ごーふぁーさんのクチコミ(33ページ)全881件
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このホールには音響を巡る長い混乱の歴史がある。この歴史を踏まえて、独特なホールの構造を眺め、音楽体験をすることは希有なもの
投稿日 2021年07月07日
総合評価:4.5
古くは名指揮者フリッツ・ライナー時代から録音では散々親しんできたシカゴ交響楽団(The Chicago Symphony Orchestra)の演奏、そしてそのシカゴ交響楽団の本拠地にして数多くの録音が残されているシカゴの名コンサートホールがシンフォニーセンター(Symphony Center)内のオーケストラホール(Orchestra Hall)である。このホールには音響を巡る長い混乱の歴史がある。この歴史を踏まえて、独特なホールの構造を眺め、音楽体験をすることは希有なものであり、シカゴ交響楽団の録音ディスクを聴く際にも大きな参考となった。
● シカゴ オーケストラホールの歴史
● オーケストラホール、音響改善の為の大改装
● オーケストラホールの様子
● シカゴ オーケストラホールの録音ディスク
● シカゴ オーケストラホールでのコンサート体験
シカゴを訪れた大きな理由は、米国三大美術館のひとつシカゴ美術館を訪問すること、そしてシカゴ交響楽団をホームコンサートホールであるオーケストラホールで聴くことであった。このシカゴのオーケストラホールは、オーケストラとしては米国1番の腕前と言ってもよいシカゴ交響楽団の本拠地であるだけでなく、ホールとその音響に流転の歴史があり、是非とも生の音を聴いてみたかったホールである。
1904年に完成したオーケストラホールは、高名なシカゴの建築家ダニエル・バーナム(Daniel Burnham )が設計したものである。彼は1893年のシカゴ万国博覧会を成功させた立役者でもあり、その万博では彼主管の都市計画を披露し、全米の建築家に大きな影響を与えた。シカゴには彼設計のシカゴの中央駅に相当するユニオンステーション(Union Station)などがある。また、威厳のあるオフィスビル ルーカリービル(Rookery Building)も彼の手による建築の1つだ。
詳細はコチラから↓
https://jtaniguchi.com/chicago-symphony-center-orchestra-hall/- 旅行時期
- 2021年07月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 観光の所要時間
- 半日
- アクセス:
- 5.0
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
-
手前が旧館にあたるアルテスシュライスハイム城で16世紀末に建てられた小ぶりの建物である
投稿日 2021年07月05日
総合評価:3.5
訪れてみるとシュライスハイム城はノイエス シュライスハイム城と アルテスシュライスハイム城と二つの城が向き合っていた。手前が旧館にあたるアルテスシュライスハイム城で16世紀末に建てられた小ぶりの建物である。この旧館を通り抜け、中庭の向こうに新館である巨大なノイエス シュライスハイム城がある。
写真などで有名なのはヴェルサイユ宮殿を模した豪華なノイエス シュライスハイム城のほうであり、宮殿の外見も内装も庭園も実に見事である。アラン・レネ監督の『去年マリエンバートで』のロケ地のひとつでもあり、映画には城を背景にしたシーンや城の絵などふんだんに登場し、同作の同じくロケ地となった ニンフェンブルク城(Schloss Nymphenburg) と合わせて映画ファンなら訪ねてみる価値はある。
旧館(Altes Schloss Schleißheim)もバイエルン州立博物館(Bayerisches Nationalmuseum)の分館であり、キリスト教に加え世界の宗教文化の展示がされている。しかし、古びた郷土資料館の体でややしょぼい感じは否めなかった。
尚、シュライスハイム城の近辺は人通りの少ない地帯だがダッハウアー通りにはバス停があり、SバーンやU6の最寄り駅まで乗ることができる。また、隣接して シュライスハイム航空館(Deutsches Museum Flugwerft Schleißheim) というミュンヘン博物館の別館がある。こちらは技術大国ドイツの航空機術史を一望できる見事な博物館なので、関心のある方はこちらも立ち寄ることを強くお薦めする。
詳細はコチラから↓
https://jtaniguchi.com/munchen-munich-artmuseum-2/- 旅行時期
- 2021年07月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 3.0
- コストパフォーマンス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- 展示内容:
- 3.0
-
病院が建ち並んでいたロンドン橋の界隈とセント・トーマス病院の旧手術室
投稿日 2021年07月02日
総合評価:4.0
バラマーケット(Borough Market)そばロンドン橋(London Bridge)の界隈はセント・トーマス病院を筆頭にかつて病院が集まる地区であった。1173年設立のセント・トーマス病院は1862年までここにあり、1721年にセント・トーマス病院の連携する形で設立されたガイ病院(Guy’s Hospital)は今もここにある。セント・トマス病院の理事のガイ氏が手狭となったセント・トーマス病院の横に新たに建てた病院がガイ病院の始まりである。ガイ病院を覗いてみたところ、中にはスーパー、カフェ、巨大なアトリウムと付随設備が充実しており、とても病院には見えなかった。
また、この付近にはかつてのセント・トーマス病院の教会建物が今も残されており、セント・トーマス病院の旧手術室とハーブ・ギャレット(The Old Operating Theatre Museum and Herb Garret)と言う博物館になっている。
ただ、この博物館の入口がわかりくい。Googlemapを片手に「WE ARE OPEN」の看板を見つけて中になんとか中に入ることができた。
そして、中に入ると待ち受けているのがとても狭い螺旋階段、屋根裏(ギャレット garret)と言うだけあって、これを何十段も登らなくてはならない。
そして、登り切るとかつての教会の屋根裏があり、そこには医薬品であるハーブを保管していたハーブ・ギャレットが目に入る。現代で言えば調剤薬局だろうか、所狭しと各種形態のハーブとその瓶が並び幻想的ですらある。多少ギミックめいているのかもしれないが、動物類や原料なども複数展示されており、少々おどろおどろしい。当時は独特の匂いもたちこめ、更に不気味だったのかもしれない。
ハーブ・ギャレットの先の階段を昇ると1822年につくられた手術室の上方、つまり見学者たちが詰めかけた場所に出る。
手術道具類が壁面にいくつも展示されている。手術は見世物状態で麻酔もなかった時代である。たくさん陳列してある手術道具は、手術というよりも拷問のそれのようである。フランケンシュタインとかが生まれる素地はこういう所にあるのかとも感じた。そして、個々の器具の説明書きには機能や使い方を説明するものがあり読むとゾッとする。
詳細はコチラから↓
https://jtaniguchi.com/nightingale-stthomashospital-oldoperatingtheatre/- 旅行時期
- 2021年06月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 4.0
- コストパフォーマンス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.5
-
投稿日 2021年06月30日
総合評価:4.0
1904年に完成したオーケストラホールは、高名なシカゴの建築家ダニエル・バーナム(Daniel Burnham )が設計したものである。彼は1893年のシカゴ万国博覧会を成功させた立役者でもあり、その万博では彼主管の都市計画を披露し、全米の建築家に大きな影響を与えた。シカゴには彼設計のシカゴの中央駅に相当するユニオンステーション(Union Station)などがある。
ユニオンステーションは映画『アンタッチャブル』など多くの有名映画に登場する、建築にさほど興味がなくてもシカゴを訪れた際には是非訪ねてみたい建築物である。
詳細はコチラから↓
https://jtaniguchi.com/chicago-symphony-center-orchestra-hall/- 旅行時期
- 2021年06月
- アクセス:
- 4.5
- 人混みの少なさ:
- 3.5
-
投稿日 2021年06月09日
総合評価:4.5
ハラナ城(Qasr Kharanah)
なにもない砂漠に忽然と四角い大きな城が現れる、ここを訪れた時は驚いた。今回の展示解説では「この建物は戦時に備えた砦か、砂嵐に耐える隊商宿ではないか」と説明書きがあって納得した。城の屋上に登ると周囲には砂漠以外本当になにもなかった。
ヨルダンには有名なペトラ遺跡以外にもたくさんの遺跡があり、アンマン近郊にもアムラ城、ハラナ城、ウム・カイス、ジェラッシュなどがある。アンマンから近いので、どの遺跡もバスやレンタカーで砂漠をつっきって訪ねるかたちになる。展示してあったヨルダン遺跡地図を見ると首都アンマン近郊には見どころがたくさんある。
詳細はコチラから↓
https://jtaniguchi.com/%e4%b8%87%e8%83%bd%e3%83%9e%e3%83%ab%e3%82%bb%e3%82%a4%e3%83%a6%e7%9f%b3%e9%b9%b8/- 旅行時期
- 2021年06月
- 利用した際の同行者
- 友人
- 観光の所要時間
- 半日
- アクセス:
- 4.0
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 展示内容:
- 4.0
-
旅の充実度が倍増間違いなし!中東古代史や死海文書等に興味がある方やヨルダン イスラエルを旅する人必読の書。
投稿日 2020年01月08日
総合評価:4.5
非暴力かつ文化的なナバテア人が造ったヨルダン ペトラ遺跡 / 謎の文明を解き明かす『ナバテア文明』 ウディ・レヴィ 著を読む
中東への旅に一時期とてもハマり、その都度ヨルダンには立ち寄った。中でもナバテア文明(Nabataeans)の首都であったヨルダン南部のペトラ(Petra)の遺跡は印象的で、付近のワジラム/ワディラム砂漠と共に2度ほど訪問している。
このペトラ遺跡には、とても魅力ある遺跡群が砂漠のど真ん中に拡がっており、不思議かつ興味深いのだが、良きガイドブックになかなか出会えなかった。
それが近年急速にペトラの研究が進んだらしい。ご紹介する書籍 『ナバテア文明』ではペトラ遺跡だけでなく、この遺跡群を建築したナバテア人の類いまれなる思考方法や技術力などを深く知ることができる。ペトラや同時代のクムラン/死海文書に興味がある方やヨルダン、イスラエルを旅する人には強くお勧めしたい一冊である。
・書き込み多数の古書『ナバテア文明』 ウディ・レヴィ 著との出会い
・謎の多いナバテア文明の巧妙な戦略
・ナバテア人の高い技術力
・興味深いナバテア人の宗教観
この本を見つけたのは、神田で年に1度行なわれる古本祭でのこと。『ナバテア文明』という珍しいタイトルが偶然目にとまった。そして、鉛筆の書き込みが多数あったことから値段も格安で、すぐ購入することにした。
ちなみに、書き込みのある古書は大歓迎。値段が安くなることもあるが、書き込みをした前の読者、そして著者との三つ巴の対話が楽しいこともある。書き込みを読みながら「お主はそこが琴線に触れたのね、私はここがよかったけど」とか、?がつけられた箇所等は「確かに、この翻訳は意味不明だねぇ」などの対話が楽しい。
この本の原著の刊行は1999年(翻訳は2012年)。なので1996年の自分のヨルダン訪問時とちょうどかぶっている。有名な遺跡にも関わらず、これまで取り上げた書籍が少ないのは、中東では紛争も絶えなかったのと、ナバテアの遺跡はヨルダンとイスラエルをまたにかけて広がっている故に、なかなか調査も進まなかったためらしい。訪問当時は充分な遺跡の解説がなかったのもうなずける。なにせ遺跡に訪れるにも、乗り合いバスは舗装道路までしか行かず、そこからのダート道はヒッチハイクをするしかなかった。そもそも、この地のベドウィン達も遺跡の存在を長く隠していたらしく、西洋の探検家たちからの発見も遅かった遺跡なのだ。
神田の古書店でこの書籍を手に取り、20年越しの旅の復習とあいなった。
・謎の多いナバテア文明の巧妙な戦略
このペトラにあるナバテア人の遺跡は、映画『インディ・ジョーンズ 最後の聖戦』のクライマックスで遺跡のひとつのファザードだけが写り有名となった。しかし、これは広大な遺跡群のほんの一部であることは知られていない。また、ナバテア文明は碑文も多く、文字文化はあったのだが、自分の文化や歴史を書き残さず、800年頃のイスラムの侵入で忽然と姿を消してしまったことから謎の多い文明と言われている。
続きはコチラから↓
http://jtaniguchi.com/%e3%83%8a%e3%83%90%e3%83%86%e3%82%a2%e4%ba%ba-%e3%83%a8%e3%83%ab%e3%83%80%e3%83%b3-%e3%83%9a%e3%83%88%e3%83%a9%e9%81%ba%e8%b7%a1-%e3%83%8a%e3%83%90%e3%83%86%e3%82%a2%e6%96%87%e6%98%8e/
(追記)
古代オリエント博物館の展示で、JICAの協力でペトラにモダンで新しい博物館ができたことを知り、隔世の感。25年も前の訪問では入場料も安く、ヒッチハイクをしたり、冒険家気分で訪ねた遺跡。当時は施設もなく、ほぼ未整備でアチコチ歩きたい放題、ベドウィンも遺跡内で暮らしていた。
詳細はコチラから↓
https://jtaniguchi.com/%e4%b8%87%e8%83%bd%e3%83%9e%e3%83%ab%e3%82%bb%e3%82%a4%e3%83%a6%e7%9f%b3%e9%b9%b8/- 旅行時期
- 2021年04月
- 利用した際の同行者
- 友人
- 観光の所要時間
- 2日以上
- アクセス:
- 2.5
- コストパフォーマンス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- 展示内容:
- 5.0
-
保存状態に優れた一大ローマ遺跡がアンマンから50kmの所にある
投稿日 2021年05月24日
総合評価:4.5
今回の古代オリエント博物館の展示では。地図に名称が載るのみだが、保存状態に優れた一大ローマ遺跡がアンマンから50kmの所にある。現在はペトラ遺跡に次いで人気らしい。訪問時は遺跡内で夕暮れからシェークスピア劇を鑑賞、古代ローマ劇場で観るそれの幽玄さに参ってしまった。
ヨルダンには有名なペトラ遺跡以外にもたくさんの遺跡があり、アンマン近郊にもアムラ城、ハラナ城、ウム・カイス、ジェラッシュなどがある。アンマンから近いので、どの遺跡もバスやレンタカーで砂漠をつっきって訪ねるかたちになる。展示してあったヨルダン遺跡地図を見ると首都アンマン近郊には見どころがたくさんある。
詳細はコチラから↓
https://jtaniguchi.com/%e4%b8%87%e8%83%bd%e3%83%9e%e3%83%ab%e3%82%bb%e3%82%a4%e3%83%a6%e7%9f%b3%e9%b9%b8/- 旅行時期
- 2021年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- 観光の所要時間
- 半日
- アクセス:
- 4.0
- コストパフォーマンス:
- 4.5
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- 展示内容:
- 4.5
-
楽器を弾く熊や半裸の婦人の絵などイスラム文化ではかなり意外な絵がある砂漠の離宮
投稿日 2021年05月23日
総合評価:4.0
ウマイヤ朝時代のカリフが建てた城。城と言っても小規模で中に浴室があり、古代オリエント博物館 企画展のキャプションには「砂漠での狩の後にここで一風呂浴びたのではないか」とある。ここを訪問した際は、世界遺産にしてはちょっとしょぼくれた感じがしたが、それは、内部が暗くてフレスコ画がよく見えなかった故と思う。フレスコ画も今回展示写真でくっきり、楽器を弾く熊や半裸の婦人の絵などイスラム文化ではかなり意外な絵があったことを知った。
ヨルダンには有名なペトラ遺跡以外にもたくさんの遺跡があり、アンマン近郊にもアムラ城、ハラナ城、ウム・カイス、ジェラッシュなどがある。アンマンから近いので、どの遺跡もバスやレンタカーで砂漠をつっきって訪ねるかたちになる。展示してあったヨルダン遺跡地図を見ると首都アンマン近郊には見どころがたくさんある。
詳細はコチラから↓
https://jtaniguchi.com/%e4%b8%87%e8%83%bd%e3%83%9e%e3%83%ab%e3%82%bb%e3%82%a4%e3%83%a6%e7%9f%b3%e9%b9%b8/- 旅行時期
- 2021年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 3.0
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- 展示内容:
- 3.5
-
紛争が絶えぬ地だが、ガリラヤ湖とゴラン高原が見える風光明媚な場所
投稿日 2021年06月07日
総合評価:4.5
ウム・カイス(Umm Qais)
後期ローマ時代の邸宅の跡らしい。展示のキャプションにも、ガリラヤ湖とゴラン高原が見える風光明媚な場所とあり、「まさしく」である。紛争が絶えぬ地だが、絶景を臨む遺跡だった。柱は玄武岩とあり、道理で黒く立派な柱であったと25年を経て知る。
ヨルダンには有名なペトラ遺跡以外にもたくさんの遺跡があり、アンマン近郊にもアムラ城、ハラナ城、ウム・カイス、ジェラッシュなどがある。アンマンから近いので、どの遺跡もバスやレンタカーで砂漠をつっきって訪ねるかたちになる。展示してあったヨルダン遺跡地図を見ると首都アンマン近郊には見どころがたくさんある。
詳細はコチラから↓
https://jtaniguchi.com/%e4%b8%87%e8%83%bd%e3%83%9e%e3%83%ab%e3%82%bb%e3%82%a4%e3%83%a6%e7%9f%b3%e9%b9%b8/- 旅行時期
- 2021年06月
- 利用した際の同行者
- 友人
- 観光の所要時間
- 半日
- アクセス:
- 4.0
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 展示内容:
- 4.5
-
映画ロケ地の経由地として訪れた町だが風光明媚な土地で恵まれた滞在となった
投稿日 2021年06月03日
総合評価:4.0
いつまでも胸に刻まれている思い出深きスペイン映画「ミツバチのささやき」と「エル・スール」。監督したのは寡作の巨匠と呼ばれるビクトル・エリセ(Víctor Aras)、彼は長編映画を3作品しか監督していない。その彼の不朽の名作の2作品のロケ地を巡る。
舞台となったのはスペインのセゴビア(Segovia)近郊の オユエロス(Hoyuelos)村。ともに首都マドリードから列車で数時間で行けるが、オユエロス村はあまりに小さく、地元の方もご存じなく訪れるのに難儀した。たどり着いた際には嬉しさもひとしおであった。
● スペイン映画の名作「ミツバチのささやき」と「エル・スール」
● 世界遺産を眺めつつ、スペインの片田舎を模索する
● 映画「ミツバチのささやき」のロケ地 オユエロス村 に向かう
● 小さな農村 オユエロス村 に詰め込まれた映画の舞台
● 後日談 ソテラーニャ修道院とオユエロス村のホテル
この忘れ得ぬ2作の映画「ミツバチのささやき」(1973年)と「エル・スール」(1982年)はスペイン出身の映画監督兼脚本家、ビクトル・エリセ監督によって撮られた。
映画評論家の故・淀川長治さんも「この映画は詩であるから何度とりだして見つめても聞きいっても飽きることはない」と評していた。それくらい2作とも光の加減と画が美しい。何度も見返しているうちに、舞台となった場所への関心が募ったものだった。
そうした関心の高まりを抑えきれず、両作品のロケ地を訪問した。訪問したのは映画が撮られて30年ほど経た後のことだが、美しき映画とそのロケ地はそのまま残っていた。
● 世界遺産を眺めつつ、スペインの片田舎を模索する
「ミツバチのささやき」の舞台となったのは、スペインの片田舎・オユエロス(Hoyuelos)村。旅の前に、ロケ地となった村の名前は調べがついたものの、スペイン語の読み方すらままならない。当時はグーグルマップなど手軽に調べられる手段はなく、小さな村では市販の地図にも載っていないので、探すのも一苦労であった。
日本でだいたいの場所を把握したが、詳細な行き方は不明。現地に行けばなんとかなると考えて、あたりをつけたオユエロス村近くの大きな都市 セゴビア(Segovia)まで行ってみた。
セゴビアの町中には全長728メートルもある世界遺産の水道橋がある。紀元1世紀、つまり2000年以上も前に建築されたものなのに、保存状態がとてもよい。映画ロケ地の経由地として訪れた町だが風光明媚な土地で恵まれた滞在となった。
詳細はコチラから↓
https://jtaniguchi.com/el-sur-colmena-segovia-hoyuelos/- 旅行時期
- 2021年06月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 観光の所要時間
- 半日
- アクセス:
- 4.0
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 展示内容:
- 3.5
-
50年前のヴィンテージオーディオのハイレゾ感に息を呑む / 五味康祐氏のオーディオによるレコードコンサート
投稿日 2020年02月29日
総合評価:5.0
昨年、抽選に当たり五味 康祐 氏のオーディオによるレコードコンサートに行ってきた。場所は石神井公園ふるさと文化館である。50年前のヴィンテージオーディオをしっかりセットアップされた環境で聴くことはなかなか希有な経験なのでちょっとまとめてみた。
● 黎明期の日本オーディオの権威、五味 康祐
● 石神井公園ふるさと文化館、逸品揃いの五味 康祐のオーディオ機器
● 五味 康祐のオーディオで聴くレコードコンサートの演目
● 五味 康祐 オーディオコンサートの景色
● 五味 康祐 オーディオのセッティングとメンテナンス
五味 康祐 という方は、大昔に芥川賞をとった剣豪小説で著名な作家さん。私は彼の小説を一冊も読んだことはない(笑)。ただ、彼には別の一面があって、それは日本のオーディオ黎明期にオーディオ機器やクラシック音楽の評論でならしたということ。そして、その氏が誇るオーディオ機器を石神井公園で聴くことができる。五味氏の遺族の死後、練馬区がオーディオシステム一式を引き取り、レコード試聴の形で一般公開しているためである。今回は運良く、その会の抽選に当たり、石神井公園まで出かけそれを聴いてきた。
● 石神井公園ふるさと文化館、逸品揃いの五味 康祐のオーディオ機器
スピーカーは英国製タンノイ、アンプは米国マランツのアンプ、今や日本のビンテージオーディオの定番であるが、当時としては、初物に近いレアな機器類であった。更に、五味氏の場合はここに至るまでに、何台もの機器を欧米から輸入し、やっと落ち着いたのだから、当時としても最高の選択肢だったのだろう。
このタンノイのスピーカーの音は、私にとっても学生時分の思い出でもある。学生時代は、お金がないのでCDもレコードもあまり買えず。新譜を含め、ほぼ音楽喫茶で聴いていた。その喫茶店にあったのがタンノイのスピーカー。なので、私のクラシック音楽の耳は、タンノイで養われた。そういう意味でもメンテナンスのしっかりされているタンノイが聴けるとあって、楽しみに出かけた。
詳細はコチラから↓
http://jtaniguchi.com/%e4%ba%94%e5%91%b3%e5%ba%b7%e7%a5%90%e6%b0%8f%e3%81%ae%e3%82%aa%e3%83%bc%e3%83%87%e3%82%a3%e3%82%aa/- 旅行時期
- 2019年12月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 5.0
- コストパフォーマンス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 2.0
- 展示内容:
- 5.0
-
映画「ミツバチのささやき」のロケ地 オユエロス村 を探し当ててもらったホテル
投稿日 2021年06月01日
総合評価:4.5
セゴビアでは、ちょうど部屋に空きがあったので、パラドールと言う半官半民のスペインの国民宿舎に泊まることにした。パラドールには古城などを改装した豪華な装いのものも多く、国内はもちろん国外からの人気も高い。宿泊したパラドール デ セゴビア(Parador de Segovia)はそうした古い建物ではなかった。だが、世界遺産であるセゴビアの街を一望できる小高い丘の上にあった。
このパラドールがあまりに風光明媚で食事もとても美味しかったので、延泊をすることにした。あとで知ったのだが、このパラドール内のレストランはけっこう評判がいいとのことであった。そして、部屋のテラスからは世界遺産の旧市街を一望できるすばらしさ。中心部からは少々離れているので街中を散策するには不便だが、それでも宿泊して損はない宿であった。
● 映画「ミツバチのささやき」のロケ地 オユエロス村 に向かう
話を映画「ミツバチのささやき」に戻して、オユエロス村についてである。地元の方もあまり知らない地名らしく、パラドールのフロントで、いくら話せど「Hoyuelosなんて知らない」の一点張り。依頼していたタクシーもホテルまで迎えに来てしまい、難儀している中、フロントの奥から支配人とおぼしき人が地図を持ってきてくれて、なんとか場所の確認ができた。
しかし、地元の人ですら覚えが怪しい地名の村にたどり着けるのかと心配になる。タクシーの運転手は当然ながらスペイン語しか話せず、40分間無言のドライブだったのは残念だったが、村への道中はすばらしかった。のんびりとしたスペインの田舎の景色、ひなびた村々や羊飼いが羊の群れを駆る姿を眺めながらの車中は、なかなかのものである。ただし、無言の道中なので村の入り口に到着し、やっと看板が見えた時はホッとした。
詳細はコチラから↓
https://jtaniguchi.com/el-sur-colmena-segovia-hoyuelos/- 旅行時期
- 2021年06月
- 利用目的
- 観光
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 1人1泊予算
- 7,500円 未満
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- サービス:
- 4.0
- ロケーション:
- 5.0
- 客室:
- 4.0
-
数千年の歴史の前に一時現れた独裁者の存在などどこ吹く風といった街場の力強さを感じた
投稿日 2021年05月27日
総合評価:5.0
パルミラ遺跡が破壊、転売され、更にはシリアでは多くの人命までもが失われていることに胸が痛む。当時からアサド大統領は威圧感たっぷりで秘密警察国家の悪名もあった。でも、4000年の歴史あるダマスカスのスーク(市場)は香水、タバコ、絨毯、金銀の食器、民族衣装、香辛料にあふれており、これらが雑踏、ゆきかう声々、むせかえる臭いに共鳴して『豊か』そのもの。数千年の歴史の前に一時現れた独裁者の存在などどこ吹く風といった街場の力強さを感じた。
町中ではハリウッド映画が上映され映画館には人の列、自国産のコカコーラまであった。猛暑の砂漠の国ながらカフェでは青々としたサラダが供される。これが肥沃な三日月地帯か、と感心した。
詳細はコチラから↓
https://jtaniguchi.com/%e4%b8%87%e8%83%bd%e3%83%9e%e3%83%ab%e3%82%bb%e3%82%a4%e3%83%a6%e7%9f%b3%e9%b9%b8/- 旅行時期
- 2021年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- アクセス:
- 4.5
- お買い得度:
- 3.5
- サービス:
- 3.5
-
人の目にもつく郊外の高い山頂、野外の祭壇で生け贄の儀式をしたナバテア
投稿日 2021年05月26日
総合評価:4.5
定住化とナバテアへのキリスト教の浸透はちょうど時を同じくしたようで、この時代はキリストの生誕に前後する時代でもあった。ナバテア文明 ウディ・レヴィ (著)ではナバテアと隣国のユダヤの国の比較が興味深い。
自由を重んじるナバテアは、多様で柔軟、隊商交易をおこなっていたので事業における文書のやりとりもあり、全体的に識字能力も高かったとある。そもそも遊牧の民なので首都は要しながらも実は土地への執着はない。宗教上の神も特定の場所に結びつけることがなかったという。つまり、神殿などをあまり造らなかった。
一方、立法の民でもあるユダヤ。ラビなど限定された人が文字を司り、次世代への伝承も彼らが担い、文字による伝承を重視した。また、宗教上の生け贄の儀式も神殿の中で一般に隠されて祭司の面前でだけおこなわれた。人の目にもつく郊外の高い山頂、野外の祭壇で生け贄の儀式をしたナバテアとは大違いである。
そして、ナバテアは元来のペルシャやヘレニズムの宗教とも共存しつつも平和裡にキリスト教もとりこみ、あげくローマの属国にも円滑に納まった。キリスト教ともローマとも大揉めに揉めたユダヤとの違いは顕著だ。
詳細はコチラから↓
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- 2021年05月
- 利用した際の同行者
- 友人
- 観光の所要時間
- 1日
- アクセス:
- 4.0
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 展示内容:
- 4.0
-
当時は、こんな砂漠のまっただ中の遺跡が戦地になるとは考えすら及ばなかった、古代オリエント博物館で想いを馳せる
投稿日 2021年05月15日
総合評価:5.0
シリアを訪ねたのは1999年。今は亡きパルミラの遺跡群を訪ねた。パルミラ行きは首都ダマスカスからバスで片道3時間あまり、日帰りするにはかなりキツい強行軍となった。途中、なにもない砂漠を延々とバスに揺られたことを覚えている。
そして、こんな砂漠のまっただ中の遺跡が戦地になるとは考えすら及ばなかった。今にして思えば、あの時に訪れていなければ、この広大な敷地にある巨大なパルミラの遺跡群を見られなかったことになる。
中心にある遺跡群から離れたところには墳墓の谷という所があり、紀元103年に創られた墳墓がある。そこにあったフレスコ画の美しさと彫像の保存状態には息を呑んだ。
内戦と蛮行の結果によって大部分が失われてしまったパルミラの遺跡であるが、これを再現してる場所が日本にある。場所は、池袋サンシャインシティ内の古代オリエント博物館。ショッピングモール内にある文化施設なんて百貨店の企画展示程度かと勝手な想像をしていたが、ここまで本格的な博物館とは知らなかった。
詳細はコチラから↓
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- 2021年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 観光の所要時間
- 1日
- アクセス:
- 2.5
- コストパフォーマンス:
- 4.5
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- 展示内容:
- 5.0
-
投稿日 2021年05月13日
総合評価:4.5
内戦と蛮行の結果によって大部分が失われてしまったパルミラの遺跡であるが、これを再現してる場所が日本にある。場所は、池袋サンシャインシティ内の古代オリエント博物館。ショッピングモール内にある文化施設なんて百貨店の企画展示程度かと勝手な想像をしていたが、ここまで本格的な博物館とは知らなかった。
展示されている今は亡きパルミラの見事なジオラマ模型を見ながら、巨大なベル神殿まで炎天下の中テクテク歩いたのを思い出した。また、内戦で失われてしまった パルミラの遺跡関連の展示も素晴らしい。また、古代オリエント博物館はシリアの発掘調査をおこなったことからパルミラの貴重な写真が収蔵され現在500点もの写真が『古代オリエント博物館 パルミラ遺跡写真 アーカイヴ』としてネットで公開されている。
http://aom-tokyo.com/db/palmyra/
古代オリエント博物館は収蔵品も多く、楔形文字を実技で教えてくれたり、キャプションも丁寧だったりで、とても楽しい博物館である。
また、この古代オリエント博物館の収蔵品の中にエジプトやイランの美しいものがあった。エジプトの奉納碑にはデモティック(Demotic)と言われる民衆文字とヒエログリフ(hieroglyph)神聖文字が併記されている。オシリス神への供物の図が刻まれている。イランの花と鳥が描かれた見事な鉢、この紋様はササン朝ペルシア時代からの伝統らしい。
詳細はコチラから↓
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- 2021年05月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 4.5
- コストパフォーマンス:
- 4.5
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- 展示内容:
- 5.0
-
投稿日 2021年05月04日
総合評価:5.0
この美術館を目的としてミュンヘンに訪れる方も多いのではないだろうか。やはりドイツ屈指の芸術の都ミュンヘンだけあって、収蔵する作品は豪華そのもの。大戦を経てよく残ったと思わせる逸品も多く、数十年ぶりの再訪を楽しみにしていた。
・見逃せないデューラー作品と彼の 『ネーデルラント旅日記 』(岩波文庫)
この美術館の画集などでトップ扱いになることも多いデューラーはここを訪れたら見逃せない。イタリアやネーデルランドの絵画も多い美術館ながら、やはりドイツの美術館としてはそのアイデンティティを示す必要がある。そのせいもあってか、マクシミリアン1世はデューラーに目がなく、神聖ローマ皇帝でプラハに素晴らしい芸術基盤をつくったルドルフ2世と常に競り合ってきた。アルテピナコテークの『4人の司祭』も逸品だが、印象的なのは『自画像』(1500年)である。当時正面を見すえた自画像を描くなどありえなく、正面を見すえた顔はキリストを描く時に限られていたそうだ。その範を破っての強い自負が感じられる作品である。
デューラーは後に『ネーデルラント旅日記 』(岩波文庫)と言う興味深い日記を残している。旅日記の体裁をとっているが、実際は旅のこづかい帳。人気画家の彼は大名旅行のような旅をおこなったようで、その日その日の支出を事細かに記載してある。そして、その旅の目的は王様への年金再受給の懇願というのだから面白い。しかも、年金をもらいにいくはずなのに、旅ではえらい散財ぶりなのだ。それ故に、主目的は年金受給ではないのであろう、と訳者はあと書きで綴っている。したたかな彼の裏目的は異国の画家たちとのネットワーク作りだったのであろう、と。
1521年5月17日
1521年の精霊降臨節の前の金曜日、アントウェルペンの私の許に、マルティン・ルッターが陰謀によって逮捕されたとの報せが入った。
1520年8月
アントウェルペンの聖母教会は巨大で、多くのミサを同時に互いに邪魔することなく歌うことができる。そして華麗な祭壇が寄進されている。そこにはそれ以上のものはない最良の音楽家たちが傭われている。
こうした記述から当時の雰囲気を味わえるのもよいし、翻訳された方は趣味的に翻訳したとのことで、どこかほのぼの感があるのもよい。内容も興味深いこと請合いであり、デューラーの画を楽しむ前に一読してもよい。尚、内容をより良く理解する為には、あとがきの解説と地図から読むことを推奨する。
・盛り沢山のオランダやフランドルの絵画 イタリアの名画たち
旅の都度、追いかけているブリューゲルは、貴重な作品にもかかわらず美術館のメインストリートの展示ではないので驚いた。お目当てのブリューゲル作「怠け者の天国」は裏側回廊に寂しげに展示されている。
この画は当時の各階層の御仁が楽園で怠惰と飽食を楽しむ様を描いている。ゆで卵や焼き豚が食器を添えて周囲を駆け巡ったり、柵はソーセージ、屋根にはパイが並びそれが落ちてくるのを下で寝そべって待つ兵士とユーモラスな名品なの見逃さないようにしたい。
詳細はコチラから↓
https://jtaniguchi.com/munchen-munich-artmuseum-1/- 旅行時期
- 2021年05月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 観光の所要時間
- 2日以上
- アクセス:
- 5.0
- コストパフォーマンス:
- 5.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 展示内容:
- 5.0
-
宝石がちりばめられた王冠等でいっぱいだが、つい目が精緻な洋裁道具など小物類に行く!
投稿日 2021年04月21日
総合評価:4.0
ミュンヘン・レジデンツの入場券売り場にはコンビチケットがあり、宝物館(Die Schatzkammer der Residenz)を追加4ユーロで見られるというので、まずはグロット宮殿の前に宝物館に入ってみた。
宝物館は金細工の施されたまばゆい品々、宝石がちりばめられた王冠等でいっぱいだが、つい目が精緻な小物類に行く。王族たちが使ったはさみやスプーン、砂時計など精巧なデザインで興味深いものがかなりある。- 旅行時期
- 2021年04月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 4.5
- コストパフォーマンス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 展示内容:
- 4.0
-
展示解説スタッフの博学な若者たち、館内のあちこちで親しみやすく声かけし、更には対話上手で凄すぎた!
投稿日 2021年04月20日
-
ゴブラン織りのヘラクレス物語のタペストリーに由来する名コンサートホール
投稿日 2021年04月13日
総合評価:5.0
ヘラクレス・ザールは録音盤も多く、1度現地を訪れてみたかった。中に入って驚いたのがホールに入るまで、かなりゆったりした空間が用意されていることだ。あちこちに彫像が立っている。そして、2階席がいくつもないのに、階段の踊り場がとてつもなく広い。まさに王宮の中のホールだけある。
更に、驚いたのが座席数が意外に少なかったことであった。総座席数は1300席たらずであり、ほとんどの席は平土間席である。2階にはバルコニー席があるが座席数はわずがだ。また、バルコニーは平土間席に張り出していないので、平土間には棚下席が存在しない。両サイドと後ろには柱が並びこれがバルコニーを支えている。
期待していた音響は、よい響きだが一聴して感じたのは、木をふんだんに使ったブレーメンのGLOCKEやウィーン楽友協会ほど温もりある響きではなく、やや硬質な響きである。その分、楽器の音色を楽しめる自然な残響とも言える。録音にも適しているだろうし、自分好みであり、とても気に入った。
「ヘラクレス・ホール」という名称は2階周囲に巡らされているゴブラン織りのヘラクレス物語のタペストリーに由来していて、このホールを強く特徴づけている。尚、オリジナルのタペストリーは1993年から博物館に入りしており、現在は木綿のコピー品が吊されている。
詳細はコチラから↓
https://jtaniguchi.com/munchen-munich-music/- 旅行時期
- 2021年04月
- 利用した際の同行者
- 一人旅
- 観光の所要時間
- 半日
- アクセス:
- 4.5
- コストパフォーマンス:
- 4.5
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- 施設の快適度:
- 4.5

























































