旅好者さんのクチコミ(302ページ)全6,284件
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投稿日 2013年08月30日
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投稿日 2013年08月30日
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投稿日 2013年08月30日
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投稿日 2013年08月30日
総合評価:3.5
鯉喉櫓台は城郭の最南端にあり、寛文4年(1664年)の修築時の姿を残すと云われていたところです。整然とした粗加工石積みの石垣で、高さは14.4mありましたが、明治40年(1907年)に旧陸軍の倉庫建設?のため上部が崩され、いもり堀とともに埋められてしまっていたそうです。平成に入ってからの復元計画により平成22年に、約100年ぶりに往時の美しい姿を戻りました。
- 旅行時期
- 2010年10月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2013年08月30日
総合評価:3.5
いもり堀は、金沢城の南西側を囲む外堀で、斜面は土羽で、比較的緩やかな勾配で造られていて、幅が広いところでは約40m、深さは10m以上あり、満々と水を湛えていたそうです。明治40年(1907年)に旧陸軍によって上部の削平と埋め立てが行われてしまいました。陸軍用地を経て、戦後はテニスコートとして利用されてきたそうです。平成に入ってからの復元計画により掘り返してみると高さは約9.6mだったそうですが、本来は鯉喉櫓台と同じ14.4mだったそうで、旧陸軍は平地とするために約5mを削ってしまったことになります。平成22年に幅は足りない様ですが、かなりの部分が復元されています。
- 旅行時期
- 2010年10月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2013年08月30日
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投稿日 2013年08月30日
総合評価:4.0
金沢城は、何度も修築が繰り返されたことや出入口や庭園といった場所に応じて趣を付けたことから、石垣の博物館と云われる程、いろいろな種類の石垣を見ることができます。尚且つ、石垣づくりの秘伝書、石を切り出した丁場、石引き道の存在など、石垣に関する歴史資料が残っているのだそうです。城郭南部から見た、辰巳櫓、本丸と何層にも築かれた石垣はなかなか迫力があります。
- 旅行時期
- 2010年10月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2013年08月30日
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投稿日 2013年08月30日
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投稿日 2013年08月30日
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投稿日 2013年08月30日
総合評価:4.0
兼六園の前身となる蓮池庭(れんちてい)があった場所にある池で、形が瓢箪に似ていることから瓢池(ひさごいけ)名付けられたものです。この池には大小2つの島がありますが、1つ足りないそうです。それは、この庭園の作庭思想はとして不老不死を願う「神仙思想」だそうで、不老不死の霊薬があると云う神仙島は3つで構成されているのだそうです。従って、池の中には3つ島を配置しなければなりません。これは明治に入ってから、夕顔亭の建っていた島を陸続きにしてしまったからだそうです。作庭思想はどこにいってしまったのでしょうか?
- 旅行時期
- 2010年10月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2013年08月30日
総合評価:4.0
瓢池の池畔に建つ小さな建物です。かつての蓮池庭にあった茶室四亭のうちの1つで、宝暦の大火(1759年)で焼失した蓮池庭を復興するため、11代藩主前田治脩が、安永3年(1774年)に再建したもので、 当時の場所に当時の姿を残しているのはこれだけだそうです。夕顔亭の名の由来は、床の袖壁に夕顔の透かし彫りがあるからですが、これは明治に入ってから、夕顔亭の建っていた島を陸続きにしてしまった後世の呼び名だそうで、それまでは瓢池の中の島にあったので「中嶋の茶屋」とか翠滝を愛でる「瀧見の御亭」と呼ばれていたそうです。
- 旅行時期
- 2010年10月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2013年08月30日
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投稿日 2013年08月30日
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投稿日 2013年08月30日
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投稿日 2013年08月30日
総合評価:4.0
兼六園で一番大きな池で、面積は約1、800坪あるということです。深そうに見えますが、深いところでも水深は1.5mだそうです。池を拡張し現在の大きさになったのは13代藩主・前田斉泰の時代だそうですから、約150年前のことです。この時に兼六園そのものもほぼ現在に近い形になっています。この霞ヶ池を廻遊しながら四季折々の庭景を楽しめる様になっています。
なお、この霞ヶ池には「水落とし」の仕掛けが設けられていて、有事の際には池の栓を抜くと、金沢城の外堀である百間堀に流れだし、百間堀の水位を上げる仕組みにになっていたのだそうです。
- 旅行時期
- 2010年10月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 4.0
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投稿日 2013年08月30日
総合評価:3.5
天正11年(1583年)に藩祖前田利家が金沢城に入り、その直後から本格的な城づくりが始められたのだそうです。キリシタン大名として知られる高山右近を招いて築城の指導を受け、5重の天守などを持つ大城となった様です。しかし、完成間もない慶長7年(1602年)に落雷により天守閣が焼失した後、寛永8年(1631年)、宝暦9年(1759年、文化5年(1808年)、明治14年(1881年)と火災に遭っています。これが石川門以外に印象に残る建物がない理由でしょう。
- 旅行時期
- 2010年10月
- 利用した際の同行者
- 友人
- アクセス:
- 4.0
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- 見ごたえ:
- 3.5
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投稿日 2013年08月27日
総合評価:5.0
クルーズ船は、大雑把に云うと、夜に島間を移動し、日中には午前と午後に1ヶ所ずつ上陸、訪問します。国立公園局は、諸島全体で70ヶ所ほどを上陸できる場所と定めています。クルーズ船は訪れたい場所を曜日と午前か午後かを公園局に申請し、認可を得て周遊コースを決めます。この認可は1年間有効となっていて、1ヶ所にクルーズ船が集中することがない様にもコントロールされています。当然、都度周遊コースが変わることもなく、ほとんどの船が1週間単位で同じコースを周遊していることになります。
クルーズにはどの船に乗っても同じ決まりがあります。?非常訓練:乗船した初日に行われる訓練で、非常ベルがなったら救命胴衣を持って決まった場所に集合しなければなりません。?クルーズ船には資格を持ったナチュラリスト・ガイドが必ず同行します。?島への上陸は必ずナチュラリスト・ガイドが同道しなければなりません。?ブリーフィング:毎晩、ナチュラリスト・ガイドが主催するブリーフィングに参加しなければなりません。テーマは様々で、ガラパゴス諸島成立の話、動物の話、海洋の話などなどです。ただ単に遊ぶだけでなく、ガラパゴスについても正しく理解してくださいと云う趣旨です。
クルーズ船への乗船場所は3ヶ所あり、バルトラ島の港(空港から北西へバスで10分未満)、サンタ・クルス島のプエルト・アヨロの港、サン・クリスバル島のプエルト・バケリソ・モレノの港です。
クルーズ船から直接上陸出来る島はありませんので、パンガと呼ばれるゴムボートなどを必ず使います。上陸には2方法があります。ウェット・ランディング=砂浜への上陸方法で膝下くらいまで水に濡れます。ドライ・ランディング=桟橋あるいは岩場への上陸方法で水に濡れることはありません。ウェットかドライかは訪れる場所で決まっていますし、事前にも案内されます。
食事は3食ともクルーズ料金内で、基本的にはビュッフェ・スタイルで提供されます。飲み物はアルコール類やフルーツ・ジュースなどは有料で、コーヒー、紅茶、ミネラル・ウォーターは料金内というのが一般的です。- 旅行時期
- 2009年04月
- 利用した際の同行者
- 友人
- 観光の所要時間
- 2日以上
- アクセス:
- 4.0
- コストパフォーマンス:
- 4.0
- スリル:
- 3.0
- 施設の快適度:
- 5.0
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投稿日 2013年08月27日
総合評価:4.0
アルマス広場の南辺にある、このラ・コンパニーア・デ・ヘスス教会はインカの第11代皇帝ワイナ・カパックの宮殿の跡に、イエズス会がカテドラルに対抗して1571年に建建てたものだそうです。(宗教の内部抗争的なことはよく分かりません)大きさではカテドラル、美しさではラ・コンパニーア・デ・ヘスス教会と云ったところです。余談的なことですが、左右の鐘楼の鐘の大きさが何故か随分と違います。
- 旅行時期
- 2010年04月
- 利用した際の同行者
- 友人
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 4.0
- コストパフォーマンス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 展示内容:
- 3.5
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投稿日 2013年08月27日
総合評価:4.0
アルマス広場の東辺にある、このカテドラルは、インカの創造神ビラコチャを祀った神殿の跡に建てられたものだそうです。1559年に建築が始まって、完成に95年を要したそうです。鐘楼には1659年に取り付けられた南米一大きいと云う「マリア・アンゴラの鐘」があります。但し、下から見上げただけでは特別に大きい鐘は見つかりませんが・・・。
300トンもの銀を使ったと云う祭壇は一見の価値ありですが、内部は写真撮影ができません。
また、右隣に接続して建つエル・トリンフォ教会は1536年に建てられたもので、クスコで最初の教会だと云うことです。- 旅行時期
- 2010年04月
- 利用した際の同行者
- 友人
- 観光の所要時間
- 1-2時間
- アクセス:
- 4.0
- コストパフォーマンス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 展示内容:
- 4.0



























