nichiさんのクチコミ(73ページ)全2,189件
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以前は古い建物が並ぶ問屋街という認識であった迪化街(てきかがい)ですが、リノベーションにより古い建物のままおしゃれになってきているようです。
投稿日 2018年01月24日
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MRT新店線の公館駅のすぐ近くにある地元の方の為の市場です。
投稿日 2018年01月24日
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小高い丘の斜面に家屋が密集して建っており、その一帯がアーティストたちのアートの発表の場であり住居にもなっています。
投稿日 2018年01月24日
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永康街にある、日本統治時代に文教地区であったこのエリアに残る日本家屋のカフェです。
投稿日 2018年01月24日
総合評価:5.0
MRTの東門で降り、永康街を抜けると戸建て街があり、その中にあります。
古き良き昭和初期を感じる日本の建物です。
祖父の家に行ったようで、懐かしさを感じました。
建物は民家のままですので、応接室や居間や書斎に席があります。
靴を脱いで上がります。
裸足不可です。
日本語のメニューもありました。
日本人の女子2人組のようなお客さんが多かったです。
素敵な雰囲気で、なんか子供の頃の友達の家に遊びに行ったような感覚でした。
昭和40年代にはこのような家が世田谷や目黒、杉並にはまだたくさんあったと思います。- 旅行時期
- 2017年11月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人当たり予算
- 3,000円未満
- 利用形態
- その他
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投稿日 2018年01月20日
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元、たばこ工場であった建物がギャラリーやカフェ。雑貨屋などにリノベーションされた商業施設です。
投稿日 2018年01月20日
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投稿日 2018年01月20日
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投稿日 2018年01月20日
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投稿日 2018年01月20日
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西門の近くにあってどこに行くにも便利な立地、コスパに優れたホテルです。
投稿日 2018年01月20日
総合評価:3.0
1泊朝食付きツインルーム一部屋×2泊で10,142円で予約。
つまり一人一泊朝食付きで2,535円。
安すぎるような気もしましたが、ホテルはどこもいっぱいで、市内でおさえるには選択肢はありませんでした。
フロントには日本語に堪能なスタッフがいらしてビックリ!
総じてスタッフは皆笑顔でフレンドリー、朝食のレストランスタッフを含め対応も良かったと思います。
部屋に窓はありません。
大きな大きな壁一面の鏡があります。
バスルームはガラス張りで部屋から丸見え。
冷蔵庫はバスルームにあります。
朝食はビュッフェ形式ではなく定食式。
洋食(パン)と中華(粥)から選びます。- 旅行時期
- 2017年11月
- 利用目的
- 観光
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 1人1泊予算
- 5,000円 未満
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投稿日 2018年01月20日
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投稿日 2018年01月20日
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投稿日 2018年01月20日
総合評価:4.0
市内のどこからでも見える高さ508mの101階建ての超高層ビルの地下にあるフードコートで素とにかく広く、和・洋・中・韓となんでもあります。
地元の方が、買い物帰りに寄っていらっしゃるケースが多いようです。
値段は、レストランよりは安いですが、街中の屋台よりは高いです。- 旅行時期
- 2017年11月
- 利用形態
- ランチ
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四四南村は開発から取り残された昔の雰囲気を残した素敵なリノベーションスポットです。
投稿日 2018年01月20日
総合評価:4.5
元々は軍人村であった所.
このあたりの開発が進み、軍人村は無くなりましたが、古い建物はそのまま残りました。
外観は昔のままで、中はリノベーションされたお洒落なカフェや雑貨屋さんが並んでいます。
ノスタルジックな感じが素敵です。
都会に取り残された雰囲気満載!!
カメラを持った日本人女子が大勢います。
皆さんはこの雰囲気の写真を撮りまくってます。- 旅行時期
- 2017年11月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
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西口の再開発エリアにある超高層ビルの中にある新しいホテルです。
投稿日 2018年01月17日
総合評価:4.5
山形駅西側の再開発エリアに建つ霞城セントラルビルの中にあります。
24階がホテルフロント。
19階から21階と24階がワシントンホテルです。
ちなみに22階と23階は山形市の行政施設でした。19階から21階に客室がある構造です。- 旅行時期
- 2017年10月
- 利用目的
- 観光
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 1人1泊予算
- 5,000円未満
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投稿日 2018年01月20日
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昭和50年まで県庁として使われていた大正2年に出来た旧県庁です。
投稿日 2018年01月20日
総合評価:4.0
県庁移転後は、建物が国の重要文化財に指定され、平成7年文翔館として生まれ変わり、山形県の郷土資料館の役目を果たしています。
入館無料です。
大正の古き良き時代の薫りを随所に感じます。
山形の歴史・文化を紹介する展示室もあります。- 旅行時期
- 2017年10月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
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投稿日 2018年01月20日
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投稿日 2018年01月18日
総合評価:3.5
山形城跡の中に像はありました。
上杉景勝の重臣直江兼続が攻めてきた時、最上義光自らが陣頭になって決戦の場へ向かっていく勇姿を山形鋳物で再現した像です。
馬が二本足で立つ勇ましい騎馬像です。
右手に槍を持ち、勇ましい姿の最上義光です。- 旅行時期
- 2017年10月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)
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投稿日 2018年01月18日
総合評価:4.0
山形城は霞城とも呼ばれています。
関ヶ原の合戦の頃に直江兼続が富神山から山形城を十日間見ていたものの、
霞がかかって何も見えなかったことから霞城と呼ばれるとのこと。
霞城公園には、市営球場、バレーコートやテニスコート、
県立体育館や県立武道館などのスポーツ施設。
野外音楽堂や県立博物館や県立郷土館などの文化施設があります。
これら全てが山形城の一部である二の丸があった場所にあるわけです。
広いお城だったんですね。
ちなみに山形城は二の丸から三の丸までも含め235万㎡です。
江戸城は230万㎡の広さなので、山形城がいかに大きいかが判りますよね。
1356年に斯波兼頼が羽州探題として山形に入り、1357年に最初の山形城が築城されました。
その後、斯波は最上氏を名乗り、山形城を居城とします。
最上氏11代当主義光の代に、関ヶ原合戦の戦功により、57万石の大々名となりました。
最上義光は、城郭を拡大し三の丸を構築、家臣たちの屋敷を築き、城下町を整備し、山形城を中心とした城下町が構成されました。
100万石の城下町として山形は繁栄しました。
城郭構造の基礎は、この最上義光の時代につくられています。
明治時代、廃藩によって山形藩に代わり山形歩兵第三十二連隊が入った時、本丸堀は埋められました。山形県はこの本丸堀を掘り起こし、元の姿に復元しているようです。- 旅行時期
- 2017年10月
- 利用した際の同行者
- カップル・夫婦(シニア)





























































































































































