訪れた折、第49世出雲国造孝房卿の子、北島経孝卿が大社明神の夢告を授かり、明光上人に帰依して出家し、このお寺を建立したのだそうです。境内に進むと、赤い石州瓦を乗せた大きな本堂がありました。その本堂前にある山茶花の赤い花がアクセントになっていました。なお、山号は紫雲山で、浄土真宗本願寺派のお寺さんです。
- 旅行時期
- 2022年11月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2022年12月29日
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投稿日 2022年12月29日
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投稿日 2022年12月29日
総合評価:4.0
出雲大社と稲佐の浜を結んでいる国道431号線沿いの墓地の一画に出雲阿国の墓がありました。大きな自然石の、思いのほか立派なお墓でした。阿国は鍛冶職中村三右衛門の子で、出雲大社の巫女だったとも伝わっているそうですね。歌舞伎踊りが創始されたのは、大社本殿の修復費用の勧進のためだったとか。ここは出雲市営太鼓原東墓地の一画だと思います。全体にゆったりとした墓地で、周りには立派なお墓が多い反面、歴史が長い墓所なので、墓じまいの公告が掲示されていたりもしました。
- 旅行時期
- 2022年11月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2022年12月29日
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投稿日 2022年12月29日
総合評価:3.5
大社と稲佐の浜を結んでいる国道431号線沿いにある奉納山の山麓近くに、八大荒神社(はちだいこうじんしゃ)がありました。よく台所の神さまなどとして荒神さまと呼ばれて親しまれているお宮です。出雲にも何10社もの荒神社があり、そこの地名を付けて呼ばれることが多く、八大荒神社も仮之宮荒神社とも呼ばれるそうです。八大は、雨乞いの神さまとして知られる八大龍王のことかと思いますが、現在の、こちらのご祭神は玉依姫命(たまよりびめのみこと)です。この女神さまも海や水の神様ですから、大らかに、まぁ、良いかといったところです。
- 旅行時期
- 2022年11月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2022年12月29日
総合評価:4.0
稲佐の浜近くには、いくつかお宮が集まっているので、一回りしました。中で1番大きな社殿なのが上の宮でした。別名は仮宮というのだそうで、ここの住所は仮之宮となっていました。ご祭神は、素戔嗚命(すさのおのみこと)と八百萬神(やおよろずのかみ)です。出雲大社の社殿はみんな大社造りなのかと思っていましたが、こちらは良く見掛ける神明造りで、また、千木もありませんでした。ここがあの有名な神議りが執り行われるところなのですね。よくお参りして来年の神議りに期待しましょう。近くに下の宮がありました。小さなお社ですが、ご祭神は天照大神です。上の宮、下の宮それぞれのご祭神は、日御碕神社と同じです。出雲ではその様に決まっているのですね。また、同じくすぐ近くには素戔嗚命の御子神・大歳神(おおとしのかみ)を祀る大歳社(おおとしのやしろ)もありました。
- 旅行時期
- 2022年11月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2022年12月29日
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投稿日 2022年12月26日
総合評価:3.0
稲佐の浜から日御碕へ続く道路沿いにポツンとある旅館でした。築年数はそこそこ経っているようでしたが、もともと綺麗さの期待はしていませんので問題なしでした。温泉は大社温泉の1号となっていました。泉質はナトリウム-塩化物泉で、加熱循環だと思います。残念だったのは、部屋からもお風呂からも海を見ると、その手前に廃材が山の様に積まれているのが目に入ってしまうことです。展望が売りの様に書かれていたと思いますが、見なければ良かったと思ってしまいました。
- 旅行時期
- 2022年12月
- 利用目的
- 観光
- 利用した際の同行者
- 友人
- 1人1泊予算
- 7,500円未満
- アクセス:
- 3.0
- コストパフォーマンス:
- 3.5
- 客室:
- 3.0
- 接客対応:
- 3.0
- 風呂:
- 3.0
- 食事・ドリンク:
- 3.5
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投稿日 2022年12月26日
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投稿日 2022年12月26日
総合評価:5.0
日御碕の経島(ふみしま)のある海岸近くに、朱色の鮮やかな日御碕神社がありました。創建は安寧天皇13年(西暦紀元前536年)だそうです。ここは出雲国ですから神代のお話ですね。現在の本殿は、徳川幕府3代将軍・家光の命により、1634年(寛永11年)に、その当時の松江藩主であった京極忠高が着手し、完成は1644年(寛永21年)だったのですが、藩主は松平直政に変わっていたとのことです。神門を潜ると、正面には下の宮となる「日沉宮(ひしずみのみや)」があり、右手の長い石段上に上の宮である「神の宮」がありました。(沉は沈の古い字だそうです)下の宮のご祭神は天照大御神(あまてらすおおみかみ)で、上の宮のご祭神は素盞嗚尊(すさのおのみこと)とのことですから、姉弟が1つの神社に祀られています。
- 旅行時期
- 2022年11月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- 見ごたえ:
- 5.0
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投稿日 2022年12月26日
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投稿日 2022年12月26日
総合評価:3.5
日御碕を目指して行くと、突き当たったところが県営の日御碕駐車場でした。そこから1段下がった、建物が並ぶ一画に日御碕ビジターセンターがありました。訪れた時は、風雨が激しくなってしまい、車から出るのも躊躇する状況でした。それでもポツ、ポツとはやって来る車がありますが、観光に廻ろうとする人はまったくいませんでした。そんな状況でも、年中無休なので、早仕舞いはしない様でした。なお、9:00~17:00の間、開いています。
- 旅行時期
- 2022年11月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2022年12月26日
総合評価:3.0
道の駅・キララ多伎からは北東方向の丘の上には風力発電のタワーが見えましたが、それがキララトゥーリマキ風力発電所でした。タワーの足元まで坂道を車で登ることが出来ました。タワーは2基ありましたが、訪れた時は1つは故障で?停止中でした。2003年(平成15年)から稼働を開始したそうですが、近年は故障が多いのか発電量は減っている様です。
- 旅行時期
- 2022年11月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 3.0
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投稿日 2022年12月26日
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投稿日 2022年12月26日
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投稿日 2022年12月26日
総合評価:3.5
井戸神社はいも代官・井戸平左衛門を祀っています。石段上の鳥居はまだ新しいですが、2018年(平成30年)の太田沖地震(震度5)の被害を受け、皆さんの寄付で再建されたとのことです。扁額の井戸神社の文字は勝海舟の書だそうです。創建は1879年(明治12年)で、当時の国道の拡幅に伴い、現在地に1916年(大正5年)に遷宮されたとのことです。
平左衛門は1731年(享保16年)に19代代官に任命されています。その時の年齢はすでに60歳ですから、本来ならばとっくに隠居している年齢です。(任官期間はわずか2年間です)この任命にはあの大岡越前守が関与していたとか。翌年に起こった享保の大飢饉で、代官所の米蔵を開くといった大胆なことが出来たのは、最後のご奉公と割り切っていたからでしょう。旅の僧侶から聞いた薩摩芋の栽培を奨励したのは、年貢米取り立ての無理を承知していたからでしょうね。功績を頌える碑が地元はもとより、鳥取県、広島県の各地を合わせると500基以上も建てられているそうです。- 旅行時期
- 2022年11月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2022年12月26日
総合評価:5.0
銀山代官所跡からさらに北へ進むと、幅のある道路の突き当たりに、城上(きがみ)神社がありました。(細い道はさらに北へ続いています)拝殿は屋根が重層、入母屋造りで見応えがありました。創建時期はハッキリしていませんが、延喜年間(901年~23年)には仁摩郡馬路の城上山に鎮座していて、航海安全と海防の神として信仰を集めていたと伝わっているそうです。途中、1回の遷座を経て、現在地に1577年(天正5年)に遷座をしています。ご祭神は大物主命(大国主命)で大森の氏神様を祀る神社です。現在の社殿は大火後の1812年(文化9年)に再建されたものです。境内に大きな亀石というものが置かれていました。延喜年間に奉納されたものですが、遷座の折に忘れられてしまい、後を追って・・・の説明があります。その健気さには涙?が出ました。
- 旅行時期
- 2022年11月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 5.0
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投稿日 2022年12月26日
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投稿日 2022年12月26日
総合評価:3.5
大森の町並みの北端を外れたところに、石見銀山資料館(銀山代官所跡)がありました。大森の町並みの北端近くにある駐車エリヤの、代官所前ひろばからはすぐ横の銀山川を栄橋で渡ったところです。入口の提灯などには「いも代官」とあり、資料館は「いも代官ミュージアム」なのだそうです。18世紀前半の代官だった井戸平左衛門さんも、こんなにも、いも代官と呼ばれるとは思っていなかっただろうと思います。中の展示は、古文書などの資料や採掘道具、本物の銀鉱石なども見られるので、石見銀山のお勉強には良い施設だと思います。
- 旅行時期
- 2022年11月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- コストパフォーマンス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 展示内容:
- 3.5










































