コタ(Kota)1号さんへのコメント一覧(48ページ)全1,332件
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珍しいコーラ!
コタ(kota)1号さん
こんにちは。
いつも自分の旅行記に足を運んでくださり、ありがとうございます。
今回の旅行記に出てきたコーラですが、間違いなく日本にはありません!
基本的にはプレーンのコーラ、レモンフレーバーのコーラが今の日本で販売されています。
あと、旅行先のヨーロッパでも売ってないかなと思います。もしあったら人気のお土産としてプッシュされてそうですが、今のところその情報は入っていないので。
一度コーヒー入りのコーラを飲んでみたいのですが、カフェインの量がとても多そうなので飲んだらその日は眠れそうになさそうですね(笑)
コタ(kota)1号さんの旅行記を通じて情報の少ない南米方面を知っていきたいので、これからも訪問させてもらいたいなと思っていますので、よろしくお願いいたします。
gila11
RE: 珍しいコーラ!
gila11
やっぱ、そーですよねぇ...コーヒー、エスプレッソ入りのコカコーラ....聞いた事ないですね...
味は、コークでしたが、コーヒーの香りがほのかにするんです...
でも、まあ、日本人でしたら、コーヒー飲みたきゃ、コーヒー飲みますもんね。
コーヒー好きだけど、コークはやめられねえ、という方は、恐らくアメリカ人だけですね...苦笑
日本では売れそうにないプロダクトですね〜笑
コタ@2019年09月08日19時26分 返信する -
旅行記に投票有難うございます。
コタ(Kota)1号 様
この度は旅行記に投票いただき有難うございます。
8月は戸田市の保養所白田の湯と殆ど毎年行っている野沢温泉の
とうふやさんに行きました。
お盆の時期に行くことでとうふやさんのご一家の皆さんに
お会いできるのが楽しみです。
地蔵峠で軽いハイキングをしてから野沢温泉に行きました、翌日は
朝 奥さんがビールを飲んだので車を置いて飯山から新幹線で
寿司を食べに富山まで行ってきました、富山での滞在時間2時間弱!
駅ビルの中の回転寿司は長蛇の列 仕方なく駅から5分ほどの とやま鮨という
店に行きましたがここも待ち時間30分ほどでした。
とてもおいしいと思いましたが、のど黒が1貫 980円は無いんじゃない?という高さでしたが観光客も来るので高くても文句も言わないのでしょう、適当に食べて店を出て今度は新幹線の指定席で飯山駅まで帰ってきました。
また野沢温泉の秋葉の湯を楽しんできましたが、2日間とも他客はいませんでした。
帰りは奥さんに飯山駅で下してもらい新幹線に乗りましたが、指定席の空席がグランクラス1席だけしか無く仕方なく16000円也を支払って人生初のグランクラスで帰ることにしました。
今後ともよろしくお願いいたします。
敏じぃ2019年08月26日10時13分返信するRE: 旅行記に投票有難うございます。
敏じぃ様
富山は魚(と日本酒+ホタルイカ)が本当に美味しいんです。私は北海道が田舎なのですが、富山の方がうまかった記憶があります。
昔は、駅前の小汚い寿司屋でも本当に安くて美味かった記憶があるのですが、やはり新幹線が開通し、観光客が増えてくると、いい意味でも悪い意味でも、昔の面影がなくなってしまうのかもしれませんね...
※
先日一時帰国の際に、京都で食べた「シャインマスカット」が一房、4650円で売られていたのには、仰け反りました...
コタ@2019年09月08日19時35分 返信する -
あー、面白い
オモシロ過ぎます。何もかもが。
なぜ、こんなに面白い事が起こり続けるのでしょうか(笑
エコノミー専門の私は最後尾席に作られるカーテン個室から出てくる
眠そうなクルーに出くわす度、微妙な気持ちになります。
コタさんのように どんな苦難も笑いに変えて過ごせば ストレス社会に身を置いていても
楽しく過ごせそうです。
人生の教訓をありがとうございます。
RE: あー、面白い
不覚にも、うまくいかない事、頭に来る様な事、恥かしくなるような出来事に直面する度に、この4トラベルに書き殴る事でガス抜きしています...
なので、コタの投稿がやたらに多い時は...実はいろいろな意味・方面で、私のガス(ストレス)がパンパンの時....とも言えるかもしれません...苦笑)
コタ@2019年08月16日04時53分 返信する -
牛久大仏
短い期間にお父様、お母様とお別れされたのですね。
様々な環境や状況の中、ゆっくりと気持ちに向き合うにはたくさんの時間が必要かもしれない、
いろんな思いが巡るお話でした。
先週、バンコクから戻り 成田からのバス。
乗車すると 「かなりの渋滞のため迂回します」とのこと。すぐに眠ってしまったのですが
ふと目を覚ますと 窓越しに見えたのは林からにょっきり突き出た大仏様でした。
(どんだけ迂回したのよ、、)
牛久大仏に初めてお目にかかり、更にこちらの記事を目にし、
ついコメントしたい衝動に駆られてしまいました。失礼いたしました。
空が広く開けて清々しい、いいところですね。
RE: 牛久大仏
「牛久大仏」...できた当初は、税金を払わないで、しこたま資金を溜め込んだ、怪しいアコギな新興宗教団体が、またどでかい変なもん、造りやがって...と斜めに構えていたのですが....
.....年月が経ち、いまや成田近辺では、アミプレミアムアウトレットとセットで外国人観光客の観光地のひとつになっている...と聞くに及び、何だか変な気持ちです...
まして、その足元に、父親が墓を造り、今や両親が二人とそこに入っているかと思うと...以前感じていた心の中の邪気が今ではすっかりと消えうせました...苦笑
元横綱:稀勢の里の育ちの場所(生まれたのは隣町の龍ヶ崎)でもありますし、このな〜んにもない田舎が栄える事は、いい事ではあります....
コタ@2019年08月16日04時40分 返信する -
ちょっとホッとしました。
はじめまして。
バンコク旅行中、いろいろ探していたところ こちらに辿り着きました。
気になる記事が大量にありましたので 旅行後、自宅に戻ってからゆっくりと読ませて頂きました。
(記事数が多すぎて読みきれてはいないのですが、、)
このハプニング? 本当に大変だったと思いますが、これだけ旅慣れして経験も豊富で語学も堪能な方でもこんな事になってしまうんだから、私がスムーズに事が運ばなくて当然なんだなぁ、、
って、なんだか妙に納得してホッとしてしまいました。
ありがとうございました。
RE: ちょっとホッとしました。
初めまして...
いやはや、あのルンピニーが移動しているなんて...夢にも思っていませんでした...
でも、あんな所に移してしまっては、もう観光客は誰も行かない、そう易々と行けないでしょうね...という場所でした(...渋滞も相変わらずでしたし)。
でも、このハプニングは、旅慣れとか、語学の問題ではなく、事前の調査不足(要は、勉強不足)なんだと思います...しゅん...
PS)
昔は、値段は高いけど安全・安心感のあったバンコクのタクシーが、劣化(運転手の質)しているのにも驚きました...
では、今後とも宜しくお願い致しますぅ〜
コタ@
2019年08月13日02時11分 返信する -
おお、懐かしい!
コタ1号さん
3月にサンチアゴに行かれたんですねぇ。
コンチャ・イ・トロのワイナリー見学、私も在住中に行きました。
が、社名が人の名前だとは知りませんでした。(もっと下世話な説明で納得しちゃいました。何が下世話かというと・・・掲示板では書けません!)
アルゼンチンのメンドーサとカラファテでもワイナリー見学に行きました。
南米のワイン、良いですよね。
最近は日本でも、いろいろ売られるようになりました。
続編楽しみにしています。
れいろん
RE: おお、懐かしい!
れいろん様
そ〜ですね、れいろんさんはチリにおられたのですね〜
懐かしいでしょう?..コンチャイ...下世話の話は置いておいて...笑
今や日本中にコンチャイトロを含め、チリワインが溢れかえっていますね〜
我々南米の間でも、アルゼンチンワインは種類が多く、美味しいけど、品質が安定せず。また美味しいものは、アルゼンチン人が自分たちで飲むので(ケチなので、自分のことしか考えないのでetcetc)、外に出さない(まあ、経済危機がその主因なのでしょうが)と言われれおり、やはりどこで飲んでも美味しいのは、チリワイン(赤も白も)と言われています〜
そんなチリで、まさにチリいちのワインメーカー:コンチャイでワインをたんと飲めて、私はもう夢ごごち、沈没したのでした...
...ああああ....
メッセージありがとうございました。
コタ@
2019年08月08日03時32分 返信する -
人生いろいろ
コタさん、こんにちは。
このたびは、ご愁傷さまでした。
確かに海外赴任だと親の死に目に会えないと既に覚悟はおありでしたでしょう。
私は同じ県内に住んでいますが、死に目に会えないかもしれないと思っています。
それにしても旅行中でしたか・・・・
でも89年も生きて、お母様はきっとお幸せでしたね。
まさかの、腹違いのお姉さま?
人それぞれいろんな人生がありますね。
コタさんも海外赴任で大変な事と思います。
でも、これからはいつもお母様がそばにいる事でしょう。
ご冥福をお祈りしております。
fuzzRE: 人生いろいろ
fuzz様
私の世代(戦中派)の父親、母親は、自分の(悲しい事が多すぎる)人生を振り返らない、語らない....人たちでした。
聞いても、ムニャムニャむにゃ....大切なことももごもごもご.....
自分の身の回りの終活、死を考える事が苦手な人が多かったのではないかと思います(もちろんそーでない人も多くいるでしょうが).....
なので、全くというわけではありませんが、ほとんど自分の人生を語る事なく、両親は逝ってしまいました...
人生、人それぞれ...ご本人たちが満足しているなら、まあそれでいいのではないか...と...
大往生だったと思います。
死に目に会えない、自分に姉がいた等...こだわり深い昔のしきたりやら風習・伝統にこだわっていたら、年寄りや一族に叱られることはばかりですが...
まあ、今の時代、No problem/ティダ・アパアパ/没問題/マイミーパンハー/Nao tem problemas です!
去る者も、残される者も、一度しかない人生、私もそれほど長い人生だと思えませんので、肩肘張らずに、気楽にの〜んびり過ごして行こう〜とか.....母の死に直面し、改めて思ったのでありました〜
コタ@2019年08月02日09時37分 返信する -
大変でしたね。
旅行中に訃報とは大変な思いをしたのではないでしょうか?
お悔やみ申し上げます。
コタ1号さんが書かれているように、
ブラジルにいる時でなくアジアにいる時にお母様が日本に呼び寄せたって、きっとそうですよぉ~!!
私も母の時は間に合わなかったという悲しい思い出があります。
父の時は、できれば、なるべくと思いますが、こればっかりはわかりませんね~。
自分だってどうなるかわからないですもんね。
お体ご自愛ください。RE: 大変でしたね。
emi様
なんだか、年取って来ますと、偶然とか、胸騒ぎとか、虫の知らせ、胸騒ぎとかを感じることが多くなって来ました。
その時は感じなくても、後で振り返ると...あ、そういうことだったのか...みたいな...
でも私の両親は90近くまで生きられたので今更ながら 大往生だと思います。
今は「人生100年時代」とか政府やマスコミが喧伝していますが、そんなの絶対に絵空事だと私は思います。
我々の親の世代ほど、我々の世代の方が体力も気力も凌駕しているとは思えませんし..私の周りの少し上の世代も、だいたい70歳前、あるいは その前後に亡くなっています(ほとんどが病気で)。悲しいことですが...それが事実です。
ガンの死亡率も今だにままなりませんし、現代病による病気も増えていますし、私も今のままのリーマン生活を続けていたら、絶対早死にすると思います。不規則な生活と偏った栄養、運動不足に、毎日死ぬほどのストレス...
なので、さっさと、自分の体力と生活と幸せだけを追求できる道を探したいと、毎日ぼぉ〜っと窓の外を眺めながら、頭の中でグルグルぐるぐるいろんなことを考えています 笑)...そんな道はなかなか無いでしょうが....
いつまでも、元気でいましょうね〜皆様、なんとかして〜
コタ@
2019年08月02日08時32分 返信する -
お悔やみ申し上げます(泣)
コタさん、このたび(旅?)はお悔やみ申し上げます。
私は昔バンコクのプラトゥナム界隈に住んでいて、
あのカオマンガイ屋へもよく通っていました。高齢の親を持つ境遇も同じです。
今やカオマンガイを食べるだけでそんなに待ち時間があるとはビックリ~。
当時は回転が速く待つことなどなかったのですが。
運河の光景や歩道橋からの車の渋滞の様子、懐かしいです。
亡くなってから知った腹違いのお姉さまがいらしたとはさぞかし驚かれたかと。
こんなことあるんですね~。もし自分だったらと思うと私も腰抜かすだろうな~。
高齢の両親を持つ者としては、こんなお気軽に旅行していて良いのか分かりませんが、
いつ招集がかかって喪主になることも覚悟しておかなければっと
コタさんの旅行記で改めて気づいた次第です。
お母様のご冥福をお祈りします。
kayoRE: お悔やみ申し上げます(泣)
「....このたび(旅?)はお悔やみ申し上げます....」って....
Kayo様もダジャレが自然に湧き出てしまって困る...周りに冷ややかに見られるのにやめられない止まらないのですね.....
でも、プラトゥーナムに住まわれていたとは....。私がタイをウロウロしていた1989年前後、そごうと大丸で日本の本屋で時間を潰していた時代、この先にプラトゥーナムは(あの運河を境に)なんかちょっとゾクゾクして、私にとりましては怖い場所でした...一体、どういう経緯で、あんな場所にお住まいになっていたのか気になるところです...あの時代でしたら、沈没組は皆、まだカオサンでしたしね...
くだんのピンクのカオマンガイ屋は、今や大行列でございました。でも、カオマンガイって簡単にささっと食べるもので(チープフード)、決して行列して食べて食べるほどのものでない事、今回改めてわかりました..
この度は、メッセージどうもありがとうございました。
コタ@
2019年08月02日08時49分 返信する -
お母様、ご愁傷さまでした。
お母様、ご愁傷さまでした。
急遽の帰国も、お母様の最後には間に合わなかったとは・・
アジアの国と言っても、それなりに遠いですもんね。
しかし、仕方ないけどタイエア便に搭乗するまでにはカオマンガイ食べに行ったり、
マッサージしたりと、なんだかずいぶんと間の抜けた時間でしたね^^;
お母様のお年は、私の昭和5年生まれの私の母親とほぼ一緒ですね。
私の方はしっかりして見えても、認知が入って訳が分かりません。
なんだか、私とコタさんとは境遇が似てますね・・
一緒なのが、お宅が同じ横浜ってだけではないみたいです。
私の母も、一旗揚げようと満州に渡った祖父に連れられて満州で過ごしてます。
命からがら帰国したことも話には聞いてます。
ただ、満州でかなり成功した祖父は一家で修善寺の温泉近くに長逗留。
母親は大仁の女学校に通ってました。
その後、食事情のいい仙台に移り住んで。
どこで浜っ子のオヤジと知り合ったのか・・
私たち兄弟は横浜で生まれ育ってます。
あら!つまんない話になってしまいました。
遠いブラジルの地でお元気に過ごしてくださいませ!
masamim
RE: お母様、ご愁傷さまでした。
masamim様
メッセージありがとうございます。
満州やブラジルって、当時、住み辛い、息苦しい日本を抜けて、一旗あげる/人生逆転するための希望の地と思われた時代があったんですね。
私は、大連にも駐在していたので、そこでNHKの「大地の子」を観て、泣けました...こんな寒い土地で、昔の日本人はすごい...でも本当に辛かっただろうなぁぁ...と。
その後、ブラジルにも縁があって赴任していて、この地でもNHKの「はるとなつ」を観て、また泣けてしました...
なんだか、昔、日本人が流れ着いた場所を、現在の時代に、私もまるで辿るように、流れ着いています...
masamim様の同い年近くお母様は、まだ意識がしっかりされているのですね。いつまでもお元気がやっぱりいいですね。
私は寝たきりになった母親の姿を見ながら、自分の健康年齢・健康寿命(頭も体も)をいかに伸ばすか...そればっかり考えるようになりました。動けなくなったら周りも自分も本当に不本意な人生になってしまいます..もちろん自分でコントロールできるぐらいなら誰も苦労しませんが...
少なくとも、(次世代の)我々は、旅でもしながら、外国人と接する事で、自分に刺激を与え続け、いつまでも元気でいたいですね。
コタ@2019年08月02日07時52分 返信する



