ごーふぁーさんのクチコミ(34ページ)全906件
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投稿日 2021年07月22日
総合評価:5.0
・オーストリア ウィーン ナッシュマルクト 市場と蚤の市(Flohmark beim Naschmarkt)
週に1度だけ開催される蚤の市、陳列されている大昔の顕微鏡、メカメカしい映写機等々は眺めていて楽しく、こういった出物があるのがヨーロッパらしく感じる。その他にはかつての社会主義国の軍装品や勲章、定番の古い写真なんかも多い。ある種の工芸博物館や歴史博物館を見学するように各露店を巡ると楽しめる。
店の数も商品の分量もとても多く、そのほとんどがガラクタ。ただ、たまにこの中に名画が埋まっていたなんて新聞記事が登場するが、それもうなずけるような膨大な商品が売られている蚤の市である。
そして、蚤の市の手前には生鮮市場があり、野菜にピクルス、チーズ、海産物など豊富な食材が調達できる。ザワークラウトは樽で漬けるところを見て、日本の白菜漬けを思い出した。
詳細はコチラ↓
https://jtaniguchi.com/beautiful-market-markt-marche-souk/- 旅行時期
- 2021年07月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.5
- お買い得度:
- 5.0
- サービス:
- 4.0
- 品揃え:
- 5.0
-
丁寧親切に案内いただきました。レトロな観光協会 建物も必見!
投稿日 2021年07月20日
-
投稿日 2021年07月18日
総合評価:5.0
サック ギャラリー / シャック コレクション / シャック ギャラリー(Schack-Galerie)
シャックギャラリーはミュンヘンの美術館の中でも見逃しがちであるが、アルテ・ピナコテークなどのコンビチケット(5館共通)が使えるので、立ち寄ることを強くお薦めする。建物は邸宅を美術館にしたようなしつらえで、手頃なサイズの美術館、実はこういう美術館こそ落ち着いた雰囲気で画家の世界観にひたれるので、訪ねる価値が高いと思っている。
この美術館に名前を冠している アドルフ・フリードリヒ・フォン・シャック(Adolf Friedrich von Schack)は法律家など公務員の仕事の後、文学史家となりバイエルン公に招かれミュンヘンの文化的集り参加するようになる。その後は30年に渡ってイタリア、スペイン、ギリシャ、中東を広く旅をし、1894年にローマで死去する。
このシャック ギャラリーには、主に1860年代から70年代にかけて彼が収集した絵画コレクションが展示されており、それらの絵画は元はシャックの邸宅にあった。これらをシャックは1876年にドイツ皇帝に生前に遺贈し、彼の死後プロイセン大使館の建物の横に建てられた現在のギャラリーに納められた。
1939年からはバイエルン州立絵画コレクションの一部となっており、1931年の旧植物園(Alter Botanischer Garten)のGlaspalast (水晶宮)の火災で焼失した数点を除いてコレクションの内容は変わっていない。
アルテ・ピナコテークなどのコンビチケット(5館共通)が使える。建物は邸宅を美術館にしたようなしつらえ。手頃なサイズの美術館で自分好み。ここもほとんど客がおらず、訪れた時は「屋敷の主」状態。アルノルト・ベックリン(Arnold Böcklin)の作品が大量にあり、まとめて見られるのが嬉しい。古い屋敷にベックリンの夢うつつの世界を彷徨う。幻想的な世界がなじみ、居心地がとてもよい美術館。そして、邸宅を貸し切ったような贅沢さ。
シャックは地中海を旅し、この地域が気に入っていたらしく風景画はイタリアやギリシャなどを題材にしたものも多い。こちらのオイゲン・ナポレオン・ノイロイター(Eugen Napoleon Neureuther)によるローマの絵は仕掛けが面白く、右にある紐を引くとカーテンが開き絵画が覗けるようになっていた。
詳細はコチラから↓
https://jtaniguchi.com/%e3%83%9f%e3%83%a5%e3%83%b3%e3%83%98%e3%83%b3%ef%bc%88munchen-munich%ef%bc%89%e3%82%ac%e3%82%a4%e3%83%89-%e5%8d%9a%e7%89%a9%e9%a4%a8%e3%83%bb%e7%be%8e%e8%a1%93%e9%a4%a8%e3%83%bb%e5%8f%b2%e8%b7%a1/- 旅行時期
- 2021年07月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 4.0
- コストパフォーマンス:
- 4.5
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- 展示内容:
- 5.0
-
投稿日 2021年07月14日
総合評価:4.5
13世紀後半に建てられた聖バルトロメイ大聖堂の塔の高さ102mとチェコ1番の高さ。この真下に共和国広場がある。露店に回転木馬、夜はステージも。ビールをゆっくり飲みながらノンビリこれらイベントを眺めて、豊かな気分になれる場所。
詳細はコチラから↓
https://twitter.com/juntaniguchi/status/1212861152134193152?ref_src=twsrc%5Etfw%7Ctwcamp%5Etweetembed%7Ctwterm%5E1212861152134193152%7Ctwgr%5E%7Ctwcon%5Es1_&ref_url=https%3A%2F%2Fjtaniguchi.com%2Fe38397e383abe382bce3838be38081e38397e383abe382bce3838be383a5e38081e38394e383abe382bce383b3-plzen-pilsen-e382ace382a4e38389%2F- 旅行時期
- 2021年07月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 3.5
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 展示内容:
- 3.0
-
メリーゴーランドなんかを眺めて、ベンチでビールをのみながら、軽食をとってまったりするのによい
投稿日 2020年11月08日
総合評価:4.5
広場ではガンブリヌス (Gambrinus)というピルスナーウルケル醸造所(Pilsner Urquell)で醸造されたもう一つのビールを飲みつつ、Staročeské bramboráky と言うポテトのパンケーキをつまみにして昼ご飯とする。
ポテトのパンケーキは量り売りで、300gで300円。これが美味しくてビールとの相性も抜群。この広場には、美味しそうなものが、たくさん並んでいる。お土産を買うのにも好都合。メリーゴーランドなんかを眺めて、ベンチでビールをのみながら、軽食をとってまったりするのにもよい。
詳細はコチラから↓
https://jtaniguchi.com/%e3%83%97%e3%83%ab%e3%82%bc%e3%83%8b%e3%80%81%e3%83%97%e3%83%ab%e3%82%bc%e3%83%8b%e3%83%a5%e3%80%81%e3%83%94%e3%83%ab%e3%82%bc%e3%83%b3-plzen-pilsen-%e3%82%ac%e3%82%a4%e3%83%89/- 旅行時期
- 2019年11月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 5.0
- 景観:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 3.5
-
このホールには音響を巡る長い混乱の歴史がある。この歴史を踏まえて、独特なホールの構造を眺め、音楽体験をすることは希有なもの
投稿日 2021年07月07日
総合評価:4.5
古くは名指揮者フリッツ・ライナー時代から録音では散々親しんできたシカゴ交響楽団(The Chicago Symphony Orchestra)の演奏、そしてそのシカゴ交響楽団の本拠地にして数多くの録音が残されているシカゴの名コンサートホールがシンフォニーセンター(Symphony Center)内のオーケストラホール(Orchestra Hall)である。このホールには音響を巡る長い混乱の歴史がある。この歴史を踏まえて、独特なホールの構造を眺め、音楽体験をすることは希有なものであり、シカゴ交響楽団の録音ディスクを聴く際にも大きな参考となった。
● シカゴ オーケストラホールの歴史
● オーケストラホール、音響改善の為の大改装
● オーケストラホールの様子
● シカゴ オーケストラホールの録音ディスク
● シカゴ オーケストラホールでのコンサート体験
シカゴを訪れた大きな理由は、米国三大美術館のひとつシカゴ美術館を訪問すること、そしてシカゴ交響楽団をホームコンサートホールであるオーケストラホールで聴くことであった。このシカゴのオーケストラホールは、オーケストラとしては米国1番の腕前と言ってもよいシカゴ交響楽団の本拠地であるだけでなく、ホールとその音響に流転の歴史があり、是非とも生の音を聴いてみたかったホールである。
1904年に完成したオーケストラホールは、高名なシカゴの建築家ダニエル・バーナム(Daniel Burnham )が設計したものである。彼は1893年のシカゴ万国博覧会を成功させた立役者でもあり、その万博では彼主管の都市計画を披露し、全米の建築家に大きな影響を与えた。シカゴには彼設計のシカゴの中央駅に相当するユニオンステーション(Union Station)などがある。また、威厳のあるオフィスビル ルーカリービル(Rookery Building)も彼の手による建築の1つだ。
詳細はコチラから↓
https://jtaniguchi.com/chicago-symphony-center-orchestra-hall/- 旅行時期
- 2021年07月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 観光の所要時間
- 半日
- アクセス:
- 5.0
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
-
手前が旧館にあたるアルテスシュライスハイム城で16世紀末に建てられた小ぶりの建物である
投稿日 2021年07月05日
総合評価:3.5
訪れてみるとシュライスハイム城はノイエス シュライスハイム城と アルテスシュライスハイム城と二つの城が向き合っていた。手前が旧館にあたるアルテスシュライスハイム城で16世紀末に建てられた小ぶりの建物である。この旧館を通り抜け、中庭の向こうに新館である巨大なノイエス シュライスハイム城がある。
写真などで有名なのはヴェルサイユ宮殿を模した豪華なノイエス シュライスハイム城のほうであり、宮殿の外見も内装も庭園も実に見事である。アラン・レネ監督の『去年マリエンバートで』のロケ地のひとつでもあり、映画には城を背景にしたシーンや城の絵などふんだんに登場し、同作の同じくロケ地となった ニンフェンブルク城(Schloss Nymphenburg) と合わせて映画ファンなら訪ねてみる価値はある。
旧館(Altes Schloss Schleißheim)もバイエルン州立博物館(Bayerisches Nationalmuseum)の分館であり、キリスト教に加え世界の宗教文化の展示がされている。しかし、古びた郷土資料館の体でややしょぼい感じは否めなかった。
尚、シュライスハイム城の近辺は人通りの少ない地帯だがダッハウアー通りにはバス停があり、SバーンやU6の最寄り駅まで乗ることができる。また、隣接して シュライスハイム航空館(Deutsches Museum Flugwerft Schleißheim) というミュンヘン博物館の別館がある。こちらは技術大国ドイツの航空機術史を一望できる見事な博物館なので、関心のある方はこちらも立ち寄ることを強くお薦めする。
詳細はコチラから↓
https://jtaniguchi.com/munchen-munich-artmuseum-2/- 旅行時期
- 2021年07月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 3.0
- コストパフォーマンス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- 展示内容:
- 3.0
-
病院が建ち並んでいたロンドン橋の界隈とセント・トーマス病院の旧手術室
投稿日 2021年07月02日
総合評価:4.0
バラマーケット(Borough Market)そばロンドン橋(London Bridge)の界隈はセント・トーマス病院を筆頭にかつて病院が集まる地区であった。1173年設立のセント・トーマス病院は1862年までここにあり、1721年にセント・トーマス病院の連携する形で設立されたガイ病院(Guy’s Hospital)は今もここにある。セント・トマス病院の理事のガイ氏が手狭となったセント・トーマス病院の横に新たに建てた病院がガイ病院の始まりである。ガイ病院を覗いてみたところ、中にはスーパー、カフェ、巨大なアトリウムと付随設備が充実しており、とても病院には見えなかった。
また、この付近にはかつてのセント・トーマス病院の教会建物が今も残されており、セント・トーマス病院の旧手術室とハーブ・ギャレット(The Old Operating Theatre Museum and Herb Garret)と言う博物館になっている。
ただ、この博物館の入口がわかりくい。Googlemapを片手に「WE ARE OPEN」の看板を見つけて中になんとか中に入ることができた。
そして、中に入ると待ち受けているのがとても狭い螺旋階段、屋根裏(ギャレット garret)と言うだけあって、これを何十段も登らなくてはならない。
そして、登り切るとかつての教会の屋根裏があり、そこには医薬品であるハーブを保管していたハーブ・ギャレットが目に入る。現代で言えば調剤薬局だろうか、所狭しと各種形態のハーブとその瓶が並び幻想的ですらある。多少ギミックめいているのかもしれないが、動物類や原料なども複数展示されており、少々おどろおどろしい。当時は独特の匂いもたちこめ、更に不気味だったのかもしれない。
ハーブ・ギャレットの先の階段を昇ると1822年につくられた手術室の上方、つまり見学者たちが詰めかけた場所に出る。
手術道具類が壁面にいくつも展示されている。手術は見世物状態で麻酔もなかった時代である。たくさん陳列してある手術道具は、手術というよりも拷問のそれのようである。フランケンシュタインとかが生まれる素地はこういう所にあるのかとも感じた。そして、個々の器具の説明書きには機能や使い方を説明するものがあり読むとゾッとする。
詳細はコチラから↓
https://jtaniguchi.com/nightingale-stthomashospital-oldoperatingtheatre/- 旅行時期
- 2021年06月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 4.0
- コストパフォーマンス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.5
-
投稿日 2021年06月30日
総合評価:4.0
1904年に完成したオーケストラホールは、高名なシカゴの建築家ダニエル・バーナム(Daniel Burnham )が設計したものである。彼は1893年のシカゴ万国博覧会を成功させた立役者でもあり、その万博では彼主管の都市計画を披露し、全米の建築家に大きな影響を与えた。シカゴには彼設計のシカゴの中央駅に相当するユニオンステーション(Union Station)などがある。
ユニオンステーションは映画『アンタッチャブル』など多くの有名映画に登場する、建築にさほど興味がなくてもシカゴを訪れた際には是非訪ねてみたい建築物である。
詳細はコチラから↓
https://jtaniguchi.com/chicago-symphony-center-orchestra-hall/- 旅行時期
- 2021年06月
- アクセス:
- 4.5
- 人混みの少なさ:
- 3.5
-
投稿日 2021年06月09日
総合評価:4.5
ハラナ城(Qasr Kharanah)
なにもない砂漠に忽然と四角い大きな城が現れる、ここを訪れた時は驚いた。今回の展示解説では「この建物は戦時に備えた砦か、砂嵐に耐える隊商宿ではないか」と説明書きがあって納得した。城の屋上に登ると周囲には砂漠以外本当になにもなかった。
ヨルダンには有名なペトラ遺跡以外にもたくさんの遺跡があり、アンマン近郊にもアムラ城、ハラナ城、ウム・カイス、ジェラッシュなどがある。アンマンから近いので、どの遺跡もバスやレンタカーで砂漠をつっきって訪ねるかたちになる。展示してあったヨルダン遺跡地図を見ると首都アンマン近郊には見どころがたくさんある。
詳細はコチラから↓
https://jtaniguchi.com/%e4%b8%87%e8%83%bd%e3%83%9e%e3%83%ab%e3%82%bb%e3%82%a4%e3%83%a6%e7%9f%b3%e9%b9%b8/- 旅行時期
- 2021年06月
- 利用した際の同行者
- 友人
- 観光の所要時間
- 半日
- アクセス:
- 4.0
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 展示内容:
- 4.0
-
旅の充実度が倍増間違いなし!中東古代史や死海文書等に興味がある方やヨルダン イスラエルを旅する人必読の書。
投稿日 2020年01月08日
総合評価:4.5
非暴力かつ文化的なナバテア人が造ったヨルダン ペトラ遺跡 / 謎の文明を解き明かす『ナバテア文明』 ウディ・レヴィ 著を読む
中東への旅に一時期とてもハマり、その都度ヨルダンには立ち寄った。中でもナバテア文明(Nabataeans)の首都であったヨルダン南部のペトラ(Petra)の遺跡は印象的で、付近のワジラム/ワディラム砂漠と共に2度ほど訪問している。
このペトラ遺跡には、とても魅力ある遺跡群が砂漠のど真ん中に拡がっており、不思議かつ興味深いのだが、良きガイドブックになかなか出会えなかった。
それが近年急速にペトラの研究が進んだらしい。ご紹介する書籍 『ナバテア文明』ではペトラ遺跡だけでなく、この遺跡群を建築したナバテア人の類いまれなる思考方法や技術力などを深く知ることができる。ペトラや同時代のクムラン/死海文書に興味がある方やヨルダン、イスラエルを旅する人には強くお勧めしたい一冊である。
・書き込み多数の古書『ナバテア文明』 ウディ・レヴィ 著との出会い
・謎の多いナバテア文明の巧妙な戦略
・ナバテア人の高い技術力
・興味深いナバテア人の宗教観
この本を見つけたのは、神田で年に1度行なわれる古本祭でのこと。『ナバテア文明』という珍しいタイトルが偶然目にとまった。そして、鉛筆の書き込みが多数あったことから値段も格安で、すぐ購入することにした。
ちなみに、書き込みのある古書は大歓迎。値段が安くなることもあるが、書き込みをした前の読者、そして著者との三つ巴の対話が楽しいこともある。書き込みを読みながら「お主はそこが琴線に触れたのね、私はここがよかったけど」とか、?がつけられた箇所等は「確かに、この翻訳は意味不明だねぇ」などの対話が楽しい。
この本の原著の刊行は1999年(翻訳は2012年)。なので1996年の自分のヨルダン訪問時とちょうどかぶっている。有名な遺跡にも関わらず、これまで取り上げた書籍が少ないのは、中東では紛争も絶えなかったのと、ナバテアの遺跡はヨルダンとイスラエルをまたにかけて広がっている故に、なかなか調査も進まなかったためらしい。訪問当時は充分な遺跡の解説がなかったのもうなずける。なにせ遺跡に訪れるにも、乗り合いバスは舗装道路までしか行かず、そこからのダート道はヒッチハイクをするしかなかった。そもそも、この地のベドウィン達も遺跡の存在を長く隠していたらしく、西洋の探検家たちからの発見も遅かった遺跡なのだ。
神田の古書店でこの書籍を手に取り、20年越しの旅の復習とあいなった。
・謎の多いナバテア文明の巧妙な戦略
このペトラにあるナバテア人の遺跡は、映画『インディ・ジョーンズ 最後の聖戦』のクライマックスで遺跡のひとつのファザードだけが写り有名となった。しかし、これは広大な遺跡群のほんの一部であることは知られていない。また、ナバテア文明は碑文も多く、文字文化はあったのだが、自分の文化や歴史を書き残さず、800年頃のイスラムの侵入で忽然と姿を消してしまったことから謎の多い文明と言われている。
続きはコチラから↓
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(追記)
古代オリエント博物館の展示で、JICAの協力でペトラにモダンで新しい博物館ができたことを知り、隔世の感。25年も前の訪問では入場料も安く、ヒッチハイクをしたり、冒険家気分で訪ねた遺跡。当時は施設もなく、ほぼ未整備でアチコチ歩きたい放題、ベドウィンも遺跡内で暮らしていた。
詳細はコチラから↓
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- 2021年04月
- 利用した際の同行者
- 友人
- 観光の所要時間
- 2日以上
- アクセス:
- 2.5
- コストパフォーマンス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- 展示内容:
- 5.0
-
保存状態に優れた一大ローマ遺跡がアンマンから50kmの所にある
投稿日 2021年05月24日
総合評価:4.5
今回の古代オリエント博物館の展示では。地図に名称が載るのみだが、保存状態に優れた一大ローマ遺跡がアンマンから50kmの所にある。現在はペトラ遺跡に次いで人気らしい。訪問時は遺跡内で夕暮れからシェークスピア劇を鑑賞、古代ローマ劇場で観るそれの幽玄さに参ってしまった。
ヨルダンには有名なペトラ遺跡以外にもたくさんの遺跡があり、アンマン近郊にもアムラ城、ハラナ城、ウム・カイス、ジェラッシュなどがある。アンマンから近いので、どの遺跡もバスやレンタカーで砂漠をつっきって訪ねるかたちになる。展示してあったヨルダン遺跡地図を見ると首都アンマン近郊には見どころがたくさんある。
詳細はコチラから↓
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- 2021年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- 観光の所要時間
- 半日
- アクセス:
- 4.0
- コストパフォーマンス:
- 4.5
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- 展示内容:
- 4.5
-
楽器を弾く熊や半裸の婦人の絵などイスラム文化ではかなり意外な絵がある砂漠の離宮
投稿日 2021年05月23日
総合評価:4.0
ウマイヤ朝時代のカリフが建てた城。城と言っても小規模で中に浴室があり、古代オリエント博物館 企画展のキャプションには「砂漠での狩の後にここで一風呂浴びたのではないか」とある。ここを訪問した際は、世界遺産にしてはちょっとしょぼくれた感じがしたが、それは、内部が暗くてフレスコ画がよく見えなかった故と思う。フレスコ画も今回展示写真でくっきり、楽器を弾く熊や半裸の婦人の絵などイスラム文化ではかなり意外な絵があったことを知った。
ヨルダンには有名なペトラ遺跡以外にもたくさんの遺跡があり、アンマン近郊にもアムラ城、ハラナ城、ウム・カイス、ジェラッシュなどがある。アンマンから近いので、どの遺跡もバスやレンタカーで砂漠をつっきって訪ねるかたちになる。展示してあったヨルダン遺跡地図を見ると首都アンマン近郊には見どころがたくさんある。
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- 2021年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 3.0
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- 展示内容:
- 3.5
-
紛争が絶えぬ地だが、ガリラヤ湖とゴラン高原が見える風光明媚な場所
投稿日 2021年06月07日
総合評価:4.5
ウム・カイス(Umm Qais)
後期ローマ時代の邸宅の跡らしい。展示のキャプションにも、ガリラヤ湖とゴラン高原が見える風光明媚な場所とあり、「まさしく」である。紛争が絶えぬ地だが、絶景を臨む遺跡だった。柱は玄武岩とあり、道理で黒く立派な柱であったと25年を経て知る。
ヨルダンには有名なペトラ遺跡以外にもたくさんの遺跡があり、アンマン近郊にもアムラ城、ハラナ城、ウム・カイス、ジェラッシュなどがある。アンマンから近いので、どの遺跡もバスやレンタカーで砂漠をつっきって訪ねるかたちになる。展示してあったヨルダン遺跡地図を見ると首都アンマン近郊には見どころがたくさんある。
詳細はコチラから↓
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- 2021年06月
- 利用した際の同行者
- 友人
- 観光の所要時間
- 半日
- アクセス:
- 4.0
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 展示内容:
- 4.5
-
映画ロケ地の経由地として訪れた町だが風光明媚な土地で恵まれた滞在となった
投稿日 2021年06月03日
総合評価:4.0
いつまでも胸に刻まれている思い出深きスペイン映画「ミツバチのささやき」と「エル・スール」。監督したのは寡作の巨匠と呼ばれるビクトル・エリセ(Víctor Aras)、彼は長編映画を3作品しか監督していない。その彼の不朽の名作の2作品のロケ地を巡る。
舞台となったのはスペインのセゴビア(Segovia)近郊の オユエロス(Hoyuelos)村。ともに首都マドリードから列車で数時間で行けるが、オユエロス村はあまりに小さく、地元の方もご存じなく訪れるのに難儀した。たどり着いた際には嬉しさもひとしおであった。
● スペイン映画の名作「ミツバチのささやき」と「エル・スール」
● 世界遺産を眺めつつ、スペインの片田舎を模索する
● 映画「ミツバチのささやき」のロケ地 オユエロス村 に向かう
● 小さな農村 オユエロス村 に詰め込まれた映画の舞台
● 後日談 ソテラーニャ修道院とオユエロス村のホテル
この忘れ得ぬ2作の映画「ミツバチのささやき」(1973年)と「エル・スール」(1982年)はスペイン出身の映画監督兼脚本家、ビクトル・エリセ監督によって撮られた。
映画評論家の故・淀川長治さんも「この映画は詩であるから何度とりだして見つめても聞きいっても飽きることはない」と評していた。それくらい2作とも光の加減と画が美しい。何度も見返しているうちに、舞台となった場所への関心が募ったものだった。
そうした関心の高まりを抑えきれず、両作品のロケ地を訪問した。訪問したのは映画が撮られて30年ほど経た後のことだが、美しき映画とそのロケ地はそのまま残っていた。
● 世界遺産を眺めつつ、スペインの片田舎を模索する
「ミツバチのささやき」の舞台となったのは、スペインの片田舎・オユエロス(Hoyuelos)村。旅の前に、ロケ地となった村の名前は調べがついたものの、スペイン語の読み方すらままならない。当時はグーグルマップなど手軽に調べられる手段はなく、小さな村では市販の地図にも載っていないので、探すのも一苦労であった。
日本でだいたいの場所を把握したが、詳細な行き方は不明。現地に行けばなんとかなると考えて、あたりをつけたオユエロス村近くの大きな都市 セゴビア(Segovia)まで行ってみた。
セゴビアの町中には全長728メートルもある世界遺産の水道橋がある。紀元1世紀、つまり2000年以上も前に建築されたものなのに、保存状態がとてもよい。映画ロケ地の経由地として訪れた町だが風光明媚な土地で恵まれた滞在となった。
詳細はコチラから↓
https://jtaniguchi.com/el-sur-colmena-segovia-hoyuelos/- 旅行時期
- 2021年06月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 観光の所要時間
- 半日
- アクセス:
- 4.0
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 展示内容:
- 3.5
-
50年前のヴィンテージオーディオのハイレゾ感に息を呑む / 五味康祐氏のオーディオによるレコードコンサート
投稿日 2020年02月29日
総合評価:5.0
昨年、抽選に当たり五味 康祐 氏のオーディオによるレコードコンサートに行ってきた。場所は石神井公園ふるさと文化館である。50年前のヴィンテージオーディオをしっかりセットアップされた環境で聴くことはなかなか希有な経験なのでちょっとまとめてみた。
● 黎明期の日本オーディオの権威、五味 康祐
● 石神井公園ふるさと文化館、逸品揃いの五味 康祐のオーディオ機器
● 五味 康祐のオーディオで聴くレコードコンサートの演目
● 五味 康祐 オーディオコンサートの景色
● 五味 康祐 オーディオのセッティングとメンテナンス
五味 康祐 という方は、大昔に芥川賞をとった剣豪小説で著名な作家さん。私は彼の小説を一冊も読んだことはない(笑)。ただ、彼には別の一面があって、それは日本のオーディオ黎明期にオーディオ機器やクラシック音楽の評論でならしたということ。そして、その氏が誇るオーディオ機器を石神井公園で聴くことができる。五味氏の遺族の死後、練馬区がオーディオシステム一式を引き取り、レコード試聴の形で一般公開しているためである。今回は運良く、その会の抽選に当たり、石神井公園まで出かけそれを聴いてきた。
● 石神井公園ふるさと文化館、逸品揃いの五味 康祐のオーディオ機器
スピーカーは英国製タンノイ、アンプは米国マランツのアンプ、今や日本のビンテージオーディオの定番であるが、当時としては、初物に近いレアな機器類であった。更に、五味氏の場合はここに至るまでに、何台もの機器を欧米から輸入し、やっと落ち着いたのだから、当時としても最高の選択肢だったのだろう。
このタンノイのスピーカーの音は、私にとっても学生時分の思い出でもある。学生時代は、お金がないのでCDもレコードもあまり買えず。新譜を含め、ほぼ音楽喫茶で聴いていた。その喫茶店にあったのがタンノイのスピーカー。なので、私のクラシック音楽の耳は、タンノイで養われた。そういう意味でもメンテナンスのしっかりされているタンノイが聴けるとあって、楽しみに出かけた。
詳細はコチラから↓
http://jtaniguchi.com/%e4%ba%94%e5%91%b3%e5%ba%b7%e7%a5%90%e6%b0%8f%e3%81%ae%e3%82%aa%e3%83%bc%e3%83%87%e3%82%a3%e3%82%aa/- 旅行時期
- 2019年12月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 5.0
- コストパフォーマンス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 2.0
- 展示内容:
- 5.0
-
映画「ミツバチのささやき」のロケ地 オユエロス村 を探し当ててもらったホテル
投稿日 2021年06月01日
総合評価:4.5
セゴビアでは、ちょうど部屋に空きがあったので、パラドールと言う半官半民のスペインの国民宿舎に泊まることにした。パラドールには古城などを改装した豪華な装いのものも多く、国内はもちろん国外からの人気も高い。宿泊したパラドール デ セゴビア(Parador de Segovia)はそうした古い建物ではなかった。だが、世界遺産であるセゴビアの街を一望できる小高い丘の上にあった。
このパラドールがあまりに風光明媚で食事もとても美味しかったので、延泊をすることにした。あとで知ったのだが、このパラドール内のレストランはけっこう評判がいいとのことであった。そして、部屋のテラスからは世界遺産の旧市街を一望できるすばらしさ。中心部からは少々離れているので街中を散策するには不便だが、それでも宿泊して損はない宿であった。
● 映画「ミツバチのささやき」のロケ地 オユエロス村 に向かう
話を映画「ミツバチのささやき」に戻して、オユエロス村についてである。地元の方もあまり知らない地名らしく、パラドールのフロントで、いくら話せど「Hoyuelosなんて知らない」の一点張り。依頼していたタクシーもホテルまで迎えに来てしまい、難儀している中、フロントの奥から支配人とおぼしき人が地図を持ってきてくれて、なんとか場所の確認ができた。
しかし、地元の人ですら覚えが怪しい地名の村にたどり着けるのかと心配になる。タクシーの運転手は当然ながらスペイン語しか話せず、40分間無言のドライブだったのは残念だったが、村への道中はすばらしかった。のんびりとしたスペインの田舎の景色、ひなびた村々や羊飼いが羊の群れを駆る姿を眺めながらの車中は、なかなかのものである。ただし、無言の道中なので村の入り口に到着し、やっと看板が見えた時はホッとした。
詳細はコチラから↓
https://jtaniguchi.com/el-sur-colmena-segovia-hoyuelos/- 旅行時期
- 2021年06月
- 利用目的
- 観光
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 1人1泊予算
- 7,500円 未満
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- サービス:
- 4.0
- ロケーション:
- 5.0
- 客室:
- 4.0
-
数千年の歴史の前に一時現れた独裁者の存在などどこ吹く風といった街場の力強さを感じた
投稿日 2021年05月27日
総合評価:5.0
パルミラ遺跡が破壊、転売され、更にはシリアでは多くの人命までもが失われていることに胸が痛む。当時からアサド大統領は威圧感たっぷりで秘密警察国家の悪名もあった。でも、4000年の歴史あるダマスカスのスーク(市場)は香水、タバコ、絨毯、金銀の食器、民族衣装、香辛料にあふれており、これらが雑踏、ゆきかう声々、むせかえる臭いに共鳴して『豊か』そのもの。数千年の歴史の前に一時現れた独裁者の存在などどこ吹く風といった街場の力強さを感じた。
町中ではハリウッド映画が上映され映画館には人の列、自国産のコカコーラまであった。猛暑の砂漠の国ながらカフェでは青々としたサラダが供される。これが肥沃な三日月地帯か、と感心した。
詳細はコチラから↓
https://jtaniguchi.com/%e4%b8%87%e8%83%bd%e3%83%9e%e3%83%ab%e3%82%bb%e3%82%a4%e3%83%a6%e7%9f%b3%e9%b9%b8/- 旅行時期
- 2021年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.5
- お買い得度:
- 3.5
- サービス:
- 3.5
-
人の目にもつく郊外の高い山頂、野外の祭壇で生け贄の儀式をしたナバテア
投稿日 2021年05月26日
総合評価:4.5
定住化とナバテアへのキリスト教の浸透はちょうど時を同じくしたようで、この時代はキリストの生誕に前後する時代でもあった。ナバテア文明 ウディ・レヴィ (著)ではナバテアと隣国のユダヤの国の比較が興味深い。
自由を重んじるナバテアは、多様で柔軟、隊商交易をおこなっていたので事業における文書のやりとりもあり、全体的に識字能力も高かったとある。そもそも遊牧の民なので首都は要しながらも実は土地への執着はない。宗教上の神も特定の場所に結びつけることがなかったという。つまり、神殿などをあまり造らなかった。
一方、立法の民でもあるユダヤ。ラビなど限定された人が文字を司り、次世代への伝承も彼らが担い、文字による伝承を重視した。また、宗教上の生け贄の儀式も神殿の中で一般に隠されて祭司の面前でだけおこなわれた。人の目にもつく郊外の高い山頂、野外の祭壇で生け贄の儀式をしたナバテアとは大違いである。
そして、ナバテアは元来のペルシャやヘレニズムの宗教とも共存しつつも平和裡にキリスト教もとりこみ、あげくローマの属国にも円滑に納まった。キリスト教ともローマとも大揉めに揉めたユダヤとの違いは顕著だ。
詳細はコチラから↓
https://jtaniguchi.com/%e3%83%8a%e3%83%90%e3%83%86%e3%82%a2%e4%ba%ba-%e3%83%a8%e3%83%ab%e3%83%80%e3%83%b3-%e3%83%9a%e3%83%88%e3%83%a9%e9%81%ba%e8%b7%a1-%e3%83%8a%e3%83%90%e3%83%86%e3%82%a2%e6%96%87%e6%98%8e/- 旅行時期
- 2021年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- 観光の所要時間
- 1日
- アクセス:
- 4.0
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 展示内容:
- 4.0
-
当時は、こんな砂漠のまっただ中の遺跡が戦地になるとは考えすら及ばなかった、古代オリエント博物館で想いを馳せる
投稿日 2021年05月15日
総合評価:5.0
シリアを訪ねたのは1999年。今は亡きパルミラの遺跡群を訪ねた。パルミラ行きは首都ダマスカスからバスで片道3時間あまり、日帰りするにはかなりキツい強行軍となった。途中、なにもない砂漠を延々とバスに揺られたことを覚えている。
そして、こんな砂漠のまっただ中の遺跡が戦地になるとは考えすら及ばなかった。今にして思えば、あの時に訪れていなければ、この広大な敷地にある巨大なパルミラの遺跡群を見られなかったことになる。
中心にある遺跡群から離れたところには墳墓の谷という所があり、紀元103年に創られた墳墓がある。そこにあったフレスコ画の美しさと彫像の保存状態には息を呑んだ。
内戦と蛮行の結果によって大部分が失われてしまったパルミラの遺跡であるが、これを再現してる場所が日本にある。場所は、池袋サンシャインシティ内の古代オリエント博物館。ショッピングモール内にある文化施設なんて百貨店の企画展示程度かと勝手な想像をしていたが、ここまで本格的な博物館とは知らなかった。
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https://jtaniguchi.com/%e4%b8%87%e8%83%bd%e3%83%9e%e3%83%ab%e3%82%bb%e3%82%a4%e3%83%a6%e7%9f%b3%e9%b9%b8/- 旅行時期
- 2021年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 観光の所要時間
- 1日
- アクセス:
- 2.5
- コストパフォーマンス:
- 4.5
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- 展示内容:
- 5.0























































