ねんきん老人さんへのコメント一覧(6ページ)全769件
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指宿♪
ねんきん老人さん、こんばんは☆彡
旅行記を拝見していて指宿の文字があったので、こちらへおじゃましました。
何と旅行記が消えてしまったとは、驚きました。せっかく時間かけて書いた
旅行記が一瞬で消えるなんて・・・ 何かのミスで同じものが急に二つあったら
一つは消しますよね。まさか二つとも消えるなんて誰が思うでしょうか。
ショック過ぎますね。
ねんきん老人さん、よく奮起してまた書かれましたね。さすがです。
誰にでも起こりうる現象かもで、決して消してはいけないのですね。良い教訓に
なりますね。
実は、冒頭に書きましたが指宿に飛びついたのは、先月30日に行ったばかり
なんです。行ったといっても指宿駅降りて、18分後に同じ電車でとんぼ返り
でした。駅前で写真を撮っただけです。『指宿のたまて箱』って電車ご存知
でしょうか?観光列車が出ていて、それに乗っただけなんです。
指宿駅前には、その列車にちなんで白と黒のツートンの郵便ポストがありました。
道の駅にはピンクの郵便ポストだったのですね。
以前、話に出てきた長崎鼻ですね。池田湖もその時、ずい分前に行きました。
旅行記を拝見していて、また鹿児島をじっくり観光したいと思いました。
今回は駆け足であまり観光はできなかったのです。
頑張って再度書いてくださり、ありがとうございました。
cheriko330指宿のたまて箱って、本当に乗る人がいるんだ!
cheriko330 さん、おはようございます。 愚作への書き込み、ありがとうございました。
『指宿のたまて箱』って、以前旅行雑誌か何かで見たことがあります。 スゲー!と思ったものの、実際に乗るという感覚がまったくなく、一部の金持ちのための観光列車だぐらいに思っていました。
今回、cheriko330 さんが乗られたと知り、それもどうやらそれに乗るためだけのご旅行だったようで、びっくりし、改めてネットで『指宿のたまて箱』を検索してみました。
いやー、面白そうな電車ですね。 白と黒のツートンカラーは知っていましたが、それが浦島太郎の髪の色を表しているというのは初めて知りました。 白い方が海側、黒い方が山側なんですね。 だったら私は海側に乗ることになるでしょうから、きっと良い景色が見られます。
木をふんだんに使った車内もワクワクするようなデザインですが、まあ、私のようなヨレヨレジジイが一人で乗っていたら場違い感でいたたまれなくなりそうです。
cheriko さんはそういうものを気軽に楽しまれる、本当の旅好き人間ですね。
指宿駅のポスト。 ネットで見ました。 ナンダカナーという気分は拭えませんが、土産話のネタにはもってこいですね。
長崎鼻という地名について、以前のやりとりをちゃんと覚えてくださっていることに感激しました。 ありがとうございます。
さて、同じ旅行記が二つ続けて載ってしまうという件、その後も何回かありました。 うっかり消すと二つとも消えてしまうという経験から、今はそのままにしてありますが、そのうち、いつの間にか一つが消えているということもよくあります。
だったら、二つ出た場合でも気にしないようにと思いましたが、そういう場合は既存の別の旅行記が一つ消えていますので、これは困ったことです。
私にとって、旅行記は古くても大切なもの。 いや、古いものほど自分の衰えた記憶を保存してくれている宝物、ぐらいに思っていますから、消えてしまうのはすごく悔しいものです。
フォートラのシステムがどうなっているのか分かりませんが、なんとかしてもらいたいものだと思っています。
cheriko330 さんが、「今さらそんな古いものを」とスルーせずに読んでくださったことをとても嬉しく思っています。
ありがとうございました。
ねんきん老人2023年12月20日09時04分 返信する -
漢字三文字なら
ねんきん老人さん、相変わらず更新がないので腰でも痛めたのかしらと案じていましたが、先日コメントをいただいたので安心しています。と言いながら私はご近所の方に朝カーテンが開くかどうか、毎日心配していただいている身の上ですが。
漢字三文字、真っ先に浮かんだのが「美人局」、こういうのって知りたくない自分が出るのかしら、悲しくなりますが、好色漢と美人局はなかなかいい勝負になりそうです。
塩の道は岩手にもあって、沿岸から峠を越えて盛岡まで運んできた街道が今でも残っています。塩がなければお味噌も醤油も作れないんだから、有難味はけた違いだったんでしょう。お漬物も食べられなくなるし、私が旅先から帰ってまず確認することは冷蔵庫に入れておいたぬか床の状態です。お買い上げの器、香炉になさるようですが、夏にいただくお薄の器にもよさそうだし、大根ときゅうりの漬物を盛ってもおいしそう。良い器って懐が深いんですね。
ちいちゃん美人局・・・縁がないのは幸せなのか、ザンネンなのか。
ちいちゃんさん、こんにちは。
旅行記を投稿していないことでご心配をいただき、申し訳ありません。 実は美人局に遭ってカネの工面に駆け回っていまして・・・というくらい元気があればいいのですが、どうやら美人局の講習会でも「カネのなさそうな老人と精力の尽き果てた老人は相手にしないように」と教えているようで、私を狙う美人局は現れそうにありません。
腰は痛めていないのですが、以前からガタのきている脳味噌と頭蓋骨の隙間がどんどん広がってきて、息をするたびにそこを隙間風が通り抜けていくのです。
輪島で買った器が食事の際にも使えるのではないかとのご教示、ありがとうございます。
名案だと思いますが、私は料理ばかりでなく後片付けもできないので、毎日のおかずはプラスチックに入ったもの、つまり食後に洗わなくて済むものしか買わないのです。
ご飯も「さとうのご飯」をチンしてそのまま食べているので、食後はゴミ箱に捨てるだけ、とにかく私の食事が終わったあと食卓に残っているのはプラスチックばかりです。 その後に飲むお茶も「お~いお茶」です。
ということは、暇がたっぷりあるということでしょうから、フォートラの旅行記も書かなくてはと思ってはいるのですが、人間、暇があればあるほど怠け者になるという法則があるようで・・・。
いやいや、そういう開き直りはいけませんね。 美人局対策に追われなくていいのですから、その時間をパソコンの前で過ごすように心がけます。
パソコンの前で居眠り・・・これがまた気持いいんですよねえ。
ねんきん老人2023年12月18日12時46分 返信する -
孫は癒してくれるね
孫と一緒の旅行にちょうどいいなあと、拝見しました。
小さい子はやはりアトラクションが大事。
小さい子を旅行に連れて行っても、覚えてないとか言われることもあるけど、
楽しい思いを一杯体験するのは、幸せですよね。
ところで、オニヤンマと佃煮にするっていうのはほんとのこと?
ヒエーと、ぎょっとしました。どんな昔の話なんでしょうね。理想的なジイジの有り方は難しいですね。
旅の初心者さん、拙稿への書き込み、ありがとうございました。
孫というのはどんどん成長していくもので、その過程でジイジとかバアバとは別の世界に入ってゆくのだろうと思います。
私の孫もそろそろ同世代の友達との世界が一番ということになるでしょうから、孫馬鹿のジイジなどがベタベタしてはいけないのだと思います。
ですから私は最初から一定の距離を置くようにしてきました。 むろん「ジイジ」などとは呼ばせず、「お爺ちゃん」で通してきたのですが、妻はときどきバアバと呼ばれていました。
世間では「父親にとって娘は最後の女」などといって、娘命で動いている父親が多いようですが(娘の結婚式で泣いたりするのはその極みでしょうね)、私は、やがて離れてゆくものだと思っていましたから、なるべく娘とはベタベタしないように心がけていました。
そういう考え方がいいのか悪いのかは分かりません。 むずかしいですね。
オニヤンマはさすがに佃煮にはしませんでしたが、イナゴはやりました。
私たちは今でいうならワインの瓶くらいのものにイナゴを詰めるだけ詰めて帰り、それを母親が佃煮にしていました。 とくに貧乏が理由ではなく、どこの家でもやっていたように思います。
今、イナゴを食べるかと聞かれたら、まず断ると思います。 まあ、世間全体が食べ物の乏しい生活をしていたのだと思います。 いい時代だったのか、悪い時代だったのか?
南米まで行って美味しいものを食べていらっしゃる旅の初心者さんにはお分かりにならない世界でしょうね。
またまた、コンチクショー!
ねんきん老人2023年12月09日17時05分 返信する -
新知識
萩市、行きました。何十年も前です。司馬遼太郎によると、信号機がある交差点は1ヶ所という話でしたが、もっとあったのを覚えています。
松下村塾がお目当てでしたが、こんなに蝋人形はなかったような気がします。見逃しただけかな。
1体だけ、本を読みながら、足踏み杵で米をついているお人形を覚えています。ありませんでしたか?
ガイドさんが熱弁をふるって説明していましたが、聞いていたのは私たちだけ、最後は何となく3人で楽しくお話ししていました。
お若い方々は歴史には興味がないようでした。
大砲の鋳造というのは、反射炉から溶けた鉄を直接鋳型に流し込むのだと思っていました。違うんですね。
反射炉でできた鋳鉄をもう一度溶かすのですか。
フジツボって、食えるんですか!
これもまた初めて聞きました。
子供の頃、逗子の岩場で泳ぎを覚えたのですが、フジツボを踏んで足を怪我したことがあります。高級食材を踏み潰していたのか。
そういえば、ウニを踏んで、棘が足に残って、化膿したこともある。あのウニも食えたんですよね。
満身創痍で遊んでいたのですが、5体満足に育ちました。バイキンへの抵抗力もできたみたい。
岩の上から海にオシッコしてはいけなかったんですか!
ガキどもはみんなやっていました。
岩の間の小魚、石を投げていじめるもんですよね。
須佐ホルンフェルス断層という珍しいものを見せていただいたのですが、最後はガキの頃の思い出がオチになりました。
申し訳ない気がいたします。「しにあ」にもガキのころがあったのですね。
しにあの旅人さん、こんばんは。 拙稿への書き込み、ありがとうございました。
何十年も前に見た吉田松陰の蝋人形を覚えておいでとは、やはり私などとは歴史への取り組みが違うのだなと思いました。
とはいえ、そんな碩学のしにあの旅人さんにもガキの時代というのはあったようで、フジツボやらウニやらを踏んで痛い思いをされたり、いつの間にか免疫力を蓄えられたり・・・ある意味、安心しました。
私たちも子供のころはよく怪我をしましたが、大抵は家に常備してあった「アカチン」か「カラスヤマ」(どちらもご存知ないとは思いますが)を塗って終わりでした。
それより、私たちガキが自然界(主に海と山)のものを見る基準は「食えるか食えないか」ということで、貝や木の実はおやつ代わりでした。 でも、岩の間の小魚に石を投げた記憶はありません。 投石の対象になったのはヘビ・カエル・トカゲなどでしょうか?
岩の上からのオシッコは当たり前のことでしたが、なぜかミミズにオシッコをかけるとオチンチンが腫れるということを言われており、それだけは避けていたような気がします。
今から思うと子供の世界というのは不思議な世界でした。
しにあの旅人さんのお話につられ、私もガキの頃の思い出話になってしまいました。
ねんきん老人2023年12月08日19時59分 返信する -
!!!
夜中のトイレですから、何も所持品がない時にロック…
冬じゃなくて本当によかった。
道の駅なんてものは、周りに何もないようなところにわざと作ってあるような所も多いですから交番があったことはさすが昔から栄え裕福だった石川県です。
やっとわかりました。
高級車の鍵を腰にぶら下げている人の理由が。
イン キーしないための予防だったと。
母子像の説明 笑
するどいツッコミをなさるねんきん老人さんのお子さんはやはりしっかりとした視点をお持ちですね!
法然上人 ちっちゃ!
わたしでも知っている偉い人が、消化器の隣の扱いでいいんですかね。
石は大きいのはダメですよ。
自治会にもゴミに出せず、引き取ってもらうのに10キロ800円もしちゃいますからね。
うちでは、処分しないと言い張っている年寄りが頑固で頑固で。
息子が じゃあそんなに必要なら本人の部屋の真ん中に置いておいたらいいよ~とナイスアイディアを出したので天才か!と称賛した次第です。
とらじろう
帰宅は気持ちに余裕をもって、あのコーヒーを待っている時のようなラテン音楽でも聞いて🎵♪ゆっくり楽しく帰ってください。
10キロ800円!?
とらじろうさん、おはようございます。 昨夜は書き込みをありがとうございました。
石の処理って、10キロ800円もするのですか?
私は終活も大詰めを迎えており、「形ある物は買わない」「形ある物は捨てる」という鉄則で日々頑張っていますが、どうしても捨てられない物が二つあります。
一つは長年集めてきた「砂」で、これはどこかの博物館に寄付しろと言ってあるのですが、子供たちは「こんなもの、どこが引き取ってくれるというのか! 死んだら、その日のうちに庭に撒く」と言っています。
もう一つは庭に配置した石で、これは大小合わせたら何トン、もしかしたらもう一桁上になるかも知れません。 海岸で拾ってきた漬物石くらいのものは「石畳のように」敷き詰めてあります。 (石畳というのは私だけが言っていることで、子供たちは「足つぼマッサージの場所」だと言っています)
子供たちが集まるたびに、その石の処分料は残して死んでくれと言われていますが、10キロ800円ではとうてい用意できません。
今後は終活の話題を避けて、カラ元気を見せながらその日までを過ごそうと思います。 あとのことは・・・知りません。
幸か不幸か、車の走行距離が22万キロを超えまして、高速道路をぶっ飛ばすのは心配になってきました。
これからは低速違反にならない程度でゆっくり走ろうとおもいます。ご忠告ありがとうございました。
ねんきん老人2023年12月03日10時39分 返信する -
鞆の浦と竹原
ねんきん老人さん こんにちは
今度、というか、明日竹原と鞆の浦というところに行きます。
何かの聞きかじりで、古い街並みが見られるという事をしって、娘に連れて行ってもらうことになりました。一人旅どころか連れて行ってもらうと言うのは、屈辱ですが、とっくに後期高齢者になってしまって、新しく用語ができれば晩期高齢者といわれる年齢です。75歳でも90歳でも後期高齢者というのは行政の配慮でしょうね。
四年ぶりに飛行機に乗って行くというので緊張します。4年の内にシステムが変わって、飛行機に乗り込むときは土足のままでいいか?とか飲み物は有料か?荷物は別料金だとかなっていないか心配です。無事着陸したときは5千円割り戻しされるとか?
飛行機はそんな心配無用の乗り物だと信じて居りますが。
恐ろしい沼にずるずると落ち込まなくてよかったですね。75歳前なら自分で引き上げることになるでしょうが、ねんきん老人さんでもやや力が不足だろうと思います。
わざわざ声をかけられてお茶をご馳走になり、建物の歴史などの説明をうけるなんて、ねんきんさんの品格ゆえの出来事でしょうね。私もそうありたいと思うのですが、どうしても欲が前面に出てしまうので、嫌われます。せめて死ぬまでにねんきんさんを見習って上品に生きたいと思います。
旅行記から離れてしまいましたが、何時ものことと諦めてください。
pedaru飛行機には乗りたくありません。
pedaru さん、おはようございます。 昨日は拙稿への書き込み、ありがとうございました。 今頃は鞆の浦か竹原をご散策中でしょうか?
お嬢様がご一緒だそうで、心強いとは思いますが、仰るとおり周囲から見て「連れてきてもらっている」ように見えるのは屈辱ですね。
私は末期高齢者ですが、親戚筋にそういう例があって、ああいう姿は人に晒したくないという気持が捨てられません。 実は誰も私など見ていないので、心配は無用なのですが。
飛行機はいやです。 いつの間にかチェックインが機械相手の作業になっていて、カウンターでチケットを出せばいいという時代ではなくなり、カウンター職員の代わりに自分であれこれ操作しなければならないというのが億劫です。 息子などは「操作なんていらないよ」と涼し気な顔をしているので、どうするのか聞くと、「電車に乗るのと同じだよ」という返事。
つまりポケットから携帯(世間ではスマホというようです)を出してセンサーの上にタッチするだけのようで、事実そういう光景は空港でよく見ます。 ですが、そうするためには空港に行く前にあれこれ携帯を操作するのですから、結局同じじゃないかと・・・。 まあ、つまるところは最近のデジタル社会のしくみについていけないということなのですが。
機内サービスなどはすっかり変わっているに違いありません。 まずおしぼり・・・、ホステス(いや、CAというのでしょうか?)の笑顔に身構えてしまいます。 スナック菓子・・・これこそ有料のお通しに違いありません。 さらに機内食などときたら、それこそお任せコースですから、いくら取られるのか見当もつかず、オチオチ喉も通りません。
息子や娘に連れられて乗るのはいや、チェックイン機の前でオロオロするのもいや、機内で隣席の若者にバカにされるのもいや。 もう飛行機でどこかに行こうという気にはなれません。
鞆の浦から竹原への途中で沼に沈みそうになった車。 今でも乗っています。 私が先か、車が先か。 どちらかがヘタッたときが私の旅の終わりになると思います。
どちらにしても、もうそう遠くない話ですが、それまでもうちょっとお付き合いいただければ嬉しい限りです。 どうぞよろしくお願いいたします。
ねんきん老人
2023年12月03日10時01分 返信する -
自分の姿を想像して落ち込んでいます。
kiyo さん、おはようございます。 拙稿へのご投票、書き込み、ありがとうございました。
あそこのトイレはセンサーが人の動きを感知して明かりがつくようになっていたのですが、一定時間、何の動きもないと消えるのですね。 つまり、便座に坐ったまま時間が経つと、突然パチッと消えてしまうのです。
便座に坐った姿勢で眠れる筈もなく、真っ暗闇でただ雨の音を聞いている時間は苦痛以外の何ものでもありませんから、明かりが消えると両手を頭の上に挙げてぐるぐる回し、センサーに呼びかけます。 それで明かりはつくのですが、数分でまた消えます。 また両手を回します。 それが朝まで続くのですから、その惨めさといったらありません。 その自分の姿を想像すると、情けないという言葉以外に思いつきません。
いやはや、人生の最後になってそんな経験をしようとは・・・!
車のロックについても分かりません。 JAFの人に聞いてみましたが、その人も、キーが車内にあればロックされる筈がないと不思議がっていました。
まあ、私を待っている(であろう)妻への土産話ができたと思っていますが、最後の最後までドジを踏み続けた夫に、さぞ呆れることだろうと思いますので、この件は言わずに済ませようかと迷ってもいます。
機会がありましたら、瑞龍寺にもおいでになってください。 kiyo さんのエジプト旅行記も長く楽しませていただきましたが、そろそろ最終回・・・ちょっと寂しいような、残念なような気がしています。
ねんきん老人
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なぜロックされたのでしょう
ねんきん老人さん、こんにちは。
富山はほとんど行ったことがなく、瑞龍寺のことも知りませんでした。
ねんきん老人さんの旅行記を拝見して、ぜひ訪ねてみたくなりました。
それにしても、トイレで夜明かしだなんて(@@
いくら5月とは言え、過酷な体験。
風邪などひかれませんでしたか?
しかし、その後に訪ねた烏蒭沙摩明王という仏尊が、トイレの神様とは。
なんともトイレに縁のあるご旅行だったのですね(^^)
kiyo自分の姿を想像して落ち込んでいます。
kiyo さん、おはようございます。 拙稿へのご投票、書き込み、ありがとうございました。
あそこのトイレはセンサーが人の動きを感知して明かりがつくようになっていたのですが、一定時間、何の動きもないと消えるのですね。 つまり、便座に坐ったまま時間が経つと、突然パチッと消えてしまうのです。
便座に坐った姿勢で眠れる筈もなく、真っ暗闇でただ雨の音を聞いている時間は苦痛以外の何ものでもありませんから、明かりが消えると両手を頭の上に挙げてぐるぐる回し、センサーに呼びかけます。 それで明かりはつくのですが、数分でまた消えます。 また両手を回します。 それが朝まで続くのですから、その惨めさといったらありません。 その自分の姿を想像すると、情けないという言葉以外に思いつきません。
いやはや、人生の最後になってそんな経験をしようとは・・・!
車のロックについても分かりません。 JAFの人に聞いてみましたが、その人も、キーが車内にあればロックされる筈がないと不思議がっていました。
まあ、私を待っている(であろう)妻への土産話ができたと思っていますが、最後の最後までドジを踏み続けた夫に、さぞ呆れることだろうと思いますので、この件は言わずに済ませようかと迷ってもいます。
機会がありましたら、瑞龍寺にもおいでになってください。 kiyo さんのエジプト旅行記も長く楽しませていただきましたが、そろそろ最終回・・・ちょっと寂しいような、残念なような気がしています。
ねんきん老人
2023年11月29日09時37分 返信する -
親不知海岸。
ねんきん老人さん・こんにちは(^^)
今お邪魔しましたら・例の車のカギ事件の続きでしたね。
その後に雨晴海岸・高岡大仏・どちらも有名ですが、
nimameは行った事がありません!
そして高岡大仏様の場所・遥か昔もっと広かった記憶が・・
とありますが、結構昔みたいに広々とした空間を無くして・
少しでも土地を有効に使わねば~と言う雰囲気何処でもありますよ。
だから大仏様の場所もねんきん老人さんが記憶違いではなくて・模様替えしたのかも?・
日本海側も道の駅親不知ピアパーク・・
あの大きなカメを見て解りましたが・・
あの道の駅寝るには淋しいと言うか!
道の駅も寝るには快適そうとか色々ありますよね!
それにしてもねんきん老人さんはお寺他の事について・
とても詳しく丁寧に書かれているので・なるほど~と何時も読ませて頂いています。
でもこれからは1日何キロまで~と短めに走りませんか!
皆さま心配されますから~
余計な心配するな~と怒られそうですね(笑)
nimame「まだまだ」は「そろそろ」と心得るべきですね。
nimame さん、こんばんは。 「ドジで間抜けなカメ」の旅行記に書き込みをいただき、恐縮しております。 ありがとうございました。
昔行った場所が記憶より狭かったり小さかったりすることについて、その後の模様替えもあり得るとのお話。 nimame さんの、老人へのいたわりと分かってはいても、「そうだよなあ」と思ってしまいます。
私の家の墓は町中の寺にありましたが、その後市営霊園に移葬し、今はそのお寺にはありません。 ですが、盆暮れにはそのお寺にささやかなお布施を届けに行きます。 そして思うのはいつも「こんなに狭いお寺だったっけ?」ということです。 子供の頃は私達ハナタレ小僧の遊び場だったのですが、それはそれは広い空間で、他ではできないほどいろいろな遊びができていました。
近年になって分かったのですが、市営霊園への改葬者が増えて、墓地だったところが切り売りされ、いつの間にか商業施設が建つほどの面積が失われていたのです。
高岡大仏のお寺も、もしかしたらそういうことがあったのかも知れません。(と思うことにします)
親不知ピアパークが寝るには淋しい場所では、というご指摘。その通りです。 あそこは北陸自動車道の高架下に作られた道の駅で、その事情からとても細長い敷地に駐車場だけが続いています。 売り場はその外れにあるので、車中泊の車は売り場(トイレも)からかなり離れた細長い駐車場に停めなければなりません。 ですから、夜中はとても淋しい所です。 まあ、私はただ寝るだけですから、淋しいことは静かなことでもあり、不都合はありません。 現に過去に泊まった記憶から、今回もそこを寝場所として予定していたくらいです。
でも、結果的には諏訪SAまで行ったおかげでもっと快適に寝られましたが。
ちょっと走りすぎでしょうか? そうですね。 年齢を考えると「高齢男性、高速道路で中央分離帯に乗り上げ死亡」なんて見出しで新聞に載りかねませんし、メンテナンス代が年金生活を圧迫しているような老車で長距離を走るのも考えものですから、次は計画段階で「距離」ということを頭に入れるようにしましょうか。 ご忠告、ありがとうございました。
もう一つ、いつもnimame さんのお元気さに圧倒されて、ついつい「俺もまだ」なんて欲が出てしまうのですが、そろそろ「己を知る」ことを覚えないと、大きな事故で子供たちに迷惑をかけてしまうかも知れません。 それも気をつけようと思います。
ねんきん老人2023年11月26日19時23分 返信する