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ねんきん老人さんへのコメント一覧(5ページ)全873件

ねんきん老人さんの掲示板にコメントを書く

  • 時代は巡る

    現代日本語で盛り上がっております。
    私は1974年-2010年、36年間フランスにおりましたので、現代日本語に空白期間があります。ビックリすることばかりです。

    「亡くなる」は本来敬語ですが、いつの間にか「我が家のネコが亡くなる」と平気で使われてます。
    多分「死ぬ」が忌み言葉と敬遠されて、その代わりが「亡くなる」なのでしょう。
    私は「父が亡くなる」も猛烈に抵抗がありました。身内に敬語はつかわない。「父が死ぬ」が正しいはずなのですが、今は少数派でしょうね。
    逆に片身が狭い感じがします。「父が他界する」と無駄な抵抗をしております。
    ただしネコには遠慮なく死んでもらっています。

    横浜臨海公園さんご指摘の「やばい」の語源は知りませんでした。
    そういえば「やばい」感じがします。
    昔の「やばい」は単に「危険」でした。百歩譲っても否定的なニュアンスだったのですが、今は肯定表現らしい。おいしいという意味で「この料理はやばい」などと言うようですよ。毒でも入っているのかと、私は思います。

    「悩ましい」は「色っぽい」「妖艶」とほぼ同義語でしたが、いまや文字通り判断に悩む場合に使われるようです。
    「後ろ姿が悩ましい」は、昔は単に艶やかさの表現です。今日LGBT全盛のご時世では、男女性別の判断に悩むという意味でも使えそうです。

    「女子」「男子」は、私の感覚では高校、大学まで。今は全年令OKのようです。先日By妻が女ばかりの同窓会に行きました。御年78才ですが、これも女子会。
    私は「そこの男子」とよばれたら、周りを探します。すくなくとも私ではない。

    「やさぐれ」は、横浜臨海公園さんのご意見を伺いたいところです。おそらく「やさ」はさや=家の倒置、「ぐれ」は「はぐれる」 家なし、流浪人の意味で、たぶんヤクザ用語。ところがこれを「優しくぐれる」という意味で使う御仁もいるとか。
    By妻が実見しています。私は見聞きしたことはありません。

    言葉は時代で変わります。
    しかたないかもしれません。
    「全然」はそのあと否定形と教わりました。「全然面白くない」
    現代日本語では肯定形OK。単なる強めの副詞なのです。
    しかし明治時代では全然+肯定形も珍しくないそうです。
    時代は巡るのですね。
    2025年01月31日20時05分返信する 関連旅行記

    俺まで変わってたまるか!

    しにあの旅人さん、おはようございます。(これも時間的にどうかなとは思います)

    かねてしにあの旅人さんの言葉へのこだわりを感じていましたので、今回いただいた書き込みに一も二もなく賛同いたしました。(この「こだわり」という言葉も、こういう場面で使うのは正しくないと思っています)

    「悩ましい」の誤用はご指摘のとおりで、私の知人で口を開けば自慢話ばかりしている人物の口癖は「それは悩ましい問題だね」というものです。

    「やさぐれ」については、まったく考えていませんでした。ですが、さすがに「優しくぐれる」とは思っていませんでしたので、そのようには使っていません。
    「全然」については今でも激しい嫌悪感を覚えます。テレビで雛段芸人、司会者ともども「うわーっ! 全然イケるじゃないですか!」などと叫んでいるのを訊くと、チャンネルを変えたくなります。

    もう半年ぐらい前ですが、社会福祉協議会などというお気楽集団での会議が終わったときに、メンバーの一人(たぶん70代後半)が、他の女性たちに向かって「終わった、終わった。お腹すいたから女子会をしよう」と呼び掛けているのを聞いて、思わず「女子がどこにいるんだよ!?」と大声を出してしまいました。
    また、町内会で元中学の国語教員だった男が夏祭りで来賓が持ってきてくれるご祝儀を「寸志、寸志」というので、「せめて我々執行部だけでも寸志と言うのをやめませんか?」と言ったところ、その男が「じゃあ、何て言うんだよ」と怒ったことがあります。
    また別の役員が「○○さんから寸志をいただきました」と皆に披露したので、「寸志と言うのはまずいだろう」と注意したところ、顔を赤らめるほど激高して「だって、寸志と書いてあるわよ!」と叫んだこともあります。
    「この度、父が逝去いたしました」というのを聞いたこともあります。

    私見ですが、「犬も歩けば棒に当たる」は、本来「無意味に歩き回ると思わぬ災難に遭うよ」という戒めでしょうし、「踏んだり蹴ったり」は、過去の使用例を知りませんが、おそらく「踏まれたり蹴られたり」という意味だと思います。

    まことに、言葉は変わるといいますが、その都度腹を立てている自分は同じ人生でもエネルギー消費が大きいだろうなと思ってしまいます。
    ですが、どの道この先が長くはない人生、俺だけは変わってなるものかと思ってもいます。

    ご教示、ありがとうございました。

    ねんきん老人
    2025年02月01日11時22分 返信する

    誤字でした。

    文中、「叫んでいるのを訊くと」と打ってしまったのは「聞く」の誤変換でした。
    よりもよって、こういう論義の中で字を間違えたことに、穴があったら入りたい気分です。

    ねんきん老人
    2025年02月01日11時28分 返信する

    Re: 時代は巡る

    私も誤字脱字日常茶飯事です。
    気にせず、猪突猛進することにしております。
    私たちのブログを読んでくださる方なら、誤字脱字は自動的に脳内変換していただけると、思っております。

    このお祭りへの参加者が減っているらしいですね。
    2人というのは寂しい。
    女子、ここでは文字通りの女子、の参加を認めるというのはどうでしょう。

    年齢の制限はすでに柔軟に運用されているみたいなので、20前後ということで。

    外房大原の裸祭りや、一宮の十二社祭りはご存じと思いますが、女子(小学生からおばさんまで)が大挙押しかけて、お神輿を担いでいます。観光客は別にして数千人が参加しているそうで、ほぼ街の全世帯を上げてのお祭りです。
    都会に出ていった男女の若い衆はこの祭りには帰ってくるそうです。
    娘さんはふくらはぎまでの直たび、白いパッチに、白いサラシを胸高に締めて、色っぽいより勇ましい。
    男子に混じって、お神輿を担いで海に飛び込んでいます。
    似たような格好で普段から街を歩いているので、抵抗はないみたいです。

    おそらく最初は街の古老あたりから文句が出たでしょうが、彼女たちがそんなもの聞くはずもありません。
    そもそも上総一宮玉前神社は女神様、玉依姫さんです。「玉依姫さんがいいと言っているんです。なにか?」とか屁理屈で押し切ったのではないかと、想像しています。

    梵天たてのお祭りでも、女子だったら、竿を途中で投げ出して帰ってくるようなことはしないでしょう。女の方が意地と根性はある時代です。

    木更津はタチバナ姫さんの故地ですから、女子の参加はなんとでも理論づけられるのではないかと。
    そのうちウワサを聞いて、都会に出て行った若い衆、その友達など、お祭り好きが大挙戻ってくるのではないですかね。

    2年前に引っ越してきた大網白里にはもう地域のお祭りはないみたいです。以前住んでいた白子では、お祭りのお神輿は軽トラの荷台に乗っていました。
    担ぎ手がいません。
    伝統はある程度柔軟に運営しないと、滅びてしまいます。
    2025年02月03日13時38分 返信する

    「頑固に守る」「柔軟に運営」・・・むずかしい問題ですね。

    しにあの旅人さん、こんにちは。 重ねての書き込み、ありがとうございます。

    軽トラに載せられた神輿! そうそう、私の町内でもそうでした。 
    担いでこそ神輿。 私たちの子供のころは擦り剥けた肩を見せ合って、それが大人への勲章のようになっていましたが、最近は軽トラになり、近年はそれもありません。
    岸和田のだんじりのように行事に命をかけるのはどうかとも思いますが、それでも出てゆくという男の意気というのは、今は評価されないようですね。
    私たちの祭りの中心は市内の八幡神社の祭礼で、各町内からの神輿が大通りに揃ってその激しさを競い、事実一度だけ死者が出ました。
    今は若いお父さんたちは、祭りの日には子供たちとキャンプに行ったりしているようです。
    祭り以外の比較的楽な行事には各家の若い奥さんたちだけが出てきて、お父さんはそっとどこかへ出かけて行くようです。

    大網白里にお住まいですか?
    大網白里は私の死んだ妹が住んでいた所で、私も結構な回数行っていますが、祭りの話は聞いたことがありません。

    富山の越中おわら節などはその維持のために目の玉が飛び出るような町内会費を払っているそうですが、そうまでして守り続けようという意識は、新興住宅地である我が町内会にはまったくありません。それどころか、町内会の総会などでは、廃止の意見を私たち年寄りがなんとか抑えているのが現状です。結果は年寄りだけが参加する「ご挨拶」と「焼きそば」だけが残っているザマで、それもあと何年もちますことやら。

    金田中島地区の梵天立てなども、盛り上げる演出などで苦労する「世話人」もいなくなり、衰退の一途を辿っているのでしょう。
    時代は変わる・・・その通りですが、今や昔ながらの伝統を守ろうとするそのこと自体が面倒くさい、余計な仕事と思われているようです。

    残念ですが、何か言うと「じゃあお前がやれ」と言われるので、古老たちも口をつぐんでいるようです。まして若い人たちは・・・。

    ねんきん老人
    2025年02月03日16時33分 返信する
  • それもですか!?

    横浜臨海公園様、おはようございます。
    「○○っす」もですか!?
    若い人がそういう言い方をするのを聞くと、「アメ横の店員じゃあるまいし」と憤慨していた私ですが、その始まりについては知りませんでした。
    若い人たちはそれが言葉を略したものだとは思わず、単に洒落た言い方だと思っている節がありますね。
    まったく別の話ですが、私の知り合いのある肩書を持つ人が「今期いっぱいで私は勇退します」というのを聞いてあきれたことがあります。
    身内の死を「逝去」と言ったり・・・言葉の乱れは若者だけの問題ではありませんね。
    私なども知らぬうちに間違った使い方をしているに違いありませんので、自戒に努めなければと思っています。
    ありがとうございました。

    ねんきん老人
    2025年01月29日09時23分返信する 関連旅行記

    私事ですが

    ねんきん老人さま、おはようございます。


    そう言えば数年前の事ですが、フォートラベルQ&Aで、現在自分はANAのマイルが30万マイル貯まっているが何に使うか会員諸氏の意見を賜りたい、との愚劣極まる質問をした会員がいたので、小生、ここのコーナーは旅に関する不明点を質問するコーナーであって貴殿の如き自慢を披露するコーナーでは無いと突き放した回答した事がございました。

    昨今では某会員に依る薬事法違反詐欺事件が発生したりと、フォートラベルも注意が必要かと思います。

    ところで私事で恐縮ですが、小生の父方祖母は、明治29年(1896年)生、昭和47年(1972年9没でしたが、小生の曽祖父まで徳川家の幕臣で、曽祖父は戊辰戦争で上野の戦で耳を抑えて爆音を聞き、戦いが終わり寛永寺跡を身に出掛け首や足がない遺体をコワゴワ見た話や、山岡鉄舟、大久保一翁、関口隆吉などの幕臣と交流があった話、徳川家達公について静岡に移住し、関口隆吉に乞われて静岡高等女学校初代校長に就任した話、日露戦争日本海海戦勝利の時の話、明治天皇崩御の時の街の様子、関東大震災や横浜大空襲の話などを聞いております。
    小生の父方祖父は海軍兵学校を卒業し昭和12年(1937年)の第二次上海事変時に中佐で腸チフスに罹患し戦病死した後は尋常小学校で訓導として教育に従事した士族出身の明治生まれの女性として、それはそれは躾にヤカマシイ人で、母はよく祖母から叱られ泣いていたのを覚えており、祖母の家に行くのが怖いと言うのが当時の小生の意見でしたが、今から考えると祖母から得た体験や話など貴重な経験をしたもの感謝しております。

    今の40代以下の方は、躾教育や国語教育の低下などが顕著になり、子供世代たる20代以下の連中が権利ばかり主張する利己主義者が多いのも、40代の連中に自信が無く意見が言えないからだと考えております。

    学生などを見ておりますと、言葉遣いが疎かな学生は留年も亦多い様です。




    横浜臨海公園
    2025年01月30日11時13分 返信する

    よく言ってくださいました。

    横浜臨海公園様、 おはようございます。
    マイルの使い道!? 不特定多数の人からのアドバイスを必要とする案件でないのは言うまでもかく、明らかに「自慢」の範疇ですね。
    フォートラがその性格上、多くの自慢を含んでしまうのは仕方のないことで、他にもこれは自慢話だと思うものが多いのですが、私は投稿者に直接それを言う度胸がなく、いつも苦々しく思うだけで終わっていました。
    今回、横浜臨海公園様がその投稿者(質問者)にズバリとその点を指摘してくださったことを知り、快哉を叫んでおります。
     
    「だから何?」と言いたくなる文章は多く、自戒を込めて注視してゆきたいものだと思います。
    ありがとうございました。

    ねんきん老人
    2025年01月31日11時00分 返信する
  • 梵天立て神事

    ねんきん老人さま、こんばんは。


    御無沙汰をしておりましたが、ご活躍の事と存じます。

    旅行記を篤と拝見させて頂きました。

    昔は漁業従事者主体とする安全と豊漁を祈願する神事が、流石に昨今の時代では漁業従事者はほぼ絶滅し神事のみが残る状態だと思われます。

    竿は指定箇所に必ず立てよが鉄則で、竿が立てられず現地に放棄した者が居たなど、昔なら許されなかった事でしょう。

    それから、ねんきん老人さまが日本語の乱れを指摘されております様に、特に「やばい」の語源をしらない者が多い様に思われます。
    小生、今から40年前に司法研修で東京小菅拘置所と府中刑務所を訪れた際に、担当官より「やばい」は牢内に於ける収監者同士間の隠語であるとの説明を受け、下劣な言葉であるとの認識を今日まで抱いておりますが、恐らく老若男女、その事実はご存じでは無いと思います。
    小生が若い時ですら、年配者から見れば今の若い連中は変な日本語を使うとの認識を抱かれたもの思いますが、今の若輩層の日本語の乱れの最大原因は、高校までの教育に於ける英語教育重視、日本語国語教育軽視に原因が求められると考えております。
    即ち、日本語教育道徳教育がしっかりしている者は、同時に外国語も敬語を含めた堪能な者だと見ております。

    遅ばせながら本年も亦何卒宜敷くお願い申します。



    横浜臨海公園
    2025年01月27日22時26分返信する 関連旅行記

    我が意を得たりの思いです。

    横浜臨海公園様、おはようございます。拙稿へのご丁寧な書き込み、ありがとうございました。

    仰るとおり、漁業従事者が激減する中での行事の維持は大変だと思いますが、それでも海中に竹を放棄して引き上げるなど、なんたる体たらくかと慨嘆してしまいます。
    また、「ヤバイ」という言葉についての貴重なお話がありましたが、なるほどそうだったのかと膝を打つ思いでした。確かに、今のようなデタラメな使い方が広まる前にも、どことなく品のない言葉だと思っておりましたが、拘置所内での隠語という解説に我が意を得た思いがしました。
    いつの時代にも若者言葉はあったとか、言葉は変化するものだという識者の弁は確かにありますが、それにしても最近の日本語の乱れは目に余る感じがします。
    私は高校時代にエスペラント語を学ぼうとしたことがありますが、どうにも面白味がなく、挫折しました。
    その後、先輩から、言葉はそれぞれの民族・地域がその歴史の中で育ててきたものだから、共通語という概念そのものが言葉の本質から外れている。苦労して、その人々の感性や歴史をくみ取るのが大切だと教えられ、なるほど「記号」としてのエスペラント語には面白味がないわけだと納得した覚えがあります。
    以来、たとえば「ドイツ語では何と言うだろう?」ではなく、「ドイツの人たちはどう考えるだろう?」という観点からの語学学習に意を用いるようになりました。(どれもモノになっていないのは恥ずかしい限りですが)

    今後も、面倒くさいジジイだと思われることを恐れず、言葉本来の意味を考えながらいこうと改めて思いました。ありがとうございました。

    ねんきん老人
    2025年01月28日08時58分 返信する

    大丈夫って

    横から失礼します。ご無沙汰しています。
    私も「大丈夫」って何だよと突っ込む爺さん世代ですが…… 白黒はっきりさせない日本特有の察してほしい文化かと思っていました。
    昨年の今ごろのニューズウィーク誌によると、アメリカでも、no thank youの消滅が話題になっているそう。アメリカは白黒はっきりカルチャーかと思ってました(゚-゚)
    じゃあ何て言うか? I'm goodなどが使われるそう。まさに、アメリカ版の大丈夫!(笑)
    2025年01月28日20時52分 返信する

    ~っす も×

    ねんきん老人さま、おはようございます。


    よく若い人たちが発する「〇〇っす」も本来は刑務所内に於ける受刑者間たちの隠語だとの事です。
    小生、言葉狩りをする積りはございませんが、フォートラベルの旅行記の文章など閲覧していると、此の人、本当に学校教育を受けたのかと訝る様な表現をする方が散見されます。

    本人は何ら認識が無い様子ですが、特に教育関係者や宗教従事者などが、異質ともとれる文章表現すると当該人物の人格を疑いたくなります。



    横浜臨海公園
    2025年01月29日07時02分 返信する

    I'm bad.と言いたくなります。

    ねもさん、おはようございます。
    I'm good.がThank you.の代わりに使われるとは!
    「good」はまことに便利な(安直な?)言葉で、物事を肯定する場合によく使われるようですね。私は、もうちょっと機微に触れる言葉遣いはできないものかと思っていたのですが、よもやThank you.という場面で使われているとは知りませんでした。

    仰るとおりフォートラの文章にはオヤオヤと思うことが少なくありません。
    また、文章ではないのですが、表題に飛行機の「○○クラスで」ということが書かれているのも目障りです。
    「○○クラスに乗ったらこうだった」という報告ならともかくとして、本文は専ら現地の「行った所」の紹介だけで、そのための手段である飛行機のクラスについては何も書かれていないという、つまり「私は○○クラスに乗ったんだ」という金持ち自慢だけの表題にはうんざりします。

    自戒を込めての感想ですが、言葉って難しいですね。それだけ重いものでもありますから、なるべく意識して使いたいものだとは思っています。
    ご教示、ありがとうございました。

    ねんきん老人
    2025年01月29日09時12分 返信する
  • 良い年になりますよう○o。.

    ねんきん老人さん、こんばんは!
    『梵天立て』、写真を拝見するだけで寒~くなってきました。
    若いとはいえ、そりゃ新年早々から冷たい海になどには入りたくないですよねぇ。
    私が親なら「風邪ひくからやめとけ」って言いますね、たぶん。
    それだけに、参加した「若い衆」は偉いなぁ、と思います。
    無事に伝統行事をやり遂げた後の表情も、とーっても清々しいです。
    ねんきんさんと同じく、私も、彼らにとって「良い年になりますよう」と願わずにはいられません○o。.

    木更津からスカイツリーが見えるんですね。
    あれ?では船堀タワーから見えた陸地は木更津?

    「大丈夫」、そういえばかなり昔、暫くぶりに自分より10歳以上若い子と会話した時に「全然大丈夫」と言われて「どういう意味???」と悩んだ覚えがあります。
    でも今では私も便利な言葉として違和感なく使えるようになりました
    良いのか悪いのかわかりませんが、たぶん大丈夫でしょう(^^;)
      こたまま
    2025年01月27日19時08分返信する 関連旅行記

    全然寒かったですよ。(!!!、???)

    こたままさん、こんにちは。拙稿への書き込み、ありがとうございました。

    船堀は学生時代に松坂屋のお中元配達で回っていた所ですが、船堀タワーというのは知りません。でも、パソコンの地図で調べたら、確かに、木更津が見えそうですね。

    拙稿に書いた行事はそう遠くない将来消えてなくなると思いますが、土地の人たちに保存の努力はそれほど見えません。そもそも漁業そのものが衰退の一途で、近頃は魚よりアサリ、ハマグリの養殖の方に力を入れているようですが、それも中国産に押されて、最近は観光潮干狩りに頼っているようです。
    梵天立てにしても、昔からやっているからというだけで続けているようで、より盛んな行事にしようという熱意は感じませんでした。
    周りの見物客たちの会話も、若者たちへの賛辞より、自分たちが寒いということにばかり偏っていたようです。

    「大丈夫」に限らず、若者たちの語彙力は情けないほどで、テレビという公共の媒体で生きているいわゆるタレントたちの言葉遣いにも寒いものを感じます。
     ちなみにこたままさんの「たぶん大丈夫でしょう」という使い方は「バッチリ」ですね。さすがです。

    ねんきん老人
    2025年01月28日16時37分 返信する
  • イカスなぁ!

    ねんきん老人さん、広辞苑で梵天を引いてみましたが、漁具の所在を示す標語。延縄、刺し網漁業で用いるという具体的なイメージがちっともわかない説明でした。

    お天気に恵まれた冬の一日、のんびりと歴史ある行事を楽しまれたようでなぜかうれしい。対岸のビル群がくっきりと見えて、木更津と東京ってこんなに近いんですね。

    しかしなんですね、若い衆たちの薄っぺらい肉付き、思い切って勢いだけは負けない中高年にバトンを渡すのもアリではないでしょうか。逆に見ごたえがあるような気がしますが。

    若い人が使う言葉に戸惑うのはいつの時代も同じなのかな。やばい人と言われたら悪口なのに、お料理を食べておいしい時なぜやばいというのかわかりません。時代といえば、あの裕次郎さんは「イカスなぁ」とよく言葉にしていましたが、「いかす」を変換したら「生かす」が真っ先に出てきました。「大丈夫です」はこれ以上の会話はしたくないという合図だと私は思っていて、これはというイケメンがこけても「大丈夫ですか?」と私は聞きません。もちろんそばによって起き上がるのを助けることもしません。若いのに転ぶとはと冷ややかに一瞥するだけです。もっともそういう日ごろの悪い心根のせいで先週階段でこけました。ただいま絶賛湿布中です。

    ちいちゃん
    2025年01月27日15時08分返信する 関連旅行記

    ですよねえ!

    ちいちゃんさん、よく言ってくださいました。
    わざわざ広辞苑を開いて「梵天」を調べてくださったとのこと。書き手冥利に尽きます。

    薄っぺらい肉付きの若者より中高年にバトンを渡すという発想、それそれ、
    その通りです。
    私の関わっている町内会では夏祭りを始めとしてオリエンテーリング、グラウンドゴルフ大会、芋煮会、町内道路掃除、公園草刈り等、多岐に渡る行事が行われますが、いつも参加者は老人と子供のみ。若い人は見向きもしません。
    一方、参加する中高年者は、大丈夫かよと思うほど積極的で、なかなか休憩もとってくれません。
    世の中の推進役はもっぱら昭和のオジチャン、オバチャンたちです。
    あの海中で諦めて竹を投げ捨ててしまった若者たちには見物人が見えていなかったのか? 地区の代表たる誇りや意地はなかったのか? と思ってしまいます。
    まあ、厚着をしていた私が言うのもナンですが、この歳でも人が見ているときと誰もいないときでは足の運びも違っている私からすると理解できません。

    可能ならば、私ももうしばらく「人目」を気にし、「見栄」を張って「イカすジサマ」でありたいと思っています。

    ねんきん老人
    2025年01月27日16時51分 返信する
  • 旅行記見に来ました!

    ねんきん老人さん、こんばんは。
    旅行記見に来ました。ねんきん節のきいたセリフの旅行記、流石ですね。
    そしてなによりも、写真が綺麗です。

    カメラの視点からして、私はかなり近くにいたと思われます(;´∀`)
    全然関係ないですが、私は中島については若い時から「ちょっと違う所」と思っていました。あのツナハリが、なんというか、結界?みたいな…。
    市長さん、来ていたんですね。
    私は全く気付きませんでした( *´艸`)
    2025年01月26日20時03分返信する 関連旅行記

    やっぱり居たんけ!?

    メイリンさん、こんばんは。
    コアラのように一日中寝ている私。今は27日の朝(?)2時です。

    梵天立て。思ったとおり、メイリンさんも来ていらっしゃったのですね。もしやと思ってキョロキョロ探したのですが、お会いしたこともないのに、分かる筈がないですよね。

    中島という地名を若いころからご存知なのですか。 私は子供のころ、あの辺りが埋め立てで、漁師さんたちがその保証金で次々と立派な家を建てるのを見ていました。
    今はアウトレットとやらの混雑で休日は車も動かない郊外の繁華街という感じですね。

    このままでしたら私の「嫌いな町」になっていたでしょうが、メイリンさんのおかげで親しみのある地区になりました。
    ありがとうございました。

    ねんきん老人
    2025年01月27日02時12分 返信する
  • 梵天立て

    ねんきんさん、おはようございます。
    木更津市の伝統神事、中島の梵天立てに行かれたそうで
    まず出羽三山の行者さん(=地元の方々)によるホラ貝の音色、さぞかし響き渡ったことでしょうね(^_^)

    そして若い衆の海中への入水、見ているだけでスゴク迫力を感じました。
    ねんきんさんは体中にカイロを貼って、応援されていたのですね(笑)

    年の始めにピリッと引き締まる寒中行事、いつまでも続けられたらーと思いました。
    2週間後に様子を見に行かれて、ポツンと2本立つ赤色の梵天⇒
    遠くにビル群が見えて、また味わい深い光景でしたね(*^_^*)
                ふわっくま
    2025年01月26日09時32分返信する 関連旅行記

    Re: 梵天立て

    ふわっくまさん、こんにちは。 小生の古い体験をお読みくださって、ありがとうございます。
     
    あの神事は元々が地元民の海に関する祈りだったのでしょうが、今ではナントカ文化財などという冠をかぶせられて、大勢の見物人が集まるようになっています。
    そうである以上、主催者も見物人を意識すべきで、せめて次は〇〇地区の若い衆です、くらいのアナウンスはすべきだと思うのですが、そういうことに気は回らないようです。
    市長さんだって、「本日はお忙しい公務を抱えているにも関わらず、市長さんがお越しくださっています」とか放送してもらいたい筈で、できれば「市長挨拶」などという場面を作ってもらいたいというのが本音でしょう。
    あの日、市長がその場にいたことに気づいた人はほんのわずかだと思います。
    バタ臭いといえばバタ臭い、気の利かない主催者に呆れましたが、それでも年々見物人が増えているのですから、クチコミというのはたいしたものですね。
    でも、少子高齢化が進み、年々若い衆が海に入らなくなっているようですから、あの行事もやがてなくなってゆくのだと思います。
    私があの地区の区長なら・・・いや、現実離れした講釈はやめておきましょう。
    すべてのものには終わりがある。 仕方がないですね。

    ねんきん老人
    2025年01月26日12時51分 返信する
  • 大間のマグロ―--思いだしました!

    ねんきん老人さん 

      お久しぶりです。今年もよろしくお願いします!
     何時だったか-?----忘れましたが、大間崎でマグロを食べた
     こと思い出しました! はるか彼方に北海道が見えたかどう 
     か忘れましたが。
     「寒立馬」の眼が何とも言えない優しさが
     伝わってきます!  ありがとうございます。
                   
                      旅姿
        
    2025年01月25日16時33分返信する 関連旅行記

    北海道、見えました。

    旅姿さん、こんばんは。 書き込みをありがとうございました。

    大間という所には初めて行きましたが、確かに北海道が見えましたね。旅姿さんも同じ体験をなさったそうで、うれしい限りです。
    まぐろの味はやがて忘れるでしょうが、あの北海道が見えた感激はおそらくいつまでも覚えていると思います。
    そうそう、寒立馬も忘れないでしょうが、残念ながら私の寒立馬に対する印象は「ただの馬だなあ」というものです。
    でも、それも実際に見たから言えることで、旅の醍醐味はまさにそこにあると思います。
    これからも現地第一、百聞は一見に如かずの精神で可能な限りこの身を現地に運びたいものだと思います。

    気持を奮い立たせてくださって、ありがとうございました。

    ねんきん老人
    2025年02月02日19時12分 返信する
  • 危険がいっぱい

    ねんきん老人さん、こんにちは。
    昨年は私の旅行記にたくさんいいねしていただき、
    ありがとうございました。

    霧の県道59号線。
    視界がほとんどきかず、怖いですね。
    それに、道をふさぐ倒木。
    車につないで引っ張った(@@!
    すごいですね。
    そのままUターンするのも悔しいですが、
    木を動かそうだなんて…。
    その機転に感心してしまいました。
    何よりロープなども車に常備していらっしゃるとは驚きです。

    なまはげの衣装の藁くず。
    ご利益があるのですか。
    そういえば、奈良の東大寺のお水取りを見に行った時、
    大勢の方が松明の燃えかすを拾い集めていらっしゃいました。
    これもご利益があるそうですが、
    照明もあまり届かない暗い中、
    地面に這いつくばるようにして集める姿に驚いて、
    ただ口をポカンと開けて眺めてしまいました…。

    でも、こうしたくずやカスというのはゴミではないのですね。
    ねんきん老人さんの旅行記を拝見して
    改めて考えを改めなくてはなんて思いました(^^

    ところで、今日は暦の上では「大寒」。
    もっとも寒くなる日なのに、暖かくなるとか。
    気温差が激しいと体調も崩しがちですが、
    どうぞ風邪などひかれませんように。
    本年もどうぞよろしくお願いいたします。
    kiyo
    2025年01月20日09時02分返信する 関連旅行記

    ボロ車にロープは必需です。

    kiyoさん、ご自分の体験に照らし合わせたご感想を寄せていただき、ありがとうございます。

    車にロープ。いやお恥ずかしい!
    私の車は今23万キロを超えていまして、しょっちゅうトラブルを起こします。ロープはいつも積んでいるというより、下ろす閑がないのです。
    もっとも私の若いころ、誰の車も故障だらけでした。エンストなどは日常茶飯事で、そんなとき他の車に引っ張ってもらって、一定の速度になったときにギアを入れることでエンジンを始動させていたものです。ですから、車にロープを積んであるのは当たり前で、その頃の習慣がなんとなく続いているのですね。

    東大寺のお水取り。私は行ったことがありません。燃えかすを拾うのですか?
    「地面に這いつくばるようにして」と言うお話。笑ってしまいました。まさにその通りです。
    昔は家を新築する際、上棟式というのがあって、施主や大工が屋根に上って餅を撒いていました。その餅を近所の人たちがまさに「地面に這いつくばるようにして」拾うのです。中には転んだ姿勢のまま他人の手から餅を奪い取る輩もいて、子供は危険なので別途紙に包んだ餅を振る舞ったりしていたものです。
    たかが餅、たかが藁葛、たかが燃えかすと思いますが、どうもタダとなると逃してなるものかと思う御仁が多いようです。
    旅の楽しみはいろいろあって、思いがけないことが多いのですが、ヒューマン・ウオッチも捨てがたいですね。

    仰るとおり、一年で一番寒い季節「大寒」、つまりこれからは暖かくなる筈ですから、もうひと頑張り。無病息災でいきたいものです。kiyoさんもくれぐれもお体に気をつけてお過ごしください。

    ねんきん老人
    2025年01月20日09時46分 返信する

    RE: ボロ車にロープは必需です。

    ねんきん老人さん、

    心臓大動脈瘤肥大で手術をなさったのですか。
    掲示板に記載されていることに先ほど気づきました。

    寒い時期は血行も悪くなり、
    心臓への負担も大きくなるかと思いますが、
    痛みが早く収まるとよいですね。

    私の父も心臓が悪くて、
    塩分を控えろとか、水分補給が足りていないとか、
    検診に行くたびに、お医者様に注意されましたが、
    父はなかなか言う事を聞いてくれず(~~。

    心不全の発作を起こし、
    一時は危篤状態になったり、
    激やせしたりして、
    本人も「もう終わりだ…」と気落ちしていましたが、
    数カ月かけて回復し、
    再び、車を運転し、近くに借りている畑で
    野菜作りができるほどになりました。
    人間は、やりたいことがあると強い生命力を発揮するようです。

    ねんきん老人さんも、どうぞ苦しい時期を乗り越え
    暖かくなる春にまた旅行ができるようお祈りしています。
    kiyo
    2025年01月21日08時36分 返信する
  • 新年とご快癒おめでとうございます

    ねんきん老人さん ごぶさたしております

    私の旅行記に「いいね」をくださったにもかかわらず、いつもくださるコメントがないのが気になり、こちらの旅行記を訪問してみたら、大変な御病気を患って退院したばかりだったんですね。術後も大変な痛みに苦しめられたとのこと、お察し申し上げます。
    僕の友人にも救急車で運ばれて一命をとりとめた者がいるんですが、彼は開胸手術ではなく4カ所ステントを入れたそうです。現在はすっかり健康を取り戻し、三途の川の向こう岸がとても綺麗だった、などど笑いながら話しております。

    体力も含めて完全回復には暫く時間がかかることだと思いますが、全快の後には今年もまた楽しい旅行記を拝見させて戴くのを楽しみにしております。

                         ユキゴロー
    2025年01月12日12時05分返信する 関連旅行記

    妻に追いつく確率は100%。 ゆっくり行きましょう。

    ユキゴローさん、明けましておめでとうございます。 拙稿への書き込み、ありがとうございました。

    心臓大動脈瘤肥大などというご大層な病名を告げられ、医師からは「手術によって死ぬ確率はかなり高いが、しなれば、今日か明日か1年後かは分からないが100%死ぬ」と脅かされ、仕方なく手術を受けることになりました。
    医者はあとの責任追及を恐れて事を大袈裟に言うものだとは分かっていましたので軽く考えていたのですが、術後の痛みと苦しさはかなりのもので、こんな思いをするならあのまま放っておけばよかったなどと考えました。あとの祭りです。(考えてみれば、手術を受けようと受けまいと、人間は100%死ぬのでしたね)
    今日は比較的痛みも少なく、こうしてパソコンに向かっています。
    死ぬような予感もまったくなく、秘かに次の旅行は別所温泉で「愛染かつら」の木を見たいなどと考えています。

    ユキゴローさんも、早世された奥様にお会いしたい気持にかられることが多いと思いますが、来世には無限の時間があることですから、今の毎日を大切にされることが大切だと思います。奥様も笑ってお待ちくださることでしょう。
    可能ならば私の妻とユキゴローさんの奥様が出遭って、互いに亭主の悪口など交わしながら楽しくその日を待っていてくれるといいのですが。

    ねんきん老人
    2025年01月13日12時01分 返信する

ねんきん老人さん

ねんきん老人さん 写真

19国・地域渡航

44都道府県訪問

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ねんきん老人さんにとって旅行とは

 豪邸もマッチ1本でゼロになります。地位はあとで邪魔になります。その点、旅行で得た思い出は何があっても一生なくなりません。邪魔にもなりません。
 ただし、帰る所があっての旅行です。待っていてくれる人がいての旅行です。つまり、旅はあくまでも非日常の行動です。私にとって旅は、夜見る夢と同じく、必ず終わる喜悦です。

自分を客観的にみた第一印象

チビで白髪でさえないぶ男。

大好きな場所

 水のある場所。

大好きな理由

 旅先で水を見ると、訳もなく旅情がかきたてられます。
 列車が鉄橋を渡るだけで胸が躍ります。宿の窓から海が見えたら、それだけで最高の宿になります。
 滝のしぶきは心を洗い、静かな湖面は心を鎮めてくれます。
 水は静と動の両面をもった至高の宝物だと思います。

行ってみたい場所

ビクトリア瀑布

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