chiaki-kさんへのコメント一覧(23ページ)全544件
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はじめまして
chiaki-kさん、はじめまして
この度はオヤジの拙い旅行記をご覧頂き、投票まで頂きありがとうございます。
chiaki-kさんの旅行記も拝見させていただきました。
台風、青の洞窟、全体の天気と恵まれてかなりの強運の持ち主とお見受けいたしました。
特に南イタリアではお天気ひとつで旅の印象も大きく変わると思います。
オヤジは未だ南イタリアは未踏ですが、死ぬ前には行きたいナポリでは、chiaki-kさんの様に良い旅が出来ればいいなと思っております。
今後とも宜しくお願いいたします。
Kei2016年07月27日09時37分返信するイタリア・大好きです
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Keiさん、こんにちは。南イタリア旅行記に
”いいね”をありがとうございます。
2012年の南イタリアは9月末〜10月という時期
にもかかわらず好天に恵まれ、楽しい旅行が
出来ました。
ただ、ナポリだけは、ほとんど町歩きをさせて
もらえませんでしたので、次回があれば、
フリーで存分に歩き回ってやろうと妄想して
います。
ところで「トスカーナ州、オヤジの一人旅
?フィレンツェ」編、拝見しました。
実は4トラにはUPしていませんが、2002年12月
31日、プラートのホテルに宿泊していました。
プラートのドゥオモの存在は知っていましたが
ツアーの為、時間が取れず残念ながら行けま
せんでした。
プラートにはドゥーモだけで無く美術館など
いろいろある街ということが解りましたので
これまた次回があれば寄ってみたい気持ちに
なりました。
イタリアは美術だけで無く、古代ローマから
綿々と続く歴史、そしておいしい料理やワイン
など魅力のある国ですから、いつかまた行く
ことを妄想する毎日です。
では、また。
chiaki-k2016年07月27日14時12分 返信する -
初めまして
chiaki-kさま
415と申します。
ハワイ島4旅行記拝見させて頂きました。
来年4月再びハワイ島へ行くことになり
友人からワイピオ渓谷を下りたいとの希望もあって
昨日色々なツアーを検索していたところでした。
そしたらchiaki-kさんのブログでワイピオ渓谷バンツアーがあり
ツアー探しの強い気持ちが通じたのかと思いました(笑)
今回カイルアコナのホテルを探していまして
キンカメかシーサイドかロイヤルコナかと考えていたので、
参考になりました。
またハワイ島を尋ねられるのでしょうか?
私はもう9回ほどハワイ島へ行っているのですが同じ所へ何度行っても
飽きません。今は日本のガイドブックには掲載されていないような場所を探して東奔西走してます。
また是非ハワイ島へ。
この度は旅行記訪問といいねを有難うございました。
Mahalo〜415
ハワイ、またいつか行きたいです・・・
・
415さん、こんにちは。ハワイ島旅行記に
たくさんの”いいね”をありがとうございます。
う〜ん、ハワイ島は9回行かれてるんですね、
残す所はマウナロアぐらいかな・・・(^^;;
> そしたらchiaki-kさんのブログでワイピオ渓谷
バンツアーがあり・・・
415さんの旅行計画の参考になれば、とても嬉しい
です。ちなみにツアー会社のHPは↓です。
http://www.enjoyaloha.com/waipioshuttle.html
あと、行ってはいませんが、以前、日本人が造った
用水路をカヌーで下るツアーも面白そうですね。
http://www.flumindaditch.com/
> またハワイ島を尋ねられるのでしょうか?
旅行記中にも記載しましたが、ハワイは日系移民の
方が、たいへんな苦労されて築き上げた島です。
ハワイがとても居心地良く感じられるのはその方々
の蒔いた種が、今大きく育っているからですね。
そんな訳で、時期は解りませんが、またいつかは
ハワイの風に吹かれてみたいと思っています。
では、このへんで、アロハ〜。
chiaki-k2016年07月27日09時43分 返信する -
クロウタドリのオスですね。ヾ(^o^)
chiaki-kさん、こんばんは! (^◇^)ノ
毎度、訪問&投票ありがとうございました。
> 市庁舎からSAKUビール工場への道すがらにあった公園で鳥さんと遭遇。
> 公園は手入れが行き届いており、綺麗。
この鳥さんは、和名クロウタドリ(英名:Eurasian Blackbird)のオスですね。
日本でも稀に見られるそうですが、私はロンドンのグリーンパークで見ました。
ではまた・・・。(^_^)/~~~
(潮来メジロ)ありがとうございます。
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潮来メジロさん、こんにちは。いつも、”いいね”を
たくさんいただきありがとうございます。
今回旅行したバルト3国やポーランドは人口が少なく、
森の面積が多いせいか鳥さんたちが沢山飛んでいた
ような気がします。
ところで、SAKU市の公園にいた鳥さんですが
クロウタドリって言うんですね。くちばしの黄色い
黒い鳥さんは、私には皆、九官鳥に見えてしまい
ます。(^^;;
先ほどブログも更新しておきましたが、重ねてお礼
申し上げます。
ついで、と言っては申し訳無いのですが、
「I Like Chopin ワルシャワは今日も快晴:2016
バルト3国&ポーランド旅行記5」に登場する
2トーンカラーのカラスさんは何ていうカラス
さんなんでしょうか?
拡大写真を私のHPの表紙に載せておきましたので
お手間を取らせて申し訳ありませんが、解りまし
たらよろしくお願いします。
http://www.sakunet.ne.jp/~chiaki-k/index.html
では、また。
chiaki-k2016年07月27日08時16分 返信するRE: ありがとうございます。
chiaki-kさん、こんばんは! ヾ(^o^)
> 「I Like Chopin ワルシャワは今日も快晴:2016
> バルト3国&ポーランド旅行記5」に登場する
> 2トーンカラーのカラスさんは何ていうカラス
> さんなんでしょうか?
>
> 拡大写真を私のHPの表紙に載せておきましたので
> お手間を取らせて申し訳ありませんが、解りまし
> たらよろしくお願いします。
>
> http://www.sakunet.ne.jp/~chiaki-k/index.html
>
このカラスは、和名ハイイロガラス(別名:ズキンガラス、英名:Hooded Crow)といいます。
スペイン・ポルトガルを除くヨーロッパ全域に広く分布しています。
私もロンドンのグリーンパークで見ましたよ。
ではまた・・・。(^_^)/~~~
(潮来メジロ)2016年08月02日19時30分 返信する -
イアリア旅行記
chiaki-kさん こんばんは!
アテネ旅行記を見てくださり いいね!くださり
ありがとうございます!
南イタリア旅行記 懐かしく拝見させていただきました
お天気に恵まれて カプリ島♪ ラッキーでしたね^^v
イタリア大好きっ子 じゃない バアさんです^^;
水色のフィアット♪憧れです!
ニコニコギリシャは2001年に行きました
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ニコニコさん、こんにちは。
南イタリア旅行記に”いいね”をありがとうございます。
世界一周ですか!すごいですね。今までに廻られた国は
55カ国とか・・・私はまだ半分くらいです。
イタリアは、おいしい料理、そしてワインが有名ですが
古代ローマから続く悠久の歴史が、歴史好きには
たまらない国ですね。
今度行くときはフリーでローマやナポリの街を彷徨って
みたいな、なんて妄想しています。
さて、ギリシャですが4トラにUPはしていませんが
2001年11月に行ったことがあります。6日間という
かけ足ツアーだったのでアテネ市内はアクロポリス
位しか行っていません。
ちょうど2001年9月に発生した同時多発テロの直後
だったので、どこの空港も自動小銃を抱えた兵隊さん
で、ものものしかった記憶があります。
> 水色のフィアット♪憧れです!
チンクエチェントは、2代目、3代目ともヨーロッパ
各国でよく目にしましたが、私も好きな車です。
では、また。
chiaki-k
PS:お返事遅くなりました。2016年07月10日08時52分 返信する -
一人も、二人も同じ
chiaki-kさん
ご無沙汰してました。 歳いくと、悪いところがでてきまして。
ガステルガチェの旅行記も見ていただいたようで。
ポーランドには未だ、行ったことがないのですが。
最後に仰ったように、私も旅行記を拝見しながら、人が人を裁く、何の権利があるのか?と。 一人殺すも、2人、100人も同じ。ごみを焼く感覚になっていくのでしょうか? 同じ人間なのに、神にもオ二になれる、それが人間なんだと思うと、ぞっとします。
大将こんにちは
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大将さん、こんにちは。
ポーランド旅行記に”いいね”をありがとうございます。
キリスト教世界からは「悪魔」とされているヒトラーですが
本人は「神」だと思っていたらしい、ふしがあります。
世界中に存在する生命体の中で一番、不可解で、解析できない
存在、それが人間ではないでしょうか。
アウシュヴィッツについては事前の情報収集をやりすぎて、
しごく冷静な目で、施設内を見学してる自分に驚きました。
「行きはよいよい、帰りは怖い。いつ、バスは来るねん?
−San Juan de Gaztelugatxe (Bakio)」編、拝見しました。
手首の痛いところ、いつもの長編、お疲れ様でした。
*San Juan de Gaztelugatxe はもちろん未到地ですが、
すごい場所に礼拝堂を建てるもんですね。
*Santillana del Mar 良い感じの村ですね。
ちょっと行ってみたい。
*ゲルニカはマドリーで、そして大塚国際美術館でも
見ましたが、これは陶版画でしょうか。
北スペイン、行ってみたいです。
では、また。
chiaki-k2016年07月05日08時06分 返信する -
「命のビザ」を繋いだ男たち
今日は、chiaki-kさん。ポポポです。
カウナスの旅行記、また杉原千畝さんのお話、興味深く拝見させていただきました。
カウナスの元日本領事館は、私もいつかは言ってみたいと思っている場所です。
日本のシンドラーこと杉原千畝さんの偉業は近頃映画にもなり今では多くの人が知っていますが、では実際に「命のビザ」を繋いでこの6000人のユダヤ人を無事日本から送り出した人物のことは、あまり知られていません。
chiaki-kさんも「命のビザ」の発給後のことを書かれていますが、杉原さんが発給したビザを本当の「命のビザ」に替えた人々の事を少し補足させていただきたいと思い連絡しました。
一人目はchiaki-kさんも記述されているウラジオストック総領事代理根井三郎氏です。
根井氏はユダヤ人が持つビザが例え訓令違反で発給されたものでも、正式なビザを持つ人の入国を拒否するのは日本帝国の威信にかかわると外務省を説得し難民達を船に乗船させました。
そしてユダヤ人難民は神戸にある日本ユダヤ人協会がチャーターした日本郵船の天草丸に乗船して敦賀に向かいました。
二人目はこのユダヤ人達を世話したJTBの職員さんです。
ユダヤ難民の輸送業務は全米ユダヤ人協会から依頼を受けたJTBが担当しました。その職員の一人で、天草丸に乗り込み難民のお世話をした大迫辰男さんの手記が今に残っています。
厳冬の日本海を4日間かけての航海は波が高く大変でした。海は荒れ、避難で弱ったユダヤ難民は船酔いや寒さや下痢でさらに体力を消耗したそうです。こんななか大迫さんは食事の世話から病人のケアまでされたそうです。
ユダヤ難民達は敦賀の港にようやくたどり着きました。敦賀の人達はこのユダヤ人達を温かく迎えてもてなしたため、ユダヤ人達は口々に「ここは天国だ」と言ったそうです。難民の多くはその後神戸に移動しました。
そして「命のビザ」のリレーの最重要人物が登場します。
その人こそ杉原氏が発給したビザを、本当の「命のビザ」に替えた小辻節三氏と彼を陰ながら援助した外務大臣松岡洋右氏です。
この二人が存在しなかったら、杉原氏が自分の命を懸けて発給したビザはただの紙切れとなり、日本の滞在期間を経過したユダヤ難民は本国へ送還されて強制収容所送りとなり、全員ガス室に入れられ殺されたことでしょう。
また日本は、ホロコーストに加担した国として未来永劫、負の十字架を背負い続けなければならなかったと思います。
杉原氏が発給したビザは通過ビザのため、日本にはわずか10日しか滞在できませんでした。最終受入国の入国ビザなど持っていない大半のユダヤ難民はこの10日間で受入国を決め、出立の船便まで確保しなければなりませんでした。これができなければ強制送還され、そしてそれは「死」を意味していました。入国ビザの無いユダヤ人難民に、それだけの事をわずか10日でできる訳がありません。その窮地を救ったのが小辻節三氏と松岡洋右氏でした。
日本ユダヤ人協会は再三外務省にビザの延長を掛け合いましたが全く取り合ってもらえません。ついに万策尽きた時ユダヤ人の一人にある日本人の名が浮かびました。その人こそヘブライ語の元大学教授小辻節三氏だったのです。満州のハルピンで行われた極東ユダヤ大会の席上で小辻節三氏によるヘブライ語のスピーチを彼は思い出したのです。
この窮状を救ってくれるのは小辻節三氏しかいない。彼は直ちに小辻氏に手紙を書き、ユダヤ難民の窮状を訴え協力を依頼しました。
小辻氏は直ちに列車に飛び乗り難民達が待つ神戸に向かいました。彼らの窮状を聞くやこれを快諾、全てを投げ打ってユダヤ人難民を救うために奔走しましたが状況は困難を極めました。外務省に直談判しますが要請は全く聞き入れられません。万事休すか・・・。
その時頼ったのが時の外務大臣松岡洋右氏でした。実はその前年まで小辻氏は満鉄調査部顧問として当時満鉄総裁であった松岡氏に仕えていたのです。
小辻氏は満州国に多数居住していたユダヤ人にどのように対応するか、そのアドバイザーとして松岡氏に招聘されていたのでした。
小辻氏は窮状を大臣室にいる松岡氏に訴えました。松岡氏は「大臣としてではなく、友人として話そう」と伝え小辻氏を外に誘いました。
軍部の意向を無視できない時代でしたが松岡氏は続けました。「一つだけ可能性がある。ビザ延長の権限は神戸の自治体にある。君が自治体を動かすことができたら、外務省は見て見ぬふりをしよう。それは友人として約束する。」
この松岡氏のアドバイスでユダヤ人難民救済の道が見えてきました。
外国人の滞在許可を発行する窓口は警察署です。警察幹部の説得方法を考え抜いた末、一計を案じました。
義兄から資金を借り受けると神戸一の料亭に警察幹部を招待し、最上級の接待を行ったのです。接待は3回に及び、すっかり打ち解けて仲良しになった3回目に初めてユダヤ難民の窮状を訴え、滞在期間の延長を願い出たのでした。警察幹部は小辻の願を聞き入れ滞在期間は一回の申請で15日の延長が認められ、申請を重ねると長期滞在も可能になりました。
この時神戸にはユダヤ人難民のうち大多数の難民が来ていました。それは神戸に日本で唯一のユダヤ人のコミュニティがあったからです。
小辻氏の尽力はこれに留まりませんでした。、ユダヤ人難民を安全な国に送り届けなければなりません。そのための船便の確保にも奔走し足繁く神戸や横浜の港に通いました。そして1941年の秋にはほぼ全員がアメリカ、カナダ、上海に旅立つ事ができました。
当時の上海には海軍の犬塚惟重大佐が日本人居留区海軍警備地区にユダヤ人難民収容施設を作り、世界でただ一か所ビザの無いユダヤ人難民を受け入れて1万8千人を収容していました。
この無国籍難民地区は上海ゲットーと呼ばれるようになりますが、欧州のゲットーとはその性格は大きく違いました。
大きな違いは生命の危険にさらされることがなかったことです。ドイツ政府は日本政府に対し上海のユダヤ人の引き渡しを求めてきましたが、これを拒否しています。また上海収容所施設にガス室を提供するというドイツからの申し出を阻止したのが、犬塚大佐だったというユダヤ人の証言もあるそうです。
確かに太平洋戦争後は移動の制限や物資不足による食糧事情の悪化で苦しい生活を強いられはしましたが、欧州のゲットーのように「死」に至る事は無く、そういう意味ではゲットーと言う呼称には私は抵抗があります。
また松岡洋右氏は国際連盟脱退時や三国軍事同盟を締結した外務大臣、A級戦犯容疑者として多分に悪い印象を待たれている方も多いと思われますが、オトポール事件では樋口季一郎氏と協力して2万人のユダヤ人難民を救っています。また「命のビザ」では外務大臣の権限を逸脱して小辻氏に解決の糸口を与え、日本がホロコーストに加担する事を防ぎました。
まさにこの二人は杉原氏と同等に評価される人物なのですが、今なおその足跡を知る日本人は少ないと思います。
小辻節三氏については「命のビザを繋いだ男 小辻節三とユダヤ難民」著者山田純大 NHK出版
またPHP出版の歴史街道「杉原千畝とサムライたちー命のビザを繋いだ奇跡」2013年11月発刊
の書籍があります。まだお読みでなければ是非お読みになることをお勧めします。特に小辻節三さんの物語はノンフィクションで驚きと感動の連続です。私も心を震わせて読みました。
補足のつもりがいつの間にか長文になってしまいました。小辻節三さんの事を是非知ってほしいと思ったからです。
旅行記の続き楽しみにしています。
それでは、ポポポ。
2016年06月26日11時14分返信するRE: 「命のビザ」を繋いだ男たち
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ポポポさん、こんにちは。
長文の補足、ありがとうございます。
通過ビザで日本へ上陸したユダヤ人のその後に
ついてWEBのデータ以上のことは知りません
でしたが、一筋縄ではいかなかっただろうと
想像はしていました。
まして東京裁判でA級戦犯とされた松岡洋右氏
までユダヤ人を助けるヒントを出していたとは
ビックリです。
さらに上海にいた海軍の犬塚惟重大佐も重要な
役割を果たしましたね。これが陸軍だったら
どうなったかわかりません。
そして、最後に関係する本の紹介までいただき、
重ねてお礼申し上げます。
5年位前には市の図書館へ通って、これから行く
国に関連する本を読んで情報収集したことも
ありますが、ほとんど読み尽くしてしまい、
最近は専らWEBとビデオからの情報がほとんどです。
今回の旅行記には間に合いませんでしたが、
今一度図書館へ足を運んでみようかという
気に少しなりました。
では、また。
chiaki-k2016年06月27日08時23分 返信する -
杉原千畝
私がこの名前を知ったのは、テレビで放送された、日本のシンドラー杉原千畝物語、6000人の命のビザ、(反町隆史、飯島直子)でした。杉原さんには興味を持っていたのですが、カウナスという日本ではマイナーな場所、なかなか、知ることができなかったのですが、おかげでカウナスのことを知ることができました。ありがとうございます。私はフジTV版で知りました
・
leslyさん、こんにちは。
カウナス旅行記に”いいね”をありがとうございます。
私が杉原千畝の名前を知ったのは1992年にフジTVで放送
された加藤剛、秋吉久美子主演のフジテレビ版「命のビザ」
です。
その時は変わった外交官も日本には居たのだな程度にしか
思わなかったのですが、1994年に「シンドラーのリスト」が
日本で公開されてから、いつのまにか杉原千畝は
「日本のシンドラー」と呼ばれるようになりましたね。
2008年に岐阜県八百津町のある「杉原千畝記念館・山荘」
を訪れて、いつかはカウナスに行ってみたいな、という
気持ちを抱きました。
今回そんな夢が実現したのですが、カウナスには旧市街
もあり、きれいな町でした。(町外れには強制収容所
として約5万人のユダヤ人が虐殺された第9要塞跡もあり
ますが・・・)
この後、カウナスからワルシャワまで移動したのですが
高速道路の整備が遅れていて、7時間近くかかってしま
いました。詳細は続編をご覧ください。
では、また。
chiaki-k2016年06月25日09時21分 返信する -
こんばんは
chiaki-kさん、こんばんは
バルト3国&ポーランドへ行ってらしたのですね^^
私は、先週の水曜にポルトガルから戻り、深夜0時から早朝までが
絶好調の時間帯なので困ります><
バルト3国もポーランドも、最近とても興味ある国々です。
特に、タリンは乙女心(あ、元乙女も含む)をくすぐる街並みで
是非とも行ってみたい街☆
料金を拒絶するバスの運転手、なぜか上から目線のアジア料理店の
ウェートレス、などなど不思議な人たちが存在するタリンに
益々興味が引かれました。
それにしても、マイ・ワイングラスご持参とは(*^o^*)
時差ボケsanabo
100均グラスが意外と長持ちしています(^^;;
・
sanaboさん、こんにちは。
いつもありがとうございます。
時差ぼけは解消されたでしょうか。
ポルトガルへお出かけだったんですね。
ポルトガルは未踏地ですが、いつかはいってみたい
国のリストに入っています。
今回訪れた街は北からタリン、リガ、ビリニュス
カウナス、ワルシャワ、クラクフですが、どの街も
それぞれの趣があり良かったですよ。
sanaboさんでしたら、やはり中世が一番感じられる
タリンでしょうかね。次はクラクフといったところ
かな。
もし、いつものレンタカーで廻られるとしたら、交通
インフラ整備がまだ不十分な場所がたくさんあります
ので、バルト3国とポーランドは別にいかれたれた方
が良いかと思います。
> 料金を拒絶するバスの運転手・・・
定期バスになにかトラブルがあり、代替えのバス
だったかも知れません。そういえばバス停になにか
黄色い紙が貼ってありました。
>上から目線のアジア料理店の ウェートレス・・
覚えたての英語を披露したくて辛さの調整を長々
説明していたようですが、私の言っていることが
解らないの?といいたそうな顔つきでした。
> それにしても、マイ・ワイングラス・・・
100均で購入したものですが意外と丈夫で、もう
5回以上海外へお供しています。
部屋に備え付けられたマグカップでワインは飲み
たくありませんよね。
午前中クラクフ編をUPしましたので、またご覧
ください。
では、また。
chiaki-k
PS:レンタカーで巡るスペインの旅、続編を
楽しみにおまちしています。2016年06月20日15時41分 返信する -
バルト3国訪問でしたか・・・
chiaki-kさん、こんにちは
初めにフィンナー・私たちも9月のイタリア旅行に初フィンナー利用です。
予約の段階で時間的にベストなフランクフルト経由が売り切れ(高い設定はあり)次はUK経由だったので決めかけたら、JALの方がヘルシンキ経由だと名古屋から乗り換え1回で行けるし時間短縮・値段もお値打ちとの提案で決定。
本当はJALがいいのですが、東京経由となると時間がね〜
食事はイマイチと聞いていたのですが、まあまあですか・・・
まあ、あまり食べないのでいいのですが。。
タリン・・
自由行動もあるツアーはいいですね!
最近、ツアーも充実してきましたから・・自由度もアップですね〜
夕食・・量が多いですね〜(^^)シェアでいいくらい。。
外国はアルコールに厳しい国がありますね!
エストニアのビールも美味しかったはずですが、いかがでしたか?
でも、いつも買い物に出かけられてなれたものです。
佐久とサク・・いいですね〜
帰りのバスもラッキーでした。。。
rinnmama
毎日快晴とは想定外でした
・
rinnmamaさん、こんにちは。お久しぶりです。
いつもありがとうございます。
1年半、海外旅行自粛?の反動で、3月は台湾で軽く
足を慣らし、今回はバルト3国&ポーランドへ12日間
行ってきました。
例によって皆さんのブログを(少ないです)拝見
しますと、ほとんどお天気が悪い。そして寒そう。
ということで重装備して出かけたのですが、まるで
日本の梅雨明け後のように晴れまくり、Tシャツ
一枚でOKの日もありました。
> 私たちも9月のイタリア旅行に初フィンナー利用です。
今回初めて利用しましたが、良かったですよ。
何といってもヘルシンキまで10時間20分ですし、
乗り換えは同じターミナルで出来るし、ムーミンは
いるし(^^;;
機内食は旅行記に書きましたが、まあ普通で、気流が
良かったのか上空飛行中にシートベルトサイン
が1度も出ないほど安定した飛行が印象的でした。
> 本当はJALがいいのですが・・・
実はJAL便のツアーもあったんですが、日程と予算で
フィンエアーを選択しました。
> 自由行動もあるツアーはいいですね!
このツアーを選択した大きな理由は半日フリーが
3回あったからです。トラムやバスの発達した街
であれば、それこそ何処へでも行けますね。
> エストニアのビールも美味しかったはずですが
ことにSAKUビール、おいしかったですよ!
お土産にSAKUブランドの缶ビールを6本持って
帰りました。(残り、あと1本です(TT))
> 佐久とサク・・いいですね〜
平日であったらSAKU市役所の方にお土産を渡す
計画だったんですが残念でした。
> 帰りのバスもラッキーでした。。。
いまでも不思議なんですが、確か同じバス会社
だったので何かトラブルが起きた特別サービス
だったのかも知れません。
今、リトアニア・ビリニュスの旅行記原稿を
ほぼ書き上げたので明日中にUPできると思い
ます。また、ご覧ください。
では、また。
chiaki-k
PS:東フランス旅行記、毎回楽しく拝見させて
いただいています。2016年06月17日15時23分 返信する -
ほんと、心臓に悪いですね。
chiaki-kさん、こんばんは。
台北でのスリ体験、読んでいてドキドキして心臓に悪い出来事というのも
本当でしたね。それにしてもすぐに気が付いて、財布を返してもらえて本当に
ラッキーとしか言いようがないですよね。私は海外旅行で一度もスリにあった事は
ありません。もしあったらショックだろうな〜。
その国が嫌いになるかもしれないですね。台湾は日本人と分かると話しかけて
くれる人たちも結構いますよね。それですっかり気を良くして台湾にハマりました。
最近はナカナカ行けないでおりますが、こうしてフォートラで台北旅行記を拝見
していると、行きたい気持ちがウズウズしてきます。
ただ、本当に馴れた台湾でもスリには気を付けようとchiaki-kさんの体験で
あらためて思いました。
fuzzお返事遅くなりました。
・
fuzzさん、お久しぶりです。
台北旅行記にたくさんの”いいね”をありがとうございます。
返信が遅れましたが、実は昨日(6/8)バルト3国&ポーランドの
旅から帰ってきたばかりで、、まだバタバタしています。
台北で遭遇してしまったスリですが、記事に記載したとおり
結果オーライとなり本当にラッキーでした。
台湾はとても良いところなのですが悪いヤツは何処にでもいる
ということを改めて認識しました。
後でブログに載せるつもりですが、チェンストホーバの修道院で
ちょっとヤバそうな体験をしましたが、台北での経験が生きて
無事に観光できました。
落ち着いたところでブログをUPしますので、また見てやって
ください。では、また。
chiaki-k
2016年06月09日10時06分 返信する



