2018/09/08 - 2018/09/17
2位(同エリア452件中)
ねんきん老人さん
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数日前、郵便受けに葬祭業者のチラシが入っていました。 「終活セミナーのお誘い」と大きく書かれています。 どこかで「あの家はそろそろだぞ」とでも聞いたのでしょうか?
確かに急いだ方がいいと思い、サボっていた広島の旅行記を慌ただしく書きました。
どなたもご存知の所なので、カット、カットを重ねましたところ、なんだか流れの分からない旅行記になってしまいました。
岡山の吉備津彦神社を出て広島県に向かった記録です。 そのあと山口県にも回り、後期高齢者にとっては少々ハードな旅でしたが、281歳まで生きたという吉備津彦命に比べれば、75歳なんてまだ青二才。 疲れたなんて言ってはいられません。
まず向かったのは鞆の浦。 前回、目の前に見ながら渡れなかった仙酔島のことが気になっていたからです。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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【 観光情報センター 】
とりあえず渡船の情報を得ようと「鞆の浦観光情報センター」へ。
ところが駐車場には「お買い物中のみ無料。観光等に行かれる方は有料。ご利用のお客様は先に店内で受付けしてください」と書かれた看板が立っています。
それでも観光情報センターかよ、と突っ込みたくなりましたが、小心者の私はすごすごとUターンし、直接渡船の駐車場に入りました。鞆の浦温泉 景勝館 漣亭 宿・ホテル
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【 渡船 】
船は20分毎に出ているということで、待つほどのこともなく次の便が出るようです。
島までは5分強。 料金は往復240円。
片道切符はなく、乗船のときに「はい、帰りは要りませんから、これは貰います」と言って往復券を取り上げられました。
まあ、それはそうでしょうね。 -
【 客室 】
船は「第二べんてん」。
これが船内の様子です。
つまり・・・この便の乗客は、私一人でした。 申し訳ないことで・・・。 -
【 カヤック 】
出航してすぐ、右手にカヤックを楽しむ男女が。
私はカヤックの経験がありませんが、穏やかな海面をアメンボのように滑っている様子は少々羨ましくもありました。 -
【 走島フェリー 】
と、右後方から洒落た船体が現れました。
鞆の浦と走島を往復する定期フェリーだそうです。
運行は走島汽船で1日5便、所要時間は25分。
白状すると、私は走島という島があることを知りませんでした。 -
【 仙酔島 】
仙酔島の桟橋が見えてきました。
高台に見えるのは「人生観が変わる宿 ここから」という名前の旅館だそうです。
飯島旅館とか双葉旅館というような素朴な名前では客が来ない時代なのでしょうか。 -
【 へらぶな? 】
桟橋のある砂浜に死んだ魚が。
これって、へらぶな? そんなバナナ! 仙酔島は周囲5kmの小さな島で淡水湖なんてありません。
でも、一時期、晴雨寒暑を問わずへらぶな釣りに出かけていた私には、どう見てもへらぶなにしか見えません。 どなたか、分かったら教えていただけませんか?
それにしても、獲物の目玉と内臓しか食べずに捨て去るとは。 カラスでしょうか、トンビでしょうか? -
【 鞆公園 】
砂浜の先が切通しになっていて、そこを抜けると島の反対側に出られるようです。 -
【 田ノ浦海岸 】
切通しの先は急に開けた海岸になっていました。
仙酔島の名は「仙人も酔うほど美しい島」という意味だそうですが、私の主たる狙いは景色ではなく、海岸の砂です。
私は海岸や河川などの砂を採取しており、現在1400か所ほどの標本があります。
子供たちから、お父さんが死んだらどうするよっ?と言われており、たしかに処分に困るとは思うのですが、やはり砂浜を見るとついつい砂を採ってしまいます。 -
【 海岸遊歩道 】
砂浜の先には、海岸線に沿って遊歩道が続いていました。
遊歩道沿いの崖では、9千万年前の激しい火山活動の痕跡が見られるということです。 -
【 皇后島 】
遊歩道から見ると、沖合に小さな島が浮かんでいます。
神功皇后が仙酔島に渡るためにこの島で船を乗り換えたというところから、皇后島と呼ばれているそうです。 -
【 大地の激動跡 】
早速このような崖が現れました。
この崖を見て、何が分かるでしょう?
説明板によれば、
① 激しい火山活動の証である流紋岩質溶結凝灰岩でできていることが分かる。・・・そうですか。
② その後、大地が大きく左側に傾いたことが分かる。・・・そう言われてみれば、まあ、なんとか分かります。
③ 岩盤がずれ動く地震が何回も起きたことが分かる。・・・まあ、なんとか。 -
【 仙酔層 】
この崖を見て、今度は何が分かるでしょう?
火山活動が一時衰えた時代に、海底または湖底に泥、砂、礫が堆積してできた地層で、この時期に地盤の変動があったことが分かる、と説明が。・・・さっぱり分かりません。 -
【 岩が動いた順 】
さあ、第3問です。
この崖を見て、何が分かるでしょう?
① 流紋岩質凝灰岩層とその上に堆積した仙酔層を断ち切る断層が生じたため、断層面を境に仙酔層と凝灰岩層が隣り合わせになっている。・・・?
② 仙酔層を断ち切るように火成岩をつくるマグマが貫入したため、仙酔層と火成岩の岩体が隣り合わせになっている。・・・?
③ 断層とマグマの貫入によって、流紋岩質凝灰岩、仙酔層、火成岩という順にできて、横並びになった。・・・? -
【 遊歩道 】
いやはや、専門家というのは大したものですね。 私にはどこにでもある海岸の崖にしか見えないのですが、そこから9千万年も昔の地球の動きを見つけ出してしまうのですから。
私は説明板を読んでもなお理解できぬまま、遊歩道を先へ進むだけです。 -
【 下加美島 】
陸繋島のように見えますが、仙酔島のある辺りは干満の差が大きいので、満潮のときは島に繋がる磯が海面の下になってしまいます。
そこで子供連れの家族が磯遊びをしていました。
この写真の左側には彦浦の浜という砂浜が広がっています。 -
【 五色岩 】
彦浦の浜で砂を採って振り返ると、そこにもまた説明板があり、岩石が風化によって様々な色をおびていることから五色岩と呼ばれていると書かれていました。
また赤みをおびた岩は褐鉄鉱の風化によるものだそうです。(この旅行記の表紙にその赤色岩の写真を使ってあります) -
【 本土の渡船場 】
仙人が酔うかどうかは分かりませんが、確かにきれいな景色でしたし、砂も採取できて満足したので本土に戻ることにしました。
帰りの船には私以外に2組の乗客があり、ちょっと気が楽でした。
行きに乗船した渡船場が見えてきましたが・・・、あれっ? 桟橋がない! -
【 舳から雁木に 】
と思ったら、なんと雁木に舳から突っ込みました。
そこで私は初めて知りました。
雁木は干満の差が大きい地方で発達したものと聞いてはいましたが、それに横付けするには船底をかなり浅くする必要があります。 でもこのように長い舳を直角につければ、船底は深くても大丈夫なわけですね。
今まで漠然と雁木は接岸のための施設とだけ覚えていましたが、こうして接岸の様子を実際に見て、なるほど考えられた施設だなと納得しました。
後期高齢者にはなりましたが、まだまだ知らないことばかりです。 -
【 鞆港 】
今日はこのあとに予定がなく、まだ時間も早いので、せっかくの鞆の浦、少し散策してみることにしました。
数分で漁港に出ると、正面に鞆の浦のシンボル、常夜燈が見えます。 -
【 住吉神社 】
漁港を回り込む道に小さな祠がありました。
前や脇にゴミ袋が置かれていたりして、どうも大切にされていない感じですが、ちょっと覗いてみます。 -
【 力石 】
沢庵石? にしては大きいと思ったら、「鞆ノ津の力石」というものだそうです。
江戸時代、荷物の陸揚げ、積み込みに従事する仲仕(なかし)たちが、祭礼の場などでこの力石を持ちあげて、その力を競ったという説明板が立っていました。
花崗岩製で、重さ140~200kgもあるとか。 むろん、試してみたりはしていません。 -
【 いい感じの家並 】
散策マップに「いい感じの家並」と書かれている通りです。
確かに。 整備された「伝統的建造物群保存地区」などと違って、生活感が漂っているのもいいですね。 -
【 太田家住宅 】
17世紀に漢方薬酒「十六味地黄保命酒」の醸造販売をしていた中村家を継いだ太田家の住宅ということで、国の重要文化財になっています。
見学料400円に足が止まり、前回見ているので、「ま、いっか」ということに。
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【 いろは丸展示館と雁木 】
坂本龍馬率いる海援隊が大洲藩から賃借していた蒸気船・いろは丸が紀州藩の軍船と衝突して沈んだ事件の史料を展示しています。
鞆の浦ではひときわ大きな建物ですが、それ自体が江戸時代の土蔵であり、国の登録有形文化財になっています。
展示館前の雁木とその端に建つ常夜燈は、鞆の浦を訪れる観光客が必ず写真を撮るので、今さらここに載せることもないのですが。 -
【 海水浴場への道? 】
そろそろ陽も傾いてきたので、どこか寝る場所を探そうかと走っていると、「小室浜海岸」という木札が見えました。
海岸なら寝られるだろうし、砂も採れると喜んでハンドルを切ります。
下り坂なのは当然で、何の疑いもなく走っていると道はたちまち狭くなり、左右から延びる木々の小枝で車がギーギーとこすられます。
このクネクネと曲がった狭い坂道をバックで戻ることはとてもできず、さりとてUターンできる場所はなく、とにかく海岸まで行くしかないと、さらに車を進めていると、左側から大きく木がはみ出していました。
サイドミラーを倒し、ギーギー、ギシギシと枝にこすりながら進みます。 -
【 行く手をはばむ藤づる 】
と、今度は道の真ん中に垂れ下がった藤が。
進む以外に方法がないので、仕方なく進みます。 ゆっくりゆっくり進みましたが、枝が太く堅いので、バキバキと何本か折れました。
結局、海岸にはたどり着けず、わずかに道幅が広がった所で、10cm単位の前進後退を繰り返し、やっと車の向きを変えました。 -
【 変色した沼 】
坂道を下るとき、左側にいやな色の沼がありました。
悪魔のたくらみのように、そこだけ路肩が崩れており、車を右側に寄せて駆動を四輪にして通り抜けました。
その同じ道を帰ります。 今度は運転席側が沼ですから、落ちたらもろに水中です。 いざというときの脱出に備えて両側の窓を開け、シートベルトを外し、首を出して下を覗いたところ、水しか見えません。 つまり車体が水の上にかぶさっているのです。
ギアをローに落とし、来たときとは逆に左いっぱいに車を寄せて一気に通り抜けましたが、そのあと急に腹が立ってきました。
あの「小室浜海岸」という木札は何だったんだ! -
【 道の駅たけはら 】
前夜は夕飯も食べずに寝てしまいましたが、朝、車を見ると、タイヤは泥だらけ、ワイパーには藤の小枝がはさまっていました。 むろん車体にはひっかき傷が。
気を取り直して竹原市の町並み保存地区にやってきました。 道の駅の駐車場は道路を隔てた所にあり、店舗も普通の雑貨屋のようで分かりにくい施設です。道の駅 たけはら 道の駅
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【 頼山陽広場 】
町並み保存地区の近くに頼山陽広場という、こじんまりした空間があります。
頼山陽って、あの頼山陽? 竹原に関係があるのでしょうか?
あとで調べたら、祖父が竹原に住んでいたというだけで、山陽自身はとくに関係がないようです。 それでも竹原では頼山陽まつりというのがあるらしく、地元の中高生が頼山陽音頭を踊ったり、頼山陽仮装道中というのがあったり・・・なんだか山陽が竹原に利用されているような・・・。
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【 頼山陽像 】
広場には頼山陽の銅像があります。
ずいぶん頭の大きな人だなあ、脳味噌がいっぱい入っていたんだろうなあ、などとくだらないことを考えながら左の碑を見ると、あの「ベンセイシュクシュク・・・」という詩が書かれていました。
もちろん、私が書けないだけで、実際の碑文は漢字です。 -
【 顔出し看板 】
おやおや、頼山陽といえば日本外史を書いた知識人でしょうに、こんな形で利用されたのでは形無しですね。
質問されると困るので白状しておきますが、「頼山陽⇒日本外史」というのは、試験用に暗記したことがあるというだけで、日本外史を読んだことはありません。 -
【 町並み保存地区・本町通り 】
町並み保存地区のメインストリートである本町通り。 その写真を撮っていると、背中から声をかけられました。
「どうぞ、お茶が入りましたから中にお入りください」
ええっ? 見ず知らずの白髪ジジイにかける言葉とは思えませんが。竹原町並み保存地区 名所・史跡
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【 旧笠井邸 】
振り返れば二階に手摺りのついた立派な家が。 招かれるまま中に入ると、そこの住人らしい婦人が丁寧に説明をしてくれました。
明治5年に建てられた家だそうで、主は塩田の経営で財を成した“浜旦那”だそうです。 -
【 枝条架(しじょうか)の模型 】
屋内に展示されていた模型です。
なんとなく、これに海水をかけて水分を蒸発させて塩を作るのだろうとは思いましたが、実際にはそんな簡単なものではなく、海水をかけて、したたり落ちる海水をまたかけて、ということを繰り返して海水の塩分濃度を高め、それを煮て塩の結晶を得るのだそうです。
竹原はそもそも製塩で発展した町だそうで、製塩といえば赤穂と思っている人が多いということにいささか不満な様子で説明をしてくれました。 -
【 お宝? 】
これはまた大層な屏風ですが、お宝に縁のない私には、誰の何という作品なのか、いつごろの何派の絵なのか、まるで分かりません。
まあ、笠井家というのはお大尽だったんだなと思うくらいで、素通りです。 -
【 見事な梁 】
これはまた見事な梁で、あまりの見事さにいろんな角度から写真を撮っていると、例のご婦人から「建築関係の方ですか?」と訊かれてしまいました。
とんでもない、まったくの門外漢で、梁の知識もゼロです。
日曜大工とも言えぬ程度の木工は趣味ですが、「建築関係」とは滅相もないことで。 -
【 二階から見下ろす本町通り 】
バツの悪い思いで作り笑いをしながら窓を開け、正面に続く本町通りを眺めます。
竹原は江戸時代に製塩や酒造で栄えた町だそうで、豪商が多く住み、その屋敷が並んでいるということです。
なるほど本瓦や漆喰壁のどっしりした家が並び、そのまま時代劇のロケに使えるんじゃないかと思われる風情があります。 -
【 木製の郵便受け 】
これは! 板を組んだ郵便受けです。
素朴ながらちゃんとほぞ穴を開けて板を組み込み、楔まで使っています。
このアイデアはいただき! 木工好きの血が騒ぎました。 -
【 竹鶴酒造 】
ニッカウヰスキーの創業者・竹鶴政孝さんの生家だそうです。
江戸時代中期からの酒造りで、「竹鶴酒造」といえば私でも名前だけは知っています。
竹鶴さんはテレビ小説「マッサン」のモデルだそうで、道の駅にもマッサン、マッサンと大きく書いてありましたが、私はその番組を観たことがありませんのでピンときません。
ただ、50年以上前に「判決」というテレビドラマがあり、毎週、白黒テレビにかじりついていました。 その番組のスポンサーがニッカウヰスキーで、竹鶴さんの名前は頭に沁み込んでいます。 -
【 松阪邸 】
江戸時代末期に建てられた商家の建物だそうで、竹原市の重要文化財になっています。
なんといっても唐破風が圧巻で、使っている瓦もぶ厚いように見えました。 -
【 松坂邸 】
内部見学は有料です。 窓口に5~6か条の条件を書いた紙があり、このうちのどれかに該当すれば無料ですが、と言われました。
見ると、その一つに「後期高齢者医療被保険者証をお持ちの方」ということがありました。
「あ、あります、あります」
と言ったものの、文化財保護のために徴収している見学料を払わないというのはどうかと思います。
「後期高齢者になったばかりで気が引けますから、払います」と申し出たところ、「結構です」「いや払います」の押し問答になってしまいました。
結局タダになりましたが、申し訳ないことで。 -
【 土間 】
土間がありました。
私が育った家にも狭いながら土間があり、そこでベーゴマなどやりました。
おっと、いけない、いけない! 昔を懐かしむのが年寄りの常とはいえ、4トラの皆さんに関係のない昔話に字数を割くのは、はた迷惑でした。 -
【 箪笥 】
ああ、こういう箪笥、ウチにもあったなあ! 地震のときに取っ手がカタカタ鳴ったっけ。
おっと、またまた回顧談! ゴメンナサイ、ゴメンナサイ。 -
【 瀟洒な庭 】
さして広くはありませんが、手入れの届いた気持ちの良い庭です。
私はどちらかというと、後楽園のような大きな庭園よりこういう庭の方が好きです。 -
【 厠 】
ん? ひょっとして厠?
覗いてみましょう。 -
【 便所 】
うわー、これこれ!
昔の便所はこうでした。 もちろん「ボットン便所」で、こういう場所に「トイレ」という言葉は合いませんね。
右前の台にはちり紙が置かれていたんですね。 「ちり紙」って、分かります?
私の一番古い記憶では、ちり紙ではなく新聞紙を切ったものが重ねられていました。 使うときはそれを揉んで、柔らかくするのです。 わっかんねえだろうなあ・・・。
いけねえ、いけねえ、また昔話! 次に行きましょう。 -
【 駕籠 】
天井から駕籠がぶら下がっていました。
商家に駕籠?
旦那様がお出かけのときは駕籠に乗って行ったのでしょうか? ということは、“マイ駕籠” ということですね。 恐れ入りました。 -
( 胡堂(えびすどう) 】
本町通りの突き当りに建つ胡堂です。
大林宣彦監督の映画「時をかける少女」でお馴染みのスポット、と紹介されていましたが、私はその映画を観ていないので、ちっとも〝お馴染み”ではありません。 -
【 照蓮寺 】
胡堂のある辻を直角に曲がると照蓮寺があります。
親鸞聖人の像があるところから浄土真宗のお寺だということは分かりますが、それ以外のことは何も知らずに山門をくぐりました。
正面に重厚な本堂が建ち、静寂が辺りを包む立派なお寺です。 -
【 本堂 】
靴を脱ぎ、本堂に上がります。
板敷の感触が心地よく、靴下を脱いで素足で歩きました。
そのあと階に腰かけて、しばらくぼーっとしていました。
ぼーっとしていたら、急に、何の脈絡もなく昨日の沼のことが思い出されたりして、折角の古刹で雑念に追い回される自分に呆れました。 -
【 竹鶴政孝さんとリタさんの像 】
照蓮寺から戻る途中に憧憬の広場という所があり、そこに竹鶴政孝さんと奥さんの像がありました。
竹鶴さんがウイスキー作りを学ぶためにイギリスに留学したこと、そこでイギリス人女性と結婚したことは聞いていましたが、その女性の名前も知りませんでした。
今回、そのリタさんが64歳で亡くなったということを知り、思わず像に見入ってしまいました。
私の妻が64歳で死んだこととは何の関係もないのですが。 -
【 マンホール蓋 】
町並み保存地区散策の途中で、マンホールの蓋に目が止まりました。
「日本マンホール蓋学会」なるオーソリティのサイトにもちゃんと載っています。
竹原だから竹、竹だからかぐや姫ということでしょう。 「あめ」というのは雨水マンホールだからで、汚水マンホールの蓋にはその文字がないそうです。
いろんな趣味の人がいるものですね。 もしかしたら、トイレットペーパーの包装紙なんか集めている人もいるかも知れません。
えっ、いる? やっぱりねえ。 -
【 てつのくじら館 】
竹原を出たあと、呉に向かいました。 以前、大和ミュージアムを見学したときに、膨大な史料をとても1回では見きれないと痛感したからです。
駐車場がガラ空きだったのは意外でした。
道路を隔てて海上自衛隊呉史料館、通称てつのくじら館が見えます。 そこは前回の訪問時に一通りは見られたので、今回はパスです。海上自衛隊呉史料館(てつのくじら館) 美術館・博物館
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【 戦艦陸奥主舵・スクリュー 】
駐車場からミュージアム入口まではレンガパークという屋外展示場になっており、そこに戦艦陸奥の砲身、主舵やスクリュー、錨などが展示されています。
陸奥が当時世界最高の戦艦と言われ、連合艦隊の旗艦を務めていたものの、謎の爆発によって沈没したことはご存知の通りです。
ここにあるものは、その現場から引き揚げられた本物だそうです。 写真右の巨大なマンボウのような板が主舵です。呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム) 美術館・博物館
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【 戦艦陸奥主砲身・錨 】
奥に見えるのは陸奥の主砲身です。 41センチ砲といいますから、かなりの体格の人でもすっぽり入ってしまう太さですが、その長さがまた19メートル弱ということで、立てると6階建てマンションの屋上くらいになるそうです。
手前にあるのが錨で、その重さは分かりません。 -
【 大和ミュージアム 】
さあ、それでは中に入りましょう。
まずは戦艦大和の模型から見ましょうか。 10分の1の模型とはいえ、本物は全長263mですから、前回その迫力に息を呑んだことを思い出します。
・・・、やっぱり空いてるなあ。
なんと! 休館でした。 火曜日が休館とは・・・。
茫然としていると、年配の男性が声をかけてきました。
「休み?」
「ですねえ」
「どっから?
「千葉」
「俺は神奈川」
「・・・」
「・・・」
それで会話は終わりです。 -
【 長迫(ながさこ)公園 】
大和ミュージアムには模型だけ見に行ったわけではなく、鎮魂の気持ちもありましたから、休館だからといってほかを観光するという気分ではありません。
せめて戦没された方々に礼を尽くそうと、長迫公園に向かいました。
もとは呉海軍墓地だったものを、呉市が整備して公園化した所です。旧海軍墓地 長迫公園 公園・植物園
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【 重巡最上戦没者慰霊碑 】
重巡洋艦最上で戦死した乗組員の慰霊碑です。
中学のときに、なんで戦艦に川の名がついているのかと先生に訊いたことを覚えていますが、肝心の答えは覚えておらず、今も分かりません。
うろ覚えですが、最上は多方面で活躍したものの、大破小破を繰り返し、最後は戦闘能力を失って自沈したのではなかったでしょうか? -
【 特務艦間宮戦没者慰霊碑 】
私は特務艦間宮というものをまったく知りませんでしたが、説明を読んで初めて各戦艦に食糧を運ぶ任務を持っていたのだと知りました。 NHKの番組でも「海軍のアイドル的存在」だったと紹介されたそうですが、残念ながら観ていません。
18.000人の3週間分の食糧を貯蔵できたほか、生きた牛馬を現地調達して艦内で屠殺製肉したというから驚きです。
そんな、ちょっとほっこりするような艦ではありましたが、終戦の前年12月、アメリカの潜水艦による魚雷攻撃を受けて沈没したということです。
戦争とは、そういうものなのでしょうか。 -
【 戦艦大和戦死者之碑 】
戦艦大和。建造中、既に戦いは航空機を主力とする流れが始まっており、巨艦無用論が声高に叫ばれていたそうですね。 案の定、就航した大和はあまりの大きさに却って活躍の場がなく、わずかな戦歴でもさしたる戦果をあげられませんでした。
その大和が最後に負った任務が海上特攻。 沖縄沿岸で敢えて座礁させ、艦そのものを敵艦上陸の障害物とする一方、砲台として米軍を攻撃するというものです。
しかし大和以下第二艦隊は坊ノ岬沖で米軍航空機の猛攻を受け、沖縄に到達することなく壊滅、大和は爆沈しました。
その戦死者の名が刻まれていますが、実数は2500名を超えるというだけで正確には判っていません。 お名前も知られずに亡くなった方々のことを思うと胸が痛みます。 -
【 潜水艦戦没者之碑 】
これは呉鎮守府所属の潜水艦の乗組員を合祀した慰霊碑のようです。
はじめは気付きませんでしたが、よく見ると潜水艦の形をしているのですね。
そのほか沢山の慰霊碑や墓碑が並び、どれも素通りできないので、ここではかなりの時間を費やしてしまい、その後に予定していた宮島観光は翌日に延ばすことになりました。 -
【 佐方サービスエリア 】
宮島行きを翌日に回したので、この日は国道2号線の西広島バイパスにある佐方サービスエリアで寝ることにしました。
売店、食堂とも7時~20時まで開いており、宿泊には都合が良いのですが、トイレはすべて和式。 多目的トイレだけが洋式ですが、それもウォッシュレットではありません。
さらに写真のように車道と駐車場がわずかな植栽で仕切られているだけなので、一晩中トラックの音が響き、とてもぐっすりは眠れません。
幸いクーラーボックスの中には発泡酒がほどよく冷えていましたので、睡眠薬の代わりにはなりました。 何本飲んだかって? ・・・なにせ後期高齢者で記憶が曖昧なもので。
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この旅行記へのコメント (6)
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- pedaruさん 2023/12/02 12:55:50
- 鞆の浦と竹原
- ねんきん老人さん こんにちは
今度、というか、明日竹原と鞆の浦というところに行きます。
何かの聞きかじりで、古い街並みが見られるという事をしって、娘に連れて行ってもらうことになりました。一人旅どころか連れて行ってもらうと言うのは、屈辱ですが、とっくに後期高齢者になってしまって、新しく用語ができれば晩期高齢者といわれる年齢です。75歳でも90歳でも後期高齢者というのは行政の配慮でしょうね。
四年ぶりに飛行機に乗って行くというので緊張します。4年の内にシステムが変わって、飛行機に乗り込むときは土足のままでいいか?とか飲み物は有料か?荷物は別料金だとかなっていないか心配です。無事着陸したときは5千円割り戻しされるとか?
飛行機はそんな心配無用の乗り物だと信じて居りますが。
恐ろしい沼にずるずると落ち込まなくてよかったですね。75歳前なら自分で引き上げることになるでしょうが、ねんきん老人さんでもやや力が不足だろうと思います。
わざわざ声をかけられてお茶をご馳走になり、建物の歴史などの説明をうけるなんて、ねんきんさんの品格ゆえの出来事でしょうね。私もそうありたいと思うのですが、どうしても欲が前面に出てしまうので、嫌われます。せめて死ぬまでにねんきんさんを見習って上品に生きたいと思います。
旅行記から離れてしまいましたが、何時ものことと諦めてください。
pedaru
- ねんきん老人さん からの返信 2023/12/03 10:01:48
- 飛行機には乗りたくありません。
- pedaru さん、おはようございます。 昨日は拙稿への書き込み、ありがとうございました。 今頃は鞆の浦か竹原をご散策中でしょうか?
お嬢様がご一緒だそうで、心強いとは思いますが、仰るとおり周囲から見て「連れてきてもらっている」ように見えるのは屈辱ですね。
私は末期高齢者ですが、親戚筋にそういう例があって、ああいう姿は人に晒したくないという気持が捨てられません。 実は誰も私など見ていないので、心配は無用なのですが。
飛行機はいやです。 いつの間にかチェックインが機械相手の作業になっていて、カウンターでチケットを出せばいいという時代ではなくなり、カウンター職員の代わりに自分であれこれ操作しなければならないというのが億劫です。 息子などは「操作なんていらないよ」と涼し気な顔をしているので、どうするのか聞くと、「電車に乗るのと同じだよ」という返事。
つまりポケットから携帯(世間ではスマホというようです)を出してセンサーの上にタッチするだけのようで、事実そういう光景は空港でよく見ます。 ですが、そうするためには空港に行く前にあれこれ携帯を操作するのですから、結局同じじゃないかと・・・。 まあ、つまるところは最近のデジタル社会のしくみについていけないということなのですが。
機内サービスなどはすっかり変わっているに違いありません。 まずおしぼり・・・、ホステス(いや、CAというのでしょうか?)の笑顔に身構えてしまいます。 スナック菓子・・・これこそ有料のお通しに違いありません。 さらに機内食などときたら、それこそお任せコースですから、いくら取られるのか見当もつかず、オチオチ喉も通りません。
息子や娘に連れられて乗るのはいや、チェックイン機の前でオロオロするのもいや、機内で隣席の若者にバカにされるのもいや。 もう飛行機でどこかに行こうという気にはなれません。
鞆の浦から竹原への途中で沼に沈みそうになった車。 今でも乗っています。 私が先か、車が先か。 どちらかがヘタッたときが私の旅の終わりになると思います。
どちらにしても、もうそう遠くない話ですが、それまでもうちょっとお付き合いいただければ嬉しい限りです。 どうぞよろしくお願いいたします。
ねんきん老人
-
- ちいちゃんさん 2022/04/09 11:36:41
- 最高の旅友!
- ねんきん老人さん、「終活セミナーへのお誘い」から始まる旅行記、笑わせていただいてありがとうございます。こういう方と一緒に旅をしたら楽しいだろうなと、つい妄想してしまいました。何を突っ込んでよいやら、あれこれ書き込むとお出入り禁止にされそうで、小心者としてはお手洗いだけのコメントにさせていただきます。
あのお手洗いしっかり覚えています。便所と言っていましたが、右の隅に紙が置いてあって、たしか落とし紙と母は呼んでいたような。ある日お友達の家でお手洗いを使わせていただいた時のこと、その紙が鼠色だったんです。幼心にも、家で使っている白い紙のほうが上等なんだとわかります。落とし紙にも生活って出るんだなと思い知り、それ以来私はトイレットペーパーを買う時は借金をしてでも少しだけ高級なものを使っています。
ところで終活セミナーには参加したのでしょうか。一番気になるところです。
ちいちゃん
- ねんきん老人さん からの返信 2022/04/09 14:19:16
- 鼠色のチリ紙!
- ちいちゃんさん、こんにちは。 とりとめもない旅行記にコメントを寄せていただき、ありがとうございました。
「落とし紙」。その通りです。 ただし、そう言うのは平均以上の上品な家庭であって、私の家などは文字通り「チリ紙」と言っていました。
「チリ紙」を使うようになったのは中学ぐらいからで、それでも新聞紙だったころから思えば、我が家も随分上流家庭になったなと、そのころは思っていたものです。
私の家は今でも一番安いトイレットペーパーを使っていて、たまに娘の家などに行くと、柔らかい紙が二枚重ねになったものを使っているので、逆に使いにくい思いをします。
娘が私の家に来ると、もうちょっといい紙を買ったら?などと言いますが、私は「ウオッシュレットのあとで水を拭きとるだけなんだから、これで十分」と言い張っています。
終活セミナーには参加しませんでした。 どうも葬儀場がスポンサーになっていて、「会員」にさせられるという噂でしたので。
今はもっぱら自己流で終活をしています。
「終活」という言葉を多用するようになって、よいこともあります。
訪問販売がうるさく来るのですが、「うちは終活中だから、皿一枚も増やさないようにしている」と言うと、簡単に諦めて帰ります。
不用品の買取り業者もよく来て、「いらない物は何でも買い取ります」と言われますが、「終活で全部処分した。 家にあるのは布団が1枚と入院用のパジャマが2枚だけだ」と言うと、話にならないと思ってか、すぐに帰ります。
終活は進んでも、捨てられないのは旅行の写真ですね。
昔はフィルムでしたので、写真は高いものだと思っていましたが、今はいくらとってもパソコンの中にたまるだけで、お金はかかりませんから、ついつい何でも撮ってしまい、たまりにたまって外付けハードディスクを買い足したりしています。
まあ、死んだあと子供たちが処分するでしょうが、破ったり燃したりする必要もなく、クリックするだけでゼロになりますので、これまた子供への負担にはなりませんね。
と書いていたら、また旅行に行きたくなってきました。
ウオッシュレットのある道の駅で車中泊でもしながら、安い旅行ができたら、またつまらぬ旅行記を投稿するかも知れません。 そのときはどうぞ、よろしくお願いいたします。
ねんきん老人
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- ねんきん老人さん 2019/01/22 20:48:29
- 拾う神は本当にいるのですね。
- yamayuri2001さん、書き込みありがとうございました。
誰もが馬鹿にする老人の昔話を肯定的に捉えてくださって、本当にありがとうございました。
また、「単なる説明文でしたら、Wikiで調べれば大概の事は解りますが」という一文にも、我が意を得たりという気になりました。
確かに私も多くの旅行記を読んでいて、「ああ、これはWikiの抜き書きだな」と思うことがよくあります。
ただ、私の場合は、そもそもが無知なので、なまじWikiの盗用などすれば、却って前後の文との脈絡がなくなってしまいますので、仕方なく浅薄な聞きかじりに頼って書いているというのが実情です。
というわけで、これからも薄っぺらな旅行記を書くことが多いと思いますが、どうぞ懲りずにお付き合いくださるよう、恥じながらお願いをいたします。
重ねて、ありがとうございました。
ねんきん老人
-
- yamayuri2001さん 2019/01/22 16:07:05
- ねんきん老人さん、お久しぶりです。
- 広島は、まだ暑い時期に行かれたのですね。
私も秋の広島を訪問しましたが、
まだまだ、見きれずに、一部だけを観光して
帰ってきました。
ねんきん老人さんの昔話のくだり、
とっても好きです。
昔 自分の家にあった土間、
箪笥・・・
どんどん、お聞かせください。
単なる説明文でしたら、Wikiで調べれば
大概の事は解りますが、
その方のお人柄が解るからこそ、
旅行記は拝見していて面白いのだと思います。
どんどん、載せてください!
最近、少しだけ元気を取り戻されたご様子で
ホッとしています。
また、おじゃまします。
yamayuri2001
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