nichiさんのクチコミ(81ページ)全2,220件
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昔は城壁で囲まれていたヴィリニュスの旧市街。そこへの入口である門が一つだけ残っています。
投稿日 2017年11月02日
総合評価:4.0
ヴィリニュスは元々城壁に囲まれた街でした。
街には9つ門があり、この門が今に残る唯一の門です。
門の壁面にはリトアニアの紋章があります。
ソ連時代、ここだけこの紋章は残っていました。
門の上には小さな聖堂があります。
1993年9月4日
パパ様(ローマ法王)がお見えになったプレートが門の壁面にあります。
リトアニアがソ連から独立したのが1990年ですから3年後ですね。
門の上には素敵な聖堂があります。
小さな小さな聖堂で、祈りをささげていらっしゃる方がいらした為、撮影は遠慮しておきました。
北側の通りから門の上を見上げると聖堂内が少し見えます。
そこで撮影しました。- 旅行時期
- 2017年07月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
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投稿日 2017年11月01日
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投稿日 2017年11月01日
総合評価:3.5
ラトヴィアのリガからLUX EXPRESSの定期便バスでリトアニアのヴィリニュスに着きました。
途中渋滞もあり、4時間40分かかりました。
国際バスターミナルにはカフェやレストラン、雑貨屋やお土産屋さんもありました。- 旅行時期
- 2017年07月
- 利用目的
- 中・長遠距離
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投稿日 2017年11月01日
総合評価:4.5
隣国リトアニアのソ連による市民弾圧に危機感を抱いたラトヴィアの人民戦線は、市民に呼びかけてソ連からの独立を求める大集会を、ここリガで開きました。
集まった市民は70万人。
この写真の真ん中のこの広場に70万人の市民が集まったわけです。
ソ連軍はヘリから警告のビラをまきますが、ソ連からの独立を求める市民の動きは収まらず。
ソ連軍による武力鎮圧から革命を守るため、人民戦線は、大聖堂前のドゥァマ広場にバリケード建設しました。
1月20日、ついにソ連軍がバリケードを攻撃。
多くの市民の血が流れました。
1991年のバリケード博物館になぜか入れなかったことが悔やまれます。- 旅行時期
- 2017年07月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
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投稿日 2017年11月01日
総合評価:3.5
やっぱりでかい。
高さは123.25mです。
撮影するにはかなり引かないと広角レンズでも全景は入りません。
塔の展望台へはエレベーターで上がることができます。
一人9ユーロです。
リーガの街を一望することができます。- 旅行時期
- 2017年07月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
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投稿日 2017年11月01日
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投稿日 2017年11月01日
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投稿日 2017年11月01日
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投稿日 2017年10月31日
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投稿日 2017年10月31日
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投稿日 2017年10月31日
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投稿日 2017年10月31日
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投稿日 2017年10月31日
総合評価:3.5
15世紀に建てなおされた教会ですが、1225年にはすでに存在していました。
市庁舎広場で罪人の処刑が行われるときにはこの教会の鐘が鳴らされていました。
カトリック教会です。
ヨハネ・パウロ2世が1993年9月8日にお見えになりごミサをあげました。- 旅行時期
- 2017年07月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
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投稿日 2017年10月31日
総合評価:3.5
一番右が一番古いお兄さんで、15世紀の建物。
切妻の石造りの建物です。
玄関前には小さな庭があり、ベンチまであります。
でも窓が大きいと税金が上がる窓税があったため、窓が小さいです。
真ん中が次男。
17世紀の黄色い住宅。
外壁のデザインが凝っており、アムステルダムの住宅にも似ています。
一番左の住宅が三男。
17世紀の建物で、他の2軒に比べ幅の狭い建物です。バロック様式の破風が特徴的な建物です。- 旅行時期
- 2017年07月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
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投稿日 2017年10月31日
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投稿日 2017年10月31日
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投稿日 2017年10月31日
総合評価:3.0
ダウカヴァ川沿いに南北に走る大通りです。
ラトヴィアが独立宣言後に勃発したロシアとの戦争をラトビアが勝利し、真の意味での独立を果たした1919年11月11日に因んでいます。
まさに第一次世界大戦の直後ですね。
この日は毎年各地で記念行事が行われているそうです。
ドイツ、ポーランド、スウェーデン、ロシアなどの大国に永年支配されていたラトヴィアの独立記念日なんですね。
でも第二次世界大戦後、またすぐに今度はソ連の支配下に。
1991年8月21日が本当の独立記念日なんですね。
長い歴史からすると、1991年は最近ですね。
二つの独立記念日があるラトヴィアなんですね。- 旅行時期
- 2017年07月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
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13世紀からハンザ同盟の港町として栄えた都市リガの歴史は海運の歴史です。
投稿日 2017年10月31日
総合評価:3.5
リガ大聖堂の隣にあるリガ大聖堂の修道院を利用した「リーガの歴史と海運の博物館」をじっくり拝見しました。
英語表記が少なかったのが残念でしたがじっくりゆっくり楽しみました。
入場料は一人3ユーロ。
入口近くにクリストファー像があります。
リガの守り神です。
後ほどダウガヴァ川沿いでもこの像を見かけますがそちらは2代目。
こちらは木製の初代で19世紀から川沿いに立っていました。
クリストファーは川の渡し役。
夜、クリストファーが運んだ子供が翌朝黄金になっていて、そのお金でリガが造られた伝説があります。
だからこの像も子供を肩に乗せています。- 旅行時期
- 2017年07月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
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投稿日 2017年10月31日
総合評価:4.0
入場料は一人3ユーロ。
13世紀初頭に建築が始まり、現在の形になったのは18世紀後半です。
パイプオルガンは修理中でしたが、1883年に作られたパイプオルガンで、木彫りの部分は16世紀の物。
見えないけどパイプの数は6718本。
16世紀のものが保存されている素晴らしいパイプオルガンです。
定期的にオルガンコンサートも開催されているようです。
ステンドグラスも見事でした。- 旅行時期
- 2017年07月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
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たくさんの言語を話す色々なガイドさんが観光客を待ち構えている広場です。
投稿日 2017年10月31日

















































































































