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旅好者さんのトラベラーページ

旅好者さんのクチコミ(15ページ)全6,284件

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  • 良い家臣に恵まれました。

    投稿日 2023年01月14日

    湯薬師堂 玉造温泉

    総合評価:3.5

    温泉街を南に出外れた、湯町八川往還と県道25号線の合流の交差点角に、湯薬師堂がありました。松江藩御茶屋跡(現在のおすそわけ茶屋辺り)に近いところです。歩道沿いには「元湯跡の碑」がありました。2間四方くらいの小振りなお堂です。創建は1309年(延慶2年)とのことです。病に伏した富士名判官義綱(佐々木義綱)の家臣綱久が、信仰している薬師如来に病気平癒を祈願すると、「洪水で埋まっているが、玉湯川には霊泉がある」とのお告げを受けます。早速、探し当てて湯浴みをすると、すっかり回復することが出来たそうです。感謝の意で、薬師如来を祀るお堂が建てられたそうです。玉湯川の大洪水は鎌倉時代後期に発生したそうですが、これは玉造温泉復活のお話なのですね。

    旅行時期
    2022年11月
    利用した際の同行者
    友人
    アクセス:
    3.0
    人混みの少なさ:
    5.0
    見ごたえ:
    3.5

  • 玉作跡からの出土品収蔵庫がありました。

    投稿日 2023年01月14日

    玉作湯神社 玉造温泉

    総合評価:4.0

    玉造温泉の温泉街が南に出外れたところに、玉作湯(たまつくりゆ)神社がありました。創建は不明とのことですが、733年(天平5年)の創建とも伝わっているそうです。ご祭神は勾玉造り系の櫛明玉神(くしあかるたまのかみ)と温泉系の大名持神(おおなむちのかみ=大国主神)と少毘古那神(すくなひこなのかみ)の3柱となっています。この町の歴史をそのままに祀っていることになります。その勾玉造りに関連して、境内に古代の住居の形をした収蔵庫があり、玉作跡から出土した玉類や砥石などを収納しているとのことです。

    旅行時期
    2022年11月
    利用した際の同行者
    友人
    アクセス:
    3.0
    人混みの少なさ:
    4.0
    見ごたえ:
    4.0

  • 日帰り入浴の専用施設でした。

    投稿日 2023年01月14日

    玉造温泉ゆ~ゆ 玉造温泉

    総合評価:4.0

    姫神広場から湯町八川往還を少し南へ行ったところに、日帰り入浴の専用施設の玉造温泉ゆーゆがありました。まずはその建物のデザインにビックリです。島根県出身の建築家である高松伸さんの設計で、1996年(平成8年)に開館したとのことです。建物の上部に見える半球体が5階で、大浴場になっていました。露天風呂などもありました。温泉街の中にもいくつか日帰り入浴が出来る旅館がありました。料金は1、200~1、300円くらいでした。
    余談ですが、このゆーゆですが、建物の老朽化が進んでいることから、廃止することも含めた検討がされているそうです。2025年までには結論が出されるそうです。

    旅行時期
    2022年11月
    利用した際の同行者
    友人
    アクセス:
    3.0
    泉質:
    4.0
    雰囲気:
    4.0

  • 無料の足湯がありました。

    投稿日 2023年01月14日

    姫神広場 玉造温泉

    総合評価:3.5

    玉湯川沿いの「湯町八川往還」の一画で、佳翠苑皆美の正面辺りに姫神広場がありました。置かれている像が美肌の姫神さまということですね。広場の一画には、無料の足湯がありました。足湯はほかのところにもありましたが、ここは屋根が付いていますから、年中利用可能です。
    もし姫神広場を温泉街散策の途中で寄ったのならば、200mくらい北にあるキラキラ橋を訪れることもお勧めです。橋そのものもインパクト充分ですが、床全面に描かれた絵は姫神さまや動物たちが湯浴みをしていて、写真スポットです。橋を渡った先のお店を利用するかどうかは別として・・・。

    旅行時期
    2022年11月
    利用した際の同行者
    友人
    アクセス:
    3.0
    人混みの少なさ:
    4.0
    見ごたえ:
    3.0

  • 長さで勝負でしょうね。

    投稿日 2023年01月14日

    玉湯川桜並木 玉造温泉

    総合評価:3.5

    北の国道9号近くから玉造温泉街まで、玉湯川の土手約2kmにわたって、ソメイヨシノが植えられているの玉湯川桜並木とのことです。訪れたのが桜の季節ではないので想像するしかありませんが、長さで勝負でしょうね。残念ながら木が小さいので、頭上から覆い被る様な、圧倒的な迫力はないと思いました。でも、温泉と桜を足し合わせれば、文句の付けようがないのだと思います。

    旅行時期
    2022年11月
    利用した際の同行者
    友人
    アクセス:
    3.0
    景観:
    3.5
    人混みの少なさ:
    5.0

  • 湯気は上がっていませんでした。

    投稿日 2023年01月14日

    玉湯川 玉造温泉

    総合評価:3.5

    玉造温泉街を流れる玉湯川ですが、温泉と思われる湯気は見られませんでした。温泉街を南に出外れた湯町八川往還と県道25号線の合流点辺りに、元湯跡とか川辺の出湯跡がありましたから、ここでお湯が湧出していた頃には、お湯の流れる川だったのではないかと思います。今は温泉街の川岸が散歩道として整備されていましたが、下流部にも飛び石で渡れるところがありました。この玉湯川は玉造温泉から2kmくらいで宍道湖に注いでいます。宍道湖は斐伊川の流れの途中という位置付けですから、玉湯川は斐伊川水系の川となるのですね。

    旅行時期
    2022年11月
    利用した際の同行者
    友人
    アクセス:
    3.0
    景観:
    3.5
    人混みの少なさ:
    5.0

  • 格式の高い高級旅館街です。

    投稿日 2023年01月14日

    玉造温泉 玉造温泉

    総合評価:4.0

    玉造温泉は古くからの歴史があるのですね。何でも、少毘古那神(すくなひこなのかみ)が発見したと伝えられているのだそうです。少毘古那神は国造りを始めとしたいろいろな神様ですが、温泉の神でもありますからね。江戸時代には松江藩の御茶屋が造られ、藩主が静養に訪れていたそうですが、それだけに格式を重んじてきた様で、温泉場といえば・・・といった歓楽街が見当たりません。ずっと館内で過ごせるほどに、施設も温泉も料理もすべて充実している高級旅館街ということですね。玉造の名は、近くに良質の青瑪瑙の産出場があり、古くから勾玉造りが盛んだったからだそうです。三種の神器の1つである八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)はここで造られたものと伝わっているそうです。

    旅行時期
    2022年11月
    利用した際の同行者
    友人
    アクセス:
    3.0
    泉質:
    4.0
    雰囲気:
    4.0

  • 古代に通じる散策トレイルです。

    投稿日 2023年01月14日

    はにわロード 松江・松江しんじ湖温泉

    総合評価:3.0

    八重垣神社の鳥居の前の県道246号線を挟んだところに路地があります。左角には夫婦椿がありますが、その路地の入口に「はにわロード」の案内石碑がありました。途中、荒神谷・後谷古墳群、大石横穴群、伝出雲国造館跡を通って神魂神社へ、そこから出雲かんべの里を経由して、八雲立つ風土記の丘までがコースとのことです。全長は2.2kmあります。途中の数100mに、はにわのレプリカが置かれていました。

    旅行時期
    2022年11月
    利用した際の同行者
    友人
    アクセス:
    3.0
    人混みの少なさ:
    5.0
    見ごたえ:
    3.0

  • 夫婦椿がいくつもありました。

    投稿日 2023年01月14日

    八重垣神社 松江・松江しんじ湖温泉

    総合評価:4.0

    馴染みのある道路番号、但し、こちらは県道の246号線沿いに、八重垣神社がありました。ヤマタノオロチ退治の後、素盞嗚尊(すさのおのみこと)と稲田姫(いなたひめ)はこの地で結ばれ、出雲の縁結びの大親神として祀られている神社です。稲田姫が隠れた垣根が何重にもなっていたので、八重垣だと思っていたのですが、大垣、中垣、万垣・・・など8つの垣根だったのですね。鳥居、随神門を潜った先に狛犬がありましたが、ちょっと可哀想なお姿でした。地元産の来待石製だそうですが、造形には向いていないみたいです。神社の太鼓は祈祷の最初などに時々聞こえてくると思いますが、この神社では太鼓がずっと鳴り響いていましたので、ほかの神社とは違う様です。鳥居の前の道路を挟んだところに、大きな夫婦椿がありました。これは、稲田姫が地面に立てた2本の椿の枝が芽吹いて1本になったという言い神秘!な椿です。境内にはほかに2本の夫婦椿がありました。

    旅行時期
    2022年11月
    利用した際の同行者
    友人
    アクセス:
    3.0
    人混みの少なさ:
    3.5
    見ごたえ:
    4.0

  • 大社造の本殿は国宝です。

    投稿日 2023年01月14日

    神魂神社(大庭の大宮) 松江・松江しんじ湖温泉

    総合評価:5.0

    八雲立つ風土記の丘から出雲かんべの里を経由し、少し奥まったと感じるところに、神魂神社がありました。(なお、県道248号線で直接行けます)出雲国造の大祖天穂日命がこの地に天降られ出雲の守護神として創建したものだそうです。地元では大庭の大宮とも呼ばれているとか。現在の大社造の本殿は1346年(正平元年)の建立で、国内最古のものとして国宝になっています。本殿の中を見ることは出来ませんが、出雲大社の男造(おづくり)に対して、女造(めづくり)なのだそうですね。屋根に乗っている千木も大社の男千木に対して、女千木だとのことです。
    本殿左の境内社に貴布祢稲荷両神社がありました。2つが1つになった変わった社殿でした。1つが闇靇神(くらおかみ)を祀った貴布祢社で、もう1つが倉稲魂神(うかのみたまのかみ)を祀った稲荷社です。1583年(天正11年)の建築で、重文とのことです。その左を見ると社殿のない、見たこともない形式のところがありました。神籬(ひもろぎ)と呼ぶものだそうです。竹垣のようなもの(お柴というそうです)の周りを常緑樹(枯れていましたが)で囲み神座としたものだそうです。豊年を祈願するものだそうですね。

    旅行時期
    2022年11月
    利用した際の同行者
    友人
    アクセス:
    3.0
    人混みの少なさ:
    4.0
    見ごたえ:
    5.0

  • HPでも民話やわらべ歌が楽しめます。

    投稿日 2023年01月14日

    出雲かんべの里 民話館 松江・松江しんじ湖温泉

    総合評価:4.0

    八雲立つ風土記の丘からさらに奥にちょっと進んだところに、出雲かんべの里がありました。施設としては民話館と工芸館(+自然の森)がありました。民話館では、語り部から直接民話を聴いたり、各地に伝わる伝説が紹介されていたり、耳なし芳一を映像で観賞したり出来ました。また、HPには民話の部屋とわらべ歌の部屋があり、館長さんが長年掛けて、現地に行って収録した民話やわらべ唄を聴くことが出来ます。

    旅行時期
    2022年11月
    利用した際の同行者
    友人
    アクセス:
    3.0
    コストパフォーマンス:
    3.0
    人混みの少なさ:
    5.0
    展示内容:
    4.0

  • 事前申し込みで、伝統工芸の制作体験が出来ます。

    投稿日 2023年01月14日

    出雲かんべの里 工芸館 松江・松江しんじ湖温泉

    総合評価:3.5

    八雲立つ風土記の丘からさらに奥にちょっと進んだところに、出雲かんべの里がありました。施設としては工芸館と民話館(+自然の森)がありました。かんべの説明が見つかりませんが、忌部神戸(いんべかんべ)のかんべなのでしょうか。出雲地方に伝わる伝統工芸や民話にふれる体験型施設とのことです。工芸館には木工、籐工芸、機織り、陶芸の4つの工房があり、作家の方が作業を行なっているところを見ることが出来ます。また、ここは体験が出来ることが主目的ですが、事前に申し込みをする必要があります。また、2階にはクラフトショップ「いろは舎」がありました。

    旅行時期
    2022年11月
    利用した際の同行者
    友人
    アクセス:
    3.0
    人混みの少なさ:
    5.0
    見ごたえ:
    3.0

  • ここは神話と繋がっているところでした。

    投稿日 2023年01月14日

    八雲立つ風土記の丘資料館 松江・松江しんじ湖温泉

    総合評価:5.0

    現在の名称は「八雲立つ風土記の丘展示学習館」となっていました。プロローグでは、この地方の古い地名は意宇(おう)だっったそうですね。出雲国風土記に、八束水臣津野命(やつかみずおみつぬのみこと)」が国引きの大仕事を終えた際に「国引きを意恵(おえ)」と言い、この「おえ」から「おう」になったとか。ここは神話と繋がっていることを実感しました。ここを流れる意宇川は「いうかわ」ですが、古くは「おうかわ」だったのでしょうかね。その先に進むと、意宇(おう)郡のジオラマもありました。なかなかの力作でした。

    旅行時期
    2022年11月
    利用した際の同行者
    友人
    アクセス:
    3.0
    人混みの少なさ:
    5.0
    展示内容:
    5.0

  • 古墳公園になっていました。

    投稿日 2023年01月14日

    八雲立つ風土記の丘 松江・松江しんじ湖温泉

    総合評価:5.0

    松江の町中から、国道432号線で南に下ったところに、八雲立つ風土記の丘がありました。ここには展示学習館があり、周囲は古墳公園として整備されていました。ここは7基の古墳が集まる岡田山古墳です。1号墳は長さが約24mの前方後方墳で、大きくはないのですが、ここから発掘された円頭大刀には刀身部に「各田卩臣」(額田部臣)の銀象嵌銘があったことで有名とのことです。ところで、観光としてはこの場所が目的地だったのですが、島根県は史跡や社寺などの文化財が集まっているこの一帯が古代出雲の中心地として、東西5km、南北4kmの範囲全体を「八雲立つ風土記の丘」と命名したとのことです。住所では大場町や竹矢町となります。竹矢町には出雲国国分寺跡などもあり、少なくとも奈良時代も地域の中心だったのですね。この八雲立つ風土記の丘の少し南に意宇(いう)川が流れています。あのホーランエンヤが目的地となる阿太加夜神社はこの川沿いです。近くには国引き神話ゆかりの場所もあり、古代出雲と繋がっているのだと思いました。

    旅行時期
    2022年11月
    利用した際の同行者
    友人
    アクセス:
    3.0
    景観:
    5.0
    人混みの少なさ:
    5.0

  • 一周50分はあっという間でした。

    投稿日 2023年01月14日

    ぐるっと松江堀川めぐり 松江・松江しんじ湖温泉

    総合評価:4.0

    松江に観光で訪れて、船に乗るのは2つありました。1つは松江城のお濠をグル~ッと廻る「ぐるっと松江堀川めぐり」と「宍道湖観光遊覧」です。寒い時期では、宍道湖の方は船室から出られません。一方、堀川めぐりはこたつ船となっていますが、水面を渡る風の冷たさはやはり覚悟が必要でした。船からは江戸の景色と昭和の景色を眺め、たくさんの橋を潜り、また、低い橋桁を通る度に屋根に押し潰されそうになったり、いろいろな鳥を見たり、そして、船頭さんの楽しい説明や歌を聴いたりと一周50分はあっという間でした。

    旅行時期
    2022年11月
    コストパフォーマンス:
    3.0
    人混みの少なさ:
    5.0
    乗り場へのアクセス:
    3.0
    車窓:
    4.0

  • 重職さんたちの通勤路でした。

    投稿日 2023年01月14日

    北惣門橋 松江・松江しんじ湖温泉

    総合評価:3.5

    現在、松江歴史館がある辺りは、江戸時代には家老職などの重臣のお屋敷が4軒並んでいたそうです。その登城に使われていたのが北惣門橋だそうです。明治になって、城内に興雲閣を置くこともあって車を通す必要から石造りの橋となったそうです。往時の姿に復元の動きもあって、1994年(平成6年)に木造に戻したそうです。但し、車の通行も許していたため痛みも激しく、今年(2022年)に架け替えられたものです。なお、今度からは車の通行は原則禁止です。全長19m、幅4.6mです。

    旅行時期
    2022年11月
    利用した際の同行者
    友人
    アクセス:
    3.0
    人混みの少なさ:
    5.0
    見ごたえ:
    3.5

  • 10年に一度のお祭りです。

    投稿日 2023年01月14日

    松江ホーランエンヤ伝承館 松江・松江しんじ湖温泉

    総合評価:5.0

    お濠(京橋川)の北堀橋の南袂近くに、松江ホーランエンヤ伝承館がありました。ホーランエンヤは城山稲荷神社の式年神幸祭のことだそうです。大橋川と意宇川を舞台に約100隻の船による船行列が繰り広げられるそうで、是非とも見てみたいところですが、10年に一度の開催です。近いところでは2019年(平成31年)に開催されたので、しばらくはありません。松江ホーランエンヤ伝承館はその様子を学べるところです。展示の中では、一番船から五番船までの違いがよく分るのが良かったです。なお、船行列が目立ちますが、神幸祭の構成は、御神霊を阿太加夜神社まで運ぶ渡御祭、阿太加夜神社での7日間の祈祷とその中日の中日祭、御神霊を城山稲荷神社に戻す還御祭からなっているとのことです。

    旅行時期
    2022年11月
    利用した際の同行者
    友人
    アクセス:
    3.0
    コストパフォーマンス:
    3.0
    人混みの少なさ:
    5.0
    展示内容:
    5.0

  • 随分と力の入った歴史館です。

    投稿日 2023年01月14日

    松江歴史館 松江・松江しんじ湖温泉

    総合評価:5.0

    江戸時代、この辺りは家老職などの重臣のお屋敷が4軒並んでいたそうです。松江歴史館は、その当時以上に重厚感のある建物で、松江市は随分と力を入れたものだと思いました。この歴史館の中に、松江藩家老朝日家の長屋というものが復元されていました。一部は民家として残っていたそうです。天保年間(1830年~44年)当時の間取りだそうです。往時を想像できて興味深いものでした。

    旅行時期
    2022年11月
    利用した際の同行者
    友人
    アクセス:
    3.0
    コストパフォーマンス:
    3.0
    人混みの少なさ:
    5.0
    展示内容:
    5.0

  • 堀尾家の未来を託して・・・。

    投稿日 2023年01月14日

    松江城 松江・松江しんじ湖温泉

    総合評価:5.0

    国宝だ、国宝ではないと一時揉めた松江城天守閣ですね。松江神社にあった「祈祷札」が決め手となって、無事に国宝に復帰しました。築城は秀吉、家康に仕えた武将・堀尾吉晴です。吉晴は、1599年(慶長4年)に、家督を息子の忠氏に譲り、57歳で隠居しています。1600年(慶長5年)の関ヶ原後、忠氏が出雲・隠岐両国を拝領したことに伴い、安来の月山富田城に入城します。この城は、難攻不落と言われた戦国大名尼子氏の居城だったものですが、山城ですから平地が少なく近代的なお城の立地としては不向きだったのです。
    領内で、松江が最適地だったのでしょうね。当時の幕府は第2候補地を認可する傾向があった様ですが、当て馬としてどこを第1候補として申請したのか興味のあるところです。1607年(慶長12年)から築城を開始していますが、当主だった忠氏は1604年(慶長9年)に亡くなっていて、時の当主は吉晴の孫である忠晴となっていましたが、まだ、11歳ですから、65歳の吉晴が老骨に鞭打ち、陣頭指揮をしたのでしょう。1611年(慶長16年)の完成を見届けて、その年に、吉晴は69歳で亡くなっています。これで堀尾家も安泰と、このお城に未来を託したと思います。でも、1633年(寛永10年)に亡くなった忠晴には嗣子がなく改易となってしまうとは想像もしていなかったでしょうね、

    旅行時期
    2022年11月
    利用した際の同行者
    友人
    アクセス:
    3.0
    人混みの少なさ:
    4.0
    見ごたえ:
    5.0

  • 明治洋風建築をを代表する建物です。

    投稿日 2023年01月14日

    興雲閣 松江・松江しんじ湖温泉

    総合評価:4.0

    松江城の二の丸跡に、興雲閣と松江神社がありました。松江神社には違和感を感じませんが、興雲閣は洋風建築ですから城内にあると、やはり違和感がありました。それはともかくとして、この建物は1903年(明治36年)に建てられたもので、実現はしていませんが、明治天皇の行在所に使用することも目的の1つとなっていたので、一層力が入っていたのかなと思います。当時の大工さんの苦労や奮闘ぶりが想像されます。明治の洋風建築を代表する建物だと思いました。

    旅行時期
    2022年11月
    利用した際の同行者
    友人
    アクセス:
    3.0
    人混みの少なさ:
    5.0
    展示内容:
    4.0

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