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tadさんへのコメント一覧(2ページ)全240件

tadさんの掲示板にコメントを書く

  • 素敵ですね!

    この頃のウィーンに行ってみたかった・・・
    この時代は、ヨーロッパ各国も今のように観光客で
    ごった返してはいませんでしたね・・・
    羨ましいです。
    その上、ウィーンフィルのニューイヤーコンサートが
    1万円以下で聴くことが出来たんですね。
    夢のようです。
    今は、ウィーンフィルは会員制になり、
    一般客は手に入らなくなり・・・
    私の夢は、もう叶いません。
    ウィーンは暮らすように一ヶ月滞在しても
    まだまだ、見きれない都市ですね。
    何度も訪問なさって、自分のお庭のように
    何処にでも行けるのは、素敵ですね!
    yamayuri2001
    2020年12月16日16時35分返信する 関連旅行記

    Re: 素敵ですね!

    コメント有難うございます!
    今日がベートーヴェンの生誕250年記念日です。今また旅行記に追加をしていました。本来なら当然ウィーンにいたのでしょうが、すべて中止です。1974年から75年のウィーンはもう戻ってきませんが、いまだに、ベストの思い出の日々でした。

    せめてもの行動として、サントリーホールで来週22日にベートーヴェンの第9を聞くつもりです。飲食方法に気を付けて、安全を確保するつもりです。本当は、10回目のウィーン滞在を狙っているのですが。。でも、今度のニューイヤー・コンサートは無観客のようですね。。ワクチンが行き渡るのを待つしかないようです。
    tad
    2020年12月16日17時02分 返信する

    ありがとうございます!

    今日ですね!
    生誕250年は!
    今から、彼のピアノソナタを弾きます!
    tadさんは、22日に第九をお聞きになるんですね?
    私は26日に読売日響で聴きます。
    お互いに楽しみですね。
    でも、合唱団の人数はとても減っているのではと
    想像します・・・

    1975年のウィーンは、bestとおっしゃいますが、分かる気がします。
    私が最初にヨーロッパ諸国を訪問したのが77年でした。
    あの時のヨーロッパが一番印象に残っています。
    タイムトラベル出来たら、行きたいです。

    tadさん、今日 お返事をくださったことに、心から
    感謝いたします。
    yamayuri2001
    2020年12月16日17時17分 返信する

    Re: 素敵ですね!

    今日なんですね!
    実は、今、ウィーン・フィルの第9をCDで聞いていたのですが、指揮のティーレマンがやはり、いつも通り、変にテンポをいじくりまわすので、一楽章でやめたところです。

    昨日は、日曜Eテレで、ウィーン・フィルとバーンスタインの第9を録画したものを聞いたのですが、昔ビデオで見た時より、音が改善されており、バーンスタインの多少、熱血漢すぎるところを我慢すれば、いい演奏でした。1979年の録音、録画でしたが、オケにも歌手にも懐かしい顔が並んでいました。ギネス・ジョーンズ、ハンナ・シュヴァルツ、クルト・モル等等。。

    来週行くまでに、もう一度、セル指揮クリーブランド管弦楽団の名演を聞いていくつもりです。ベートーヴェン交響曲全集は25種類以上持っていますが、私にとっては、基点となる演奏なのです。(高校生の時にセルに書いた手紙に返事をくれました。)

    ピアノでベートーヴェンのソナタですか。いいですね。。因みに今日は何番を選択されたのでしょうか?管楽器では、残念ながら、ベートーヴェンは鑑賞だけですので、うらやましいですね。
    2020年12月16日18時07分 返信する

    音楽の達人・・・

    tadさん、こんにちは!
    この度は、tadさんにフォローして頂いて恐縮しております。
    遅ればせながら、フォローさせていただきました。
    これからも、どうぞよろしくお願いいたします。

    ベートーベンの交響曲全集だけでも25種類もお持ちなのですね・・・
    絶句!
    やはり、好きな指揮者の演奏は、心地よいですね。
    バーンスタイン、共感いたします。彼の持つエネルギーが
    伝わります。
    ジョージセル氏から、お手紙!
    何と素晴らしい!

    私は、一時期 ロリン マゼールが大好きで、
    来日すると 追っかけみたいになっていました。
    それも、最前列で、マゼールさんの顔を見るのが好きでした。
    音響は二の次です。
    最近はまっていた指揮者は、ロイヤル・コンセルトヘボーを率いていたころの
    マリス・ヤンソンスさんです。
    彼も、来日するたびに、サントリーホールで聴かせてもらっていました。
    アバドやリッカルド・ムーティーさんも好きでした。
    しかしながら、tadさんの耳と比較すると
    素人です!
    昨日弾いたのは、8番と9番と10番です。
    ピアノは、毎日弾いていないと腕が落ちます。
    昨日、それを実感しましたので
    今日も弾くことにします。
    tadさんの管楽器は、金管ですか?
    それとも木管でしょうか?

    そうそう、大学時代はチェロで第九を演奏しました。
    私は声楽が専門なんですが、第九を歌ったことは
    一度もありません・・・

    素人すぎて、レベルが違いますが、
    また、色々と教えていただけたら 嬉しいです!

    yamayuri2001



    2020年12月17日16時32分 返信する

    RE: 音楽の達人・・・

    yamayuri2001さん

    ベートーヴェンのソナタ、8,9,10を昨日は演奏されたとのこと、
    すばらしいです!8番は勿論、超名曲ですが、今、9と10は、バレンボイムのつい最近の新録音を聞いてみました。ヨゼフィーネへの献呈となっていて、きっと彼女が弾いていたでしょうね。

    私の方は、トラベルソ、リコーダー、モダンフルートですが、ここ20年はトラベルソに嵌っていますので、もっぱら、モーツァルト以前が演奏するときは中心になります。ベートーヴェンはボン時代の初期の作品にフルートが入った作品があるくらいで、楽譜はもっていますが、モダン・フルートでちょっと試した程度です。
    なので、ベートーヴェン以後は、もっぱら聞く方に集中することになります。

    マゼールは私も大好きな指揮者でした!日本でも聞きましたが、海外ではウィーン・フィルと二回、聴いたのが特別な思い出ですね。彼は大型の複雑な曲をいとも
    簡単にどのオケでも整えてしまう達人だと思っています。ヴェルディのレクイエムは超名演でしたし、ロンドンで最後に彼の死の直前に聞いたリヒアルト・シュトラウスも名演でした。彼は語学も達人でしたね。

    アバドも特別に好きな指揮者のひとりです。1972年に東京でウィーン・フィルを振ったのが最初に見た演奏です。その後、ザルツブルク、ロンドンで聞いています。清新な演奏で、度を越さないよさがありますね。リズム感抜群ですし。。


    そうそう、近年、マゼールとアバドは、CDボックス・セットをまとめ買いしました。どちらも凄い業績を残していますね。

    ヤンソンスは、最初に聞いたのがピッツバーグとで、これはオケに感心しなかったのですが、コンセルトヘボウやバイエルン放送管とはよかったです。内田光子とのベートーヴェンも思い出に残っています。

    ムーティですか!一度しか聞いていないのですが、それはウィーン・フィルをザルツブルク音楽祭で振った時です。一緒にリヒテルが協演する予定がキャンセルになり、代わりに登場したルプーとのベートーヴェンはよかったですね。ルプーは昨年、再度ウィーンで聞けるというので、チケットをとっていたのですが、キャンセルされてしまいました!

    東京はこういう人たちがいつも来ているので、学生時代には度々聞いていましたが、特に退職後は地方から行くのは面倒で、それならと、まとめてウィーンかロンドンに行きます。もっとも、今年は病気とコロナの両方で、無理です。

    こういう話はきりがありませんし、止めるのが困難なので、今無理してやめます。食事時間ですので!
    tad


    2020年12月17日19時12分 返信する

    トラベルソ!

    tadさんは、音楽家ですね!
    良く集められましたね!
    古楽器は、演奏が難しいです。
    ピアノよりも、ハープシコードは難しい!

    私は、リコーダーの域を出ませんが
    アルトリコーダー・テナーリコーダー・ソプラニーノ
    そして、ソプラノリコーダーのアンサンブルを
    2年前まで指導していました。
    今は、引退しています。

    さて、指揮者のお話ですが、
    今から7年前までは、梶本音楽事務所で
    海外からオケと指揮者を招いて、年間セット券を
    売り出していました。
    ですから、その年の著名な海外オケを
    まとめて聴く機会に恵まれていたのですが、
    近年、オケは日本よりも中国で演奏すると
    お金が稼げるので、日本には来なくなりました。
    そんな訳で、梶本もそのセット券の販売を終了してしまいました。
    私も、年齢と共にサントリーホールから横浜の自宅に帰ると
    11時を回っているのが 疲れるようになり、
    今はみなとみらいホールで鑑賞しています。

    ミューザ川崎のホールがみなとみらいよりも
    ベルリンフィルのホームホールにとても似ています。
    そちらで サイモンラトルとベルリンフィルの演奏を聴いた時は
    涙が止まりませんでした。

    tadさんは、お好きか解りませんが、ゲルギエフを
    聴いた時も、感動しました。

    私は、現地で聴いたのはミラノスカラ座とか
    ウィーン楽友協会とか、タングルウッドとか、
    数少ないのですが、tadさんは、現地でお聴きになるのですね!

    素晴らしいです。
    それが一番理想です。

    アバドが最後の来日で指揮したマーラーの6番は
    今思い出しても、涙が出るくらいです。

    マリスヤンソンスさんの 内田さんとのベートーヴェンP協
    私も聴きました。
    こちらも、名演でしたね!

    シャルル・デュトワのボレロは、生涯で一番心が震えたボレロでした。
    しかし、その後、大前研一さんと、檀ふみさんに向かって
    日本語でどうだった?と聞いてしまい、
    興ざめしましたけれど(笑)

    好きな曲談議とかしたら、まだまだ話が尽きませんね!
    ご迷惑でなければ、また、ご意見を聞かせてください。
    楽しみにしています。

    yamayuri2001

    PS.
    本日は14番を弾こうと思います。
    第三楽章は、ボロボロですが・・・



    2020年12月18日17時07分 返信する

    RE: トラベルソ!

    おはようございます。

    クラシック音楽は中学生以来の一番の趣味です!音楽書は早くから読んでいましたが、楽器も、独習です。トラベルソのみは、あまりに難しいので、二人の世界的なプロにレッスンを受けました。リコーダーとモダン・フルートは、昔の自分の録音を聞いても、一応聞けるものもあるのですが、トラベルソは病気になる前の調子が上がった時期でも、とても上手くは聞こえません!一応、バッハのフルート・ソナタは全曲まがりなりに親しいチェンバロ奏者と演奏したことがあります。でも、自分で録音したものを後で聞くと、とても人前に出せるレベルにはなっていません。昔はリコーダーやフルートでは、気軽に仲間や家族と演奏していましたが、トラベルソでは「練習」時間が中心になりました!  

    14番、昨日は演奏されましたか?いいですね。。ベートーヴェンのピアノ・ソナタが弾ける人がうらやましいです。私は楽譜は一段しか読めません!

    大学院生時代に、二か所で、専門でもないのに、古楽のセミナーに加わり、勉強したことはありますが、バロック、ルネサンス音楽は理論的な理解がバックグランドに必要だからです。モダン楽器用の楽譜だと、細かく楽譜にアーティキュレーションなどが書き込んでありますが、古典派以前のオリジナル楽譜だと、ほとんど表情が書き込んでありませんよね。自分で装飾、即興や解釈をする必要があり、それは、相当勉強しないと基礎がまったくわからないと思います。古楽器の演奏家は、それらをちゃんと勉強していないと決してプロにはなれませんよね。

    指揮者でも、古楽器とモダン楽器と両方活用している人は、どちらもちゃんと勉強しています。ブリュッヘンや最近ではラトルなどは、両方を勉強している大家です。最近では、鈴木優人などは、そういった路線を進んでいるように見えます。私がもっとも憧れるのはそういう知的なタイプです。どちらかだけに突っ張っていると、結局、ブルゴーニュワインは好きだが、ボルドーワイはだめと決めつけてしまうのと似ていて、人生で楽しめるレパートリーを狭めてしまうと思います。いいものはどちらもいいと思って楽しんできました。

    梶本音楽事務所の話、今はそういう経済力は無理ですね。ワインもそうです。世界で満点クラスのワインは、90年代までは日本で私なども買える値段で、飲んでいましたが、今は、高級品は中国行です。ボルドーのベスト・ビンテージなどは、日本にはあまり入っていません。日本の音楽雑誌などは、そういうところを覆い隠しがちだと感じます。

    そうそう、ラトルとゲルギエフは、私もロンドンで初めて聞いた指揮者たちですが、80年代の若いラトルは既に圧倒的に輝いていました!ラトルはその後も何度も聞いています。彼はレパートリーや様式の狭い音楽集団とは、長続きしません。ベルリンをやめた理由もそうだと思います。彼はロンドンでモダンと古楽のオケを使い分けて、のびのびやりたいタイプだと思います。

    ゲルギエフも90年代にキーロフと悲愴を聞いて圧倒されたものです。ただ、昨年、楽友協会でネトレプコと協演したのを聞きましたが、最近ちょっと、、、気合が以前ほど感じられません。。数年前に福岡で聞いたときもちょっと不満がありました。20年前くらいは、ほとばしるエネルギーが感じられましたが。。チョン・ミュンフンも同じで、数年前ウィーン国立歌劇場で聞いたとき、ちょっと以前のきらめきを感じませんでした。。音楽家も人ですから、常にベスト・コンディションではないですね。ベートーヴェンでさえ、そうですから!!

    そうそう、デュトワ!私はフランス音楽はバロックもの以外はあまり聞きませんが、たまに聞くときにはデュトワはいいですね。ラベルをアルゲリッチと協演した時ロンドンで聞きましたが、おしゃれ!!!展覧会の絵のラベル版も壮大な極彩色の演奏を二回ききましたよ!ただ、フランス音楽の絶頂期はバロック時代だと思います。ラモーなど。。ベートーヴェンなどのような精神を立て直してくれるような人間性の中に入り込んでくる音楽は、フランスでは寡聞にして、いまだに知りません。フランスのノーベル賞作家のロマン・ロランは、音楽については、ベートーヴェンを一生追いかけましたね。彼の本は何冊も読みましたが。。

    音楽談義は長くなります!そろそろお跡がよろしいようで。
    tad


    2020年12月19日09時23分 返信する
  • ロンドン王立音楽大学

    tadさま、こんにちは。

    トラヴェルソフローテ、一時期絶滅していた楽器でしたが、1970年代にフランス・ブリュフェンが登場してから古楽器に対する関心が高まって来た様に感じます。
    兎に角、ブリュッフェンの演奏は、ランパルなどの現代調フルートに慣れ親しんでいた者にとって、ドイツ・テレフンケン、ダスアルテムジーク盤LPレコードは、たいへん刺激的でした。
    ハーディーガーデーは、確かシューベルトの作品に道端で物乞いをする○食がハーディーガーデーを奏でると云う歌曲が有った記憶がございます。



    横浜臨海公園
    2020年11月30日12時54分返信する 関連旅行記

    Re: ロンドン王立音楽大学

    横浜臨海公園さま、

    早速のコメント有難うございます。

    確かに、ブリュッヘンの登場は、古楽器の世界に大変な影響を与えましたね。私も1960年代半ばから、リコーダーやモダン・フルートでバッハやヘンデルなどを演奏しはじめていましたが、私の周囲では同時期に、古楽器の演奏とモダン楽器の演奏が、入り乱れて聞けるようになったと思います。レコード芸術などの批評家は、イ・ムジチの四季などの宣伝便乗組が多くて、なかなか、古楽器団体の演奏は日本では広まりませんでした。リヒターやパイヤールなどの現代楽器演奏が日本では今でもベストと言い張る人達がたくさんいます。甲高いピッチが気にならないようです。

    ブリュッヘンが初来日した演奏会(上野の小ホール)は1972年でしたが、私は一列中央で、聴きました!この時はリコーダーの演奏だけでしたが、リコーダーの表現力に驚きました。未だに、小学校で、ジョークの様な指導をしているところが多いようなのは残念です。孫達はドイツ式運指を教えられているようです。本格曲の演奏は無理ですね。

    日本でのトラベルソの普及ははるかに遅れます。有田さんなどが国際的活躍を初めて、私も影響されました。ロンドンで初めてトラベルソを購入した後、最初にレッスンを受けたのは、有田さんからです。日本には、古楽器の名手がかなり増えていますが、東京での活動も十分なようには見えません。大きいホールは絶対にだめなので、資金的には、確かに活動が大変だとは思います。古楽器演奏がもっと普及すればと願っていますが。。
    tad


    2020年11月30日13時34分 返信する
  • 薩摩藩の留学生のその後

    tadさまこんばんは。
    初めてコメントさせていただきます。
    tadさまの古い写真と、それにまつわる興味深い旅行記を、楽しく拝見させていただいています。

    さて、今回は長州ファイヴのことを取り上げていらっしゃいまして、その中で薩摩の留学生のことに触れていらっしゃいます。
    実は私、薩摩の留学生のことを前に旅行記で取り上げておりました。
    五代と森有礼の他の留学生のその後のことも書いておりますので、よろしかったらご覧になってください。
    拙い旅行記で大変恥ずかしいのですが、長州ファイヴのことにも触れています。
    https://4travel.jp/travelogue/11426380
    「鹿児島歴史旅 ☆薩摩藩英国留学生記念館☆国禁を犯し 決死の思いで英国へ旅立った 明治黎明期の若き藩士たち」

    これからもご旅行記、拝見させていただきたいと思います。

    himmel
    2020年11月23日22時46分返信する 関連旅行記

    RE: 薩摩藩の留学生のその後

    himmelさん、
    こんばんわ。
    コメント有難うございます。 小さな旅に出かけていて、反応遅れてしまいました。

    今、旅行記読ませていただきました。薩摩藩の留学生は、豊かだったこともあり、かなり緩やかに選択されて大量に送り込まれていますね。

    私の旅行記はロンドン大学に行ったときのもので、もう6年前の意見になってしまいましたが、薩摩藩の留学生について書いたことは、それほど、今も意見が変わっていません。歴史的にあまり関心がない人がほとんどだからです。

    鹿児島では今でも、西郷が圧倒的人気で、なぜ大久保や小松がそれほど高く評価されないのか理解できません。山口県でも松陰の人気が高く、伊藤や井上の本当の歴史的業績が大衆に殆ど知られていないのは、大河ドラマや大衆向け小説などのせいだと思われます。

    家内の先祖の墓は城山の西郷の墓の斜め後ろにありますが、若者を大量に道連れにした西郷の罪は許せません。西郷の江戸城明け渡し後の仕事ぶりは、彼が国際情勢に基づく政治判断がまったくできなかったことが原因だと思います。

    長州の久坂なども京都で早とちりの死を迎えました。松陰も気短すぎました。その点、維新後に苦労して国造りをした大久保や伊藤などのほうを、私は今でははるかに歴史に残る仕事をしたと思うようになりました。そういった考えをもつ根拠を支える専門家の書を大量に読んできましたので、今では、軽い大河ドラマなどは見ることがなくなりました。歴史的意味や真実などどうてもいい適当な内容が多いからです。ご気分を悪くされたかもしれませんが、別のところで書いたことでもあり、率直に述べさせていただきました。悪しからず!
    tad
    2020年11月26日23時13分 返信する
  • 富士山見れて良かったですね!

    あー残念、という場合が多いので。ラッキーですね。
    2020年10月30日07時20分返信する 関連旅行記

    Re: 富士山見れて良かったですね!

    今一つですが、なんとか。来月
    もう一度行くことにしました。
    2020年10月30日17時31分 返信する
  • 20年以上前の韓国

    tadさん
    こんにちは。

    その後、お体の具合はいかがでしょうか?

    「古い写真をスキャン」シリーズ。
    ずーーーーと楽しく拝見しております。

    私が社会人になったのが1982年で、初の海外長期出張が1987年の韓国でした。
    1988年に開催されたオリンピック関連の出張で、1987年に4ケ月、1988年に1ケ月滞在いたしました。
    あまり英語が通じず、ビジネスマナーが全く異なり、「契約」という概念すら日本や欧米と違い、苦労の連続であまりいい思い出は残っていませんが、韓国企業の取引先の計らいで、オリンピックの開会式を生で見れたことが唯一の喜びでした。
    その後韓国には出張経験はありませんが、プライベートで何度か訪れています。
    私の会社にも韓国人の方が何人か在籍されており、ソウルへの長期出張の経験はコミュニケーション材料として役立っております。

    tadさんの旅行記を拝見していて、韓国の交流大学を訪問した時の宴会のコメントに目が留まりました。

    >和食の宴会場は韓国式の宴会場より、その近辺では高級とされていた。清酒(チョンジュ)もあったが、コメをちゃんと研いでいないので、ヌカ臭かった。
    →そうそうそう!そうなんですよね。
    和食の宴会場は韓国式宴会場より高級で高額でした。これは最初私も驚きました。
    高級なお店でも、お米がヌカ臭い経験も今となっては懐かしいです。tadさんの旅行記を拝見するまですっかり忘れてました。

    >爆弾酒の戦いに勝たないと男扱いされないが、その座の一番の酒豪に挑戦を受け、どちらも一歩も引かずで、引き分けということで、一気に尊敬されることになった!若い人は横を向いて飲むのだが、わたしは肩書のせいで、そうする必要はないと言われた。→私は当時まだ20代の若造だったので、上司からお酒を口に入れる時に横を向くように教わりました。お酒、お強いんですね。。今は控えていらっしゃるかもしれませんが、どうぞご自愛ください。

    2020年09月30日11時04分返信する 関連旅行記

    Re: 20年以上前の韓国

    nichiさん、
    こんにちは。
    体調のほうは、大きい変化はなく過ごしております。ご放念ください。

    韓国でオリンピック前にお仕事されていたとのこと、きっと、大変な面もあったでしょうね。ちゃんとした人と親しくなると、普通につきあえるのですが、ただ、こちらの立場を利用してやろうという人もいて、相当厚かましい人にも出会いましたね。そういう場合はさっさと切り捨てましたが。。。

    国立大学や教育部(文科省に相当)の幹部たちは、改革意欲を持っている人の場合、実行力と実現スピードの速さに驚いた記憶もあります。真面目に、厳しめの助言を聞かれるがままに出したところ、翌年だったか訪問すると、全国立大学がその通りに改革されていた(!)という経験もあり、これは日本の国立大学や文科省ではありえないなと思いました。なんとか、一部でも追い越しを!という気持ちが強く、いい面に出ている時はあなどれません。大学のデジタル化は、私が交流活動を開始した1995年には、日本の大学のほうがはるかに進んでいましたが。。

    確かに、病気になる数年前までは強かったですね。深夜何時になっても、ちゃんと話せるタイプでした。がぶ飲みはしなかったからでしょう。酒類は質にこだわってきたのがよかったと思います。実はこのところ、抗がん剤を飲んでいない時は、ワイン一杯程度夕食時に飲むことが増えました。寝る前にモルト・スコッチ・ウィスキーなどをワンショット程度も時々やります。

    そうそう、孫達のいる東京で疲れない方法で二泊することにしました。帝国ホテルに久し振りに宿泊してみようかというと、都内にいる孫一家が隣の部屋に泊まるということになりました。体の抵抗力がおちているので、都内の電車移動などは避けたいものですから。。

    2020年09月30日13時53分 返信する
  • ベルリンとドレスデン 1987年旅行記について

    東ベルリンでの両替など、あまりいい印象を持たれていないようですね。

    1974年ハンブルクから西ベルリンに列車で移動、西ベルリンのユーゲントへルベルゲに宿泊、荷物を預け、チェックポイントチャーリーから歩いて東ベルリンに入国しました。
    テレビ塔に上がったり、オペラ座でマダムバタフライ蝶々夫人のオペラを楽しみましたが、貴殿のような悪い思いは全くありませんでした。
    東ベルリンは華やかではないが、物価が安く生活がしやすく感じられました。
    テレビ塔前のアレキサンダー駅から、電車、地下鉄で市内巡りをしました。
    ちなみに電車賃は1マルクでした。
    48年前の東ベルリンは治安が良い思いでしか残っていませんでした。
    2年前にも、スロバキアでのスキーの帰り道、一人でブラブラ、大好きなベルリンに4日間滞在しました。
    もしかして、ボン・ケルン・フランクフルト・ハイデルベルク・他、ライン下りの船
    で貴殿にお会いしたかもしれませんね。
    2020年09月27日00時41分返信する 関連旅行記

    RE: ベルリンとドレスデン 1987年旅行記について

    > 東ベルリンでの両替など、あまりいい印象を持たれていないようですね。
    >
    > 1974年ハンブルクから西ベルリンに列車で移動、西ベルリンのユーゲントへルベルゲに宿泊、荷物を預け、チェックポイントチャーリーから歩いて東ベルリンに入国しました。
    > テレビ塔に上がったり、オペラ座でマダムバタフライ蝶々夫人のオペラを楽しみましたが、貴殿のような悪い思いは全くありませんでした。
    > 東ベルリンは華やかではないが、物価が安く生活がしやすく感じられました。
    > テレビ塔前のアレキサンダー駅から、電車、地下鉄で市内巡りをしました。
    > ちなみに電車賃は1マルクでした。
    > 48年前の東ベルリンは治安が良い思いでしか残っていませんでした。

    コメント有難うございます。

    ずばりとお書き頂いたので、私もできるだけそうしたいです。

    1974年の東ベルリンに観光客として入国し西ベルリンから日帰りされたとのこと。

    それから13年後の私が入国した1987年の東ベルリンはまったく国情が違うでしょう。ご存知のように、その二年後の1989年に「ベルリンの壁は崩壊」しましたよね。完全な末期症状があちこちに感じられました。一つの国が崩壊する直前に一週間滞在するという得難い経験でした。1974年の頃の為替レートが実質どうであったか知りませんが、気持ちよく観光地を日帰りできたのは当然でしょう。東側も外貨稼ぎは必死だったでしょうから。。

    私の場合、1987年の東ベルリンでは、国際学会での講演を二度担当しており、その内容はベルリン大学の出版物などに掲載されていますが、学会の内部とのやりとり体験などを通じて、これは酷いという側面をいろいろ見せられました。1987年当時の東ドイツ経済はすでにガタガタだったのです。ホーネッカーという独裁者は、ルーマニアのチャウシェスクと同様に「ベルリンの壁の崩壊」後は、「消滅」しましたが、その兆候は既に明らかでした。醜い裏話は、とてもここで、次々と話す気にもなりません。

    中国がこうならなければいいのですが。。。似た雰囲気を感じますね。独裁者の支配する国は怖いです。発言はみんな我慢していますから。。「王様は裸」の話を思い出します。(もっとも西側の民主主義国も、大衆があまりにお馬鹿さんだと、似た状況はできるようですが。。)

    共産主義国というところは、日本でA社の新聞などを見ていると、当時は理想郷のように伝えられていましたが、上に立つエリート集団にとっては天国なのでしょう。その集団に所属しないと、東ドイツの場合、シュタージやその仲間から監視されて、お互いに探りあっています。「ベルリンの壁の崩壊後」西側に移動した学者達の中には、(一部私の大学にも来ましたが。。)旧ソ連から逃げてきた人たちと同様、恐ろしい話を聞かせてくれたことがあります。

    もう本人は生きていないので、この例は少し話せるでしょうが、1987年に東ベルリンの私の講演内容に質問してきた北京の偉い先生が、帰国後も手紙をくれて、しばらくやりとりしていましたが、それらの手紙は全て、途中で誰かが開封して読まれていたのです。封筒を破いた作業が荒っぽく、これ見よがしでした。。日本に来る機会を狙っていましたね。その分野で中国で中心的な一人でしたよ、その方は。勿論私も講演に彼の大学に招待されましたが、行きませんでした。それに関連する話も山のようにありますが、やめておきます。

    日本の「マスゴミ」と私は今では表現しますが、当時、ドイツで出会ったA社の支局長は、ドイツ語はできないといっていました!同社のニューヨーク支局長は英語ができないというのもある時期まで事実だったようです。行ったり、住んでたりすると情報や状況がちゃんと理解できているかどうかは、その人次第ですが、日本の情報摂取や交流の水準は今でも非常にレベルが低いと思います。退職後、家内が一緒なので、結構安いツアーにも参加しましたが、テレビで見る画面以上の理解はあまりできない中味の場合が多いですね。。現地の知識人と議論しない限り、深い内情は得難い場合が多いと思います。大学では私はずばり本気で発言したつもりですが、こういうところでは、それは難しいですね。。


    2020年09月27日09時41分 返信する

    RE: RE: ベルリンとドレスデン 1987年旅行記について

    > > 東ベルリンでの両替など、あまりいい印象を持たれていないようですね。
    > >
    > > 1974年ハンブルクから西ベルリンに列車で移動、西ベルリンのユーゲントへルベルゲに宿泊、荷物を預け、チェックポイントチャーリーから歩いて東ベルリンに入国しました。
    > > テレビ塔に上がったり、オペラ座でマダムバタフライ蝶々夫人のオペラを楽しみましたが、貴殿のような悪い思いは全くありませんでした。
    > > 東ベルリンは華やかではないが、物価が安く生活がしやすく感じられました。
    > > テレビ塔前のアレキサンダー駅から、電車、地下鉄で市内巡りをしました。
    > > ちなみに電車賃は1マルクでした。
    > > 48年前の東ベルリンは治安が良い思いでしか残っていませんでした。
    >
    > コメント有難うございます。
    >
    > ずばりとお書き頂いたので、私もできるだけそうしたいです。
    >
    > 1974年の東ベルリンに観光客として入国し西ベルリンから日帰りされたとのこと。
    >
    > それから13年後の私が入国した1987年の東ベルリンはまったく国情が違うでしょう。ご存知のように、その二年後の1989年に「ベルリンの壁は崩壊」しましたよね。完全な末期症状があちこちに感じられました。一つの国が崩壊する直前に一週間滞在するという得難い経験でした。1974年の頃の為替レートが実質どうであったか知りませんが、気持ちよく観光地を日帰りできたのは当然でしょう。東側も外貨稼ぎは必死だったでしょうから。。
    >
    > 私の場合、1987年の東ベルリンでは、国際学会での講演を二度担当しており、その内容はベルリン大学の出版物などに掲載されていますが、学会の内部とのやりとり体験などを通じて、これは酷いという側面をいろいろ見せられました。1987年当時の東ドイツ経済はすでにガタガタだったのです。ホーネッカーという独裁者は、ルーマニアのチャウシェスクと同様に「ベルリンの壁の崩壊」後は、「消滅」しましたが、その兆候は既に明らかでした。醜い裏話は、とてもここで、次々と話す気にもなりません。
    >
    > 中国がこうならなければいいのですが。。。似た雰囲気を感じますね。独裁者の支配する国は怖いです。発言はみんな我慢していますから。。「王様は裸」の話を思い出します。(もっとも西側の民主主義国も、大衆があまりにお馬鹿さんだと、似た状況はできるようですが。。)
    >
    > 共産主義国というところは、日本でA社の新聞などを見ていると、当時は理想郷のように伝えられていましたが、上に立つエリート集団にとっては天国なのでしょう。その集団に所属しないと、東ドイツの場合、シュタージやその仲間から監視されて、お互いに探りあっています。「ベルリンの壁の崩壊後」西側に移動した学者達の中には、(一部私の大学にも来ましたが。。)旧ソ連から逃げてきた人たちと同様、恐ろしい話を聞かせてくれたことがあります。
    >
    > もう本人は生きていないので、この例は少し話せるでしょうが、1987年に東ベルリンの私の講演内容に質問してきた北京の偉い先生が、帰国後も手紙をくれて、しばらくやりとりしていましたが、それらの手紙は全て、途中で誰かが開封して読まれていたのです。封筒を破いた作業が荒っぽく、これ見よがしでした。。日本に来る機会を狙っていましたね。その分野で中国で中心的な一人でしたよ、その方は。勿論私も講演に彼の大学に招待されましたが、行きませんでした。それに関連する話も山のようにありますが、やめておきます。
    >
    > 日本の「マスゴミ」と私は今では表現しますが、当時、ドイツで出会ったA社の支局長は、ドイツ語はできないといっていました!同社のニューヨーク支局長は英語ができないというのもある時期まで事実だったようです。行ったり、住んでたりすると情報や状況がちゃんと理解できているかどうかは、その人次第ですが、日本の情報摂取や交流の水準は今でも非常にレベルが低いと思います。退職後、家内が一緒なので、結構安いツアーにも参加しましたが、テレビで見る画面以上の理解はあまりできない中味の場合が多いですね。。現地の知識人と議論しない限り、深い内情は得難い場合が多いと思います。大学では私はずばり本気で発言したつもりですが、こういうところでは、それは難しいですね。。


    2020.09.28    12:19

    お返事ありがとうございます。
    1974年からベルリンの壁崩壊までの東ベルリン。知りませんでした。
    歴史。大変参考勉強になりました。

    尚、東ベルリンには観光で行ったのではなく、ドイツ語の勉強に行っていました。

    > これからの貴殿の旅行記を楽しみにしております。


    >
    >
    2020年09月28日12時21分 返信する
  • tadさん こんにちは! 不明な駅分かりました。

    tadさんの古い写真をスキャンシリーズいつも楽しみに見ています。
    今回旅行記の一番最初の写真ににマレー鉄道があったので拝見させて
    いただいた処、見覚えのある駅が写ってました。

    それで思わずコメントしてしまいました。
    マーライオンの上の写真の駅は、シンガポール タンジョン・パガー駅です。
    残念ながらシンガポール国内のマレー鉄道は廃止となり現在この駅も廃止
    されているのでとても貴重な写真です(笑)

    参考までに「2011年6月 マレー鉄道 最後のシンガポール駅とイースタン&オリエント・エクスプレス」に
    tadさんとほぼ同じ所から同じ構図で撮影した写真があります。
    (オリエント・エクスプレスと一緒に撮った写真です)

    これからも同じ地元なのでよろしくお願いいたします。

    Longchamp

    2020年08月23日15時33分返信する 関連旅行記

    Re: tadさん こんにちは! 不明な駅分かりました。

    Longchampさん、
    ご指摘有難うございました。本文の情報を追加訂正しました。

    「参考までに「2011年6月 マレー鉄道 最後のシンガポール駅とイースタン&オリエント・エクスプレス」に
    tadさんとほぼ同じ所から同じ構図で撮影した写真があります。」
    という部分についてですが、これはLongchampさんの旅行記でしょうか?
    「2011年6月」で探したのですが、見つかりません。再度、ご教示ください。同じ地元ですね。こちらこそ、よろしくお願いいたします。それにしても、鉄道知識は半端ではないですね!恐れ入りました!!!
    tad

    2020年08月23日17時48分 返信する

    RE: Re: tadさん こんにちは! 不明な駅分かりました。

    > Longchampさん、
    > ご指摘有難うございました。本文の情報を追加訂正しました。
    >
    > 「参考までに「2011年6月 マレー鉄道 最後のシンガポール駅とイースタン&オリエント・エクスプレス」に
    > tadさんとほぼ同じ所から同じ構図で撮影した写真があります。」
    > という部分についてですが、これはLongchampさんの旅行記でしょうか?
    > 「2011年6月」で探したのですが、見つかりません。再度、ご教示ください。同じ地元ですね。こちらこそ、よろしくお願いいたします。それにしても、鉄道知識は半端ではないですね!恐れ入りました!!!
    > tad
    >
    >

    Longchampさん、
    「2011年6月 マレー鉄道 最後のシンガポール駅とイースタン&オリエント・エクスプレス」の旅行記ありました。確かにシンガポール/タンジョン・パガー駅の写真だとわかりました。なるほど、こういう経緯だったのですね。マレーシア国内の路線もシンガポールに繋がらないなら活用度合いが減ったでしょうね。マレー鉄道のほうも衰退していく運命だったようです。いい情報有難うございます。
    tad
    2020年08月23日18時02分 返信する
  • 同じ写真にびっくり!!

    tadさま

    初めまして、Funky travelerと申します。

    「郊外の家は手入れもすばらしい」とのコメントの写真ですが、
    私も全く同じ家の写真を撮っています!ほぼ同じ角度です!
    tadさんの2年後かと思います。奥の赤い車は2年後にも写っていますよ。

    当方、レンタカーにてフランス ロワール地域を巡りザルツブルクを目指していた時に、あまりにも美しい景色に出会い、写真を撮った中の一枚でした。

    ザルツカンマーグートという所だったんですね~。
    近くに湖もあったような!?
    本当に綺麗な所でした。

    我が家の古い写真を引っ張り出して確認しました、嬉しかったです♡

    そして、私の拙い旅行記にもご訪問くださってありがとうございます。
    これからも懐かしい旅行記&写真を楽しませて下さい。

    Funky traveler


    2020年08月08日22時41分返信する 関連旅行記

    RE: 同じ写真にびっくり!!

    > tadさま
    >
    > 初めまして、Funky travelerと申します。
    >
    > 「郊外の家は手入れもすばらしい」とのコメントの写真ですが、
    > 私も全く同じ家の写真を撮っています!ほぼ同じ角度です!
    > tadさんの2年後かと思います。奥の赤い車は2年後にも写っていますよ。
    >
    > 当方、レンタカーにてフランス ロワール地域を巡りザルツブルクを目指していた時に、あまりにも美しい景色に出会い、写真を撮った中の一枚でした。
    >
    > ザルツカンマーグートという所だったんですね?。
    > 近くに湖もあったような!?
    > 本当に綺麗な所でした。
    >
    > 我が家の古い写真を引っ張り出して確認しました、嬉しかったです?
    >
    > そして、私の拙い旅行記にもご訪問くださってありがとうございます。
    > これからも懐かしい旅行記&写真を楽しませて下さい。
    >
    > Funky traveler
    >

    Funky traveler様、

    コメントありがとうございます。同じような写真を撮られたとのこと、探していましたが、旅行記には掲載されていないのでしょうか?

    Salzkammergut地方のFuschl am Seeの近辺での撮影だと思われます。学会の仲間4人で散策した地域です。当然目立つ建物だったのでしょうね。

    勿論、この地域は、オーストりアでもトップランクの夏の保養地、別荘地帯ですので、昔から王侯貴族、有名な音楽家などが、この地域に来ていたようです。今でも同様だと思います。そして夜は夏のザルツブルク音楽祭に顔を出したりしているようです。私が滞在した頃は、指揮者カラヤンの全盛時代でもあり、ウィーン・フィルとベルリン・フィルが両方、ザルツブルクで音楽会を開催していました。ザルツブルク市内の夏は混雑しているので、数十分で行ける郊外のザルツカンマーグートの別荘地帯は今でも理想的な滞在場所でしょう。

    ロワール地域はまだ行っていないので、うらやましい旅でしたね。
    こちらこそ、どうぞよろしく!
    tad
    2020年08月08日23時55分 返信する
  • この旅行記録は 特別に 好きです

    Tadさんの 旅行記録の 中では こちらの旅行記は 特別に 好きです。 あまりにも レア 過ぎて 貴重です
    2020年08月05日13時56分返信する 関連旅行記

    RE: この旅行記録は 特別に 好きです

    Sting boy Zさんを驚かすには、これくらいでないと、だめなんですよね!

    東ドイツあたりの話題(1987年8月)では、ゆるすぎますか?共産圏の国のあくどさは酷いものですが、でも、当時は、あまりにも悪辣な公式の両替レートに激怒したものです。というか、実際に、9万円くらいの損失でしたから!旅行中のスリなどの話はよく聞きますが、これは国家ぐるみの詐欺ですよ。

    2020年08月05日14時43分 返信する
  • フランコ・ゼフィレッリ!!!

    Tadさん
    こんにちは。

    アナハイム・エンジェルス
    お好きなんでしょうか?
    ロサンジェルス・エンジェルスになってからは不甲斐ないですね。
    晩年のノーラン・ライアンがプレイしたチームで、イチローが安打記録を抜いて日本でも有名になったロッド・カル―とか、髪型がユニークだったブラディミール・ゲレーロと言うスーパースターがいた球団ですよね??
    残念ながら私はこの球団を生で見たことはありません。

    Tadさんの旅行記を拝見していて目が留まったのが、
    2020年08月01日19時29分返信する 関連旅行記

    Re: フランコ・ゼフィレッリ!!!

    フランコ・ゼフィレッリ
    なんです。

    昨年6月に亡くなりましたね。
    亡くなった報をネットで見た時「ロミオとジュリエット」のLDを観て偲びました。

    私は「ブラザー・サン シスター・ムーン」が彼の最高傑作だと思っています。
    アッシジのフランチェスコの半生を描いた映画ですが、感動します。
    「ナザレのイエス」「チャンプ」「トラヴィアータ」辺りも好きです。

    カンヌの映画祭の劇場前広場にフランコ・ゼフィレッリの手形があるんですね??
    何度かいたことがある場所なのに気づきませんでした。
    ファンとして情けないです。
    教えて頂きありがとうございます。

    彼の自伝を呼んで、子供のころから英語が得意で、第二次世界大戦の際にはイギリス軍の通訳として働いていたことを知りました。
    ヴェルディやプッチーニのオペラの演出もやっていたようですが、一度見て観たかったです。美術出身らしい美しく豪華な舞台作りに拘ったようですね。
    2020年08月01日19時53分 返信する

    Re: フランコ・ゼフィレッリ!!!

    nichiさん、こんばんは。

    ゼフィレッリ賛、楽しく読みました!彼の映画は見ていないものも多いのですが、見たものはどれも素晴らしい記憶があります。歴史的考証、美的センスともに、文句のつけようがないという印象です。

    そのセンスが活かされたオペラ演出は、カルメンとラ・ボエームについては、ウィーン国立歌劇場で見ましたが、本当に他のオペラもこれくらいの舞台装置、衣装、演出のレベルが保たれているものは、今では稀だと思います。カルメンについては、クライバーの指揮したビデオがやや画質音質は古いものの、名演として残されていますね。ご覧になったことがおありでしょう。。私が見たもの(2005年)はクライバー指揮ではありませんでしたが、それでも、第1幕の開始から、客席よりはるかに遠くて広い舞台の奥から市場の喧騒が望めて、圧倒されたものです。ゼフィレッリがデザインした舞台装置や衣装などは今でも受け継がれているはずです。

    MLBは、1986年にBS放送受信装置とアンテナを設置して以来、ファンになり、そのかわり日本のプロ野球は殆ど見なくなりました。ヤンキースタジアムでエンジェル戦を観戦したのは、確か2001年ごろです。エンジェルスが強かったころですね。2001年ごろにニューヨーク、ワシントン、ノーフォクなどに仕事で行ったころは、カメラへの関心が薄れていた頃で、一枚も証拠が残っていませんが。。

    2年前に大谷旋風が巻き起こった時は、私も行きたいと思い、懐かしいディズニーランドとアナハイム・スタジアムの間くらいの位置にあるホテルを見つけていたのですが、そのころ、cancerが見つかり、二年過ぎた今に至ります。
    2020年08月01日22時24分 返信する

    Re: フランコ・ゼフィレッリ!!!

    フランコ・ゼフィレッリの映画、機会がございましたら是非ご覧ください。便利な世の中ですので、オンディマンドでほぼ全作鑑賞可能です。

    プッチーニのラ・ボエーム(1965年)を1980年頃にビデオで観て感動したのを思い出しました。
    オペラが面白いと思うきっかけになった作品です。
    当時はイギリスのハードロック(DEEP PURPLE、LED ZEPPELIN、PINK FLOYD、YES、ELP)やMozart、Chopin、Lisztを聴き漁っていた大学生だったのですが、このオペラを観て泣いてしまいました。
    指揮はヘルベルト・フォン・カラヤンでミラノ・スカラ座管弦楽団なんですが、なんと演出がフランコ・ゼフィレッリだったのです。
    映画監督であったゼフィレッリがオペラ演出家でもあったことを知った瞬間でした。
    今はYouTubeで観れますね。
    ↓  ↓  ↓  ↓
    https://www.youtube.com/watch?v=PNQVRzCKDFs
    私が持っているVHSより数段綺麗です。

    TadさんへのメールをしながらオペラPC検索をしていたら、こんなの見つけちゃいました。
    ビゼーのカルメン (1978年)
    指揮:C. クライバー
    演出:フランコ・ゼフィレッリ
    ↓  ↓  ↓
    https://www.youtube.com/watch?v=u_fh84Iqetc&t=6543s
    この昨品もVHSで持っているんですが、画像と音が酷くて観る気がしなかったので、今日の午後夫婦で鑑賞することにしました。
    Tadさんのおかげで発見しました。
    楽しみ~~

    MLBに興味を持ち始めたのは、1978年にシンシナティ レッズが来日した時です。
    私は大学1年生。
    後楽園球場にレッズvs巨人戦を観に行きました。
    ピート・ローズ、ジョニー・ベンチ、ジョージ・フォスターのスーパースターのプレイに感動したのを覚えています。
    凄い打線の破壊力に堀内が滅多打ちにされたり、キャッチャーのジョニー・ベンチが座ったままセカンドに矢のような送球をして盗塁を試みた柴田を刺したり、今でも覚えてます。
    王と中畑、新浦の活躍でギリギリ勝ったと記憶していますが、内容は巨人の完敗でした。
    レッズとは何戦か行われ、全試合TV観戦しましたが日本はほとんど勝てなかったと思います。
    レッズvs全日本と言う試合で、アンダースローの山田、マサカリ投法の村田の速球にレッズ打線が手こずり、山本浩二の破壊力で勝った試合でした。

    生の大リーグは何度か拝見しています。
    家内が数度アメリカに転勤になり私が家内の家に遊びに行ったとき、又は出張時に時間を見つけて観に行ってました。
    特に日本人出場の試合は記憶に残っています。
    2002年 ジャイアンツvsレッズ戦@SF
    新庄がバディボンズと一緒に溌剌とプレイしていました。
    2005年 ヤンキースvsブルージェイズ@NY
    4番レフト松井のホームランとランディジョンソンの力投を見ることができました。
    2007年 マリナーズvsホワイトソックス戦@SEA
    イチローがMLBに行って8年目、現地で大人気でした。この日に限って城島が欠場で見れず。でもホワイトソックスのセカンドは井口でした。
    2011年 ドジャーズvsパドレス戦@LA
    黒田の先発に合わせて球場に足を運びました。
    黒田の力投敵わず負けたのですが、日本からの大リーグ観戦ツアーの方々が多くお見えになっており、ビックリさせられたのを覚えています。

    今シーズン、大谷はピッチングが今一つ。バッティングは復調の傾向でしょうか?
    ベイスターズファンの私とすると、筒香の活躍は嬉しいです。
    夫婦でベイスターズファンで、徒歩で横浜スタジアムに通っています。
    今シーズンはまだ2回しか生で見れていませんが、、、

    長々と失礼しました。

    cancerのその後の具合はいかがでしょうか?
    コロナ禍、お身体には充分にお気を付けください。

    すぐにアメリカの失業率や株価に目が行ってしまいます。
    リーマンショック以上ですね。。。。
    アベノマスクやGO TOに税金を???
    早く何とかなってほしいですね。
    2020年08月02日10時55分 返信する

    Re: フランコ・ゼフィレッリ!!!

    クライバー指揮のカルメン(1978年版)をご覧になりましたか?私も実は前回見たのは、ウィーンで別の指揮者によるカルメンは2005年のことでした。多分、その時、行く前に予習でクライバーのビデオを見ていったはずですので、それ以来15年ぶりに、今日、見直してみました。youtubeで見ましたが、音質はもともとがよくなかったので我慢して、そのまま最後まで見ました。やはり、それでもいい演奏ですね。当時のクライバーの人気度は圧倒的で、指揮台に登場しただけで、ブラボーの嵐でした。私が実際にクライバーを見たのは、その翌年、1979年のことで、ミュンヘン・オペラで、「ばらの騎士」でしたが、その時も指揮台のほうを見ている時間が長かったと記憶しています。それは今でも生涯最高のオペラ体験の一つであったと思います。

    ラ・ボエームは、私も大好きなオペラで、ヨーロッパでも何度か見ています。最初に見たのはパリ・オペラ座で、1974年のクリスマス直前で、ストーリーの現場で見たような感じでした。さらに、ロンドン、ウィーンでも見ていますが、舞台はウィーンでのゼフィレッリ版がやはり一番感銘深かったですね。私自身が高校3年生の時に重い肺結核になり、長い間苦労しましたので、このオペラの筋は違反ともいうべき内容で、毎回、目を泣きはらします!椿姫もやはり、最後は苦手というか。。。結核で亡くなりますから。。もう百年もすれば、悲劇のヒロインは、きっと、結核ではなく、新型および変形コロナによる死で文壇や演劇、オペラの筋は占められそうですね!

    野球談議は手元で一杯やりながらですと、論戦で対抗できそうですが、今週は抗がん剤治療中ですので、今は素面ですし、またの機会に譲ります。
    2020年08月02日23時04分 返信する

tadさん

tadさん 写真

41国・地域渡航

45都道府県訪問

tadさんにとって旅行とは

退職後のスロー・ライフを楽しんでいる。海外は仕事も含め、70回以上行った。合計41カ国となる。なお、国内は、福井県の三方五湖を訪問したので、ついに全都道府県を制覇した。

茨城、和歌山の各県はいづれも訪問済みだが、写真が見つからないので、空白のまま残っている。海外では、インドネシア(ジャカルタとジャバ島)も行っているが、写真が見つからない。

なお、2018年夏に入院した。長期の旅はしばらく無理だろう。ただし、2019年5月のウィーン2週間滞在はしたし、その後、短いトリップで、アメリカ西部とドバイ、アブダビに行った。

新型コロナウィルス流行で、2020年1月のドバイ、アブダビの小旅行の後、結局、次の旅(アンコールワット)をキャンセルしてしまった。

2020年10月25日、一月以来の遠出で、go to travelで東京に行く。ペースがわかったので、同じコースで3回往復した。ベートーヴェン生誕250年記念で本来ならウィーンに行きたかったのだが、東京のサントリーホールに代わりに二回行った。

自分を客観的にみた第一印象

マイペース

(写真は、2012年2月のサンクト・ペテルブルク!後方にネヴァ川とエルミタージュ美術館等がある。なお、カヴァー写真は、今、初めて気づいたので、ウィーンのWasserparkの黄葉写真にした。2015年秋撮影。)

大好きな場所

ロンドンとウィーン

2018年5月29日から6月12日にかけて、ロンドン滞在を楽しみました。今回はロンドンは17回目でした。昼間は美術館博物館、公園散歩などを楽しみ、史跡も多少再訪しましたが、夜は友人宅滞在を除いては、毎晩のように音楽会を楽しみました。聞いたリストです。

May
30wed 19:30 RFH Rattle BPO Bruckner sym9,
  Abrahamsen 3 Studies(UK premiere)

31thurs 19:30 RFH Rattle BPO Brahms sym1,
  Lutslawski sym3, Widmann

June
1 Friday 19:30 Barbican Petrenko Bayerisches Staatsorchester. Mahler sym7

3Sun 19:00 Barbican Noseda LSO Bronfman BeethovenPC3, Pictures at an Exhibition, La Mer.

4Monday 19:30 Barbican Vivaldi, Handel, Fagioli, Venice Baroque Orchestra

5Tues 19:30 Barbican Yuja Wang piano recital(Chopin, Scriabin,Ligeti,Prokofiev, plus 7 pieces!)

6wed 19:00 QEH Mozart Opera "La Finta Semplice"(The Mozartists, Ian Page)

7Thursday 19:30 RFH Dohnanyi PO Beethoven sym5, MozartVnCon5(Steinbacher,vn)HaydnSym12

8friday 19:30 Barbican The English Garden,Les Arts Florissants, Le Jardin des Voix (Agnew)

9sat 19:30 ROH Tchaikovsky "Swan Lake" (Ovsyanikov,Osipova,Ball)

10sun 15:00 ROH Wagner "Lohengrin" (Nelsons, Vogt,Opolais, Goerke

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「2019年5月、ウィーン滞在」

5月6日に出発し、福岡市に一泊し、翌日早朝に福岡空港から成田経由でウィーンに夜遅く到着。(宿泊は毎回利用しているところ。台所付きホテル。)

8日夜。ヴェルディ「マクベス」(ウィーン国立歌劇場)
9日夜。Brahms Saalにて古楽器演奏会(Cohen,,,)
10日夜。バレー「海賊」(ウィーン国立歌劇場)
11日。ロンドンから友人夫妻到着。、マーラー「巨人」
 (ズナイダー指揮、ウィーン交響楽団)(ムジークフェライン 
  大ホール)
12日。マチネー、マーラー8番、メスト指揮、ウィーン・フィル。
  (コンツェルトハウス)   
   夕食会(予約済み)
13日。夕方ロンドンの友人帰宅。 夜。チェチーリア・バルトリ、(モナコ王室古楽合奏団、ガベッタ(vn) (ムジークフェライン大ホール)
14日。夜。ネトレプコ、ゲルギエフ指揮、キーロフ・オーケストラ。
 (ムジークフェライン大ホール)
15日。日帰りでプラハ再訪。
16日。夜。Gerstein(piano)
(ムジークフェライン大ホール)
17日ウィーンを出発し、18日に帰国。

昼間の日程はウィーン・フィルのマチネーの日とプラハ往復の日以外はフリーだった。ロンドンの友人夫妻が3泊している間は、
彼らとともに行動した。

大好きな理由

ロンドンは博物館、美術館がすべて無料。それに好きなクラシック音楽のライブを、毎日、どこかでやっている。入場料も安いものが簡単に入手できる。

ロンドンはオペラ・ハウスが2ヶ所あるほか、プロのオーケストラがたくさんある。国際的な旅のブログで訪問地の人気度世界一に選ばれたことがあるのも当然だろう。

ウィーンは、クラシック音楽好きの私には聖地だ。ベートーヴェンを中学2年生で好きになって、それ以来続くクラシック音楽愛好家だから、この街が特別であることは自然な成り行きだ。なお、数年前に、ウィーンに繰り返し滞在した。勿論、音楽会が第一の目的だが、街や近郊も含めて、ますます好きになっている。台所つきの宿泊所を選んでゆったり過ごすのが最高だ。

行ってみたい場所

まだ、あげきれないほど、たくさんあります。


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コミュニティを立ち上げました。「ヨーロッパでクラシック音楽を聴く」というコミュニティで、
クラシック音楽の本場でライブを聴く際の、役立つ情報交換の場になればと思い、管理人をすることにしました。
参加者募集中!(現在、12名加盟。)
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