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ごーふぁーさんのクチコミ(44ページ)全906件

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  • バウハウスと親密だった企業ユンカース、訪ねてみると宮崎駿監督の映画『風立ちぬ』デッサウの工場のイメージが重なる建物だった

    投稿日 2020年04月05日

    フーゴーユンカース技術博物館 デッサウ

    総合評価:5.0

    バウハウスと親密だった企業ユンカースについて知ることができるフーゴー・ユンカース技術博物館 (Technikmuseum Hugo Junkers)がある。
    宮崎駿監督の映画『風立ちぬ』では何度かデッサウの話題やシーンが登場するが、訪れてみると、この博物館の工場のイメージが作品に多少なりとも影響しているような気がする。映画の中で、ほのめかされていたようにユンカースはナチス政権に対立していた為、不遇の最期となるが、圧倒的なアイデアと技術的手腕で後世に名を残した人がユンカースである。

    そして、ユンカースが興したユンカース社は飛行機やそのエンジンで有名だが、元は温水器の会社でボイラーやラジエータを造っていた。その為、暖房装置や湯沸かし器でバウハウスとの縁が深く、デッサウの校舎など含めてユンカースのこれら装置が導入され、その技術が生かされている。また、ユンカースはバウハウス同様に住宅も手がけており、実験的ながらバウハウス同様にプレハブ住宅の製造を試みていたようだ。これはスチールパネルハウス(1933年)と呼ばれ、スチールの壁の間にはグラスウールが仕込まれているなど先進的であった。これらもバウハウスによるテルテンのスチールハウスや今朝ほど眺めたハウス・アム・ホルンに通底するものがある。

    また、建物と生活のブースとして飾られていたキッチン関係の展示もある。素材として金属が家具などでも使われるようになり、あわせてバウハウスデザインの美しさを称えていた。

    そしてジェットエンジンまで造ったユンカースだが、ユンカースの航空機と言えばこちら、Ju 52(ユー 52)である。第二次大戦開戦までの1930年代にかけてルフトハンザ社の主力旅客機であり、戦中も輸送機などで大活躍した。就航当時のJu 52 は先進的な機体であり、 銀色に輝き波打つジュラルミンを鋼管骨格に貼り、軽量かつ強固な機体として画期的であった。
    しかし、大戦途中では、その設計の古さが露呈してしまう。この波打つジュラルミンの機体では空気抵抗が大きく、ほぼ時を同じくして登場するモノコック構造(丸みを帯びた外板でフレームを包む)の流線型の機体に主流は移ってしまう。

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    旅行時期
    2014年06月
    利用した際の同行者
    一人旅
    観光の所要時間
    1-2時間
    アクセス:
    3.0
    コストパフォーマンス:
    4.0
    人混みの少なさ:
    4.0
    展示内容:
    4.5

  • 宿泊可能なバウハウス施設 建物はオリジナルのまま、調度品もバウハウスの工房でつくられたもの

    投稿日 2020年04月05日

    Haus des Volkes - Das Bauhaushotel その他の都市

    総合評価:5.0

    今回の旅のメインテーマは後世のモダン・デザインに大きな影響を与えたバウハウスの史跡巡り。ネットで発見した 現在も泊まれるバウハウス建築のホテル 『ハウス・デス・フォルケス(Haus des Volkes)』に宿泊した。

    宿泊可能なバウハウス施設と言うとデッサウの校舎が有名だが、あちらは再建されたに近い建物。一方、こちらはその用途を様々に転用されながらも建物はオリジナルのまま残されていて、調度品もバウハウスの工房でつくられたものだ。

    ● ハウス・デス・フォルケス(Haus des Volkes)とは
    ● ハウス・デス・フォルケスの為に、若きバウハウスの建築家がグロピウスより派遣される
    ● 宿泊可能なバウハウス施設 ハウス・デス・フォルケス
    ● ハウス・デス・フォルケスとと縁が深い若者にもてなされる
    ● ハウス・デス・フォルケスの生い立ち


    ● ハウス・デス・フォルケス(Haus des Volkes)とは
    ハウス・デス・フォルケスとは「国民の家」を意味する。テューリンゲン地方の実業家フランツ・イッティン(Franz Itting)が従業員のレクリエーション施設として1927年にプロプストツェラ(Probstzella)の地に建てた。彼はこの地方の名士であり、電力会社を設立し地域の100以上の町に電力を供給して財を成した人物。そして、 ハウス・デス・フォルケス には、彼が得た収益を従業員や地元地域に還元する目的があった。
    イッティンの考える福利厚生施策は先進的だった。彼の電力会社の従業員は当時にして週40時間労働、その就労後の楽しみの為に福利厚生施設まで用意した。福利厚生施設と言っても、その規模が凄い。映画館、劇場、ダンスホール、ボーリング場、クラブルーム、図書室、スパ、サウナを備え、コンサートまで主催した。

    フランツ・イッティンは産業家でありながら社会主義者だったようで、彼の会社は賃金も高く、不景気の時には多少の利益を犠牲にしても雇用を守り、創出までした。しかし、その思想性故にナチス政権時代はブーヘンヴァルト強制収容所に投獄されてしまう。
    戦後、このテューリンゲン地方は東ドイツ側に属し、ソ連の支配下にあったから、またしてもイッティンの苦難は続く。今度はソ連から資本家と見なされて、再び投獄されてしまうのだ。幸運にも、投獄の後の裁判で無罪を勝ち取り、釈放された。そして、すかさず彼は西側に亡命した。案の定、勝ち取った無罪判決は翻されてしまい、その後、東ドイツに戻ることは叶わなかった。
    良心の実業家フランツ・イッティンが2度にわたって国家による翻弄された苦難の人生はローマン・グラフ(Roman Grafe)というドイツ人ジャーナリストによって書籍、映画となって後世に伝えられている。




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    旅行時期
    2014年06月
    利用目的
    観光
    利用した際の同行者
    一人旅
    コストパフォーマンス:
    4.5
    サービス:
    5.0
    バスルーム:
    3.0
    ロケーション:
    3.0
    客室:
    4.0

  • ひょんなことからフランス田舎農園で自家製マスタードやラタトゥイユをたんまりいただく

    投稿日 2020年04月05日

    ヴェクサンフランセ自然公園 ポワシー

    総合評価:5.0

    ゴッホが晩年を過ごしたオーヴェル・シュル・オワーズ(d’Auvers-sur-Oise)はヴェクサン自然公園(Parc naturel régional du Vexin français)という美しいフランスの田園風景が拡がる国立公園内に位置している。せっかくのバイクツーリングなので、夕暮れまで、この自然公園の村々をあてもなく走ってみたところ、素敵かつフランスの田舎を味わう美味しい出会いが待っていた。
    ● 美しいヴェクサン自然公園をバイクで流す
    ● 旅を豊かにする農園での出会い
    ● 美味しいフランスの田舎を味わう
    ● 素敵な田舎のパン屋さん

    ● 美しいヴェクサン自然公園をバイクで流す
    GPSにヴェクサン公園内の中央に位置する古い村をインプット。自分の所持するへっぽこな古いGPSは気まぐれで、なにかと高速道路を薦めたかと思うと、とんでもないダート道をいきなり推奨してきたりする。その為、最終目的地を決めたら、あとは気のままで走り、地図上で大きく道をそれたら、軌道修正する走り方でいく。つまり気分次第。

    そして、フランスの田園風景の美しいこと、この上ない。遠景から近づいていく村々のシルエットがリアルに目の前に現れる楽しさ。教会の尖塔や大きなサイロを遠景から臨むことができ、村内に入るとその教会がとても古くて立派だったり、サイロの足下には馬がいたりと、数キロずつ点在する村を巡るツーリングは事前知識がなくともとても楽しいのである。ここフランスにも、英国のコッツウォルズに負けていない、美しい村があちこちにあった。


    ● 旅を豊かにする農園での出会い
    そして、グザングレ(Gouzangrez)という村で素敵な出会いがあった。
    例によって古い教会を眺めつつ村に入ると小さな村にしては、非常に目立つ高い煙突がある敷地があった。名所のような説明書きがあり、ちょっと門から覗き煙突を写真に納めていたところ、煙突の向かいの農場の母屋のような家からご婦人が現れたので、すかさず挨拶をした。
    ご婦人のお話は、ほとんどフランス語なのでお話されている意味はわからないが、この煙突のある建物でパスティスを造っていたらしい。パスティスとはニガヨモギのリキュールで独特の香りがする例のお酒である。リカール(Ricard)やペルノー(Pernod)と記されたボトルでよく見かける。


    ● 美味しいフランスの田舎を味わう
    石造りの離れに入ると、なんと素朴ながら素敵なお店がそこに拡がっていた。石壁にすべて手作りと思われる木製の棚。そして、これまた手づくりと思われるラッピングの品々。早速、丁寧に一品一品説明してくれる。

    この時、英語が話せなくて申し訳ないと言われたのだが、フランス人に、こんなことを言われたのは初めてのことで、これには本当に驚いた。そして、しきりに(英語ができる)娘がここにいたら、もっとコミュニケーションがとれるのに、と残念がっていらっしゃる。

    ただ、私はフランス語で一瓶ずつ、あれやこれや細かく説明してくださる彼女のフランス語が声音が美しく、たまに知っている単語がでてくると、それはそれでお互い嬉しくなるものだから、これはこれで楽しいひとときであった。

    そのご説明いただいた商品であるが、もう多種多様で面白いのだ。マスタードだけで数種類あり、お手製のジュースや野菜の瓶詰め、近郊の地ビールやジャムまで陳列してある。看板もでていない敷地の奥まったこのお店、誰が来るのかと心配になってしまう(笑)。そうこうするうちに別のお客が来られ、この方は少し英語で話ができ、ちょっと意思疎通ができる。

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    旅行時期
    2016年03月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦
    観光の所要時間
    1日
    アクセス:
    3.5
    コストパフォーマンス:
    5.0
    景観:
    5.0
    人混みの少なさ:
    4.5

  • オランダでの スピード違反などの交通違反、罰金の対処法

    投稿日 2020年03月20日

    その他の観光地

    総合評価:5.0

    このところオートバイだけでなく、レンタカーを利用して海外を巡ることが多くなった。地方の細かな村々をまわったり、風光明媚な山道を旅程に組み込むには足があったほうが便利だし、オートバイと違って旅程を天候に左右されないのがよい。
    また、レンタカーにせよオートバイにせよ、宿泊地の目の前で荷物を降ろすことができ、荷物を抱えてうろつかなくて済むのも助かる。
    ところがひとつ大きな問題がある。それは交通違反。旅の魅力を減じてしまう交通事故は論外だが、軽微な交通違反は海外でも日常的に犯す可能性がある。
    アメリカ、イギリス、フランス、ニュージーランドでは全く無縁だったのに、このところのヨーロッパ(オランダ、チェコ)では立て続けに違反金を取られてしまった。しかも、日本では捕まらない程度の軽微な速度違反で反則金、罰金が科せられている。違反が軽微の場合は前科や出頭、点数制度などはないようだが無視するのは問題がある。
    今回は、このような軽微な違反でも、如何にその対処が面倒であるか、その対策を含めてまとめてみた。

    ● オランダより不幸の手紙きたる
    ● 交通違反取り締まり大国オランダ
    ● 違反金徴収のしくみも渋いオランダ
    ● そして違反金の支払がこれまた面倒
    ● 翌年はチェコから不幸のメール
    ● 突然の制限速度変更
    ● 優れたアプリでスピード違反対策

    詳細はコチラから↓
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    旅行時期
    2020年03月

  • ナチスドイツによるユダヤ人弾圧の偽装工作

    投稿日 2020年03月13日

    テレジーン強制収容所 その他の都市

    総合評価:5.0

    ● ナチスに蹂躙された第二次大戦中のテレジーン
    テレジーンの大要塞には1941年から終戦までの間に14万人のユダヤ人が連れてこられ、先住していたチェコ人は追い出された。そして、ここからアウシュビッツなど処刑の地へ運ばれた。しかし、中継収容所としての設置されながらも、ここでも3万3000人以上の方が亡くなっている。小要塞のほうでは、ゲシュタポ(ナチスの秘密警察)が刑務所として使用し32,000人が投獄され、後に強制収容所へ移送された。また、小要塞でも250人が処刑され、2,500人が拷問と劣悪な環境故に亡くなっている。

    ナチスドイツによるテレジーンの目的は以下の3つと言われている。
    1.ポーランドなどの絶滅収容所に送られる前の通過収容所、強制収容所
    2.囚人の大量殺戮
    3.ユダヤ人の隔離の偽装工作

    テレジーンが他の収容所と異なったのは、通過収容所であったこと、ユダヤ人弾圧を国外へ向けて隠蔽する為の偽装がおこなわれたこと、があげられる。その偽装目的の為に、多くの芸術家や文化人が収容されており、収容されていた15,000人近い子供たちも利用された。

    ● ナチスドイツによるユダヤ人弾圧の偽装工作
    テレジーンで撮影されたナチスのプロパガンダ映画がある。これを偽装工作の映像と知ってから見ると薄ら寒くなる。収容されたユダヤの人々がご機嫌かつ晴れ晴れとした創作活動や労働する姿、ゲットー内での各種自治活動が撮影されており、事実と全く異なる様に気分が悪くなる。
    ここに登場するユダヤ人収容者は「俳優」として選ばれた人で、ナチスの人種主観によって金髪ではない「典型的な」ユダヤ人を選び、食事も十分に摂り、日焼けした人(強制労働の為の日焼け)が選ばれたと言う。

    また、プロパガンダ映画とは別に赤十字によるテレジーンの視察も行なわれたが、ここでも機能していない表向きだけの商店街や庭園などがつくられて活用された。更に酷いことにゲットーの過密さを見栄え良くするために、 視察前にアウシュヴィッツ強制収容所へ収容者の移送もおこなわれた。映画や視察に協力させられたユダヤ人達も偽装工作が済むと、すぐにアウシュヴィッツに送られたと言う。

    詳細はコチラから↓
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    旅行時期
    2019年11月
    利用した際の同行者
    一人旅
    観光の所要時間
    半日
    アクセス:
    3.5
    コストパフォーマンス:
    5.0
    人混みの少なさ:
    3.5
    展示内容:
    5.0

  • 多数のユダヤ人の子供が犠牲になった町と関連書籍2冊

    投稿日 2020年03月13日

    テレジーン プラハ

    総合評価:5.0

    テレジーンの町はリトムニェジツェから車で10分ほどだった。ここは見事な城塞都市が2つ残っており、ひとつは大要塞、もう1つは小要塞と呼ばれ、オフジェ川(ドイツ語名エーガー川)をはさんで1kmあまりの距離にある。
    ともに1780年にオーストリアのヨーゼフ2世が対プロシア防備の為につくらせた。その後、第一次大戦時には捕虜収容所として、戦後は軍隊の駐屯地として使われていた。そして、第二次大戦時はナチスドイツによって大要塞は街全体がユダヤ人ゲットーとして、小要塞は監獄や収容所として使うことになり、現在は大要塞、小要塞ともに内部に史跡や博物館が多くある。

    テレジーンの町である大要塞内は大きな割に閑散としており、チェコの発展から取り残されたようだ。廃墟の建物もたくさんあり、人もまばら、道路も未舗装のところがあり、かなりすさんだ印象を持つ。ホテルも少ないし、ここでの宿泊を避けて正解で、なんとも言えない風情である。

    ----------------------------------
    テレジーン(ドイツ語名 テレージエンシュタット)は名前の通りマリア・テレジアの名にちなんで命名され、ハプスブルク家が構築した要塞都市。かつては立派な街だったようだが、今は史跡関連施設以外は寂れていて宿泊施設もこころもとない。そこで、宿泊は隣接するリトムニェジツェにして、そこから通うことにした。
    テレジーンは第二次大戦時にナチスドイツによってユダヤ人ゲットーや収容所として使われ、多くの方がこの地で亡くなった。その中には多数のユダヤ人の子供がおり、これに関する施設や2冊の本の紹介にも重点をおいた。テレジーンについて詳しい日本語サイトや書籍は少ないので、丁寧にまとめてみた。

    ● テレジーンへ
    ● ナチスに蹂躙された第二次大戦中のテレジーン
    ● ナチスドイツによるユダヤ人弾圧の偽装工作
    ● テレジンの子供たち / 『テレジンの子どもたちから―ナチスに隠れて出された雑誌「VEDEM」』
    ● VEDEM と プラハ日記 アウシュヴィッツに消えたペトル少年の記録
    ● テレジーンに収容されていた指揮者カレル・アンチェル
    ● テレジーン大要塞の各施設
    ・マクデブルク兵舎(Památník Terezín – Magdeburská kasárna)
    ・遺骨安置所(Kolumbárium)
    ・火葬場(Krematorium)
    ・ゲットー博物館(Terezín Memorial – Ghetto Museum)
    ● テレジーン小要塞(Památník Terezín – Malá pevnost)
    ● テレジーンでの食事 レストラン Atypik

    詳細はコチラから↓
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    旅行時期
    2019年11月
    利用した際の同行者
    一人旅
    観光の所要時間
    1日
    アクセス:
    3.0
    コストパフォーマンス:
    5.0
    人混みの少なさ:
    4.0
    展示内容:
    5.0

  • 興味深かったのは戦前のチェコスロバキアではアートジャンルとして確立されていた政治漫画の展示

    投稿日 2020年03月13日

    テレジーン小要塞 プラハ

    総合評価:5.0

    ナチスドイツに支配されている時の小要塞は、収容所としても秘密警察の刑務所としても使われていた。多くの抵抗グループのメンバーがここに収容されており、死者も多数。小要塞では小規模な博物館と収容所跡を見て歩くような形になる。埃っぽく、11月にして酷く寒い、当時はいかほどの状況だったのだろうか。

    設備が整ったように見える部屋もあるが、これも視察団向けの偽装工作だったりする。例えば、赤十字社の視察に向けて整備された見せかけの洗面所があり、実際に使用されることはなかったと言う。

    興味深かったのは戦前のチェコスロバキアではアートジャンルとして確立されていた政治漫画の展示。ヒトラーのカリカチュアや、ナチスとナチスにかぶれた者を揶揄する内容であり、チェコは絵本の国だけあって、ひとひねりした漫画が多い。そして、こうした政治的漫画家も多くが強制収容所に収容されることとなった。


    詳細はコチラから↓
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    旅行時期
    2019年11月
    利用した際の同行者
    一人旅
    観光の所要時間
    半日
    アクセス:
    3.0
    コストパフォーマンス:
    4.5
    人混みの少なさ:
    4.0
    展示内容:
    5.0

  • 詳細なターミナル間の移動、乗り継ぎルート + ドイツ入国時の厳しいと言われる税関は怖くない

    投稿日 2020年03月04日

    デュッセルドルフ空港 (DUS) デュッセルドルフ

    総合評価:5.0

    フランクフルト空港の税関申告で申告がなかったと、ヴァイオリニストが楽器を押収された事件があった。
    それ以降ドイツの税関や入国時のトラブルに恐れをいだく旅行者が多いようだ。実際、ネット上にはドイツ入国時には、PCやスマホなどの高額品の持ち込みに対して税関での申告が必要であるとか、電子機器等の携行品のリストを用意する必要があるとか、の記事をみかける。
    ノートパソコンやカメラを購入した時の領収書を持参するのが良いとの記事もみかけた。
    しかし、これらの用意は現在一切不要であるし、ドイツ入国手続きの際には税関の窓口すら目に入らなかった。
    一方、別の投降『大空港の乗り継ぎ(トランジット)のミスとロストバゲージの恐怖 / アエロフロート モスクワ空港(シェレメーチエヴォ国際空港)乗り継ぎ 』で書いたように、トランジットの際には注意すべきこともあるので、デュッセルドルフ空港(Flughafen Düsseldorf, Düsseldorf Airport)の乗り継ぎについても、こちらに詳細写真付きでまとめてみた。

    詳細はコチラから↓
    http://jtaniguchi.com/%e3%83%87%e3%83%a5%e3%83%83%e3%82%bb%e3%83%ab%e3%83%89%e3%83%ab%e3%83%95-%e4%b9%97%e3%82%8a%e7%b6%99%e3%81%8e-%e3%83%89%e3%82%a4%e3%83%84-%e7%a8%8e%e9%96%a2/

    旅行時期
    2018年09月
    アクセス:
    4.5
    人混みの少なさ:
    3.5
    施設の充実度:
    4.5

  • ヴィクトリア朝時代の独特の風習も知ることができるのがホガースの版画が楽しめる

    投稿日 2020年03月04日

    ジョン ソーン博物館 ロンドン

    総合評価:4.0

    ここにはホガースの連作油彩画『放蕩一代記』が展示されている。版画の原案になったもので、放蕩者の末路が連作で綴られ、とても面白い。更にはこの美術館がユニーク。絵画だけでなくギリシャローマ建築や石彫、美術工芸品から骨董品が展示されているのだが、凄いのはその展示方法である。まるで集めたアートがディスカウントストア「驚安の殿堂 ドン・キホーテ」のように雑然かつ所狭しと壁を埋め尽くす展示方法なのだ。建築家だったソーンズさんが自ら建物をしつらえ、骨董や遺跡の石片が壁を埋め尽くし凝りに凝った採光による、おどろおどろしい空間は強く記憶に刻み込まれる。そして、写真撮影禁止なのが惜しまれるほど見応えがある美術館だ。

    詳細はコチラから↓
    http://jtaniguchi.com/bbc%e3%83%97%e3%83%ad%e3%83%a0%e3%82%b9%e6%9c%80%e7%b5%82%e5%a4%9c-%e8%ab%b7%e5%88%ba%e7%94%bb%e3%81%a7%e8%aa%ad%e3%82%80%e5%8d%81%e5%85%ab%e4%b8%96%e7%b4%80%e3%82%a4%e3%82%ae%e3%83%aa%e3%82%b9/

    旅行時期
    2017年09月
    利用した際の同行者
    一人旅
    観光の所要時間
    1-2時間
    アクセス:
    4.0
    コストパフォーマンス:
    4.0
    人混みの少なさ:
    4.0
    展示内容:
    4.5

  • ドラマ『ダウントン・アビー』展では、富豪の邸宅を改装した豪華なしつらえの博物館と貴族の衣装の展示との相性がぴったり!

    投稿日 2020年03月04日

    ドライハウス ミュージアム シカゴ

    総合評価:5.0

    ドライハウス・ミュージアムはシカゴの名所マグニフィセントマイルと言われる大通りのすぐ近くにあり、金融で財をなしたサミュエル・ニッカーソンという人物の邸宅であった。シカゴ社交界の中心として機能し、シカゴ1番の豪華な邸宅と言われている。

    豪華なファザード前の石階段を昇り、受付に向かうと、展示を見やすいように入場制限中であり、30分ほど待たされた。しかしながら、展覧会のコンセプトビデオやパンフが充実しており、待っていても飽きることはない。受付のボランティアとおぼしきご婦人がとても親切で頼もしい。
    ファッションの展覧会なので、私のような男性客しかもアジア人が珍しいらしく、とても親切にしてくださる。「そのコートはクロークに預けなさい」、「待合室は2階にあります」、「ビデオを見てれば直ぐだから会計までは15分待ってくださいね」、「会計した後は入場まで20分ほどかかるから我慢してください」と優しい声音で矢継ぎ早に指示をされた(笑)。

    そして、順番になって中に入ると、メインホールは強烈な印象で、その豪華さに見とれてしまった。大理石をふんだんにつかった内装は見学者を圧倒し、「マーブルパレス」と呼ばれる所以もよくわかる。

    詳細はコチラから↓
    http://jtaniguchi.com/%e3%83%80%e3%82%a6%e3%83%b3%e3%83%88%e3%83%b3%e3%83%bb%e3%82%a2%e3%83%93%e3%83%bc-%e3%83%95%e3%82%a1%e3%83%83%e3%82%b7%e3%83%a7%e3%83%b3-%e3%83%89%e3%83%a9%e3%82%a4%e3%83%8f%e3%82%a6%e3%82%b9/

    旅行時期
    2016年02月
    利用した際の同行者
    一人旅
    観光の所要時間
    1-2時間
    アクセス:
    4.5
    コストパフォーマンス:
    4.0
    人混みの少なさ:
    3.0
    展示内容:
    5.0

  • ヒトラーの22年越しの復讐の舞台となった客車

    投稿日 2020年03月02日

    コンピエーニュの森 コンピエーニュ

    総合評価:4.5

    ● パリの渋滞をクリアして コンピエーニュの森 へ
    朝から天気がよいので、まず目指したのが、コンピエーニュの森(Forêt de Compiègne)。パリから100キロほど北に向かったところに広い森があり、ここは両大戦の休戦条約が結ばれたところとして有名である。 コンピエーニュの森 付近までは高速道路を活用すれば苦労もない。

    ● ヒトラーの22年越しの復讐の舞台となった客車
    第一次大戦も第二次大戦も休戦条約は列車の同じ客車で締結された、そして、その客車はレプリカながら精巧につくられ休戦の客車(Wagon de l’Armistice)として博物館に飾られている。
    博物館前に到着すると アルザス=ロレーヌの記念碑が迎えてくれる。この碑は連合軍の剣がドイツ軍の鷲を突き刺さしている様を表現している。

    この客車は、第一次大戦の休戦時から人気があり、保存方法で揉めたり、記念行事にひっぱりだこであったらしいが、最終的にはコンピエーニュの森の博物館に収蔵された。しかし、今度の第二次大戦では、ドイツはわざわざ博物館内にあったものを壁を壊して、第一次大戦休戦時の場所までひっぱりだし、屈辱を晴らす形で休戦調停に使用した。ヒトラーの22年越しの復讐である。

    詳細はコチラから↓
    http://jtaniguchi.com/%e6%b5%b7%e5%a4%96%e3%83%84%e3%83%bc%e3%83%aa%e3%83%b3%e3%82%b0-%e3%83%95%e3%83%a9%e3%83%b3%e3%82%b9%e7%b7%a8-1-%e3%83%91%e3%83%aa%e3%81%a7%e4%b8%89%e8%bc%aa%e3%83%90%e3%82%a4%e3%82%af/

    旅行時期
    2016年03月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦
    観光の所要時間
    1-2時間
    アクセス:
    2.5
    コストパフォーマンス:
    4.5
    景観:
    4.0
    人混みの少なさ:
    4.5

  • 200年前はここに馬を含めて数百頭の動物が飼育されていた

    投稿日 2020年03月02日

    生きた馬の博物館 (大厩舎) シャンティイ

    総合評価:4.0

    美術館の次である。シャンティイ城には大きな厩舎があり、200年前はここに馬を含めて数百頭の動物が飼育されていた。今は、ここで馬術ショー が行なわれ、馬の博物館 (Le musée du Cheval)も併設されている。

    詳細写真はコチラから↓
    http://jtaniguchi.com/%e6%b5%b7%e5%a4%96%e3%83%84%e3%83%bc%e3%83%aa%e3%83%b3%e3%82%b0-%e3%83%95%e3%83%a9%e3%83%b3%e3%82%b9%e7%b7%a8-2-%e3%82%b3%e3%83%b3%e3%83%87%e7%be%8e%e8%a1%93%e9%a4%a8/

    旅行時期
    2016年03月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦
    観光の所要時間
    1-2時間
    アクセス:
    3.5
    コストパフォーマンス:
    3.5
    人混みの少なさ:
    4.5
    展示内容:
    3.5

  • かつてのオーナーの意向で収蔵品の外部貸出しが禁じられているとなれば、観る機会はなかなかない

    投稿日 2020年03月02日

    コンデ博物館 シャンティイ

    総合評価:5.0

    以前から行ってみたかったシャンティイ城(Château de Chantilly)内のコンデ美術館(Musée Condé)へ。なにせルーブル美術館に次ぐ、との触れ込みの美術館。お城の中に素敵な美術館があり、かつてのオーナーの意向で収蔵品の外部貸出しが禁じられているとなれば、観る機会はなかなかない。現地に出向かなくては、こちらの貴重な写本やラファエロは拝めないのだ。

    ● 広いシャンティイ城敷地を巡りコンデ美術館 へ

    館の中に入るとミニベルサイユと言った趣の豪華なしつらえの部屋が並び凄まじい蔵書数の図書室がある。こちらには、パリ国立図書館に次ぐ5万冊の蔵書があるらしい。

    この図書館のしつらえも見事だが、とりわけの見所は、世界で最も美しい本と言われる「ベリー公のいとも豪華なる時祷書」。この絵は、ラピス・ラズリや昆虫の色素など高価な顔料をふんだんに塗り重ねて描かれ「フランスの宝石」と言われていたとのこと。また、美しいだけでなく、中世の人々の暮らしぶりがわかる細密画がたくさんあり、そのような意味でも興味深い。
    15世紀に書かれたものだが、その後行方知れずになり、19世紀に再び発見される。それがイタリアで売りに出されたものをオマール公がフランスの為に大枚をはたいて買い戻した。展示してあるのは、写本の写本なのだけれども、それでも美しい。

    ● 初めてシャンパンを登場させた絵画 ド・トロワ作「牡蠣の昼食」
    中世の食べ物に関する書籍には度々登場するのが、こちらのジャン=フランソワ・ド・トロワ「牡蠣の昼食」。牡蠣をすする者、豪快にシャンパーニュを注ぐ者、賑やかでざわめきが聞えてきそうである。


    詳細はコチラから↓
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    旅行時期
    2016年03月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦
    観光の所要時間
    半日
    アクセス:
    3.5
    コストパフォーマンス:
    5.0
    人混みの少なさ:
    4.0
    展示内容:
    5.0

  • フランスをオートバイで走る / パリでレンタルしたバイクでのツーリングについて

    投稿日 2020年03月02日

    パリ

    総合評価:5.0

    ● バイク慣れした都市、パリ
    パリ市内に到着すると、朝のラッシュ時ほどではなく渋滞もたいしたことはない。だいぶ運転にも慣れたので、パリジャン走法で車の間のすり抜けをしながらアパルトマンに戻る。知人によると、パリではバイクがすり抜けられるように、車体を寄せておかないと、車のドライバーは文句言われるらしい。バイク乗りからすると、車が道を譲ってくれなんて天国のようなお話。 ただ、パリのバイク乗りさん達、中央分離帯超えたり、ちょっと無理な割り込みも多いので、いささかずに乗りすぎな面もある。

    ちなみに、パリはロンドンと同じく、街中でもバイクの駐車は、し放題。昔の東京と同じで、便利この上ない。そして、いたるところでオートバイ、スクーターが走っている。自転車乗りが多い欧州他国と比べるとちょっと異色な景色だ。クラシックのコンサート行く時ですら、老いも若きもバイクでコンサートホールに乗り付けてくる。その為、どこの劇場の前もオートバイだらけ。パリのコンサートは開始が遅く20時や20時半開始など当たり前であるから、終演も23時くらいになる。遠方の人や家路を急ぐ人はバイクのほうが便利なのだろう。

    借りているアパルトマンの目の前のバイク停車スペースがたまたま空いていたので、そこに駐車する。

    詳細はコチラから↓
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    旅行時期
    2016年03月

  • パリでオートバイを借りる

    投稿日 2020年03月02日

    パリ

    総合評価:5.0

    海外でのオートバイのレンタル方法(レンタルバイク)は様々。今回はフランス / パリ編をご紹介。
    ちょっと早めに起きて、ツーリング途中で食べようとサンドイッチをつくり、バスティーユにあるレンタルバイクショップ Darcos へ向かう。
    そして、初体験となる三輪スクーターを駆り、両大戦の休戦条約が結ばれたコンピエーニュの森(Forêt de Compiègne)に向かった。

    ● パリでオートバイを借りる
    ● レンタルした三輪スクーターの乗り心地

    時期は3月半ば、パリに着いた頃から若干寒い日が続き、朝は吐く息が白くなる。この気候でバイクに乗るのはどうだろうか、といささか迷っていた。今回は自然堪能ツーリングではなく史跡訪問が中心なので、凍えるような思いをしてまで苦行に耐える必要性も感じない。
    しかし、本日は朝から青空で、パリに来て初めての暖かい春の日射し。なかなか電車では行きにくいパリ近郊の街も多々あるので、フランスでの初のバイクレンタルを試してみることにした。ヨーロッパでは、イギリス、ドイツに続いて3回目のバイクレンタルである。

    パリでオートバイを借りることができる場所を事前にネットで調べていたところ、たいがいのお店は英語ページを用意しているのに、よさそうな雰囲気のレンタルバイクショップがバスティーユにあるのだが、ここだけがフランス語表記のホームページだった。フランスらしいな、と思い気に入りつつも、フランス語のみでは保険手続き、バイクの使い方、返却方法など、細々したやりとりに不安を覚える。
    そこで、予約をせずに直接店に行ってみることにした。行ってみるとバスティーユ広場そばにはバイクショップが並び、昔の上野のバイク街の様相。


    詳細はコチラから↓
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    旅行時期
    2016年03月

  • ドイツをオートバイで走る / ベルリンでレンタルしたバイクでのツーリングについて

    投稿日 2020年03月01日

    その他の観光地

    総合評価:5.0

    ● アウトバーンで一気にベルリンに帰る
    速度制限のないアウトバーンと言っても異国の地なので、超安全運転で追い越し車線には入らず、トラックの後ろにひっついて、スリップストリームを活用して楽ちん運転でしのぐ。そもそも500cc程度の排気量のバイクは加速性能も悪く、時速200km超で走るベンツやアウディがいるアウトバーンの追い越し車線に入るのは、かなり怖い。更に、カウル(風防)のない場合での高速走行は風圧もキツいので肩こりなど疲労も大きいので、ノンビリが1番だ。

    ひとつ驚いたのは、こちらでは高速道路でもよくブレーキをかけること。200km程度で走っている車も多いから、ちょっとした減速の際にもブレーキを踏むことになるのだろう。それで、BMWのバイク等には早い時期からABS(アンチロック・ブレーキシステム)がついていたのかと合点がいった。今回借りたHONDAのオートバイにもABS装備であり心強い。最初アウトバーンで高速走行をしている時に、前方でブレーキランプが点滅するのを見たときは、慣れずに心臓がバクバクしたものだった。

    ● 今回HONDAのオートバイを借りて
    欧州の田舎町や郊外では、道路が石畳の場合も普通であるし、田舎ではぬかるみやダートにも遭遇することもあるから、軽めのツーリングの際は中型バイク(排気量500~700cc)がよいようだ。また、町中では道幅が極端に狭いところもあり、中型バイクであると軽々とUターンができるのがよい。オーバーリッター車では、この取り回しはキツいと思う。
    今回、アウトバーンを走るのは一日100km程度だったので排気量500ccのバイクで問題なかったが、高速道路を長く走るならば(ベルリンからミュンヘンまで行くと500km程度)700ccくらいは最低あったほうがよいだろう。速度無制限のアウトバーンで車に合わせて走るには500ccだと少々厳しいものがあった。また、平野部では風が強く突風が吹くところも多いので、長距離ツーリングやタンデム走行ではオーバーリッター車の重量による安定性が懐かしく感じた。パーキングエリアなどで眺めていると、やはりタンデム(2人乗り)の年配のライダーは大型のBMW等に乗っている方が圧倒的に多かった。

    詳細はコチラから↓
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    旅行時期
    2014年06月

  • 呼び込みをしていないPoojaという店が一軒あり、中はフランス人でいっぱい

    投稿日 2020年03月01日

    パサージュ ブラディ パリ

    総合評価:5.0

    パッサージュ・ブラディ(Passage Brady)。この辺りはインド人街である。パサージュの中も外もエスニックな香り漂う。パサージュ内にもたくさんのインド料理屋があるが、この中で呼び込みをしていないPoojaという店が一軒あり、そちらに入る。中はフランス人でいっぱいで、アタリの予感。実際、本場のインド料理の辛味も堪能できて、お手頃価格であった。

    詳細はコチラから↓
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    旅行時期
    2016年03月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦
    観光の所要時間
    1-2時間
    アクセス:
    4.5
    景観:
    4.0
    人混みの少なさ:
    3.0

  • ゴッホの過ごした屋根裏部屋は非常に狭く、天井に明かり取りの小さな窓しかない小部屋

    投稿日 2020年03月01日

    ラヴー亭 (ゴッホの家) オーヴェル=シュル=オワーズ

    総合評価:4.0

    ゴッホが晩年を過ごしたオーヴェル・シュル・オワーズ(Auvers-sur-Oise)へ向かう。ここはヴェクサン自然公園(parc naturel régional du Vexin français)内にあり、とても自然が豊かで食べ物も豊か。ひょんな出会いもあって美味しい旅の1日。
    ● ゴッホのオーヴェル・シュル・オワーズ手前の村メリー・シュル・オワーズ で美味しいランチ
    ● ゴッホ晩年を過ごした村、オーヴェル・シュル・オワーズ を巡る


    食事をすませて、ほんの1キロほどいった先がゴッホが滞在していた村、オーヴェル・シュル・オワーズ。この村には、ゴッホが当時住んでいた居酒屋ラヴー亭(Auberge Ravoux)の屋根裏部屋が昔のまま残っており、そちらを訪れた。
    ゴッホの過ごした屋根裏部屋は非常に狭く、天井に明かり取りの小さな窓しかない小部屋。ゴッホは食事を1階のラヴー亭でとり、毎日絵を描きにここから外出していたらしい。

    詳細はコチラから↓
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    旅行時期
    2020年03月
    利用した際の同行者
    カップル・夫婦
    観光の所要時間
    1-2時間
    アクセス:
    3.5
    コストパフォーマンス:
    3.5
    人混みの少なさ:
    3.5
    展示内容:
    4.0

  • 作曲家メシアンが戦前から捕虜時代を除き、亡くなるまでずっとオルガニストを勤めていた教会

    投稿日 2020年03月01日

    サントトリニテ教会 パリ

    総合評価:4.0

    教会自体はさほど古い建物ではなく、見るべきところは少ないが、ベルリオーズの葬儀も行われたとあるから感慨深い場所である。外観はとても立派で、メシアンが弾いたオルガンは今も健在だ。メシアンを偲ぶ場所としては最適に想う。

    詳細はコチラから↓
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    旅行時期
    2015年02月
    利用した際の同行者
    一人旅
    観光の所要時間
    1-2時間
    アクセス:
    5.0
    コストパフォーマンス:
    3.5
    人混みの少なさ:
    4.5
    展示内容:
    3.0

  • ベルリンでオートバイを借りる

    投稿日 2020年03月01日

    ベルリン

    総合評価:5.0

    海外でのオートバイのレンタル方法(レンタルバイク)は様々。ドイツで、どこの国とも異なったのが、レンタルバイクショップがネットでなかなか見つけられないこと。手こずりながらレンタルバイクショップを決め、出向くとなかなか辺鄙な場所だが、ショップスタッフが親切丁寧で順調な乗りだし。

    ● ドイツでオートバイを借りるのは一苦労、まずはレンタルバイクショップ探し
    ● ポータルサイト経由でホンダのバイクレンタルショップをなんとか選定
    ● とても親切なベルリンのレンタルバイクショップ
    ● レンタルしたバイクでベルリンに乗り出す


    ・ホンダバイクショップ
    Zweirad-Shop Cintula / Honda Cintula
    Tempelhofer Weg 3, 12099 Berlin

    詳細はコチラから↓
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    旅行時期
    2014年06月

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