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ごーふぁーさんのトラベラーページ

ごーふぁーさんのクチコミ(34ページ)全856件

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  • 王立ベスレム病院の絵画たち、精神疾患の患者であった 猫画家 ルイス・ウェインの作品も

    投稿日 2021年01月17日

    ベスレム ギャラリー ロンドン

    総合評価:5.0

    現在のベスレムは最新の治療が受けられる病院となっている。今回訪れた「ベスレム・ギャラリー」もその活動のひとつである。入院している精神疾患の患者の絵画などを展示しており、あわせて精神の病とはどのようなものか、を精神疾患への社会の見立ての歴史と共にわかりやすく解説している。

    そして、出迎えてくれる最初の絵画がジョンソン英国首相の母シャーロット・ジョンソン-ウォール(Charlotte Johnson-Wahl)の手によるものだ。彼女は育児と夫の相次ぐ転勤転居の為に精神に異常をきたし、モーズレイ病院(Maudsley Hospital)に9ヶ月入院していた。この絵はその時に描かれた78もの作品の中の1つである。

    ベスレム・ギャラリーが所蔵するもっとも有名な画はルイス・ウェイン(Louis Wain)のものだろう。ルイス・ウェインは、ベスレムの入院患者であった画家であり、ここにも数点が展示され、彼の作品はミュージアムグッズのアイコンにもなっている。

    挿絵や絵はがきの動物絵描きとして売れっ子だった彼は、晩年に精神の病に冒され、貧民病院に押し込められてしまった。そこで、彼の実績を知る金持ちが支援し、ベスレムに転院させたらしい。お金を出して転院させたということは、この頃のベスレムは優良な病院のひとつになっていたのだろう。そして、ウェインは院内で気兼ねなく猫の画を描きまくるのである。

    詳細はコチラから↓
    https://jtaniguchi.com/bethlem-gallery-museum-mind-louis-wain/

    旅行時期
    2021年01月
    利用した際の同行者
    一人旅
    観光の所要時間
    半日
    アクセス:
    2.5
    コストパフォーマンス:
    4.0
    人混みの少なさ:
    4.0
    展示内容:
    4.5

  • 世界最古の精神病者の保護施設による、精神疾患の治療の歴史がわかる資料館

    投稿日 2021年01月09日

    ベスレム こころの博物館 ロンドン

    総合評価:5.0

    王立ベスレム病院(Bethlem Royal Hospital)は世界最古の精神病者の保護施設で1247年に設立。元は修道院であり ”St.Mary of Bethlehem” という名称だったが、それが転じて ”Bethlehem” となり、最後には省略されて”bedlam(ベドラム)” と通称される。さらにこのベドラムという言葉が精神病院の蔑称となり、しまいには「混沌」や「騒々しい音」を意味するまでになった。

    その昔、精神疾患への眼差しはとても厳しかった。見世物であったり患者への差別や実験的治療という気分の悪い歴史がつらなる。一方、この資料館の展示を見ていると、こういった悪しき積み重ねの経緯を経て、間違いを正し、進化、改善していった様が見て取れる。

    「ベスレム心の博物館」では、こうしたベスレムの歴史と精神疾患への対処の歴史が詳細に語られている。そして、歴史過程の検証の為に、大昔の患者達のカルテまで見ることができ、その一部は展示もされている。

    ロンドン市内のセント・トーマス病院の旧手術室でみたように、初期の手術は見世物兼拷問のような様相だった。精神病院の初期の有様も同様に悲惨である。手術室が見世物小屋なら、精神病院は監獄と変わらない。精神病は病ではなく犯罪扱いだったようだ。

    詳細はコチラから↓
    https://jtaniguchi.com/bethlem-gallery-museum-mind-louis-wain/

    旅行時期
    2021年01月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    3.0
    コストパフォーマンス:
    5.0
    人混みの少なさ:
    4.0
    展示内容:
    5.0

  • 頭上が光り説法をしてくれる、えんま様

    投稿日 2021年01月03日

    法乗院 深川えんま堂 木場・東陽町・清澄

    総合評価:3.5

    閻魔大王座像は高さ3.5mもあって、日本最大らしい。
    賽銭を入れると、このえんま様が説法をしてくれる。しかもえんま様の周囲が光るギミック付で賽銭入れは祈願内容ごとに分類、「交通安全」、「浮気封じ」や「いじめ除け」まである。

    旅行時期
    2021年01月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦
    アクセス:
    5.0
    人混みの少なさ:
    4.5
    見ごたえ:
    3.0

  • 巧妙なナチスドイツの支配、ユダヤ人ゲットーの街 テレジーンだけに認められた文化活動の様子

    投稿日 2020年04月08日

    マクデブルク兵舎 プラハ

    総合評価:5.0

    大要塞でまず訪れたのはマクデブルク兵舎、先の地図では㉕となっている。展示品も多く。ここがどうやら各展示施設の中枢のようだ。受付の親切なご婦人が応対して下さり、日本から来たと伝えると、日本の企業にサポートを受けている旨の説明をしてくれた。あわせて、付近の施設の概要を個別丁寧に教えてくれる。そして、数あるガイド本からお勧めを紹介していただき、資料用に一冊購入する。

    テレジーンの施設は東部のアウシュビッツなど絶滅収容所の準備が整うまでここでユダヤ人を集める為の通過収容所として使われていた。当然管理が厳しい収容所生活を強いていたが、対外的に偽りの説明をし、強制収容所の存在をごまかす為に、このテレジーンにかぎってはナチスは芸術活動を認めた。偽善的な目的ではあったが、収容されていた人々や子供たちにとっては、大きな息抜きの時間であったらしく、ひとつの文化が花開く。そうした文化的な活動はコンサート、演劇、勉強会、絵画などに及んだ。

    マクデブルク兵舎の展示内容はゲットー時代の部屋の様子、ゲットーでの音楽活動、美術活動、文学や演劇活動などをテーマに各ブースが区切られ、豊富な展示がなされている。どこも圧倒される展示数で見応えは十分にあり、当時の盛んな芸術活動がよくわかる。絵画などはゲットーの生活など暗い内容も多いが、演劇やオペラなどはプロのパフォーマーも多く捕らわれていたことから、通常の演目がクオリティ高く上演されていたことがわかる。

    また、マクデブルク兵舎の中庭に面した小部屋には「真実と嘘」と題されたテレジーンゲットーで撮影されたナチスのプロパガンダ映画のブースがある。先に紹介した通り、劣悪な環境下で、さも快適であるかのような演技を強いられたユダヤ人たちを想うと不快なかぎりの映像であった。

    詳細はコチラから↓
    https://jtaniguchi.com/%e3%83%86%e3%83%ac%e3%82%b8%e3%83%bc%e3%83%b3-%e3%83%86%e3%83%ac%e3%82%b8%e3%83%b3-terezin-vedem/


    旅行時期
    2019年11月
    利用した際の同行者
    一人旅
    観光の所要時間
    1-2時間
    アクセス:
    3.5
    コストパフォーマンス:
    5.0
    人混みの少なさ:
    4.0
    展示内容:
    5.0

  • 見事なガーゴイルにフライングバットレス、これは上から見たい、驚愕の聖ヤン大聖堂の怪物たち

    投稿日 2020年02月29日

    聖ヤン教会 (セルトーヘンボス) スヘルトーヘンボス

    総合評価:5.0

    オランダ南部にデンボス(Den Bosch) / スヘルトゲンボス(‘s-Hertogenbosch)という中世の面影を多分に残す要塞都市がある。美しい街なので自国民のオランダ人には人気の街なのだが、日本ではあまり取り上げられることがない。中世の街並みが美しく、レンガ造りの家々の周囲や下に無数の運河が張り巡らされ、独特の景色のある街で、教会(聖ヤン大聖堂 / 聖ジャンス聖堂 Sint-Janskathedraal)の奇っ怪な石像たちが見物と、見所が多い街なのに残念である。この街は更に画家のヒエロニムス・ボスの生誕の地としても有名である。2016年、そこで彼の没後500年で大回顧展が開かれた。


    ボスの展覧会を見終えて、考古学博物館で薦められたカテドラル(聖ヤン大聖堂 / 聖ジャンス聖堂 Sint-Janskathedraal)を再び訪ねると、なんと有料だが大聖堂の屋根上に登れるツアーがある。

    その受付で「今日の分はソールドアウト」とオランダ美人さんがおっしゃる。ボスの回顧展のチケットを見せ、無理を承知で「コレじゃダメ?」と尋ねてみると「いつまでこの街にいるの?」と問われるので「今日はデン・ハーグに行くので、今日しかないのです。」と正直にお伝えする。
    すると横にいた工事関係者風のお爺さんが「いいじゃないか、入れてやりなよ」と(多分そう言っているだと思うが、オランダ語なのでよくわからない)。それで見事、教会の屋上に上れることに相成った。

    最初、大聖堂を見た時に、見事なガーゴイルにフライングバットレス、これは上から見たいなぁ、と思っていたので非常に嬉しい。そして、後で知ったのだが、この大聖堂はオランダの教会の中でも最大規模で1220年着工で現在の完成形になるまで300年以上かかったらしい。

    詳細はコチラから↓
    https://jtaniguchi.com/%e8%81%96%e3%83%a4%e3%83%b3%e5%a4%a7%e8%81%96%e5%a0%82%e3%81%ae%e6%80%aa%e7%89%a9%e3%81%9f%e3%81%a1-%e3%82%aa%e3%83%a9%e3%83%b3%e3%83%80-%e3%83%87%e3%83%b3%e3%83%9c%e3%82%b9%e8%a8%aa%e5%95%8f/

    旅行時期
    2016年02月
    利用した際の同行者
    一人旅
    観光の所要時間
    半日
    アクセス:
    5.0
    コストパフォーマンス:
    4.5
    人混みの少なさ:
    2.5
    展示内容:
    5.0

  • ナイチンゲールがクリミア戦争の看護経験を元に設計したセント・トーマス病院の病棟は当時画期的であり、今もその思想は活かされている

    投稿日 2020年11月26日

    フローレンス ナイチンゲール博物館 ロンドン

    総合評価:5.0

    ナイチンゲールが病棟設計に携わったり、病院内に看護学校を設立した縁もあり、この病院の敷地の一角に フローレンス ナイチンゲール博物館(Florence Nightingale Museum)がある。小さいながらも展示品は充実しており興味深い展示も多い。

    病院建築関連の展示で、まず目につくのは、イスタンブールのバラック病院(Selimiye Barracks)の内部スケッチ。この病院はクリミア戦争の際に軍事病院として使われ、ナイチンゲールはここで多くの傷兵の看護をした。このクリミヤ戦争の教訓を発展させデザインされたのがナイチンゲール病棟である。

    看護の際の日々の夜回りから「ランプの貴婦人」と呼ばれたナイチンゲール。展示されているランプの解説には、ナイチンゲールの肖像画で、映画『アラジン』にでてくるジェニーランプを描かれてしまうことがあるが、クリミア戦争時代に使っていたのはコチラのトルコのランタンである、と解説してあった。

    特別にナイチンゲールが愛用したフットウォーマーも展示されていた。ブリキでできており、上部には木製のフットレストが付いている。蓋を開けて炭や焼いた石を入れて使ったようだ。当時は馬車の旅であって、この旅は見た目ほど快適でもロマンティックでもなかったとあり、馬車に乗る際にも使われていたのではないかと説明されている。
    ナイチンゲールは食肉などから感染するブルセラ症にかかっており、長年体調不良に苦しんでいたと、このフットウォーマーの解説に付記されてた。

    詳細はコチラから↓
    https://jtaniguchi.com/nightingale-stthomashospital-oldoperatingtheatre/

    旅行時期
    2019年11月
    利用した際の同行者
    一人旅
    観光の所要時間
    1-2時間
    アクセス:
    4.0
    コストパフォーマンス:
    5.0
    人混みの少なさ:
    4.0
    展示内容:
    5.0

  • 戦後、ユダヤ人が故国に帰国するも、待ち受けていたのは悲惨な境遇であった、戦後のポーランド人の手によるユダヤ人虐殺事件として大きな問題を残したポグロム

    投稿日 2020年11月23日

    The Jan Karski Society Permanent exhibition その他の都市

    総合評価:5.0

    ヤン・カルスキ協会(The Jan Karski Society / Stowarzyszenie im. Jana Karskiego)
    キエルツェ ポグロムについては歴史博物館とは別に重要な史跡、資料館がある。それがヤン・カルスキ協会(The Jan Karski Society / Stowarzyszenie im. Jana Karskiego)、キェルツェ ポグロムの資料館であり、事件の中心現場となった建物でもある。

    第二次世界大戦終結後の1946年、「ユダヤ人に誘拐されていた」との少年の嘘からユダヤ人の死者42人、重傷者50人にもおよぶ虐殺がここキェルツェで発生した。その虐殺をおこなったのがポーランド人であること、ナチスドイツが敗退した後の戦後であることもあって、このポグロムはポーランド国内で大きなしこりを残している。
    少年が地下室に監禁されていたと嘘をついた場所が、このヤン・カルスキ協会の建物である。しかし、この建物に地下室はなく嘘は間もなく発覚した。しかし、住民達はそれでも暴走をやめず、この建物の中でもユダヤ人の虐殺が行われた。

    このキエルツェ ポグロムは、教会や警察含めて住民皆が見ぬふりをした為に、詳細がなかなか判明しなかった。当時、ユダヤ人は子供の血を抜く等の妄言もまだ残っていたらしく、憎悪に満ちた環境が事件の露呈を阻んでいたようだ。戦後のポーランドにおいても、如何にユダヤ人差別が根深かったのかが、このことからもわかる。

    このヤン・カルスキ協会には、当地でのユダヤ人問題やポグロムの資料が所狭しと展示されており、壁一面に説明書きがある様子は壮絶である。

    例えば、キェルツェのユダヤ人史なども興味深い。

    1833年 ポーランド王国がユダヤ人がキエルツェに永住することを許可したが、住民の抗議により撤回され、1862年に皇帝が法の前に平等であることを宣言して、やっとユダヤ人が町に定住し貿易や工芸品に従事するようになったとある。このことからも、かなり昔から反ユダヤの思考が強かったことがうかがえる。

    そして、1918年にはユダヤ人の自治を求める集会で、反ユダヤの騒乱が起きる。この時は4人のユダヤ人が死亡、約200人が負傷し町中のユダヤ人商店が取り壊された。後年のポグロムの前触れのような出来事である。

    しかし、キエルツェにはその後も多くのユダヤ人が住み続けていた。1931年の国勢調査では、キエルツェの住民58,236人のうち、40,784人がポーランド語を母国語とし、16,332人がイディッシュ語、879人がヘブライ語、140人がロシア語、ウクライナ語、ベラルーシ語、52人がドイツ語、49人が他の言語を話すという記録が残っている。イディッシュ語やヘブライ語を話す人がとても多く、実際に町の人口の29.5%をユダヤ人が占めていた。

    第二次世界大戦直前の1938年にはキェルツェには2万人のユダヤ人が住んでおり、町の不動産の20.7%を所有し、そのほとんどが通りに面している好立地だったようだ。しかし、キエルツェ歴史博物館で見たように戦争開始直後にナチスドイツによってユダヤ人のゲットーが作られ、大半のユダヤ人がすぐに強制収容所に送られ絶命してしまう。

    このゲットーからの悲痛な手紙がヤン・カルスキ協会で紹介されていた。ユダヤ人の少女が家族に宛てたもので、食料や石鹸をせがむ内容とともに、こちらのことは心配しないで、とある。逆にゲットーでの辛い日々が伝わってくる内容であった。結局、この手紙のやりとりをした家族はドイツ軍を避け、命からがらリヴィウに逃れたが、リヴィウがソビエトに支配されると全員シベリアに追放されたと言う。

    ゲットーでのドイツ軍の虐待も酷かった。シナゴーグの前で男たちを裸にさせ雪玉を投げつけ、その後全員が銃殺されたという写真が掲示されている。

    詳細はコチラ↓
    https://jtaniguchi.com/kielce-poland-museum-jankarski-pogrom/

    旅行時期
    2019年11月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦
    観光の所要時間
    1-2時間
    アクセス:
    4.0
    コストパフォーマンス:
    5.0
    人混みの少なさ:
    4.5
    展示内容:
    5.0

  • すきま風入る鄙びた湯治逗留で景色を眺めつつ年越し / 鉛温泉 藤三旅館 湯治部の魅力

    投稿日 2020年02月05日

    岩手 花巻温泉郷 鉛温泉 藤三旅館 花巻

    総合評価:5.0

    今のうちに体験しておきたい湯治宿の醍醐味!

    酸ヶ湯の記事に続いて、もう一つ思い出深い東北の自炊湯治の宿がある。それが 岩手 花巻温泉郷 鉛温泉 藤三旅館。酸ヶ湯で味をしめてから、古めの湯治宿を探しており、ここは写真で見て惚れこんでしまった。そこで、1度くらい東京を離れた東北の山の中で年越しをしたく、雪の中の古い木造の湯治宿に連泊することにした。
    「ボロ宿」、「ボロいい宿」が人気の昨今、その観点からもこの湯治部の建物は特筆に値するところがある。
    尚、湯治部の建物半分と内湯の「河鹿の湯」はこの訪問の後、取り壊してしまったらしい。今は豪華な旅館施設になったようで、なんとも残念ながら、自炊する方も年々減少傾向でこれも時代の流れなのだろう。関心のある方は是非、名残のある今のうちに訪問なさって欲しい。

    ● 岩手 花巻温泉郷 鉛温泉 藤三旅館 湯治部へ
    ● 鉛温泉 藤三旅館 湯治部の建物
    ● 藤三旅館 湯治部のお部屋
    ● 藤三旅館のお風呂
    ● 藤三旅館 湯治部での食事サポート-売店、調理場、食事
    ・藤三旅館の売店は品数豊富で湯治に最適
    ・藤三旅館 湯治部の調理場はとても広い
    ・湯治部の宿提供のお食事もなかなか
    ・宿のお食事もよいが、自炊もよい

    藤三旅館の創業は天保12年(1841年)、昭和17年には株式会社へ組織変更したとのこと。昭和が香るというよりも昭和そのものな宿。建物は昭和16年に旅館部(現、宿泊部)も湯治部(現、自炊部)もすべて建てられた。大浴場は館内に3浴場あって「源泉100%掛流し」、湯治宿のお値段はお安く、2食付いて一泊6,000円程度。完全自炊をすれば3,000円もしないという、今では破格のお値段。

    その藤三旅館へは新花巻駅から無料のバスがでている。このバスは途中何度も豪華な温泉ホテルに停車するが、それらには脇目もふらず(笑)、いよいよ最後に残るのがここ鉛温泉。新花巻駅からは時間にして1時間ほど。最後は大型バスを降りマイクロバスに乗り換える。
    最初に出迎えてくれるのがこちらの看板。この矢印が運命の分かれ道で、左はけっこう豪華なお食事とお部屋が待っていそうな雰囲気。しかし、今回向かうのは右方向の湯治部。


    続きはコチラから↓
    https://jtaniguchi.com/%e9%89%9b%e6%b8%a9%e6%b3%89-%e8%97%a4%e4%b8%89%e6%97%85%e9%a4%a8-%e6%b9%af%e6%b2%bb%e9%83%a8-%e8%8a%b1%e5%b7%bb%e6%b8%a9%e6%b3%89-%e6%b9%af%e6%b2%bb%e9%80%97%e7%95%99-%e9%9b%aa%e6%99%af%e8%89%b2/

    旅行時期
    2014年01月
    利用目的
    観光
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦
    1人1泊予算
    7,500円未満
    アクセス:
    1.5
    コストパフォーマンス:
    4.5
    客室:
    4.0
    接客対応:
    4.5
    風呂:
    4.5
    食事・ドリンク:
    4.5
    バリアフリー:
    2.0

  • 衣料品含めて規模はデパート並の屋外市場、絶品燻製プルーンを初体験

    投稿日 2020年11月21日

    キェルツェ屋外マーケット その他の都市

    総合評価:4.5

    屋外マーケット(Targowisko Miejskie)
    キェルツェの中心部を散歩し、歴史博物館付近の広い広場を抜けたところで屋外市場(Targowisko Miejskie)に行き合った。小さな柵を越えると、その向こうに大規模な屋外市場が拡がっており、その規模に驚く。

    衣料品などの分量はまるでデパート並。ズラリと店が並び高級そうなコートから普段着までもが揃う。とりわけ帽子や手袋など小物はとても潤沢。今の暮らしぶりや嗜好性がわかるのも市場の魅力だ。手頃なお値段なので手袋をひとつ購入した。

    その時のお店のおばちゃんとのやりとりが楽しい。どこの国の方か不明ながら「YES」を「sì」と言ってしまい「おや」という顔をしてケタケタ笑っている。そこから各国の「はい」の言い方を言い合う。10PLN(300円)の手袋ひとつの購入で、こんなやりとりが生じてなんとなく幸せな気分になる。

    金物屋では懐かしい柄のホーロー鍋、服屋では大きな姿見をもったおじさんが客と交渉する姿を見かける。市場の雑踏と品物はいつも眺めていて楽しい。

    食べ物やももちろんたくさん並んでいる。野菜類は都会よりも安く、良い香りが周囲に漂う。多くの八百屋さんが軒を連ねているので、散々吟味してスープの出汁用の野菜パックと干し杏、プルーン2種を購入した。

    プルーンは幾種類もあるが値段が少しずつ異なる。違いを尋ねて見ても、どうにも聞き取れない(笑)。実際、口にしてみたところプルーンを燻していることがわかった。甘い味に燻製のほんのりビター風味があわさって、とても良い味わいだ。ウィスキーのアテなんかにもこれは合う。

    詳細はコチラから↓
    https://jtaniguchi.com/kielce-poland-museum-jankarski-pogrom/

    旅行時期
    2019年11月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦
    アクセス:
    4.5
    お買い得度:
    5.0
    サービス:
    4.5
    品揃え:
    5.0

  • 事前情報がなかなかとりにくい町なので重宝、ほのぼのとした昔の写真や展示品も多いが、戦時中の記録も多い郷土資料館

    投稿日 2020年11月18日

    キエルツェ歴史博物館 その他の都市

    総合評価:4.5

    キエルツェ歴史博物館(History Museum of Kielce / Muzeum Historii Kielc)
    日本では事前情報がなかなかとりにくい町であったので、最初に歴史博物館を訪れると勝手がわかって具合がよい。
    朝一番の来訪ということもあって、例によって博物館スタッフが行く先々の展示室の電灯をつけてくれながらの閲覧となる。展示内容は、石器時代から始まる郷土資料館にありきたりな内容だが、丁寧なキャプションとブース構成である。ほのぼのとした昔の写真や展示品も多く、この地の暮らしぶりがよくわかる。

    ポーランドのオートバイ SHLはキエルツェで製造されていた。展示されていたのは初代のモデルで、エンジンは英国製の98cc、重量78kg、お値段は768PLNとある。1938年に生産開始され、改良を重ね第二次大戦の開戦1939年まで2000台が製造された。戦後SHLブランドは復活するも、当局がオートバイメーカーの絞り込みを行ない1970年に生産停止になってしまった。

    第二次世界大戦のキエルツェは、開戦直後の9月1日に早速ドイツ軍がこの町を爆撃し、9月5日には占領されている。戦中はレジスタンスやパルチザンなどの多くのグループがこの町に展開し、活発に活動をしていた。
    ナチスドイツに送り込まれたポーランド総督ハンス・フランク(Hans Michael Frank)がこの地を訪れた時の写真が展示されている。彼はIDO(クラクフで運営された差別的な研究機関、ドイツ東部労働研究所)を主導した人物であり、ポーランド人にとっては目の敵の人物、ヴロツワフの現代美術館で見た特別展の題材とかぶる。

    詳細はコチラから↓
    https://jtaniguchi.com/kielce-poland-museum-jankarski-pogrom/

    旅行時期
    2019年11月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦(シニア)
    観光の所要時間
    1-2時間
    アクセス:
    4.5
    コストパフォーマンス:
    4.5
    人混みの少なさ:
    5.0
    展示内容:
    4.0

  • 吊り天井などが可変で残響調整ができる、カトヴィツェの新ホールと並ぶポーランドが誇る最新のホール

    投稿日 2020年11月07日

    ヴロツワフ国立音楽フォーラム ブロツラフ

    総合評価:5.0

    ヴロツワフ国立音楽フォーラム(Narodowe Forum Muzyki / NFM)

    このホールは、デザイン、音響ともに優れ、2015年に完成した新しいホールである。茶褐色の建物はモダンながら風格がある。そして、手前の広場には大きな地下駐車があり、美しいガラスの出入り口が配置されている。

    この広場には著名音楽人のプレートが敷いてあり、作曲家のペンデレツキや指揮者メータ、ガーディナー、エッシェンバッハ、スクロヴァスキが並んでいる。

    このホールを初めて知ったのはベルリンフィルの国外公演記事(Facebook)で見かけた時であった。そこで、新築のよさげなホールだな、と目をつけていた。今回は残念ながら大ホールでの演目には日程があわなかったが、大ホールをちょっと覗いてみた。シューボックスながら丸みを帯びた客席は視認性に優れていそうである。また、吊り天井などが可変で残響調整ができるらしい。カトヴィツェの新ホールと並んでポーランドが誇る最新のホールなのだろう。

    小ホールでは室内楽のコンサートがあったので、こちらでフルートとチェンバロのトリオを聴いた。大ホールは地下1階だが小ホールは上階にあり、どことなく練習部屋とも思わせる折りたたみ椅子を配置しただけの小ぶりな部屋だったが音響は悪くない。

    演目の半分は現代音楽であり、幽玄なフルートの音色を楽しんだ。演目のもう半分はヴィヴァルディ等であり、中世の色彩が色濃く残る街を散策した後だったので、時代を彷徨うような浮遊感を味わう気がした。独奏のイタリア協奏曲は弦を爪弾くような2楽章の音がたいへん美しい。この演奏をした「はにかみ屋」のピアニストが思いのほか良かった。

    詳細はコチラ↓
    https://jtaniguchi.com/wroclaw-artmuseum-music/

    旅行時期
    2019年11月
    利用した際の同行者
    一人旅
    観光の所要時間
    1-2時間
    アクセス:
    4.5
    コストパフォーマンス:
    3.5
    人混みの少なさ:
    4.0
    施設の快適度:
    4.5

  • 寡黙な主人が1人で切り盛りしている、今どき珍しい路面CDショップ

    投稿日 2020年11月06日

    デモリカ ブロツラフ

    総合評価:4.0

    CDショップ “De’Molika” – UNIQ SOUND a.s.
    珍しく路面店のCDショップがあったので入ってみた。
    寡黙な主人が1人で切り盛りしており、クラシックとジャズのCDがまずまず置いてある。
    こぢんまりした雰囲気のよいお店、店のオリジナルのTシャツなども販売している。新譜のみで目新しいレーベルのものなどはみかけなかった。
    ネット通販や音楽ストリーミングサービス全盛の時代にこれでやっていけるのか心配になった。

    旅行時期
    2019年11月
    利用した際の同行者
    一人旅
    アクセス:
    3.5
    お買い得度:
    3.0
    サービス:
    4.5
    品揃え:
    3.0

  • 公園の後ろの建物から様々な楽器の音色が聞え、スメタナがこの地で勉強していたのかと想いを馳せる

    投稿日 2020年11月04日

    スメタナ公園 プルゼニュ

    総合評価:4.0

    チェコの作曲家 ベドルジハ・スメタナ(Bedřich Smetana)は若かりし頃、プルゼニ(ピルゼン)で音楽を学んでいた。

    旧市街の南の緑地 スメタナ公園(Smetanovy sady Plzeň)には、そのスメタナの像が立っている。そいて、像の後ろにはピルゼン音楽院(Konzervatoř Plzeň)がある。

    スメタナは1840年プルゼニの教会付属の高等学校に行くことになり、音楽的才能をここで認められるようになった。そして、プルゼニの社交界ではピアニストとして評価されるようになる。

    すでにポルカなどを作曲して町でも評判になったらしい。プルゼニの恵まれた環境で音楽を学んだ彼は、音楽家になることに反対する父をいとこの力を借りて説き伏せ、1843年音楽都市プラハで学ぶことになる。


    旅行時期
    2019年11月
    利用した際の同行者
    一人旅
    観光の所要時間
    1-2時間
    アクセス:
    5.0
    景観:
    4.0
    人混みの少なさ:
    4.0

  • 見応えがあったのは古生物メガロドンの歯の模型だけであった(笑)

    投稿日 2020年11月03日

    グディニャ水族館 その他の観光地

    総合評価:3.0

    グディニャ水族館(Gdynia Aquarium)
    時間に余裕があったので波止場の突端にあるグディニャ水族館(Gdynia Aquarium)も覗いてみた。水族館は旅先でよく出向くが、こちらはかなり小規模のものだった。
    外洋に面しているのに、イルカなどは全くおらず、魚の水槽も少ない。小型の水槽がいくつか並んでいるのみの展示である。

    そして、その水槽も南国の魚が中心、これは寒い地としてあこがれが反映してなのだろうか。見応えがあったのは古生物メガロドンの歯の模型だけであった(笑)。
    結局、こちらの水族館はあっという間に見終わっていまう。

    ただ、ここでも館内のスタッフの方々が見るべきものを指南してくれ、とても親切であった。外に出ると吹きすさぶ冷たい風の中で、釣り人のマネキンが寂しげに佇んでいた。


    グディニアの詳細はコチラから↓
    https://jtaniguchi.com/gdansk-gdynia-sopot/

    旅行時期
    2019年11月
    利用した際の同行者
    一人旅
    観光の所要時間
    1-2時間
    アクセス:
    3.0
    コストパフォーマンス:
    3.0
    人混みの少なさ:
    4.5
    施設の快適度:
    4.0

  • 戦災を逃れたドイツ風の立派なオペラハウス、作曲家ウェーバーもカペルマイスターであった

    投稿日 2020年10月31日

    ヴロツワフ歌劇場 ブロツラフ

    総合評価:4.0

    ヴロツワフ歌劇場(Opera Wrocławska)
    戦災を逃れたドイツ風の立派なオペラハウス。1782年に完成し、作曲家ウェーバーは1804年にここのカペルマイスターとなっている。
    上演日にあたらなかった為、観劇できず、残念だった。日本人のバレリーナも活躍しているようだし、これだけ歴史ある劇場なので上演日と重なれば相応に楽しめるかと思う。再訪したいところ。

    旅行時期
    2019年11月
    利用した際の同行者
    一人旅
    観光の所要時間
    1-2時間
    アクセス:
    5.0
    コストパフォーマンス:
    2.5
    人混みの少なさ:
    3.0

  • 謎に丁寧で親切なチェコの博物館スタッフ、富の象徴だった陶器ストーブの仕組みを知る

    投稿日 2020年03月03日

    西ボヘミア博物館 プルゼニュ

    総合評価:5.0

    ここは建物も立派で巨大、コレクションも多い。一方、入場者は私1人。

    前年、ブルノで体験した時と同じく、チェコの博物館スタッフはとても親切。解説書は持ってきてくれるし、閲覧する順序を入口で必ず教えてくれる。そして見逃しそうな場所や迷いそうな時には、スタッフが影にいらして、突如現れこっちも見てね、と(笑)指示してくださる。

    本当に謎に丁寧でやさしいチェコの美術館スタッフ。

    また、広い展示スペースであるが見学者が帰ると、いちいち各部屋の電気を消して回っている様子。そして、見物途中には、突然近寄ってこられて、なぜか博物館のデータの詰まったCD-ROMをくださった。なんだろう、この手厚さは。

    今回、この博物館の展示によって、お屋敷でよく見かける陶器ストーブの仕組みを初めて理解した。陶器でできたタイル張りのストーブには裏にキッチンがあり、その熱源をダクトで壁の反対のストーブにまわす仕組み。煙はでないし、火事のリスクも減って、見栄えもよい。このストーブは富の象徴だったらしい。

    詳細はコチラから↓
    http://jtaniguchi.com/%e3%83%97%e3%83%ab%e3%82%bc%e3%83%8b%e3%80%81%e3%83%97%e3%83%ab%e3%82%bc%e3%83%8b%e3%83%a5%e3%80%81%e3%83%94%e3%83%ab%e3%82%bc%e3%83%b3-plzen-pilsen-%e3%82%ac%e3%82%a4%e3%83%89/

    旅行時期
    2019年11月
    利用した際の同行者
    一人旅
    観光の所要時間
    半日
    アクセス:
    5.0
    コストパフォーマンス:
    5.0
    人混みの少なさ:
    4.5
    展示内容:
    4.5

  • ポーランド海軍の歴史を知る、展示品豊富な博物館船

    投稿日 2020年10月28日

    駆逐艦ブリスカヴィカ その他の観光地

    総合評価:4.5

    駆逐艦ブリスカヴィカ(Okręt-Muzeum ORP “Błyskawica”)-博物館船-
    海軍博物館の先の大きな波止場には博物館船の駆逐艦ブリスカヴィカ(Okręt-Muzeum ORP “Błyskawica”)が停泊している。船の目の前に車を駐車可能で、車で向かえば強いふきっさらしの波止場で風を避けて移動できる。

    内部に入ると、駆逐艦ピオルン (ORP Piorun)の大きなパネル展示が目につく。ポーランド海軍と言えば、こちらの船の話になるのだな、と会得する。この船はドイツの巨大戦艦ビスマルクを追撃した船で、ポーランド海軍としては歴史的なトピックなのであろう。

    1941年、ビスマルクに巡洋戦艦フッドを撃沈されたイギリスはビスマルクへの雪辱戦にやっきになり、大作戦がおこなわれた。イギリス第4駆逐艦隊に一時的に配備されたピオルンもこの作戦に参加する。そして追跡の終盤の夜遅くにビスマルクを発見し、双方の1時間近い砲撃戦になった。僚艦はその間魚雷発射の位置取りをし、ピオルンは38cm口径の激しい砲火をしのいだ。僚艦の魚雷攻撃は失敗し、ピオルンも燃料不足で撤退を余儀なくされたが、翌朝のイギリス戦艦による砲撃戦でビスマルクは沈められることになる。

    艦隊提督アンジェイ・カルヴェタの記念陳列棚がある。こちらは大統領機が墜落した2010年4月10日のスモレンスク航空事故で、大統領と共に死亡した提督。ここは博物館船としては展示室は充実している。また、この展示室を見終えると狭い館内を巡ることができる。

    詳細はコチラから↓
    https://jtaniguchi.com/gdansk-gdynia-sopot/

    旅行時期
    2019年11月

  • 見学者が絶えない所以、ソ連が展示許可をしなかった所以のもわかる壮大な絵巻物

    投稿日 2020年03月27日

    パノラマ ラツワヴィツカ民族博物館 ブロツラフ

    総合評価:4.5

    この美術館は円筒型の形をしており、建物内部で360度のパノラマ絵画を展示するために造られた。題材として「ラツワヴィツェの戦い」を描いたパノラマ絵画は1894年の完成当時から人気がありポーランド人が見物に押し寄せたという。その為、ラツワヴィツェの展望美術館とも呼ばれている。

    パノラマ絵画は大きくキャンバスは縦15m、横120mと巨大で、当時の人にとってはVR、3D体験さながらだったと思う。実際、今見ても戦場にいるかのような迫力がある。このパノラマ絵画は現ウクライナ領のリヴィウ / ルヴフ(Lwów)にあったが、展示建物が大戦中、爆撃にあい、補修が必要な状況になった。そしてヴロツワフに運ばれたものの、戦後はソ連の許可がおりずに保管されたまま、ホールも完成してからしばらく空っぽだったと言う。1985年にやっと修復ができ展示とあいなった、という。気の長い話で、見学者が絶えないのもわかる。

    ここで描かれている「ラツワヴィツェの戦い」は1794年農民兵が2000人も参加して帝政ロシアに立ち向かった戦い。ポーランド人としては忘れがたい歴史の一コマなのだろう。ソ連が展示許可をしなかったのもわかる。

    詳細はコチラから↓
    https://jtaniguchi.com/wroclaw-artmuseum-music/

    旅行時期
    2019年11月
    利用した際の同行者
    一人旅
    観光の所要時間
    1-2時間
    アクセス:
    5.0
    コストパフォーマンス:
    4.0
    人混みの少なさ:
    3.5
    展示内容:
    5.0

  • 日本のガイドブックに載っていないが、到着してみると巨大かつ3層の充実し日本のガイドブックはスルーだが、絵画工芸品ともたいした展示量で見逃すのは惜しいた展示で驚いた

    投稿日 2020年04月03日

    ヴロツワフ国立博物館 ブロツラフ

    総合評価:5.0

    なぜか日本のガイドブックにも載っておらず、どんなものだろうと思って、とりあえず行ってみることにした。到着してみると蔦に覆われた巨大かつ立派な建物と3層の充実した展示があり驚いた。

    こちらは博物館というよりも美術館であり、展示品は絵画とキリスト教関係の彫像が中心である。3階には日本を含めた諸外国の工芸品や服飾、電化製品などの技術発達史までもあり、とても楽しめる。スルーしてしまうにはもったいない美術館であり、建物も1886年に建てられた非常に立派なものだ。

    絵画はポーランド絵画の展示が中心なものの、スルバラン、カナレット、カンディンスキー、ピーテル・ブリューゲル /子(日本の国立西洋美術館と全く同じ絵画)などがあった。後で知ったことだが、このカナレットは、よく知るカナレットの甥にあたり、ポーランドの宮廷画家となった人物。それ故、ポーランドではカナレットと言うと伯父よりも彼のことを指すらしい。その精緻な筆致は叔父にとてもよく似ていると感じた。

    この博物館の目玉はシレジア地方一帯を支配したヘンリク4世(1258年頃 ~1290年)の石棺かもしれない。部屋1つを割り当てられており、スタッフも常駐し特別な雰囲気が展示スペースに漂う。

    このヘンリク4世の遺体は第二次世界大戦の最中に研究の為ドイツに持ち去られ行方不明になってしまった。このことは、この後のヴロツワフの現代美術館で見た特別展のテーマと関係していると思われる。ナチスドイツは東欧へのドイツ文化の影響や旧来からドイツの影響があったことを証明したいが為に遺体を持ち去ったと思われるのだ。つまり、覇者であったヘンリク4世にドイツやゲルマンの面影を見いだしたかったのかもしれない。


    詳細はコチラから↓
    https://jtaniguchi.com/wroclaw-artmuseum-music/

    旅行時期
    2019年11月
    利用した際の同行者
    一人旅
    観光の所要時間
    半日
    アクセス:
    4.5
    コストパフォーマンス:
    5.0
    人混みの少なさ:
    4.0
    展示内容:
    5.0

  • 酷寒の地と食糧不足に悩まされた収容所生活の中で名曲を作曲した、フランスの作曲家メシアン

    投稿日 2020年10月17日

    ヨーロッパ文化センター その他の都市

    総合評価:5.0

    フランスの作曲家メシアンは第二次世界大戦中にドイツ軍の捕虜となり、収容所生活を強いられる。酷寒の地と食糧不足に悩まされた収容所生活の中でメシアンを後に名曲として最大限の賛辞を送られる四重奏を作曲し、収容所内の困難な状況下で初演まで行なう。
    そのメシアンがかつて収容されていた捕虜収容所 Stalag VIII-A を訪れる為に、ポーランドとドイツの国境の町に向かった。

    ポーランド ズゴジェレツにあるメシアンが収容されていた捕虜収容所 Stalag VIII-A の跡地はいつでも見学することができる。跡地入口には記念碑があり、その奥にはドイツとポーランドの共同プロジェクトで2014年に建てられたヨーロッパ文化センターがある。

    この建物周辺の雑木林一帯が収容所跡で散策路となっている。町から離れていることもあって、訪れる人もおらず、散策路は落ち葉で埋もれ、説明の看板なども酷く色あせていた。その散策路を順にたどると教会跡、図書室跡、キッチン跡などがある。訪れた際の欧州はちょうど冬の入口、ここで収容された人は寒さと飢えに苦しんだと書籍にはあったが、この荒涼たる景色を見ると想像にかたくない。

    この曲は1941年1月15日、ポーランドの国境近くのシレジア地方のゲルリッツの第8A捕虜収容所で、5000人の捕虜という聴衆を前にして初演された。第2次世界大戦の開始とともに一兵卒としてフランス軍に召集されたメシアンは序盤戦で捕虜になってしまう。
    収容所に連行されるやいなや、捕虜はすべての所持品がとりあげられるが、メシアンの雑のうに入っていたのはバッハの『ブランデンブルク協奏曲』、ベルクの『行情組曲』、ストラヴィンスキーの 『結婚』のポケット・スコア。音楽好きのドイツ将校はこれらの楽譜の所持を認め、これがメシアンにとって飢えや寒さで苦しい時の慰めになった、更にドイツ将校は作曲の為の鉛筆や消ゴムや五線譜をメシアンに特別に与えた。
    メシアンはこの収容所で出会った音楽家に励まされ、厳しい環境の中『世の終りのための四重奏曲』を完成させる。そして、この曲は真冬の1941年1月15日に収容所のバラックホールで初演される。楽器は古びて鍵盤のずりおちそうなアップライトのピアノ、3本の弦しかないチェロなどで、4人の音楽家たちは破れてぼろぼろの兵服をまとい、雪中作業のための大きな木靴を履いていた。
    しかし、聴衆は5000人、ドイツ軍の将校に加え捕虜など農民・知識人・職人・牧師・ 医者などさまざまな階層の人が集った。メシアンは演奏前に楽曲解説をする「この曲は囚われの身の時が終ることを示しているのではなく、過去と未来の観念の終り、すなわち永遠の開始を描いた作品」と。そして、自分の作品があのように注意深くそして理解力をもって聴かれたことはなかった、とメシアンは回想する。

    このライナーにある『世の終わりのための四重奏』の作曲初演の物語を読めば誰もが心打たれるだろう。そして、この曲のうつろう音に、永遠の時を感じることに魅了されない者はいないだろう。


    詳細はコチラから↓
    https://jtaniguchi.com/%e3%83%a1%e3%82%b7%e3%82%a2%e3%83%b3-%e4%b8%96%e3%81%ae%e7%b5%82%e3%82%8f%e3%82%8a%e3%81%ae%e3%81%9f%e3%82%81%e3%81%ae%e5%9b%9b%e9%87%8d%e5%a5%8f%e6%9b%b2%e3%81%ae%e5%88%9d%e6%bc%94/

    https://jtaniguchi.com/%e3%82%b2%e3%83%ab%e3%83%aa%e3%83%83%e3%83%84-gorlitz-%e3%82%ba%e3%82%b4%e3%82%b8%e3%82%a7%e3%83%ac%e3%83%84-zgorzelec-%e5%9b%bd%e5%a2%83-%e6%98%a0%e7%94%bb%e3%81%ae%e8%a1%97/

    旅行時期
    2019年11月
    利用した際の同行者
    一人旅
    観光の所要時間
    1-2時間
    アクセス:
    2.0
    コストパフォーマンス:
    5.0
    人混みの少なさ:
    5.0

ごーふぁーさん

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