吉備津彦さんのクチコミ(81ページ)全1,752件
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投稿日 2014年06月07日
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コスプレコーナーあり、兜を被って写真撮影できますがシャッターを押してくれる人がいません。セルフターマーと三脚は必需品、川内戦国村
投稿日 2011年01月09日
甲冑工房丸武(旧川内戦国村) 阿久根・薩摩川内・いちき串木野
総合評価:2.5
10億円でオークションに出て話題になった薩摩川内戦国村です。
天守閣や武家屋敷、町人長屋など戦国時代を彷彿とさせる建物が立ち並ぶ。敷地内の建物は展示館になっていて、西郷隆盛ら鹿児島を代表する人物の生涯を、人形を使って再現している。時代劇で使われる鎧[よろい]や兜[かぶと]、刀などの製作行程を見学できる工房もある。
コスプレコーナーもあり鎧兜を装着して写真撮影できるはずなんですが・・・係りの人が誰も居ない。兜を被って写真だけは撮りました。お土産コーナーにいた先客にカメラのシャッターを押して貰いました。
お土産コーナーも無人でした。客が来ないからこうなっているんだと思いますが折角の宝が持ち腐れでは?世は戦国ブームなのにもったいない。
広さ1,000坪の、枯山水の本格庭園は壮観そのものです。ここでは、映画や大河ドラマなどに使われている甲冑(鎧・兜)の展示やその製造行程も見ることができます。また、薩摩の英雄、西郷隆盛の動乱の名場面をジオラマで再現した西郷記念館など、歴史の中にタイムスリップできます。- 旅行時期
- 2010年10月
- アクセス:
- 3.5
- 川内駅から車で15分
- コストパフォーマンス:
- 3.0
- 入村料大人500円 小中学生300円
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- ほとんど貸切状態
- 施設の快適度:
- 1.5
- バリアフリー:
- 5.0
- アトラクションの充実度:
- 2.5
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投稿日 2014年05月26日
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投稿日 2014年05月23日
総合評価:4.0
プール並みの大浴場で霧島温泉を満喫できます。ライトアップされた森林庭園も素晴らしいです。ゴールデンウィーク中にも関わらず前日予約でしたがなんとか部屋が取れて良かったです。食事が期待が大き過ぎて思っていた程ではなかったです。
- 旅行時期
- 2014年05月
- 利用目的
- 観光
- 1人1泊予算
- 20,000円未満
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投稿日 2014年05月14日
総合評価:4.0
モアイに逢いたくて訪れました。営業時間が9時半から17時まで前日17時過ぎに訪れましたが営業時間が終わっていたので青島に1泊して再度訪問しました。愛車での訪問だったので時間の制約があり7体のモアイ像の写真を撮るのが精いっぱいでした。900円のカートを借りてもっと散策すれば良かったと思います。夏場はもう少し営業時間を延ばして欲しいです。
- 旅行時期
- 2014年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- 鵜戸神宮から近いです
- コストパフォーマンス:
- 3.0
- 入場料700円
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 施設の快適度:
- 3.0
- アトラクションの充実度:
- 3.0
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投稿日 2014年05月14日
総合評価:5.0
「ウド」は、空(うつ)、洞(うろ)に通じる呼称で、内部が空洞になった場所を意味し、祭神名の「鸕鷀(う)」が鵜を意味するのに因んで、「鵜戸」の字を充てている。古くは「鵜戸権現」とも称されたが、明治元年(1868年)の神仏判然令によって権現号を廃し、翌2年「鵜戸神社」と改称、同7年に神宮号が宣下されて現社名となった。
亀石 - 本殿前にある霊石で、豊玉姫が海神宮(わたつみのみや)から来訪する際に乗った亀が石と化したものと伝える。石頂に枡形の穴が開くことから「枡形岩」とも呼ばれ、その穴に男性は左手、女性は右手で願いを込めた「運玉」を投げ入れることで願いがかなうといわれている。- 旅行時期
- 2014年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- バリアフリー:
- 1.5
- 見ごたえ:
- 5.0
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投稿日 2014年05月13日
総合評価:4.5
駐車場無料、天然温泉・露天風呂を完備しています。露天風呂は天風呂と岩戸風呂のふたつがあり、岩戸風呂はドーム型になっていて雨でも大丈夫な設計になっています。ユオンは40度に設定されていました。朝食はバイキング形式です。
- 旅行時期
- 2014年05月
- 利用目的
- 観光
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 1人1泊予算
- 7,500円未満
- アクセス:
- 5.0
- コストパフォーマンス:
- 5.0
- 客室:
- 4.0
- 接客対応:
- 5.0
- 風呂:
- 5.0
- 大浴場は日帰り客と共同
- 食事・ドリンク:
- 4.0
- 朝食はバイキング
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投稿日 2012年04月27日
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投稿日 2014年04月14日
総合評価:2.5
チックインの時大浴場があることを説明してくれたら狭い客室の風呂に入らなかったのに残念でした。気付いたのは朝、朝風呂は大浴場を利用しました。朝食は無料で午前7時から、中国人宿泊客が多く、一緒に食事をしました。
- 旅行時期
- 2014年04月
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投稿日 2014年01月31日
総合評価:3.5
広島駅から至近距離(広島電鉄でひと駅)にあり新幹線を使った移動ではとても便利です。
最上階の大浴場はジェットバス、サウナがありゆったり寛ぐ事ができます。朝は5時から夜は12時まで入湯出来ます。もちろん宿泊客は無料です。- 旅行時期
- 2014年01月
- 利用目的
- ビジネス
- 利用した際の同行者
- 社員・団体旅行
- 1人1泊予算
- 7,500円未満
- アクセス:
- 5.0
- コストパフォーマンス:
- 5.0
- 客室:
- 2.0
- 接客対応:
- 5.0
- 風呂:
- 5.0
- 食事・ドリンク:
- 2.0
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投稿日 2014年01月11日
総合評価:4.0
インドの首都デリーの中央に、静かな庭園と美しい建物があります。16世紀に建てられた、ムガル帝国第2代皇帝フマユーンの霊廟です。イスラムのペルシャ文化とインド伝統の様式が融合されたこの霊廟タージ・マハルを造営するときにシャージャハーンに命じられて何にもの建築家がテントを張って測量したと言われています。
フマユーンは詩とワインを愛する心優しい皇帝でしたが、政治や軍事の素質を欠いていました。戦いに敗れ帝国の領土を失い、15年間も外国に亡命していたのです。そして、ようやく帝国を再建したのも束の間、階段から転げ落ちる事故であっけなく死んでしまいました。彼の死を嘆いた妃は、霊廟の建設に人生を捧げました。9年の歳月をかけ、帝国皇帝の威厳を示す立派な霊廟を完成させたのです。赤砂岩と白大理石が組み合わされた建物は、見事な優美さを見せています。緑の庭園は正方形に区切られ、水路が張り巡らされています。これは、イスラム教徒にとっての安らかな天国を表現したものです。悲運の皇帝を悼んだ妃の想いは、新しい建築美へと昇華し、後のインド建築に大きな影響を与えました。そして、実績がなかった皇帝フマユーンは、この霊廟によって歴史に名を残すこととなったのです。- 旅行時期
- 2012年12月
- 利用した際の同行者
- 社員・団体旅行
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 4.0
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
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朝食はバイキング、オムレツに薄いナンを焼いてくれるサービスがあります。
投稿日 2014年01月11日
ザ コンノート、ニュー デリー - IHCL セレクション デリー
総合評価:4.0
ミネラルウォーター2本のサービスあり。朝食はバイキング形式でしたが専属のコックがオムレツを焼いてくれます。また薄いナンもその場で焼いてくれるサービスもありました。夕食のカレー食べ放題メニューはカレーの種類が少なくてイマイチでした。
- 旅行時期
- 2013年12月
- 利用目的
- 観光
- 利用した際の同行者
- 社員・団体旅行
- サービス:
- 5.0
- 朝食はバイキング
- バスルーム:
- 4.0
- ロケーション:
- 4.0
- 客室:
- 4.0
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投稿日 2013年11月09日
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安芸広島藩浅野家2代藩主浅野光晟が祖父家康の為に建てた東照宮
投稿日 2013年11月05日
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投稿日 2013年11月04日
総合評価:3.0
広島への出張で利用しました。9階に宿泊。2泊しました。朝食は1日目が和食と洋食を選べるタイプで和食を頂きました。2日目はバイキングでした。食事は東京のガーデンパレスと比べると落ちます。懇親会の会場もガーデンパレスでしたが食事はイマイチでした。
- 旅行時期
- 2013年10月
- 利用目的
- ビジネス
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 1人1泊予算
- 7,500円未満
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投稿日 2013年11月04日
総合評価:5.0
1706年(宝永3年)広島藩主浅野綱長により、広島城鬼門の方角に浅野長政の位牌堂を建立したのが始まりである。1810年(文化7年)浅野重晟・斉賢父子が、新たな位牌堂を建立した。1835年(天保6年)浅野斉粛が祖先追悼の為現在地に社殿を建立し、二葉御社と称した。1873年(明治6年)饒津神社と改称した。
1945年(昭和20年)広島原爆の爆風により本殿や唐門が瞬く間に破壊され、直後に本殿より出火、他の建物も類焼した。この時、石灯籠、手水桶などの石造物が残るだけ、樹木は10数本の松の木を残すのみという甚大な被害を受けた。また、境内の楠の大樹は、トンネルのようになって県道に覆いかぶさった状態になった。また原爆で傷つき市中心部から逃れてきた多数の被爆者の避難所となったが、人々の多くはこの境内で落命した。被爆後、京橋川を渡ってこの神社近くに避難し野宿した原民喜は、戦後発表した小説「夏の花」において、被爆当日の夜の状況を描写している。
戦後、仮殿、本殿が再建された。1984年(昭和59年)6月、本殿、拝殿、瑞垣が戦前の姿に復元された。2000年(平成12年)唐門も再建され(大きさは全国2位)、2005年(平成17年)唐門の前に木製の鳥居が再建された。
被曝した大きな狛犬、手水鉢、石段、灯籠(倒壊のため石の一部が欠けている。)がある。
石造物の手水鉢や唐門周辺の敷石が欠落・ひび割れ・変形しているのは、それぞれ手水舎の建物や唐門が焼け落ち、その炎熱による損傷であり、石灯篭の被害も見える。昭和59年、本殿拝殿社務所などを復興したが、傷んだ石造物は補修せず原爆被災の証としてそのまま残されている。
平成15年には饒津神社の歴史とともに歩んだ被爆松の最後の一本が枯れ、切株の一部は保存展示されている。- 旅行時期
- 2013年10月
- アクセス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 5.0
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88箇所遍路道、結願の大窪寺に行く前にほっとひと息できる道の駅です
投稿日 2013年11月03日
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投稿日 2013年11月01日
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投稿日 2013年10月18日
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投稿日 2013年10月23日




































































